説明

光応答性界面活性剤

【課題】化粧料、家庭用洗剤等の広範囲の分野において利用可能な光応答性の新規界面活性剤の提供。
【解決手段】下記一般式(1)で示される化合物からなることを特徴とする光応答性界面活性剤。


(式中、Rは、炭素数4〜8の直鎖状または分岐状のアルキル基である。Xは、水素またはメトキシ基である。EOはオキシエチレン基を示し、nはオキシエチレン基の平均付加モル数で、8≦n≦10である。Yは、水素またはメチル基である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光応答性界面活性剤に関し、特に化粧料、家庭用洗剤等の広範囲の分野において利用可能な、光応答性の新規界面活性剤に関する。
【背景技術】
【0002】
液体−液体、液体−固体界面に吸着してそれらの界面の性質を著しく変える性質を界面活性といい、界面活性剤とはその界面活性を有する成分のことを言う。界面活性剤の持つ界面活性作用には乳化、可溶化、分散、浸透、洗浄、潤滑等が含まれるため、各産業にとって必須成分の一つである。
【0003】
例えば化粧料産業では、皮膚外用剤の一つである乳液の基剤安定化という目的で主に活用されている。しかし従来の界面活性剤では種類の選定、または相当量の配合により基剤安定性は向上するものの、塗布した後まれに肌荒れの原因の一つとなり、この観点から界面活性剤の存在が問題とされることもあった。界面活性剤は基剤の安定性向上の観点から数多くの皮膚外用剤には欠かせない成分である一方で、ごくまれに起こる肌荒れの原因から製剤の商品価値を大きく損なうこともあるという解決すべき課題があった。
【0004】
近年、ジェミニ型(双子型)と言われる界面活性剤が提案されている(例えば特許文献1参照)。これは従来の界面活性剤に比べて界面活性能に優れるため、配合が少量でも基剤安定性に優れ且つ肌荒れを起こしにくい。そのことから化粧料用途を中心に開発が進められているものの、製法が難しく且つ高価な原料を使用する必要があるため、なかなか実用化が進んでいない。
【0005】
そこで基剤中では界面活性剤として機能するものの、光照射によりその界面活性能が低下するものが望まれていた。そのことにより基剤中での安定性は保たれるけれども、皮膚に塗布した後は、界面活性能低下により、上記のごくまれに起こる肌荒れを低下させることが期待される。
【0006】
光に応答する成分としては種々提案されている(例えば特許文献2参照)。しかしこれらは接着剤やコーティング剤に用いた場合、製品に残存する界面活性剤に起因した塗布層の泡立ち、接着性、耐水性の問題を解決したものであり、基剤安定性や肌荒れ防止を目的としたものではなく、またその効果も満足できるものではない。
また、ポリアルコキシカルビノール桂皮酸エステルを含有する光保護剤も提案されている(例えば特許文献3参照)。しかし、この成分は界面活性剤ではないため、上記の期待されている効果は認められない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3426493号公報
【特許文献2】特開平1−151930号公報
【特許文献3】特開昭57−58644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は前記従来技術に鑑みなされたものであり、その解決すべき課題は、優れた界面活性能を有するものの光照射後は異性化を起こし、その能力が低下する光応答性界面活性剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等が前記課題に鑑み鋭意研究した結果、桂皮酸を付与した誘導体は優れた界面活性能を有するものの、光照射後は異性化を起こし、その能力が低下する光応答性界面活性剤が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明にかかる光応答性界面活性剤は、下記一般式(1)で示される化合物からなることを特徴とする。
【化1】

(式中、Rは、炭素数4〜8の直鎖状または分岐状のアルキル基である。Xは、水素またはメトキシ基である。EOはオキシエチレン基を示し、nはオキシエチレン基の平均付加モル数で、8≦n≦10である。Yは、水素またはメチル基である。)
本発明にかかる化粧料は、前記光応答性界面活性剤を含むことを特徴とする。
前記化粧料において、前記光応答性界面活性剤を0.01〜10質量%含むことが好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかる光応答性界面活性剤は、桂皮酸を付与した誘導体からなるものであり、優れた界面活性能を有するものの光照射後は異性化を起こし、その能力が低下する界面活性剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の光応答性界面活性剤である化合物1のH NMRスペクトルを示す図である。
【図2】(a)UV光照射前および(b)UV光照射後の、本発明の光応答性界面活性剤である化合物1のH NMRスペクトルを示す図である。
【図3】本発明の光応答性界面活性剤である化合物1(trans(UV光照射前)およびcis(UV光照射後))の、水溶液の濃度と該水溶液の表面張力の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
本発明にかかる光応答性界面活性剤は、一般式(1)で示される化合物である。
【0014】
【化2】

【0015】
一般式(1)中、Rは、炭素数4〜8の直鎖状または分岐状のアルキル基である。Rとしては、n−ブチル、i−ブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、ヘキシル、イソヘキシル、ネオヘキシル、ヘプチル、イソペンチル、ネオペンチル、オクチル、イソオクチル、ネオオクチル基等が挙げられる。本発明において、Rは炭素数4のアルキル基であることが好適である。
Rの炭素数が4未満では、界面活性能が低くなる。また、8を超えると、水への溶解性が低くなる。
【0016】
Xは、水素またはメトキシ基である。
また、EOはオキシエチレン基を示し、nはオキシエチレン基の平均付加モル数で、8≦n≦10である。本発明において、nは8であることが好適である。nが8未満では、界面活性能が低くなる。また、10を超えると、使用感触(べたつき)が悪くなる傾向になる。
また、Yは水素またはメチル基である。
【0017】
本発明にかかる光応答性界面活性剤は、太陽光が照射されると、(化3)に示されるように異性化を起こす。
【化3】

【0018】
このような本発明の光応答性界面活性剤は、光照射前は優れた界面活性能を有し、安定性の向上や洗浄力の付与に寄与するが、光照射後は界面活性能が低下することから、まれに起こる肌荒れも起こりにくくなると考えられる。
【0019】
次に、本発明の光応答性界面活性剤の合成方法について、以下に示す(化4)を用いて詳述する。なお、ここでは、一般式(1)で示される化合物のXが水素の場合を例として説明を行っている。
【化4】

【0020】
工程(i)において、化合物(a)はp−クマル酸であり、公知の方法により合成することができる。
【0021】
化合物(b)は、p−クマル酸と反応溶媒の存在下でウィリアムソン・エーテル反応によりp−クマル酸のO−H部位に官能基として導入される。その後、加水分解することにより、化合物(c)を得ることができる。すなわち、反応溶媒中で化合物(a)、化合物(b)、反応触媒を混合した後に還流させて、加水分解することにより、化合物(c)が得られる。
なお、化合物(b)のRは、炭素数4〜8の直鎖状または分岐状のアルキル基である。化合物(b)のMは、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられるが、好ましくは臭素が用いられる。
【0022】
この反応は、反応触媒として水酸化ナトリウム、水素化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム等の塩基性化合物を用いて行うことができる。
反応溶媒としては、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン等の有機溶媒が挙げられる。好ましくはアセトニトリルが用いられる。
また、工程(i)では、反応温度、反応時間は限定されないが、通常50〜100℃、48〜72時間程度で行われる。
【0023】
また、反応終了後、得られた化合物(c)から、未反応の化合物(b)および反応溶媒を減圧下で留去することが好ましい。留去の方法は、公知の方法を採用することができる。具体的な減圧蒸留装置としては、エバポレーター、薄膜蒸留装置、高度真空ポンプ等が挙げられる。
【0024】
上記工程(i)により得られた化合物(c)から本発明の目的とする化合物(g)を得るために、次の(ii)−Aまたは(ii)−Bのいずれかの方法を用いることができる。これらのうち(ii)−Bの方法が、室温で反応でき、反応時間も短いため、好適に用いることができる。
【0025】
まず、工程(ii)−Aについて説明する。工程(i)で得られた化合物(c)と化合物(d)であるオキサリルクロリドを反応させることにより、化合物(e)を得る。
【0026】
次に、化合物(e)と化合物(f)とを、ショッテン・バウマン反応させることにより、化合物(g)を合成することができる。すなわち、反応溶媒中で化合物(e)、化合物(f)を撹拌後、還流することにより、化合物(g)が得られる。
ここで、使用される反応溶媒は、テトラヒドロフラン(THF)、トルエン等の有機溶媒が挙げられる。
また、工程(ii)−Aでは、反応温度、反応時間は限定されないが、通常50〜150℃、48〜96時間程度で行われる。
【0027】
次に、工程(ii)−Bについて説明する。工程(i)で得られた化合物(c)を、縮合剤を用いて、化合物(f)と縮合反応させることにより、化合物(g)を合成することができる。すなわち、反応溶媒中で化合物(c)、化合物(f)、縮合剤、反応触媒を撹拌し、溶媒留去後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを行うことにより、化合物(g)が得られる。
【0028】
この縮合反応に用いる縮合剤としては、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等が挙げられる。
また、反応溶媒としては、例えばピリジン、テトラヒドロフラン(THF)等を用いることができる。反応触媒としては、例えば、N,N−ジメチルアミノピリジン等を用いることができる。
また、工程(ii)−Bでは、反応温度、反応時間は限定されないが、通常20〜30℃、24〜48時間程度で行われる。
【0029】
本発明の光応答性界面活性剤は、化粧料に好適に配合することができる。
近年、化粧料に汎用されている界面活性剤は、漠然と悪いイメージを持たれる場合があり、肌に及ぼす影響を懸念している消費者も多い。しかし、本発明の光応答性界面活性剤は、容器から肌へと塗布する際、光照射により界面活性能が低下するため、そのようなイメージを持つ消費者にとっても、安心して使用することができる。
【0030】
本発明の光応答性界面活性剤を化粧料に配合する場合、光応答性界面活性剤の配合量は、特に限定されるものではないが、化粧料全量中0.01〜10質量%であることが好適である。また、0.1〜5質量%であることが特に好適である。光応答性界面活性剤の配合量が0.01質量%未満では、安定性が悪くなる場合があり、また、10質量%を超えると、使用感触に悪影響を及ぼす場合がある。
【0031】
化粧料に配合する場合、上記必須成分である光応答性界面活性剤に加えて、通常の化粧料に用いられるその他の任意成分を、本発明の効果を損なわない質的・量的な範囲内で、配合することもできる。
そのような任意成分としては、例えば、油分、ワックス、保湿剤、増粘剤、ゲル化剤、金属石鹸、水溶性高分子、油溶性高分子、薬剤、酸化防止剤、顔料、染料、パール剤、ラメ剤、有機・無機粉末、香料等が挙げられる。
【0032】
また、化粧料の使用用途は、特に限定されるものではなく、例えば、クリーム、乳液、ローション、エッセンス等のスキンケア化粧料、へアクリーム、ヘアローション、整髪料等のヘアケア化粧料、サンスクリーン、ボディクリーム、ボディローション等のボディケア化粧料、口紅、マスカラ、アイライナー、ネールエナメル、ファンデーション等のメーキャップ化粧料等、種々の化粧料に利用することができる。
【実施例】
【0033】
本発明について、以下に実施例を挙げてさらに詳述するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
以下の実施例で用いた光応答性界面活性剤(以下、化合物1)の構造、およびその合成方法について以下に示す。
【0034】
【化5】

【0035】
・化合物1の合成方法
アセトニトリル50mlにp−クマル酸1.64gを入れ溶解させ、1−ブロモブタン13.7g、炭酸カリウム13.8gを加えて80℃で44時間還流した。吸引濾過により炭酸カリウムを除去し、エバポレーターにより反応液から未反応の1−ブロモブタン、アセトニトリルを除去した。アセトニトリル10mlと水酸化ナトリウム0.9g、水30mlを加え、80℃、24時間還流した。エバポレーターにより反応液からアセトニトリルを除去した。その後撹拌しながら20%塩酸を20ml加え、反応液を吸引濾過、水洗を1回行った。ヘキサン/酢酸エチル溶液で再結晶を行い(化6)で示される化合物(白色固体)を1.02g(収率46%)で得た。
【0036】
【化6】

【0037】
次に、オクタエチレングリコールモノメチルエーテル0.97gとテトラヒドロフラン14gを入れ、窒素雰囲気下にした。また、(化6)で示される化合物0.44g、N,N−ジメチルアミノピリジン0.29g、ジクロロメタン11gに溶解させた1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩0.43g、ピリジン0.37gを加えた。室温で24時間撹拌した。エバポレーターによりテトラヒドロフラン、ジクロロメタンを除去し、反応液を酢酸エチルと5%塩酸水溶液で3回、炭酸水素ナトリウム水溶液で3回、水で1回洗浄した。エバポレーターにより酢酸エチルを除去した後、酢酸エチル:アセトン:メタノール=60:35:5の展開溶媒を用いてシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行い、目的である化合物1を0.8g(収率68%)で得た。
【0038】
反応生成物が化合物1であることは、H NMRにより同定された。H NMRスペクトル測定結果を図1に示す。なお、図1に記載の水素位置番号に対応した化学構造式を、(化7)に示す。
【0039】
【化7】

【0040】
また、化合物1について、質量分析(イオン化法:ESI)も行った。
精密質量分析の結果、マススペクトルのナトリウム付加分子ピークm/z609(M+Na)であり、理論値と一致していることから、化合物1が生成していることが明らかとなった。
【0041】
次に、化合物1の光異性化率について検討を行った。化合物1に90分間、UV光(波長250〜390nm)を強度10mW/cmで照射した前後での、光異性化率を求めた。
UV光照射前およびUV光照射後のH NMRスペクトル測定結果をそれぞれ、図2(a)および図2(b)に示す。なお、図2に記載の水素位置番号に対応した化学構造式を、(化8)に示す。
【0042】
【化8】

【0043】
図2におけるピークの積分強度比から、UV光照射による異性化率は、51%であることが明らかとなった。
【0044】
次に、イオン交換水に、化合物1(trans)または、UV光照射後の化合物1(cis)を溶解した水溶液を、表面張力計(KRÜSS社製K-100・協和界面科学社製CBVP-Z)を用いて、測定温度25℃で表面張力を測定した。なお、UV光(波長250〜390nm)は、強度10mW/cmで210分間照射された。
化合物1(trans)および、UV光照射後の化合物1(cis)について、1×10−6〜1×10−3mol/lの濃度範囲で表面張力を測定した結果を、図3に示す。
また、図3より、臨界ミセル形成濃度における表面張力、すなわちγCMCを算出した結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1によれば、化合物1は、優れた表面張力低下剤であるが、光を照射することにより表面張力低下能が劣ることがわかる。
したがって、化合物1は、優れた界面活性剤であるが、UV光照射による異性化により界面活性剤としての機能が低下することが示唆される。
【0047】
以下に、本発明の光応答性界面活性剤の配合処方例(化粧料)を挙げるが、本発明の技術範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0048】
配合処方例1:乳液
(配合成分) (質量%)
(1)流動パラフィン 7.0
(2)スクワラン 2.5
(3)化合物1 2.0
(4)1,3−ブチレングリコール 1.5
(5)ジプロピレングリコール 1.5
(6)エタノール 2.0
(7)カルボキシビニルポリマー 0.2
(8)水酸化カリウム 0.1
(9)エデト酸三ナトリウム 0.05
(10)フェノキシエタノール 0.5
(11)香料 0.1
(12)精製水 残余
【0049】
配合処方例2:クリーム
(配合成分) (質量%)
(1)流動パラフィン 8.0
(2)水添ポリイソブテン 3.0
(3)化合物1 3.0
(4)モノステアリン酸ソルビタン 1.5
(5)セテアリルアルコール 7.0
(6)ステアリン酸PEG−75 0.5
(7)グリセリン 4.0
(8)1,3−ブチレングリコール 3.5
(9)ヒアルロン酸ナトリウム 1.5
(10)L−アルギニン塩酸塩 0.02
(11)エデト酸三ナトリウム 0.05
(12)フェノキシエタノール 0.4
(13)香料 0.1
(14)精製水 残余

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される化合物からなることを特徴とする光応答性界面活性剤。

(式中、Rは、炭素数4〜8の直鎖状または分岐状のアルキル基である。Xは、水素またはメトキシ基である。EOはオキシエチレン基を示し、nはオキシエチレン基の平均付加モル数で、8≦n≦10である。Yは、水素またはメチル基である。)
【請求項2】
請求項1に記載の光応答性界面活性剤を含むことを特徴とする化粧料。
【請求項3】
請求項2に記載の化粧料において、前記光応答性界面活性剤を0.01〜10質量%含むことを特徴とする化粧料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−131781(P2012−131781A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−255952(P2011−255952)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】