説明

人体検知装置及びそれを備えた小便器

【課題】少ない演算量で人の行動状態を的確に把握することができる人体検知装置を提供する。
【解決手段】検知対象物によって反射された伝播波のドップラ信号を利用した人体検知装置であって、前記検知対象物に向けて伝播波を放射する伝播波発信部と、前記検知対象物によって反射された伝播波を受信する伝播波受信部と、前記伝播波発信部によって放射された伝播波及び前記伝播波受信部によって受信された伝播波に基づいてドップラ信号を生成するドップラ信号生成部と、このドップラ信号生成部により生成されたドップラ信号を、粒子フィルタを使用して、検知対象物の距離及び移動速度に基づいて人の行動状態を判定する行動状態判定部と、を有する人体検知装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人体検知装置に関し、特に、検知対象物によって反射された伝播波のドップラ信号を利用した人体検知装置及びそれを備えた小便器に関する。
【背景技術】
【0002】
特開平9−80150号公報(特許文献1)には、人体検知装置が記載されている。この人体検知装置においては、マイクロ波を便器正面に発射し、対象物で反射されたマイクロ波を受信し、そのドップラ周波数信号のパワースペクトルを求め、このパワースペクトルのピーク値に基づいて人の行動状態を判定している。
【0003】
また、特開2006−214156号公報(特許文献2)には、小便器洗浄装置が記載されている。この小便器洗浄装置においては、マイクロ波ドップラセンサの出力信号に、特定の周波数帯域信号のみを通過させる周波数フィルターをかけ、周波数フィルターの出力信号に基づいて人の行動状態を判定している。
【0004】
これらの特開平9−80150号公報(特許文献1)や、特開2006−214156号公報(特許文献2)に記載されたマイクロ波を用いた人体検知装置は、現在広く普及している赤外線を用いた人体検知装置とは異なり、小便器等に適用した場合、小便器本体等に赤外線を透過させるための窓を設ける必要がないので装置を設置する条件の制約が少なく、すっきりしたデザインの小便器を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−80150号公報
【特許文献2】特開2006−214156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特開平9−80150号公報記載の人体検知装置においては、検出されたドップラ信号にフーリエ変換を施してパワースペクトルを求めているため、人の行動状態を時系列的に細かく捉えることができないという問題がある。即ち、特開平9−80150号公報記載の人体検知装置においては、ドップラ信号を5msec間隔で0.64secに亘ってサンプリングされた128個のデータに対して高速フーリエ変換を行って、パワースペクトルを求めている。このようにして得られたパワースペクトルから得られるピーク周波数や振幅の情報は、データをサンプリングした0.64sec間の平均値を表すものであり、検知すべき人の行動の変化を、即座に検知することができないという問題がある。
【0007】
また、高速フーリエ変換によってパワースペクトルを求める方法においては、サンプリングするデータ数を少なくすれば、得られるピーク周波数の分解能が低下するという問題がある。また、サンプリングの間隔を短くし、短時間に多数のデータを取得して高速フーリエ変換を行うと、演算量が増大すると共に、多量の演算により人体検知装置が消費する電力が大きくなるという問題もある。
【0008】
一方、特開2006−214156号公報記載の装置において使用されている周波数フィルタは、検出されたドップラ信号にデジタルフィルタを施すことにより実現することができるが、デジタルフィルタ演算についても数10個以上のサンプリングデータが必要になる。また、単一のデジタルフィルタを使用して、周波数領域の単一のデータを得ただけでは、検知すべき人の行動を十分に把握することができないという問題がある。即ち、単一のデジタルフィルタから得られる情報では、検知すべき人が、静止した状態から歩き始めたのか、歩いていた人が静止したのかを識別することができない。
【0009】
この問題を解決するために、デジタルフィルタが通過させる周波数領域を狭く設定し、複数のデジタルフィルタを使用することが考えられるが、この場合には、デジタルフィルタの数の増加に伴いデジタルフィルタの演算量が増大し、演算処理が間に合わなくなるという問題が発生する。
【0010】
従って、本発明は、少ない演算量で人の行動状態を的確に把握することができる人体検知装置及びそれを備えた小便器を提供することを目的としている。
【0011】
また、本発明は、検知すべき人の行動の変化を、即座に検知することができる人体検知装置及びそれを備えた小便器を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、検知対象物に向けて伝播波を放射する伝播波発信部と、前記検知対象物によって反射された伝播波を受信する伝播波受信部と、前記伝播波発信部によって放射された伝播波及び前記伝播波受信部によって受信された伝播波に基づいてドップラ信号を生成するドップラ信号生成部と、を備えた人体検知装置において、前記検知対象物の移動速度によって変化するドップラ周波数で振動する項と振動振幅およびセンサ信号の直流成分と発信信号と反射信号の位相差が時間的に変化する項を組み合わせたドップラ解析物理モデルにより解析する粒子フィルタを有するとともに、前記検知対象物と前記人体検出装置間の複数の距離候補値及び前記検知対象物の複数の移動速度候補値とを設定し、前記距離候補値及び前記移動速度候補値を用いて複数のドップラ推定信号を推定する推定手段と、前記複数のドップラ推定信号と、前記ドップラ信号との振幅値を比較し、その差が最小の振幅値誤差となる1つのドップラ推定信号に対応する前記距離候補値及び前記移動速度候補値を距離推定値及び移動速度推定値として選択するドップラ信号解析部と、前記ドップラ信号解析部によって算出された検知対象物の距離及び移動速度に基づいて人の行動状態を判定する行動状態判定部と、を有することを特徴とする。
【0013】
このように構成された本発明によれば、粒子フィルタを使用して、ドップラ効果の項とうなりの項を組み合わせたドップラ解析物理モデルを使うことで、人の移動速度のみならず、検知対象物と人体検出装置間の距離を考慮にいれて推定することで、より正確な人の行動行動状態を判定することができる。
【0014】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の人体検知装置において、ドップラ解析物理モデルは、ドップラ効果の項及びうなりの項を乗算する信号係数とを備え、ドップラ信号解析部は、前記ドップラ信号の増幅度合いを示す複数の振幅係数候補値とを有するとともに、前記距離候補値、前記移動速度候補値及び振幅係数候補値を用いて、前記距離推定値及び前記移動速度推定値として選択することを特徴としている。
【0015】
このように構成された本発明によれば、信号係数を使用して、検知対象物の大きさや人体検出装置間の距離をさらに細分化して距離及び移動速度を推定することで、検知対象物の大きさの影響を低減してより正確な人の行動行動状態を判定することができる。
【0016】
また、請求項3に記載の発明は、検知対象物によって反射された伝播波のドップラ信号を利用した人体検知装置であって、前記検知対象物に向けて伝播波を放射する伝播波発信部と、前記検知対象物によって反射された伝播波を受信する伝播波受信部と、前記伝播波発信部によって放射された伝播波及び前記伝播波受信部によって受信された伝播波に基づいてドップラ信号を生成するドップラ信号生成部と、時刻tのドップラ信号と時刻tの1サンプリング周期△t前の時刻t−1のときのドップラ信号の差分を、人の移動速度で変化するドップラ周波数で振動する項と振動振幅および発信信号が時間的に変化する項を組み合わせた差分解析物理モデルを用い解析し、前記検知対象物の複数の移動速度候補値と、前記ドップラ信号の振幅の大きさを示す複数の振幅強度候補値と、を設定し、前記移動速度候補値及び振幅強度候補値を用いて複数のドップラ推定信号を推定する推定手段と、前記複数のドップラ推定信号と、前記ドップラ信号との振幅値を比較し、最小の振幅値誤差となる1つのドップラ推定信号に対応する前記移動速度候補値を移動速度推定値及び振幅強度候補値として選択するドップラ信号解析部と、このドップラ信号解析部によって算出された検知対象物の速度及び振幅強度に基づいて人の行動状態を判定する行動状態判定部と、を有することを特徴としている。
【0017】
このように構成された本発明によれば、人の移動速度で変化するドップラ周波数で振動する項と振動振幅および発信信号が時間的に変化する項を組み合わせた差分を計算することで、演算を簡略化することが可能で、処理速度を向上させたり能力の低い計算機でも正確な人の行動行動状態を判定することができる
【0018】
また、請求項4の発明は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の人体検知装置と、小便器本体と、この小便器本体を洗浄する洗浄水を吐出、停止させる電磁弁と、この人体検知装置によって検知された人の行動状態に基づいて、電磁弁を開閉する電磁弁制御部と、を有することを特徴としている小便器である。
【0019】
このように構成された本発明によれば、少ない演算量で人の行動状態を的確に把握することができ、検知すべき人の行動の変化を、即座に検知することができるので、小便器での洗浄動作の信頼性を向上できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の人体検知装置及びそれを備えた小便器によれば、少ない演算量で人の行動状態を的確に把握することができる。
また、本発明の人体検知装置及びそれを備えた小便器によれば、検知すべき人の行動の変化を、即座に検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態による小便器の全体の構成を示すブロック図である。
【図2】ドップラ信号生成部により生成されたドップラ信号の一例を示すグラフである。
【図3】図2に示したドップラ信号に基づいて、粒子フィルタを用いて計算されたピーク周波数及び振幅の一例を表すグラフである。
【図4】ドップラ信号の値、ピーク周波数及び振幅の値、及び判定された人の行動を示すグラフであり、人が接近する行動の一例を示す。
【図5】ドップラ信号の値、ピーク周波数及び振幅の値、及び判定された人の行動を示すグラフであり、人が退去する行動の一例を示す。
【図6】本発明の実施形態の小便器における人体検知装置による処理を示すフローチャートである。
【図7】本発明の第2の実施形態の小便器におけるドップラ信号データの一例を示す。
【図8】本発明第2の実施形態の小便器における小便器と人との距離および人とセンサ間の距離を推定した結果の一例を示すグラフである。
【図9】本発明の第3の実施形態の小便器におけるドップラ信号データの一例を示す。
【図10】本発明第3の実施形態の小便器におけるドップラ信号振幅強度および角周波数を推定した結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に、添付図面を参照して、本発明の好ましい第1実施形態を説明する。
図1は、本発明の実施形態による小便器の全体の構成を示すブロック図である。
【0023】
図1に示すように、本発明の実施形態による小便器1は、小便器本体2と、この小便器本体2に内蔵された人体検知装置4と、小便器本体2を洗浄する洗浄水を吐出、停止させる電磁弁6と、この電磁弁6を制御する電磁弁制御部8と、を有する。
【0024】
本実施形態の小便器1は、人が小用を足しに小便器本体2に接近して立ち止まったことを人体検知装置4が検知すると、電磁弁制御部8が電磁弁6に信号を送り、これを所定時間開放させて小便器本体2の前洗浄を行うように構成されている。さらに、小便器1は、小用を足した人が小便器本体2から離れたことを人体検知装置4が検知すると、電磁弁制御部8が電磁弁6に信号を送り、これを所定時間開放させて小便器本体2の後洗浄を行うように構成されている。
【0025】
小便器本体2は、小便を受けるボウル部2aと、このボウル部2aを洗浄する洗浄水を吐水させるための、ボウル部上部に設けられた吐水口2bと、小便及び洗浄水を排出するための排水口2cと、を有する。
電磁弁6は、吐水口2bに接続された給水管路に設けられ、電磁弁制御部8から送られた信号により開閉されるように構成されている。
【0026】
電磁弁制御部8は、人体検知装置4が、人が小用を足しに小便器本体2に接近して立ち止まったことを表す「人体の接近」を検知すると、この検知信号を受けて所定時間電磁弁6を開放させ、前洗浄を行うように構成されている。また、電磁弁制御部8は、人体検知装置4が、小用を足した人が小便器本体2から離れたことを人体検知装置4が検知すると、この検知信号を受けて所定時間電磁弁6を開放させ、後洗浄を行うように構成されている。具体的には、電磁弁制御部8は、マイクロプロセッサ、メモリ(図示せず)等により構成することができる。
【0027】
人体検知装置4は、小便器本体2に内蔵され、検知対象物である人体に向けて伝播波であるマイクロ波を放射する伝播波発信部であるマイクロ波発信部10と、このマイクロ波発信部10から放射され、人体によって反射されたマイクロ波を受信する伝播波受信部であるマイクロ波受信部12と、マイクロ波発信部10が放射したマイクロ波及びマイクロ波受信部12が受信したマイクロ波に基づいて、ドップラ信号を生成するドップラ信号生成部14と、を有する。
【0028】
さらに、人体検知装置4は、ドップラ信号生成部14により生成されたドップラ信号を自己回帰モデルを使用して解析し、ドップラ信号のピーク周波数及び振幅を算出するドップラ信号解析部16と、このドップラ信号解析部16によって算出されたピーク周波数及び振幅に基づいて、人の行動状態である人体の接近、人体の退去を判定する行動状態判定部18と、を有する。なお、本実施形態においては、人体検知装置4は小便器本体2に内蔵されているが、人体検知装置4を小便器本体2の外部に配置することもできる。
【0029】
マイクロ波発信部10は、マイクロ波を小便器本体2の裏側から、小便器1に近づく人体に向けて放射するように構成されている。具体的には、マイクロ波発信部10は、所定の周波数のマイクロ波を所定の時間間隔で発信するマイクロ波発振器により構成することができる。マイクロ波発信部10から放射されたマイクロ波は陶器製の小便器本体2を透過して、小便器本体2の前方に向けて放射される。
【0030】
マイクロ波受信部12は、マイクロ波発信部10から放射され、検知すべき人体によって反射されたマイクロ波を受信するように構成されている。人体によって反射されたマイクロ波は、再び小便器本体2を透過して、小便器本体2の裏側に配置されたマイクロ波受信部12により受信される。具体的には、マイクロ波受信部12は、マイクロ波受信器により構成することができる。
【0031】
ドップラ信号生成部14は、マイクロ波発信部10から放射されたマイクロ波の一部と、マイクロ波受信部12が受信したマイクロ波をミキサで混合することにより、ドップラ信号を生成するように構成されている。生成されるドップラ信号は、マイクロ波を反射した人体の移動速度に応じた周波数成分を多く含む信号であり、移動速度が大きい場合には周波数が高くなり、移動速度が小さい場合には周波数が低くなる。
【0032】
ドップラ信号解析部16は、ドップラ信号生成部14が生成したドップラ信号を、自己回帰モデルを使用して解析し、解析したドップラ信号に最も多く含まれる周波数成分であるピーク周波数と、そのピーク周波数の信号の振幅を算出するように構成されている。ドップラ信号のピーク周波数及び振幅は、自己回帰モデルの自己回帰係数と関連付けられ、自己回帰係数の値は、粒子フィルタを用いて推定される。なお、ドップラ信号解析部16における演算処理の詳細は後述する。
【0033】
行動状態判定部18は、ドップラ信号解析部16により算出されたピーク周波数及び振幅に基づいて、「人体の接近」、「人体の退去」等の人の行動状態を判定するように構成されている。この行動状態判定部18は、所定期間内におけるピーク周波数及び振幅の変動傾向に基づいて、「人体の接近」、「人体の退去」を判定している。なお、行動状態判定部18における演算処理の詳細は後述する。また、具体的には、ドップラ信号生成部14、ドップラ信号解析部16、及び行動状態判定部18は、A/D変換器、メモリ、マイクロプロセッサ、及びこれを作動させるプログラム等により構成することができる。
【0034】
次に、図2乃至図5を参照して、本発明の実施形態におけるドップラ信号解析部、及び行動状態判定部が実行する処理を説明する。
図2は、ドップラ信号生成部により生成されたドップラ信号の一例を示すグラフである。図3は、図2に示したドップラ信号に基づいて、粒子フィルタを用いて計算されたピーク周波数及び振幅の一例を表すグラフである。図4は、サンプリングされたドップラ信号の値、これに基づいて計算されたピーク周波数及び振幅の値、及び行動状態判定部によって判定された人の行動の一例を示すグラフである。図5は、ドップラ信号の値、ピーク周波数及び振幅の値、及び判定された人の行動を示すグラフであり、人が退去する行動の一例を示す。
【0035】
まず、小便器1に遠方から人が接近し、小便器1の近傍で静止した場合には、ドップラ信号生成部14から、図2に示すようなドップラ信号が出力される。なお、図2の横軸は時系列を表し、横軸の数値はデータをサンプリングしたステップ数を示しており、縦軸はドップラ信号の振幅を示している。また、図2においては、ドップラ信号は1/1024sec間隔でサンプリングされており、図2のグラフは、約3secの期間のドップラ信号の変化を示している。なお、図2には1/1024sec間隔でサンプリングされたデータを示しているが、ドップラ信号解析部16における解析に実際に必要なデータ数はこれよりも大幅に少なく、図2よりも粗い間隔でドップラ信号をサンプリングすることができる。
【0036】
ドップラ信号解析部16は、図2に示すドップラ信号を、数式1に示す2次の非定常自己回帰モデルによりモデル化して解析するように構成されている。
【0037】
【数1】

【0038】
は、現時刻におけるドップラ信号の推定値であり、a(t)は自己回帰係数であり、時刻と共に変化する値である。また、x(k−i)はiステップ前の時刻における検出されたドップラ信号値であり、ε(k)は観測誤差である。
【0039】
さらに、2つの自己回帰係数a(t)、a(t)と、信号のピーク周波数ω、及びそのピーク周波数における振幅rとの間には、次の数式2、数式3の関係が成立することが知られている。
【0040】
【数2】

【0041】
【数3】

【0042】
ドップラ信号解析部16は、信号のピーク周波数ω、及びそのピーク周波数における振幅rを、粒子フィルタを使用して、検出された3ステップ分のドップラ信号値x(k)、x(k−1)、x(k−2)に基づいて推定するように構成されている。
【0043】
さらに、本実施形態においては、ドップラ信号解析部16は、3つのドップラ信号値x(k)、x(k−1)、x(k−2)に基づいて、ピーク周波数ω及び振幅rを算出する手法として粒子フィルタを使用している。粒子フィルタは、事前に想定される範囲内において、ピーク周波数と振幅の複数の組合せを粒子として生成しておき、それらの粒子とドップラ信号値x(k−1)、x(k−2)を使用して、現時刻のドップラ信号推定値を計算する。次に、計算された複数のドップラ信号推定値と、実際に測定された現時刻のドップラ信号値x(k)を比較し、実際のドップラ信号値x(k)を最も近いドップラ信号推定値を与える粒子を、ピーク周波数ω及び振幅rの推定値として決定する。
【0044】
なお、粒子フィルタを使用したピーク周波数ω及び振幅rの算出に要する演算量は比較的少ないため、本実施形態においては、現時刻におけるドップラ信号値を測定した後、次のドップラ信号値を測定するまでの間に、ピーク周波数ω及び振幅rを算出することができる。
【0045】
図3は、図2に一例を示したドップラ信号に基づいて、ドップラ信号解析部16において自己回帰モデルを使用して、粒子フィルタにより時系列で算出されたピーク周波数ω及び振幅rのグラフを示している。図3に示す例では、約16msec間隔でサンプリングされたドップラ信号値に対し、約16msec間隔の時系列でピーク周波数ω及び振幅rの値が推定されている。本実施形態における人体検知装置4では、このように、ドップラ信号のサンプリング間隔を極端に短くすることなく、十分に短い時間間隔でピーク周波数ω及び振幅rの推定値を得ることが可能になる(特許文献1記載の発明においては、128個のドップラ信号に対して1つのピーク周波数ω及び振幅rの値が計算される。)。これにより、実用的な時間間隔で、ピーク周波数ω及び振幅rの時間に対する変動傾向を把握することが可能になる。
【0046】
また、図3のグラフから、遠方の人が小便器1に近づいてくるとピーク周波数ωは漸増し(時刻0〜1000付近)、小便器1の近傍まで接近して歩く速度を落とすとピーク周波数ωは低下し(時刻2000〜2500付近)、小便器1の前で立ち止まるとピーク周波数ωは低い値になる(時刻3000付近)傾向を読み取ることができる。また、振幅rは、人が小便器1近傍まで来ると、値が大きくなる(時刻2000〜3000付近)傾向がある。
【0047】
さらに、図5に示すグラフは、小便器1近傍で静止していた人が、小便器1近傍から退去した場合のドップラ信号の一例を示している。図5に示すように、ドップラ信号、及びそのピーク周波数、振幅の時間的な推移は、図3とは反対になっている。
【0048】
行動状態判定部18は、ドップラ信号解析部16が算出したピーク周波数ω及び振幅rと、メモリ(図示せず)に記憶されている所定の基準とを比較し、人の行動状態を判定するように構成されている。
【0049】
図4に示すように、本実施形態においては、行動状態判定部18は、5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωが1.4[rad]以上、5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.65以上であり、且つ、5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも負である場合に、人が小便器1の近傍まで接近したと判定する。図4に示す例では、行動状態判定部18は、時刻2176において、人の行動状態が小便器近傍への「接近」であると判定している。
【0050】
なお、変動傾向とは、ピーク周波数又は振幅の変化量を、その変化が発生した期間で除したものを意味する。例えば、現時刻におけるピーク周波数ωの変動傾向は、現時刻におけるピーク周波数から1サンプリングステップ前のピーク周波数を減じ、その値をサンプリング間隔で除することにより計算することができる。
【0051】
また、行動状態判定部18は、現時刻におけるピーク周波数ωが0.7[rad]以下、5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.75以上であり、5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも負で、5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rの変動傾向の絶対値が0.0025以下である場合に、人が小便器1の近傍で静止している、即ち、小用を足していると判定する。図4に示す例では、行動状態判定部18は、時刻2720において、人の行動状態が「静止」であると判定している。
【0052】
さらに、図5に示すように、行動状態判定部18は、5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωが1.4[rad]以上、5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.65以上であり、5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも正である場合に、人が小便器1の近傍から退去したと判定する。図5に示す例では、行動状態判定部18は、時刻428において、人の行動状態が「退去」であると判定している。
【0053】
次に、図6を参照して、本発明の実施形態による小便器1の作用を説明する。図6は、本実施形態の小便器における人体検知装置4による処理を示すフローチャートである。
【0054】
まず、図6のステップS1において、人体検知装置4の電源が投入されると、ステップS2に進み待機モードとなる。この待機モードにおいて、マイクロ波発信部10は小便器1の前方にマイクロ波を放射し、マイクロ波受信部12はマイクロ波を受信する。ドップラ信号生成部14は、放射したマイクロ波と受信したマイクロ波に基づいてドップラ信号を生成する。さらに、ドップラ信号解析部16は、生成され、サンプリングされたドップラ信号を解析して、ピーク周波数ω及び振幅rを逐次計算する。
【0055】
次に、ステップS3において、小便器1の近傍に人が接近したか否かが判断される。即ち、行動状態判定部18は、計算されたピーク周波数ω及び振幅rに基づいて、人が接近したか否かを判定する。行動状態判定部18は、次の(a)〜(c)の3つの条件が満たされているか否かを判断する。(a)5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωが1.4[rad]以上である。(b)5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.65以上である。(c)5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも負である。
【0056】
これら(a)〜(c)の3つの条件が満たされている場合には、行動状態判定部18は、人の行動状態が小便器近傍への「接近」であると判定し、処理はステップS4に進む。3つの条件が満たされていない場合には、ステップS2に戻り待機状態が持続される。
【0057】
ステップS4においては、人の行動状態が「接近」であると認識される。さらに、ステップS5において、小便器1に接近した人が静止し、小用を開始するか否かが判断される。即ち、行動状態判定部18は、次の(d)〜(g)の4つの条件が満たされているか否かを判断する。(d)現時刻におけるピーク周波数ωが0.7[rad]以下である。(e)5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.75以上である。(f)5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも負である。(g)5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rの変動傾向の絶対値が0.0025以下である。
【0058】
これら(d)〜(g)の4つの条件が満たされている場合には、行動状態判定部18は、小便器近傍へ接近した人が小用を開始したと判定し、処理はステップS6に進む。一方、ステップS3において接近状態が認識された後、所定時間経過しても、人が小用を開始したと判定されない場合には、ステップS2に戻り待機状態となる。
【0059】
ステップS6において、電磁弁制御部8は、電磁弁6に制御信号を送り、電磁弁6を所定時間開放させる。これにより、小便器本体2の吐水口2bから洗浄水が吐水され、ボウル部2aが前洗浄される。
【0060】
次に、ステップS7において、小用を開始した人が小便器1の近傍から退去したか否かが判断される。即ち、行動状態判定部18は、次の(h)〜(j)の4つの条件が満たされているか否かを判断する。(h)5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωが1.4[rad]以上である。(i)5サンプリングステップ前から現時刻までの間の振幅rが0.65以上である。(j)5サンプリングステップ前から現時刻までの間のピーク周波数ωの変動傾向が何れも正である。
【0061】
これら(h)〜(j)の3つの条件が満たされている場合には、行動状態判定部18は、小用を開始した人が退去したと判定し、処理はステップS8に進む。一方、3つの条件が満たされていない場合には、ステップS7における判定が繰り返される。
【0062】
ステップS8において、電磁弁制御部8は、電磁弁6に制御信号を送り、電磁弁6を所定時間開放させる。これにより、小便器本体2の吐水口2bから洗浄水が吐水され、ボウル部2aが後洗浄される。
【0063】
次に、第2実施形態における小便器1について図面を参照して具体的に説明する。第1実施形態における小便器1では、数式1の自己回帰モデルと数式2、数式3の関係を使って、ドップラ信号処理を行ったが、本第2実施例の小便器では、ドップラ信号解析部16は図7に示すドップラ信号を、数式4、数式5に示すドップラ解析物理モデルによりモデル化して解析するように構成されている。
【0064】
【数4】

【0065】
【数5】

【0066】
ここで
tは時刻、時刻tにおける人の移動速度をv(t)、xはセンサが検知を始めた距離(人が接近してくる方向の速度を正とした)、cはマイクロ波の空気中の伝播速度、fはマイクロ波センサの周波数、Aは定数、Kは信号係数としている。
【0067】
数式4および数式5を用い、第1実施形態と同じ粒子フィルタ技術を使って、定数A、Kおよび人の速度V(t)と距離xを推定させようにすると、人の移動速度とセンサと人との距離が推定できる。
【0068】
図7のドップラ信号を本第2実施形態で推定した人の移動速度と距離の推定結果を図8に示す。図8のように人の移動速度とセンサと人の距離(センサは小便器1に固定設置されているので、小便器と人の距離に相当する)が推定できれば、移動速度および小便器と人の距離にそれぞれ、閾値を予め設定し、小便器と人の距離が該距離閾値より、小さくなれば人が小便器に接近し、移動速度が前記速度閾値より小さくなれば、小便器前で停止しようとしていると判断し、使用者の存在を検出する。また、人と小便器の距離が前記距離閾値より大きく、人の移動速度が前記速度閾値より大きいときは、人が小便器から離反していると判断し、第1実施形態の小便器と同様の小便器の電磁弁の制御を行う。本第2実施形態では、移動体と小便器までの距離を推定しているのでより確実に人が小便器に接近していることが判断できる。また、粒子フィルタで定数Kを推定しているので、人の体の大きさなどで影響を受ける信号強度の変化に応じた推定が可能で、検知対象物の大きさの影響を低減してより正確な人の行動状態を判定することができる。
【0069】
次に、第3実施形態における小便器1について図面を参照して第3実施例を具体的に説明する。第1実施形態における小便器1では、数式1の自己回帰モデルと数式2、数式3の関係を使って、ドップラ信号処理を行ったが、本第3実施例の小便器では、ドップラ信号解析部16は図9に示すドップラ信号を、数式6に示す差分解析物理モデルによりモデル化して解析するように構成されている。
【0070】
【数6】

【0071】
ここで
tは時刻、ω(t)は時刻tにおける人の移動速度に相当するドップラ角周波数、△ωは差分区間中における角周期数の変化量、c(t)は信号振幅である。数式6を用い、第1実施形態と同じ粒子フィルタ技術を使って、c(t)およびω(t)を推定させようにすると、人の移動速度v(t)は数式7で推定できる。
【0072】
【数7】

【0073】
図9のドップラ信号を本第3実施形態で推定した人の移動速度と信号振幅の推定結果を図10に示す。
c(t)はドップラ信号振幅強度であるので、人がセンサに接近すれば大きくなり、人がセンサから遠ざかれば小さくなる。そこで、c(t)およびω(t)にそれぞれ閾値を設定しておき、c(t)が該振幅強度閾値以上で、ω(t)が角速度閾値以下になれば、人が小便器に接近し、小便器前で停止しようとしていると判断し、逆にω(t)、c(t)がそれぞれ閾値以上、閾値以下になれば人が小便器から離れていると判断し、第1実施形態の小便器と同様の小便器の電磁弁の制御を行う。本第3実施形態では数式6で示す差分解析物理モデルのうち、推定対象がc(t)およびω(t)の2つになり、第2実施形態より、少ない計算量で推定できるので、高速の判断が可能となる。
【0074】
以上、本発明の好ましい実施形態を説明したが、上述した実施形態に種々の変更を加えることができる。特に、上述した実施形態は、本発明の人体検知装置を小便器に適用したものであるが、本発明の人体検知装置は、自動水栓、水洗大便器等、種々の装置に適用することができる。
【0075】
また、上述した第1実施形態においては、ドップラ信号解析部は、2次の自己回帰モデルを使用してピーク周波数及び振幅を算出していたが、3次以上の自己回帰モデルを本発明に適用することができる。例えば、3次の自己回帰モデルにおいては4サンプル分のドップラ信号を使用して、4次の自己回帰モデルにおいては5サンプル分のドップラ信号を使用してピーク周波数及び振幅を算出することができる。
【0076】
さらに、上述した第1実施形態においては、行動状態判定部は、現時刻から5サンプリングステップ前までのピーク周波数及び振幅を参照していたが、ピーク周波数及び振幅を参照する期間は、適宜変更することができる。
【0077】
また、上述した実施形態においては、行動状態判定部が人の行動状態を判定するピーク周波数、振幅、距離、移動速度及びこれらの変動傾向の基準として、明確な数値であるクリスプ表現を使用したが、これにファジイ数を適用することもできる。
【0078】
また、上述した第3実施形態においては、ドップラ信号解析部は、時刻tのドップラ信号Yとサンプリング周期である△t時刻後のドップラ信号Yt+△tの差分を使用していたが、必ずしもサンプリング周期ごとの差分でなく、サンプリング周期の整数倍の時刻差のドップラ信号の差分を使用してピーク周波数及び振幅を算出することができる。
【0079】
また、上述した第2実施形態では、人の移動速度や人と小便器間の距離、第3実施形態では、人の移動速度と信号振幅強度はそれぞれ予め設定しておいた閾値で人の行動を判断するようにしているが、所定期間内の変動傾向に基づいて人の行動を判断することもできる。
【0080】
さらに、上述した実施形態においては、検知対象物に向けて放射する伝播波としてマイクロ波を使用していたが、マイクロ波以外の電磁波、レーザ光、超音波等、ドップラ効果を利用した計測が可能な任意の伝播波を使用することができる。
【符号の説明】
【0081】
1 本発明の実施形態による小便器
2 小便器本体
2a ボウル部
2b 吐水口
2c 排水口
4 人体検知装置
6 電磁弁
8 電磁弁制御部
10 マイクロ波発信部(伝播波発信部)
12 マイクロ波受信部(伝播波受信部)
14 ドップラ信号生成部
16 ドップラ信号解析部
18 行動状態判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知対象物に向けて伝播波を放射する伝播波発信部と、前記検知対象物によって反射された伝播波を受信する伝播波受信部と、前記伝播波発信部によって放射された伝播波及び前記伝播波受信部によって受信された伝播波に基づいてドップラ信号を生成するドップラ信号生成部と、を備えた人体検知装置において、前記検知対象物の移動速度によって変化するドップラ周波数で振動する項と振動振幅およびセンサ信号の直流成分と発信信号と反射信号の位相差が時間的に変化する項を組み合わせたドップラ解析物理モデルにより解析する粒子フィルタを有するとともに、前記検知対象物と前記人体検出装置間の複数の距離候補値及び前記検知対象物の複数の移動速度候補値とを設定し、前記距離候補値及び前記移動速度候補値を用いて複数のドップラ推定信号を推定する推定手段と、前記複数のドップラ推定信号と、前記ドップラ信号との振幅値を比較し、その差が最小の振幅値誤差となる1つのドップラ推定信号に対応する前記距離候補値及び前記移動速度候補値を距離推定値及び移動速度推定値として選択するドップラ信号解析部と、前記ドップラ信号解析部によって算出された検知対象物の距離及び移動速度に基づいて人の行動状態を判定する行動状態判定部と、を有することを特徴とする人体検知装置。
【請求項2】
請求項1記載の人体検知装置において、前記ドップラ解析物理モデルは、ドップラ効果の項及びうなりの項を乗算する信号係数とを備え、前記ドップラ信号解析部は、前記ドップラ信号の増幅度合いを示す複数の振幅係数候補値とを有するとともに、前記距離候補値、前記移動速度候補値及び前記振幅係数候補値を用いて、前記距離推定値及び前記移動速度推定値として選択することを特徴とする人体検知装置。
【請求項3】
検知対象物によって反射された伝播波のドップラ信号を利用した人体検知装置であって、前記検知対象物に向けて伝播波を放射する伝播波発信部と、前記検知対象物によって反射された伝播波を受信する伝播波受信部と、前記伝播波発信部によって放射された伝播波及び前記伝播波受信部によって受信された伝播波に基づいてドップラ信号を生成するドップラ信号生成部と、時刻tのドップラ信号と時刻tの1サンプリング周期△t前の時刻t−1のときのドップラ信号の差分を、人の移動速度で変化するドップラ周波数で振動する項と振動振幅および発信信号が時間的に変化する項を組み合わせた差分解析物理モデルを用いて解析し、前記検知対象物の複数の移動速度候補値と、前記ドップラ信号の振幅の大きさを示す複数の振幅強度候補値と、を設定し、前記移動速度候補値及び振幅強度候補値を用いて複数のドップラ推定信号を推定する推定手段と、前記複数のドップラ推定信号と、前記ドップラ信号との振幅値を比較し、最小の振幅値誤差となる1つのドップラ推定信号に対応する前記移動速度候補値を移動速度推定値及び振幅強度候補値として選択するドップラ信号解析部と、このドップラ信号解析部によって算出された検知対象物の速度及び振幅強度に基づいて人の行動状態を判定する行動状態判定部と、を有することを特徴とする人体検知装置。
【請求項4】
小便器本体と、この小便器本体を洗浄する洗浄水を吐出、停止させる電磁弁と、請求項1乃至3の何れか1項に記載の人体検知装置と、この人体検知装置によって検知された人の行動状態に基づいて、前記電磁弁を開閉する電磁弁制御部と、を有することを特徴とする小便器。

【図1】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−185812(P2010−185812A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−30870(P2009−30870)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000010087)TOTO株式会社 (3,889)
【Fターム(参考)】