説明

光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置

【課題】耐久性に優れ、厚膜の非線形光学媒質を有する反射型の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置の提供。
【解決手段】基板10上に、高反射率の反射層12と、無機半導体結晶層14と、低反射率の反射層16とをこの順に積層してなる。光スイッチングは、無機半導体結晶の3次非線形光学特性(光カー効果)を利用する。偏光子により直線偏光された信号光と、信号光に対して偏光方向が45°傾けられた制御光とを光スイッチに照射すると、制御光が照射されている間のみ無機半導体結晶の屈折率異方性が誘起され信号光が直線偏光から楕円偏光に変換される。楕円偏光のうち、元の偏光方向に直交する成分のみが検光子を介して検出される。このようにして信号光のオン/オフを制御光により制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光情報処理あるいは光通信システムに用いられる、光で制御する超高速の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置に関し、特に時空間変換に適する面型の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インターネットを初めとする情報通信の発達により、通信幹線に必要とされる容量は飛躍的に増大しつつある。増大する情報量に対応したTbit/s(テラビット/秒)オーダーの超高速光通信網を実現するためには、1本の光ファイバーでより多くの情報を送ることのできる、時分割多重、波長多重、などの方法が検討されている。
【0003】
時分割多重方式の光通信システムでは、送信側において、多チャンネルの信号光を時間的にシリアルな信号光に多重化して、1本の光ファイバ伝送路に送出し、受信側において、その多重化されたシリアル信号光を多チャンネルの信号光に分配する。それに対応した光多重化(光マルチプレックス)および光分配(光デマルチプレックス)の方法が研究されている。電気的にテラビット信号を制御することは困難なため、光でテラビット信号を制御する光スイッチとして、いくつかの方式が検討されている。その1つとして、制御光が照射されている間だけ信号光の透過率が増加してON状態になるような材料を用いた大面積の光分配用光スイッチが提案された(例えば、特許文献1参照。)。この光スイッチは1Tbpsのシリアル信号を複数のパラレル信号に一括して変換できるという特徴を有する。
【0004】
この超高速光スイッチのON/OFF比を大きくする方法として、光カー効果を利用することができる(例えば、特許文献2参照。)。光カー効果とは、制御光パルスによって誘起された非線形光学媒質の屈折率異方性によって、信号光パルスが直線偏光から楕円偏光(あるいは偏光面の回転した直線偏光)に変換されることを利用しており、出力信号のOFFレベルを非常に低くできることを特徴とする。しかしながら面型の光カースイッチでは信号光と制御光との相互作用距離が短いために出力信号のONレベルも比較的小さく、スイッチング効率を高めることが課題となっている。
面型光カースイッチの非線形光学媒質として、スクエアリリウム化合物膜、ジベンゾフラノニルメタノラート化合物膜などが用いられている。しかし、これらの材料は信号光あるいは制御光の波長に吸収を有し、さらに膜厚の増加に伴い散乱損失が増大することから、非線形光学媒質の膜厚を一定の厚さ以上に厚くすると、信号光あるいは制御光が減衰してしまい、大きな出力信号を得ることができない。さらに、有機化合物からなる非線形光学媒質を用いると、光スイッチが光損傷を受けて素子寿命が短くなることがある。
【0005】
一方、透過型の面型光カースイッチの非線形光学媒質として、Si結晶、アモルファスSi、ポーラスSi、Si微粒子分散材料、Si高分子の少なくとも1つを主成分として用いた例が知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【特許文献1】特開平11−15031号公報 (図1)
【特許文献2】特開2002−258333号公報
【特許文献3】特開平10−260434号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、耐久性に優れ、厚膜の非線形光学媒質を有する反射型の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
即ち、本発明は、
<1> 反射膜と無機半導体結晶層と反射防止膜とをこの順に備え、前記反射防止膜側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行う光スイッチである。
【0008】
<2> 低反射率の反射面又は反射層と、無機半導体結晶層と、高反射率の反射面又は反射層と、をこの順に備え、前記低反射率の反射面又は反射層側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行う光スイッチであって、前記無機半導体結晶層の厚さは、前記信号光及び前記制御光の少なくとも一方に対して共振条件を満たす光スイッチである。
【0009】
<3> 前記無機半導体結晶層は、ZnS、ZnSe、CdS、GaP、ZnTe、CdTe、GaAs、AlGaAs、InP及びSiからなる群から選択される少なくとも一種である<1>又は<2>に記載の光スイッチである。
【0010】
<4> <1>乃至<3>のいずれか1つに記載の光スイッチを用いた光分配装置である。
【0011】
<5> <1>乃至<3>のいずれか1つに記載の光スイッチを用いた光多重化装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐久性に優れ、厚膜の非線形光学媒質を有する反射型の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置を提供可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の光スイッチ並びにそれを用いた光分配装置及び光多重化装置について詳細に説明する。
<光スイッチ>
−第一の光スイッチ−
本発明の第一の光スイッチは、反射膜と無機半導体結晶層と反射防止膜とをこの順に備え、前記反射防止膜側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行うものである。
前記光スイッチングは、無機半導体結晶の3次非線形光学特性(光カー効果)を利用する。偏光子により直線偏光された信号光と、前記信号光に対して偏光方向が45°傾けられた制御光とを本発明の光スイッチに照射すると、前記制御光が照射されている間のみ無機半導体結晶の屈折率異方性が誘起され信号光が直線偏光から楕円偏光(あるいは偏光面の回転した直線偏光)に変換される。楕円偏光(あるいは偏光面の回転した直線偏光)のうち、元の偏光方向に直交する成分のみが検光子を介して検出されるようになる。このようにして信号光のオン/オフを制御光により制御することができる。
【0014】
本発明の第一の光スイッチは非線形光学媒質として無機半導体結晶を用いるため、有機化合物を非線形光学媒質として用いた光スイッチよりも耐久性に優れる。また、無機半導体結晶層の製造は半導体量子井戸(MQW)層の製造よりも容易であるため、MQW層を用いた光スイッチよりもコスト的に優位である。さらに、大面積、厚膜の無機半導体結晶を得ることが容易であるため、光スイッチの大面積化を実現でき、信号光及び制御光を多点又は線状に集光することができる。また、無機半導体結晶層を厚膜化することにより、相互作用長を大きくすることができ、より大きなカー回転角を得ることができる。
【0015】
前記無機半導体結晶層を構成する材料は特に限定されるものではないが、ZnS、ZnSe、CdS、GaP、ZnTe、CdTe、GaAs、AlGaAs、InP及びSiからなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましく、さらに好ましくはZnS、ZnSe、CdS、GaP、ZnTe、CdTe、GaAs、AlGaAs及びInPからなる群から選択される少なくとも一種であり、特にCdTe、GaAsが好ましい。
【0016】
前記無機半導体結晶層の厚みは、1〜2000μmが好ましく、100〜1000μmがさらに好ましく、300〜500μmが特に好ましい。前記無機半導体結晶層の厚みを300〜500μmとすることにより、通信波長帯の光に対し200〜300μm程度と十分な相互作用長が確保できるとともに、より薄い結晶層に比べ作製・取り扱いが容易なため、コスト的にも有利になる。
【0017】
前記反射膜を構成する材料については特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、金、銀及びアルミニウム等が挙げられる。これらの中でも、通信波長帯において高い反射率を示す銀または金が好ましい。
【0018】
前記反射防止膜に用いられる材料としては、前記無機半導体結晶の屈折率の値の平方根の値を示す屈折率のものが挙げられ、前記無機半導体結晶層に用いられる半導体の種類により適宜選択される。また、前記反射防止膜の膜厚は反射を抑えたい波長λに対しλ/4の奇数倍の光学長に相当する膜厚で形成すればよい。
【0019】
−第二の光スイッチ−
本発明の第二の光スイッチは、低反射率の反射面又は反射層と、無機半導体結晶層と、高反射率の反射面又は反射層と、をこの順に備え、前記低反射率の反射面又は反射層側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行う光スイッチであって、前記無機半導体結晶層の厚さは、前記信号光及び前記制御光の少なくとも一方に対して共振条件を満たすものである。
本発明の第二の光スイッチは前記無機半導体結晶層の両側に低反射率の反射面又は反射層と高反射率の反射面又は反射層とを各々備え、非対称の共振器が構成される。本発明の第二の光スイッチはこのような非対称の共振器構造を有するため、本発明の第一の光スイッチの項で挙げられた効果のほかに、共振を満たす波長に対して電界強度の増大が生じ、結果として高い非線形光学特性が得られる。例えば本発明に係る共振器構造により制御光の電界強度を2倍にすることは容易であるが、このとき得られる非線形屈折率変化は、共振器構造が無い場合に比べ膜厚あたり4倍になる。さらに共振器の設計により制御光及び信号光に同時に共振させることができ、その場合は更なる性能向上が達成できる。
【0020】
前記無機半導体結晶層の厚さは、前記信号光及び前記制御光の少なくとも一方に対して共振条件を満たす必要がある。以下に、前記無機半導体結晶層の好適な厚さについて図面を用いて説明する。
図1は、本発明の第二の光スイッチの一実施形態を示す断面図である。光スイッチ1は、基板10上に、高反射率の反射層12と、無機半導体結晶層14と、低反射率の反射層16とをこの順に積層してなる。なお、無機半導体結晶層14を構成する材料の好ましい具体例は、前述の通りである。また、基板10、高反射率の反射層12及び低反射率の反射層16に用いられる具体的な材料については後述する。
光スイッチ1において、無機半導体結晶層14の厚さをdと、反射層16の反射率をR1と、反射層12の反射率をR2とする。また無機半導体結晶層14の屈折率をnとする。nは波長λにより変化し、また無機半導体結晶層14を構成する非線形光学媒質に吸収があるときにはnは複素数である。
【0021】
光スイッチ1に垂直に波長λの信号光が入射した場合、膜内の電場最大値は膜厚dに対しておよそ周期的に変化する。
反射層16及び反射層12による反射における位相変化が各々φ1とφ2とであるときには、波長λと膜厚dとが下記式(1)に一致したとき、共振により内部電場は最大になる。
【0022】
【数1】

【0023】
なお、式(1)においてmは正の整数を表し、d0は共振膜厚を表し、λ0は共振波長を表す。つまり、最低次(m=1)の共振は、下記式(2)で起きる。
【0024】
【数2】

【0025】
また、高次の共振は(λ0/2n)の周期で起きる。内部電場を強めるために、波長と膜厚とが式(1)又は式(2)を満たす必要がある。
式(1)は、光波が無機半導体結晶層14内を1往復したときの位相変化δを下記式(3)として、位相整合の条件である下記式(4)から導かれたものである。
【0026】
【数3】

【0027】
【数4】

【0028】
通常のファブリペロー共振器においては、透過光強度が極大となる共振点の両側で強度が極大値の半分になる幅を半値幅という(マックス・ボルン、エミル・ウォルフ著、光学の原理II、p.515、東海大学出版会)。空気と無機半導体結晶層との界面の反射率をRとして、共振の次数がmで強度が極大値の半分になる点での位相δを式(5)とする。
【0029】
【数5】

【0030】
この場合、位相半値幅εは、下記式(6)で表される。
【0031】
【数6】

【0032】
式(3)から位相は膜厚および波長に依存しているので、膜厚d0での共振波長を式(1)のλ0とすれば、波長半値幅Δλは近似的に下記式(7)で与えられる。
【0033】
【数7】

【0034】
本発明の第二の光スイッチにおいては、上下の反射層の反射率が異なるので、RのかわりにR1とR2の幾何平均、すなわち下記式(8)を用いる。
【0035】
【数8】

【0036】
従って、本発明の第二の光スイッチの波長半値幅Δλは近似的に下記式(9)で与えられる。
【0037】
【数9】

【0038】
ただし、式(9)における下記記号は、4乗根を意味する。
【0039】
【数10】

【0040】
本発明において「共振条件を満たす」とは、波長λが下記式(10)の範囲内にあることをいう。
【0041】
【数11】

【0042】
言い換えれば、本発明において「共振条件を満たす」とは、無機半導体結晶層14の膜厚dが下記式(11)の範囲にあることをいう。
【0043】
【数12】

【0044】
図1の光スイッチ1において、反射層12としては、誘電体多層膜からなる多層膜ミラー又は金属層を用いることができる。
誘電体多層膜は、たとえば高屈折率の材料としてTiO2、低屈折率の材料としてSiO2を用い、入射光波長λに対して、光学厚さλ/4のTiO2と光学厚さλ/4のSiO2とを積層して形成することができる。光学厚さは、(屈折率)×(膜厚)を波長単位で表した量である。例えば、TiO2/SiO2を6組(12層)積層した多層膜ミラーの反射係数はr=0.995である。反射率は反射係数の絶対値の2乗であるから、R=|r|2=0.990である。
【0045】
金属層を構成する金属の具体例としては、金、銀、アルミニウムなどを用いることができる。
【0046】
反射層16としては、誘電体多層膜からなる多層膜ミラーを用いることもできる。例えば、TiO2とSiO2とをそれぞれ光学厚さλ/4で1層ずつ積層したものでは、反射係数はr=0.70、反射率はR=0.49である。TiO2/SiO2を2組(4層)積層した多層膜ミラーの反射係数はr=0.87、反射率はR=0.76である。
第二の光スイッチとしては、反射層16を設けずに無機半導体結晶層14と空気との界面をそのまま反射面として使うことができる。
また、保護を目的として光スイッチの全体を密封し、その中を真空あるいは窒素ガスなどの不活性ガスで満たしてもよい。この場合、反射面として、無機半導体結晶層14と真空との界面、あるいは無機半導体結晶層14と不活性ガスとの界面を空気の場合と同様に反射面として使うことができる。
【0047】
また、反射層16としては、信号光の波長をλ1としたときにλ1/2の略整数倍の光学厚さを有する透明薄膜を用いることもできる。透明薄膜の具体例としては、Al23、GeO、SiO2、TiO2などの酸化物、SiNxなどの窒化物、高分子膜などが用いられる。
これらの中でも、GeOが好ましい。
【0048】
本発明の光スイッチに用いられる信号光及び制御光の波長には特に限定はないが、制御光については、光スイッチの応答速度の低下を抑えるために2光子吸収帯が制御光波長よりも高エネルギー側にあることが好ましい。
制御光に対する2光子吸収が大きい場合、膜厚方向で制御光強度が減衰する。これは光損失となりスイッチング効率を低下させる。また2光子吸収により伝導帯に励起された電子は自由電子による吸収を示し、これに由来する5次の非線形光学効果に基づく屈折率変化は光カー効果による屈折率変化と逆方向であるため、スイッチング効率を下げる方向に働く。さらに伝導帯の電子の緩和時間はナノ秒〜マイクロ秒程度であるため、素子の時間応答特性に悪影響を及ぼす。
ただし材料の非線形光学特性が十分に高いか、または十分なオンオフ比を得るために必要なカー回転角が小さい場合は、制御光強度が小さくて済むため、励起電子の影響はほとんど無視できる程度に小さくなる。そのため、制御光強度が小さくて済むような場合には2光子吸収帯が制御光波長よりも高エネルギー側でなくてもよい。
【0049】
<光分配装置>
本発明の光分配装置は、本発明の光スイッチを用いるものである。図2は、本発明の光分配装置の第一の実施形態を示す構成図である。第一実施形態に係る光分配装置は、本発明の光スイッチ32に対して信号光42を斜めに入射させ、制御光44を垂直に入射させるものである。また、光スイッチ32として本発明の第二の光スイッチを用いる。
光スイッチ32の低反射率の反射層又は反射面側から、光導波路46中を伝送された信号光42を、レンズを組み合わせて構成した光学系48に入射させて光学系48の出射光として進行方向に対して垂直な面方向に波面が広げられた信号光パルス42A〜42Fの列からなる信号光42を得る。信号光42に同期した制御光44を、その進行方向を光スイッチ32に対して垂直にして光スイッチ32の低反射率の反射層又は反射面側から、所定幅Wに渡って光スイッチ32に入射させる。
【0050】
また、本実施形態に係る光分配装置には、信号光42が光スイッチ32で反射した後の位置に、ライン状ないし1次元アレイ状の光素子50を、その各画素が信号光42の各空間位置部分42p〜42uの反射光を受けるように配置される。信号光パルス42A〜42Fが光スイッチ32の対応する領域Wp〜Wuに到達する時点で、制御光パルス44aが光スイッチ32の各領域Wp〜Wuに到達するように制御光44を信号光42に同期させる。
これにより、信号光パルス42Aの空間位置部分42p、信号光パルス42Bの空間位置部分42q、信号光パルス42Cの空間位置部分42r、信号光パルス42Dの空間位置部分42s、信号光パルス42Eの空間位置部分42t、信号光パルス42Fの空間位置部分42uが、それぞれ出力光パルス52Ap,52Bq,52Cr,52Ds,52Et,52Fuとして切り出され、光素子50の対応する画素で処理または検出される。
【0051】
図3は、本発明の光分配装置の第二の実施形態を示す構成図である。第二実施形態に係る光分配装置は、本発明の光スイッチ32に対して信号光及び制御光を共に垂直に入射させるものである。また、光スイッチ32として本発明の第二の光スイッチを用いる。
図3において、信号光照射手段20から出射された信号光パルス列は、偏光子24によりx方向(上下方向)の直線偏光になる。制御光照射手段22から出射された制御光パルスは、偏光子26によりxy面内でx軸と45°の方向の直線偏光になる。
信号光パルス列は、光学系48(平行化手段)により平行ビームに拡大され、さらに階段状プリズム57により、1psずつ時間差の付いた4つの平行ビームに分割される。制御光は光学系48’(平行化手段)により平行ビームに拡大される。
【0052】
信号光パルス列と信号光パルスとが交差(直交)する場所に、制御光パルスを反射し信号光パルス列が透過するハーフミラー28を制御光及び信号光の進行方向に対して所定の角度(45°)に配置することにより、反射した制御光パルスと透過した信号光パルスとが同一方向から光スイッチ32に垂直に入射する。制御光により光スイッチ32の無機半導体結晶層内には屈折率異方性が誘起される。信号光が制御光と同時に光スイッチ32に入射した場合には、誘起された屈折率異方性の作用により信号光は楕円偏光となって入射方向とは逆方向に出射される。偏光ビームスプリッタ58により、楕円偏光のうちでy方向(左右方向)の直線偏光成分が90°方向に出射され、波長フィルター38を介して信号光のみが光検出器36により検出される。光スイッチ32は、無機半導体結晶層の同一の場所に信号光と制御光とが同時に入射したときに限って信号光の反射光を楕円偏光に変換し、制御光が入射しないときに入射した信号光の反射光は、直線偏光である。従って、偏光子40(検光子)を透過して光検出器36に信号が検出されるのは、反射光が楕円偏光の場合に限られる。時間的にシリアルな信号光パルス列が、空間的にパラレルなパルス列に変換される。
図3に記載の光分配装置では信号光及び制御光が共に光スイッチ32に対して垂直に入射する。このとき金属等による全反射ミラーを用いた反射型光スイッチでは、ミラー面で電界強度が常にゼロになるという境界条件が課せられるため、光スイッチ内部に定在波が形成される。定在波は振幅が元の振幅の2倍で、時間的に波形が変化しない波である。透過型素子に比べると振幅が2倍になるので4倍の非線形光学効果が見込まれるが、時間積分により効果が1/2になる。その結果、最終的に得られる非線形屈折率は透過型素子の2倍になる。この理由により、反射型素子は透過型素子に比べ性能面で有利になる。
【0053】
<光多重化装置>
本発明の光多重化装置は、本発明の光スイッチを用いるものである。図4は、本発明の光多重化装置の一実施形態を示す構成図である。本実施形態に係る光多重化装置は、本発明の光スイッチ32に対して一次元のパラレルな信号光42を斜めに入射させ、制御光44を垂直に入射させるものである。本実施形態では、パラレルな信号光42は6チャンネルの信号光42A〜42Fからなる。また、光スイッチ32として本発明の第二の光スイッチを用いる。
光スイッチ32の低反射率の反射層又は反射面側からパラレルな信号光42を所定幅Wに渡って入射させるとともに、パラレルな信号光42に同期した制御光44を、その進行方向を光スイッチ32に対して垂直にして光スイッチ32の低反射率の反射層又は反射面側から、所定幅Wに渡って入射させる。
【0054】
また、本実施形態に係る光多重化装置には、信号光42が光スイッチ32で反射した後の位置に、集光光学系54及び光導波路46を配置する。信号光42A〜Fのすべてが光スイッチ32の各信号光42A〜42Fに対応する領域Wp〜Wuに到達する時点で、制御光パルス44aが光スイッチ32の各領域Wp〜Wuに到達するように制御光44を信号光42に同期させる。
これにより、信号光42A〜42Fのそれぞれ一部が、それぞれパルス時間幅の短い出力光56A〜56Fとして切り出されて、集光光学系54及び光導波路46により、互いの間に所定の時間差を持って集光され、光導波路46において、信号光(出力光)56A〜56Fが時間的に多重化されたシリアルな信号光56が得られる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例により限定されるものではない。
無機半導体結晶のバンドギャップ(Eg)と測定波長(本光スイッチにおいては制御光波長に対応する;hω/2π)との比及び非線形屈折率の間には図5の関係があることが知られている{M. Sheik−Bahae et al. IEEE J. Quantum Electron. 27, 1296 (1991)}。これから測定波長に対し最適な非線形屈折率を示す無機半導体結晶に必要なバンドギャップが特定される。実際に今回制御光に用いた1.62μm光に対し望ましいバンドギャップを有するCdTe(バンドギャップ1.56eV)、GaAs(同1.42eV)および代表的な無機半導体であるSi(同3.4eV)について、バルクの無機半導体結晶を用いた光スイッチを作製し、通信波長帯である1.55μm光のスイッチング性能を検証した。
【0056】
光スイッチのカー回転角の測定は図6の光学系を用いて行った。再生増幅したチタンサファイアレーザ光(800nm)をOptical parametric amplifier(OPA)により波長変換して1.55μmおよび1.62μm光とし、それぞれ信号光、制御光とした。パルス幅は共に約100fsであり、パルス繰り返しは1kHzであった。信号光と制御光とは、それぞれ偏光子24及び偏光子26を用いて直線偏光とした。
ハーフミラー28を透過した信号光と、1/2波長板27によって偏光方向を信号光に対して45°傾け、さらにミラー29及びハーフミラー34で反射された制御光とは、レンズ30により集光されて光スイッチ32の同じ位置に垂直に入射する。
信号光は光スイッチ32の無機半導体結晶層内で制御光による非線形相互作用を受けた後で光スイッチ32からの反射光として出射され、ハーフミラー28で反射して光検出器36により測定される。反射光のうちで波長フィルター38を用いて信号光だけを取出し、さらに入射信号光とは偏光方向が直交している偏光子40(検光子)を透過させて、入射信号光と直交する光カー信号を検出した。偏光子24と偏光子40とは偏光方向が直交したクロスニコル状態にあるので、制御光をOFFにして信号光だけを入射したときには出力光をほとんど0にすることが可能である。信号光と制御光とが同時に入射したときには、信号光が楕円偏光(あるいは偏光面の回転した直線偏光)に変換されるために出力信号が検出される。1/4波長板42により信号光を直線偏光に再変換し、元の偏光方向からのずれをカー回転角として、その大小を光スイッチの性能評価に用いた。
【0057】
[実施例1]
<第一の光スイッチ>
無機半導体結晶を用いた光スイッチには、反射膜と反射防止膜とを各々の面に設けた。反射膜としては銀を500nm蒸着した。一方、反射防止膜としては、屈折率が無機半導体材料の屈折率の平方根である膜を、反射を抑えたい波長λに対しλ/4の光学長に相当する膜厚で形成する。今回は、CdTe(n=2.7)に対してはSiO2(n=1.4)、GaAs(n=3.3)およびSi(n=3.6)に対してはGeO(n=2.1)を採用した。膜厚は、1600nm光に対し反射が最小になるよう、SiO2:285nmおよびGeO:190nmとした。
例として反射防止膜の有無によるSiの反射率測定結果を図7に示す。Siの両面にGeO層を設けると1600nm近辺の反射が3%程度まで減少していることがわかる。このことから反射防止膜が光スイッチの性能向上に有効であることが確認された。なお、反射率は日立分光光度計U−4100の反射測定モジュールにより測定した。
【0058】
バルク半導体結晶材料としてCdTe(面方位(111):0.67mm厚)、GaAs(同(100):0.625mm厚)、Si(同(100):0.625mm厚)を用い、光スイッチを形成した。制御光強度3.8pJ/μm2のとき、カー回転角はCdTe:13.3°、GaAs:4.8°、Si:2.6°となった。今回、レーザ光の集光にはF=120mmのレンズを使用したため、光と材料との相互作用長は基板厚さ全域に及ぶと予想される。これからカー回転角を材料厚さで規格化するとCdTe/GaAs/Si = 4.7/1.8/1となり、特にCdTeが高い性能を示すことがわかった。CdTeのオンオフ比は、制御光強度3.8pJ/μm2のとき、理論上37dB以上となる。従来、我々が検討していた有機薄膜を用いた光スイッチでは、30pJ/μm2で20dBのオンオフ比であった{S. Tatsuura et al. Appl. Phys. Lett. 85, 540 (2004)}ことから、今回の光スイッチでは50倍以上の性能向上が達成されたことがわかる。
光スイッチの応答時間はパルス幅と同程度であり、ピコ秒以下の応答速度を有することが確認された。これは制御光強度のエネルギー(0.765eV)が、2光子吸収による実励起が顕著になるエネルギー帯に比べて小さいことに加え、比較的小さいカー回転角で光スイッチに十分なオンオフ比が得られるためであると考えられる。
【0059】
[実施例2]
<第二の光スイッチ>
次に共振器構造を導入した光スイッチについて述べる。これまで発明者らは、色素薄膜に対し非対称な反射率を有する共振器構造を導入することで、光電界を増強し、高い非線形性と高速応答を両立する素子を提案してきた。しかし増強された光電界によって有機膜に損傷が入りやすくなり、また十分な厚さの低散乱の有機薄膜を得るのが難しいという課題があった。無機半導体結晶材料ならばこれらの点は問題にならないため、共振器構造の利点を有効に活用できる。
本素子は、信号光、制御光を狭いスポットに集光して利用する際に有効となる。焦点距離および集光スポットサイズは小さい方が素子の小型化に有利であるが、光と材料との相互作用長は[集光面積/波長]に等しくなるため、例えばスポットサイズ20μm2に集光した場合、1.62μm光との相互作用長は12μm程度になる。このとき、同程度の膜厚で電界増強により高い非線形性が実現できる共振器構造は有効な手段となる。
【0060】
共振器構造を有する光スイッチはSiを非線形光学媒質として用いることにより作製した。作製した光スイッチの断面構造を図8に示す。反射膜50として金を500nm蒸着したSiウェハ(無機半導体結晶層52)を別のSiウェハ(基板54)に接着層56を介して貼り付け、無機半導体結晶層52を所定の厚さまで研磨することで薄膜化した。無機半導体結晶層52の反射膜50の設けられた面とは反対側の面にはTiO2/SiO24層からなる誘電体多層膜ミラー(低反射率の反射層)を形成し反射膜58とした。無機半導体結晶層52の膜厚は4.1μmとした。これは9.2λ(λ=1.62μm)の光学膜厚に相当する。また、スポットサイズは20μm2としたため、1.62μm光との相互作用長は結晶厚さ全体(4.1μm)に及ぶ。本素子について前述の方法でカー回転角を測定した。
また、0.625mm厚さのSiの各々の面に反射防止膜と全反射膜をそれぞれ設けた非共振器型の光スイッチを用い、カー回転角を測定した。このときのスポットサイズ20μm2、1.62μm光との相互作用長は12μmとなるようにした。
その結果、共振器構造を有する光スイッチは比較用光スイッチと比較してカー回転角が1.8倍になり、同じSi厚さあたり4倍程度の非線形性向上が得られたことを確認した。
本素子は、無機半導体結晶層52の厚さと反射層52、反射層58の反射率の最適化や、制御光、信号光への2波長同時共振構造の導入等により、更なる性能向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の第二の光スイッチの一実施形態を示す断面図である。
【図2】本発明の光分配装置の第一の実施形態を示す構成図である。
【図3】本発明の光分配装置の第二の実施形態を示す構成図である。
【図4】本発明の光多重化装置の一実施形態を示す構成図である。
【図5】無機半導体結晶のバンドギャップと測定波長との比及び非線形屈折率の間の関係を示す図である。
【図6】光スイッチのカー回転角を測定するために用いた光学系の構成図である。
【図7】反射防止膜の有無によるSiの反射率測定結果を示す図である。
【図8】実施例2で作製した光スイッチの断面構造を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
10 基板
12 反射層(高反射率)
14 無機半導体結晶層
16 反射層(低反射率)
24、26 偏光子
28、34 ハーフミラー
30 レンズ
32 光スイッチ
36 光検出器
38 波長フィルター
40 偏光子(検光子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反射膜と無機半導体結晶層と反射防止膜とをこの順に備え、前記反射防止膜側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行う光スイッチ。
【請求項2】
低反射率の反射面又は反射層と、無機半導体結晶層と、高反射率の反射面又は反射層と、をこの順に備え、前記低反射率の反射面又は反射層側から信号光と制御光とを照射して光スイッチングを行う光スイッチであって、
前記無機半導体結晶層の厚さは、前記信号光及び前記制御光の少なくとも一方に対して共振条件を満たす光スイッチ。
【請求項3】
前記無機半導体結晶層は、ZnS、ZnSe、CdS、GaP、ZnTe、CdTe、GaAs、AlGaAs、InP及びSiからなる群から選択される少なくとも一種である請求項1又は2に記載の光スイッチ。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の光スイッチを用いた光分配装置。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の光スイッチを用いた光多重化装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−126567(P2006−126567A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−315757(P2004−315757)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「フェムト秒テクノロジーの研究開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】