説明

光学式センサチップの製造方法

【課題】センシング膜中に含まれる束縛水を除去することで、保存時のセンシング膜の浸透性変化を抑制できる光学式センサチップの製造方法を提供する。
【解決手段】
光学式センサチップの製造方法は、測定対象物を酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のうちの少なくとも一方の酵素が緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆われ、これら第1酵素、第2酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体とを混合してセンシング膜形成用塗布液を調製し、基板上に形成された光導波路層上に前記センシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してセンシング膜形成することを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学式センサチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学式センサチップとしては、例えば皮下組織の体液抽出で血糖値を間接的に調べる低侵襲型血糖測定用のものが開発されている。このセンサチップは、ガラス基板と、この基板表面に形成され、その基板内に光を入射、放出させるための一対のグレーティングと、このグレーティング間に位置する前記基板表面に形成されるグルコースセンシング膜とを備えた構造を有する。このグルコースセンシング膜は、発色剤(例えば3、3’、5、5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ))、グルコースを酸化または還元させる第1酵素(例えばグルコースオキシダーゼ(GOD))、この第1酵素による生成物と反応して発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素(例えばペルオキシダーゼ(POD))、および膜形成高分子化合物(例えばヒドロキシエチルセルロース(HEC)のようなセルロース誘導体)を含有する。
【0003】
このような構造の光学式センサチップにおいて、皮膚と前記センシング膜の間にシート状ゲルを配して電界をかけると、皮下組織液中のグルコースが皮膚からゲルを透過して前記センシング膜に到達する。このとき、前記センシング膜中の発色剤であるTMBZがグルコースとGOD,PODの反応に起因して発色する。この状態で光を前記基板に入射しその基板表面と前記一方のグレーディングで屈折させると、その光は前記基板と発色したTMBZを含むセンシング膜の界面を伝播し、基板と他方のグレーティングの界面で屈折し、例えば受光素子で受光される。この受光したレーザ光強度は、前記グルコースセンシング膜の発色剤の発色により非発色時に受光素子で受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率から前記グルコースの濃度を検出する。
【0004】
上記のような数μLの検体溶液内に捕集したグルコースを検出する場合、従来の光学式センサチップでは、長時間保存しておくと、膜形成物質が劣化し、膜形成物質の浸透性が低下する。この劣化要因としては、膜を形成する物質自体の浸透性が低下すること、或いは塗布、乾燥したときに膜形成物質と相互作用している水分(以下、「束縛水」と称す。)が除去されず、保存時に束縛水が徐々に膜形成物質から抜けることが挙げられる。膜形成物質の浸透性が低下した場合、微量な捕集溶液中に含まれるグルコースのセンシング膜内への拡散速度が低下し、センシング膜内の第1酵素、第2酵素及び色素の段階的な反応が低下する。これらの結果、発色度合いの低下を生じてセンサチップの感度低下を招く。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−22763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、センシング膜中に含まれる束縛水を除去することで、保存時のセンシング膜の浸透性変化を抑制できる光学式センサチップの製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によると、測定対象物を酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のいずれ一方の酵素をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を他方の酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、または前記第1、第2の酵素をそれぞれイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、各混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、或いは前記第1、第2の酵素の両方をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、いずれかによりセンシング膜形成用塗布液を調製する工程と、基板に、この基板の主面に形成される光反射層内に光を入射させ、前記光導波路層外に光を放出させるための一対の光学要素を形成する工程と、前記光学要素が形成された前記基板の主面に前記基板より高屈折率の樹脂からなる前記光導波路層を形成する工程と、前記光導波路層上の前記光学要素間に前記センシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してセンシング膜を形成する工程とを含むことを特徴とする光学式センサチップの製造方法が提供される。
【0008】
本発明の第2の態様によると、測定対象物を酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のいずれ一方の酵素をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を他方の酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、または前記第1、第2の酵素をそれぞれイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、各混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、或いは前記第1、第2の酵素の両方をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、いずれかによりセンシング膜形成用塗布液を調製する工程と、基板に、この基板内に光を入射させ、前記基板外に光を放出させるための一対の光学要素を形成する工程と、前記光学要素間の前記基板領域上に前記センシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してセンシング膜を形成する工程とを含むことを特徴とする光学式センサチップの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、センシング膜中に含まれる束縛水を除去することで、保存時のセンシング膜の浸透性変化を抑制できる光学式センサチップの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】第1実施形態に係る光学式センサチップを示す断面図。
【図2】第2実施形態に係る光学式センサチップを示す断面図。
【図3】実施例1、比較例1、2の光学式センサチップにおける保存期間の経過に伴う吸光度(感度)の変化を示す線図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態に係る光学式センサチップについて図面を参照して詳細に説明する。以下ではグルコースの測定に用いられる光学式センサチップについて説明するが、グルコースに限られず、食品分析対象物質であるL−グルタミン酸、アスコルビン酸、ショ糖、ピルビン酸など、種々の測定に用いることができる。
【0012】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態に係る光学式センサチップを示す断面図である。
【0013】
ガラス基板1主面の両端部付近には、光学要素である一対のグレーティング2がその基板1に光を入射、放出させるためにそれぞれ形成されている。これらのグレーティング2は、前記基板1より高い屈折率を有する例えば酸化チタンから作られている。前記基板1より高屈折率の熱硬化性または光硬化性の樹脂からなる光導波路層3は、前記グレーティング2を含む前記基板1の主面に形成されている。光導波路層3の主面は、前記グレーティング2を含む前記基板1の主面に平行になるように形成されている。
【0014】
グルコースセンシング膜4は、前記グレーティング2間に対応する前記光導波路層3部分の上に形成されている。このグルコースセンシング膜4は、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素および非イオンセルロース誘導体を含み、前記第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素が緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆われ、かつこれら酵素、イオン性ポリマー、緩衝剤および発色剤が前記非イオン性セルロース誘導体で保持された構造を有する。
【0015】
ここで、第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素を緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆う基準は、次に説明する経時劣化の大小により決定する。
【0016】
すなわち、第1酵素にグルコースを添加し、反応させることにより生成した生成物を特定の発色剤に作用させて発色させ、このときの吸光度を測定する。第1酵素を一定の温度および湿度の雰囲気に一定時間曝した後、この第1酵素にグルコースを添加し、反応させることにより生成した生成物を特定の発色剤に作用させて発色させ、このときの吸光度を測定する。前者に対する後者の吸光度の低下率を求める。
【0017】
また、グルコースに第1酵素および第2酵素を添加し、第1酵素の生成物と反応することにより生成した物質を特定の発色剤に作用させて発色させ、このときの吸光度を測定する。第2酵素を一定の温度および湿度の雰囲気に前記第1酵素の吸光度測定と同様な時間曝した後、この第2酵素を第1酵素と共にグルコースに添加し、第1酵素の生成物と反応することにより生成した物質を特定の発色剤に作用させて発色させ、このときの吸光度を測定する。前者に対する後者の吸光度の低下率を求める。
【0018】
前記第1酵素の経過劣化に起因する吸光度の低下率と前記第2酵素の経過劣化に起因する吸光度の低下率とを比較し、吸光度の低下率の大きい酵素を選択し、緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆う。また、第1、第2の酵素のいずれにおいても吸光度の低下率の絶対値が大きい場合には両者を緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆うことが好ましい。
【0019】
前記光導波路層3は、表面が平滑で、10μm以上、より好ましくは10〜200μmの厚さを有することが好ましい。10μm以上の厚さを有する光導波路層は、光の伝播時における光強度の減衰を抑えることが可能になり、例えばレーザ光源のほかにLED光源を用いることが可能になる。
【0020】
前記グルコースセンシング膜4中の第1、第2の酵素および発色剤は、例えば下記表1に示す組み合わせで用いられる。
【表1】

【0021】
前記グルコースセンシング膜4に用いる非イオン性セルロース誘導体は、膜形成に関与する高分子化合物である。この非イオン性セルロース誘導体としては、例えばメチルセルロース、エチルセルロースのようなアルキルセルロース;ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースのようなヒドロキシアルキルセルロース;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、ヒドロキシジエチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースのようなヒドロキシアルキルアルキルセルロース;およびミクロフィブロ化セルロース等を挙げることができ、これらは単体または混合物の形態で用いることができる。
【0022】
前記イオン性ポリマーは、長期間の保存、使用において前記第1、第2の酵素からの塩の析出を抑制する機能を有する。このイオン性ポリマーには、正イオン性ポリマーおよび負イオン性ポリマーがある。正イオン性ポリマーとしては、例えばアミノ基、グアニジノ基、ビグアニド基等のカチオン性基を含むポリマーが挙げられる。正イオン性ポリマーを具体的に例示すると、ポリアリルアミン塩酸塩、ポリビニルピリジン、ポリリジン等が挙げられる。負イオン性ポリマーとしては、例えばリン酸エステル、カルボキシレート、およびスルホン酸エステル等のアニオン性基を含むポリマーが挙げられる。負イオン性ポリマーを具体的に例示すると、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニル硫酸、ポリアスパラギン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリマレイン酸、ポリフマル酸、またはカルボキシメチルセルロース、酢酸セルロースのようなセルロース誘導体等が挙げられる。これらのイオン性ポリマーの中で負イオン性ポリマーが好ましい。
【0023】
前記緩衝剤は、長期間の保存、使用において前記第1、第2の酵素のpHおよびイオン強度を制御してそれら酵素の形態、構造の変化を抑制する機能を有する。この緩衝剤としては、例えばリン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、ホウ酸緩衝剤、酒石酸緩衝剤、トリス塩酸緩衝剤、炭酸緩衝剤等を用いることができる。
【0024】
このような緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素を覆うことによって、長期間の保存、使用において酵素からの塩の析出を抑制すると共に、酵素の形態、構造の変化を抑制して高い活性状態を維持することが可能になる。
【0025】
前記グルコースセンシング膜4には、架橋性高分子化合物を含むことを許容する。この架橋性高分子化合物としては、例えばヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体を挙げることができる。この親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体は、特に2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体であることが好ましいことを実験にて確認している。
【0026】
前記架橋性高分子化合物は、前記グルコースセンシング膜4にこのグルコースセンシング膜4の全組成物に対し10−4〜10重量%含有されることが好ましい。架橋性高分子化合物の含有量を全組成物に対して10−4重量%未満にすると、加温状態で膜構造が溶解して崩壊したり、膜構造中の空隙に保持している発色剤や酵素等が外部媒体に溶出したりすることを防ぐことが困難になる。一方、架橋性高分子化合物の含有量が10重量%を超えると、グルコースセンシング膜中の検体溶液の浸透性が低下してチップ感度が低下する虞がある。
【0027】
前記グルコースセンシング膜4は、膜構造の空隙中に透水性を付与するためのポリエチレングリコールまたはエチレングリコールをさらに含むことを許容する。これにより親水性が高まり、水をグルコース導入用の媒体にする場合には反応感度が高まる。
【0028】
次に、前述した図1に示す光学式センサチップの作用を説明する。
【0029】
検体、例えば人体の皮膚に貫通穴(ウエル)を有するアダプタ(図示せず)を当接させ、このアダプタに前述したセンサチップをそのグルコースセンシング膜4がウエル側に位置するように取り付ける。アダプタはグルコースセンシング膜4が検体と直接接触するのを回避させ、センシングの再現性を高めることに寄与する。これにより生じる空隙、前記ウエル内に抽出媒体(例えば水、生理食塩水などの液体、検体やセンシング膜と直接的に反応せず、馴染むもの)を満たし、外部から検体に微小電圧を加えることにより、皮下組織液中のグルコースは皮膚から抽出媒体に抽出され、さらに抽出媒体から前記センシング膜4に浸透する。グルコースセンシング膜4を構成する第1、第2の酵素(酸化または還元酵素)、および発色剤の組み合わせが、例えば前記表1に示すグルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)および3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)である場合、センシング膜4に浸透されたグルコースはGODによりを分解して過酸化水素を発生し、PODによりこの過酸化水素を分解して活性な酸素を放出し、この活性な酸素によりTMBZを発色させる。つまり、グルコース量に応じてTMBZの発色度合が変化する。
【0030】
このような状態で、前記光源(例えばレーザダイオード)5からレーザ光を図示しない偏光フィルタを通して前記基板1裏面側に入射することにより、そのレーザ光は基板1を通してその主面と左側のグレーティング2の界面で屈折されて光導波路層3に入射され、さらにこの光導波路層3と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜4の界面で屈折されてその光導波路層3を伝播する。この際、伝播される光のエバネッセント波は前記グルコースセンシング膜4でのグルコース量に基づく発色度合に応じて吸収される。前記光導波路層3を伝播した光は、右側のグレーティング2から放出され、受光素子(例えばフォトダイオード)6で受光される。受光したレーザ光強度はセンシング膜4の非発色時に受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率からグルコース量を検出することが可能になる。
【0031】
次に、前述した図1に示す光学式センサチップの製造方法を説明する。
【0032】
まず、以下(1)〜(3)のいずれかの方法でグルコースセンシング膜形成用塗布液を調製する。
【0033】
(1)グルコースを酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のいずれ一方の酵素をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合する。この混合工程において、前記第1、第2の酵素のうちのいずれ一方の酵素は緩衝剤が取り込まれたイオン性ポリマーで被覆される。つづいて、この混合液を他方の酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加し、混合することにより、前記イオン性ポリマーで覆われた一方の酵素が他方の酵素、前記発色剤と共に膜形成高分子化合物である非イオン性セルロース誘導体に分散されたグルコースセンシング膜形成用塗布液を調製する。
【0034】
(2)前記第1、第2の酵素をそれぞれイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合する。この混合工程において、前記第1、第2の酵素はそれぞれ緩衝剤が取り込まれたイオン性ポリマーで被覆される。つづいて、これらの混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加し、混合することにより、前記イオン性ポリマーでそれぞれ覆われた第1、第2の酵素が前記発色剤と共に膜形成高分子化合物である非イオン性セルロース誘導体に分散されたグルコースセンシング膜形成用塗布液を調製する。
【0035】
(3)前記第1、第2の酵素の両方をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合する。この混合工程において、前記第1、第2の酵素は緩衝剤が取り込まれたイオン性ポリマーで被覆される。つづいて、この混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加し、混合することにより前記イオン性ポリマーで覆われた第1、第2の酵素が前記発色剤と共に膜形成高分子化合物である非イオン性セルロース誘導体に分散されたグルコースセンシング膜形成用塗布液を調製する。
【0036】
次いで、ガラス基板1の主面に、後に形成する光導波路層3内に光を入射させ、前記光導波路層3外に光を放出させるための一対の光学要素2、例えばグレーティングを酸化チタン膜の成膜、パターニングにより形成する。つづいて、前記グレーティング2が形成された前記基板1の主面に前記基板より高屈折率の熱硬化性または光硬化性の樹脂からなる光導波路層3を形成する。ひきつづき、前記光導波路層3上の前記グレーティング2間に前記グルコースセンシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してグルコースセンシング膜4を形成することによって、光学式センサチップを製造する。ここで行う加熱乾燥は、不活性ガス雰囲気中、例えば窒素雰囲気中で、約40℃の条件で行う。
【0037】
以上、第1実施形態の光学式センサチップによるグルコース量の検出において、グルコースセンシング膜は第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素が緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆われているため、長期間の保存、使用において酵素からの塩の析出を抑制できると共に、酵素の形態、構造の変化を抑制して高い活性状態を維持することができる。また、グルコースセンシング膜形成用塗布液をグレーティングの前記基板領域上に塗布した後、加熱乾燥することにより、膜形成物質と相互作用している束縛水が除去される。これにより、センシング膜の保存時に、その浸透状態の経時的な変化を抑制でき、検出感度を安定化できる。
【0038】
また、加熱乾燥の際、酵素はイオン性ポリマーで覆われているため、熱による酵素の構造変化は抑制され、高い活性状態を維持することができる。
【0039】
また、製造工程において、塗布、乾燥時でのセンサチップの乾燥位置によるセンシング膜内の水分量ばらつきがなくなり、チップ間のばらつきも改善することができる。
【0040】
(第2実施形態)
図2は、第2実施形態に係る光学式センサチップを示す断面図である。
【0041】
ガラス基板11は、主面に例えば3nm以上の厚さのSiO2表層12を有する。一対の光学要素、例えば一対のグレーティング13は、前記SiO2表層12の両端部付近表面にその基板11内に光を入射、あるいは基板11内の光を放出させるためにそれぞれ形成されている。なお、光学要素はプリズムなどで代用してもよい。これらのグレーティング13は、前記SiO2表層12より高い屈折率を有する例えば酸化チタンから作られる。前記グレーティング13に比べて低屈折率を有する保護膜を、前記グレーティング13を覆うように形成してもよい。この保護膜は、使用する薬液・検体と反応しない材料、例えばフッ素樹脂から作られる。
【0042】
グルコースセンシング膜14は、前記グレーティング13間に位置する前記基板11のSiO2表層12に形成されている。このグルコースセンシング膜14は、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素および非イオン性セルロース誘導体を含み、前記第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素が緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆われ、かつこれら酵素、イオン性ポリマー、緩衝剤および発色剤が前記非イオン性セルロース誘導体で保持された構造を有する。
【0043】
ここで、第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素を緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆う基準は、前記第1実施形態で説明したのと同様である。
【0044】
前記グルコースセンシング膜14中の酵素および発色剤は、例えば前記表1に示す組み合わせにより用いられる。
【0045】
前記グルコースセンシング膜14中のイオン性ポリマー、緩衝剤および非イオン性セルロース誘導体は、前記第1実施形態に挙げたものと同様なものを用いることができる。
【0046】
前記グルコースセンシング膜14中には、前記第1実施形態で説明したように架橋性高分子化合物をさらに含むこと、ポリエチレングリコールまたはエチレングリコールをさらに含むことを許容する。
【0047】
次に、前述した図2に示す光学式センサチップの作用を説明する。
【0048】
検体、例えば人体の皮膚に貫通穴(ウエル)を有するアダプタ(図示せず)を当接させ、このアダプタに前述したセンサチップをそのグルコースセンシング膜14がウエル側に位置するように取り付ける。前記ウエル内に水を含む抽出媒体を満たし、外部から微小電圧を加えることにより、皮下組織液中のグルコースは皮膚から媒体に抽出され、さらに前記センシング膜14に浸透する。グルコースセンシング膜14を構成する第1、第2の酵素(酸化または還元酵素)および発色剤の組み合わせが、例えば前記表1に示すにグルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)および3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)である場合、センシング膜14に浸透されたグルコースはGODにより分解して過酸化水素を発生し、PODによりこの過酸化水素を分解して活性な酸素を放出し、この活性な酸素によりTMBZを発色させる。つまり、グルコース量に応じてTMBZの発色度合が変化する。
【0049】
このような状態で、前記レーザ光源(例えばレーザダイオード)15からレーザ光を図示しない偏光フィルタを通して前記基板11裏面側に入射することにより、そのレーザ光が基板11のSiO2表層12と左側のグレーティング13の界面で屈折し、さらにSiO2表層12と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜14の界面で屈折してSiO2表層12を含む基板11を伝播する。この際、伝播する光のエバネッセント波は前記グルコースセンシング膜14でのグルコース量に基づく発色度合に応じて吸収される。前記基板11を伝播した光は、右側のグレーティング13から放出され、受光素子(例えばフォトダイオード)16で受光される。受光したレーザ光強度は、センシング膜14の非発色時に受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率からグルコース量を検出することが可能になる。
【0050】
次に、前述した図2に示す光学式センサチップの製造方法を説明する。
【0051】
まず、前述した第1実施形態と同様な3つの方法のいずれかにより第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素が前記緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで予め覆われ、かつ発色剤と共に膜形成高分子化合物である非イオン性セルロース誘導体に分散されたグルコースセンシング膜形成用塗布液を調製する。
【0052】
次いで、基板11にこの基板11内に光を入射させ、前記基板11外に光を放出させるための一対の光学要素13、例えばグレーティング13を酸化チタン膜の成膜、パターニングにより形成する。つづいて、これらグレーティング13間の前記基板11領域上に前記グルコースセンシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してグルコースセンシング膜14を形成することにより光学式センサチップを製造する。ここで行う加熱乾燥は、不活性ガス雰囲気中、例えば窒素雰囲気中で、約40℃の条件で行う。
【0053】
以上、第2実施形態の光学式センサチップによるグルコース量の検出において、グルコースセンシング膜は第1、第2の酵素のうちの少なくとも一方の酵素が緩衝剤を取り込んだイオン性ポリマーで覆われているため、長期間の保存、使用において酵素からの塩の析出を抑制できると共に、酵素の形態、構造の変化を抑制して高い活性状態を維持することができる。また、グルコースセンシング膜形成用塗布液をグレーティングの前記基板領域上に塗布した後、加熱乾燥することにより、膜形成物質と相互作用している束縛水が除去される。これにより、センシング膜の保存時に、その浸透状態の経時的な変化を抑制でき、検出感度を安定化できる。
【0054】
また、加熱乾燥の際、酵素はイオン性ポリマーで覆われているため、熱による酵素の構造変化は抑制され、高い活性状態を維持することができる。
【0055】
また、製造工程において、塗布、乾燥時でのセンサチップの乾燥位置によるセンシング膜内の水分量ばらつきがなくなり、チップ間のばらつきも改善することができる。
【0056】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0057】
(実施例1)
0.67mg/mLのペルオキシターゼ(POD)溶液(0.01モル/Lのリン酸緩衝液(pH:6.0)に溶解)および5.33mg/mLのグルコースオキシダーゼ(GOD)溶液(0.01モル/Lのリン酸緩衝液(pH:6.0)に溶解)の混合液9μLを負イオン性ポリマーである1重量%のカルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液1μLと混合、撹拌した。得られた混合液から9μLをイソプロピルアルコール(IPA)143.6μLと純水116.6μLと1体積%のポリエチレングリコール(PEG)のイソプロピルアルコール溶液6μLと1mg/mLの3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)のイソプロピルアルコール溶液60μLと2重量%のヒドロキシエチルセルロース(HEC)水溶液64μLと1重量%の架橋高分子化合物(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体)水溶液0.8μLとに添加し、混合、撹拌してグルコースセンシング膜生成用塗布液400μLを調製した。
【0058】
次いで、主面に厚さ10nmのSiO2表層を有する屈折率1.52の無アルカリガラス基板を用意し、この基板のSiO2表層に屈折率2.2〜2.4、厚さ50nmの酸化チタン膜をスパッタリングにより成膜した。つづいて、この酸化チタン膜に上にレジストの塗付、乾燥、リソグラフィーによりレジストパターンを形成した。ひきつづき、レジストパターンをマスクとしてリアクティブイオンエッチングにより酸化チタン膜を選択的に除去することにより、前記SiO2表層の両端部付近表面にグレーティングを形成した後、レジストパターンをアッシングにより除去した。
【0059】
次いで、前記基板を酸素RIEによりドライ洗浄した後、ダイシングにより17mm×6.5mmの寸法に裁断してチップ形状にした。つづいて、前記グルコースセンシング膜生成用塗布液を前記基板のグレーティング間に位置するセンシング膜形成領域の表面に8μL滴下した。不活性ガスのパージ、40℃で加熱乾燥し、グルコースセンシング膜を形成し、前述した図2に示す光学式センサチップを製造した。
【0060】
(比較例1)
実施例1中の前記グルコースセンシング膜形成用塗布液を前記基板のグレーティング間に位置するセンシング膜形成領域の表面に8μL滴下し、室温乾燥して、グルコースセンシング膜を形成し、前述した図2に示す光学式センサチップを製造した。
【0061】
(比較例2)
実施例1中の前記グルコースセンシング膜形成用塗布液を前記基板のグレーティング間に位置するセンシング膜形成領域の表面に8μL滴下し、真空乾燥して、グルコースセンシング膜を形成し、前述した図2に示す光学式センサチップを製造した。
【0062】
実施例1、比較例1、2で作成した光学式グルコースセンサチップを以下の方法で評価した。
【0063】
すなわち、光学式センサチップを取り付けたときにグルコースセンシング膜14に対向する位置に対向面を有し、前記センシング膜14と前記対向面との間に空隙を形成するチャンバにグルコースセンシング膜14が空隙側に位置するように取り付け、測定溶液を保持する区画を形成させた。形成されたセンシング膜14と対向面との間の空隙に4.5μLの0.25mg/dLグルコース溶液を満たした形態において、図2に示すようにレーザダイオード15からレーザ光を偏光フィルタを通して前記基板11裏面側に入射することにより、そのレーザ光を基板1のSiO表層12と左側のグレーティング13の界面で屈折させ、さらにSiO表層12と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜14の界面で屈折したSiO表層12を含む基板11を伝播させ、右側のグレーティング13と基板11との界面での屈折により伝播したレーザ光をフォトダイオード16で受光し、そのレーザ光強度を測定した。
【0064】
同様な操作を実施例1および比較例1ではセンサチップを1日保存後、37℃条件に5日間保存したものを用いてそれぞれ測定を行った。なお、37℃条件に5日間保存する行為は、光学式センサチップにおいて、室温で1年を要する加速試験に該当する。よって、この結果は、1年後のグルコースセンシング膜の特性を示すこととなる。
【0065】
これらの結果を図3に示す。
【0066】
図3から明らかなように、比較例1、2の光学式センサチップにおいて、37℃条件に5日間保存したものは、保存前のものと比較して、吸光度が低下していることがわかる。一方、実施例1の光学式センサチップは、37℃条件に5日間保存した後でも、保存前と比較して、吸光度の変化が少なく、ほぼ近似した感度を有していることがわかる。
【0067】
なお、基板より高屈折率の熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂からなる光導波路層を有する図1に示す光学式センサチップをおいても、実施例1と同様に長期保存後でも高い感度を維持することが可能であった。
【0068】
また、前記実施形態・実施例においてはグルコースセンシング膜が保持する第1酵素、第2酵素、発色剤はそれぞれ一種の材料のみが選択され加えられているが、使用目的に応じて複数の材料を混在させてもよい。
【0069】
さらに、前記実施形態においては基板としてガラスを用いているが、参照光を伝播し透過する特性を有していれば、この材質は限定されない。単結晶による膜体や、熱硬化性樹脂材料、熱可塑性樹脂材料、光硬化性樹脂材料など、種々の樹脂材料を用いることもできる。
【符号の説明】
【0070】
1,11…ガラス基板、2,13…グレーティング、3…光導波路層、4,14…グルコースセンシング膜、5,15…レーザ光源(レーザダイオード)、6,16…受光素子(フォトダイオード)、12…SiO表層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物を酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のいずれ一方の酵素をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を他方の酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、または前記第1、第2の酵素をそれぞれイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、各混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、或いは前記第1、第2の酵素の両方をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、いずれかによりセンシング膜形成用塗布液を調製する工程と、
基板に、この基板の主面に形成される光反射層内に光を入射させ、前記光導波路層外に光を放出させるための一対の光学要素を形成する工程と、
前記光学要素が形成された前記基板の主面に前記基板より高屈折率の樹脂からなる前記光導波路層を形成する工程と、
前記光導波路層上の前記光学要素間に前記センシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してセンシング膜を形成する工程と
を含むことを特徴とする光学式センサチップの製造方法。
【請求項2】
測定対象物を酸化または還元させる第1酵素、この第1酵素の生成物と反応することにより発色剤を発色させる物質を発生する第2酵素のいずれ一方の酵素をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を他方の酵素、発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、または前記第1、第2の酵素をそれぞれイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、各混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、或いは前記第1、第2の酵素の両方をイオン性ポリマーおよび緩衝剤の水溶液と予め混合し、この混合液を発色剤および非イオン性セルロース誘導体に添加するか、いずれかによりセンシング膜形成用塗布液を調製する工程と、
基板に、この基板内に光を入射させ、前記基板外に光を放出させるための一対の光学要素を形成する工程と、
前記光学要素間の前記基板領域上に前記センシング膜形成用塗布液を塗布、加熱乾燥してセンシング膜を形成する工程と
を含むことを特徴とする光学式センサチップの製造方法。
【請求項3】
前記センシング膜を形成する工程は、不活性ガス雰囲気中で加熱乾燥を行うことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光学式センサチップの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−167165(P2011−167165A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36495(P2010−36495)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】