説明

低温靭性に優れた高強度鋼板及び鋼管並びにそれらの製造方法

【課題】フェライト変態が起こり難い成分を有する鋼板にポリゴナルフェライトを生成させ、低温靭性を向上させた高強度鋼板、これを母材とする高強度鋼管及びそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】Mo:0.05〜1.00%、B:0.0003〜0.0100%を含有し、Ceqが0.30〜0.53であり、Pcmが0.10〜0.20であり、ポリゴナルフェライトの面積率が20〜90%であり、残部が、ベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相である金属組織を有する。開始温度がAr3+60℃以下、終了温度がAr3以上、圧下比が1.5以上である歪み導入圧延を行い、その後、空冷し、Ar3−100℃〜Ar3−10℃の温度から10℃/s以上で加速冷却する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、原油及び天然ガス輸送用のラインパイプに好適な、低温靭性に優れた高強度鋼板及び鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、原油及び天然ガスの輸送効率向上のために、パイプラインの内圧の高圧化が検討されている。これに伴い、ラインパイプ用鋼管の高強度化が要求されている。さらに、高強度ラインパイプ用鋼管には、靭性、変形性能、耐アレスト性なども要求される。そのため、ベイナイト、マルテンサイトを主体とし、微細なフェライトを生成させた鋼板及び鋼管が提案されている(例えば、特許文献1〜3)。しかし、これらは、米国石油協会(API)規格X100(引張強さ760MPa以上)以上の高強度鋼管である。
【0003】
一方、幹線パイプラインの素材として実用化されている、API規格X70(引張強さ570MPa以上)や、API規格X80(引張強さ625MPa以上)の高強度鋼管の高性能化も要求されている。これに対しては、ベイナイト中に微細なフェライトを生成させた母材を有する鋼管の溶接熱影響部(HAZ)を加熱処理し、変形性能と低温靭性を高める方法が提案されている(例えば、特許文献4)。
【0004】
このように、強度と靭性を両立させたベイナイト、マルテンサイトを主体とする鋼板及び鋼管を基に、さらに、フェライトを生成させて、変形性能などの特性を向上させる方法が提案されている。しかし、最近では、低温靭性に対する要求がますます高くなり、−60℃以下といった極低温での母材靭性が要求されている。また、母材だけでなく、HAZの低温靭性も非常に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−293078号公報
【特許文献2】特開2003−306749号公報
【特許文献3】特開2005−146407号公報
【特許文献4】特開2004−131799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
HAZ靭性の向上のためには、炭素当量Ceq及び割れ感受性指数Pcmを制御し、更にB及びMoを添加し、焼入れ性を高めて、ベイナイトを主体とする微細な金属組織とすることが有効である。しかし、その一方では、母材にフェライト生成させることが困難になる。特に、BとMoとを複合添加して焼入れ性を高めると、フェライトの変態が起こり難くなる。特に、熱間圧延の終了直後に空冷し、ポリゴナルフェライトを生成させることは、極めて困難であった。
【0007】
本発明は、このような実情に鑑み、炭素当量Ceq及び割れ感受性指数Pcmを制御し、更にB及びMoの添加により焼入れ性を高めた高強度鋼板に、ポリゴナルフェライトを生成させるものである。本発明は、特に、母材の低温靭性を改善し、更に、この高強度鋼板を母材とする高強度鋼管及びそれらの製造方法の提供を課題とするものである。
【0008】
なお、本発明では、圧延方向に延伸していない、アスペクト比が4以下のフェライトをポリゴナルフェライトという。ここで、アスペクト比はフェライト粒の長さを幅で除した値である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来、B及びMoを同時に添加し、焼入れ性の指標Ceq及び溶接性の指標である割れ感受性指数Pcmを最適な範囲に制御し、HAZ靭性の向上させた高強度鋼板の金属組織に、ポリゴナルフェライトを生成させることは困難であった。本発明は、焼入れ性の高い成分組成を有する鋼板の金属組織を、熱間圧延の条件の最適化によって、ポリゴナルフェライトと硬質相との複相組織としたものである。本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0010】
(1)質量%で、C:0.010〜0.08%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.5〜2.0%、S:0.0001〜0.005%、Ti:0.003〜0.030%、Mo:0.05〜1.00%、B:0.0003〜0.010%、O:0.0001〜0.008%を含み、P:0.050%以下、Al:0.020%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、下記(式1)によって求められるCeqが0.30〜0.53であり、下記(式2)によって求められるPcmが0.10〜0.20であり、金属組織のポリゴナルフェライトの面積率が20〜90%であり、残部がベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相であることを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼板。
【0011】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(式1)
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/
10+5B ・・・(式2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、V、及び、Bは、各元素の含有量[質量%]である。
【0012】
(2)さらに、質量%で、Cu:0.05〜1.5%、Ni:0.05〜5.0%の一方又は双方を含有することを特徴とする上記(1)に記載の低温靭性に優れた高強度鋼板。
【0013】
(3)さらに、質量%で、Cr:0.02〜1.50%、W:0.01〜0.50%、V:0.01〜0.10%、Nb:0.001〜0.20%、Zr:0.0001〜0.050%、Ta:0.0001〜0.050%のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の低温靭性に優れた高強度鋼板。
【0014】
(4)さらに、質量%で、Mg:0.0001〜0.010%、Ca:0.0001〜0.005%、REM:0.0001〜0.005%、Y:0.0001〜0.005%、Hf:0.0001〜0.005%、Re:0.0001〜0.005%のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)の何れかに記載の高強度鋼板。
【0015】
(5)金属組織のポリゴナルフェライトの面積率が20〜80%であることを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の高強度鋼板。
【0016】
(6)母材が上記(1)〜(4)の何れかに記載の鋼板であることを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼管。
【0017】
(7)上記(1)〜(4)の何れかに記載の成分からなる鋼片を、950℃以上に再加熱し、熱間圧延を行い、該熱間圧延の最終工程として、開始温度がAr3+60℃以下、終了温度がAr3以上、圧下比が1.5以上である歪み導入圧延を行い、その後、空冷し、Ar3−100℃〜Ar3−10℃の温度から、10℃/s以上の冷却速度で、下記(式3)によって求められるBs以下の温度まで加速冷却することを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0018】
Bs(℃)=830−270C−90Mn−37Ni−70Cr−83Mo
・・・(式3)
ここで、C、Mn、Ni、Cr、及び、Moは、各元素の含有量[質量%]である。
【0019】
(8)上記(7)に記載の方法で製造した鋼板を、UO工程で管状に成形し、突き合せ部を内外面からサブマージドアーク溶接し、その後、拡管することを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、炭素当量Ceq及び割れ感受性指数Pcmを制御し、更にB及びMoを添加し、焼入れ性を高めた成分組成を有する高強度鋼板の金属組織において、ポリゴナルフェライトを生成させることが可能になる。これにより、強度及びHAZ靭性を向上させ、かつ、低温靭性にも極めて優れ、金属組織がポリゴナルフェライトと硬質相とからなる高強度鋼板、更に、これを母材とする高強度鋼管、及び、それらの製造方法の提供が可能になり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】熱間加工温度とポリゴナルフェライト面積率との関係を示す図である。
【図2】水冷開始温度とポリゴナルフェライト面積率との関係を示す図である。
【図3】ポリゴナルフェライト面積率と靭性及び強度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
高強度鋼板の靭性の向上、特に、−40℃、更には、−60℃という極低温での靭性の確保には、結晶粒の微細化が必要である。しかし、ベイナイト、マルテンサイトからなる金属組織を、圧延によって微細化することは困難である。また、軟質であるフェライトを生成させると、靭性は向上する。しかし、オーステナイトとフェライトとが共存する温度域で熱間圧延を行い、加工フェライトを生成させると、靭性が低下することがわかった。
【0023】
そこで、本発明者らは、熱間圧延の終了後、高温での冷却時にポリゴナルフェライトを生成させ、高強度鋼板の低温靭性を向上させる方法を指向した。しかし、HAZの強度及び靭性を確保するために焼入れ性を高めた高強度鋼板では、ポリゴナルフェライトを生成させることは難しい。
【0024】
ポリゴナルフェライトを生成させるには、鋼板を熱間圧延した直後、即ち、空冷前に、未再結晶のオーステナイトの転位密度を高めておくことが有効である。本発明者らは、まず、金属組織がオーステナイトであり、再結晶しない温度域、即ち、未再結晶γ域での圧延の条件について検討を行った。
【0025】
質量%で、C:0.01〜0.08%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.5〜2.0%、S:0.0001〜0.005%、Ti:0.003〜0.030%、O:0.0001〜0.008%を含み、P:0.050%以下、Al:0.020%以下に制限し、Moの含有量を0.05〜1.00%、Bの含有量を0.0003〜0.010%とし、焼入れ性の指標である炭素等量Ceqを0.30〜0.53、及び、溶接性の指標である割れ感受性指数Pcmを0.10〜0.20とした鋼を溶製し、鋳造して鋼片を製造した。
【0026】
次に、得られた鋼片から高さ12mm、直径8mmの試験片を切り出し、熱間圧延を模擬した加工熱処理を施した。加工熱処理として、圧下比を1.5とする1回の加工を施し、空冷に相当する0.2℃/sで冷却し、更に、水冷に相当する15℃/sで加速冷却した。なお、加工フェライトの生成を避けるため、加工温度は冷却時の変態温度Ar3以上の温度とした。冷却時の変態温度Ar3は、熱膨張曲線から求めた。加工熱処理後、試験片のポリゴナルフェライトの面積率を測定した。なお、圧延方向に延伸していない、アスペクト比が1〜4のフェライトをポリゴナルフェライトとした。
【0027】
水冷に相当する15℃/sでの加速冷却を開始する温度は、Ar3−90℃、Ar3−70℃、Ar3−40℃とし、加工を加える温度(加工温度)を変化させて、ポリゴナルフェライトが生成する条件を検討した。結果を、図1に示す。図1は、ポリゴナルフェライトの面積率を加工温度とAr3との差に対してプロットしたものであり、「○」、「□」、「△」は、加速冷却の開始温度を、それぞれ、Ar3−90℃、Ar3−70℃、Ar3−40℃とした結果である。図1に示したように、熱間加工の加工温度をAr3+60℃以下にすれば、面積率20%以上のポリゴナルフェライトが生成することがわかった。
【0028】
更に、熱間圧延機を用いて、加速冷却開始温度とポリゴナルフェライトの面積率との関係、及びポリゴナルフェライトの面積率と靭性との関係について検討を行った。熱間圧延は、再加熱温度を1050℃とし、パス回数を20〜33回とし、Ar3以上で圧延を終了し、空冷した後、加速冷却として水冷を行った。なお、熱間圧延の最終工程、即ち、Ar3+60℃以下から終了までの圧延を歪導入圧延という。Ar3+60℃以下から終了までの圧下比、即ち、歪み導入圧延の圧下比を1.5以上とし、空冷した後、種々の温度から水冷(加速冷却)を開始した。歪み導入圧延のパス回数は4〜20回とした。
【0029】
得られた鋼板のポリゴナルフェライトの面積率を光学顕微鏡を用いて測定し、引張試験と落重試験(Drop Weight Tear Test、DWTTという。)を行った。引張特性は、API規格の試験片を用いて評価した。DWTTは−60℃で行い、き裂の延性破面率(Shear Area,SAという。)を求めた。
【0030】
加速冷却の開始温度と、ポリゴナルフェライトの面積率との関係を、図2に示す。図2から、熱間圧延後の加速冷却の開始温度をAr3−100℃〜Ar3−10℃とすれば、鋼板のポリゴナルフェライトの面積率が20〜90%となることがわかった。即ち、熱間圧延の終了後、Ar3以上の温度から、Ar3−100℃〜Ar3−10℃の範囲内の温度まで空冷すると、面積率20〜90%のポリゴナルフェライトを生成させることができる。
【0031】
また、ポリゴナルフェライトの面積率と、引張強さ及び−60℃での延性破面率SAとの関係を、図3に示す。図3から、ポリゴナルフェライトの面積率を20%以上とすれば、極めて良好な低温靭性が得られることがわかる。また、図3から、X70に相当する570MPa以上の引張強さを確保するにはポリゴナルフェライトの面積率を90%以下にすることが必要であることがわかる。更に、図3に示したように、X80に相当する625MPa以上の引張強さを確保するには、ポリゴナルフェライトの面積率を80%以下とすることが好ましい。
【0032】
以上のように、本発明者らは、ポリゴナルフェライトを確保するには、熱間圧延を行う際に、未再結晶域での圧延による歪の導入が重要であることを見出した。本発明者らは、更なる詳細な検討を行い、以下の知見を得て本発明を完成させた。
【0033】
熱間圧延では、Ar3+60℃以下での圧下比の確保が重要である。そのため、熱間圧延の最終工程として、歪み導入圧延を行うことが必要である。歪み導入圧延は、熱間圧延における、Ar3+60℃以下、圧延終了までのパスであり、少なくとも1パスは必要であり、複数のパスとしてもよい。熱間圧延後の空冷によってポリゴナルフェライトを生成させるために、歪み導入圧延の圧下比は1.5以上とする。なお、歪み導入圧延の圧下比は、Ar3+60℃の板厚と圧延終了後の板厚の比である。
【0034】
圧延後、空冷してポリゴナルフェライトを生成させた後、ベイナイト変態による強度の向上のため、10℃/s以上の冷却速度で加速冷却する。また、強度を確保するために、加速冷却はベイナイト生成温度Bs以下で停止させることが必要である。
【0035】
以下、本発明の鋼板について詳細に説明する。なお、%は質量%を意味する。
【0036】
C:0.01〜0.08%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、金属組織にベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相を生成させるため、0.01%以上の添加が必要である。また、本発明では、高強度と高靭性を両立させるため、Cの含有量を0.08%以下とする。
【0037】
Si:0.01〜0.50%
Siは、脱酸元素であり、効果を得るために0.01%以上の添加が必要である。一方、0.50%超のSiを含有させると、HAZの靭性が劣化するので、上限を0.50%とする。
【0038】
Mn:0.5〜2.0%
Mnは、焼入れ性を高める元素であり、強度及び靭性の確保のために、0.5%以上の添加が必要である。一方、Mnの含有量が2.0%を超えると、HAZの靭性を損なう。したがって、Mnの含有量を0.50〜2.0%する。
【0039】
P:0.050%以下
Pは、不純物であり、0.050%超を含有すると、母材の靭性が著しく低下する。HAZの靭性を向上させるには、Pの含有量を0.02%以下とすることが好ましい。
【0040】
S:0.0001〜0.005%
Sは、不純物であり、0.005%超を含有すると粗大な硫化物を生成して、靭性を低下させる。また、鋼板にTiの酸化物を微細に分散させると、MnSが析出して、粒内変態が生じ、鋼板及びHAZの靭性が向上する。この効果を得るには、Sを0.0001%以上含有させることが必要である。また、HAZの靭性を向上させるには、S量の上限を0.003%とすることが好ましい。
【0041】
Al:0.020%以下
Alは、脱酸剤であるが、介在物の生成を抑制して鋼板及びHAZの靭性を高めるには、上限を0.020%にすることが必要である。Alの含有量を制限することにより、粒内変態に寄与するTiの酸化物を微細に分散させることができる。粒内変態の生成を促進させるには、Al量を0.010%以下にすることが好ましい。更に好ましい上限は、0.008%である。
【0042】
Ti:0.003〜0.030%
Tiは、鋼板及びHAZの粒径の微細化に寄与するTiの窒化物を生成する元素であり、0.003%以上の添加が必要である。一方、Tiを過剰に含有させると粗大な介在物を生じて靭性を損なうため、上限を0.030%とする。また、Tiの酸化物は、微細に分散させると、粒内変態の生成核として有効に作用する。
【0043】
Tiを添加する際の酸素量が多いと、粗大なTiの酸化物を生成するため、製鋼時には、Si、Mnにより脱酸を行い、酸素量を低下させておくことが好ましい。この場合、Alの酸化物は、Tiの酸化物よりも生成し易いので、過剰なAlの含有は好ましくない。
【0044】
B:0.0003〜0.010%
Bは、焼入れ性を著しく高め、また、HAZでの粗大な粒界フェライトの生成を抑制する重要な元素である。この効果を得るには、Bを0.0003%以上添加することが必要である。一方、Bを過剰に添加すると粗大なBNを生じ、特にHAZの靭性を低下させるため、B量の上限を0.010%とする。
【0045】
Mo:0.05〜1.00%
Moは、特に、Bとの複合添加によって、焼入れ性を著しく高める元素であり、強度及び靭性の向上のために、0.05%以上を添加する。一方、Moは、高価な元素であり、添加量の上限を1.00%とすることが必要である。
【0046】
O:0.0001〜0.008%
Oは、不純物であり、介在物の生成による靭性の低下を避けるために、含有量の上限を0.008%にすることが必要である。粒内変態に寄与するTiの酸化物を生成させるためには、鋳造時に鋼中に残存するO量を、0.0001%以上とする。
【0047】
更に、強度及び靭性を向上させる元素として、Cu、Ni、Cr、W、V、Nb、Zr、及び、Taのうち、1種又は2種以上を添加してもよい。また、これらの元素は含有量が好ましい下限未満の場合は、特に悪影響を及ぼすことはないので、不純物と見做すことができる。
【0048】
Cu及びNiは、靭性を損なうことなく強度を上昇させる有効な元素であり、効果を得るためには、Cu量、及び、Ni量の下限を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Cu量の上限は、鋼片の加熱時及び溶接時の割れの発生を抑制するために、1.5%とすることが好ましい。Niは、過剰に含有させると溶接性を損なうため、上限を5.0%とすることが好ましい。
【0049】
なお、CuとNiは、表面傷の発生を抑制するために複合して含有させることが好ましい。また、コストの観点からは、Cu及びNiの上限を1.0%とすることが好ましい。
【0050】
Cr、W、V、Nb、Zr、及び、Taは、炭化物、窒化物を生成し、析出強化によって鋼の強度を向上させる元素であり、1種又は2種以上を含有させてもよい。強度を効果的に上昇させるためには、Cr量の下限は0.02%、W量の下限は0.01%、V量の下限は0.01%、Nb量の下限は0.001%、Zr量、及び、Ta量の下限は、共に、0.0001%とすることが好ましい。
【0051】
一方、Cr、Wの一方又は双方を過剰に添加すると、焼入れ性の向上により強度が上昇し、靭性を損なうことがあるため、Cr量の上限を1.50%、W量の上限を0.50%とすることが好ましい。また、V、Nb、Zr、Taの1種又は2種以上を過剰に添加すると、炭化物、窒化物が粗大化し、靭性を損なうことがあるので、V量の上限を0.10%、Nb量の上限を0.20%、Zr量及びTa量の上限を、共に、0.050%とすることが好ましい。
【0052】
更に、介在物の形態を制御して、靭性の向上を図るため、Mg、Ca、REM、Y、Hf、及び、Reのうち、1種又は2種以上を添加してもよい。また、これらの元素も、含有量が好ましい下限未満の場合は特に悪影響を及ぼすことはないため、不純物と見做すことができる。
【0053】
Mgは、酸化物の微細化や、硫化物の形態抑制に効果を発現する元素である。特に、微細なMgの酸化物は粒内変態の生成核として作用し、また、ピニング粒子として粒径の粗大化を抑制する。これらの効果を得るためには、0.0001%以上のMgを添加することが好ましい。一方0.010%を超える量のMgを添加すると、粗大な酸化物が生成して、HAZの靭性を低下させることがあるので、Mg量の上限を0.010%とすることが好ましい。
【0054】
Ca及びREMは、硫化物の形態制御に有用であり、硫化物を生成して圧延方向に伸長したMnSの生成を抑制し、鋼材の板厚方向の特性、特に、耐ラメラティアー性を改善する元素である。この効果を得るためには、Ca量及びREM量の下限を、共に、0.0001%とすることが好ましい。一方、Ca、REMの一方又は双方は、含有量が0.005%を超えると酸化物が増加して、微細なTi含有酸化物が減少し、粒内変態の生成を阻害することがあるため、0.005%以下とすることが好ましい。
【0055】
Y、Hf、及び、Reも、Ca及びREMと同様の効果を発現する元素であり、過剰に添加すると粒内変態の生成を阻害することがある。そのため、Y、Hf、及び、Reの量の好ましい範囲は、0.0001〜0.005%である。
【0056】
更に、本発明においては、特に、HAZの焼入れ性を確保して靭性を高めるため、C、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、及び、Vの含有量[質量%]から計算される、下記(式1)の炭素当量Ceqを0.30〜0.53とする。炭素当量Ceqは溶接部の最高硬さと相関があることが知られており、焼入れ性や溶接性の指標となる値である。
【0057】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(式1)
【0058】
また、鋼板及びHAZの低温靭性を確保するために、C、Si、Mn、CuCr、Ni、Mo、V、及び、Bの含有量[質量%]から計算される、下記(式2)の割れ感受性指数Pcmを0.10〜0.20とする。割れ感受性指数Pcmは溶接時の低温割れの感受性を推測できる係数として知られており、焼入れ性や溶接性の指標となる値である。
【0059】
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/
10+5B ・・・(式2)
なお、選択的に含有される元素である、Ni、Cu、Cr、Vは、上述した好ましい下限未満である場合、不純物であるから、上記(式1)及び(式2)においては、0として計算する。
【0060】
鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライトと硬質相とを含む、複合組織とする。ポリゴナルフェライトは、熱間圧延後の空冷時に比較的高温で生成したフェライトである。ポリゴナルフェライトは、アスペクト比が1〜4であり、圧延されて延伸した加工フェライトや、加速冷却時に比較的低温で生成し、粒成長が不十分である微細フェライトとは区別される。
【0061】
なお、硬質相は、ベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる組織である。鋼板の光学顕微鏡組織では、ポリゴナルフェライト及びベイナイトとマルテンサイトとの残部として残留オーステナイト、MAを含むことがある。
【0062】
ポリゴナルフェライトの面積率は20%以上とする。上述のように、焼入れ性を高めた成分組成を有する鋼板では、ポリゴナルフェライトを生成させ、かつ、残部をベイナイトとマルテンサイトの硬質相とすることで強度と靭性のバランスが良好になる。特に、ポリゴナルフェライトの面積率を20%以上とすることにより、図3に示されるように、低温靭性は著しく向上し、−60℃でのDWTTの結果、SAを85%以上とすることができる。
【0063】
一方、強度を確保するためには、ポリゴナルフェライトの面積率を90%以下とすることが必要である。図3に示されるように、ポリゴナルフェライトの面積率を90%以下とすることにより、X70以上に相当する引張強さを確保することができる。更に、強度を高め、X80以上に相当する引張強さを確保するには、ポリゴナルフェライトの面積率を80%以下とすることが好ましい。
【0064】
また、ポリゴナルフェライトの残部はベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相である。硬質相の面積率は、ポリゴナルフェライトの面積率が20〜90%であることから、10〜80%になる。一方、例えば、圧延終了温度がArを下回り、アスペクト比が4を超える加工フェライトが生成すると、靭性が低下する。
【0065】
本発明において、ポリゴナルフェライトとは、光学顕微鏡組織において、粒内に粗大なセメンタイトやMAなどの析出物を含まない、アスペクト比1〜4である、白い丸みを帯びた塊状の組織として観察される。ここで、アスペクト比は、フェライト粒の長さを幅で除した値である。
【0066】
また、ベイナイトは、ラスもしくは塊状フェライト間に炭化物が析出したもの、又はラス内に炭化物が析出した組織と定義される。更に、マルテンサイトは、ラス間又はラス内に炭化物が析出していない組織である。残留オーステナイトは、高温で生成したオーステナイトが変態せず、残留したオーステナイトである。
【0067】
次に、本発明の鋼板を得るための製造方法について説明する。
【0068】
上述した成分は、HAZの靭性を向上させるために焼入れ性を高めたものであり、鋼板の低温靭性を向上させるためには、熱間圧延の条件を制御し、フェライトを生成させることが必要である。特に、本発明によれば、板厚が20mm以上の鋼板のように、熱間圧延工程での圧下比を高めることが難しい場合であっても、比較的低温での圧下比を確保することにより、フェライトを生成させることができる。
【0069】
まず、製鋼工程で鋼を溶製した後、鋳造して鋼片とする。鋼の溶製及び鋳造は常法で行えばよいが、生産性の観点から連続鋳造が好ましい。鋼片は熱間圧延のために再加熱される。
【0070】
熱間圧延時の再加熱温度は950℃以上とする。これは、熱間圧延を鋼の組織がオーステナイト単相になる温度、即ちオーステナイト域で行い、母材鋼板の結晶粒径を微細にするためである。上限は規定しないが、有効結晶粒径の粗大化抑制のためには、再加熱温度を1250℃以下とすることが好ましい。なお、ポリゴナルフェライトの面積率を高めるためには、再加熱温度の上限を1050℃以下にすることが好ましい。
【0071】
再加熱された鋼片は、温度と圧下比を制御しながら複数回のパス熱間圧延を実施し、終了後、空冷して、加速冷却を行う。また、熱間圧延は、母材の組織がオーステナイト単相になるAr3温度以上で終了することが必要である。これは、Ar3温度未満で熱間圧延を行うと、加工フェライトが生成し、靭性が低下するためである。
【0072】
本発明では、熱間圧延の最終工程として、歪み導入圧延を行うことが、極めて重要である。これは、圧延終了後、未再結晶オーステナイトに、ポリゴナルフェライトの生成サイトとなる歪みを多く導入するためである。歪み導入圧延は、Ar3+60℃以下から圧延終了までのパスと定義される。歪み導入圧延の開始温度は、Ar3+60℃以下での、最初のパスの温度である。歪み導入圧延の開始温度は、より低温であるAr3+40℃以下の温度が好ましい。
【0073】
歪み導入圧延の圧下比は、熱間圧延後の空冷時にポリゴナルフェライトを生成させるため、1.5以上とする。本発明において、歪み導入圧延の圧下比とは、Ar3+60℃における板厚、又は、歪み導入圧延の開始温度での板厚を、熱間圧延終了後の板厚で除した比である。圧下比の上限は規定しないが、圧延前の鋼片の板厚と圧延後の母材鋼板の板厚を考慮すると、通常、12.0以下である。焼入れ性を高めた成分組成の鋼板のポリゴナルフェライトの面積率を増加させるには、歪み導入圧延の圧下比を、2.0以上とすることが好ましい。
【0074】
なお、歪み導入圧延の前に、再結晶圧延、未再結晶圧延を行ってもよい。再結晶圧延は、900℃超の再結晶域での圧延であり、未再結晶域圧延は、900℃以下の未再結晶域での圧延である。再結晶圧延は、鋼片を加熱炉から抽出後、直ちに開始してもよいため、開始温度は特に規定しない。鋼板の有効結晶粒径を微細化するためには、再結晶圧延の圧下比を、2.0以上することが好ましい。
【0075】
更に、圧延終了後、空冷し、加速冷却を実施する。面積率が20〜90%のポリゴナルフェライトを生成させるためには、Ar3未満の温度まで空冷することが必要である。したがって、加速冷却を、Ar3−100℃〜Ar3−10℃の範囲内の温度で開始する必要がある。また、パーライトやセメンタイトの生成を抑制し、引張強さ及び靭性を確保するには、加速冷却の冷却速度を、10℃/s以上とすることが必要である。
【0076】
加速冷却は、パーライトやセメンタイトの生成を抑制し、ベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相を生成させるために、停止温度を(式3)のBs以下にする必要がある。なお、Bsはベイナイト変態開始温度であり、(式3)により、C、Mn、Ni、Cr、Moの含有量から求められることが知られている。Bs以下の温度まで加速冷却すれば、ベイナイトを生成させることができる。
【0077】
Bs(℃)=830−270C−90Mn−37Ni−70Cr−83Mo
・・・(式3)
【0078】
水冷停止温度の下限は規定せず、室温まで水冷してもよいが、生産性や水素性欠陥を考慮すると、150℃以上とすることが好ましい。
【実施例】
【0079】
〔実施例1〕
表1に示す成分組成を有する鋼を溶製し、240mmの厚みを有する鋼片とした。これらの鋼片を、表2に示す条件で熱間圧延し、冷却して、鋼板を製造した。各鋼種のAr3は、溶製した鋼片から高さ12mm、直径8mmの試験片を切り出し、熱間圧延を模擬した加工熱処理を施した後、熱膨張測定によって求めた。
【0080】
【表1】

【0081】
【表2】

【0082】
鋼板の板厚中央部のミクロ組織を光学顕微鏡によって観察し、ポリゴナルフェライトと、残部であるベイナイト及びマルテンサイトの面積率を測定した。更に、鋼板から、API、5L3、ASTM、E436に準拠して、板幅方向を長手方向とし、ノッチを板厚方向と平行にして設けたプレスノッチ試験片を作製した。DWTTは−60℃で行い、SAを求めた。引張特性は、API規格の試験片を用いて評価した。
【0083】
結果を表3に示す。
【0084】
【表3】

【0085】
製造No.1〜3、6、7、10、12、14、16〜19は、本発明例であり、アスペクト比1〜4のポリゴナルフェライトが面積率で20〜90%になっている。これらは、X70以上、更にはX80以上の強度を満足し、DWTTでのSAが85%以上となる低温靭性に優れた鋼板である。
【0086】
これらの鋼板をUO工程で造管し、突き合せ部を内外面からサブマージドアーク溶接し、拡管して鋼管を製造した。これらの鋼管の組織は、鋼板と同様であり、強度は鋼板よりも20〜30MPa高く、低温靭性は鋼板と同等であった。
【0087】
一方、製造No.4は、加速冷却の開始温度が低く、フェライトの面積率が増加し、強度が低下した例である。また製造No.5は、加速冷却の冷却速度が遅く、強度を確保するための硬質相が得られず、強度が低下した例である。製造No.8は、圧延終了温度がAr3を下回っているため、アスペクト比が4を超える加工フェライトが生成し、ポリゴナルフェライトが減少し、低温靭性が低下した例である。
【0088】
なお、製造No.8において、ポリゴナルフェライトおよび硬質相の残部は、アスペクト比が4超のフェライトである。
【0089】
製造No.9、13、15は、加速冷却の開始温度が高く、製造No.11は、歪導入圧延の圧下比が低く、フェライトの生成が不十分になり、靭性が低下した例である。
【0090】
また、製造No.20〜22は、化学成分が本発明の範囲外の比較例である。製造No.20は、B量が少なく、製造No.22は、Moを添加していないため、本発明の製造条件は、ポリゴナルフェライトが増加し、強度が低下した例である。製造No.21は、Mo量が多く、本発明の製造条件でもポリゴナルフェライトの面積率が低く、靭性が低下した例である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01〜0.08%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.5〜2.0%、
S:0.0001〜0.005%、
Ti:0.003〜0.030%、
Mo:0.05〜1.00%、
B:0.0003〜0.010%、
O:0.0001〜0.008%
を含み、
P:0.050%以下、
Al:0.020%以下
に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、下記(式1)によって求められるCeqが0.30〜0.53であり、下記(式2)によって求められるPcmが0.10〜0.20であり、金属組織のポリゴナルフェライトの面積率が20〜90%であり、残部がベイナイト、マルテンサイトの一方又は双方からなる硬質相であることを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼板。
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(式1)
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/
10+5B ・・・(式2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、V、及び、Bは、各元素の含有量[質量%]である。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Cu:0.05〜1.5%、
Ni:0.05〜5.0%
の一方又は双方を含有することを特徴とする請求項1に記載の低温靭性に優れた高強度鋼
板。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Cr:0.02〜1.50%、
W:0.01〜0.50%、
V:0.01〜0.10%、
Nb:0.001〜0.20%、
Zr:0.0001〜0.050%、
Ta:0.0001〜0.050%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の低温靭性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%で、
Mg:0.0001〜0.010%、
Ca:0.0001〜0.005%、
REM:0.0001〜0.005%、
Y:0.0001〜0.005%、
Hf:0.0001〜0.005%、
Re:0.0001〜0.005%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項5】
金属組織のポリゴナルフェライトの面積率が20〜80%であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項6】
母材が請求項1〜5の何れか1項に記載の鋼板であることを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼管。
【請求項7】
請求項1〜4の何れか1項に記載の成分からなる鋼片を、950℃以上に再加熱し、熱間圧延を行い、該熱間圧延の最終工程として、開始温度がAr3+60℃以下、終了温度がAr3以上、圧下比が1.5以上である歪み導入圧延を行い、その後、空冷し、Ar3−100℃〜Ar3−10℃の温度から、10℃/s以上の冷却速度で、下記(式3)によって求められるBs以下の温度まで加速冷却することを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼板の製造方法。
Bs(℃)=830−270C−90Mn−37Ni−70Cr−83Mo
・・・(式3)
ここで、C、Mn、Ni、Cr、及び、Moは、各元素の含有量[質量%]である。
【請求項8】
請求項7に記載の方法で製造した鋼板を、UO工程で管状に成形し、突き合せ部を内外面からサブマージドアーク溶接し、その後、拡管することを特徴とする低温靭性に優れた高強度鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−270197(P2009−270197A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92511(P2009−92511)
【出願日】平成21年4月6日(2009.4.6)
【特許番号】特許第4358900号(P4358900)
【特許公報発行日】平成21年11月4日(2009.11.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】