説明

光ピンセット及び2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源

【課題】 2個以上の微小試料を互いに近接した位置に保持することができる光ピンセット、及びそれに用いる2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源を提供する。
【解決手段】 レーザー光源と、そのレーザ光源が発するレーザ光を所定の領域に集束する光学系とを備え、その集束領域内に粒子をトラップする光ピンセットにおいて、上記レーザ光源が、活性層33と、活性層33の一方の側に設けられた板状の母材に周期的な屈折率分布を形成して成る2次元フォトニック結晶34を備え、その2次元フォトニック結晶34の周期的屈折率分布が、1本の直線(シフト線)12を挟んで両側に離れるようにシフトしている(近づいてもよい)。これにより、2次元フォトニック結晶から2個のリングが連なった断面形状を持つレーザビームが発射されるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平面状の光源から面に垂直方向にレーザ光を放射する、2次元フォトニック結晶を用いた面発光レーザ光源に関する。この2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、微小粒子を捕捉する光ピンセットの光源に好適に用いられるものである。
【背景技術】
【0002】
医学や生物学等の分野において微小試料を対象とした研究の必要性が高まっており、微小試料をハンドリングするための装置や方法が各種提案されている。その方法の一つとして、光ピンセットが提案されている。光ピンセットは、集束したレーザ光を微小試料に照射したときに、微小試料が光の集束点の方向に力を受ける現象を利用したものである(特許文献1)。このような光ピンセットを用いることにより、有体物を用いて挟んだり保持することが困難な微小試料でも保持することができ、また、それを傷つけることがないという利点を有する。
【0003】
例えば2個の細胞核の融合過程を調べる場合等、2個の微小試料を互いに近接した位置に保持し、両者の相互作用を観察することが必要とされることがある。従来、光ピンセットを用いてこのような観察を行う場合には、2個の光源を用意して、各光源から1本ずつレーザビームを観察領域の近傍に集束していた。そしてそれらの集光点を、それぞれにより保持される微小試料間に相互作用が生じる程度に近づけ、両微小試料をその位置に保持して観察を行っていた。しかし、この観察方法では、複数の光源を用いるため装置が大がかりになるという欠点を有する。
【0004】
ところで、近年、フォトニック結晶を用いた新しいタイプのレーザ光源が開発されている。フォトニック結晶は、母材となる誘電体に周期構造を人工的に形成したものである。周期構造は一般に、母材とは屈折率が異なる領域(異屈折率領域)を母材内に周期的に設けることにより形成される。その周期構造により結晶内でブラッグ回折が生じ、また、光のエネルギーに関してエネルギーバンドギャップが形成される。フォトニック結晶レーザ光源は、上記周期構造の欠陥を点状に形成して成る共振器を用いるものと、光の群速度が0となるバンド端の定在波を利用するものがある。いずれも所定の波長の光を増幅してレーザー発振を得るものである。
【0005】
特許文献2には、2次元フォトニック結晶を用いたレーザ光源が記載されている。このレーザ光源は、2枚の金電極の間に発光材料を含む活性層が形成されて成り、その活性層の近傍に2次元フォトニック結晶が形成されている。電極からキャリアを注入すると活性層から発光が生じ、この光が2次元フォトニック結晶の周期構造により干渉し、強められることでレーザ発振が行われる。活性層からの光の媒質内波長が2次元フォトニック結晶の周期構造の周期に一致する時、面に垂直な方向への発光が実現される。
【0006】
【特許文献1】特開平6-132000号公報([0009]〜[0010], 図1, 図2, 図6)
【特許文献2】特開2000-332351号公報([0037]〜[0056],図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、2個以上の微小試料を互いに近接した位置に保持することができる光ピンセット及びそれに用いる2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る光ピンセットの第1の態様のものは、レーザ光源と、該レーザ光源が発するレーザ光を所定の領域に集束する光学系とを備え、該集束領域内に粒子をトラップする光ピンセットにおいて、
上記レーザ光源が、活性層と、活性層の一方の側に設けられた板状の母材に周期的な屈折率分布を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備え、該2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が1本の直線(これをシフト線と呼ぶ)を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしていることを特徴とする。
【0009】
第1の態様の光ピンセットは、2次元フォトニック結晶が互いに略平行なシフト線を複数本有し、周期的屈折率分布が各シフト線を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしたものであってもよい。また、第1の態様の光ピンセットは、上記シフト線に略直交するシフト線を1本又は複数本有し、周期的屈折率分布が各シフト線を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしたものであってもよい。
【0010】
また、第1の態様の光ピンセットにおいて、上記2次元フォトニック結晶は、例えば、所定の大きさを有する板状の母材に該母材とは屈折率の異なる領域を正方格子状に配置し、且つ、該正方格子の辺に平行な1本又は複数本の直線(シフト線)を挟んで両側の正方格子をその直線から離れる又はその直線に近づくようにそれぞれ所定の距離だけシフトしたものであり、更に、上記活性層に電荷を注入する1対の電極のうちの一方の電極を他方の電極よりも面積を小さくして上記レーザ光源の発光側の面に配置したものとすることができる。
【0011】
本発明に係る光ピンセットの第2の態様のものは、レーザ光源と、該レーザ光源が発するレーザ光を所定の領域に集束する光学系とを備え、該集束領域内に粒子をトラップする光ピンセットにおいて、
上記レーザ光源が、活性層と、活性層の一方の側に設けられた板状の母材に周期的な屈折率分布を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備え、該2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が、向きを揃えた楕円形の、該母材とは屈折率が異なる領域を正方格子状に配置したものであることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、活性層と、活性層の一方の側に設けられた、誘電体に周期構造を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備える2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源において、
上記2次元フォトニック結晶が、所定の大きさを有する板状の母材に該母材とは屈折率の異なる領域を正方格子状に配置し、且つ、該正方格子の辺に平行な直線(シフト線)を挟んで両側の正方格子をその直線から離れる又はその直線に近づくように所定の距離だけシフトしたものであり、更に、上記活性層に電荷を注入する1対の電極のうちの一方の電極を他方の電極よりも面積を小さくして発光側の面に配置したことを特徴とする。
【0013】
上記2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、2次元フォトニック結晶が互いに略平行なシフト線を複数本有し、各シフト線を挟んで両側の正方格子が該シフト線から離れる又は該シフト線に近づくようにシフトしていてもよい。また、上記2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、上記シフト線に略直交するシフト線を1本又は複数本有し、各シフト線を挟んで両側の正方格子が該シフト線から離れる又は該シフト線に近づくようにシフトしていてもよい。
【発明の実施の形態及び効果】
【0014】
(1)本発明に係る光ピンセット
本発明に係る光ピンセットは、レーザ光源として2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源を用いる。この2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、活性層と2次元フォトニック結晶を備える。活性層と2次元フォトニック結晶は直接接している必要はなく、両者の間にスペーサ等の層が介挿されていてもよい。このような層を介挿して活性層と2次元フォトニック結晶の間の距離を調節することにより、発光領域の大きさを調節することができる。
【0015】
活性層は電荷の注入により所定の波長の光を発生するものである。活性層の材料には、例えば、従来よりファブリ・ペロー型レーザ光源に用いられているものと同じものを用いることができる。2次元フォトニック結晶は板状の母材に周期的な屈折率分布を形成したものである。一般に、母材とは屈折率が異なる同一形状の領域を多数、周期的に配置することにより形成される。この異屈折率領域は、母材にそれとは屈折率の異なる部材を埋め込むことによっても形成することができるが、母材に空孔を設けることにより形成する方が、母材との屈折率の差を大きく取ることができるうえ、製造も簡単であるため望ましい。しかし、製造時に2次元フォトニック結晶と他の層を高温で融着する必要がある場合、高温により空孔が変形することがある。そのような場合には、空孔ではなく、母材に何らかの部材を埋めこむことにより異屈折率領域を形成するようにしてもよい。
【0016】
この2次元フォトニック結晶の周期的な屈折率分布により、2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源から2本のビームが並んだような断面形状を有するレーザ光(ダブルビーム)を得ることができる。すなわち、2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布を1本の直線により2分し、両側の周期的屈折率分布をシフト線から離れる又はシフト線に近づくようにシフトさせることにより、このようなダブルビームを得ることができる。この場合、2本のビームの断面は各々リング状となる。また、母材にそれとは屈折率の異なる楕円状の領域を、該楕円の向きを揃えて正方格子状に形成することにより、ダブルビームを得ることができる。このようなダブルビームを発するレーザ光源と、両レーザビームを所定の領域に集束するための光学系を設けることにより、2個の光ピンセットを構成することができる。この光学系には、例えば、集光領域の大きさを調整するレンズや、レーザビームの方向を変化させて領域を移動させるためのミラーがある。これらの光学系には従来の光ピンセットに用いられているものをそのまま用いることができる。
【0017】
これにより、2個の試料をそれぞれ異なるビームにより近接した位置に保持することのできる光ピンセットが得られる。この光ピンセットは、2本のビームを使用するにも関わらず、用いるレーザ光源が1個のみであるため、装置の構成を簡素化することができる。また、2本のビームを同時に操作する必要がないため取り扱いも容易である。
【0018】
周期的屈折率分布をシフト線から離れる又はシフト線に近づくようにシフトさせる場合には、シフト線を略平行に2本以上形成してもよい。更に、1本又は略平行に2本以上形成したシフト線に対して略直交するシフト線を1本又は2本以上形成してもよい。その場合、2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布は、各シフト線毎にそれを挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトさせる。これにより、更に断面形状の異なるレーザビームを形成することができる。
【0019】
(2)本発明の光ピンセットに用いられる2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源における2次元フォトニック結晶の周期屈折率分布
本発明の光ピンセットに用いられる、ダブルビームを得ることができる2次元フォトニック結晶の上記周期屈折率分布の具体的な態様には、例えば以下のものがある。
【0020】
(2-1)周期屈折率分布の第1の例
第1の例は、所定の大きさを有する母体に異屈折率領域を正方格子状に配置し、その正方格子の辺に平行な直線(シフト線)を挟む両側の正方格子点を、所定の距離だけシフト線から離れる又はシフト線に近づくようにシフトさせるものである。このシフトにより、シフト線を挟む最隣接の2個の異屈折率領域間の距離は正方格子の周期よりも大きく又は小さくなる。
【0021】
正方格子の周期は、通常は活性層の発光の波長と等しくするが、その波長の整数倍等、他の値とすることもできる。また、シフトの量は正方格子の周期の1/4とすることが望ましい。この場合、シフト線を挟んで両側にある異屈折率領域がそれぞれ正方格子の周期の1/4ずつシフトするため、シフト線を挟んで最隣接の2個の異屈折率領域間の距離は正方格子の周期の1.5倍(正方格子がシフト線から離れる場合)又は0.5倍(シフト線に近づく場合)となる。
【0022】
活性層に電荷を注入するための1対の電極は、通常は活性層を挟むように設けるが、そのうちの一方の電極を他方の電極よりも面積を小さくすることにより、レーザ光はその小さい方の電極側から選択的に取り出される。この電極の側を「発光側」と呼ぶ。その電極と活性層や2次元フォトニック結晶の間には、スペーサ等の層が介挿されていてもよい。
【0023】
このような構成を有する2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源の動作は以下の通りである。電極間への電圧の印加により活性層にキャリアが注入され、それにより活性層から発光が得られる。こうして得られた光が2次元フォトニック結晶の周期構造に起因するフィードバック効果により、活性層および2次元フォトニック結晶で定在波を作り、レーザ発振が起こる。そして、媒質内波長が結晶の周期と一致するとき、面に垂直な方向にレーザ光が放射される。ここに述べた動作は、基本的には従来の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源と同様である。
【0024】
しかし、上記のような構造を有する2次元フォトニック結晶を設けた本発明に係る2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、中心付近の光の強度が0であるか又は周囲よりも弱いリング状の分布が2個並んだ断面形状を有するレーザ光を発振する。
【0025】
レーザ光のビームがこのような形状になる理由を説明する。まず、比較のため、図1(f)の平面図に記載のように円柱状(図では円で表す)の異屈折率領域11がシフトされずに正方格子状に配置された2次元フォトニック結晶の場合について説明する。この2次元フォトニック結晶では、活性層から得られた発光により、正方格子の周期と等しい波長の定在波が生じる。この定在波には正方格子の格子点においてy軸方向に共振する定在波の主成分Ex又はx軸方向に共振する定在波の主成分Eyのいずれかが腹となる対称モードと、該格子点においてEx、Eyが共に節となる反対称モードがあるが、このうち2次元フォトニック結晶の内部への閉じこめ効果が高い反対称モードがレーザ発振に寄与する。2次元フォトニック結晶の面内方向の大きさ(面の広がり)が無限大であれば、この定在波と結晶の外部との重なり積分が0になり、発振したレーザ光は2次元フォトニック結晶に垂直な方向には取り出すことができない。しかし、2次元フォトニック結晶の(面内方向の大きさが有限であれば、レーザ光は、結晶の面の中心付近ではやはり2次元フォトニック結晶に垂直な方向には取り出せないものの、中心から外れた位置においては重なり積分が0にならなくなり、この方向に取り出すことができるようになる。これにより、図1(f)の場合には、2次元フォトニック結晶レーザ光源から断面がリング状であるビームが1本出射される。
【0026】
次に、上記第1の例である、図1(a)の平面図のように異屈折率領域11が周期aの正方格子の1辺(y軸とする)に平行な直線(シフト線)12の両側でそれぞれシフト線12から離れる方向(x軸方向)にシフトした2次元フォトニック結晶の場合について説明する。ここで、シフト量は、シフト線12を挟んだ両側の領域13a及び13bにおいてそれぞれ+a/4, -a/4(従って、領域13aと13bの総シフト量はa/2)とした。この構成では、領域13aと13bの総シフト量がa/2の場合、x軸方向の定在波Eyは異屈折率領域11がシフトすることにより、シフト線12に関して対称な分布になる。それによりシフト線12の両側から2次元フォトニック結晶に垂直な方向に放出されるEyは、シフト線12を含むz−y面で干渉により強めあう。それに対してExは(f)の場合と同様に2次元フォトニック結晶の面の中心付近からは出射されない。更に、Exの分布はシフト線12に関して反対称となる。それによりシフト線12の両側から2次元フォトニック結晶に垂直な方向に放出されるExは、シフト線12を含むz−y面で干渉により打ち消しあう。これらの作用により、レーザビームの断面はX字状になる。これに加え、電極のうちの1個が発光側に存在することにより、Eyの遠視野像の中でx方向にサイドローブが生じる。上記X字状のビームとサイドローブが一体となって、レーザビームの断面はリングが2個並んだ形状となる。以下、このようなビームを「リング状ダブルビーム」と呼ぶ。
【0027】
このリング状ダブルビームを光ピンセットに用いることにより、上記のように1個の光源のみを用いて2個の粒子を近接して保持することができる。更に、断面形状がリング状であることにより、単純ビーム(光の強度が中心付近で最大となるビーム)よりも複雑な力が粒子に加わることになり、これを利用することにより粒子の移動や運動の制御の自由度を高めることができる。
【0028】
異屈折率領域11は、図1(b)に示すようにシフト線12’に近づくようにシフトしてもよい。図1(b)では、シフト量を、シフト線12’を挟んだ両側の領域13a’及び13b’においてそれぞれ-a/4, +a/4とした。(a)の場合と同様に、このような2次元フォトニック結晶を有する2次元フォトニック結晶レーザ光源により「リング状ダブルビーム」が得られ、このリング状ダブルビームは光ピンセットに用いることができる。
【0029】
シフト線を2本以上形成することにより、更に断面形状の異なるレーザビームを得ることができる。
例えば、図1(c)に示すように、略平行な2本のシフト線121及び122を形成することにより、シフト線が1本のみの場合よりも、2本のビームをより大きく離すことができる。
また、図1(d)に示すように、互いに略直交する2本のシフト線123及び124を形成することにより、4本のビーム(4個のリング)を得ることができる。この場合、4個のリングが四角形状に並び、それらが重なるため、得られるビームの断面形状は、その四角形の中心に更に1個のリングが存在するような形となる。
更に、3本以上の互いに略平行なシフト線を配置したり、2本以上の略平行なシフト線とそれに略直交する1本以上のシフト線を配置したりしてもよい。例えば、略平行な2本のシフト線とそれに略垂直な2本のシフト線を形成することにより、互いに分離した4本のビーム(4個のリング)を得ることができる。
なお、(c)、(d)には異屈折率領域11がシフト線から離れる場合を例に示したが、異屈折率領域11がシフト線に近づく場合も同様の結果が得られる。
【0030】
(2-2)周期屈折率分布の第2の例
2次元フォトニック結晶の周期屈折率分布の第2の例は、所定の大きさを有する母体に楕円柱状の異屈折率領域を正方格子状に配置したものである。この楕円の長軸は1方向に揃える。正方格子の周期は第1の例と同様である。
【0031】
第2の例の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源は、光の強度が中心付近で最大となるビームが2本並んだような断面形状を有するレーザ光を発振する。以下、このようなビームを「単純ダブルビーム」と呼ぶ。これを光ピンセットに用いることにより、第1の例の場合と同様、1個の光源のみを用いて2個の粒子を近接して保持することができる。
【0032】
第2の例においてこのようなビームが形成される理由を説明する。例えば図1(e)に示すように長軸を正方格子の1方向(図中のy軸の方向)に揃えた楕円柱状の異屈折率領域11を形成した場合について考える。電極から電荷が注入され、活性層が発光することにより、2次元フォトニック結晶の内部に、閉じこめ効果が高くレーザ発振に寄与する反対称モードの定在波が形成される。図1(f)の場合と同様に、2次元フォトニック結晶の面内方向の大きさが有限であることにより、レーザ光の強度は結晶の面の中心付近では0になり、中心から外れた位置においては有限の大きさとなる。ここで、異屈折率領域11が楕円柱状であることにより、楕円の長軸方向ではレーザ光の強度を抑制する効果が短軸方向よりも大きくなる。これにより単純ダブルビームが得られる。
【実施例】
【0033】
本発明の光ピンセットの一実施例を図2を用いて説明する。図2には、本実施例の光ピンセット20を含む測定装置を示す。光ピンセット20は、ダブルビームを出射する2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源21及び集光光学系(光源レンズ22、反射鏡23及び対物レンズ24)等から構成される。2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源21が出射するレーザ光は、光源レンズ22を通って反射鏡23により反射され、対物レンズ24により集光領域25に集光される。この集光領域25がサンプルセル26内に位置するように、光源21及び反射鏡23の位置・角度を調整する。サンプルセル26には、分散媒となる液体を入れ、その中に測定対象である微小試料を入れておく。そして、サンプルセル26内の集光領域25に観測用の光を照射するための観測用光学系27を設ける。集光領域25において微小試料により反射される観測光を測定位置28において観測することにより、集光領域25における微小試料の相互作用等を観測することができる。
【0034】
2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源21の一例を図3を用いて説明する。活性層33を挟んで陰電極32と、それよりも面積が小さい陽電極31を設ける。活性層33の材料には、例えばインジウム・ガリウム砒素(InGaAs)/ガリウム砒素(GaAs)から成り多重量子井戸(multiple-quantum well:MQW)を有するものを用いることができる。活性層33の上に、スペーサ層361を介して2次元フォトニック結晶層34を設ける。2次元フォトニック結晶層34は板材(母材)に空孔35を周期的に配置したものである。板材には、例えばp型GaAsを用いることができる。図3では、2次元フォトニック結晶層34には図1(a)のものを例として示した。なお、図3の例ではスペーサ層361とフォトニック結晶層34は1枚の一体の層として形成され、上側の方にのみ空孔35が形成され、フォトニック結晶層34として構成されている。活性層33と陽電極31の間にはスペーサ層362、クラッド層371コンタクト層38を設ける。また、活性層33と陰電極32の間にスペーサ層363及びクラッド層372を設ける。なお、図3では、2次元フォトニック結晶層34の構造をわかりやすく説明するために、スペーサ層362と2次元フォトニック結晶層34を離して表示している。
【0035】
本実施例の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源の動作は、基本的には従来のものと同様である。陽電極31と陰電極32の間に電圧を印加すると、陽電極31側から正孔が、陰電極32側から電子が、それぞれ活性層33に注入され、正孔と電子の再結合により発光する。この光が2次元フォトニック結晶層34によりフィードバックを受けてレーザ発振する。このレーザ光はコンタクト層38(出射面)から外部に取り出される。
【0036】
図1(a)に示すような、正方格子状に配置した円柱状空孔35をシフト線両側にシフトさせた2次元フォトニック結晶を用いた光源21が発するレーザ光のビームの形状を2次元時間領域差分(Finite Difference Time Domain:FDTD)法により計算した結果を、図4及び図5を用いて説明する。まず、シフト線12を挟む最隣接の2個の異屈折率領域間の距離(即ち、領域13aと13bの空孔の総シフト量)を0.3λ〜0.7λの間で変化させて計算を行った(図4)。ここで、正方格子の周期はレーザ光の波長λと同じ値とし、空孔の個数はx軸方向及びy軸方向にそれぞれ98個ずつとした。なお、陽電極31は存在しないものとして計算を行った。この計算の結果得られたビーム形状は図4に示すように、総シフト量が0.3λ〜0.5λの場合はx軸方向とy軸方向の双方にくびれが生じ、総シフト量が0.6λ、0.7λの場合はy軸方向にくびれが生じたものとなる。
【0037】
次に、陽電極31の存在を考慮に入れ、総シフト量が0.5λの場合について計算を行った(図5(a))。ここでは、空孔の個数はx軸方向及びy軸方向にそれぞれ98個ずつとし、陽電極31の大きさをx軸方向及びy軸方向にそれぞれ空孔60周期分として計算した。Exの強度分布(図5(b))は、従来の図1(f)の2次元フォトニック結晶を有するレーザ光源と同様に中心41付近が0になる他、シフト線12を含むz−y面42でも干渉により打ち消され、0となっている。Eyの強度分布(図5(c))は、中心41付近が0にならず、また、陽電極31が存在することによりサイドローブ43が形成される。これら両者により、リング状ダブルビーム(図5(a))が形成される。
【0038】
図6に、図1(c)のように、略平行な2本のシフト線を有する2次元フォトニック結晶を用いた光源21が発するレーザビームの形状を計算した結果を示す。但し、2本のシフト線の間隔は空孔32周期分とした。各シフト線における総シフト量、空孔の個数及び陽電極31の大きさは図5の場合と同じとした。得られたビームの断面形状では、図5のリング状ダブルビームよりも、2個のリング状ビーム間の距離が大きくなっている。
【0039】
図7に、略垂直な2本のシフト線123及び124を有する図1(d)の2次元フォトニック結晶を用いた光源21が発するレーザビームの形状を計算した結果を示す。各シフト線における総シフト量、空孔の個数及び陽電極31の大きさは図5、図6の場合と同じとした。四角形状に並んだ4個のリング状ビーム511〜514から成るレーザビームが得られる。但し、これらのリング状ビーム511〜514が互いに重なっていることから、中心52に更に1個のリングが形成されているようにも見える。
【0040】
図8に、3本以上のシフト線を有する2次元フォトニック結晶(a-1)及び(b-1)と、その2次元フォトニック結晶を用いた光源21が発するレーザビームの形状を計算した結果(a-2)及び(b-2)を示す。各シフト線における総シフト量、空孔の個数及び陽電極31の大きさは図5〜7の場合と同じとした。
(a-1)の2次元フォトニック結晶は、y方向に延び、略平行に2本並んだシフト線621及び622、並びにx方向に延びる(即ち、シフト線621及び622に略垂直な)1本のシフト線623を設けたものである。シフト線621と622の間隔は、図6の場合と同様に空孔32周期分とした。この2次元フォトニック結晶を用いた光源21から得られるレーザビームの断面では、x方向に2個並ぶリング状ビーム631と632の距離が図7の場合よりも大きくなり、それらが分離しているように見える。リング状ビーム631と632からy方向にずれた位置にあるリング状ビーム633と634も同様である。
(b-1)の2次元フォトニック結晶は、y方向に延び、略平行に2本並んだシフト線625及び626、並びにx方向に延びる(即ち、シフト線625及び626に略垂直な)2本のシフト線627及び628を設けたものである。シフト線625と626の間隔、及びシフト線627と628の間隔は上記と同様に空孔32周期分とした。この2次元フォトニック結晶を用いた光源21から得られるレーザビームの断面では、4個のリング状ビーム635〜638の互いの距離が図7の場合よりも大きくなり、それらがx方向、y方向共に分離しているように見える。
【0041】
図9(a-1)及び(b-1)に、図1(a)及び(d)に示す2次元フォトニック結晶を有する光源21についてそれぞれ実際に作製したレーザ光の遠視野像の写真を示す。図9(a-1)から、図5(a)に示した計算結果とよく一致したリング状ダブルビームが出射していることがわかる。このレーザ光の拡がりは約1°である。また、図9(b-1)から、図7に示した計算結果とよく一致した4個のリングを有するビームが出射していることがわかる。図9(a-2)及び(b-2)に、(a-1)及び(b-1)のレーザ光の近視野像の写真を示す。レーザ光は1辺が約100μmの範囲から出射している。中央の陰は電極によるものである。
【0042】
図10に、図1(e)に示す正方格子状に配置した楕円柱状の空孔を有する2次元フォトニック結晶を用いた光源21が発するレーザ光のビームの形状を2次元FDTD法により計算した結果を示す。ここで、空孔の個数は、x軸方向及びy軸方向にそれぞれ98個ずつとした。図10に示すように、この光源21は、単純ダブルビームを出射する。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の光ピンセットに用いる2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源における2次元フォトニック結晶の異屈折率領域の形状及び配置の例を示す図((a)〜(e))及びその比較例を示す図(f)。
【図2】本発明の光ピンセットの一実施例を示す概略構成図。
【図3】本発明の光ピンセットに用いる2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源の実施例を示す斜視図。
【図4】図1(a)の2次元フォトニック結晶を有する2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源が発する、陽電極31を無視して計算したレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【図5】図1(a)の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【図6】2次元フォトニック結晶が略平行な2本のシフト線を有する2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【図7】図1(d)の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【図8】シフト線を3本以上有する2次元フォトニック結晶の平面図、及びその2次元フォトニック結晶を用いた面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【図9】空孔の位置がシフトした2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を示す写真。
【図10】空孔が楕円柱状である2次元フォトニック結晶を有する2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源により得られるレーザビームの形状を計算した結果を示す図。
【符号の説明】
【0044】
11…異屈折率領域
12、12’、121〜123、621〜627…シフト線
20…光ピンセット
21…2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源
22…光源レンズ
23…反射鏡
24…対物レンズ
25…集光領域
26…サンプルセル
27…観測用光学系
28…測定位置
31…陽電極
32…陰電極
33…活性層
34…2次元フォトニック結晶層
35…空孔
361〜363…スペーサ層
371、38…コンタクト層
372…クラッド層
43…サイドローブ
511〜514、631〜637…リング状ビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光源と、該レーザ光源が発するレーザ光を所定の領域に集束する光学系とを備え、該集束領域内に粒子をトラップする光ピンセットにおいて、
上記レーザ光源が、活性層と、活性層の一方の側に設けられた板状の母材に周期的な屈折率分布を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備え、該2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が1本の直線(シフト線)を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしていることを特徴とする光ピンセット。
【請求項2】
互いに略平行なシフト線を複数本有し、2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が各シフト線を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしていることを特徴とする請求項1に記載の光ピンセット。
【請求項3】
更に、上記シフト線に略直交するシフト線を1本又は複数本有し、2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が各シフト線を挟んで両側に離れる又は両側から近づくようにシフトしていることを特徴とする請求項1又は2に記載の光ピンセット。
【請求項4】
上記2次元フォトニック結晶が、所定の大きさを有する板状の母材に該母材とは屈折率の異なる領域を正方格子状に配置し、且つ、該正方格子の辺に平行な1本又は複数本のシフト線を挟んで両側の正方格子を各シフト線から離れる又は各シフト線に近づくようにそれぞれ所定の距離だけシフトしたものであり、更に、上記活性層に電荷を注入する1対の電極のうちの一方の電極を他方の電極よりも面積を小さくして上記レーザ光源の発光側の面に配置したことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の光ピンセット。
【請求項5】
上記所定距離が正方格子の周期の1/4であることを特徴とする請求項4に記載の光ピンセット。
【請求項6】
レーザ光源と、該レーザ光源が発するレーザ光を所定の領域に集束する光学系とを備え、該集束領域内に粒子をトラップする光ピンセットにおいて、
上記レーザ光源が、活性層と、活性層の一方の側に設けられた板状の母材に周期的な屈折率分布を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備え、該2次元フォトニック結晶の周期的屈折率分布が、向きを揃えた楕円形の、該母材とは屈折率が異なる領域を正方格子状に配置したものであることを特徴とする光ピンセット。
【請求項7】
活性層と、活性層の一方の側に設けられた、誘電体に周期構造を形成して成る2次元フォトニック結晶とを備える2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源において、
上記2次元フォトニック結晶が、所定の大きさを有する板状の母材に該母材とは屈折率の異なる領域を正方格子状に配置し、且つ、該正方格子の辺に平行な直線(シフト線)を挟んで両側の正方格子を該シフト線から離れる又は該シフト線に近づくようにそれぞれ所定の距離だけシフトしたものであり、更に、上記活性層に電荷を注入する1対の電極のうちの一方の電極を他方の電極よりも面積を小さくして発光側の面に配置したことを特徴とする2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源。
【請求項8】
互いに略平行なシフト線を複数本有し、各シフト線を挟んで両側の正方格子が該シフト線から離れる又は該シフト線に近づくようにシフトしていることを特徴とする請求項7に記載の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源。
【請求項9】
更に、上記シフト線に略直交するシフト線を1本又は複数本有し、各シフト線を挟んで両側の正方格子が該シフト線から離れる又は該シフト線に近づくようにシフトしていることを特徴とする請求項8に記載の2次元フォトニック結晶面発光レーザ光源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−100776(P2006−100776A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91833(P2005−91833)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 『第51回応用物理学関係連合講演会講演予稿集』、第3分冊、平成16年3月28日、社団法人応用物理学会発行
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】