説明

凸版印刷用凸版、その製造方法および精密印刷製造物

【課題】溶剤による膨潤がなく、フォトレジストなどによるパターン作製に必要なマスクを用いずに、所定の個所にのみ直接描画できる凸版印刷用凸版およびその製造方法を提供する。
【解決手段】下記工程(i)および(ii)を含むことを特徴とする凸版印刷用凸版の製造方法;工程(i):フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水化処理を施すことによって、親水化処理部20を形成する工程、および工程(ii):該親水化処理部20の表面20sに、レーザーアブレーション(laser abrasion)または切削加工を施すことによって、印刷画像に対応した平面形状の凹部1cを形成する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凸版印刷用凸版、その製造方法および精密印刷製造物に関する。さらに詳しくは、本発明は、フッ素樹脂を基材として、その表面に薄い親水化処理部を設けた凸版印刷用凸版、その製造方法および有機エレクトロルミネッセンス素子などの精密印刷製造物に関する。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス素子(以下「有機EL素子」ともいう。)の高精細化に伴い、凸版印刷法によってパターン形成する手法が検討されている。被印刷基材はガラスや樹脂製であり、これら被印刷基材への印刷時に印刷用凸版による傷を被印刷基材につけないという点から、印刷用凸版の主成分はゴムや樹脂からなる。
【0003】
しかしながら、ゴムや樹脂(フッ素樹脂基材を除く)などのような材料は、有機EL素子の印刷に使用する有機溶剤(例えば、トルエン、キシレンなど)に対して膨潤や変形が起こりやすい。そのため位置精度の良いパターンが得られないという問題がある。
【0004】
そこで、特許文献1に記載されている凸版印刷用凸版は、金属凸版上に樹脂層(UV硬化樹脂層)を設け、樹脂部の割合を少なくすることで凸版全体の膨潤を抑制することができ、加工寸法の工夫で、凹部へのインキ流れ込みを防止することができる。
【0005】
しかしながら、印刷画像に対応した凹凸が形成された金属凹凸基板への樹脂層の積層は、高精度の位置合わせと露光技術を必要とし、未硬化部を洗い流す必要が生じる。(すなわち、廃液が発生する。)
また、仮に樹脂層が剥がれてしまった場合には、露出した金属によって、被印刷基材が傷つくおそれがある。さらに、特許文献1では、耐溶剤加工としてフッ素被覆を行っており、被覆操作が煩雑であり、また、このフッ素樹脂被覆部が剥がれるおそれもある。
【0006】
他方、特許文献2には、図5に示すように、凸状部形成層10a(例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)など)とベース基材層10bとからなる印刷用凸版Sに、レジスト300をコーティングし、フォトリソグラフィー法により凸版頂部面にレジスト層を作製し、続いてインキ撥液性材料(例えば、フッ素系ポリマーなど)を全面にコーティングすることによってインキ撥液性層200を形成した後、レジストを除去するもので、凹凸部でインキとの接触角を設けることで、位置精度のよいパターンを得るものである。
【0007】
しかしながら、この特許文献2に記載の発明も、上述の特許文献1に記載の発明と類似の欠点を有し、PET樹脂フィルム上の凹部フッ素樹脂被覆が剥がれると、接触角差がなくなり、精度良いパターンが得られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−112128号公報
【特許文献2】特開2007−299568号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、溶剤による膨潤がなく、フォトレジストなどによるパターン作製に必要なマスクを用いずに、所定の個所にのみ直接描画できる凸版印刷用凸版およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、上記製造方法により得られ、高精細な印刷画像の精密印刷製造物、特に、高精細な印刷画像技術により得られる高精度の有機エレクトロルミネッセンス素子などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく鋭意検討した結果、凸版印刷用凸版の基材をすべてフッ素樹脂とすることによって、溶剤による膨潤がなく、金属板などの表面にフッ素樹脂をコーティングした凸版より耐久性が高く、かつフォトレジストなどによるパターン作製に必要なマスクを用いずに、所定の個所にのみ直接描画できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の凸版印刷用凸版の製造方法は、下記工程(i)および(ii)を含むことを特徴とする。
工程(i):フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水化処理を施すことによって、親水化処理部20を形成する工程、および
工程(ii):該親水化処理部20の表面20sに、レーザーアブレーション(laser abrasion)または切削加工を施すことによって、印刷画像に対応した平面形状の凹部1cを形成する工程。
【0013】
上記フッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、架橋PTFE、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)およびポリ(クロロトリフルオロエチレン)(PCTFE)からなる群から選択される少なくとも1種のフッ素樹脂であることが好ましい。
【0014】
上記親水化処理は、ナトリウム−アンモニア処理(a)、UV照射処理(b)、オゾン照射処理(c)、真空プラズマ処理(d)、大気圧プラズマ処理(e)、UV照射処理(b)の後もしくはプラズマ処理(d)または(e)の後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有しかつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に浸漬する処理(f)、真空プラズマ重合処理(g)ならびに大気圧プラズマ重合処理(h)よりなる群から選択される少なくとも1つの処理であってもよい。
【0015】
株式会社アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8により、5mgの触針圧で測定した上記親水化処理部20の厚さhは、好ましくは0μmを超え1μm以下、より好ましくは0.02〜0.8μmである。
【0016】
液滴法により測定したキシレンによる濡れの接触角は、上記表面20sの場合、5°〜15°であり、上記基材1の表面1aまたは1sの場合、25°〜35°であることが好ましい。
【0017】
本発明の凸版印刷用凸版は、上記製造方法により製造されることを特徴とし、また本発明の精密印刷製造物は、該凸版印刷用凸版を用いて、基板にパターン印刷して得られることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、凸版の基材をすべてフッ素樹脂とすることによって、溶剤による膨潤がなく、フッ素樹脂をコーティングした凸版より耐久性が高く、かつフォトレジストなどによるパターン作製に必要なマスクを用いずに、所定の個所にのみ直接描画できる(なお、描画プログラムを変更するのみの操作によって、様々なパターンの描画に対応できる。)ことから使用するインキ量を削減でき、またフォトレジストなどの手法に必須の洗浄工程が不要となり、さらに親水化処理部の厚さが1μm以下であることから、親水化処理部の膨潤の影響がより小さく、仮に親水化処理部が剥離した場合も、被印刷材に傷をつけることのない凸版印刷用凸版およびその製造方法を提供することができる。
【0019】
また、本発明は、上記製造方法により得られ、高精細な印刷画像の精密印刷製造物、特に、高精細な印刷画像技術により得られる高精度の有機エレクトロルミネッセンス素子などを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1(A);(B−1)または(B−2);(C)および(D)は、本発明の凸版印刷用凸版の製造方法を模式的に示した図である。なお、基材1と親水化処理部20,21,22との境界は、明白に存在するものではないことから、点線で示す。また、親水化処理部20,21,22は、その親水化処理が一様に及んでいない場合があり、そのような場合、親水化処理部20,21,22の表面から内部に向かう方向にしたがい、親水化処理の影響が徐々に弱くなっている。
【図2】図2は、フッ素樹脂からなる基材1の表面に、親水化処理を施した後の親水化基材32の親水化処理部22を拡大した模式図を示し、(1)は、UV照射処理(b)、オゾン照射処理(c)、真空プラズマ処理(d)および大気圧プラズマ処理(e)のいずれかの親水化処理を施したものを、(2)は、処理(b),(d)または(e)の後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基かつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に浸漬する処理(f)、真空プラズマ重合処理(g)および大気圧プラズマ重合処理(h)のいずれかの親水化処理を施したものを表す。
【図3】図3は、(株)アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8により、5mgの触針圧で親水化処理部20の厚さhを測定する手順、および親水化処理を施したフッ素樹脂からなる基材1の断面の模式図を示す。
【図4】図4は、大気圧プラズマ重合装置の模式図を示す。
【図5】図5は、特許文献2に記載の従来の有機EL素子作製のための印刷用凸版の側断面図を示したものであって、凸状部形成層10aとベース基材層10bとからなる印刷用凸版Sに、レジスト300をコーティングし、フォトリソグラフィー法により凸版頂部面にレジスト層を作製し、続いてインキ撥液性材料を全面にコーティングすることによってインキ撥液性層200を形成した後、レジストを除去することで、電子材料の印刷用凸版が形成される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の凸版印刷用凸版、その製造方法および精密印刷製造物について具体的に説明する。
まず、本発明に係る凸版印刷用凸版の製造方法について、図1を用いて具体的に説明する。
【0022】
<凸版印刷用凸版の製造方法>
本発明の凸版印刷用凸版の製造方法は、下記工程(i)および(ii)を含むことを特徴とするものである。
【0023】
工程(i):フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水化処理を施すことによって、親水化処理部20を形成する工程、および
工程(ii):該親水化処理部20の表面20sに、レーザーアブレーション(laser abrasion)または切削加工を施すことによって、印刷画像に対応した平面形状の凹部1cを形成する工程。
【0024】
[親水化処理部形成工程(i)]
工程(i)とは、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水化処理を施すことによって、親水化処理部20を形成する工程である。
【0025】
(フッ素樹脂からなる基材1)
本発明で用いられる基材1はフッ素樹脂からなり、「フッ素樹脂」としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、架橋PTFE、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(EPE)、ポリ(クロロトリフルオロエチレン)(PCTFE)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、低融点エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(例えば、旭硝子(株)製の「アフロンLM−ETFE」(商品名))、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などが挙げられる。
【0026】
なお、架橋PTFEとは、粉末状またはシート状のPTFEに、γ線や電子線に代表される電離性放射線を照射することで架橋させ作製したものであり、例えば、特開2000−86774号公報に記載の架橋PTFEであってもよい。市販のものとして、日立電線(株)製の「架橋ふっ素樹脂エクセロン(登録商標)」などを利用できる。
【0027】
これらのうち、有機溶剤による膨潤が生じ難く耐溶剤性に優れる点、材料硬度の点、親水化処理適性などの点)から、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、架橋PTFE、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)およびポリ(クロロトリフルオロエチレン)(PCTFE)が好ましい。
このようなフッ素樹脂は1種単独でも2種以上併用してもよい。
【0028】
(親水化処理部20)
フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに形成された親水化処理部20は、該基材1と化学的に結合していることから、該基材1と親水化処理部20との明白な境界は存在しない、すなわち、親水化層というような明白な境界を有する独立した層として規定することは難しい。
【0029】
したがって、親水化処理部20の厚さhを以下のようにして規定する。
まず、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに親水化処理を施す際、該表面1aに接するようにスライドガラスを乗せ、その一部をマスキングし、親水化処理を施す。図3に示すように、マスキングを行った部分を「マスキング部」、マスキングを行わなかった部分を「非マスキング部」と表す。マスキング部は、親水化処理がまったく施されていない部分に相当する。
【0030】
次に、(株)アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8により、マスキング部および非マスキング部それぞれ長さ2,000μm以上、5mgの触針圧でスキャンし、マスキング部と非マスキング部との境界部から500μm以内を除いた範囲で、測定部500μm幅のマスキング部および非マスキング部における高低差h“を、親水化処理部20の厚さhと規定する。なお、実際には、図1中に記載の「h」は、図3中の「α」と「h“」との和に相当するが、本発明では、親水化処理部20の厚さhに対する「α」の寄与が小さいことから、「h“」をhとみなす。
【0031】
このように規定された親水化処理部20の厚さhは、好ましくは0μmを超え、1μm以下、好ましくは0.02〜0.8μm程度である。
また、このような厚さhを上記範囲内とするためには、例えば、後述するモノマーを含む溶液に浸漬する処理(f)の場合、大気圧下、100%モノマー溶液に10分間以上浸漬すること;真空プラズマ重合処理(g)の場合、100V以上の出力電圧で、10秒間以上処理すること;大気圧プラズマ重合処理(h)の場合、15kV以上の出力電圧で、5秒間以上処理することが必要な条件である。
【0032】
親水化処理部20の厚さhが上記範囲内であると、インキに用いられるキシレンなどの溶媒による膨潤の影響を受けにくく、カスレなど生じず良好な精密印刷製造物が得られることから好適である。
【0033】
該親水化処理部20の厚さhの測定方法としては、例えば、触針式膜厚計((株)アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8)を用いた触針式、反射分光法などが挙げられ、これら測定方法は、基材1に応じて精度良く測定できるものであれば特に限定されるものではないが、親水化処理部20の光の透過・不透過に関係なく測定できることから該触針式が好ましい。
【0034】
上記「触針式」による測定方法とは、具体的に、フッ素樹脂からなる基材1の一部を、スライドグラスを乗せる等によってマスキングし、該基材1の表面1aに対して親水化処理を行い、親水化処理の有無によって生じる「段差」に針を接触かつ移動させて親水化処理部20の厚さhを測定する方法である。
【0035】
上記「反射分光法」による測定方法とは、親水化処理部20の表面20sに直接光を当て、該表面20sからの反射光を測定することで、屈折率の違いを利用して親水化処理部20の厚さhを測定する方法である。
【0036】
いずれの測定方法においても、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aの表面荒さを考慮すれば、シリコンウエハなどの平滑面への親水化処理を施した親水化基材31または32の厚さhの測定によって、厚さhの基準とすることが望ましい。
【0037】
なお、親水化処理の対象となる基材1の縦、横および厚さのサイズは特に限定されないが、基材1の厚さtは、親水化処理に充分可能な程度の厚さを有し、しかも、凸版印刷用凸版としてそのまま用いる上で、必要な強度、寸法安定性、形状安定性等の観点から、例えば、100μm〜0.5cm程度である。
【0038】
なお、本発明では、基材1の裏面1bには、通常、金属板などの裏面層を設けなくてもよいが、寸法安定性、形状安定性等の観点から、必要に応じて適宜形状、厚さの金属板等からなる裏面層を設けてもよい(図示せず)。その際は、基材1と金属板を熱融着させた後、工程(i)を施すことが好ましい。または、基材1の裏面1bにも工程(i)を施し、接着剤で金属板と貼り合わせることができる。熱膨張係数が小さいポリイミドなどの樹脂層を層間に挿入しても良い。
【0039】
上記「親水化処理」としては、例えば、ナトリウム−アンモニア処理(a);UV照射処理(b)、オゾン照射処理(c)、真空プラズマ処理(d)ならびに大気圧プラズマ処理(e);UV照射処理(b)後もしくはプラズマ処理(d)または(e)後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を有しかつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に、少なくとも処理すべき基材1の表面1aを浸漬する処理(f);真空プラズマ重合処理(g);大気圧プラズマ重合処理(h)などが挙げられる。
【0040】
「ナトリウム−アンモニア処理(a)」とは、金属ナトリウムを液体アンモニアに溶解させた溶液を用いて、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aを炭化する、すなわち、図1(B−1)に示すように、該表面1aに存在する多くのフッ素原子が引き抜ぬかれることによって、炭素同士が直接結合したり、酸素を介して結合(エーテル結合および/またはカルボニル基の形成)したりして、その結果、該表面1aが親水化した親水化処理部21を得る処理をいう。ただし、この処理(a)は環境負荷が大きい。
【0041】
「UV照射処理(b)、オゾン照射処理(c)、真空プラズマ処理(d)ならびに大気圧プラズマ処理(e)」とは、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水基(例えば、カルボキシル基、水酸基など)を形成する、すなわち、図2(1)に示すように該表面1aの−(CF)n−鎖に発生させたフリーラジカルが酸素や水と反応すると推定され、その結果、カルボキシル基、水酸基などの親水基が形成される処理をいい、図1(B−2)において、このような親水化処理は、基材1の内部までその効果が浸透する場合もある。ただし、これらの処理(b)〜(e)は、処理効果が長持ちせず、親水性が劣化する経時変化が認められる場合がある。
【0042】
「UV照射処理(b)後もしくはプラズマ処理(d)または(e)後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を有しかつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に、少なくとも処理すべき基材1の表面1aを浸漬する処理(f)」とは、図2(2)に示すようにカルボキシル基、水酸基等を有する分子鎖構造をグラフト化する、すなわち、上記処理(b),(d),(e)後に発生したラジカルを利用してカルボキシル基、水酸基などの官能基および不飽和結合を有するモノマーを結合および/または重合させる処理をいい、図1(B−2)において、このような親水化処理は、基材1の内部までその効果が浸透する場合もある。
【0043】
このようなモノマーとしては、例えば、2−プロピン−1−オール、2−メチル−3−ブチン−2−オール、アクリル酸、メタクリル酸、アリルアルコール、メチルメタクリレート、アリルアミン、アクリルアミドなどが挙げられる。これらモノマーは1種単独でも、2種以上併用してもよい。
【0044】
ただし、この処理(f)は、溶液浸漬工程に数時間を要する。
「真空プラズマ重合処理(g)」とは、真空(圧力:1〜100Pa)下、上記モノマーのガスを用いて、カルボキシル基、水酸基等を有する分子鎖構造をグラフト化する、すなわち、フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、カルボキシル基、水酸基などの官能基および不飽和結合を有するモノマーを重合させる処理をいい、図1(B−2)において、このような親水化処理は、基材1の内部までその効果が浸透する場合もある。
【0045】
なお、このようなモノマーは、プラズマ中で分解していると考えられ、モノマーが有する不飽和結合を介した重合ではなく、架橋するなど複雑な反応が進行していると推定される。
【0046】
このようなモノマーの例示化合物は、上述したものと同様である。
ただし、この処理(g)は、真空下で処理するため、生産性が悪く、大面積処理の場合、装置が大掛かりになる。
【0047】
「大気圧プラズマ重合処理(h)」とは、上記「真空プラズマ重合処理(g)」を真空下ではなく大気圧下で行ったものをいう。
このような処理(h)は、環境負荷が小さく、モノマーガスを用いて処理対象表面に親水膜を形成させるため、上述した親水基を形成する処理(b)〜(e)と比べ、処理効果が長持ちする。また、モノマー溶液に浸漬する処理(f)と比べ、1工程で済むため処理時間が短く、かつより薄膜を形成できる。さらに、真空プラズマ重合処理(g)に比べ生産性に優れる。
【0048】
これらの親水化処理法のうちで、大気圧プラズマ重合処理(h)が、処理効率が高い(生産性に優れる)点で好ましい。また、このような親水化処理は、1種単独で用いてもよく、2種以上併用してもよい。
【0049】
このようにフッ素樹脂からなる基材1の親水化処理を行うと、未処理のフッ素樹脂からなる基材1の表面1a(または切削加工されたフッ素樹脂からなる基材1の凹部1cの露出したフッ素樹脂基材表面1s)に比して、親水化処理部20の表面20sでは、この親水化処理部表面20sと蒸留水、キシレン等との濡れの接触角を大幅に低下させることができる。
【0050】
例えば、液滴法により測定した蒸留水との濡れの接触角は、室温で、未処理のフッ素樹脂(表面1a)が通常90°〜110°であるのに対し、親水化処理部20の表面20sは、好ましくは70°〜20°、より好ましくは40〜20°である。
【0051】
液滴法により測定したキシレンとの濡れの接触角は、室温で、未処理のフッ素樹脂(表面1a)が好ましくは20°〜50°、より好ましくは25°〜35°であるのに対し、親水化処理部20の表面20sは、好ましくは0°〜15°、より好ましくは0°〜5°である。
【0052】
なお、キシレンによる濡れの接触角の差、すなわち、{表面1sの接触角}−{表面20sの接触角}は、5°〜50°が好ましい。
液滴法により測定したプロピレングリコールとの濡れの接触角は、室温で、未処理のフッ素樹脂(表面1a)が好ましくは50°〜70°、より好ましくは55°〜65°であるのに対し、親水化処理部20の表面20sは、好ましくは30°〜50°、より好ましくは20°〜30°である。
【0053】
また、液滴法により測定したレジスト液との濡れの接触角は、室温で、未処理のフッ素樹脂(表面1a)が好ましくは40°〜60°、より好ましくは45°〜55°であるのに対し、親水化処理部20の表面20sは、好ましくは20°〜40°、より好ましくは15°〜25°である。なお、レジスト液は、ネガ型、ロールコーター塗布タイプの、アクリル樹脂系エッチングレジスト(互応化学工業(株)製の「RB−3308」など)である。
【0054】
なお、液滴法は、協和界面科学(株)製の「CA−VE型」などを用いて、蒸留水10μLを、シリンジから試料表面に滴下し、1秒後の液滴をθ/2法により測定するものであり、JIS−K2396に準拠する。
【0055】
本発明では、親水化処理面20sでは、未処理物(基材1)の表面1aと比して、インキの乗りが良い、余剰インキ掻き取り後もインキを担持するという効果が得られるため好ましい。
【0056】
このように、フッ素樹脂からなる基材1の表面(およびその近傍)に親水化処理を施してなる親水化基材31または32を使用した凸版は、従来のゴム基材や樹脂基材(フッ素樹脂基材を除く)の凸版印刷用凸版に比して、耐溶剤(溶剤として、トルエン、キシレン等)性に優れ、膨潤や変形が起き難く、位置精度に優れたパターンが得られ、また、特許文献1(特開2007−112128号公報)や、特許文献2(特開2007−299568号公報)に記載の発明に比して、樹脂層の剥離の問題もなく、精度良いパターンを形成できる、という利点を有する。
【0057】
このような親水化処理によって得られた親水化処理部20は、その厚さとして0μmを超え1μm以下が好ましく、0.02〜80μmがより好ましい。
親水化処理部20の厚さが上記範囲内であると、インキに用いられるキシレンなどの溶媒による膨潤の影響を受けにくく、カスレなど生じず良好な精密印刷製造物が得られるため好適である。
【0058】
[凹部形成工程(ii)]
工程(ii)とは、上記親水化処理部20の表面20sにレーザーアブレーションまたは切削加工を施すことによって、その表面20sから、フッ素樹脂からなる基材1の内部に向かって、印刷画像に対応した平面形状の凹部1cを形成する工程である。
【0059】
「レーザーアブレーション」とは、固体材料であるフッ素樹脂からなる基材1および親水化処理部20の表面20sに強いレーザー光を照射したとき、基材1および親水化処理部20を構成する元素が様々な形態(例えば、原子、分子、ラジカル、クラスター、液滴、これらのイオンなど)で爆発的に放出され、表面20sおよび1sがエッチング(またはエロージョン)される現象の総称である。
【0060】
「切削加工」とは、フッ素樹脂からなる基材1および親水化処理部20の一部を(例:フライス盤)などの機械・器具にて物理的(機械的)に切削・除去することにより、所望する形状、精度に加工することをいう。
【0061】
レーザーアブレーションまたは切削加工は、目的により適宜選択することができる。
形成された凸部1eのアスペクト比(=凹部1cの深さd/凸部1eの幅w)は、好ましくは2〜20、より好ましくは10〜20である。
【0062】
凸部1eの形状は、アスペクト比2〜20が望ましく、10〜20がより好ましい。アスペクト比が上記範囲内であると、良好な精密印刷製造物が得られるため好適である。
なお、凹部1cの深さdおよび凸部1eの幅wは、例えば、レーザー顕微鏡などの測定方法により測定される。
【0063】
<凸版印刷用凸版>
本発明の凸版印刷用凸版は、上記「凸版印刷用凸版の製造方法」により製造されることを特徴とするものである。
【0064】
このような本発明の凸版印刷用凸版では、インキに用いられるキシレンなどの溶媒による膨潤の影響を受けにくく、カスレなど生じず良好な精密印刷製造物が得られるという効果が得られる。
【0065】
(凸版印刷用凸版の特性)
本発明に係る凸版印刷用凸版を2cm×2cmの大きさに調製して得られた試験片を、25℃のキシレン中に7日間浸漬後、取り出し、親水化処理部20の表面20sの光沢は増すことが好ましく、さらにその光沢が失われる速さが遅い、すなわち、キシレンが揮発しにくいことが好ましい。
【0066】
凸版印刷用凸版の印刷性能は、松尾産業(株)製のRKフレキシプルーフ100を用いて評価する場合、好ましくは「膨潤により印刷品位が少なからず低下し、随時調整が必要なことがある」、より好ましくは「印刷品位が変わらず、印刷条件の調整が不要」である。
【0067】
<精密印刷製造物>
本発明の精密印刷製造物は、上記「凸版印刷用凸版」を用いて、基板にパターン印刷して得られることを特徴とするものである。
【0068】
このような本発明の精密印刷製造物としては、例えば、高精細の位置精度を具備した、高精度の有機EL素子、カラーフィルター、回路基材、薄膜トランジスター、マイクロレンズ、バイオチップなどが挙げられ、従来の物と比べて必要な箇所のみに描画できるという理由から使用するインキ量の削減と洗浄工程が不要となるという効果を有する。
【0069】
なお「有機EL素子」は、少なくとも第一電極、第二電極および有機発光層を含む有機発光媒体層からなり、両電極から有機発光層に電流を流すことにより有機発光層を発光させるものであって、有機発光媒体層を形成する材料を溶剤に溶解または分散させてなる塗工液を、上記「凸版印刷用凸版」を用いて、凸版印刷法により、基板にパターン印刷し、有機発光媒体層を形成することにより得られることが好ましい。
【実施例】
【0070】
次に、本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
なお、得られた凸版印刷用凸版の親水化処理部2の厚さ(膜厚)ならびにキシレンによる接触角の測定、およびキシレンによる膨潤特性ならびに印刷性能の評価は以下にしたがって行った。
【0071】
(1)親水化処理部20の厚さh
親水化処理部20の厚さ(膜厚)hを、触針式膜厚計((株)アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8)で測定した。
【0072】
(2)濡れの接触角
未処理のPTFEからなる基材1の表面1aまたは親水化処理部20の表面20sと、キシレン、プロピレングリコール、蒸留水およびレジスト液(互応化学工業(株)製の「RB−3308」)との濡れの接触角を、室温下、協和界面科学(株)製の「CA−VE型」を用いた液適法により測定した。
【0073】
(3)膨潤特性
凸版印刷用凸版を2cm×2cmの大きさに調製して得られた試験片を、25℃のキシレン中に7日間浸漬後、取り出し、親水化処理部20の表面20s(実施例1,2)および基材1の表面1a(比較例1)の光沢が増したことを目視により確認し、その光沢が失われる(すなわちキシレンが揮発する)速さの順位を決定した。
【0074】
(4)印刷性能
印刷性能は、松尾産業(株)製の「RKフレキシプルーフ100」を用いて評価する。評価基準は以下に従った。
◎:印刷品位が変わらず、印刷条件の調整が不要である。
○:膨潤により印刷品位が少なからず低下し、随時調整が必要なことがある。
×:印刷時にカスレ、白抜け、ボケ等が発生する。
【0075】
[実施例1]
<親水化処理部形成工程(i)>
工程(i)において、フッ素樹脂からなる基材1としてPTFE板(縦×横×厚さ=12cm×9cm×0.1cm)の表面に、大気圧プラズマ重合処理(h)を施すことによって、平均して厚さh=30nmの親水化処理部20を形成した。
【0076】
なお、大気圧プラズマ重合処理(h)は、以下に列挙した条件の下、PTFE板表面にプラズマ照射処理を施すことによって行った。
大気圧プラズマ重合装置:プラズマ発生装置(パール工業(株)製の「Plasmastream PSC1002」)
雰囲気ガス:Arとアクリル酸との混合ガス、
Arガス流量:33L/分、
時間:10分間、
アクリル酸溶液温度:45℃の条件下で。
【0077】
具体的には、図4に示す大気圧プラズマ重合装置を用いて、まず、PTFE板を試料ステージに載せ固定した。一方、貯留槽にアクリル酸モノマー(和光純薬工業(株)製の特級;100%原液)を満たし、45℃に加熱することで、アクリル酸モノマーの蒸気を発生させた。
【0078】
次に、大気圧(約1013hPa)で、Arガスを5分間流し込み、かつ排気口から排気することで、グラフト処理槽(チャンバー;図示せず)をパージした。その後、Arガス(30L/分)を流入させつつ、Arガスおよびアクリル酸モノマーの混合ガス(3L/分)を流し込み、コロナ放電を生じさせた。このコロナ放電下に、PTFE板を晒すことで親水化処理を行った。
【0079】
<凹部形成工程(ii)>
工程(ii)として、親水化処理部20の表面20sから内部に向かって切削加工を施すことによって、深さd平均200μm、アスペクト比2の凹部1cを形成した。凹部1cの深さdおよび凸部1eの幅wの測定は、(株)キーエンス製のデジタルマイクロスコープ「VHX−900」にて行った。
得られた凸版印刷用凸版の物性値を表1に示す。
【0080】
[実施例2]
実施例1において、親水化処理部形成工程(i)の大気圧プラズマ重合処理(h)の代わりに、大気圧プラズマ処理(e)の後に、アクリル酸モノマー溶液に浸漬する処理(f)に変更した以外は実施例1と同様にして凸版印刷用凸版を製造した。
得られた凸版印刷用凸版の物性値を表1に示す。
【0081】
[比較例1]
実施例1において、親水化処理部形成工程(i)を行わなかった以外は実施例1と同様にして凸版印刷用凸版を製造した。
得られた凸版印刷用凸版の物性値を表1に示す。
【0082】
【表1】

表1から、親水化処理部の厚さが1μm以下である実施例1は、実施例2と比較して印刷性能がより優れるという傾向がみられる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の精密印刷製造物としては、例えば、有機EL素子、カラーフィルター、回路基材、薄膜トランジスター、マイクロレンズ、バイオチップなどが挙げられる。
【符号の説明】
【0084】
1・・・・・・・・・フッ素樹脂からなる基材
1a・・・・・・・・基材1の表面
1b・・・・・・・・基材1の裏面
1c・・・・・・・・印刷画像に対応した平面形状の凹部
1e・・・・・・・・印刷画像に対応した凸部
1s・・・・・・・・基材1の親水化処理されていない部分の表面
t・・・・・・・・・基材1の厚さ
20・・・・・・・・親水化処理部21および22を包含する親水化処理部
21・・・・・・・・親水化処理として、特にナトリウム−アンモニア処理(a)を施した場合の親水化処理部
22・・・・・・・・親水化処理として、特にUV照射処理(b)の後もしくはプラズマ処理(d)または(e)の後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有しかつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に浸漬する処理(f)、真空プラズマ重合処理(g)ならびに大気圧プラズマ重合処理(h)よりなる群から選択される少なくとも1つの処理を施した場合の親水化処理部
20s・・・・・・・親水化処理部20の表面
21s・・・・・・・親水化処理部21の表面
22s・・・・・・・親水化処理部22の表面
h・・・・・・・・・親水化処理部20の厚さ
31,32・・・・・親水化基材
d・・・・・・・・・凹部1cの深さ
w・・・・・・・・・凸部1eの幅
X・・・・・・・・・カルボニル基、カルボキシル基、水酸基などの官能基
S・・・・・・・・・印刷用凸版
10a・・・・・・・凸状部形成層
10b・・・・・・・ベース基材層
200・・・・・・・インキ撥液性層
300・・・・・・・レジスト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(i)および(ii)を含むことを特徴とする凸版印刷用凸版の製造方法;
工程(i):フッ素樹脂からなる基材1の表面1aに、親水化処理を施すことによって、親水化処理部20を形成する工程、および
工程(ii):該親水化処理部20の表面20sに、レーザーアブレーション(laser abrasion)または切削加工を施すことによって、印刷画像に対応した平面形状の凹部1cを形成する工程。
【請求項2】
上記フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、架橋PTFE、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)およびポリ(クロロトリフルオロエチレン)(PCTFE)からなる群から選択される少なくとも1種のフッ素樹脂であることを特徴とする請求項1に記載の凸版印刷用凸版の製造方法。
【請求項3】
上記親水化処理が、ナトリウム−アンモニア処理(a)、UV照射処理(b)、オゾン照射処理(c)、真空プラズマ処理(d)、大気圧プラズマ処理(e)、UV照射処理(b)の後もしくはプラズマ処理(d)または(e)の後に、カルボキシル基、水酸基、アミノ基およびスルホン基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有しかつ不飽和結合を有するモノマーを含む溶液に浸漬する処理(f)、真空プラズマ重合処理(g)ならびに大気圧プラズマ重合処理(h)よりなる群から選択される少なくとも1つの処理であることを特徴とする請求項1または2に記載の凸版印刷用凸版の製造方法。
【請求項4】
株式会社アルバック製の触針式表面形状測定器Dektak8により、5mgの触針圧で測定した上記親水化処理部20の厚さhが、0μmを超え1μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の凸版印刷用凸版の製造方法。
【請求項5】
JIS−K2396に準拠する液滴法によって測定されたキシレンによる濡れの接触角が、上記表面20sの場合、0°〜15°であり、上記基材1の表面1aまたは1sの場合、20°〜50°であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の凸版印刷用凸版の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法により製造されることを特徴とする凸版印刷用凸版。
【請求項7】
請求項6に記載の凸版印刷用凸版を用いて、基板にパターン印刷して得られることを特徴とする精密印刷製造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−188570(P2010−188570A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33829(P2009−33829)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(000229564)日本バルカー工業株式会社 (145)
【Fターム(参考)】