説明

円偏光発光性材料

【課題】共役高分子にキラルな置換基を導入することなく、より簡易な方法でかつ効率の高い共役高分子系の円偏光発光材料を開発する。
【解決手段】らせん構造を有する多糖を用い、これを非共有結合的に共役高分子にコンジュゲートさせることによって得られる多糖/共役高分子複合体を円偏光発光材料として利用する。例として、共役高分子としてポリ(3−(4−メチル−3’−チエニルオキシ)プロピルトリメチルアンモニウムクロリド)が、多糖としてシゾフィランのようなβ−1,3−グルカンが好適に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光デバイス、液晶ディスプレイ用デバイス、有機偏光板、大面積発光、発光分子ワイヤー等として有用な、有機高分子系の新規な円偏光発光性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
共役高分子はその興味深い機能特性によってEL素子や電界効果トランジスタ、センサーや太陽電池など様々なデバイスに応用される機能性材料である。その電子的、光学的特性は基底状態、励起状態双方における共役高分子のコンフォメーションや鎖間相互作用に大きく依存することから、近年ではこれらを厳密に制御したデバイスの設計が試みられている。
【0003】
しかしながら、デバイスへの応用を考慮して共役高分子溶液から薄膜の調製を行おうとした場合、得られる構造体は溶媒乾燥過程における濃度変化に伴ったコンフォメ−ションや鎖間相互作用の変化によってその物性が劇的に変動することが知られている。
【0004】
Swagerらはその劇的な変化を利用し、キャストする溶媒の違いによって導電性高分子会合体のねじれの向きを制御する研究を行っているが、そのような劇的な変化は予測が大変困難であり、溶液中における立体構造が薄膜中と同じになるとは限らない。
【非特許文献1】A. Satrijo,S. C. J. Maskers, T. M. Swager, J. Am. Chem. Soc., 128, 9030 (2006).
【0005】
円偏光発光は、蛍光プローブが存在するキラル環境を調べることで溶液中におけるタンパク質のコンフォメーションを決定する、優れた感度をもつ手法の一つとして発展してきた。最も研究されているのはランタニドやアクチニド錯体などである。また円偏光発光はCDスペクトルが基底状態のキラリティーを観測するように、励起状態のキラリティーを観測するためにも用いられる。
【非特許文献2】J. P. Riehl,F. S. Richardson, Chem. Rev., 86, 1 (1986).
【0006】
一方、近年では発光材料として円偏光発光を用いる例が出てきており、本質的な円偏光光源の構築が試みられている。生じる発光の偏光を分子設計やマトリックス設計によって自由に制御することが出来れば、種々の発光デバイスや、センサー、液晶ディスプレイ用デバイス、有機偏光板、多元メモリーデバイスなど多くの分野に有用であると考えられる。
【0007】
また、最近、ランタニド錯体を用いて円偏光発光の発現させた例が報告されている。この系は量子収率が非常に高く、かつ1種類の配位子にて数種のランタニドカチオンの円偏光発光を可視領域に発現できたことが評価されている。その他にも液晶を用いたアプローチも報告されている。
【非特許文献3】J. P. Riehl,F. S. Richardson, Chem. Rev., 86, 1 (1986).
【0008】
これらと比較すると、共役高分子を用いた円偏光発光は安定した薄膜形成能や共役長の変化を利用したセンサーや発光波長の制御などがメリットになると期待される。この種の円偏光性発光性材料として知られているのは、共役高分子の側鎖にキラルな置換基を導入することで共役高分子にらせん構造を付与し、円偏光発光の機能を発揮させるものであり、らせん構造の共役高分子の合成に工夫を要する。
【特許文献1】特開2004-107542
【特許文献2】特開2004-109707
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、共役高分子にキラルな置換基を導入することなく、より簡易な方法でかつ効率の高い共役高分子系の新しいタイプの円偏光発光性材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、らせん構造を呈する天然の多糖を用い、これを非共有結合的に共役高分子にコンジュゲート(複合体化)させて得られる多糖/共役高分子複合体を円偏光発光材料として利用するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に従えば、導電性高分子として一般的に得られる共役高分子と天然に得られる多糖とが使用可能であるので、円偏光発光材料としての製造コストが安価である。本発明に従う多糖/共役高分子複合体から成る円偏光性発光性材料においては共役高分子は多糖のラッピングにより一本鎖に分散されることから共役高分子同士の凝集を防止する効果などがあり、円偏光発光の効率が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
各種の共役高分子とβ−1,3−グルカンのような多糖とが非共有結合的相互作用、すなわち、水素結合性および疎水性相互作用により、らせん状の複合体を形成することは本発明者らにより既に明らかにされている。すなわち、β−1,3−グルカンは、天然に存在する状態では一般に三重のらせん構造を形成しているが、非プロトン性極性溶媒またはアルカリ水溶液の中で一本鎖のランダムコイル状に解離し、そして、水中でらせん状に巻き戻るが、その際に共存物があるとその共存物をらせん構造の内部に巻き込んだ複合体を形成することが本発明者らにより発見されている。
【特許文献3】特開2006-131735
【特許文献4】特開2006-160770
【特許文献5】特開2006-241334
【非特許文献4】C. Li, M. Numata, A. -H. Bae, K.Sakurai, S. Shinkai, J. Am. Chem. Soc., 127, 4548 (2005).
【0013】
上述のように、共役高分子に円偏光発光機能を持たせるために、らせん状の構造をとらせることが有効とされ、そのために従来は高分子の側鎖にキラルなアルキル基の導入が考案されている(特許文献1および2)。本発明では、共役高分子を細工するのではなく、元来、天然の状態でらせん構造をとっているβ-1,3-グルカンのような多糖の機能を利用する。キラルな側鎖を有しない共役高分子に非共有結合的に多糖をコンジュゲートさせることにより、共役高分子にらせん構造を誘起させることが可能なことは既に本発明者らによって見出されている(特許文献5、非特許文献4)。そして、本発明は、このような系で実際に円偏光発光が起こることを、今回、本発明者が初めて確認したことに基づくものである。
【0014】
共役高分子と多糖との非共有結合的な複合体の形成については、既に本発明者らによる上記特許出願においても明らかにしている。すなわち、一本鎖の多糖(β−1,3−グルカン)を含有する非プロトン性極性溶媒〔例えば、DMSO(ジメチルスルホキシド)〕溶液またはアルカリ水溶液と、共役高分子の水溶液とを混合した後、インキュベートすることにより調製することができる。
【0015】
本発明は、天然の状態でらせん構造を呈している多糖に適用可能であるが、特に好ましいのはβ−1,3−グルカンである。β−1,3−グルカンとは、よく知られているように、グルコースがβ1→β3グルコキシド結合により結合された多糖である。本発明においては、適当な数の側鎖を有するシゾフィラン、スクレログルカン、レンチナンなどのβ−1,3−グルカンを用いるのが好ましく、特に好ましいのはシゾフィランである。
【0016】
本発明は、機能性材料として知られている共役高分子に適用されるが、特に好ましいのは導電性物質(導電性高分子)である。好ましい導電性高分子の例として、ポリチオフェン、ポリジアセチレン、ポリアセチレン、ポリピロール、ポリアニリン、ポリフルオレン、およびこれらの誘導体が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
以下に、本発明の特徴を更に具体的に示すために実施例を示す。以下の実施例は、共役高分子として、ポリチオフェン誘導体の1種であるポリ(3−(4−メチル−3’−チエニルオキシ)プロピルトリメチルアンモニウムクロリド)、〔英語名poly(3-(4-methyl-3’-thienyloxy)propyltrimethylammonium chloride)で、以下PT-1と略称する〕を用い、また、多糖としてβ-1,3-グルカンの一種であるシゾフィラン(以下SPGと略記する)を用いる複合体の調製と、その複合体の円偏光発光機能の確認を示すものであるが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。なお、PT-1とSPGの化学構造は図1および図2に、SPG/PT-1複合体による円偏光発光の概念図を図3に示した。
【実施例1】
【0018】
SPG/PT-1複合体の調製 使用したSPGは、三井製糖(株)から提供されたもので、三重らせん構造体の平均分子量は45万(一本鎖あたり15万)である。PT-1の平均分子量は約1万(約6,000~10,000程度)である。SPG/PT-1複合体の調製には、まず、SPG
8mg/ml DMSO溶液70μlを(PT-1の6mM水溶液35μl+水595μl)の混合物に加え、室温で撹拌後12時間静置した。得られた複合体溶液中のPT-1の濃度はモノマー単位で0.3mM、同じくSPG濃度は繰り返し構造単位(図1参照)で0.6mM、Vwは95(v/v)%である。また、本複合体の紫外および可視吸収スペクトルを図4(A)に、電子および蛍光スペクトルを図4(B)に示した。
【実施例2】
【0019】
SPG/PT-1複合体の円偏光発光測定 実施例1で調製したSPG/PT-1複合体溶液のCPL(円偏光)測定を、日本分光製JASCO CPL-200分光器を用いて行った。測定条件はEx:410nm(スリット幅1500μm)、Em:(スリット幅2000μm)、測定範囲:500〜700nm、積算回数:16回、走査速度:50nm/min、レスポンス:2sec、データ取り込み間隔:0.5nm、温度:室温、感度100mdeg、走査モード:Continuousである。PT-1は蛍光量子収率が高くないため、スリット幅を広めに設定して測定を行った。測定にはPT-1単独の吸収波長である410nmを励起した。
【0020】
CPL測定結果は図5(A)に示したように、SPG/PT-1複合体の蛍光波長領域に正のCPLシグナルが確認された。上部の線が円偏光発光、下部の線が通常の発光スペクトルで、同時測定の結果を示している。そのため、この二つのスペクトルを解析することで、発生した蛍光のうちどれだけが円偏光しているかがわかる。g(CPL)=5.8×10-3となりg(CD)=6.0×10-3とほぼ一致していることも確かめられた。つまりこの発光(図5(B))はCDにて確認された右巻きらせん構造をとったPT-1からの発光であることが確かめられた。またCPLシグナルの半値幅は約90〜100nmであり、CDシグナルの半値幅とほぼ一致している。このことからも同様のことが言える。以上、SPG/PT-1複合体が安定に円偏光発光することを確認した。
【0021】
〔比較例1〕
SPGによる共役高分子同士の会合を防止する効果 共役高分子は会合させてしまうと、その蛍光量子収率が大幅に減少することが知られている。しかし本発明に従う多糖/共役高分子複合体から成る円偏光発光性材料においては共役高分子は多糖のラッピングにより一本鎖に分散されることから共役高分子同士の会合を防止する効果が期待される。そこで、PT-1単独またはSPG/PT-1複合体の溶液にあえて貧溶媒のアセトンを添加して共役高分子を凝集させることを図った試料の蛍光の変化を調べた。まず、PT-1単独の状態でアセトンを滴下したところ、PT-1の会合体形成を示す吸収変化が顕著に確認され、かつ蛍光強度の大幅な減少が確認された。しかし実施例1で調製したVw=95(v/v)%溶液のアセトン大過剰の液中での蛍光強度の変化を調べたところ、SPG/PT-1複合体の場合は黄色の凝集物が時間の経過とともに生成することが確認されたものの(図6)、PT-1の会合を示す吸収変化は全く確認されず、また蛍光強度も保持されることが確認された(図7)。
【0022】
〔比較例2〕
従来のキラル会合体との比較 キラル誘起剤としてD-グルコース(D-glu)をPT-1に添加した系の水/アセトン混合液中での紫外-可視およびCDスペクトルを、実施例2と同じSPG/PT-1複合体の溶液のスペクトルと比較した(図8)。得られたスペクトルの違いから、SPG複合体とD-gluが誘起するキラル会合体とでは、PT-1の構造形態に大きな差異があることが認められた。この違いは本系が、共役高分子に多糖とコンジュゲートさせることで、共役高分子が一本鎖に分散された状態でらせん状の構造を誘起されていることを示すものであり、〔比較例1〕のSPGによる共役高分子同士の凝集を防止する効果から、このような系が高効率の円偏光性発光を実現することを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、高分子系の円偏光発光性材料として、発光デバイス、有機偏光板、大面積発光など諸分野における利用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】PT-1のモノマー構造を示す。
【図2】1本鎖SPGの繰り返し単位構造を示す。
【図3】SPG/PT-1複合体の円偏光発光概念図を示す。
【図4】(A)はSPG/PT-1複合体の紫外および可視吸収スペクトル(実施例1)を示す。(B)はSPG/PT-1複合体の電子および蛍光スペクトル(実施例1)を示す。
【図5】(A)はSPG/PT-1複合体の発光スペクトル(実施例2)を示す。(B)はSPG/PT-1複合体の発光状態(実施例2)を示す。
【図6】水/アセトン混合物中のSPG/PT-1複合体(比較例1)を示す。
【図7】アセトン非添加(破線)および添加溶媒(実線)中のPT-1単独およびSPG/PT-1複合体の蛍光スペクトル(比較例1)を示す。
【図8】SPG/PT-1複合体およびD-gluc/PT-1複合体の紫外およびCDスペクトル(比較例2)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
らせん構造を呈する多糖と共役高分子との多糖/共役高分子複合体から成ることを特徴とする円偏光発光性材料。
【請求項2】
共役高分子が導電性物質であることを特徴とする請求項1の円偏光性発光性材料。
【請求項3】
導電性物質がポリチオフェン化合物であることを特徴とする請求項2の円偏光性発光性材料。
【請求項4】
多糖がβ−1,3−グルカンであることを特徴とする請求項1の円偏光性発光性材料。
【請求項5】
β−1,3−グルカンがシゾフィランであることを特徴とする請求項4の円偏光性発光性材料。
【請求項6】
ポリチオフェン化合物がポリ(3−(4−メチル−3’−チエニルオキシ)プロピルトリメチルアンモニウムクロリド)であることを特徴とする請求項3の円偏光性発光性材料。


【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−303306(P2008−303306A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−152339(P2007−152339)
【出願日】平成19年6月8日(2007.6.8)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】