説明

分光測定試料、分光測定基板、及び、分光測定方法

【課題】テラヘルツ領域の電磁波を用いた分光分析では、従来、固体試料の場合は、フラット型又はくさび型のペレット状に試料を加工して測定していたが、干渉や試料回転角依存性の影響で、高精度な分光測定ができなかった。また、液体試料の場合は、液体セル又は試験管に試料を入れて測定していたが、測定感度が低いという問題があった。
【解決手段】固体試料の形状を電磁波の光軸に関して対称な曲面を持つペレットとした。干渉や回転角に対する依存性が低減し、高精度分光測定が可能になった。液体試料は、複数の微小な孔部を有する基板上に試料を滴下して測定することにした。孔部を通過した電磁波が集光するために、微量の試料についても高感度測定が可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波の照射を利用した物質の分光測定における測定試料、測定基板、及び、分光測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特開2005-172775
【特許文献2】特表2006-516722
【特許文献3】特表2003-529760
【非特許文献1】Japanese Journal of Applied Physics, Vol.8, No.8, 1969, pp.1046-1055
【0003】
近年、テラヘルツ電磁波を利用した物質分析や有機化学研究が注目されている。テラヘルツ電磁波(1THz=1012Hz)は、遠赤外光とも呼ばれ、周波数領域が光と電波の境界に相当するおよそ0.1THz〜30THzの電磁波である。テラヘルツ帯の周波数は、たんぱく質などの生体関連分子や高分子材料における固有振動に対応しているため、生体機能や分子構造の解析などに応用が期待されている。また、アミノ酸、ペプチド、糖類など、さまざまな有機分子の振動・回転スペクトルがこの周波数領域に存在していることから、分子識別のための指紋スペクトルとしての応用も期待されている。テラヘルツ電磁波を用いた分光測定は、近年の時間領域分光法の開発に伴い急速に進展を遂げた。光領域と異なり、テラヘルツ電磁波領域では、電場の波形そのものが測定できる。時間領域分光法は、電磁波を試料に照射して、透過波又は反射波における波形を測定し、得られた電場強度の時間波形をフーリエ変換して、電磁波のスペクトルを得る分光法である。電磁波の振幅と位相が同時に検出できることから、物質の複素屈折率や複素誘電率などの細かい検出が可能になるという特徴がある。
【0004】
(固体試料の分光分析)
特許文献1には、テラヘルツ時間領域分光法による食品試料の分光分析に関する先行技術が開示されている。特許文献1に開示された分光分析では、試料はパウダー状に粉砕し、乾燥した後、テフロン又はポリエチレンのパウダーと混合し、ペレット状に加工される。ペレットの形状は、図8(a)及び(b)に、それぞれ平面図と断面図を示すように、表面と裏面が平行でフラットな形状である。さらに、その周りをテラヘルツ波に対し透明な材料でカバーしている。
また、特許文献2には、テラヘルツ分光による医薬品タブレットなどの固形状又は半固形状試料の分光分析に関する先行技術が開示されている。特許文献2に開示された分光分析では、試料形状に関する詳細な記載はないが、添付された図面からすると、特許文献1に開示された測定試料と同様に、表面と裏面が平行でフラットな形状と推定される。
図8は、従来のフラット型試料を用いた分光測定スペクトルの例である。フラット型試料の場合は、試料の表面及び裏面で反射した電磁波による干渉がスペクトルに重畳する。干渉は、試料の厚さと屈折率に依存する周期的な周波数で発生するため、図9に示すように、透過スペクトル上に透過強度の顕著な振動として現れる。この場合、物質固有のスペクトルが振動の中に埋もれてしまい、スペクトル観察による定量分析、定性分析、及び、物質の同定ができないという問題があった。
この問題を解決するために、図8(c)及び(d)に、それぞれ、平面図及び断面図を示すように、表面と裏面がフラットで、かつ、表面が裏面に対し角度θで傾いたくさび型ペレットが開発された。角度θは、通常、経験的に0〜4°が選択される。図10は、従来のくさび型試料を用いた分光測定スペクトルの例である。フラット型試料の場合、周波数を掃引した時に、試料の屈折率と厚さに対応したところで周期的に干渉が生じるため、周波数領域の全域で振動が生じるのに対し、くさび型試料の場合は、一部の領域で干渉の影響は出るが周波数領域の全域で干渉が起きるわけではないので、フラット型試料を測定したスペクトルに見られるような全域の振動はスペクトル上に現れないことがわかる。しかし、試料の厚さが面内で変化するために、試料を光軸に対し回転させた時に、スペクトルが変化するという新たな問題が発生することがわかった。図10には、試料を光軸に対し、0度から180度まで45度ずつ変化させた場合の透過スペクトルが示されている。この例では、特に、1THzから4THzの領域におけるスペクトル変化が大きいことがわかる。このような場合、どのスペクトルが物質本来のスペクトルなのか判断できず、特に定量的な考察を行う場合に問題があった。従来は、テラヘルツ分光により得られたスペクトルの定量的な扱いがなされることが少なかったが、最近の技術革新により、テラヘルツ波発振器の出力安定性向上、発振器の出力の一部をフィードバックするダブルビーム測定法の開発等により、テラヘルツ分光においてもスペクトルの定量的扱いが重要となってきている。そのため、定量的にも再現性のあるスペクトルを得る方法の開発が望まれている。
【0005】
(液体試料の分光分析)
特許文献3には、液体試料を反射型のテラヘルツ分光装置で分析する先行技術が開示されている。図11は、特許文献3に開示された従来の液体試料の分光分析装置の断面図である。液体試料は評価分析トレイ117に保持された複数の試験管118に入れられ、液体の状態で分析される。特許文献3に示すように、従来、液体試料を分光分析する場合は、試料は液体のまま試験管に入れられていた。若しくは、液体セル中に、やはり液体のまま封入されていた。これらの従来法では、液体試料の量を少なくすると検出信号が微弱となり分析が困難となるために、微量分析を行うことができないという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、テラヘルツ電磁波を用いた分光分析において、固体試料分析の精度、信頼性、再現性の向上と液体試料分析の極微量測定の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明(1)は、電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定における試料であり、前記試料の形状が中心軸に対し対称な曲面を少なくとも一つ有する形状であることを特徴とする分光測定試料である。
本発明(2)は、前記曲面が、球面、放物面、又は、双極子面であることを特徴とする前記発明(1)の分光測定試料である。
本発明(3)は、前記形状が、平凸、平凹、両凸、両凹、又は、メニスカスのレンズ形状であることを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)の分光測定試料である。
本発明(4)は、測定対象の物質をパウダー状に粉砕した後、前記電磁波に対し透明な材料のパウダーと混合し、金型に入れて圧力を加えることにより、前記発明(1)乃至前記発明(3)の分光測定試料を作製する分光測定試料の作製方法である。
本発明(5)は、前記発明(1)乃至前記発明(3)の分光測定試料に対し、前記電磁波の光軸と前記試料の中心軸が一致するように前記試料を配置し、周波数が、0.1THz以上、30THz以下の電磁波を前記試料に照射し、透過波又は反射波を測定することを特徴とする分光測定方法である。
本発明(6)は、基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、前記電磁波に対し透明な支持基板と、前記支持基板上に形成された複数の開口部を有する前記電磁波に対し不透明な膜とから構成され、電磁波の波長λに対し、前記開口部の大きさが1/4λ以上、4λ以下であり、前記開口部の間隔が1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板である。
本発明(7)は、基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、前記電磁波に対し透明な基板と、前記基板上に形成された前記電磁波に対し不透明なメッシュ構造体とから構成され、前記メッシュ構造体におけるメッシュ部の幅aと孔部の幅gの比a/gが0.1以上、0.6以下であり、孔部の幅gが1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板である。
本発明(8)は、前記膜又は前記メッシュ構造体を構成する材料が金属、導電性プラスティック、又は、導電性塗料であることを特徴とする前記発明(6)又は前記発明(7)の分光測定基板である。
本発明(9)は、基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、複数の貫通孔を有する前記電磁波に対し不透明な基板であり、電磁波の波長λに対し、前記貫通孔の大きさが1/4λ以上、4λ以下であり、前記貫通孔の間隔が1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板である。
本発明(10)は、前記発明(6)乃至前記発明(9)の分光測定基板上に液体試料を滴下し、前記液体試料又は前記液体試料を乾燥した固体試料に対し、周波数が、0.1THz以上、30THz以下の電磁波を照射し、透過波又は反射波を測定することを特徴とする分光測定方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明(1)、(2)、(3)、(4)によれば、電磁波の干渉によりスペクトル上に現れる振動や試料の回転によるスペクトルの定量的な変化を低減し、高い精度、再現性のある分光分析が可能になる。
本発明(5)によれば、有機化学、生体化学の分野において有用なテラヘルツ波領域の分光分析において、分光分析の精度、再現性向上が可能になる。
本発明(6)、(7)、(8)、(9)によれば、微量な液体試料に対する高感度分光測定が可能になる。
本発明(10)によれば、有機化学、生体化学の分野において有用なテラヘルツ波領域の分光分析において、分光分析の測定感度向上が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の最良形態について説明する。
[分光測定システム]
図1(a)は、本発明に係る透過型の分光測定装置のブロック図である。図1(a)に示す透過型の分光測定装置は、電磁波発振器1、検出器4、信号処理部5により構成される。試料3は、発振器1と検出器4の間の光軸2上に置かれる。試料3を通過した電磁波は、検出器4により検出され、信号処理部5により検出信号が処理される。
図1(b)は、本発明に係る反射型の分光測定装置のブロック図である。図1(b)に示す反射型の分光測定装置は、電磁波発振器6、ハーフミラー8、検出器11、信号処理部12により構成される。発振器1から出力された電磁波は、ハーフミラー8を通過し、試料9に照射され、反射した電磁波がハーフミラー8で反射して検出器4に入射する。検出信号は、信号処理部12により処理される。
テラヘルツ電磁波を発生する発振器(又は光源、以下、発振器と呼ぶ)としては、テラヘルツ波パラメトリック発振器などの誘電体を用いた発振器、GaPなどの半導体を用いた発振器、p型ゲルマニウムレーザや量子カスケードレーザなどのレーザを用いた発振器が主に用いられている。
例えば、図1(a)に示す透過型分光測定装置についてより具体的に説明する。電磁波発振器1としては、例えば、GaP結晶を用いた差周波テラヘルツ波発生装置が用いられる。また、GaP結晶の代わりにLiNbO3結晶を用いると、差周波発生やパラメトリックオシレーションにより0.7THzから2.5THzのテラヘルツ電磁波を得ることができる。さらに、電磁波発振器1として、ガンダイオード、タンネットダイオード、共鳴トンネルダイオード、又は、p型ゲルマニウムレーザや量子カスケードレーザなどの電子デバイスを用いることもできる。これらの発振器を用いることにより、0.1THz〜30 THzの周波数範囲の電磁波を利用できる。
電磁波発振器1より発生したテラヘルツ電磁波は、自由空間に放射される。発振器1と試料3の間には、図示しないが、レンズ等によって構成される集光系が配置されている。レンズの材質としては、テラヘルツ電磁波が透過する材料で、石英、ポリエチレン、又は、テラヘルツ電磁波透過性のシクロオレフィンポリマー系樹脂材料が用いられる。
例えば、蛋白質、DNA、糖などの固体試料を分析する時は、試料3は通常、パウダー状に粉砕し、乾燥した後、テフロン又はポリエチレンのパウダーと混合し、ペレット状に圧縮し加工される。試料は、ペレット内で、ほぼ均一に分布している。ペレットの大きさは、通常、約10〜20mmφであり、厚さは0.1mm〜5mmである。ペレットの平面形状は、通常、円形であるが、円形に限らず、楕円形、四角形等、任意の平面形状のペレットを用いることが可能である。試料3は光軸2に垂直な平面内の移動・調整により光軸2上で分析点が決定される。検出器4としては、広い波長感度特性をもつ焦電検知器や、ボロメータなどが用いられる。また検出器で検知された信号は信号処理部5によってスペクトル情報として処理・記憶される。
【0010】
[固体試料の分光測定]
本願発明者らは、従来のペレットを用いた場合に生じた問題を解決するため、さまざまな形状のペレットについて検討した結果、中心軸に対し対称な曲面を有する形状のペレットを用い、分光分析に用いる電磁波の光軸と試料の中心軸を一致させて測定した場合に、フラット型ペレットを用いた場合の干渉の問題や、くさび型ペレットを用いた場合のスペクトルの回転角依存性の問題が解決可能なことを実験により見出した。
図2(a)及び(b)は、それぞれ、本発明の測定試料に係る第一の具体例の平面図及び断面図である。この測定試料(ペレット)の形状は、平凸レンズ形状をしている。試作では凸面23の曲率Rを55mm, 100mm, 200mmとした。ペレットの平面形状は円形とし、ペレットの外径は2mmを用いた。いずれの場合も図1に示したシステムを用いてスペクトル測定を実施した場合、光軸2に対して、平凸型の試料3を回転させても、スペクトル強度に関するばらつきはほとんど発生しなかった。
図4は、図2に示す形状でRが55mmの場合のペレットを用いて測定した透過スペクトルの例であり、試料を光軸に対し、0度から180度まで45度ずつ変化させた場合の透過スペクトルが示されている。図4からわかるように、試料を光軸に対し回転しても、透過スペクトルの変化が極めて小さいことがわかる。また、スペクトル上に、干渉による振動が現れていないこともわかる。
くさび型のペレットで大きなばらつきが発生した原因を以下に考察する。従来の紫外光、可視光、あるいは赤外光を用いた分光光度計では、取り扱う波長のサイズ程度までビームを絞り込むことができるので試料の厚み分布の偏りは大きな問題にならない。一方、テラヘルツ分光では波長が大きく、たとえば1 THzでは波長は0.3mmであり、ビーム径は0.3〜1mmとなる。このようなビーム径では、試料の厚みの偏りがスペクトル強度に影響を与えるものと理解できる。特に、ペレット試料の回転中心と、分析点がずれた場合には試料の設置の仕方でスペクトル強度のばらつきが大きくなる。試料の厚みの偏りはくさび型では顕著であるが、光軸に対し対称な曲面を用いた場合には厚みの偏りが小さくなり、回転に対するスペクトルの安定性向上に効果がある。試料の厚さが一定ではないので、干渉を抑える効果もある。実験により、これらの効果が実際に得られることが確認された。曲面形状は、図2に示す平凸型に限らず、図3(a)乃至(d)に示すように、平凹型、両凸型、メニスカス型、両凹型でもよく、光軸に対称な曲面を有する形状であれば、平凸型試料と同様の効果が得られる。曲面は、球面のみならず、放物面、あるいは双極子面とすることも可能である。
特に、平凸レンズ形状のペレットを用いる場合は、ポリエチレン及びポリエチレンに混合させる披測定物の量を、くさび型ペレットを用いた場合の2/3程度まで減らすことが可能であり、生体関連物質など希少な物質のスペクトル測定を行う場合にも有効である。
【0011】
[液体試料の分光測定]
(測定基板の第一の具体例)
本願発明者らは、微量な液体試料に対する高感度、高精度のテラヘルツ波分光分析を行う方法について検討してきた。既に説明したように、液体試料のテラヘルツ波分光分析は、従来、試料を試験管やセルの中に液体のまま入れて測定していたが、試料の量を少なくすると検出信号が小さくなるという問題があった。最初に、本願発明者らは、ろ紙上に液体試料を滴下、必要に応じ乾燥して、粒状の試料を用意し、分光測定を行うことにより、微量の液体試料の分光測定が可能になることを見出した。
図5は、本発明の測定基板に係る第一の具体例の斜視図である。例えば、有機疎水性膜であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜やニトロセルロース膜からなるろ紙49上に、液体試料を滴下し、乾燥することにより、ろ紙上に粒状の試料50を形成する。この方法によりμモル程度の微量の試料のスペクトルを安定に測定できることがわかった。従来、試験管やセルの中に液体のまま試料を入れて測定していた時は、少なくともミリモル程度の量がないと安定して測定できなかったので、この方法により100〜1000倍程度の測定感度向上が可能なことがわかる。本発明の第一の具体例により高感度測定が可能になったメカニズムとして、ろ紙に含まれる微小の孔をテラヘルツ波が通過して、粒状の試料に照射される時に、電磁波が集光するものと推定される。
液体試料を乾燥してから測定するか、乾燥せずに液体のまま測定するかは、試料の性質を考慮して判断すればよい。例えば、水溶液の場合は、水が保管中又は測定中に蒸発するので、液体のままでは状態が不安定になる。意図的に乾燥させて、溶質のみを基板上に残して測定することにより、測定対象物質の安定な測定が可能になる。一方、油脂などの蒸発しにくい液体の場合は、乾燥せずに液体のまま測定することも可能である。さらに、試料の中には、糖やたんぱく質のように、水溶液中ではテラヘルツ領域に特徴的なスペクトルを生じず、固体化して初めて特徴的なスペクトルを示す物質がある。このような物質を測定する場合は、意図的に乾燥を行うのが好ましい。
【0012】
(測定基板の第二の具体例)
ろ紙の場合、その孔部の径や位置は均一ではない。そこで、意図的に複数の微小な透過部が形成された基板上に液体試料を載せて分光測定を行い、透過部の形状、大きさ、配置を制御することにより、さらに高感度測定が可能になると考えた。
図6は、本発明の測定基板に係る第二の具体例の斜視図である。図6に示す測定基板は、電磁波に対し透明な基板51上に電磁波に対し不透明な膜(非透過膜)52を形成し、膜52上に一定の径の孔部53を等間隔で配置している。基板51の材料は、ポリプロピレン、ポリエチレン、テフロンなどテラヘルツ光に対する透過性のよい材料を用いるのが好ましい。孔部の大きさは、分光分析に用いるテラヘルツ波の波長λに対して、1/4λ〜4λとするのが好ましい。また、孔部の配置は、その周期が一定となるように配置するのが好ましい。孔部の間隔は、1/4λ〜4λとするのが好ましい。
係る方法で測定する場合、従来の液体を試験管等に入れて測定する場合や、固体試料の測定と比較して、測定感度が格段に向上し、ごく微量の試料に対する分光分析が可能になる。本発明の第二の具体例による分光分析によると、数ナノモルから数ピコモルの微量な試料の測定が可能である。これは、電磁波の波長に近い大きさの孔部周辺で電磁波の透過強度が強められることにより、分光感度が向上するという効果があるものと考えられる。さらに、本発明に係る第二の具体例の測定基板を用いると、水溶液や油脂類などの液体の測定のみならず、気体の分光測定を実施することも可能になる。
図6では、透明な基板の上に孔部を設けた不透明な膜を形成しているが、全体が不透明な基板に複数の貫通孔からなる孔部を設けた基板を用いることも可能である。貫通孔を設けた場合は、液体試料が貫通孔から落下しないように考慮する必要がある。液体の粘度が低い場合は、乾燥や冷却などで固体化又は粘度の増加などの処理を行う。
また、図6では、基板の表面のみに透過部となる孔が形成されているが、基板の裏面に非透過膜を形成し、パターニングにより基板表面の孔と同じ位置に孔部を形成することも可能であり、孔径や配置、配列の条件を適宜調整することにより、更なる測定感度の向上が可能である。
また、図6では、孔部の形状を円形としているが、円形に限らず、楕円形、四角形、その他任意の形状の孔部を配置することが可能であり、円形にした場合と同様の効果が得られる。
【0013】
(測定基板の第三の具体例)
図7は、本発明の測定基板に係る第三の具体例の斜視図である。図7に示す測定基板は、電磁波に対し透明な支持体の上に、電磁波に対し不透明な(非透過性)材料からなるメッシュが形成された構造をしている。非透過性材料としては、導電性材料が好ましく、金属がより好ましい。例えば、Niを用いることができる。また、導電性であれば、非金属材料を用いることも可能である。例えば、導電性プラスティックや導電性塗料を用いることが可能である。例えば、テラヘルツ波に対し透明な支持体の上に導電性塗料による印刷でメッシュを形成することも可能である。液体試料を図7に示すメッシュの上に滴下する。その後、乾燥して分光測定を行ってもよいし、乾燥せず液体のまま分光測定をしてもよい。
メッシュは、メッシュ部54と孔部55により構成される。図7において、メッシュ部の幅はaで表され、空間幅はgで表される。gは分光測定に用いるテラヘルツ波の波長λに対し1/4λ〜4λに設定するのが好ましく、aはa/gが0.1〜0.6の範囲に入るように設定するのが好ましく、微量の試料に対しても高感度の分光測定が可能になる。
メッシュ状の構造体に対するテラヘルツ領域の電磁波の透過特性に関しては、非特許文献1に報告されている。非特許文献1には、グリッド周期gを波長程度の大きさに設定することにより比較的狭帯域のバンドパスフィルターが形成されることが示されている。また、係るメッシュ状構造体は、ファブリーペローの干渉計における反射器としての応用の可能性があると記載されている。発明者らは、テラヘルツ波領域の電磁波による分光測定の試料基板において係るメッシュ構造の基板を用いると分光測定の高感度化に高い効果が得られることを実験により初めて見出した。液体試料を図7に示す測定基板に滴下し、必要に応じ乾燥すると、溶質がメッシュの小穴を埋めるため、分光測定時に溶質の存在によって生じる微小な屈折率変化を、カットオフ周波数の変化、或いは、カットオフ周波数付近の顕著な透過強度変化として検出することが可能になり、そのため測定感度の向上が可能になると考えられる。
さらに、図7に示したメッシュ構造のカットオフ周波数を、測定したい物質の持つ吸収周波数に一致させると、さらに顕著なカットオフ周波数変化、或いは、カットオフ周波数付近の顕著な透過強度変化として測定することが可能になるので、従来にない極微量の物質測定に適用可能となる。本発明の第三の具体例による分光分析によると、数ナノモルから数ピコモルの微量な試料の測定が可能である。
この方法を用い、DNA、RNAや特定タンパク質の微量測定、油脂類、糖類の測定などに適用でき、またこれら物質の変質に伴う分子構造の微小な変化や、構造欠陥存在によって生じる微小な周波数変化を、周波数シフトとともに、顕著な透過強度変化として検出されるものと期待できる。
【実施例】
【0014】
[アルブミンの分光測定]
図5に示す測定基板を用い、アルブミンからなる液体試料のテラヘルツ波分光測定を行った。
(試料の準備)
アルブミンをリン酸バッファ液で希釈し、10μリットルの希釈溶液をニトロセルロースからなるメンブレンフィルター上に滴下し、乾燥した。滴下した液滴は、アルブミン濃度を、0ppm、0.01ppm、0.1ppm、1ppm、0.001%、0.01%、0.1%、1%、10%と9通りに変化させたものを、それぞれ用意した。
(分光測定)
メンブレンフィルター上に形成した液滴を2THzの電磁波で走査して、反射強度を測定した。縦軸に反射強度、横軸にアルブミン濃度をプロットしたところ、グラフはほぼリニアな直線となり、アルブミン濃度が高くなると、反射強度が大きくなることがわかった。また、フェムトモルレベルの極微量の分光分析が可能であることもわかった。
【産業上の利用可能性】
【0015】
以上のように、本発明に係る分光測定試料、分光測定基板、及び、分光測定方法は、固体試料に対する高精度分光測定、及び、液体試料に対する高感度分光測定が可能であり、特に、有機化学や生体化学の分野で大きく寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】(a)及び(b)は、それぞれ、本発明に係る透過型及び反射型の分光測定装置のブロック図である。
【図2】(a)及び(b)は、それぞれ、本発明の測定試料に係る第一の具体例の平面図及び断面図である。
【図3】(a)乃至(d)は、それぞれ、本発明の測定試料に係る第二乃至第五の具体例の平面図及び断面図である。
【図4】本発明の測定試料を用いた分光測定スペクトルの例である。
【図5】本発明の測定基板に係る第一の具体例の斜視図である。
【図6】本発明の測定基板に係る第二の具体例の斜視図である。
【図7】本発明の測定基板に係る第三の具体例の斜視図である。
【図8】(a)及び(b)は、それぞれ、従来のフラット型の測定試料に係る平面図及び断面図である。(c) 及び(d)は、それぞれ、従来のくさび型の測定試料に係る平面図及び断面図である。
【図9】従来のフラット型試料を用いた分光測定スペクトルの例である。
【図10】従来のくさび型試料を用いた分光測定スペクトルの例である。
【図11】従来の液体試料の分光分析装置の断面図である。
【符号の説明】
【0017】
1、6 電磁波発振器
2、7 光軸
3、9 試料
4、11 検出器
5、12 信号処理部
8 ハーフミラー
21、22 平凸型ペレット
31、32 平凹型ペレット
35、36 両凸型ペレット
43、44 両凹型ペレット
39、40 メニスカス型ペレット
24、34 フラット面
23、37、38、41 凸面
33、42、45、46 凹面
49 ろ紙
50 試料
51 基板
52 非透過膜
53 凹陥部
54 メッシュ部
55 孔部
101、102 フラット型ペレット
103、104 くさび型ペレット
111 レーザ発生器
112 光学箱
113、114 ミラー
115 テラヘルツビーム
116 試料ステージ
117 試料分析トレイ
118 試験管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定における試料であり、前記試料の形状が中心軸に対し対称な曲面を少なくとも一つ有する形状であることを特徴とする分光測定試料。
【請求項2】
前記曲面が、球面、放物面、又は、双極子面であることを特徴とする請求項1記載の分光測定試料。
【請求項3】
前記形状が、平凸、平凹、両凸、両凹、又は、メニスカスのレンズ形状であることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載の分光測定試料。
【請求項4】
測定対象の物質をパウダー状に粉砕した後、前記電磁波に対し透明な材料のパウダーと混合し、金型に入れて圧力を加えることにより、請求項1乃至3のいずれか1項記載の分光測定試料を作製する分光測定試料の作製方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項記載の分光測定試料に対し、前記電磁波の光軸と前記試料の中心軸が一致するように前記試料を配置し、周波数が、0.1THz以上、30THz以下の電磁波を前記試料に照射し、透過波又は反射波を測定することを特徴とする分光測定方法。
【請求項6】
基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、前記電磁波に対し透明な支持基板と、前記支持基板上に形成された複数の開口部を有する前記電磁波に対し不透明な膜とから構成され、電磁波の波長λに対し、前記開口部の大きさが1/4λ以上、4λ以下であり、前記開口部の間隔が1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板。
【請求項7】
基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、前記電磁波に対し透明な基板と、前記基板上に形成された前記電磁波に対し不透明なメッシュ構造体とから構成され、前記メッシュ構造体におけるメッシュ部の幅aと孔部の幅gの比a/gが0.1以上、0.6以下であり、孔部の幅gが1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板。
【請求項8】
前記膜又は前記メッシュ構造体を構成する材料が金属、導電性プラスティック、又は、導電性塗料であることを特徴とする請求項6又は7のいずれか1項記載の分光測定基板。
【請求項9】
基板上に滴下した試料に電磁波を照射し透過波又は反射波を測定する分光測定において、前記基板が、複数の貫通孔を有する前記電磁波に対し不透明な基板であり、電磁波の波長λに対し、前記貫通孔の大きさが1/4λ以上、4λ以下であり、前記貫通孔の間隔が1/4λ以上、4λ以下であることを特徴とする分光測定基板。
【請求項10】
請求項6乃至9のいずれか1項記載の分光測定基板上に液体試料を滴下し、前記液体試料又は前記液体試料を乾燥した固体試料に対し、周波数が、0.1THz以上、30THz以下の電磁波を照射し、透過波又は反射波を測定することを特徴とする分光測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−19925(P2009−19925A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−181353(P2007−181353)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(507234427)公立大学法人岩手県立大学 (22)
【Fターム(参考)】