説明

内燃エンジンの複数のシリンダの各々が発生する瞬間速度を推定する方法

本発明は、エンジン伝達系の終端部の位置での瞬間回転数の計測に基づいて、内燃エンジンの複数のシリンダの各々で発生する瞬間エンジン回転数を実時間で推定する方法に関する。本方法は、クランク軸角度と、複数のシリンダの各々によって発生する瞬間エンジン回転数のフーリエ級数展開の係数とに基づいて、伝達系の動力学を実時間で表す物理モデルを構築するステップと、モデルと適応型非線形推定器とを結合することによって係数を実時間で求めるステップと、それらから複数のシリンダの各々によって発生する瞬間速度を推定するステップとに存する。各シリンダによって発生する平均トルクもそれから推定することができる。本発明はエンジン制御に適用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伝達装置の終端部に位置している瞬間速度検出器からの、内燃エンジンの各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定を目的とした方法に関する。
【0002】
各シリンダの瞬間速度の知識によって、各シリンダによって発生する平均トルクを推定することができる。
【背景技術】
【0003】
各シリンダによって発生する平均トルクの推定は、ガソリンエンジンが備わっているかディーゼルエンジンが備わっているかに関わらず、全ての乗り物で重要である。第1には、平均トルクは、空燃比が1に近いときの混合気の良好な燃焼を左右し、そのため、シリンダごとに差があるという問題を敏感に反映している。第2には、トルクを知ろうとすることによって、最適な動作条件が得られるように再調整が可能になる。特に、NOxトラップを使用している触媒は、時間の経過と共に効力を失う。最適な効力を回復するには、希薄混合気での正常運転状態に戻る前に、各シリンダのトルクを数秒の間、同じに維持しなければならない。そのためDeNOx触媒による汚染物除去には、シリンダ毎のトルクの正確な制御が必要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そのため、瞬間エンジン回転数検出器が伝達系の終端部に配置されている。この計測は、伝達によって大きく歪み、雑音に影響されている。
【0005】
シリンダ内への燃料の質量をより正確に、特に個別に制御するためには、シリンダ毎にトルクの再現が必要である。乗り物の各シリンダの下流にデジタルトルクメータを取り付けることは、その原価を考えれば不可能である。
【0006】
本発明の方法は、各シリンダの下流の瞬間エンジン回転数を推定するために、伝達チェーンの最後に実行される計測に基づいて動作する推定器を定めることを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、複数のシリンダに接続されている少なくとも1つの伝達系と、伝達系の終端部の位置での瞬間エンジン回転数の実時間計測(x1)を実行する検出器とを有する内燃エンジンの各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定を目的とした方法に関する。
【0008】
本方法は以下の段階を有する。
a)計測値(x1)と、各シリンダよって発生する瞬間エンジン回転数のフーリエ級数の係数と、伝達系を特徴付ける減衰と固有振動数とによって伝達系の動力学を実時間で表す物理モデルを構築するステップ
b)物理モデルを適応型非線形推定器に結合することによってフーリエ級数展開の係数を実時間で求めるステップ
c)複数のフーリエ係数から各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定を実行するステップ
各シリンダの平均トルクも係数の推定から実時間で推定することができる。
【0009】
本発明の方法は、各シリンダが発生する平均トルクを調整するように、各シリンダ内に噴射される燃料質量を適応させるエンジン制御へ適用することができる。
【0010】
本発明の方法のその他の特徴と利点とは、添付の図面を参照して、非限定的な例により説明する実施形態の以降の説明を読むことで明らかになろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の方法によって、複数のシリンダに接続されている少なくとも1つの伝達系を有している内燃エンジンの各シリンダが発生する瞬間エンジン回転数を推定することができる。この伝達系の終端部の位置で、検出器が瞬間エンジン回転数の実時間計測を実施する。この信号をx1で表す。複数のシリンダの下流での駆動軸によって歪んでいる瞬間エンジン回転数の計測がこのように実行される。したがって、本発明の第1段階は、関連情報、つまり各シリンダで発生する瞬間エンジン回転数を得るために伝達による影響を「元に戻す」ことにある。この関連情報は、x0で表される周期信号である。
【0012】
本方法は、以下の4つの段階を主に有する。
1−伝達系の動力学を実時間で表す、角度尺度における(つまり、クランク軸角度に依存し時間には依存しない)物理モデルを構築する。
2−各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数を、そのフーリエ展開の係数などの複数の準時間不変パラメータによって特徴付ける。
3−物理モデルを適応型非線形推定器に結合する。
4−適応型非線形推定器に基づいて各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定を実行する
1−伝達系の動力学の物理モデル
0、つまり複数のシリンダの下流での瞬間エンジン回転数を推定するために、伝達系動力学の物理モデルを最初に定義する。そのため、この系は、2つのパラメータからなる2次系のように振る舞うとみなす。
:回転座標系内での伝達の固有振動数
:伝達の減衰
したがって、角度の尺度で考えると、駆動軸の動力学は次のように記述される。
【0013】
【数1】

【0014】
ここで、
1:伝達連鎖の終端部の位置での瞬間エンジン回転数:計測値
0:複数のシリンダの下流での瞬間エンジン回転数:未知
:回転座標系内での伝達系の固有振動数
:伝達系の減衰
α:伝達系のクランク軸角度
以下のように置くことで変数を変更することができる。
【0015】
【数2】

【0016】
(1)
複数のシリンダの下流での瞬間エンジン回転数x0は周期的であり、そのためw0も周期的である。そのため、動力学は以下の形式に書き換えることができる。
【0017】
【数3】

【0018】
(2)
ここで、
【0019】
【数4】

【0020】
C=[1 0]
この式(2)は、伝達系の動力学を実時間で表す物理モデルである。信号w0の推定によって、式(1)から信号x0を決定することができる。
2−準時間不変パラメータによる信号x0の特徴付け
この物理モデルと計測値y(x1に等しい)とから、信号x0つまり各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の推定を試みる。この実時間推定を実行するために、本発明の方法は、複数の準時間不変パラメータによってこの信号x0を特徴付ける。言い換えると、信号x0を所与の時刻において一定である複数のパラメータによって定める。そのため、信号x0が機械的に周期的であるという事実を利用する。したがって、非常に変化しやすい信号x0を推定する代わりに、この信号の複数のフーリエ係数を推定することができる。信号x0の周期的な特性と合わせて信号x0を記述することのできる任意のパラメータを使用することも可能である。
【0021】
わかりやすいように、複素数に展開した信号x0のフーリエ係数展開を以下のように記述する。
【0022】
【数5】

【0023】
(3)
jは、信号x0を展開した2n+1個のフーリエ係数を表している。
【0024】
したがって、複数の時間不変パラメータdjによって瞬間エンジン回転数x0を表している信号を定めている。
【0025】
複数のパラメータdjを推定するには、変数の変更w0を再度使用し、系(2)によって記述される物理モデルを使用することができる。信号w0も機械的に周期的であり、わかりやすいように複数の複素数に展開したそのフーリエ係数展開は以下のように記述される。
【0026】
【数6】

【0027】
jは2n+1個のフーリエ係数を表している。
【0028】
したがって、これらの係数cjの推定によって、信号x0のフーリエ係数展開と、そのためx0自体の推定が可能になる。
【0029】
そこで、有限個の高調波([−n;+n])だけを使用すると、実時間で伝達系を表す物理モデルは、以下のように記述することができる。
【0030】
【数7】

【0031】
(4)
3−適応型非線形推定器との結合
系(4)によって記述されている物理モデルから、一方では動力学に関連している項と、他方では補正項とを有している適応型非線形推定器を定める。
【0032】
【数8】

【0033】
(5)
ここで、
:xの推定器
:cjの推定器
L:校正される行列
j:校正される複数の行列
推定器を集束させる複数の行列LとLjの選択は次のようになる。
【0034】
【数9】

【0035】
および
式(5)の系は、信号w0のフーリエ係数展開の係数cjを推定することができる適応型非線形推定器を表している。
【0036】
この推定器(5)は変数をw0に変更することに基づいて構築されているが、適応型非線形推定器をx0から直接同じように構築できることは明らかである。
4−各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定
次に、係数cjの推定値から、各シリンダによって発生するエンジンの瞬間エンジン回転数x0を推定する。
【0037】
推定器(5)によって、複数のフーリエ係数cjによってw0を再現することができる。目標は、x0を再現することである。式(1)で与えられるw0によって、係数djは係数cjの関数として表される。
【0038】
【数10】

【0039】
(6)
したがって、式(3)と(6)とによって各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の表現が得られ、式(6)によってそのフーリエ展開の係数が得られる。
各シリンダによって発生する平均トルクの推定
本発明によれば、各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数(x0)から、より正確には、瞬間エンジン回転数(x0)の係数djへのフーリエ展開の推定から、各シリンダによって発生する平均トルクの推定値を得ることができる。
【0040】
各シリンダによって発生する平均トルクの知識は、燃焼の推定の基本的で関連する情報であり、エンジン内で行われる燃焼を象徴している。
【0041】
前述の推定器(5)によって、複数のシリンダの下流でエンジン回転数の信号に加えてそのフーリエ展開を推定することができる。ここで、トルクが高くなるにつれて、軸上の励振も高くなる。したがって、シリンダによって発生するトルクと瞬間エンジン回転数信号(x0)の展開の複数のフーリエ係数とを関連づけることができる。
【0042】
したがって、一般に、係数djからMIP(平均指示圧)、または同様にして、平均トルクを求めることができる関数φを同定することができる。
【0043】
【数11】

【0044】
この関数φは多項式関数である。関数φは試験から経験的に求めることができる。たとえば、以下の関数φを選択することができる。
【0045】
【数12】

【0046】
(7)
ここで、φ0は、エンジンテストベンチでの計測値との相関によって、使用されるエンジン回転数に従って校正される定数である。この校正は、複数の推定値ができるだけ複数のエンジンパラメータ(エンジン校正を可能にする、製造者から提供された複数のパラメータ)に近くなるようにφ0を調整することに存する線形最適化から得られた表に基づいて実施することができる。
結果
図1は中間負荷での1250rpmの動作点における、本発明の前述の推定器(5)に基づく複数のシリンダの下流の瞬間エンジン回転数x0の推定値(Rest)の図である。図1は、(エンジンテストベンチ上でのシリンダ圧力の複数の計測値から計算された)参照瞬間回転速度Rrefも示している。非常に良好な信号推定が見られる。
【0047】
図2は、本発明の推定器(5)と式(7)によって定められる関数φに基づく1500rpmの動作点における本発明の方法によるシリンダごとのトルクの推定値(PMIest)の図である。図2は、(エンジンテストベンチ上でのシリンダ圧力の複数の計測値から計算された)参照平均トルク(PMIref)も示している。非常に良好な信号推定が見られる。
【0048】
したがって、得られた適応フィルタは効果的で、特に、動作点が変化しても追加の調整は必要ない。同定段階は必要なく、計測ノイズとモデルの調整だけを1度実行すればよい。
【0049】
したがって、エンジン制御では、すべてのシリンダでトルクのバランスが取れるように、再現された複数のトルクから各シリンダ内に噴射する燃料の質量を調整することができる。
【0050】
各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の推定とシリンダ毎の平均トルクの推定とには多くの利点がある。
【0051】
−排出物質の低減
−運転のしやすさ(伝達されるトルクの調整)の改善
−燃費の低減
−燃料噴射装置の診断(噴射ノズルのドリフトの検出や噴射装置の故障の検出)
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】中間負荷での1250rpmの動作点における本発明の方法による複数のシリンダの下流での瞬間エンジン回転数の推定値を示すグラフである。
【図2】1500rpmの動作点における本発明の方法によるシリンダごとの平均トルクの推定値を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のシリンダに接続されている少なくとも1つの伝達系と、前記伝達系の終端部の位置での瞬間エンジン回転数(x1)の実時間計測を実行する検出器とを有する内燃エンジンの各シリンダによって発生する瞬間エンジン回転数の実時間推定を目的とした方法であって、
a)クランク軸角度と、前記計測値(x1)と、前記各シリンダによって発生する前記瞬間エンジン回転数のフーリエ級数展開の係数と、前記伝達系を特徴付ける減衰と固有振動数とによって前記伝達系の動力学を実時間で表す物理モデルを構築するステップと、
b)前記物理モデルを適応型非線形推定器に結合することによって前記フーリエ級数展開の前記係数を実時間で求めるステップと、
c)前記複数のフーリエ係数から前記各シリンダによって発生する前記瞬間エンジン回転数の実時間推定を実行するステップと、
を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記各シリンダの平均トルクは前記係数の前記推定から実時間で推定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記各シリンダが発生する平均トルクを調整するように、各シリンダ内に噴射される燃料質量を適応させる、請求項1または2に記載の方法を適用したエンジン制御方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2009−509089(P2009−509089A)
【公表日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−531731(P2008−531731)
【出願日】平成18年9月18日(2006.9.18)
【国際出願番号】PCT/FR2006/002127
【国際公開番号】WO2007/034057
【国際公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(591007826)イエフペ (261)
【Fターム(参考)】