説明

内燃機関の制御装置

【課題】車両の運転条件によらず最適なEGR量の制御を実現する。
【解決手段】EGR通路(301)及び該EGR通路に設けられEGR量を調整可能なEGR弁(303)を有するEGR装置(300)を備えた内燃機関(200)を制御する装置(100)は、現在から未来にかけての所定期間における、前記EGRガスの挙動に影響を与える前記内燃機関の状態量を予測する予測手段と、前記EGR量の現実的制約を規定する前記EGR量の実ダイナミクスを近似値が該実ダイナミクスを超えないように近似してなる近似ダイナミクスに基づいて、前記所定期間における前記EGR量の制約を設定する設定手段と、前記設定された制約の範囲内で前記予測された状態量に応じて前記EGR量の目標値を決定する決定手段と、該決定された目標値が得られるように前記EGR弁を制御する制御手段とを具備することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EGR(Exhaust Gas Recirculation:排気再循環)装置を備えた内燃機関を制御する内燃機関の制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、モデル予測制御により排気還流量(言い換えればEGR量)を制御するものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に開示された内燃機関の制御装置によれば、排気還流弁開度を適切に制御する目的から、推定還流ガス分圧Pirestが目標値Pirrefに一致するようにモデル予測制御を用いてEGR弁6の開度が制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−113563号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のモデル予測制御を含む各種モデル予測制御においては、演算負荷の軽減を目的として、EGR量の現実的制約を規定する実ダイナミクスを近似して用いる場合が多い。特に、当該実ダイナミクスが非線形部分を含む場合には、この非線形部分を線形に近似することにより演算負荷が大きく緩和され得る。
【0006】
ここで、従来、実ダイナミクスを近似するにあたっての近似後のダイナミクス(以下、適宜「近似ダイナミクス」とする)と実ダイナミクスとの関係性については、より高精度な近似(即ち、高い幾何学的同一性を有する近似を意味する)を求める観点では多々論じられるところである。
【0007】
ところで、単に近似の精度のみを追及した場合、近似ダイナミクスを形成する各近似値と実ダイナミクスにおける対応値との大小関係は、必ずしも一義的とはならない。即ち、近似ダイナミクス上の近似値は、場合により実ダイナミクスを超える場合も当然ながら発生する。近似値が実ダイナミクスを超えるということは、演算負荷の軽減を目的とした仮想的な制約が、現実的な制約よりも緩くなることを意味する。
【0008】
ここで特に、仮想的な制約が現実的な制約よりも緩い場合、実際には実現不可能なEGR量が制御目標として許可されることになるため、内燃機関の燃焼状態が悪化する可能性がある。とりわけ、EGR量が現実的な制約の一つとしての失火限界を超えてしまう場合、内燃機関が失火する可能性がある。即ち、上述した特許文献1に係る装置を含む従来の装置には、車両の運転条件によってはEGR量を最適に維持することが困難になるという技術的問題点がある。
【0009】
本発明は係る技術的問題点に鑑みてなされたものであり、車両の運転条件によらず最適なEGR量の制御を可能とする内燃機関の制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決するため、本発明に係る内燃機関の制御装置は、排気の一部をEGRガスとして還流させるためのEGR通路及び該EGR通路に設けられ前記EGRガスの流量たるEGR量を調整可能なEGR弁を有するEGR装置を備えた内燃機関を制御する、内燃機関の制御装置であって、現在から未来にかけての所定期間における、前記EGRガスの挙動に影響を与える前記内燃機関の状態量を予測する予測手段と、前記EGR量の現実的制約を規定する前記EGR量の実ダイナミクスを近似値が該実ダイナミクスを超えないように近似してなる近似ダイナミクスに基づいて、前記所定期間における前記EGR量の制約を設定する設定手段と、前記設定された制約の範囲内で前記予測された状態量に応じて前記EGR量の目標値を決定する決定手段と、該決定された目標値が得られるように前記EGR弁を制御する制御手段とを具備することを特徴とする(請求項1)。
【0011】
本発明に係る内燃機関の制御装置は、EGR装置を少なくとも備え、例えば気筒数、気筒配列、吸排気系の構成、過給器の有無、燃料種別、燃料噴射系の構成及び動弁系の構成等、実践的態様に関係なく燃料の燃焼に伴う熱エネルギを運動エネルギに変換可能な機関を包括する概念としての内燃機関に適用することができる。本発明に係る内燃機関の制御装置は、好適な一形態として、例えば、一又は複数のCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、各種プロセッサ又は各種コントローラ等を備えた、単体或いは複数のECU(Electronic Controlled Unit)やコンピュータシステム等の形態を採り得る。また、これらには適宜ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、バッファメモリ又はフラッシュメモリ等の各種記憶手段等が付帯し得る。尚、本発明に係る内燃機関の制御装置は、内燃機関の各部(動弁系、点火系或いは冷却系等)を制御するコンピュータ装置の一部として構成されていてもよい。
【0012】
本発明に係る内燃機関の制御装置によれば、予測手段により、現在から未来にかけての所定期間、即ち近未来的な意味合いとしての将来における、内燃機関の状態量が予測される。その一方で、設定手段により、この所定期間におけるEGR量の制約が設定される。尚、制約が設定される所定期間と、状態量が予測される所定期間とは、完全に一致しておらずともよく、例えば一方が他方を含む形であってもよい。
【0013】
予測手段により予測される内燃機関の状態量とは、EGRガスの挙動に影響を与える状態量(概念として「EGRガスの挙動に影響を与えるものとして設定された状態量」を含む趣旨である)であって、例えば、吸入空気量、新気流量(シリンダに吸入される新気の量)、吸気量(新気流量+EGR量)、吸気圧(EGR弁下流圧と実質的に等しい)、排気圧(EGR弁上流圧と実質的に等しい)排気温、EGR弁開度(或いは、EGR弁を挟む上下流の連通断面積)、EGR率及びEGR量等(無論、これらの一部であってよい)を意味する。
【0014】
設定手段により設定される「EGR量の制約」とは、EGR量の制御上の限界を意味する。ここで、EGRガスによりもたらされる利益(例えば、排気温の低下によるNOxの低減)を可及的に享受せしめんとした場合、この制約(制御上の限界)は、理想的には、内燃機関(EGR装置を含む)における現実的制約(即ち、物理的、機械的な限界或いは現実的な限界)と一致しているのが望ましい。
【0015】
然るに、通常、このような現実的制約のダイナミクス(概念的には、パラメータ(例えば、EGR弁開度)に依存しない、ある軸要素(例えば、EGR弁上下流の圧力比)に対する定量化されたEGR量の挙動として定義され得る)は必ずしも線形ダイナミクスでなく、一般的には、軸要素の大部分に対して非線形ダイナミクスである。このような非線形ダイナミクスである現実的制約は、EGR量或いはEGR弁開度の制御量演算に用いられた場合に、演算負荷を増大させる要因となる。係る点に鑑み、本発明に係る内燃機関の制御装置は、設定手段が、この現実的制約を規定する実ダイナミクスを近似してなる近似ダイナミクスに基づいてEGR量の制約を設定する構成となっている。
【0016】
尚、この際、近似ダイナミクスは、予め与えられていてもよいし、予め実験的に得られた実ダイナミクスに基づいて適宜取得されるものであってもよい。また、近似の実践的態様は、演算負荷を幾らかなり低減し得る限りにおいて自由であり、概念上は、例えば実ダイナミクスがX(X>3)区分の線形ダイナミクスである場合において実ダイナミクスをY(Y<X)区分で線形近似する等といった場合も含まれる。但し、好適には、非線形ダイナミクスとしての実ダイナミクスを多区分で線形近似する態様を意味する。
【0017】
ところで、実ダイナミクスを近似して近似ダイナミクスを生成する過程において、近似精度は重要な要素の一である。然るに、近似精度のみを追及して近似値に対して何らの制約も存在しない場合、近似値は実ダイナミクス上の該当値に対して大きくも小さくもなる。ところが、近似ダイナミクスが例え一部にせよ実ダイナミクスを超える場合、実ダイナミクスを超えた近似値によって表される制約は、現実的な制約を越えた制約、即ち実現不可能な制約となる。尚、「実現不可能」の意味するところは多義的であって、例えば、EGR弁の物理的限界を超えた開度が許容される、EGR弁の物理的限界を超えた動作速度が許容される、或いは、内燃機関の失火限界を超えたEGR量が許容される等、各種の態様が含まれる。
【0018】
本発明に係る近似ダイナミクスは、係る点に鑑み、近似値が実ダイナミクスを超えないように実ダイナミクスを近似したものとして定義される。即ち、近似ダイナミクスに基づいて設定手段により設定されるEGR流量の制約は、実ダイナミクスよりも安全側にシフトした制約となる。従って、決定手段がこの設定された制約の範囲内でEGRガスの目標流量を決定する限りにおいて、当該目標流量がEGR量の現実的制約に違反することは決してない。
【0019】
その結果、制御手段がこの決定された目標流量が得られるようにEGR弁を制御した場合において、内燃機関に燃焼の悪化、極端には失火が生じる可能性はなくなり、内燃機関を搭載する車両の運転条件によらず、EGR量を常時最適値に制御することが可能となるのである。
【0020】
本発明に係る内燃機関の制御装置の一の態様では、前記予測手段は、前記状態量として、前記内燃機関における新気流量、吸気圧、排気圧及び排気温を予測する(請求項2)。
【0021】
新気流量、吸気圧、排気圧及び排気温は、EGR量と高い相関を有する要素であるから、本発明に係る状態量として適当である。尚、予測手段が状態量を予測するにあたっての実践的態様は特に限定されないが、例えば、各予測対象に適合するセンサ等の検出手段から現時点の値を取得すると共に、予め実験的に、経験的に又は理論的に与えられた演算式や物理式に基づいた予測演算処理を行ってもよい。或いは、予め実験的に、経験的に又は理論的に、将来の状態量と現在の状態量とが対応付けられ、制御マップ等として然るべき記憶手段に格納されていてもよい。
【0022】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記近似ダイナミクスは、非線形ダイナミクスである前記実ダイナミクスを線形に近似してなる線形ダイナミクスである(請求項3)。
【0023】
実ダイナミクスが非線形ダイナミクスであり、これを線形近似することにより近似ダイナミクスが得られている場合には、近似による演算負荷軽減に係る実践上の利益が大である。
【0024】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記実ダイナミクスは、前記EGR通路における前記EGR弁の上下流の圧力比に対する挙動を規定するダイナミクスである(請求項4)。
【0025】
EGR弁の上下流(尚、「上流」及び「下流」とは、対象ガスのガス流を基準に規定される方向概念であり、EGR弁に対して適用された場合には即ち、排気側が上流であり、吸気側が下流である)の圧力差は、EGR量を規定する要素として極めて妥当であるから、実ダイナミクスが有意義なものとなる。必然的に近似ダイナミクスも有意義なものとなる。
【0026】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、予め与えられた前記実ダイナミクスを所定の基準に基づいて近似することにより前記近似ダイナミクスを取得する取得手段を更に具備し、前記設定手段は、前記取得された近似ダイナミクスに基づいて前記制約を設定する(請求項5)。
【0027】
この態様によれば、予め実験的に、経験的に又は理論的に得られた実ダイナミクスが、取得手段によりその都度適宜近似処理され近似ダイナミクスとして取得される。従って、近似の区分をその都度適宜増減させて近似精度を状況により変化させる等といった措置を講じることも可能となり、実践上有益である。
【0028】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記設定手段は、前記EGR量の制約として、前記EGR弁の開度の制約に起因する制約、前記EGR弁の開度変化率の制約に起因する制約及び前記内燃機関の失火限界の制約に起因する制約を設定する(請求項6)。
【0029】
この態様によれば、設定手段が、EGR量の制約として、EGR弁の開度の制約に起因する制約、EGR弁の開度変化率(開閉速度と実質的に同義である)の制約に起因する制約及び内燃機関の失火限界の制約に起因する制約を設定する。これらは、決定手段がEGRガスの目標流量を決定するにあたって参照する制約として妥当且つ有意義であり、EGRガスの最適な目標流量を決定するにあたっての貢献が大である。
【0030】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記所定期間は、前記EGRガスが前記EGR弁から前記内燃機関のシリンダに到達するのに要する時間が経過した時点にかけての時間領域を含む(請求項7)。
【0031】
本発明に係る所定期間の概念は、数値的な限定を必ずしも要さない定性的概念であるが、EGRガスがEGR弁を通過した時点からこのEGRガスがシリンダに取り込まれる時点までの時間領域は、EGR量を最適値に制御する本発明に係る目的に鑑みて、極めて合理的であり且つ過不足ない期間を規定し得る。即ち、実践上有益である。
【0032】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施形態に係るエンジンシステムの構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【図2】図1のエンジンシステムにおいてECUが実行するEGR制御処理のフローチャートである。
【図3】図2のEGR制御処理のサブルーチンである制約設定処理のフローチャートである。
【図4】圧力比PRに対するEGR量Megrのダイナミクスを表す図である。
【図5】第1の制約の概念図である。
【図6】第2の制約の概念図である。
【図7】第1の制約の作用を説明する図である。
【図8】第2の制約の作用を説明する図である。
【図9】実施形態の効果に係り、緩減速時のEGRガスの挙動を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
<発明の実施形態>
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0035】
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照し、本発明の一実施形態に係るエンジンシステム10の構成について説明する。ここに、図1は、エンジンシステム10の構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【0036】
図1において、エンジンシステム10は、図示せぬ車両に搭載され、ECU100及びエンジン200を備える。
【0037】
ECU100は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM等を備え、エンジンシステム10の動作を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「内燃機関の制御装置」の一例である。ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述するEGR制御処理を実行可能に構成されている。
【0038】
尚、ECU100は、本発明に係る「予測手段」、「設定手段」、「決定手段」、「制御手段」及び「取得手段」の夫々一例として機能し得る一体の電子制御ユニットであるが、本発明に係るこれら各手段の物理的、機械的及び電気的な構成はこれに限定されるものではなく、これら各手段は、例えば複数のECU、各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されていてもよい。
【0039】
エンジン200は、本発明に係る「内燃機関」の一例たるガソリンエンジンである。
【0040】
エンジン200は、シリンダブロック201Aに収容されたシリンダ201B内において、燃焼室に点火プラグ(符号省略)の一部が露出してなる点火装置202による点火動作を介して燃料たるガソリンと空気との混合気を燃焼せしめると共に、係る燃焼に伴う爆発力に応じて生じるピストン203の往復運動を、コネクティングロッド204を介してクランクシャフト205の回転運動に変換可能に構成された機関である。クランクシャフト205近傍には、クランクシャフト205の回転位置(即ち、クランク角)を検出するクランクポジションセンサ206が設置されている。このクランクポジションセンサ206は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたエンジン200のクランク角は、一定又は不定の周期でECU100に参照される構成となっている。
【0041】
尚、エンジン200は、紙面と垂直な方向に複数のシリンダ201Bが配列した多気筒エンジンであるが、個々のシリンダ201Bの構成は相互いに等しいため、図2においては一のシリンダ201Bについてのみ説明を行うこととする。また、このような構成は、本発明に係る「内燃機関」が採り得る一例に過ぎない。
【0042】
エンジン200において、外部から吸入された空気は吸気管207を通過し、吸気ポート209において、吸気ポートインジェクタ211から噴射されたポート噴射燃料Fpiと混合されて前述の混合気となる。燃料は、図示せぬ燃料タンクに貯留されており、図示せぬフィードポンプの作用により、図示せぬデリバリパイプを介して吸気ポートインジェクタ211に圧送供給されている。
【0043】
シリンダ201Bと吸気ポート209とは、吸気バルブ210の開閉によってその連通状態が制御される。シリンダ201Bで燃焼した混合気は排気となり吸気バルブ210の開閉に連動して開閉する排気バルブ212の開弁時に排気ポート213を介して排気管214に導かれる。
【0044】
一方、吸気管207における、吸気ポート209の上流側には、図示せぬクリーナを経て導かれた吸入空気に係る吸入空気量を調節するスロットルバルブ208が配設されている。このスロットルバルブ208は、ECU100と電気的に接続された、不図示のスロットルバルブモータによってその駆動状態が制御される構成となっている。尚、ECU100は、基本的には不図示のアクセルポジションセンサにより検出されるアクセル開度Taに応じたスロットル開度が得られるようにスロットルバルブモータを駆動制御するが、スロットルバルブモータの動作制御を介してドライバの意思を介在させることなくスロットル開度を調整することもまた可能である。即ち、スロットルバルブ208は、一種の電子制御式スロットルバルブとして構成されている。
【0045】
排気管214には、エンジン200の排気空燃比AFを検出可能に構成された空燃比センサ215が設置されている。また、シリンダ201Bを収容するシリンダブロック201Aを取り囲むように張り巡らされたウォータジャケットには、エンジン200を冷却するために循環供給される冷却水(LLC)に係る冷却水温Twを検出するための冷却水温センサ216が配設されている。また、吸気ポート209には、スロットルバルブ208通過後の吸気の圧力たる吸気圧Piを検出するための吸気圧センサ217が配設されている。また、排気ポート213には、排気の温度たる排気温Toを検出するための排気温センサ218が配設されている。更に、排気ポート213には、排気の圧力たる排気圧Poを検出するための排気圧センサ219が配設されている。空燃比センサ215、水温センサ216、吸気圧センサ217、排気温センサ218及び排気圧センサ219は、夫々ECU100と電気的に接続されており、各々検出された空燃比AF、冷却水温Tw、吸気圧Pi、排気温To及び排気圧Poは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0046】
エンジン200は、排気の一部をEGRガスとして吸気系に還流させるためのEGR装置300を備える。
【0047】
EGR装置300は、EGR通路301、EGRクーラ302及びEGR弁303を備えた、本発明に係る「EGR装置」の一例である。
【0048】
EGR通路301は、一方の端部が排気ポート213に連結され、他方の端部が吸気ポート209に連結される金属製の管状部材である。排気ポート213と吸気ポート209とは、後述するEGR弁303の開弁時に、このEGR通路217を介して適宜連通する構成となっている。
【0049】
EGRクーラ302は、排気直後の比較的高温のEGRガスを冷却水との間の熱交換により冷却する水冷型冷却装置である。
【0050】
EGR弁303は、EGR通路301を介した排気ポート213と吸気ポート209との連通面積を連続的に変化させることが可能な、本発明に係る「EGR弁」の一例たる電磁開閉弁装置である。EGR弁303を駆動する不図示の駆動装置(例えば、ソレノイド)は、ECU100と電気的に接続されており、EGR弁303の開度であるEGR弁開度Aegrは、ECU100により制御可能となっている。尚、「開度」とは、開弁の度合いを意味しており、EGR弁開度Aegrは、Aegr=0(%)が全閉(又は全開)に、Aegr=100(%)が全開(又は全閉)に、夫々対応している。いずれにせよ、EGR弁303を挟んだ上流側(排気ポート213側)と下流側(吸気ポート209側)との連通断面積Segrは、このEGR弁開度Aegrと一対一に対応している。
【0051】
尚、上述した吸気圧Piは、このEGR弁303の下流側(吸気ポート209側)の圧力たるEGR弁下流圧Pdnと等しく、上述した排気圧Poは、EGR弁303の上流側(排気ポート213側)の圧力たるEGR弁上流圧Pupと等しい。EGRガスの流量であるEGR量Megrは、このEGR弁上流圧PupとEGR弁下流圧Pdnとの比である圧力比PRと、上述した連通断面積Segrとに応じて変化する。尚、圧力比PR及び連通断面積Segrに対するEGR量Megrの挙動については後述する。
【0052】
<実施形態の動作>
<EGR制御処理の詳細>
これ以降、本実施形態の動作として、ECU100により実行されるEGR制御処理の詳細について説明する。
【0053】
始めに、図2を参照し、EGR制御処理の制御フローについて説明する。ここに、図2は、EGR制御処理のフローチャートである。
【0054】
図2において、ECU100は、所定の予測期間における、予めEGRガスの挙動に影響を与えるものとして設定されたエンジン200の各種状態量X(i)を予測する(ステップS110)。ステップS110は、本発明に係る「予測手段」の動作の一例である。
【0055】
ここで、ステップS110における「予測期間」とは、本発明に係る「所定期間」の一例であって、現時点から、EGRガスがEGR弁303からシリンダ201Bに到達すると予想される時点までの期間であり、具体的には、現時点から概ね20〜100msec程度未来の期間である。ECU100は、この予測期間をn区間に等分し、当該区間の境界に相当する時刻i(i=0,1,・・・,n)における状態量X(i)を事前に予測する。尚、i=0に相当する時刻は、現在時刻を意味する。
【0056】
ECU100は、状態量X(i)として、以下の状態量を予測する構成となっている。
【0057】
新気流量Ma(i)
基本目標EGR量Megrtagb(i)
吸気圧Pi(i)(EGR弁下流圧Pdn(i)と同義)
排気圧Po(i)(EGR弁上流圧Pup(i)と同義)
目標EGR率Regrtag(i)
新気流量Ma(i)は、吸気管207及びスロットルバルブ208を介して吸気ポート209に導かれる空気を意味する。
【0058】
新気流量Ma(i)は、例えば、吸気管207に設置されたエアフローメータにより検出される吸入空気量Ga、その時点におけるスロットルバルブ208の開度thr及び機関回転速度NEにより求まる現時点での新気流量Ma(0)と、予め与えられた、予測期間における新気流量Maの時間推移を規定する予測演算式に基づいて予測される。
【0059】
尚、スロットルバルブ208は先に述べたようにECU100により駆動制御されるから、スロットル開度thrの時間推移は予測期間程度の時間オーダであれば高精度に予測可能である。また、機関回転速度NEの時間推移も同様に予測可能である。従って、ECU100は、これらを用いて適宜新気流量Ma(i)を予測してもよい。或いは予め現時点の新気流量Ma(0)と各種エンジン運転条件をパラメータとして予測期間における新気流量Ma(i)がマップ化され、然るべき記憶手段に格納されている場合には、ECU100は係る記憶手段から適宜該当値を選択して新気流量Ma(i)を予測してもよい。
【0060】
基本目標EGR量Megrtag(i)とは、新気流量Maと目標EGR率Regrとから求まる理想的な目標EGR量Megrを意味する。基本目標EGR量Megrtag(i)は、例えば、Megrtag(i)=Ma(i)*Regr(i)/(1−Regr(i))として求められてもよい。尚、目標EGR率Regrtag(i)は、一の予測期間について一律であるとする。
【0061】
吸気圧Pi(i)(EGR弁下流圧Pdn(i))及び排気圧Po(i)(EGR弁上流圧Pup(i))の時間推移もまた、新気流量Ma(i)と同様に、予測演算式やマップの利用等により予測可能である。このような近未来的な状態量の予測手法については、既に各種の手法が公知でありまた適用可能であるため、ここではその詳細を省略することとする。
【0062】
状態量X(i)の予測が終了すると、ECU100は、制約設定処理を実行する(ステップS120)。ステップS120は、本発明に係る「設定手段」の動作の一例である。
【0063】
ここで、図3を参照し、制約設定処理の詳細について説明する。ここに、図3は、制約設定処理のフローチャートである。
【0064】
図3において、ECU100は、圧力比PR(i)及び線形近似ダイナミクスφlin(i)を算出する(ステップS121)。
【0065】
本実施形態において、圧力比PR(i)は、下記(1)式により表される。下記(1)式より明らかな通り、圧力比PRは、EGR弁上流圧Pup(排気圧Po)に対するEGR弁下流圧Pdn(吸気圧Pi)の比であり、EGR弁上流圧PupがEGR弁下流圧Pdnよりも大きい程小さくなる。
【0066】
【数1】

一方、線形近似ダイナミクスφlin(i)は、下記(2)式により求められる。
【0067】
【数2】

ここで、図4を参照し、線形近似ダイナミクスφlinの詳細について説明する。ここに、図4は、圧力比PRに対するEGR量Megrのダイナミクスを表す図である。
【0068】
図4において、縦軸にはEGR量Megrのダイナミクスが、横軸には圧力比PRが夫々表されている。尚、EGR量Megrのダイナミクスとは、EGR弁開度Aegrに依存しないEGR量Megrの定性的挙動を定量化した値を意味する。
【0069】
図示φnonlin(実線)は、EGR量Megrの実ダイナミクスであり、図示の通り非線形ダイナミクスである。この実ダイナミクスφnonlinは、予め実験的に得られており、ROMに格納されている。尚、EGRガスは、基本的にEGR弁上流圧PupがEGR弁下流圧Pdnよりも大きくなければ吸気系に還流されない。従って、両者が等しくなり圧力比PR=1に到達した時点で、EGR量Megr=0となる。即ち、実質的に、圧力比PRの最大値は1である。
【0070】
線形近似ダイナミクスφlin(破線)は、この実ダイナミクスφnonlinをm(m≧2)区間で線形近似したものであり、本発明に係る「近似ダイナミクス」の一例である。図示の通り、線形近似ダイナミクスφlinでは、圧力比PRがc以下の領域では値b1で一定であり、圧力比PRがcよりも大きい領域では圧力比PRに対し単調減少関数となる。この線形近似ダイナミクスφlinによれば、本来非線形ダイナミクスである実ダイナミクスφnonlinが極めて単純化されるため、後述するようにEGR量Megrの制約を設定するにあたって、ECU100の演算負荷が極めて低減される。尚、ここでは2区間の線形近似が例示されるが、無論これは説明を分かり易くするための例示であって、実際にはより多区間で線形近似されてもよい。尚、実ダイナミクスφnonlinを線形近似して線形近似ダイナミクスφlin(i)を取得するプロセスは、本発明に係る「取得手段」の動作の一例である。
【0071】
ここで、実ダイナミクスφnonlinを線形近似するにあたり、ECU100は、近似値が実ダイナミクスφnonlinを超えることがないように近似する。視覚的には、線形近似ダイナミクスφlin(破線)は、必ず実ダイナミクスφnonlin(実線)の内側(座標軸側)で設定される。このことの効果については後述する。
【0072】
図3に戻り、ECU100は、圧力比PR(i)及びφlin(i)(尚、φlin(i)とは、圧力比PR(i)に対応する線形近似ダイナミクス上の近似値を意味する)を算出すると、ECU100は、EGR量Megrの制約を設定する(ステップS122)。EGR量Megrの制約とは、EGR装置300を含むエンジン200の各種制約に起因して発生するEGR量Megrの制御上の制約を意味し、本実施形態では、EGR弁開度Aegrに起因する第1の制約と、EGR弁303の開閉速度に起因する第2の制約と、エンジン200の失火限界に起因する第3の制約との三種類の制約が設定される。
【0073】
尚、第1の制約について、EGR弁開度Aegrは、EGR弁303の開弁の度合いを数値化した便宜的指標に過ぎず、実際のEGR量Megrは、EGR弁開度Aegrと一対一に対応する連通断面積Segrに依存する。従って、これ以降の説明においては、EGR弁開度Aegrを適宜この連通断面積Segrに置き換えて説明することとする。また、第2の制約についても第1の制約と同様の理由から、EGR弁303の開閉速度を連通断面積Segrの変化速度に適宜置き換えることとする。
【0074】
EGR量Megrの制約を設定する前提として、EGR量Megr(i)は下記(3)式により、EGRガス流量変化率dMegr(i)は下記(4)式により夫々表すことができる。
【0075】
【数3】

【0076】
【数4】

<第1の制約>
第1の制約は、EGR弁開度Aegr(連通断面積Segr)の制約であり、即ち、EGR弁303の開度に物理的限界があることに起因する制約である。制約条件は下記(5)式により表される。式中のSegrmaxは、連通断面積Segrの最大値であり、即ち、EGR弁開度Aegr=100における連通断面積Segrを意味する。
【0077】
【数5】

ここで、ECU100は、上記(5)式により表される第1の制約に係る制約条件を、下記(6)、(7)及び(8)式の如く、EGR量Megrの制約に変換する。式中のTupは、EGR弁上流温度であり、即ち、排気温センサ218により検出される排気温Toと同義である。尚、(7)式は圧力比PR(i)がc以下となる場合に適用され、(8)式は圧力比PR(i)がcより大きく且つ1以下である場合に適用されることは言うまでもない。
【0078】
【数6】

【0079】
【数7】

【0080】
【数8】

ここで、図5を参照し、第1の制約について視覚的に説明する。ここに、図5は、第1の制約の概念図である。
【0081】
図5において、縦軸にはEGR量Megrが表され、横軸には圧力比PRが表される。
【0082】
図示Lmegrr_max(実線)は、EGR弁開度Aegrが最大である場合のEGR量Megrの実ダイナミクスである。このLmegrr_max以下の領域は、EGR弁開度Aegrとして実現することの出来る領域である。
【0083】
一方、先述したように、本実施形態では、EGR量Megrの実ダイナミクスが、近似値がこの実ダイナミクスを超えないように線形に近似される。このため、この線形近似ダイナミクスφlinに基づいて設定される制御上の制約(第1の制約)は、図示Lmegra_max(破線)により規定される。即ち、図示Lmegra_maxを超えた領域(図示ハッチング領域)は、制御上の制約に違反した制約違反領域AOCV1となる。
【0084】
<第2の制約>
第2の制約は、EGR弁303の開閉速度(連通断面積Segrの変化率)の制約であり、即ち、EGR弁303の開閉速度に物理的限界があることに起因する制約である。制約条件は下記(9)及び(10)式により表される。式中のSopenmaxは、連通断面積Segrが増加する場合(即ち、EGR弁303が開弁する場合)における連通断面積Segrの時間変化率の最大値であり、式中のSclosemaxは、連通断面積Segrが減少する場合(即ち、EGR弁303が閉弁する場合)における連通断面積Segrの時間変化率の最大値である。
【0085】
【数9】

【0086】
【数10】

ここで、ECU100は、上記(9)及び(10)式により表される第2の制約に係る制約条件を、下記(11)、(12)、(13)及び(14)式の如く、EGR量変化率dMegrの制約に変換する。尚、(11)及び(12)式は、圧力比PR(i)がc以下となる場合に適用され、(13)及び(14)式は圧力比PR(i)がcより大きく且つ1以下である場合に適用される。また、(11)及び(13)式が開弁時の制約であり、(12)及び(14)式が閉弁時の制約である。
【0087】
【数11】

【0088】
【数12】

【0089】
【数13】

【0090】
【数14】

ここで、図6を参照し、第2の制約について視覚的に説明する。ここに、図6は、第2の制約の概念図である。
【0091】
図6において、縦軸にはEGR量変化率dMegrが表され、横軸には圧力比PRが表される。原点よりも上側の領域が開弁時を意味し、原点よりも下側の領域が閉弁時を意味する。
【0092】
図示Ldmegrr_max(+)(実線)は、EGR弁303を最速で開弁させた場合のEGR量変化率dMegrの実ダイナミクスである。原点ラインよりも上側且つこのLdmegrr_max(+)以下の領域は、EGR量変化率dMegrとして実現可能な領域である。同様に、図示Ldmegrr_max(−)(実線)は、EGR弁303を最速で閉弁させた場合のEGR量変化率dMegrの実ダイナミクスである。原点ラインよりも下側且つこのLdmegrr_max(−)以上の領域は、EGR量変化率dMegrとして実現可能な領域である。
【0093】
一方、先述したように、本実施形態では、EGR量Megrの実ダイナミクスが、近似値がこの実ダイナミクスを超えないように線形に近似される。このため、線形近似ダイナミクスφlinに基づいて設定される制御上の制約(第2の制約)は、開弁側では図示Ldmegra_max(+)(破線)として、また閉弁側では図示Ldmegra_max(−)(破線)として規定される。即ち、図示Ldmegra_max(+)を上側に超えた領域及び図示Ldmegra_max(−)を下側に超えた領域(図示ハッチング領域)は、制御上の制約に違反した制約違反領域AOCV2となる。
【0094】
<第3の制約>
第3の制約は、エンジン200の失火限界、即ちEGR率Regrに係る制約である。ここで、失火が発生するEGR率Regrは、エンジン200の構造や動作条件等に応じて変化する。従って、失火限界としてのEGR率Regrは、予め第3の制約に係る制約条件として実験的に求められ、ROMに格納されている。ECU100は、このEGR率Regrの制約条件を、下記(15)式の如く、EGR量Megrの制約に変換する。式中のMlimは、失火限界のEGR量を意味する。
【0095】
【数15】

このようにして第1、第2及び第3の制約がEGR量Megrに相関する値として求められると制約設定処理は終了し、処理はEGR制御処理のステップS130に進む。
【0096】
図2に戻り、ステップS130では、目標EGR量Megrtag(i)が決定される。目標EGR量Megrtag(i)は、基本目標EGR量Megrtagb(i)と上記各制約とに基づいて決定される制御目標値である。より具体的には、ECU100は、公知の最適化手法により、上記各制約が満たされる最適なEGR量を目標EGR量Megrtag(i)として決定する。このような目標EGR量決定に係るプロセスは、本発明に係る「決定手段」の動作の一例である。尚、ECU100は、上記制約が満たされる範囲内で、基本目標EGR量Megrtagb(i)に最も近い値を目標EGR量としてもよい。基本目標EGR量Megrtagb(i)が如何なる制約にも抵触しない場合、基本目標EGR量Megrtagb(i)と目標EGR量Megrtag(i)とは一致してもよい。
【0097】
目標EGR量Megrtag(i)を決定すると、ECU100は、この目標EGR量Megrtag(i)をEGR弁開度Aegrに変換して目標EGR弁開度Aegrtag(i)を算出する(ステップS140)。この際、ECU100は、図5に例示した、EGR量Megrの実ダイナミクスを利用する。即ち、ROMには、EGR弁開度Aegr毎に圧力比PRに対するEGR量Megrの実ダイナミクスが記憶されており(図5では最大開度に対応するダイナミクスのみが表されている)、目標EGR量Megrtag(i)からEGR弁開度Aegrへの変換は容易になされ得る。
【0098】
目標EGR弁開度Aegrtag(i)が求まると、ECU100は、この目標EGR弁開度Aegrtag(i)が得られるように、時系列上で順次EGR弁303を駆動制御する(即ち、本発明に係る「制御手段」の動作の一例である)。EGR制御処理は以上のように実行される。尚、ここでは、EGR制御処理はループ処理として記述されていないが、EGR制御処理は基本的にエンジン200の稼動期間において常時繰り返し実行される。
【0099】
<制約の作用>
ここで、図7及び図8を参照し、第1及び第2の制約の作用について説明する。ここに、図7は、第1の制約の作用を説明する図であり、図8は、第2の制約の作用を説明する図である。尚、これら各図において既出の各図と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0100】
図7において、本実施形態に係る第1の制約Lmegra_max(破線)に対する比較例として、図4に例示された非線形ダイナミクスφnonlinを、近似値が実ダイナミクスを超えることを許容して線形近似してなる比較線形近似ダイナミクスに基づいて設定された、比較制約Lmegrcmp_max(鎖線)が示される。
【0101】
ここで、比較制約Lmegrcmp_maxを制御上の制約とした場合、図示黒丸M2に示すEGR量も制御上の制約を満たすこととなる。ところが、この黒丸M2に対応するEGR量は、細い鎖線で示すように、EGR弁303の最大開度に対応するEGR量Megrの実ダイナミクス(実線)を超えた領域にあり、本来実現不可能なEGR量である。従って、EGR制御処理においてこの黒丸M2に対応するEGR量が許可されると、ECU100が把握するEGR量と実際のEGR量とが乖離して、燃焼が悪化する可能性がある。
【0102】
これに対して、本実施形態に係る、第1の制約Lmegra_maxによれば、この場合に決定される目標EGR量Megrtagは、例えば図示白丸M1となり、EGR弁開度Aegrは、現実的な制約(即ち、EGR弁303の最大開度)よりも絶えず小さい値に維持される。
【0103】
一方、図8において、本実施形態に係る第2の制約の一つであるLdmegra_max(破線)に対する比較例として、図4に例示された非線形ダイナミクスφnonlinを、近似値が実ダイナミクスを超えることを許容して線形近似してなる比較線形近似ダイナミクスに基づいて設定された、比較制約Ldmegrcmp_max(鎖線)が示される(尚、正負の符号については既に説明した通りであり、ここでは敢えて区別しないこととする)。
【0104】
ここで、比較制約Ldmegrcmp_maxを制御上の制約とした場合、図示黒丸M4に示すEGR量変化率dMegrも制御上の制約を満たすこととなる。ところが、この黒丸M4に対応するEGR量変化率dMegrは、細い鎖線で示すように、EGR弁303の最大閉弁速度に対応するEGR量変化率dMegrの実ダイナミクスLdmegrr_max(−)(実線)を超えた領域にあり、本来実現不可能なEGR量変化率である。従って、EGR制御処理においてこの黒丸M4に対応するEGR量変化率が許可されると、ECU100は、現実よりも速くEGR弁303が閉弁としているものと錯覚する。その結果、その後の制御如何によっては、ECU100が把握するEGR量と実際のEGR量とが乖離して、燃焼が悪化する可能性がある。
【0105】
これに対して、本実施形態に係る、線形近似ダイナミクスLdmegra_max(−)により規定される第2の制約によれば、黒丸M4に示すEGR量変化率dMegrは制約を満たさないため不許可となり、実際のEGR量変化率は、例えば図示白丸M3に例示されるように、現実的な制約(即ち、EGR弁303の最大閉弁速度に対応するEGR量変化率)よりも絶えず小さい値に維持される。
【0106】
<本実施形態の効果>
次に、本実施形態の効果について、図9を参照して説明する。ここに、図9は、エンジンシステム10を搭載する車両の緩減速時におけるEGRガスの挙動を例示する図である。尚、同図において既出の各図と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0107】
図9において、上段から順にEGR率Regr、EGR弁開度Aegr及びスロットル開度thrの各時間特性が例示される。
【0108】
図示時刻T1において、アクセルペダルが緩められる等してスロットルバルブ208が緩やかに閉じ始め、車両が緩やかに減速を開始したとする。この際、演算負荷はさておき、非線形ダイナミクスである現実的な制約(言うなれば、理想的な制約)に従ってEGR弁開度Aegrが制御された場合、EGR弁開度Aegrは図示実線の如くに推移するものとする。
【0109】
ここで、上述した比較制約を制御上の制約とすると、EGR弁開度Aegrは、図示鎖線のように、現実的な制約が適用された場合と較べてその減少が緩慢となる。このため、EGR率Regrは、図示ハッチング表示された失火領域AOAFで推移することとなり、エンジン200が失火する可能性がある。
【0110】
これに対して、本実施形態に係る線形近似ダイナミクスに基づいた各制約が適用された場合、EGR弁開度Aegrは、図示破線に示す通り、絶えず現実的な制約に従った場合よりも抑制側(安全側)で推移するため、EGR率Regrもまた図示破線に示すようにより安全側にマージンが与えられることとなる。即ち、エンジン200が失火する可能性がなくなる。従って、本実施形態によれば、この種の緩減速時のようなEGRガスの流量制御が一般に困難である状況においても、EGRによる実践上の利益が可及的に担保され得る。即ち、車両の運転条件によらず常に最適なEGR量を実現することが可能となるのである。
【0111】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う内燃機関の制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明は、EGR装置を備えた内燃機関の制御に適用可能である。
【符号の説明】
【0113】
10…エンジンシステム、100…ECU、200…エンジン、202B…シリンダ、300…EGR装置、301…EGR通路、302…EGRクーラ、303…EGR弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
排気の一部をEGRガスとして還流させるためのEGR通路及び該EGR通路に設けられ前記EGRガスの流量たるEGR量を調整可能なEGR弁を有するEGR装置を備えた内燃機関を制御する、内燃機関の制御装置であって、
現在から未来にかけての所定期間における、前記EGRガスの挙動に影響を与える前記内燃機関の状態量を予測する予測手段と、
前記EGR量の現実的制約を規定する前記EGR量の実ダイナミクスを近似値が該実ダイナミクスを超えないように近似してなる近似ダイナミクスに基づいて、前記所定期間における前記EGR量の制約を設定する設定手段と、
前記設定された制約の範囲内で前記予測された状態量に応じて前記EGR量の目標値を決定する決定手段と、
該決定された目標値が得られるように前記EGR弁を制御する制御手段と
を具備することを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記予測手段は、前記状態量として、前記内燃機関における新気流量、吸気圧、排気圧及び排気温を予測する
ことを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記近似ダイナミクスは、非線形ダイナミクスである前記実ダイナミクスを線形に近似してなる線形ダイナミクスである
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記実ダイナミクスは、前記EGR通路における前記EGR弁の上下流の圧力比に対する挙動を規定するダイナミクスである
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
予め与えられた前記実ダイナミクスを所定の基準に基づいて近似することにより前記近似ダイナミクスを取得する取得手段を更に具備し、
前記設定手段は、前記取得された近似ダイナミクスに基づいて前記制約を設定する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項6】
前記設定手段は、前記EGR量の制約として、前記EGR弁の開度の制約に起因する制約、前記EGR弁の開度変化率の制約に起因する制約及び前記内燃機関の失火限界の制約に起因する制約を設定する
ことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項7】
前記所定期間は、前記EGRガスが前記EGR弁から前記内燃機関のシリンダに到達するのに要する時間が経過した時点にかけての時間領域を含む
ことを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−32759(P2013−32759A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170089(P2011−170089)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】