説明

低密着性材料及びその製造方法、成形型及びその製造方法、並びに、防汚性材料及びその製造方法

【課題】塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低密着性を有する低密着性材料と、高い離型性を有する成形型と、塩基性を有する汚れ又は熱硬化性樹脂からなる汚れに対する防汚性を有する防汚性材料とを提供する。
【解決手段】塩基性を有する流動性樹脂13を硬化させて硬化樹脂14、15を形成する場合において使用される成形型8が、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対して低い密着性を有する低密着性材料7から構成されている。低密着性材料7は、Yからなる母材3とその母材3の表面近傍に設けられ窒素を含む機能層9とを有し、イオン注入法を使用して母材3の表面近傍に窒素を含有させることによって製造される。窒素の含有量は、1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対して低い密着性を有する材料(以下、「低密着性材料」という。)と、そのような低密着性材料によって少なくとも型面が構成された成形型と、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する防汚性材料と、上述した三者を製造する製造方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来においては、トランスファー成形、射出成形、圧縮成形等により、次のようにして硬化樹脂を有する成形体を完成させている。すなわち、樹脂成形用の金型に設けられたキャビティを流動性樹脂によって充填された状態にし、その流動性樹脂を硬化させて硬化樹脂を形成して、成形体を完成させている。そして、金型材料としては、主に工具鋼が使用されている。また、エジェクト機構を使用して金型から成形体を突き出すことによって、成形体を取り出しやすくしている。
【0003】
しかし、従来の金型材料(工具鋼等)においては、表面に硬化樹脂等からなる汚れが固着しやすいので、金型の表面(型面)と硬化樹脂との間の離型性が低下するという問題がある。したがって、この汚れを取り除くためには定期的に表面をクリーニングする必要があるので煩雑であるという問題がある。また、成形体を金型から取り出すために多数のエジェクト機構を必要としており、このことが金型の大型化と複雑化とを招くという問題がある。
【0004】
ここで、成形体を容易に取り出すためには、型面と硬化樹脂との間の離型性を向上させること、言い換えれば、型面と硬化樹脂との間の密着性を低下させることが好ましい。このためには、例えば、流動性樹脂に対する良好な非濡れ性を有するポリテトラフルオロエチレンやシリコーンゴム等の有機材料が、型面−硬化樹脂間の離型性を改善する材料として有望であると考えられる。実際に、高離型性材料としてこのような有機材料を型面にスプレーあるいは塗布した後に乾燥させてコーティングする方法が、提案されている(例えば、特許文献1参照)。これによれば、優れた離型性を有する樹脂成形用の金型が、一応は実現される。
【0005】
しかし、ポリテトラフルオロエチレンやシリコーンゴム等の有機材料を型面にコーティングする場合には、これらの有機材料が摩耗しやすい。したがって、金型における離型性を改善する高離型性材料としてこれらの有機材料を単独で使用することは、現実的には困難であるという問題がある。
【0006】
また、リードフレームやプリント基板等に装着された半導体チップ等のチップ状電子部品(以下「チップ」という。)を樹脂封止する場合には、流動性樹脂として、セラミックスからなるフィラーを含有する熱硬化性樹脂、例えば、塩基性を有するエポキシ樹脂が使用される。このフィラーは型面を摩耗させるので、型面に耐摩耗性を有する金属系高硬度材料を形成することが行われている。この場合には、Cr,TiC,CrN等の耐摩耗性に優れる金属系高硬度材料をめっき、PVD、CVD等により型面にコーティングする方法が用いられる。
【0007】
しかし、Cr,TiC,CrN等の耐摩耗性に優れる金属系高硬度材料を型面に成膜する場合には、これらの金属系材料が流動性樹脂に対して十分な非濡れ性を有していないので、型面との間の離型性が不十分になる。したがって、型面と硬化樹脂との間の離型性、言い換えれば低密着性が不十分であるという問題がある。特に、チップを樹脂封止する場合には、成形体から製造される電子部品の完成品(パッケージ)の信頼性を確保するために、成形体を離型する際にできるだけ外力が加わらないことが好ましい。
【0008】
また、樹脂成形型に限らず、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等の塩基性を有する物質が接触する部材の表面、例えば、エポキシ樹脂からなるシート状材料を打ち抜いて成形品を製造する際に使用される成形型の表面には、微量のエポキシ樹脂が付着しやすい。そして、そのような成形型を引き続いて使用すると、その成形型の表面にエポキシ樹脂からなる汚れが付着するという問題がある。
【0009】
ここまで説明した問題が存在することに鑑み、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂を対象とする成形型等を構成する材料として、低密着性材料の実現が望まれている。また、成形型として、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低密着性を有する成形型の実現が望まれている。また、成形型等の材料として、塩基性を有する汚れ又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止するとともに付着した汚れが容易に落ちる(除去される)材料、言い換えれば防汚性材料の実現が望まれている。
【0010】
ところで、本出願の発明者らは、空気中において安定な焼結体であるYがエポキシ樹脂に対して良好な低密着性を有することを見出した。そして、本出願の発明者らによって、Y等からなる希土類酸化物を含む材料を使用して型面を構成することが提案されている(特許文献2−5参照)。ここで、低密着性とは、「従来の金型材料である鋼系材料や超硬合金等とエポキシ樹脂に代表される塩基性を有する物質との間の密着性に比較した場合に、低い密着性であること」を意味する。また、塩基性とは、電子対の供与性、すなわち電子対を供与する性質をいい、あるいは、プロトンを授与する性質をいう(例えば、理化学事典 第4版、岩波書店、1987年、p.161)。
【0011】
しかし、特許文献2−5に記載された低密着性材料については、低密着性は向上したものの更なる低密着性が求められている。また、特許文献2−5に記載された低密着性材料によって型面が構成された樹脂成形型については、離型性は改善されたものの更なる離型性の向上が求められている。また、特許文献4、5に記載された防汚性材料についても、更なる防汚性の向上が求められている。
【0012】
【特許文献1】特開平7−329099号公報(第3−4頁)
【特許文献2】特開2005−274478号公報(第8頁)
【特許文献3】特開2006−131429号公報(第6−8頁)
【特許文献4】特開2007−197251号公報(第8−10頁)
【特許文献5】特開2007−276402号公報(第6−10頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する更なる低密着性を有する低密着性材料と成形型とが得られていないこと、及び、塩基性を有する汚れ又は熱硬化性樹脂からなる汚れに対する更なる防汚性を有する防汚性材料が得られていないことである。また、それらの製造方法が得られていないことである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以下、「課題を解決するための手段」と「発明の効果」と「発明を実施するための最良の形態」との説明におけるかっこ内の符号は、説明における用語と図面に示された構成要素とを対比しやすくする目的で記載されたものである。また、これらの符号等は、「図面に示された構成要素に限定して、説明における用語の意義を解釈すること」を意味するものではない。
【0015】
上述の課題を解決することを目的として、本発明に係る低密着性材料(7)は、対象物(14、15)に対する低い密着性を有する低密着性材料(7)であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、母材(3)の表面近傍(厚さ方向における近傍。以下同じ。)に設けられ特定の物質を含有する機能層(9)とを備えるとともに、特定の物質は窒素であり、対象物(14、15)は塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る低密着性材料(7)は、上述の低密着性材料(7)において、窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る低密着性材料(7)の製造方法は、対象物(14、15)に対する低い密着性を有する低密着性材(7)料の製造方法であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層(9)を形成する工程を備えるとともに、対象物(14、15)は塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂であり、機能層(9)を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする。
【0018】
また、本発明に係る成形型(8)は、塩基性又は熱硬化性を有する樹脂(14、15)を含む成形品(16)を製造する場合に使用されるとともに、樹脂(14、15)が接触する面からなる型面(6)と樹脂(14、15)との間における低い密着性を有する成形型(8)であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、母材(3)の表面近傍に設けられ特定の物質を含有する機能層(9)とを備えるとともに、特定の物質は窒素であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係る成形型(8)は、上述の成形型(8)において、窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る成形型(8)の製造方法は、塩基性又は熱硬化性を有する樹脂(14、15)を含む成形品(16)を製造する場合に使用されるとともに、樹脂(14、15)が接触する面からなる型面(6)と樹脂(14、15)との間における低い密着性を有する成形型(8)の製造方法であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層(9)を形成する工程を備えるとともに、機能層(9)を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る防汚性材料(7)は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する防汚性材料(7)であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、母材(3)の表面近傍に設けられ特定の物質を含有する機能層(9)とを備えるとともに、特定の物質は窒素であることを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る防汚性材料(7)は、上述の防汚性材料(7)において、窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする。
【0023】
また、本発明に係る防汚性材料(7)の製造方法は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する防汚性材料(7)の製造方法であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層(9)を形成する工程を備えるとともに、機能層(9)を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、低密着性材料(7)が、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、その母材(3)の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層(9)とを有する。機能層(9)は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料(7)が得られる。
【0025】
また、本発明によれば、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することによって、母材(3)に窒素を含有させる。これにより、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料(7)を製造することができる。
【0026】
また、本発明によれば、成形型(8)が、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、その母材(3)の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層(9)とを有する。機能層(9)は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する成形型(8)が得られる。
【0027】
また、本発明によれば、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することによって、母材(3)に窒素を含有させる。これにより、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する成形型(8)を製造することができる。
【0028】
また、本発明によれば、防汚性材料(7)が、希土類酸化物を少なくとも含む母材(3)と、その母材(3)の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層(9)とを有する。そして、機能層(9)は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する防汚性材料(7)が得られる。
【0029】
また、本発明によれば、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することによって、母材(3)に窒素を含有させる。これにより、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する防汚性材料(7)を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明に係る成形型(8)は、塩基性を有する流動性樹脂(13)を硬化させて硬化樹脂(14、15)を形成する場合において使用され、流動性樹脂(13)が接触する面からなる型面(6)と硬化樹脂(14、15)との間における低い密着性を有する。成形型(8)は、低密着性材料(7)から構成されている。低密着性材料(7)は、Yからなる母材(3)と、その母材(3)の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層(9)とを有する。窒素の含有量は、1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満である。低密着性材料(7)は、イオン注入法を使用して母材(3)に窒素を含有させることによって製造される。
【実施例1】
【0031】
本発明の実施例1に係る低密着性材料及び成形型を、図1を参照して説明する。図1(1)は本実施例に係る低密着性材料及び成形型の原材料を、図1(2)は本実施例に係る低密着性材料及び成形型の概略を、それぞれ示す部分断面図である。なお、以下に示されるいずれの図についても、わかりやすくするために、適宜省略し又は誇張して模式的に描かれている。
【0032】
図1(1)に示されるように、上型1と上型1に対向する下型2とが設けられている。上型1は、原材料である母材3によって構成されている。母材3は、希土類酸化物によって構成されている。母材3として使用される希土類酸化物は、式z/(r+rに基づいて算出されるField strength(FS;影響場)の値が0.50以上かつ0.65以下の範囲にあるような希土類酸化物である。ここで、zは流動性樹脂(13)が接触する表面を構成する希土類酸化物に含まれる金属カチオンの価数を、rは金属カチオンのイオン半径(単位Å;1Å=1×10−10m)を、rはアニオン(具体的には酸素イオン)のイオン半径(単位Å)を、それぞれ表している。
【0033】
母材3として使用される希土類酸化物とそのField strengthの値(かっこ内の数字参照)としては、次のようなものがある。それは、Y(0.58)、Gd(0.56)、Sm(0.55)、Eu(0.55)、Er(0.58)、Yb(0.59)、Lu(0.60)等である。これらの酸化物のうち、母材3を構成する材料としては、Y、Er、Ybが好ましい。特に、低密着性に加えて入手容易性や価格等の観点を考慮すると、母材3を構成する低密着性材料としてはYが最も好ましい。そこで、Y(酸化イットリウム;イットリア)によって母材3を構成することとする。
【0034】
図1(1)において、母材3には、流動性樹脂(図示なし)が流動する樹脂通路4と、樹脂通路4につながる空間であって流動性樹脂によって充填されるキャビティ5とが、設けられている。ここで、流動性樹脂は、例えば熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等のような塩基性を有する物質である。図1(1)に示された上型1の型面6は、Yからなる母材3の面(下面)によって構成されている。型面6には、樹脂通路4とキャビティ5とがそれぞれ有する面が含まれる。
【0035】
図1(1)に示された母材3に窒素を含有させることにより、塩基性を有する物質に対する低い密着性を有する低密着性材料7(図1(2)参照)が製造される。そして、図1(2)に示されているように、低密着性材料7からなる上型8が製造される。上型8は、型面6を含む型面6の近傍に設けられ塩基性を有する物質に対する低い密着性を有する機能層9を備える。ここで、「機能層」とは、ある特定の機能を担う層を意味する。特定の機能とは、ある種の物質に対する低密着性、成形型として使用した場合における離型性、及び、ある種の物質に関する防汚性である。
【0036】
図1(2)に示されるように、下型2の上には、リードフレーム、プリント基板、セラミックス基板等の基板10が配置される。基板10の上に装着されたチップ11が有する電極と基板10が有する電極とは(いずれも図示なし)、ワイヤ12によって電気的に接続される。基板10は、チップ11とワイヤ12とがキャビティ5に収容され得るような位置に、下型2の上において位置決めされて配置される。
【0037】
図1(2)に示された上型8と下型2とを使用した樹脂封止を、図2を参照して説明する。図2(1)は本実施例に係る成形型を型締めして流動性樹脂を充填する状態を、図2(2)は硬化樹脂が形成された後に成形型を型開きした状態を、それぞれ示す部分断面図である。
【0038】
本実施例に係る樹脂封止は次のようにして行われる。まず、図1(2)に示すように、下型2の上に基板10を位置決めして配置する。
【0039】
次に、図2(1)に示すように、それぞれ加熱された上型8と下型2とを型締めする。その後に、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂からなる流動性樹脂13を、樹脂通路4を経由してキャビティ5に充填する。
【0040】
次に、図2(2)に示すように、引き続き流動性樹脂13を加熱する。このことによって、樹脂通路4とキャビティ5とにおいてそれぞれ硬化樹脂14、15を形成する。
【0041】
次に、上型8と下型2とを型開きした後に、基板10上におけるチップ11が樹脂封止された樹脂封止体16を取り出す。ここで、上型8の型面6の近傍に設けられた機能層9は、塩基性を有する物質に対する低い密着性を有する。したがって、機能層9は、塩基性を有する物質であるエポキシ樹脂からなる硬化樹脂14、15に対する低い密着性を有する。これにより、硬化樹脂14、15は、機能層9から、言い換えれば上型8の型面6から離型する。
【0042】
次に、適当な手段を使用して、樹脂封止体16から、樹脂通路4において硬化した硬化樹脂14からなる不要樹脂を分離する。ここまでの工程によって、基板10とチップ11と硬化樹脂15とを含む、電子部品の完成品(パッケージ)が完成する。
【0043】
以下、本発明に係る低密着性材料及び成形型の製造方法を、図3を参照して説明する。図3(1)は低密着性材料及び成形型の母材を、図3(2)は母材に窒素イオンを含有させる工程を、図3(3)は低密着性材料及び成形型を、それぞれ示す部分断面図である。
【0044】
まず、図3(1)に示すように、Yの焼結体からなるブロック状の材料に対して切削加工等による適当な加工を施すことによって、樹脂通路4とキャビティ5とを有する母材3を完成させる。上型1は、原材料である母材3によって構成されている。
【0045】
次に、図3(2)に示すように、母材3の型面6に窒素イオン17を注入する。窒素イオン17を注入するには、周知のイオン注入法を使用することができる。
【0046】
ここまでの工程によって、図3(3)に示すように、型面6を含む型面6の近傍には窒素イオン17を含有する機能層9が形成される。この機能層9は、塩基性を有する物質(例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等)に対する低い密着性を有する。
【0047】
以下、機能層9が含有する窒素イオンの濃度(含有量、窒素濃度)と、型面から硬化樹脂が離型する際の離型力との関係を、図4を参照して説明する。図4は、窒素濃度と離型力との関係を示す図である。なお、図4の左端における2種類のプロットは、比較のためにイオン注入していない場合のデータを示したものである。
【0048】
図4に示されているように、Yからなる母材に窒素イオンをイオン注入した場合には、母材の表面とエポキシ樹脂からなる硬化樹脂との間の離型力、すなわち密着力は次のように低下する。まず、イオン注入がなされていないY焼結体の表面から硬化樹脂が離型する場合について説明する。Y焼結体(イオン注入なし)の表面から硬化樹脂が離型する場合における離型力の平均値は、3.9kgf/cm (1kgf/cm =9.8N/cm 。以下同じ。)である。
【0049】
これに対して、窒素イオンがイオン注入されてY焼結体の表面の近傍に形成された機能層の表面から硬化樹脂が離型する場合には、離型力の平均値は次のようになる。機能層における窒素濃度が5.5×1018atoms/cmである場合には、離型力の平均値は1.66kgf/cmである。また、窒素濃度が9.0×1018atoms/cmである場合における離型力の平均値は1.54kgf/cm、5.5×1019atoms/cmである場合には1.49kgf/cm、9.0×1019atoms/cmである場合には0.98kgf/cmである。したがって、Y焼結体に窒素イオンをイオン注入することによって、Y焼結体の表面に形成された機能層9と硬化樹脂との間の密着力は低下したといえる。
【0050】
また、イオン注入がなされていないY薄膜の表面から硬化樹脂が離型する場合について説明する。Si(シリコン)基板上にCVD法によって形成されたY薄膜の表面から硬化樹脂が離型する場合における離型力の平均値は、3.5kgf/cmである。
【0051】
これに対して、窒素イオンがイオン注入されたY薄膜の表面の近傍に形成された機能層の表面から硬化樹脂が離型する場合には、離型力の平均値は次のようになる。機能層における窒素濃度が2.0×1020atoms/cmである場合には、離型力の平均値は1.70kgf/cmである。同様にして、窒素濃度が3.0×1021atoms/cmである場合における離型力の平均値は1.97kgf/cmである。したがって、CVD法を使用して形成されたY薄膜に窒素イオンをイオン注入することによって、Y薄膜の表面に形成された機能層9と硬化樹脂との間の密着力は低下したといえる。
【0052】
ここで、窒素濃度の下限については、密着力を低下させる効果を実現するという観点から1018atoms/cmを超える程度であることが好ましい。また、窒素濃度の上限については、Yのバルクとしての構造を保ち耐摩耗性を維持するという観点から1022atoms/cmを超えない程度であることが好ましい。
【0053】
本実施例によれば、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂と表面との間の密着力が小さい低密着性材料7が得られる。また、塩基性を有する物質が接触する型面6が機能層9によって構成されている低密着性材料7が得られるとともに、その低密着性材料7からなる成形型(上型8)が得られる。そして、低密着性材料7が有する低密着性に起因して、硬化樹脂14、15に対する優れた離型性と、硬化樹脂からなる汚れが型面6に付着しにくい特性と、型面6に付着した汚れが除去されやすい特性とが生じ、これらの特性を有する成形型(上型8)が得られる。したがって、エジェクト機構を必要とせず長時間にわたって優れた離型性を維持し、かつ、クリーニングの頻度を低減することができる成形型(上型8)が実現される。
【0054】
また、Yのような希土類酸化物からなる母材3に窒素イオンがイオン注入されて形成された機能層9は、優れた耐摩耗性を有する。したがって、優れた耐摩耗性を有する低密着性材料7及び成形型8が得られる。
【0055】
更に、Y焼結体とそのY焼結体に窒素イオンがイオン注入されて形成された機能層9とは、いずれも化学的に安定な物質である。また、Si基板上にCVD法によって形成されたY薄膜とそのY薄膜に窒素イオンがイオン注入されて形成された機能層9とは、いずれも化学的に安定な物質である。したがって、化学的に安定な低密着性材料7及び成形型8が得られる。
【実施例2】
【0056】
上述した実施例1では、母材3として、Yの焼結体からなるブロック状の材料を使用した。これに代えて、以下の各実施例において説明するような、母材3として希土類化合物を含む材料を使用してもよい。
【0057】
実施例2においては、母材3として、希土類元素を少なくとも含む物質を使用することができる。そして、その材料に窒素イオン17(図3(2)参照)を含有させることができる。
【0058】
また、本実施例では、希土類化合物を少なくとも主たる成分の1つとする物質を使用してもよく、その材料に窒素イオン17(図3(2)参照)を含有させることができる。また、母材3に含まれる希土類化合物は、酸化物、窒化物、炭化物、又は、酸化物と窒化物と炭化物とのうち少なくとも2つを含む混合物からなることとしてもよい。
【0059】
また、実施例1で説明した希土類酸化物(Y等)を1種類又は複数種類含むとともに、その希土類酸化物又はそれらの希土類酸化物を40体積%以上含む材料を使用してもよい。そして、その材料に窒素イオン17(図3(2)参照)を含有させることができる。
【0060】
本実施例によれば、希土類元素を少なくとも含む物質に窒素イオン17を注入して、その物質の表面付近において、窒素イオン17を含有する機能層9を形成する(図3(2)及び(3)参照)。この機能層9により、塩基性を有する物質(例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等)に対する低い密着性が得られる。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料及び成形型が得られる。
【実施例3】
【0061】
実施例3においては、母材3として、Yと別の酸化物とから少なくとも生成された材料が使用され、その生成された材料においてはYとその別の酸化物との全体に対してその別の酸化物が一定の比率を有する。そして、その材料は、その一定の比率の下においては保形性を有する。また、その別の酸化物は、Y3+よりも大きなイオン半径を有する物質を含むこと、又は、Yよりも強い塩基性を有することのうち少なくとも1つを満たす。そして、その別の酸化物は、La又はSrOのいずれかである。
【0062】
また、母材3として使用される材料は、YとLaとからなる固溶体又は複合酸化物を少なくとも含んでいる材料であってもよい。更に、母材3として使用される材料は、YとSrOとからなる固溶体又は複合酸化物を少なくとも含んでいる材料であってもよい。
【0063】
本実施例では、母材3として、YとLaとから少なくとも生成された材料を使用することができる。また、YとSrOとから少なくとも生成された材料に、窒素イオン17(図3(2)参照)を含有させることができる。
【0064】
本実施例によれば、Yと別の酸化物とから少なくとも生成された材料に窒素イオン17を注入して、その材料の表面付近において窒素イオン17を含有する機能層9を形成する。この機能層9により、塩基性を有する物質(例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等)に対する低い密着性が得られる。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料及び成形型が得られる。
【実施例4】
【0065】
実施例4においては、母材3として、本体部とその本体部における表面の少なくとも一部に形成された表面層とを備える材料を使用する。表面層は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低密着性と本体部よりも小さな熱膨張係数とを有する材料から構成される。そして、高温下において本体部に表面層が形成され、本体部と表面層とが冷却される。したがって、その材料においては、通常の使用温度の下では表面層において圧縮残留応力が発生しその圧縮残留応力が存在している。そして、その材料に窒素イオン17(図3(2)参照)を含有させることができる。
【0066】
また、母材3として使用される材料は、Y、Y固溶体、又はイットリア複合酸化物の少なくともいずれかが表面層に含まれる材料であってもよい。更に、母材3として使用される材料は、ZrOを主成分とする第1の材料と、第1の材料よりも小さな熱膨張係数を有する第2の材料とが、本体部に含まれる材料であってもよい。
【0067】
本実施例によれば、本体部とその本体部よりも小さな熱膨張係数とを有する表面層とを備え、Y、Y固溶体、又はイットリア複合酸化物の少なくともいずれかが表面層に含まれる材料を使用する。そして、その材料に窒素イオン17を含有させて、その材料の表面付近において窒素イオン17を含有する機能層9を形成する(図3(2)及び(3)参照)。この機能層9によって、塩基性を有する物質(例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等)に対する低い密着性が得られる。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料及び成形型が得られる。
【0068】
なお、実施例1〜4において説明した成形型には抜き型も含まれる。すなわち、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる材料を打ち抜いて成形品を製造する際に使用される成形型に、各実施例で説明した低密着性材料を使用することができる。
【0069】
また、成形型(上型8)の型面6に機能層9を形成する場合には、ブロック状(直方体状)の低密着性材料を、キャビティ5の底面又は天面を構成するキャビティブロックとして使用してもよい。この場合には、成形型のうち、流動性樹脂13が接触する型面6の一部、例えば、キャビティ5における内底面(図2では上面)が低密着性材料によって構成される。
【0070】
また、上述した各実施例においては、トランスファー成形を使用して、基板9に装着されたチップ10を樹脂封止する際に使用される成形型8を例に挙げて説明した。これに限らず、一般的な圧縮成形、射出成形等において使用される成形型に対して本発明を適用することができる。言い換えれば、キャビティ5に流動性樹脂13が充填された状態でその流動性樹脂13を硬化させて成形体15を製造する際に使用される成形型に対して、本発明を適用することができる。
【実施例5】
【0071】
実施例5は、実施例1〜実施例4に記載された低密着性材料7を、防汚性材料として使用するものである。それらの低密着性材料7は、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する。したがって、実施例1〜実施例4に記載された低密着性材料7を、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低密着性が要求される用途に使用することが可能である。例えば、このような低密着性材料7を、有機物からなる汚れのうち塩基性を有する汚れ又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する材料として使用することができる。また、このような低密着性材料7を、有機物からなる汚れのうち塩基性を有する汚れ又は熱硬化性樹脂からなる汚れが付着した場合にそれらの汚れが容易に落ちる(除去される)材料として使用することができる。
【0072】
具体的には、実施例1〜実施例4に記載された低密着性材料7を、建物の外壁等に使用される建材、浴槽、衛生陶器やこれに類する機器等の材料として使用することができる。また、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂が接触する配管類、タンク類にも、実施例1〜実施例4に記載された低密着性材料7を使用することができる。更に、これらの用途に使用される部材の表面をコーティングする材料として、実施例1〜実施例4に記載された低密着性材料7を使用してもよい。
【0073】
なお、上述した各実施例においては、次の構成を採用してもよい。各実施例では、母材3の原材料として、Yの焼結体等からなるブロック状の材料を使用した。これに限らず、母材3の型面6を含む型面6の近傍において、Y等の希土類酸化物を含む酸化物膜を設けてもよい。この場合には、その酸化物膜に窒素イオン17を注入することによって、酸化物膜の表面付近において窒素イオン17を含有する機能層9を形成する。この機能層9によって、塩基性を有する物質(例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等)に対する低い密着性が得られる。したがって、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂に対する低い密着性を有する低密着性材料及び成形型が得られる。また、この場合には、母材3の原材料として、工具鋼、WC(タングステンカーバイド)を含む超硬合金、3YSZ(3mol%イットリア安定化ジルコニア)等からなるセラミックス系材料等を使用してもよい。
【0074】
また、各実施例においては、Y等の希土類酸化物に窒素イオン17を含有させる方法として次の方法を使用することができる。それは、PVD(Physical Vapor Deposition;物理気相成長法)、CVD(Chemical Vapor Deposition;化学気相成長法)、ゾルゲル法等である。PVDには、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、スパッタリング法、プラズマ溶射法、イオンプレーティング法等が含まれる。
【0075】
また、各実施例において説明した材料に連通孔を設けて多孔性としてもよい。更に、各実施例において説明した材料に導電性を付与させてもよい。
【0076】
なお、本発明は、上述した各実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、必要に応じて、任意にかつ適宜に組み合わせ、変更し、又は選択して採用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】図1(1)は実施例1に係る低密着性材料及び成形型の原材料を、図1(2)は実施例1に係る低密着性材料及び成形型の概略を、それぞれ示す部分断面図である。
【図2】図2(1)は実施例1に係る成形型を型締めして流動性樹脂を充填する状態を、図2(2)は硬化樹脂が形成された後に成形型を型開きした状態を、それぞれ示す部分断面図である。
【図3】図3(1)は低密着性材料及び成形型の母材を、図3(2)は母材に窒素イオンを含有させる工程を、図3(3)は低密着性材料及び成形型を、それぞれ示す部分断面図である。
【図4】窒素濃度と離型力との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0078】
1 上型
2 下型
3 母材
4 樹脂流路
5 キャビティ
6 型面
7 低密着性材料(防汚性材料)
8 上型(成形型)
9 機能層
10 基板
11 チップ
12 ワイヤ
13 流動性樹脂
14、15 硬化樹脂(対象物)
16 樹脂封止体(成形品)
17 窒素イオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物に対する低い密着性を有する低密着性材料であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材と、
前記母材の表面近傍に設けられ特定の物質を含有する機能層とを備えるとともに、
前記特定の物質は窒素であり、
前記対象物は塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂であることを特徴とする低密着性材料。
【請求項2】
請求項1に記載の低密着性材料において、
前記窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする低密着性材料。
【請求項3】
対象物に対する低い密着性を有する低密着性材料の製造方法であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層を形成する工程を備えるとともに、
前記対象物は塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂であり、
前記機能層を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする低密着性材料の製造方法。
【請求項4】
塩基性又は熱硬化性を有する樹脂を含む成形品を製造する場合に使用されるとともに、前記樹脂が接触する面からなる型面と前記樹脂との間における低い密着性を有する成形型であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材と、
前記母材の表面近傍に設けられ特定の物質を含有する機能層とを備えるとともに、
前記特定の物質は窒素であることを特徴とする成形型。
【請求項5】
請求項4に記載の成形型において、
前記窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする成形型。
【請求項6】
塩基性又は熱硬化性を有する樹脂を含む成形品を製造する場合に使用されるとともに、前記樹脂が接触する面からなる型面と前記樹脂との間における低い密着性を有する成形型の製造方法であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層を形成する工程を備えるとともに、
前記機能層を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする成形型の製造方法。
【請求項7】
塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する防汚性材料であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材と、
前記母材の表面近傍に設けられ特定の物質を含有する機能層とを備えるとともに、
前記特定の物質は窒素であることを特徴とする防汚性材料。
【請求項8】
請求項7に記載の防汚性材料において、
前記窒素の含有量は1018atoms/cmを超え1022atoms/cm未満であることを特徴とする防汚性材料。
【請求項9】
塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる汚れの付着を防止する機能を有する防汚性材料の製造方法であって、
希土類酸化物を少なくとも含む母材の表面近傍に窒素を含有させることによって機能層を形成する工程を備えるとともに、
前記機能層を形成する工程では、イオン注入法、PVD、CVD、又は、ゾルゲル法のいずれかを使用することを特徴とする防汚性材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−226775(P2009−226775A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75781(P2008−75781)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(390002473)TOWA株式会社 (192)
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】