説明

保護コート膜の形成方法

【課題】濡れ性が低く、しかも滑り易い防汚膜上に、レンズ表面の損傷を防止すると共に、透明度が高く、且つ剥離することが可能な保護コート膜の形成方法を提供する。
【解決手段】保護コート膜は、表面に撥水・撥油性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズのレンズ面に、アクリル樹脂を有機溶剤のトルエンに溶解した、粘度が範囲A(略150mPa〜1500mPa)の塗布溶液を、スピンコート法を用いて塗膜して形成されている。塗布溶液の防汚膜に対する接触角は、略50°〜80°の範囲であり、形成された保護コート膜の膜厚は1μm〜20μmの範囲である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック眼鏡レンズに好適な保護コート膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック眼鏡レンズは、ガラスレンズに比べて軽量であり、成形性、加工性、染色性等に優れ、しかも割れにくく安全性も高いため、眼鏡レンズ分野において急速に普及し、その大部分を占めている。
プラスチック眼鏡レンズは、ガラスレンズに比べて傷が付き易いため、一般的にプラスチック眼鏡レンズの表面にハードコート膜を形成し、表面硬度を向上させている。また、表面反射を防止する目的でハードコート膜の上面に無機物質を蒸着した反射防止膜を成膜したり、さらに最表面(反射防止膜の表面)にレンズ表面の撥水・撥油性能を付与する目的で防汚膜が形成される等の表面処理が施されている。
【0003】
一方、完成したプラスチック眼鏡レンズは、眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時、あるいは検査工程、包装作業等の取り扱い時において、落下キズや打ちキズ等の発生による損傷を受け易い。
こうした不具合に対応するために、成形品の表面に保護膜として、均一で且つ剥離可能な粘着性樹脂塗膜と、非粘着性樹脂被膜とがこの順序で形成されたプラスチック成形品が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平10−249981号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に示される保護膜は、プラスチック成形品表面の損傷を防止することは可能であるが、粘着性樹脂塗膜と非粘着性樹脂被膜との2種類の被膜が、コーティング法を用いて重ねて形成されることから、厚さムラが発生し易く、部分的に白濁して透明度が損なわれ易い。また、製造工程が煩雑化すると共に製造コストが嵩む等の課題を有する。
一方、最表面に防汚膜が施されたプラスチック眼鏡レンズは、表面における濡れ性が小さく(接触角が大きい)、保護膜用溶液を塗膜することが困難であると共に、レンズの取り扱い時に滑り易い等の不具合も存在する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
本適用例に係る保護コート膜の形成方法は、撥水・撥油性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズの表面に、高分子樹脂を有機溶剤に溶解した粘度が略150mPa〜1500mPaの範囲の塗布溶液を、スピンコート法を用いて塗膜することを特徴とする。
【0008】
これによれば、撥水・撥油性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズの表面に、高分子樹脂を有機溶剤に溶解した粘度が略150mPa〜1500mPaの範囲の塗布溶液を、スピンコート法を用いて塗膜することにより、濡れ性が低い防汚膜上に、透明度が高く、且つ剥離することが可能な保護コート膜を容易に形成し、その後の眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時、あるいは検査工程、包装作業等におけるレンズ面のキズの発生を防止することができる。また、保護コート膜が滑りやすい(摩擦係数が低い)防汚膜上に形成されることで、縁摺り加工の際にレンズが保持具からずれたり、レンズ基材の取り扱い時に滑って落下させること等もなく、加工効率および取り扱い性が大幅に向上する。
【0009】
[適用例2]
上記適用例に係る保護コート膜の形成方法において、前記高分子樹脂がアクリル樹脂であり、前記有機溶剤が少なくともトルエン、テトラヒドロフラン、アセトンの内のいずれかであることが好ましい。
【0010】
これによれば、保護コート膜を形成する塗布溶液が、アクリル樹脂を少なくともトルエン、テトラヒドロフラン、アセトンの内のいずれかの有機溶剤で溶解されていることにより、形成された保護コート膜は、高い透明性を有すると共に、有機溶剤を用いて容易に除膜することができる。また、この塗布溶液は、撥水・撥油性能の依存性がないことから保護コート膜の下層に位置する防汚膜の撥水・撥油性能を低下させない。さらに、塗布溶液は、速乾性を有することから作業効率が向上する。
【0011】
[適用例3]
上記適用例に係る保護コート膜の形成方法において、前記塗布溶液の塗膜厚さが1μm〜20μmの範囲であることが好ましい。
これによれば、塗布溶液の塗膜厚さが1μm〜20μmの範囲であることにより、保護コート膜の下層に形成された防汚膜に対する濡れ性を大きく(接触角を小さく)して、防汚膜の表面に保護コート膜を容易に形成することができる。また、保護コート膜は、眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時、あるいは検査工程、包装作業等の取り扱い時に、剥離することはない。
【0012】
[適用例4]
上記適用例に係る保護コート膜の形成方法において、前記塗布溶液の前記防汚膜に対する接触角が略50°〜80°の範囲であることが好ましい。
これによれば、塗布溶液の防汚膜に対する接触角が略50°〜80°の範囲であることにより、保護コート膜の下層に形成された防汚膜の表面に、塗膜した保護コート膜を容易に形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本実施形態の保護コート膜は、プラスチックレンズ基材(以後、レンズ基材と表す)の表面に、少なくとも撥水・撥油性を付与する性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズ(以後、眼鏡レンズと表す)の防汚膜上、すなわち眼鏡レンズの最表面に、キズ等による損傷を防ぐために付与される。
防汚膜はレンズ基材の表面に直接設けられた場合であってもよいが、本実施形態の眼鏡レンズは、レンズ基材の両面(凸面および凹面)に、表面から順にハードコート膜、反射防止膜、防汚膜が設けられた防汚膜の表面に、保護コート膜が形成されている。これらの膜は、いずれも高い透明性を有している。
【0014】
なお、レンズ基材の最上層に形成された保護コート膜は、眼鏡レンズを眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時、あるいは検査工程、包装作業等の取り扱い時において、レンズ面に落下キズや打ちキズ等の発生による損傷を防止するため等に設けられており、ユーザー(小売店)への出荷時には除膜される。したがって、保護コート膜には、膜剥れが発生せず、最終的には容易に剥がすことができることが求められる。さらに、工程途上でのレンズ度数測定等を可能とするためには、良好な透明性を有していることが望ましい。
【0015】
プラスチックレンズ基材(以後、レンズ基材と表す)の材質としては、重合性組成物を硬化した透明プラスチック樹脂であれば特に限定されないが、例えば、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)、ポリウレタン樹脂、チオウレタン樹脂、エピスルフィド樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂等を挙げることができる。
この内、好ましいレンズ基材として1.60以上の屈折率を有するポリイソシアネート化合物またはポリチオール化合物より成るチオウレタン系樹脂が挙げられる。チオウレタン系プラスチックレンズ基材の具体例としては、屈折率1.67のセイコースーパーソブリン(セイコーエプソン(株)製)生地が例示される。
【0016】
なお、レンズ基材は、例えば、テープモールド法等を用いて製造される。テープモールド法は、レンズの一方の面(凸面)を成形する成形型と、レンズの他方の面(凹面)を成形する成形型とを所定の間隔に対向配置し、2個の成形型の外周側面に粘着テープが巻き回された成形用モールド内に、原料組成物を注入した後、重合硬化されてレンズ基材が完成する。成形型の成形面には、球面、回転対称非球面、トーリック面、累進面、あるいはこれらを合成した曲面等の形状が形成されている。
【0017】
ハードコート膜は、レンズ基材の表面に、γ−グリシドキシプロピルトリアルコキシシラン等の有機珪素化合物と、酸化チタンを含有する複合酸化物微粒子等を含むコーティング組成物を塗布して形成されている。塗布法としては、例えばディッピング法、スピンコート法、スプレー法等を用いることができる。塗布されたコーティング組成物は、温度が70℃〜130℃程度の熱風乾燥または遠赤外線照射等により硬化して形成される。ハードコート膜は、レンズ基材に耐擦傷性を付与すると共に、レンズ基材と反射防止膜の間に介在させることで、ハードコート膜の表面に形成される反射防止膜の密着性を良好にし、ハードコート膜の剥離を防止する機能を有する。
【0018】
反射防止膜は、ハードコート膜の表面に、低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層した誘電体多層膜で構成されている。例えば、ハードコート膜側より順に、SiO2(酸化ケイ素)、ZrO2(酸化ジルコニウム)、SiO2、ZrO2、SiO2より成る5層の誘電体多層膜である。各層の光学膜厚は、設計波長λを520nmとしてλ/4である。反射防止膜は、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の物理蒸着法(PVD法)、または化学蒸着法(CVD法)等を用いて成膜して形成される。
【0019】
防汚膜は、反射防止膜の表面に、フッ素含有シラン組成物より成る塗膜で形成されている。防汚膜を形成するコーティング組成物としては、フッ素含有シラン化合物を有機溶剤で希釈した防汚性処理液を塗布して形成される。塗布法としては、ディッピング法、スピンコート法、スプレー法等の湿式法を用いて形成される。
【0020】
この防汚膜は、眼鏡レンズを使用するに際し、レンズ面に手垢、汗、化粧料等による汚れが付着し難く、しかも汚れを拭き取りやすくするために、防汚性能(撥水・撥油性能)を付与する機能を有する。
【0021】
フッ素含有シラン化合物として、下記の一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物(パーフルオロポリアルキレンエーテル変性シラン)を好ましく用いることができる。この具体例としては、「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)が挙げられる。
【0022】
【化1】

但し、式中、Rは炭素原子数1〜8の一価の炭化水素基であり、Xは加水分解性基またはハロゲン原子である。nは0〜2の整数であり、mは1〜5の整数であり、bは2または3の整数を表す。
【0023】
この一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物は、大きい接触角(純水接触角108°)と、低い摩擦係数(静摩擦係数0.143)の特性を有する。すなわち、濡れ難く(濡れ性が小さい)、しかも滑り易い特性を有する。
【0024】
また、フッ素含有シラン化合物は、前記一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物に代えて下記の一般式(2)で表されるフッ素含有シラン化合物を用いることができる。この具体例としては、「オプツールDSX」(商品名、ダイキン工業(株)製)が挙げられる。
【0025】
【化2】

但し、式中、hは1〜10の整数を表す。
この一般式(2)で表されるフッ素含有シラン化合物は、一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物に比べて多少大きな接触角(純水接触角112°)と、多少高い摩擦係数(静摩擦係数0.202)の特性を有するものの、濡れ難さおよび滑り易さは、一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物と同程度である。
【0026】
なお、接触角および摩擦係数は、一般式(1),(2)に示すフッ素含有シラン化合物を含む防汚性処理液を用いて形成されたそれぞれの防汚膜に、接触角計(CA−D型、協和科学(株)製)を用いて液滴法により接触角を測定し、ポータブル摩擦計(HEIDONトライボギアミューズType:94iII、新東科学(株)製)を用いて摩擦係数を測定した。
【0027】
保護コート膜は、防汚膜の表面に、高分子樹脂としてのアクリル樹脂が有機溶剤(有機化合物)に溶解した塗布溶液を塗膜して形成されている。
【0028】
有機溶剤としては、アクリル樹脂を溶解することができる溶剤であれば限定されない。例えば、トルエン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、キシレン、ベンゼン、二塩化エチレン、N,N−ジメチルホルムアミド、クロロホルム、アニリン、氷酢酸、塩化メチレン、ジアセトンアルコール、酢酸エチル、酢酸−n−ブチル等が挙げられる。この内、トルエン、テトラヒドロフラン、アセトンを好ましく用いることができる。
【0029】
これらの有機溶剤の多数は、「有機溶剤中毒予防規則」における「第2種有機溶剤等」、「PRTR法」における「第一種指定化学物質」、あるいは「消防法」による「第四類、引火性液体、第一石油類」等に区分されており、法令および規制に従った取り扱い設備、換気性能、管理方法、貯蔵方法等の対応が必要である。
【0030】
塗布溶液には、界面活性剤を添加することができる。界面活性剤を添加することで、接触角を小さくして濡れ性をより大きくすることができる。また、この塗布溶液は速乾性を有するので、それに対応した管理が必要である。
【0031】
塗布溶液は、アクリル樹脂と有機溶剤の混合比をコントロールすることによって所定粘度に調整して用いられる。なお、塗布溶液の粘度等の好ましい特性、あるいは塗膜される保護コート膜の好ましい膜厚等については、後述する実施例の評価結果に基づいて説明する。
保護コート膜は、こうした塗布溶液が湿式法を用いて塗膜される。
【0032】
次に、本発明の実施形態に基づく実施例を説明する。
【0033】
(実施例1)
有機溶剤としてトルエン(特級、関東化学(株)製)を用い、トルエン中に所定量のアクリル樹脂(製品名:ダイヤナールBR−108、三菱レイヨン(株)製)を混合した後、8時間程度攪拌して、有機溶剤中にアクリル樹脂が溶解した調合溶液を得た。
調合溶液は、調合溶液におけるアクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の5種類を調合した。
【0034】
そして、それぞれの調合溶液中に、調合溶液の全体量に対する0.05%濃度の界面活性剤L7001(東レ・ダウコーニング(株)製)を添加し、1時間程度攪拌して、保護コート膜形成用の塗布溶液を得た。そして、得られた各塗布溶液の粘度および接触角を測定した。
【0035】
粘度は、粘度計(旧社名:東京計器(株)製、VISCOMETER DVM−E型)を用いて測定した。その結果、塗布溶液の粘度は、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の順に、55.43mPa、145.9mPa、442.1mPa、1143mPa、1935mPaであった(後述する表1、参照)。
接触角は、接触角計(協和化学(株)製、CA−D型)を用いて液滴法により測定した。その結果、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の順に、112°、109°、63°、51°、45°であった(表1、参照)。
【0036】
そして、その塗布溶液を、予めチオウレタン系プラスチックレンズ基材(商品名:セイコースーパーソブリン生地、屈折率1.67)の表面に、レンズ基材の表面から順に、ハードコート膜、反射防止膜、「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)のフッ素含有シラン組成物より成る防汚膜が形成された眼鏡レンズの最表面(防汚膜の表面)に、湿式法の内のスピンコート法を用いて塗膜した。
【0037】
塗布溶液の塗布方法は、スピンコート装置に眼鏡レンズをセットして、例えば、2000rpm程度の回転数で回転するレンズ面上に、塗布溶液を4ml程度滴下して、略1.5秒後に回転を停止した。レンズ面に塗布された塗布溶液は、スピンコート装置の回転により既に乾燥された状態であるが、スピンコート装置から取り外した眼鏡レンズを、室温環境下に5分間程度放置して自然乾燥するのが好ましい。
【0038】
そして、保護コート膜は、一方のレンズ面(例えば、凸面)に形成した後、同様な方法で他方のレンズ面(凹面)にも形成して、防汚膜の表面に保護コート膜が塗膜されて形成された眼鏡レンズを得た。
なお、得られた眼鏡レンズは、以後において固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の塗布溶液を用いて保護コート膜が形成された順に、試料1〜試料5と呼称する。
【0039】
(実施例2)
有機溶剤としてトルエンに代えてテトラヒドロフラン(特級、関東化学(株)製)を用いた以外は、実施例1と同じ調合方法により、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の5種類の保護コート膜形成用の塗布溶液を得た。
そして、得られた各塗布溶液の粘度および接触角を、実施例1と同じ測定方法により測定した。
【0040】
塗布溶液の粘度は、固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の塗布溶液から順に、66.43mPa、186.3mPa、632.1mPa、1843mPa、3512mPaであった。接触角は、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の順に、91°、75°、59°、54°、48°であった(粘度および接触角ともに、表1参照)。
【0041】
そして、得られたそれぞれの塗布溶液を、実施例1と同一のレンズ基材および同じ塗布方法により、防汚膜の表面に保護コート膜が形成された眼鏡レンズを得た。
得られた眼鏡レンズは、以後において固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の塗布溶液を用いて保護コート膜が形成された順に、試料6〜試料10と呼称する。
【0042】
(実施例3)
有機溶剤としてトルエンに代えてアセトン(特級、三協化学(株)製)を用いた以外は、実施例1と同じ調合方法により、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の5種類の保護コート膜形成用の塗布溶液を得た。
そして、得られた各塗布溶液の粘度および接触角を、実施例1と同じ測定方法により測定した。
【0043】
塗布溶液の粘度は、固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の塗布溶液から順に、49.43mPa、115.7mPa、325.2mPa、1107mPa、1551mPaであった。接触角は、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の順に、90°、84°、77°、64°、61°であった(粘度および接触角ともに、表1参照)。
【0044】
そして、得られたそれぞれの塗布溶液を、実施例1と同一のレンズ基材および同じ塗布方法により、防汚膜の表面に保護コート膜が形成された眼鏡レンズを得た。
得られた眼鏡レンズは、以後において固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の塗布溶液を用いて保護コート膜が形成された順に、試料11〜試料15と呼称する。
【0045】
次に、以上の実施例1〜実施例3で得られた試料1から試料15の眼鏡レンズに形成された保護コート膜の膜厚を測定すると共に、膜均一性および透明度の2項目で保護コート膜の評価を行った。
膜厚は、大塚電子(株)製の反射率分光膜厚計「FE−3000」を用いて測定した。
【0046】
(1)膜均一性
膜均一性の代用特性として、塗布溶液を塗布する際のハジキ具合により、次の○、×で評価した。
○;ハジキの発生がない(すなわち、膜均一性が良い)。
×;ハジキの発生が有る(すなわち、膜均一性が悪い)。
【0047】
(2)透明性
(株)ニデック製のオートレンズメータ「LM−990A」を用いて、レンズ度数の測定の可否により、次の○、×で透明性を評価した。
○;レンズ度数の測定ができた(すなわち、透明性が良い)。
×;白濁の発生によりレンズ度数の測定ができなかった(すなわち、透明性が悪い)。
なお、オートレンズメータにおけるレンズ度数の測定可能条件は、レンズ基材の度数によって異なるが、例えば、測定波長660nmにおいて、透過率が10%以上であり、度数が±15D〜±25Dの高度数においては、透過率20%以上である。また、保護コート膜の良好な透明性は、レンズの度数を測定する際などに、保護コート膜を剥がすことなくその測定を可能にする。
【0048】
そして、保護コート膜の膜均一性と透明性の評価結果に基づいて、次の○、×で総合判定した。
○;透明性と膜均一性が共に○(良好)であった。
×;少なくとも透明性と膜均一性のいずれかが×であった。
【0049】
以上の各試料における保護コート膜の膜厚の測定結果、2つの評価項目における評価結果および総合判定を、保護コート膜を形成するのに用いた塗布溶液の特性と共に「表1」に示す。
なお、表中の透明性評価欄に「−」で示す試料は、塗布溶液のハジキの発生により塗膜できなかったもの、または保護コート膜がレンズ面に部分的に形成されたために、レンズ度数の測定ができなかったものを表す。
【0050】
【表1】

「表1」において、総合判定が○(膜均一性および透明性がともに○)の眼鏡レンズ(試料)は、実施例1における試料3および試料4、実施例2おける試料7および試料8、実施例3おける試料13〜試料15であった。
一方、総合判定が×であった試料の内、膜均一性が×であったものは、実施例1における試料1および試料2、実施例2おける試料6、実施例3おける試料11および試料12であり、保護コート膜の下層に形成された防汚膜の撥水作用により、塗布溶液のハジキが発生して、保護コート膜がレンズ面に部分的に形成された不良品であった。
【0051】
また、残りの実施例1における試料5、実施例2における試料9および試料10は、膜均一性は○であるものの、白濁の度合いが大きく、レンズ度数の測定ができなかった。すなわち、透明性が×であった。
【0052】
こうした保護コート膜の膜均一性および透明性は、「表1」に示すように、保護コート膜を形成するのに用いた塗布溶液の粘度特性、接触角特性および形成された保護コート膜の膜厚によって決定付けられていると言える。
【0053】
図1は、実施例1〜実施例3の各試料(1〜15)の保護コート膜を形成するのに用いた塗布溶液のアクリル樹脂の固形分濃度と粘度の関係を示すグラフである。グラフの横軸は濃度(%)を示し、縦軸は粘度(mPa)を対数目盛で示す。
線図aは有機溶剤としてテトラヒドロフランを用いた塗布溶液(実施例2)を示し、線図bは有機溶剤としてトルエンを用いた塗布溶液(実施例1)を示し、線図cは有機溶剤としてアセトンを用いた塗布溶液(実施例3)を示す。また、各線は、アクリル樹脂の固形分濃度が5%、7%、10%、13%、15%の各塗布溶液における測定粘度のプロット点を結んだ線図である。
【0054】
図1において、総合判定が○であった試料に用いた塗布溶液の粘度は、いずれも範囲Aで示す略150mPa〜1500mPaの範囲内に有る。
また、膜均一性が×であった試料に用いた塗布溶液の粘度は、いずれも150mPa未満の値であり、膜均一性は○であるものの透明性が×であった試料に用いた塗布溶液の粘度は、いずれも1500mPaを大幅に超えた高い値である。
【0055】
一方、接触角については、総合判定が○であった塗布溶液は、粘度が略150mPa〜略1500mPaの範囲において、51°(試料4)〜77°(試料13)の範囲である。また、膜均一性が×であった塗布溶液の接触角は、粘度が150mPa未満の範囲において、84°(試料12)以上であり、膜均一性は○であるものの透明性が×であった塗布溶液の接触角は、粘度が1500mPaを超えた範囲において、50°(試料5:45°、試料9:54°、試料10:48°)程度である。
【0056】
そして、こうした塗布溶液を用いて防汚膜の表面に形成された保護コート膜の膜厚は、総合判定が○であった試料は、2.6μm(試料13)〜18.7μm(試料15)の範囲であり、膜均一性が×であった試料は、0.3μm(試料1)〜0.9μm(試料2)の範囲である。また、膜均一性は○であるものの透明性が×であった試料は、21.1μm(試料5)以上であった。
したがって、保護コート膜の好ましい膜厚は、略150mPa〜1500mPaの粘度範囲において、1μm〜20μm程度の範囲である。また、塗布溶液の防汚膜に対する好ましい接触角は、50°〜80°程度の範囲である。
【0057】
次に、総合判定が○であった試料(試料3,4,7,8,13,14,15)を用いて、保護コート膜の膜剥れの確認を行った。
保護コート膜は、眼鏡レンズを眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時等において膜剥れが発生せず、しかも、完成した眼鏡レンズの出荷段階において容易に剥がすことができることが求められる。したがって保護コート膜の膜剥れ確認は、膜の保持具合と剥がし具合の両面から行った。
【0058】
先ず、保護コート膜の保持具合の確認は、保護コート膜が形成された眼鏡レンズの外形切削、切削面のバフ研磨、穴開け加工等の縁摺り加工を行った。その結果、眼鏡レンズのレンズ面の保護コート膜の剥がれはなく、レンズ面へのキズの発生を防ぐことができた。
【0059】
なお、こうした縁摺り加工の際に、眼鏡レンズを保持するチャック等の保持具からずれることや、レンズ基材の取り扱い時に滑って落下させること等もなく、眼鏡レンズの表面に防汚膜が形成された場合に比べて、加工効率および取り扱い性が大幅に向上した。これは、防汚膜の表面、すなわち眼鏡レンズの最表面に形成された保護コート膜の静摩擦係数が防汚膜(0.143)に比べて高いことによる。因みに総合判定が○であった試料に形成された保護コート膜の摩擦係数は、いずれも0.45程度であった。
【0060】
そして、保護コート膜の膜剥がし具合の確認をした。膜剥がし具合は、クロスカット100マス試験と、除膜液浸漬とにより行った。
クロスカット100マス試験は、JIS規格K5600−5−6に準じた試験方法を用いて行った。その試験方法は、眼鏡レンズのレンズ表面を約1mm間隔で基盤目に100目クロスカットし、このクロスカットした部分に粘着テープ(ニチバン(株)製、セロテープ(登録商標))を強く貼り付けた後、レンズ表面から急速に粘着テープを剥がし、保護コート膜の剥がれ状態を確認した。その結果、100目クロスカットされた保護コート膜の全てを剥がすことができた。
【0061】
除膜液浸漬は、保護コート膜が形成された眼鏡レンズを、アセトン液中に1分間程度浸漬した後、アセトン液中から引き上げた。その結果、保護コート膜がレンズ表面から完全に除去されて、表面に防汚膜が露出した眼鏡レンズが得られた。
なお、保護コート膜を剥がす除膜液としては、アクリル樹脂を溶解することができる溶剤であれば限定されない。例えば、保護コート膜を形成する塗布溶液に用いたトルエン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、キシレン等の有機溶剤を用いることができる。
【0062】
この除膜液浸漬によって保護コート膜が剥がされた眼鏡レンズは、レンズ面の最表面に防汚膜が露出する。この眼鏡レンズのレンズ面に水滴等を滴下して防汚性能(撥水・撥油性能)を確認したが、撥水・撥油性能が低下することなく、当初の防汚性能が維持されていた。
【0063】
以上の実施例1〜実施例3において、レンズ基材の表面に、上記一般式(1)で表される「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)のフッ素含有シラン組成物より成る防汚膜が形成されている場合で説明したが、上記一般式(2)で表される「オプツールDSX」(商品名、ダイキン工業(株)製)のフッ素含有シラン化合物を用いて形成された防汚膜であっても略同様の効果が得られた。
【0064】
例えば、実施例1の試料3に用いた塗布溶液(有機溶剤としてトルエンを用いたアクリル樹脂の固形分濃度が10%の溶液)を、「オプツールDSX」((商品名、ダイキン工業(株)製)のフッ素含有シラン化合物より成る防汚膜が表面に形成された別の眼鏡レンズのレンズ面に塗膜して保護コート膜を形成した。形成された保護コート膜の膜厚は3.3μmであった。また、この防汚膜に対する塗布溶液の接触角は、71°であった。
なお、この一般式(2)で表されるフッ素含有シラン化合物の静摩擦係数は、一般式(1)で表されるフッ素含有シラン化合物(0.143)に比べて多少高いものの、0.202程度の低い値である。
【0065】
次に、保護コート膜を形成する塗布溶液の塗布方法として、スピンコート法に代えてディッピング法を用いて試料を作成し、各試料における保護コート膜の評価を行った。
試料は、上記実施例1〜実施例3において、膜均一性および透明度の2項目の評価において総合判定が○であった試料(試料3,4,7,8,13,14,15)の保護コート膜を形成するのに用いたそれぞれの塗布溶液を、防汚膜が形成された新たな眼鏡レンズの最表面(防汚膜の表面)に塗膜して作製した。
【0066】
因みに、用いた塗布溶液は、有機溶剤のトルエン中にアクリル樹脂の固形分濃度が10%、13%に溶解した調合溶液、有機溶剤のテトラヒドロフラン中にアクリル樹脂の固形分濃度が7%、10%に溶解した調合溶液、および有機溶剤のアセトン中にアクリル樹脂の固形分濃度が10%、13%、15%に溶解した調合溶液に、それぞれ全体量に対する0.05%濃度の界面活性剤を添加した溶液である。
【0067】
そして、防汚膜が形成された眼鏡レンズに、ディッピング法を用いてそれぞれの塗布溶液を塗膜し、眼鏡レンズの表面に保護コート膜を形成した。
塗布溶液の塗布は、それぞれの塗布溶液中に眼鏡レンズを浸漬した後、所定の引上げ速度で塗布溶液中から引上げて塗膜した。試料は、それぞれの塗布溶液毎、引上げ速度50mm/min,200mm/min,500mm/minの各3種類を作製した。
【0068】
作製した試料を目視により観察すると、形成された全ての保護コート膜は、白濁し、しかも厚みムラが発生していた。さらに、その内の一部は、レンズ面から部分的に浮き上がって剥離した状態であった。
なお、保護コート膜の剥離具合は、レンズ面の凸面に形成された膜よりも、凹面に形成された膜において顕著であった。
【0069】
また、保護コート膜の膜厚は、反射率分光膜厚計を用いての測定は不可能であったが、レンズ面から部分的に剥離した保護コート膜を強制的に剥がした後、その膜厚を位相差顕微鏡(商品名:ZygoNewView6300、Zygo Corporation製)を用いて測定した。その結果、塗布溶液に用いた有機溶剤による顕著な違いは見られないが、いずれの試料も塗布溶液中からの引上げ速度が50mm/min,200mm/min,500mm/minの順に、21μm、36μm、39μm程度であった。
こうしたディッピング法を用いた場合の保護コート膜の剥離は、塗布溶液中からの引上げ速度を早めて塗膜したとしても、スピンコート法を用いた場合に比べて形成される膜厚が厚く、しかも厚みムラの発生によって、乾燥する際の塗膜の膜収縮に伴う膜応力分布のムラにより発生すると推測される。
【0070】
こうした結果から、本実施形態による塗布溶液をディッピング法を用いて形成した保護コート膜は、膜均一性、透明度および防汚膜に対する保持性などの面から保護コート膜としての性能を確保することができない。すなわち、スピンコート法を用いて形成するのが好ましい形成方法である。
【0071】
以上に説明した保護コート膜の形成方法によれば、撥水・撥油性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズの表面に、アクリル樹脂を少なくともトルエン、テトラヒドロフラン、アセトンの内のいずれかの有機溶剤で溶解した粘度が略150mPa〜1500mPaの範囲の塗布溶液を、スピンコート法を用いて塗膜することにより、濡れ性が低い防汚膜上に、透明度が高く、且つ剥離することが可能な保護コート膜を容易に形成し、その後の眼鏡フレームの枠入れ形状に合わせる縁摺り加工時、あるいは検査工程、包装作業等におけるレンズ面のキズの発生を防止することができる。また、保護コート膜が滑りやすい(摩擦係数が低い)防汚膜上に形成されることで、縁摺り加工の際にレンズが保持具からずれたり、レンズ基材の取り扱い時に滑って落下させること等もなく、加工効率および取り扱い性が大幅に向上する。
【0072】
また、塗布溶液の塗膜厚さが1μm〜20μmの範囲であることにより、保護コート膜の下層に形成された防汚膜に対する濡れ性を大きく(接触角が略50°〜80°の範囲)して、防汚膜の表面に保護コート膜を容易に形成することができる。
さらに、保護コート膜を形成する塗布溶液が、撥水・撥油性能の依存性がないことから保護コート膜の下層に形成された防汚膜の撥水・撥油性能を低下させない。さらにまた、塗布溶液は、速乾性を有することから作業性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】保護コート膜を形成するのに用いた塗布溶液のアクリル樹脂の固形分濃度と粘度の関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0074】
A…好ましい塗布溶液の粘度範囲、a…テトラヒドロフランを用いた塗布溶液の線図、b…トルエンを用いた塗布溶液の線図、c…アセトンを用いた塗布溶液の線図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
撥水・撥油性能を有する防汚膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズの表面に、
高分子樹脂を有機溶剤に溶解した粘度が略150mPa〜1500mPaの範囲の塗布溶液を、
スピンコート法を用いて塗膜することを特徴とする保護コート膜の形成方法。
【請求項2】
請求項1に記載の保護コート膜の形成方法であって、
前記高分子樹脂がアクリル樹脂であり、
前記有機溶剤が少なくともトルエン、テトラヒドロフラン、アセトンの内のいずれかであることを特徴とする保護コート膜の形成方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の保護コート膜の形成方法であって、
前記塗布溶液の塗膜厚さが1μm〜20μmの範囲であることを特徴とする保護コート膜の形成方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の保護コート膜の形成方法であって、
前記塗布溶液の前記防汚膜に対する接触角が略50°〜80°の範囲であることを特徴とする保護コート膜の形成方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−109612(P2009−109612A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−279963(P2007−279963)
【出願日】平成19年10月29日(2007.10.29)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】