説明

内燃機関の学習装置

【課題】クランク角センサにより検出される被検出部の正規位置からのずれ量に関し、そのずれ量を表した数値を高精度で学習可能にする。
【解決手段】パルサ誤差が無いと仮定した場合におけるNE波形を理想波形Wa,Wbと呼び、計測された瞬時回転速度の変化を表した波形を計測波形Va,Vbと呼ぶ場合において、理想波形Wa,Wbから導き出される数式のパラメータを理想パラメータAmot,θmotと呼び、前記計測波形から導き出される数式のパラメータを計測パラメータArow,θrowと呼ぶ場合において、複数の異なる平均NEを基準値として設定し、複数の基準値ごとに対応する理想パラメータを予め記憶しておく。そして、現時点での平均NEに対応する理想パラメータと、現時点で計測した計測パラメータとの誤差Δeを学習する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランク軸の回転速度や出力トルク等の各種演算の補正に用いる値を学習する、内燃機関の学習装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、クランク角センサから出力されるクランク角信号に基づき、クランク軸の瞬時回転速度(瞬時NE)を計測し、計測した瞬時NEの変動に基づきクランク軸の出力トルクを推定する技術がある(特許文献1参照)。
【0003】
この種のクランク角センサは、クランク軸と一体となって回転するロータに設けられた複数の歯部(被検出部)を検出するのが一般的であり、クランク軸が所定角度回転する毎に歯部を検出することとなる。そしてクランク角信号は、所定角度回転する毎にパルスのオン/オフが切り替わるパルス信号となる。
【0004】
そのため、ロータに対する歯部の位置が正規の位置からずれていると、クランク角信号の角度誤差が生じ、瞬時NEの計測誤差、ひいては出力トルクの推定誤差が生じることとなる。この対策として特許文献2には、歯部の加工精度等に起因して生じている前記角度誤差を学習し、その学習値に基づきクランク角信号、瞬時NEまたは出力トルクを補正する技術が開示されている。
【0005】
具体的には、クランク軸1回転分のクランク角度(360CA)を複数の区間に分割し、各区間の瞬時NEの平均(区間NE)を算出し、全区間における区間NEの平均(全体平均NE)を算出する。全体平均NEは区間NEに比べて角度誤差の影響が少ないので、この全体平均NEを基準とし、全体平均NEに対する区間NEの誤差(区間NE−全体平均NE)を算出する。そして、その誤差と全体平均NEとの比率であるNE誤差比(誤差/全体平均NE)を、各区間の角度誤差を表した値として学習している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−32540号公報
【特許文献2】特開2007−56713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記NE誤差比は、その時のエンジン回転速度NEに応じて異なる値になる。なお、ここで言うエンジン回転速度NEとは、クランク角度が360CA以上の区間における瞬時NEの平均である。つまり、高NE時のNE誤差比と低NE時のNE誤差比とでは異なる値になる。そのため、上述の如く学習したNE誤差比は、実際の歯部位置ずれ(クランク角信号の角度誤差)を精度良く表した数値とは言えない、との知見を本発明者は得た。
【0008】
以下、上記知見の詳細について、図9を用いて説明する。
【0009】
瞬時トルクは主に、気筒内ガスの圧縮膨張に起因したトルク(ガストルク)と、ピストンの慣性に起因したトルク(慣性トルク)との合算値である。図9(a)中の実線は、クランク角度に対するガストルクの変化を示す波形であり、点線は慣性トルクの変化を示す波形である。図示されるように、ガストルクの波形はその時のエンジン回転速度NEに依存しないのに対し、慣性トルクの波形は、その時のエンジン回転速度NEに応じて異なる波形になる。
【0010】
したがって、NEが小さい時の瞬時NEの変化は、慣性トルクの影響が小さくガストルクが支配的となる。そのため、例えば、燃焼行程による瞬時NEの上昇が180CA毎に現れる4気筒エンジンの場合において、小NE時の瞬時NEの変化は図9(c)に示す波形となる。一方、NEが大きい時の瞬時NEの変化は、慣性トルクの影響が大きくなるため、図9(d)に示す波形となる。
【0011】
ここで、前記角度誤差が存在しない場合には、瞬時NEの変化は(c)(d)に示す波形(理想波形)となるが、例えば(e)に示す角度誤差が存在する場合には、クランク角信号に基づき計測した瞬時NEの変化は、(f)(g)中の実線に示す波形(計測波形)となる。したがって、(f)(g)中の点線に示す理想波形と実線に示す計測波形との差分が、実際の角度誤差に相当する。
【0012】
しかしながら、上記特許文献2記載の手法では、一点鎖線に示す全体平均NEと計測波形との誤差の比率(NE誤差比)を算出して学習するので、算出されるNE誤差比の値がその時のNEに依存して異なる値となる。例えば、(f)に示す小NE時の計測波形の場合には、NE誤差比は(h)中の点線に示す波形となり、(g)に示す大NE時の計測波形の場合には、NE誤差比は(h)中の実線に示す波形となる。
【0013】
このように、全体平均NEを基準として学習する従来手法では、計測波形から算出した角度誤差((h)参照)はNEに依存して異なる値となり、実際の角度誤差((e)参照)を精度良く表した数値にはならない。
【0014】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、クランク角センサにより検出される被検出部の正規位置からのずれ量に関し、そのずれ量を表した数値を高精度で学習可能な内燃機関の学習装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
以下、上記課題を解決するための手段、及びその作用効果について記載する。
【0016】
請求項1記載の発明では、クランク軸の回転と同期して回転するロータに複数の被検出部が設けられた被検出回転体と、前記被検出部を検出してクランク角信号を出力するクランク角センサと、検出した前記クランク角信号に基づき前記クランク軸の瞬時回転速度を計測する計測手段と、を備えた内燃機関に適用されることを前提とする。
【0017】
そして、クランク角に対する瞬時回転速度の変化を表した波形をNE波形と呼び、複数の前記被検出部が前記ロータに対して正規の位置にあると仮定した場合における前記NE波形を理想波形と呼び、前記計測手段により計測された瞬時回転速度の変化を表した波形を計測波形と呼び、前記理想波形から導き出される数式のパラメータを理想パラメータと呼び、前記計測波形から導き出される数式のパラメータを計測パラメータと呼ぶ場合において、以下の手段を備えさせる。
【0018】
すなわち、所定期間における瞬時回転速度の平均速度であって、複数の異なる前記平均速度を基準値として設定し、複数の前記基準値ごとに対応する前記理想パラメータを記憶する記憶手段と、前記計測手段による計測結果に基づき、現時点での前記計測パラメータを算出する計測パラメータ算出手段と、現時点での前記平均速度に対応する前記理想パラメータを前記記憶手段から取得する理想パラメータ取得手段と、前記理想パラメータ取得手段により取得された前記理想パラメータと、前記計測パラメータ算出手段により算出された前記計測パラメータとの誤差を学習する誤差学習手段と、を備えることを特徴とする。
【0019】
この発明では要するに、基準値(以下、基準NEと呼ぶ)ごとに理想パラメータを記憶させておき、現時点での平均速度に対応する基準NEの理想パラメータと、計測パラメータとの誤差を学習する。そのため、現時点での平均速度(先述したNEに相当)に依存して学習値が異なる値になることを抑制でき、被検出部の正規位置からのずれ量を表した数値(理想パラメータと計測パラメータとの誤差)を高精度で学習できる。よって、この学習値を用いれば、瞬時回転速度やクランク軸の出力トルクを高精度で算出できる。
【0020】
請求項2記載の発明では、前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる特定の周波数成分の波形を表した数式のパラメータを、前記理想パラメータとして記憶しており、前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形に含まれる前記特定の周波数成分の波形を表した数式のパラメータを、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする。
【0021】
ここで、瞬時回転速度は燃焼で発生するトルクにより上昇する。よって、この上昇量は燃焼による出力トルクと相関が高いため、前記上昇量を精度良く計測できれば出力トルクを精度良く推定できることとなる。そして、この上昇はNE波形に燃焼に起因した特定の周期で現れる。よって、この目的においてはNE波形の特定周期のみに着眼すれば良く、前記角度誤差もこの周波数成分のみを考えればよいこととなる。
【0022】
この点を鑑みた上記発明では、理想波形に含まれる特定の周波数成分にかかるパラメータのみを理想パラメータとして記憶しておき、計測波形に含まれる特定の周波数成分にかかるパラメータのみを計測パラメータとして算出する。前記パラメータとしては、例えば特定周波数成分の振幅及び位相を設定する。
【0023】
これにより、全ての周波数成分のパラメータについて基準NEごとに学習する場合、つまり、図9(f)(g)の実線に示す計測波形の全体について基準NEごとに学習する場合に比べて、記憶する前記理想パラメータ及び学習点数を少なくでき、かつ前記計測パラメータの算出にかかる計算負荷を低減できる。それでいて、当該目的に対して角度誤差の影響を高精度で排除でき、自着火燃焼エンジンの場合における燃料噴射量や、点火式燃焼エンジンの場合における吸気量等を高精度で制御できるようになる。
【0024】
さらに上記発明によれば、以下に説明するように学習値が受けるロードノイズの影響を軽減できる。すなわち、車両走行時には路面の凹凸の影響により、計測波形にはロードノイズが重畳する。そして、重畳したロードノイズの成分は、計測波形の周期(燃焼サイクルに同期した周期)に比べると、極めて長い周期で変動する波形となる。この点を鑑みた上記発明では、特定周波数成分についての理想パラメータおよび計測パラメータを用いて学習するので、これらのパラメータからはロードノイズの周波数成分が除去されることとなる。よって、学習値が受けるロードノイズの影響を軽減でき、学習精度を向上できる。
【0025】
請求項3記載の発明では、前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる特定の周波数成分の波形の振幅および位相を、前記理想パラメータとして記憶しており、前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形を前記特定の周波数で離散フーリエ変換して得られた振幅および位相を、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする。
【0026】
この発明によれば、特定の周波数成分の波形の振幅および位相を前記パラメータとして設定するので、先述したように、少ない理想パラメータ記憶量及び計測パラメータ計算量で燃料噴射量や吸気量等を制御できるようになる。そして、計測波形を特定周波数で離散フーリエ変換して、計測パラメータである振幅および位相を算出するので、特定周波数の振幅および位相を容易に算出でき、好適である。
【0027】
請求項4記載の発明では、前記理想波形に含まれる波形成分のうち、前記内燃機関のピストン慣性に起因した波形成分を慣性起因波形と呼び、前記内燃機関の気筒内ガスの圧縮膨張に起因した波形成分をガス起因波形と呼ぶ場合において、以下のように構成する。
【0028】
すなわち、前記記憶手段は、前記理想パラメータを、前記慣性起因波形を表すパラメータである慣性起因パラメータと、前記ガス起因波形を表すパラメータであるガス起因パラメータとに分けて記憶しており、現時点での気筒内へ充填されるガス量またはそのガス量に相当するパラメータに基づき、前記ガス起因パラメータを補正するガス補正手段を備えることを特徴とする。
【0029】
ここで、図9(a)に示す慣性トルクがNEに依存して異なる値になることは先述した通りであるが、気筒内に充填されるガスの量に依存してガストルクは異なる値になる。
【0030】
この点を鑑みた上記発明では、理想パラメータを、慣性起因パラメータとガス起因パラメータとに分けて記憶させておき、現時点での気筒内充填ガス量に基づきガス起因パラメータを補正するので、学習値の算出に用いる理想パラメータの値を高精度にでき、学習精度を向上できる。
【0031】
請求項5記載の発明では、前記記憶手段は、前記内燃機関の燃料噴射をカットしている時の前記理想波形を対象として、前記理想パラメータを記憶しており、前記誤差学習手段は、前記内燃機関の燃料噴射をカットしていることを条件として前記学習を実施することを特徴とする。
【0032】
上記発明によれば、燃料噴射量や噴射時期等の噴射に関する指令値と実際の値との誤差が計測波形に影響を与えていない状態で、計測パラメータを算出して学習するので、その学習精度を向上できる。
【0033】
請求項6記載の発明では、前記記憶手段は、前記クランク軸から車両駆動輪へのトルク伝達経路が機械部品で連結されている時の前記理想パラメータと、非連結時の前記理想パラメータとを別々に記憶しており、前記理想パラメータ取得手段は、現時点での前記トルク伝達経路の連結状態に応じた前記理想パラメータを前記記憶手段から取得することを特徴とする。
【0034】
上記トルク伝達経路の連結の具体例としては、マニュアルトランスミッション(MT)のクラッチ接続や、オートマチックトランスミッション(AT)のロックアップ機構の接続が挙げられる。そして、このように接続(連結)した時と非連結時とでは、実際の理想パラメータは異なる値になる。
【0035】
この点を鑑みた上記発明では、連結時の理想パラメータと非連結時の理想パラメータとを別々に記憶させておき、現時点での連結状態に応じた理想パラメータを用いて学習するので、学習精度を向上できる。
【0036】
請求項7記載の発明では、前記記憶手段は、前記クランク軸の回転速度を変速して伝達する変速装置の変速段ごとに前記理想パラメータを記憶しており、前記理想パラメータ取得手段は、現時点での前記変速段に応じた前記理想パラメータを前記記憶手段から取得することを特徴とする。
【0037】
ここで、変速段が異なれば、実際の理想パラメータは異なる値になる。この点を鑑みた上記発明では、変速段ごとに理想パラメータを記憶させておき、現時点での変速段に応じた理想パラメータを用いて学習するので、学習精度を向上できる。なお、変速段ごとに理想パラメータの補正値を記憶させておき、現時点での変速段に応じて理想パラメータを補正することも、上記発明における「変速段ごとに理想パラメータを記憶」に含まれる。
【0038】
請求項8記載の発明では、前記クランク軸の回転力により駆動する補機の、現時点での駆動負荷に基づき、前記理想パラメータを補正する負荷補正手段を備えることを特徴とする。
【0039】
上記補機の具体例としては、コモンレール(燃料を蓄圧して燃料噴射弁へ分配する圧力容器)へ高圧燃料を吐出する高圧ポンプや、冷媒圧縮機(冷媒を圧縮して冷凍サイクルに循環させるコンプレッサ)、発電機等が挙げられる。そして、これらの補機の駆動負荷に応じて、実際の理想パラメータは異なる値になる。この点を鑑みた上記発明では、現時点での駆動負荷に基づき、学習に用いる理想パラメータを補正するので、学習精度を向上できる。
【0040】
請求項9記載の発明では、前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる複数の周波数成分を組み合わせた波形を表した数式のパラメータを、前記理想パラメータとして記憶しており、前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形に含まれる前記複数の周波数成分を組み合わせた波形を表した数式のパラメータを、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする。
【0041】
先述した通り、燃焼に起因する出力トルクの推定精度を向上させるには、特定周波数成分についてのパラメータで学習すれば十分である。しかし、クランク角の変化に対応するクランク角信号の角度誤差の変化(角度誤差波形)そのものを取得したい場合には、1つの周波数成分のパラメータだけでは不十分である。
【0042】
この点を鑑みた上記発明では、複数の周波数成分を組み合わせた波形のパラメータについて学習することになるので、1つの周波数成分について学習した場合に比べて角度誤差波形を精度良く取得できる。これよれば、角度誤差そのものを精度良く学習できるので、例えば噴射タイミングの指令などを精度良く校正できる。
【0043】
請求項10記載の発明では、前記誤差学習手段は、前記クランク軸から変速機へのトルク伝達が遮断されていることを条件として前記学習を実施することを特徴とする。
【0044】
ここで、トルク伝達が遮断されていなければ、変速機や車両駆動輪からクランク軸が受ける負荷の変動が計測波形に影響を与えることとなる。これに対し上記発明では、このような負荷変動の影響を計測波形が受けていない状態で、計測パラメータを算出して学習するので、その学習精度を向上できる。
【0045】
請求項11記載の発明では、前記誤差学習手段は、前記内燃機関の冷却水温度が所定値以上であることを条件として前記学習を実施することを特徴とする。
【0046】
ここで、冷却水温度が所定値未満である場合には、内燃機関のピストン潤滑油の粘性が高くピストンのフリクションが大きい状態となっており、このフリクションが計測波形に影響を与えることとなる。これに対し上記発明では、このようなフリクションの影響を計測波形が受ける度合いが小さい状態で、計測パラメータを算出して学習するので、その学習精度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の一実施形態にかかる学習装置が適用される、エンジンシステムの全体構成図。
【図2】クランク軸に設けられるパルサの構造上の誤差に伴う問題点を説明する図。
【図3】上記一実施形態において、パルサの角度誤差が存在する場合における、角度誤差比を演算する手法を説明する図。
【図4】角度誤差波形WΔdegが、複数の周波数成分の波形を組み合わせて表現できることを説明する図。
【図5】本発明者が実施した試験結果を示す図であり、図7の学習処理で用いるマップに相当する図。
【図6】上記一実施形態において、理想波形Wa,Wbによる複素形フーリエ級数Cmotと、計測波形Va,Vbによる複素形フーリエ級数Crowとの誤差Ceを演算する手法を説明する図。
【図7】上記一実施形態において、理想パラメータAmot,θmotと計測パラメータArow,θrowとの誤差を学習する手順を示すフローチャート。
【図8】図7のフローチャートで用いる演算式を示す図。
【図9】従来の学習装置の問題点を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明にかかる内燃機関の学習装置を、自着火燃焼式の4気筒ディーゼル機関に適用した一実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0049】
図1に、エンジンシステムの全体構成を示す。
【0050】
図示されるディーゼル機関1は、4ストロークの多気筒内燃機関(ここでは、4気筒を想定)として構成されており、各気筒毎に、燃料噴射弁2等のアクチュエータを備えている。また、各気筒のピストン3は、コンロッド4を介してクランク軸5と接続されている。クランク軸5は、マニュアルトランスミッション(MT10)を介して駆動輪と連結可能とされている。一方、シフト操作部12は、ユーザによってシフト位置の操作がなされる部分であり、シフト操作部12の操作によって、MT10のシフト位置が変更される。なお、シフト操作部12には、シフト操作位置を検出するシフト位置センサ14が備えられている。
【0051】
上記クランク軸5には、図中左側に拡大して示すように、ロータ20が設けられている。このロータ20には、複数の被検出部(歯部22)が形成されている。詳しくは、ロータ20には、基本的には歯部22が等間隔(ここでは、「30CA」を例示)に形成されており、ロータ20の一箇所には欠け歯部24が設けられている。上記歯部22は、クランク角センサ40によって検出される。ロータ20および歯部22は被検出回転体(パルサ)を構成し、クランク軸5とともに回転する。
【0052】
クランク角センサ40は、クランク軸5が所定角度(30CA)回転する毎に歯部22を検出することで、30CAごとに変化するクランク角信号を出力する。後述するECU50は、クランク角信号に基づき、30CAごとオン/オフが切り替わるパルス信号を生成する。そしてECU50(計測手段)は、このパルス間隔の時間を計測することでクランク軸5の回転速度NEを算出する。
【0053】
電子制御装置(ECU50)は、中央処理装置(CPU52)や、不揮発性の読み出し専用メモリ(ROM54)、書き換え可能な不揮発性のメモリ56(メモリ56)等を備え構成されている。そして、クランク角センサ40等、ディーゼル機関の各種運転状態を検出するセンサの検出値と、上記シフト位置センサ14等、ユーザからの要求についての検出値とを取り込む。そして、ECU50は、これら検出結果に基づき、燃料噴射弁2等の各種アクチュエータを操作することで、ディーゼル機関1の出力を制御する。
【0054】
上記出力制御を適切に行うべく、ROM54内には、様々なプログラムが格納されている。このプログラムとしては、例えば各気筒の燃料噴射弁2の噴射特性のばらつきを補償する学習値を算出するための燃料噴射学習プログラム60や、上記歯部22間の間隔の構造上の誤差(パルサ誤差)を補償するパルサ誤差学習プログラム62がある。
【0055】
上記燃料噴射学習プログラム60による学習値の算出は、次の手順にて行われる。(ア)各気筒の燃料噴射に伴うクランク軸5の回転速度の上昇量の差をゼロとするように、各気筒における燃料噴射弁2の操作量を設定する。(イ)基準となる操作量と、手順(ア)によって得られる操作量との差を、各気筒毎の学習値とする。
【0056】
上記手順により算出される学習値を用いることで、クランク角センサ40の出力に基づき算出される回転速度の上記上昇量を均等にできる。要するに、各気筒による出力トルクは回転速度の上昇量に反映されるので、この上昇量の気筒間ばらつきを無くして均等にすることで出力トルクの変動を抑制し、ドライバビリティの向上を図る。
【0057】
しかし、パルサ誤差がある場合には、クランク角センサ40の出力に基づき算出される回転角度や回転速度は、実際の回転角度や回転速度との間にずれを生じたものとなる。そして、ずれを生じているとき、上記手順(イ)によって得られる学習値によっては、各気筒の燃料噴射弁2の噴射特性のばらつきを補償することができない。
【0058】
そこで、本実施形態では、まずパルサ誤差学習プログラム62を用いて、パルサ誤差を補償する学習値を算出する。以下、これについて詳述する。ここでは、まず図2を用いて、歯部22間の間隔の構造上の誤差(パルサ誤差)について説明する。
【0059】
図2(a)には、クランク軸5に設けられたロータ20について、欠け歯部24の両側の歯部22によって区画される区間を区間A0とし、時計回りに順に「60CA」毎に区間A1〜A5が定義されている。図2(a)では、歯部22にずれが生じていないものが示されているため、区間A0〜A5は全て互いに等しいものとなっている。これに対し、区間A2´,A3´は、符号Pに示す歯部22にずれが生じたために、区間A2,A3に対してずれを生じた場合を示している。
【0060】
図2(b)に、ディーゼル機関1のクランク軸5のトルクの生成に寄与する燃料噴射を停止する燃料カット制御時に、上記区間A0〜A5において検出される回転速度を示す。また、図2(c)に、上記燃料カット制御時に、上記区間A0〜A5の回転に要する時間(経過時間)を示す。図2(b)、図2(c)に実線にて模式的に示されるのは、歯部22間の間隔に構造上のずれがない場合のものである。図示されるように、燃料カット制御がなされるために、回転速度は徐々に低下しており、経過時間は徐々に増加している。
【0061】
これに対し、歯部22間の間隔に上述した構造上のずれが生じた場合に検出される回転速度を、図2(b)に一点鎖線にて示す。図示されるように、回転速度は、区間A2´において一旦増加し、区間A3´において実際以上に小さな値となっている。また、歯部22間の間隔に上述した構造上のずれが生じた場合に検出される経過時間を、図2(c)に一点鎖線にて示す。図示されるように、経過時間は、区間A2´において一旦減少し、区間A3´において実際以上に大きな値となっている。
【0062】
図9(c)(d)に、燃料カット制御時のクランク軸5の回転速度(瞬時NE)の変動、つまり、クランク角度と瞬時NEとの関係を示すNE波形を示す。図9(b)では、1番気筒から4番気筒までをそれぞれ「#1〜#4」にて示すとともに、(c)(d)に示すNE波形と各気筒の燃焼サイクルとの関係を示している。ちなみに、燃料カット制御が前提となっているため、「燃焼行程」は示されていない。なお、ここでは、燃料カット制御による回転速度の低下を、便宜上無視して示している。
【0063】
(c)(d)に示すNE波形は、歯部22のずれが生じていない場合の波形(理想波形)であるが、この理想波形は、その時のエンジン回転速度NEに応じて異なる波形になる。なお、ここで言うエンジン回転速度NEとは、クランク角度が360CA以上の区間における瞬時NEの平均である。つまり、(c)に示す低NE時の理想波形Waと、(d)に示す高NE時の理想波形Wbとは異なる波形になる。
【0064】
このことは、図9(a)を用いて先に説明した通り、ガストルクの波形が回転速度NEに依存しないのに対し、慣性トルクの波形は回転速度NEに応じて異なる波形になることに起因する。つまり、低NE時のNE波形はガストルクが支配的となり、高NE時のNE波形は慣性トルクによりガストルクが打ち消される度合いが大きくなる。
【0065】
一方、歯部22のずれが生じており、図3(a)に示す角度誤差が存在する場合には、クランク角信号に基づきECU50が算出した瞬時NEは、図3(b)(c)中の実線に示すNE波形(計測波形)となる。なお、(b)(c)中の破線は、図9(c)(d)の理想波形Wa,Wbである。また、図3(a)の縦軸は、歯部22の正規位置(図2の位置)に対するずれ量(角度)を示しており、横軸はクランク角度を示す。ロータ20はクランク軸5に直接取り付けられているので、図3(a)に示す角度誤差の波形WΔdegは360度周期で変化することとなる。
【0066】
図4は、角度誤差波形WΔdegが、複数の周波数成分の波形を組み合わせて表現できることを説明する図である。図4(a)中の実線WΔ1は定数成分であり、例えば角度誤差波形WΔdegの平均値を定数成分WΔ1とすればよい。(b)中の実線W360は、角度誤差波形WΔdegのうち、360CAの周期で変化する波の周波数成分を示す波形である。(c)中の実線WΔ2は定数成分WΔ1に360CA周期の成分W360を加算した波形である。
【0067】
同様にして、(d)(f)中の実線W180およびW120は、180CA周期の成分および120CA周期の成分の波形を示し、(e)中の実線WΔ3はWΔ2+W180を示す。そして、(g)中の実線WΔnはWΔ1にn個の成分波形を加算した波形を示し、この波形WΔnは角度誤差波形WΔdegと略同一となる。このように、角度誤差波形WΔdegは、複数の周波数成分(W360,W180,W120・・・)の組み合わせで表現することができる。なお、各々の周波数成分は、角度誤差波形WΔdegに対して周知の離散フーリエ変換を実施することで算出できる。
【0068】
図4では角度誤差波形WΔdegについて説明したが、図3(b)(c)に示す計測波形Va,Vbについても同様であり、これらの計測波形Va,Vbは、複数の周波数成分の波形を組み合わせて表現できる。そして本実施形態では、計測波形Va,Vbを特定の周期(180CA)で離散フーリエ変換して、周期180CAの成分波形Va180,Vb180を算出する。なお、図3(d)(e)中の実線は、計測波形Va,Vbについての180CA成分波形Va180,Vb180を示し、破線は、理想波形Wa,Wbについての180CA成分波形Wa180,Wb180を示す。
【0069】
ここで、これらの180CA成分波形Va180,Vb180,Wa180,Wb180の複素形フーリエ級数Cは、振幅をA、位相をθとすると、虚数jを用いてA・exp(jθ)と表される。以下の説明では、複素形フーリエ級数Cのうち、理想波形Wa,WbによるものをCmot、計測波形Va,VbによるものをCrowと表記する。そして、CmotとCrowとの誤差Ceが、歯部22間隔の誤差(パルサ誤差)による角度誤差を表すこととなる。
【0070】
そこで本実施形態では、Cmotの振幅Amotおよび位相θmot(理想パラメータ)の値をROM54(記憶手段)に予め記憶させておき、Crowの振幅Arowおよび位相θrow(計測パラメータ)を計測する。そして、理想パラメータAmot,θmotと計測パラメータArow,θrowとの誤差を、角度誤差の振幅Aeおよび位相θeとして算出し、学習値として記憶更新する。この学習値は、先述したパルサ誤差学習プログラム62による学習値に相当する。
【0071】
但し、理想パラメータAmot,θmotは、平均NEに応じて異なる値になるので、平均NEごとに理想パラメータAmot,θmotを記憶させておき、計測パラメータArow,θrowを計測した時の平均NEに応じた理想パラメータAmot,θmotを用いて、上述した角度誤差の振幅Ae,位相θe(学習値)を算出する。
【0072】
図5(a)(b)は、本発明者が実施した試験結果であり、平均NEに対する理想パラメータAmot,θmotの変化を示す。この試験では、燃料噴射弁2からの燃料噴射を停止させた無噴射状態で、角度誤差がないパルサ20,22を用いている。そして、検出したNE波形の180CA周期成分を、離散フーリエ変換により演算して得られた波形の振幅および位相を、理想パラメータAmot,θmotとして取得した試験であり、当該試験を異なる平均NEごとに実施している。
【0073】
そして、図5の横軸(平均NE)を複数の基準値g1〜gnで分割し、基準値g1〜gnごとの理想パラメータAmot,θmotを、ROM54に予め記憶させている。ただし、後に詳述するように、これらAmot,θmotを、ガス起因成分の振幅Apおよび位相θpと、慣性起因成分の振幅Amおよび位相θmとに分けて、ROM54に記憶させるようにしてもよい。なお、上記平均NEとは、所定期間における瞬時NEの平均速度であり、所定期間は、クランク角720CA以上回転するのに要する時間に設定することが望ましい。
【0074】
次に、上述した誤差Ceを算出する演算手法の概略について、図6を用いて説明する。
【0075】
図6中の(a)式は、角度誤差なしの場合における180CA周期成分の振幅Amotおよび位相θmotを、複素形フーリエ級数で表した数式である。(a)式中の実数部Re、虚数部Im、振幅Amotおよび位相θmotは(b)式で表される。また、(a)式中のNemot(n)は、n番目の歯部22に対応するクランク角度での瞬時NEを示しており、(c)式で表される。
【0076】
なお、図2の例では欠け歯部24が存在するため歯部22の数は11個となっているが、図6の数式中では、便宜上、欠け歯部24が存在しないものとみなし、歯部22が等間隔で360CA全周に亘って存在するものとみなしている。そして、(c)式中のtは、隣り合う歯部22の間隔(30deg)を経過するのに要する時間を示す。
【0077】
(d)式は、角度誤差ありの場合において、n番目の歯部22に対応するクランク角度での瞬時NE(Nerow(n))を示す数式である。(d)式中のΔeは、歯部22の間隔の設計値(図2の例では30CA)に対する角度誤差の比である(図3(f)(g)参照)。
【0078】
(e)式は、角度誤差ありの場合における180CA周期成分の振幅Arowおよび位相θrowを、複素形フーリエ級数で表した数式である。(e)式中のNeaveは所定期間における瞬時NEの平均値(先述した平均NEに相当)である。また、(e)式中のCeは、先述したようにCmotとCrowとの誤差を表した複素形フーリエ級数であり、特定周波数(180CA周期の周波数)における角度誤差比成分を表した数式である。
【0079】
この(e)式から導かれる(f)式に示すように、角度誤差比成分Ceの振幅Aeおよび位相θeは、(a)式のCmot、(e)式のCrowおよびNeaveで表すことができる。なお、(g)式は、歯部22の間隔の設計値を(図2の例では30CA)を(f)式で表されるCeに乗算した値であり、この値は、図4(d)に示す180CA周期成分の角度誤差に相当する。
【0080】
図6(h)は、(g)式にて算出される角度誤差のクランク角度に対する分布を、瞬時NEのクランク角度に対する分布に換算した図であり、(c)式で表される理想Nemot(n)および(d)式で表される検出Nerow(n)の一態様を示す。
【0081】
次に、上述した角度誤差Ceの振幅Aeおよび位相θeを算出して学習する手順について、図7および図8を用いて説明する。なお、図7のフローチャートは、パルサ誤差学習プログラム62により、瞬時NEが演算されるごと(例えば30CAごと)に繰り返し実行される。
【0082】
先ず、図7に示すステップS10およびS11において、角度誤差学習を実行するタイミングか否かを判定する。詳細には、ステップS10では、角度カウンタCNTの値を、図7の処理が実施される30CAごとに加算する(図8の(1)式参照)。そして、角度カウンタCNTの値が、角度誤差学習の演算周期CNT0(例えば360CA)に達すると(S11:YES)、続くステップS12にて角度カウンタCNTの値をゼロにリセットし、以降の処理にて角度誤差学習を実行する。
【0083】
なお、角度カウンタCNTがCNT0に達していない場合には、後述するステップS12〜S18の処理を実施することなく、ステップS19に進む。ステップS19の処理は、角度カウンタCNTがCNT0に達しているか否かに拘わらず、或いは、後述するステップS14にて角度誤差学習が許可されているか否かに拘わらず、30CA回転するごとに実施される。
【0084】
このステップS19では、図8の(2)式にしたがって、計測波形VaまたはVbに対する離散フーリエ変換が実施される。つまり、フーリエ級数Crowの実数部Reおよび虚数部Imが(2)式にしたがって演算され、CrowReおよびCrowImの前回値に加算されていく。なお、(2)式中のTは角度誤差検出周波数(特定の周波数)に相当する特定の周期であり、例えば180CAに設定される。
【0085】
角度誤差学習を実行するタイミングの時には、ステップS13(計測パラメータ算出手段)において、瞬時NEの計測値の波形VaまたはVbに対する、特定周期Tの成分波形の振幅Arowおよび位相θrowを演算する。詳細には、ステップS19で演算した(2)式のCrowReおよびCrowImを、図8の(3)式に代入して、瞬時振幅Arowおよび瞬時位相θrowを演算する。
【0086】
続くステップS14では、角度誤差学習を許可するか否かを判定する。例えば、燃料噴射弁2からの燃料噴射が実施されていない無噴射状態であること、エンジン冷却水温度が所定値以上であること、MT10のクラッチが切り離され、クランク軸5から車両駆動輪へのトルク伝達経路が遮断されていること、等の条件を全て満たしている場合に角度誤差学習を許可する。
【0087】
角度誤差学習が許可された場合(S14:YES)には、続くステップS15およびS16において、角度誤差がない場合の角度誤差検出周波数(特定周期T)における理想的な振幅Amotおよび位相θmotを算出する。
【0088】
詳細には、先ずステップS15(理想パラメータ取得手段)において、角度誤差検出周波数における無噴射時の瞬時NE変動のうち、エンジン筒内ガスの膨張圧縮力に起因する成分の振幅Apおよび位相θpと、ピストン3の慣性力に起因する成分の振幅Amおよび位相θmを、平均NE(Neave)に基づいて、予め作成しておいたマップを参照して求める。
【0089】
図5に示す例では、基準値g1〜gnごとに理想パラメータAmot,θmotを記憶する旨を説明したが、詳細には、理想波形Wa,Wbを、ガス起因成分の波形(ガス起因波形)と慣性起因成分の波形(慣性起因波形)の合成であると見なし、理想パラメータAmot,θmotを、ガス起因波形の振幅Apおよび位相θpと、慣性起因波形の振幅Amおよび位相θmとに分けて、マップ上の基準値g1〜gnごとに記憶させている。
【0090】
続くステップS16(ガス補正手段)では、理想波形Wa,WbによるCmotの実数部Reおよび虚数部Imを、図8の(4)式にしたがって演算する。詳細には、ステップS15で求めた振幅Ap,Amおよび位相θp,θmを(4a)(4b)式に代入してCmotの実数部Reおよび虚数部Imを算出し、このように算出したCmotRe,CmotImに基づき、(4)式にしたがって理想パラメータAmotおよびθmotを算出する。
【0091】
ここで、(4a)(4b)式では、現時点での気筒内ガスの圧力に基づき、ガス起因パラメータAp,θpを補正して用いている。詳細には、ガス起因パラメータAp,θpにpim/pim0を乗算して補正している。式中のpim0は、マップ上に記憶させるパラメータを取得する試験(図5の試験)を実施した時のインテークマニホールド(吸気管)内の圧力である。つまり、吸気の圧力が大きいほど、シリンダ内へのガス充填量が多くなり、気筒内ガスの圧力が高くなるので、ガス起因パラメータAp,θpの影響度を大きくするようにガス起因パラメータAp,θpを補正している。
【0092】
続くステップS17(誤差学習手段)では、ステップS18で得られた理想パラメータAmotおよびθmotと、ステップS13で得られた瞬時振幅Arowおよび瞬時位相θrowとを、図8の(5)式に代入して、角度誤差検出周期における角度誤差の振幅Aeおよび位相θeを演算する。そして、これらのパラメータAe,θeを学習値として記憶更新する。
【0093】
なお、ステップS17での角度誤差学習が為されると、続くステップS18では、ステップS19で演算したCrowReおよびCrowImの値をゼロにリセットする。そして、ステップS17で学習した値Ae,θeを用いて、燃料噴射学習プログラム60による手順(ア)(イ)の値を補正する。例えば、クランク角センサ40の出力に基づき算出される回転速度やその上昇量を補正する。或いは、瞬時NEのピーク値から算出される出力トルクの算出値を、学習値Ae,θeを用いて補正する。
【0094】
以上詳述した本実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
【0095】
(1)基準値g1〜gnごとに理想パラメータAp,θp,Am,θmを記憶させておき、現時点での平均NE(Neave)に対応する理想パラメータを取得する。そして、瞬時振幅Arowおよび瞬時位相θrow(計測パラメータ)と理想パラメータAp,θp,Am,θmとの誤差、つまり角度誤差の振幅Aeおよび位相θeを学習する。そのため、平均NEに応じた理想パラメータを用いて、角度誤差の学習値(Ae,θe)を演算するので、歯部22の正規位置からのずれ量を表した学習値を高精度で取得できる。よって、この学習値を用いれば、瞬時NEや瞬時出力トルクを高精度で算出でき、燃料噴射学習プログラム60による燃料噴射制御の精度を向上できる。
【0096】
(2)特定の周波数(特定周期T)成分にかかる振幅および位相(パラメータ)について、理想パラメータAmot,θmotと、瞬時パラメータArow,θrow(計測値)との誤差を学習するので、全ての周波数成分のパラメータについて基準値g1〜gnごとに学習する場合に比べて、学習点数を少なくできる。しかも、ロードノイズ成分の周期は、1燃焼サイクル周期以下に設定されている特定周期Tに比べて極めて長いので、特定周期T成分のパラメータについて学習する本実施形態によれば、学習値(Ae,θe)が受けるロードノイズの影響を軽減でき、学習精度を向上できる。
【0097】
(3)慣性起因パラメータ(Am,θm)とガス起因パラメータ(Ap,θp)とに分けて記憶させておき、シリンダ内へのガス充填量に応じてガス起因パラメータを補正するので、学習値の算出に用いる理想パラメータの値を高精度にでき、学習精度を向上できる。
【0098】
(4)無噴射状態であること、エンジン冷却水温度が所定値以上であること、MT10のクラッチが切り離されていること、を条件として角度誤差学習を許可する。そのため、燃料噴射状態やエンジンオイルの粘性、MT10から伝達されるトルク変動の影響を学習値が受けなくなるので、学習精度を向上できる。
【0099】
(他の実施形態)
本発明は上記実施形態の記載内容に限定されず、以下のように変更して実施してもよい。また、各実施形態の特徴的構成をそれぞれ任意に組み合わせるようにしてもよい。
【0100】
・ここで、MT10の変速段が異なれば、理想パラメータAp,θp,Am,θmは異なる値になる。この点を鑑み、MT10の変速段ごとに理想パラメータAp,θp,Am,θmを記憶させておき、現時点での変速段に応じた理想パラメータを用いて学習させるようにしてもよい。これによれば、学習精度を向上できる。或いは、変速段ごとに理想パラメータに対する補正値を記憶させておき、現時点での変速段に応じて理想パラメータを補正するようにしてもよい。なお、変速段を自動で切り替えるオートマチックトランスミッション(AT)の場合についても同様である。
【0101】
・MT10のクラッチ接続有無に応じて、理想パラメータAp,θp,Am,θmは異なる値になる。この点を鑑み、クラッチ接続の有無に応じた理想パラメータAp,θp,Am,θmを記憶させておき、現時点でのクラッチ接続状態に応じた理想パラメータを用いて学習させるようにしてもよい。これによれば、学習精度を向上できる。或いは、クラッチ接続有無に応じた理想パラメータに対する補正値を記憶させておき、現時点でのクラッチ接続状態に応じて理想パラメータを補正するようにしてもよい。
【0102】
・変速段を自動で切り替えるオートマチックトランスミッション(AT)がロックアップ機構を有する場合において、ロックアップ機構による接続有無に応じて、理想パラメータAp,θp,Am,θmは異なる値になる。この点を鑑み、ロックアップ接続有無に応じた理想パラメータAp,θp,Am,θmを記憶させておき、現時点でのロックアップ接続状態に応じた理想パラメータを用いて学習させるようにしてもよい。これによれば、学習精度を向上できる。
【0103】
或いは、ロックアップ接続有無に応じた理想パラメータに対する補正値を記憶させておき、現時点でのロックアップ接続状態に応じて理想パラメータを補正するようにしてもよい。参考までに、ロックアップ機構とは周知の機構であり、フルード(油)によりトルク伝達するトルクコンバータの入力軸と出力軸を機械的に連結(ロックアップ)させる機構である。
【0104】
・クランク軸5の回転力により駆動する補機の駆動負荷に応じて、理想パラメータAp,θp,Am,θmは異なる値になる。この点を鑑み、補機の駆動負荷に応じた理想パラメータAp,θp,Am,θmを記憶させておき、ECU50(ガス補正手段)は、現時点での補機駆動負荷に応じた理想パラメータを用いて学習させるようにしてもよい。これによれば、学習精度を向上できる。
【0105】
或いは、補機駆動負荷に応じた理想パラメータに対する補正値を記憶させておき、現時点での補機駆動負荷に応じて理想パラメータを補正するようにしてもよい。ちなみに、上記補機の具体例としては、コモンレール(燃料を蓄圧して燃料噴射弁へ分配する圧力容器)へ高圧燃料を吐出する高圧ポンプや、冷媒圧縮機(冷媒を圧縮して冷凍サイクルに循環させるコンプレッサ)、発電機等が挙げられる。
【0106】
・上記実施形態では、周期180CAの成分波形について、理想パラメータと計測パラメータとの誤差を学習しているが、複数の周期の成分波形を組み合わせた合成波形について理想パラメータを記憶しておき、また、当該合成波形についての計測パラメータを計測し、これらの誤差を学習するようにしてもよい。これによれば、1つの周波数成分について学習した場合に比べて、角度誤差波形を精度良く取得できる。
【0107】
・上記実施形態では、慣性起因パラメータ(Am,θm)とガス起因パラメータ(Ap,θp)とに分けて記憶させておき、シリンダ内へのガス充填量に応じてガス起因パラメータを補正しているが、これらのパラメータを合成した位相および振幅のパラメータを記憶させておき、前記補正を廃止するようにしてもよい。
【0108】
・上記実施形態では、NE波形から導き出される数式のパラメータとして、NE波形を離散フーリエ変換して得られた波形の振幅および位相を用いているが、本発明はこれらのパラメータに限定されるものではなく、例えば、所定の周波数成分を抽出するフィルタ回路によりNE波形から抽出した波形についての、振幅、位相、周波数等を上記パラメータとして用いてもよい。
【0109】
・上記実施形態では、離散フーリエ変換により得られた特定の周波数成分の波形の振幅および位相を、理想パラメータおよび計測パラメータとして用いているが、離散フーリエ変換を廃止して、計測波形Va,Vbや理想波形Wa,Wbの振幅や位相を、理想パラメータおよび計測パラメータとして用いるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0110】
5…クランク軸、20…ロータ、22…歯部(被検出部)、20,22…パルサ(被検出回転体)、40…クランク角センサ、50…ECU(計測手段、負荷補正手段)、54…ROM(記憶手段)、Amot,θmot…理想パラメータ、Arow,θrow…計測パラメータ、Am,θm…慣性起因パラメータ、Ap,θp…ガス起因パラメータ、g1〜gn…基準値、Va,Vb…計測波形、Wa,Wb…理想波形、S13…計測パラメータ算出手段、S15…理想パラメータ取得手段、S16…ガス補正手段、S17…誤差学習手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランク軸の回転と同期して回転するロータに複数の被検出部が設けられた被検出回転体と、
前記被検出部を検出してクランク角信号を出力するクランク角センサと、
検出した前記クランク角信号に基づき前記クランク軸の瞬時回転速度を計測する計測手段と、
を備えた内燃機関に適用され、
クランク角に対する瞬時回転速度の変化を表した波形をNE波形と呼び、複数の前記被検出部が前記ロータに対して正規の位置にあると仮定した場合における前記NE波形を理想波形と呼び、前記計測手段により計測された瞬時回転速度の変化を表した波形を計測波形と呼び、前記理想波形から導き出される数式のパラメータを理想パラメータと呼び、前記計測波形から導き出される数式のパラメータを計測パラメータと呼ぶ場合において、
所定期間における瞬時回転速度の平均速度であって、複数の異なる前記平均速度を基準値として設定し、複数の前記基準値ごとに対応する前記理想パラメータを記憶する記憶手段と、
前記計測手段による計測結果に基づき、現時点での前記計測パラメータを算出する計測パラメータ算出手段と、
現時点での前記平均速度に対応する前記理想パラメータを前記記憶手段から取得する理想パラメータ取得手段と、
前記理想パラメータ取得手段により取得された前記理想パラメータと、前記計測パラメータ算出手段により算出された前記計測パラメータとの誤差を学習する誤差学習手段と、
を備えることを特徴とする内燃機関の学習装置。
【請求項2】
前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる特定の周波数成分の波形を表した数式のパラメータを、前記理想パラメータとして記憶しており、
前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形に含まれる前記特定の周波数成分の波形を表した数式のパラメータを、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の学習装置。
【請求項3】
前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる特定の周波数成分の波形の振幅および位相を、前記理想パラメータとして記憶しており、
前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形を前記特定の周波数で離散フーリエ変換して得られた振幅および位相を、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする請求項2に記載の内燃機関の学習装置。
【請求項4】
前記理想波形に含まれる波形成分のうち、前記内燃機関のピストン慣性に起因した波形成分を慣性起因波形と呼び、前記内燃機関の気筒内ガスの圧縮膨張に起因した波形成分をガス起因波形と呼ぶ場合において、
前記記憶手段は、前記理想パラメータを、前記慣性起因波形を表すパラメータである慣性起因パラメータと、前記ガス起因波形を表すパラメータであるガス起因パラメータとに分けて記憶しており、
現時点での気筒内へ充填されるガス量またはそのガス量に相当するパラメータに基づき、前記ガス起因パラメータを補正するガス補正手段を備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項5】
前記記憶手段は、前記内燃機関の燃料噴射をカットしている時の前記理想波形を対象として、前記理想パラメータを記憶しており、
前記誤差学習手段は、前記内燃機関の燃料噴射をカットしていることを条件として前記学習を実施することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項6】
前記記憶手段は、前記クランク軸から車両駆動輪へのトルク伝達経路が機械部品で連結されている時の前記理想パラメータと、非連結時の前記理想パラメータとを別々に記憶しており、
前記理想パラメータ取得手段は、現時点での前記トルク伝達経路の連結状態に応じた前記理想パラメータを前記記憶手段から取得することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項7】
前記記憶手段は、前記クランク軸の回転速度を変速して伝達する変速装置の変速段ごとに前記理想パラメータを記憶しており、
前記理想パラメータ取得手段は、現時点での前記変速段に応じた前記理想パラメータを前記記憶手段から取得することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項8】
前記クランク軸の回転力により駆動する補機の、現時点での駆動負荷に基づき、前記理想パラメータを補正する負荷補正手段を備えることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項9】
前記記憶手段は、前記理想波形に含まれる複数の周波数成分を組み合わせた波形を表した数式のパラメータを、前記理想パラメータとして記憶しており、
前記計測パラメータ算出手段は、前記計測波形に含まれる前記複数の周波数成分を組み合わせた波形を表した数式のパラメータを、前記計測パラメータとして算出することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項10】
前記誤差学習手段は、前記クランク軸から車両駆動輪へのトルク伝達が遮断されていることを条件として前記学習を実施することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。
【請求項11】
前記誤差学習手段は、前記内燃機関の冷却水温度が所定値以上であることを条件として前記学習を実施することを特徴とする請求項1〜10のいずれか1つに記載の内燃機関の学習装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−87724(P2013−87724A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230720(P2011−230720)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】