説明

分子固体における相転移

本発明は、分子固体における相転移法及び該相転移法のための高エネルギーミルの使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子固体における相転移を誘発及び/又は促進するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子固体の特定の固体相を形成させるために従来から専ら利用されている方法は、溶液、懸濁液又は分散液からの結晶化及び/又は沈殿に基づくものである。大抵の場合、このような方法は、当該化合物の合成後の最終的な精製過程の1つとしておこなわれている。しかしながら、純粋相若しくは種々の相の混合物として使用される化合物の一定の多形体若しくは無定形相を調製するためには、結晶化条件/沈殿条件を変化させる場合が多い。
【0003】
ここで使用する「相」という用語は、化学的化合物の多形体を意味するだけでなく、種々の相として存在することができる疑似多形体(溶媒和物、水和物)、付加物、錯体、塩及び共結晶も包含する。
【0004】
熱的及び/又は機械的な条件によって相転移が影響を受けることも知られている。例えば、特定の熱的条件下(例えば、強い過冷却融解又は融解と冷却の反復条件下)において、準安定な相が求められている。このような方法は単に微小規模で利用されているために、従来から科学的な興味事項とされている。
【0005】
文献によれば、医薬の製造に際して、作用物質と補助物質の配合時において、部分的な相転移がしばしば観察されることが知られている。特に、作用物質の配合においては、部分的な相転移が共通の問題となっている。このことは、相転移が望ましくない状態でおこなわれるか、及び/又は部分的にのみおこなわれる場合が特に該当する。特に、製品規格が不注意によって変化して対応する化合物の加工性や生物学的利用能等が不利な影響を受ける場合に相転移は問題となる。
【0006】
分子化合物の安定な固体相の調製は、種々の理由から非常に重要である。異なる結晶形態は、異なる物理的特性、化学的特性及び生物学的特性を有する。例えば、熱的特性(融点、分解温度)、溶解度、安定性、磨砕性、圧縮性、生物学的利用能、密度、光学的特性(NLO−特性、色、蛍光)、磁気的特性、化学的反応挙動、及び加水分解速度等は相互に著しく相違する。
【0007】
従来から、分子性固体(分子性の結晶性相若しくは非晶質相)の調製は専ら結晶化法及び/又は沈殿法(即ち、溶液、懸濁液、分散液、混合溶剤又はこれらの混合物からの沈殿)並びに凍結乾燥によっておこなわれている。これらの方法の、特に大規模な工業分野における大きな欠点は、調製工程において多量の溶剤が使用されることである。さらに、当該化合物の使用可能性を制限する結晶溶媒和物又は溶媒和付加物が形成される場合が多い。特に、医薬工業の分野においては、溶剤を含有しない安定な作用物質と補助物質を調製することが重要となっている。
【0008】
医薬工業においては、安定相を調製することは、再現性があって貯蔵性がある製品規格の保証と特に関連する。
【0009】
食品工業と染料工業においても、当該化合物の分子性の結晶性相(特に、安定な分子相)を、安定で環境に優しくて溶剤を含有させないだけでなく、好ましくは無駄のない方法で調製することが要請されている。
【0010】
保健上の理由、経済上の理由及び環境保護上の理由から、分子性固体の相転移に適した広範囲に適用可能な信頼性のある方法が要請されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、分子性固体の相転移法であって、該固体から別の固体状の結晶性相への制御された転移を可能にする該相転移法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記課題は、分子固体における少なくとも1つの相転移の誘発及び/又は促進をもたらすための方法であって、分子固体を摩擦化学的(tribochemical)処理に付すことを特徴とする該方法によって解決された。
【0013】
驚くべきことには、分子固体を摩擦化学的処理に付すことによって、相転移の誘発及び/又は促進がもたらされることが判明した。この相転移は摩擦化学的処理中におこなわれるので、該固体のさらなる処置又はさらなる処理は不要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
摩擦化学的方法には、高エネルギー摩砕法及び反作用摩砕法(reactive grinding)が包含される。摩擦化学的方法の領域で用いられている上記方法は、実質上非常に高い機械的エネルギー(特に高い運動エネルギー)の伝達を伴う作動をもたらす点で共通する。これらの方法は、高い運動エネルギーの伝達を伴って稼働するプロセス(高動的加工;HKP)として統一的に把握することができる。
【0015】
本発明の範囲内で用いる「分子固体」という用語は、特に、結晶性の分子固体、非晶質の分子固体、ガラス状の分子固体、固溶体、液晶性分子固体、及びこれらの混合物並びにペースト状態若しくは高粘性状態で存在する分子化合物を意味する。好ましくは、分子固体は有機化合物及びこれらの塩類を含むか、又はこれらから構成される。
【0016】
「相」という用語は、化合物の相だけでなく、疑似多形体(溶媒和物、水和物)、付加物、錯体、塩、及び共結晶も包含し、これらも種々の相中に存在することができる。
【0017】
「相」は、組成と物理的状態が一様な分子固体の状態を意味する。
【0018】
特に、「相」は、分子化合物の多形相、中間相、非晶質相、ガラス状相、回転相、ネマチック相、アメクチック相、コレステリック相、ディスコチック相及びリオトロピック相を意味する。これらの相はペースト状態、高粘性状態又は液晶状態で存在することができる。
【0019】
好ましくは、分子固体は純粋な相から成る。このような相の純度は、好ましくは90%よりも高い。実質上純粋な相は、80%よりも高い純度を有する相である。
【0020】
さらに、本発明によれば、分子固体における相転移の誘発及び/又は促進が高い機械的エネルギーの伝達、特に高い運動エネルギーによってもたらされる方法が提供される。機械的エネルギーの伝達は、例えば、達成される磨砕体の加速による高い衝撃エネルギー(20g<、特に35g<、より好ましくは40g<〜50g又は50g以上;gは自然定数を示す)によっておこなわれる。1つの結晶性相が別の結晶性相へ変換した分子固体への転移が好ましい。
【0021】
本発明による方法は、冷却を伴わずにおこなうことができ、このことは、該方法を実施するための装置類の構成が簡単化され、該方法の実施コストを低くすることができるという利点をもたらす。磨砕時間を比較的長くすることによる試料の室温よりも高温への加熱(20℃〜50℃、通常は20℃〜40℃、特に20℃〜30℃)により、使用する分子固体に応じて相転移の迅速な誘発及び/又はさらなる促進をもたらすことができる。この効果により、本発明方法の実施時間は短縮されて実施コストの低減化がもたらされる。
【0022】
本発明による方法の別の大きな利点は、溶剤を全く使用しないか、又はその使用量が非常にわずかであるということである。
【0023】
分子固体の相転移の前提条件は、磨砕体が非常に高い相対速度で作動することである。この場合、磨砕物へ高いエネルギーを伝達される磨砕体間の衝突が重要である。摩擦化学的処理に基づくこの過程においては、磨砕体の非常に高い相対速度(例えば、14m/s以上)が要求され、このような高速度が達成される。通常の球体磨砕処理は、高くて5m/sの相対速度でおこなわれる。高いエネルギーは、磨砕体から試験材料又は磨砕材料へ短時間で伝達される。この時間は、必要の際には、磨砕体の相対速度又は加速度から導出することができる。
【0024】
摩擦化学的相転移法は、高い運動エネルギーがエネルギー伝達の実質的な部分を構成する過程に実質上依存すると仮定される(次式参照)。

kin =(1/2)m・v

(式中、Ekin は運動エネルギーを示し、mは球体の質量を示し、vは球体の速度を示す)
【0025】
相転移法の特に好ましい変形態様においては、相転移は、プラズマ相の時期の所謂「ホットスポット(hot spots)」(ホットポイント)及び/又はこれに続く後プラズマ相においておこなわれる。この態様においては、格子欠陥内に蓄えられたエネルギーによって相転移が誘発されるだけでなく、相転移が促進される。この態様は、1種若しくは複数種の化合物が実質上固体として存在する間に相転移がおこなわれるときは特に有利である。
【0026】
上記方法の原理は、慣用されている微粒子粉砕装置の場合に一般的であるように、剪断力と摩擦力よりも、磨砕材料と磨砕体との衝突に依存すると仮定される。磨砕材料と磨砕体との衝突は、処理される分子固体に対して粉砕効果と変形をもたらす。静的圧力によってもたらされる効果は、衝突時間が短いために、相転移の誘発及び/又は促進に対しては何の役割も果たさない。処理される磨砕材料と選択される磨砕条件[磨砕体の回転数及びこれに関連する加速(例えば、例示的に使用された高エネルギー磨砕機の場合は約50gまで達する)]に応じて、相転移の誘発及び/又は促進をもたらすのに十分なエネルギーを得ることができる。この場合、転移条件(磨砕機、回転速度、球体の加速、磨砕体の材料)は、上記の過程が観測されるように選択される。
【0027】
高エネルギーボールミルによって伝達されるような高い運動エネルギーを発生させない従来の微粒子粉砕装置としては、今日の技術水準に相当する次のものが例示される:乳鉢と乳棒、クロスビーターミル、ボールミル(磨砕体の相対速度:最大で約5m/s)、衝撃ミル(相対速度:最大で約5m/s)、エアジェットミル(相対速度:最大で約5m/s)、ローラーミル、溝付ヂィスクミル、ピンビーターミル及びエッジランナーミル。
【0028】
本発明による摩擦化学的相転移に対して特に好ましいミルは、「高エネルギーボールミル」又は高エネルギー球体ミルとして把握される装置である。さらに別の特に好ましい装置は、匹敵しうる高いエネルギー(特に高い運動エネルギー)を伝達できる全ての装置又はホットスポットと後プラズマ相を形成させることができる全ての装置である。
【0029】
本発明方法に使用するのに特に好ましい装置は、高エネルギーボールミル又は高エネルギー球体ミルと呼ばれている全ての装置である。本発明方法において使用する別の好ましい装置は、上記の高エネルギー球体ミルの場合と実質上同じ原理に基づく作動様式を有す装置である。実質的な基礎となる原理は、主として高い機械的エネルギー(特に、高い運動エネルギー)が伝達され、及び/又は1種のプラズマ相が存在する所謂ホットスポットが形成され、及び/又は後プラズマ相がさらに発生するという原理である。
【0030】
遊星形ボールミル(例えば、フリッツ社製の「プルベリゼッテP7」)、振動ボールミル(例えば、「スペックス・ミキサー・ミル2000」)、及び横型ローターボールミルは、本発明方法を実施するためには特に適当なものである。上記のミルは限定的なものではなく、単に例示的に挙げたものに過ぎない。
【0031】
磨砕体(磨砕ボウル及び/又は磨砕球)の材質としては、特に次に例示するものが適当である:焼結コランダム(密度>3.8g/cm)、酸化ジルコニウム(密度:5.7g/cm)、ステンレス鋼(密度:7.8g/cm)、焼入鋼(密度:7.93g/cm)、炭化タングステン(密度:14.89/14.7g/cm)、並びに本発明において所望の効果をもたらすのに十分な硬度及び/又は密度を有する材料、例えば、合金、繊維強化セラミックス及びアルミニウム等。特に好ましい磨砕体は高い質量を有しており、好ましくは、高い質量は当該材料の密度及び/又は高い原子量によって得られる。上記の磨砕体とこれらの材質は、この意味において、限定的なものとして理解されるべきではない。
【0032】
試料の加熱が望ましくない場合には、磨砕材料の粉砕の除外及び/又は温度効果の最小化のために、磨砕時間を短くすることが特に好ましい。この態様は、例えば、分解しやすい物質又は熱の影響を受けやすい物質を処理する場合に有効である。試料の加熱が望ましくない場合には、エネルギーの供給は、一定の温度の入力に応じておこなわれる。温度範囲の設定は、例えば、25〜50gの条件下において、次のようにしておこなうことができる:−200℃〜−100℃、−100℃〜0℃又は0℃〜15℃。短い磨砕時間は60分間までである。この場合、磨砕時間は、回路の切り替えによって中断させることができる。しかしながら、磨砕時間を60分間〜48時間にしてもよい。この場合、磨砕時間は数分間〜10時間までの短時間にすることが好ましい。磨砕時間がより長くなる場合には、全磨砕過程は間欠的におこなうことが有効である。
【0033】
磨砕体(球又はその他の処理体)と試料の量比は100:1〜50:1にすることができる。上記の方法を経済的に実施するためには、磨砕体と試料の量比は10:1未満であり、特に5:1未満、好ましくは2:1未満、特に好ましくは1:10までにするように調整される。最後の量比の場合には、出発原料当たりの空時収量は特に高くなる。
【0034】
予め選択された温度条件下(例えば、一定の温度条件下)での相転移の実施が可能になるような温度プログラムを使用することが有利である。簡単な場合には、この態様は、例えば、回路の中間の切り替えによっておこなうことができる。このような場合、エネルギーの供給は35gから(特に40gから)好ましくは50gまでの条件下でおこなわれるが、さらに高い条件が好ましい。
【0035】
その他の点では、磨砕物の周囲雰囲気は必要に応じて、例えば、一定の湿気又は一定の溶剤蒸気若しくはガス等の存在によって調整することが有効である。ガスとしては不活性ガス又はこれらの混合ガスが例示される。特に、種々の圧力下、例えば、加圧下又は減圧下(即ち、真空下)での操作も有効である。当業者には容易に理解されるように、使用する温度及び雰囲気若しくは圧力(加圧若しくは真空)は個々の操作法に応じて適宜調整される。この場合にも、エネルギーの供給は35gから(特に40gから)好ましくは50gまでの条件下でおこなわれるが、さらに高い条件を採用してもよい。
【0036】
処理操作をおこなう雰囲気を調整するための特に好ましい溶剤、溶剤蒸気又はガスとしては、HO、CO、アルゴン、N、O、NH、炭化水素、塩素化炭化水素、アルコール(メタノール、エタノール、プロパノール)、ケトン、エステル、エーテル、アミン、アミド、ハロゲン、HBr、HCl及びHI等が例示される。一般的には、気相へ変化する化合物及びこれらの混合物を使用することができる。
【0037】
本発明方法は連続的、半連続的又は不連続的におこなうことができる。当業者には知られているように、上述のプロセスパラメーターは個々のプロセスに対して相互に適宜調整される。
【0038】
プラズマ相段階の所謂「ホットスポット」(ホットポイント)及び/又はその直後に発生する後プラズマ相において相転移がおこなわれると仮定される。相転移は前述の処理操作によって誘発されて全体的には比較的長時間にわたっておこなわれるか、又は該処理操作によって相転移は促進される。さらに、相転移は分子固体の境界面において誘発される。次いで、この相転移は固体の移動によって続行する。本発明方法によれば、分子固体相間の平衡を調整することができる。別の中間相を経由するある相から別の相への転移も可能である。特に好ましい変形態様においては、全被処理固体は実質上均一に1つの相へ転移される。このことは、該固体が一般的に知られている欠陥を有するという可能性を除外するものではない。一般的には、相転移は、出発化合物が実質上固体として存在している間に引き起こされる。この場合、通常は、温度は調整されない。
【0039】
さらに、本発明による方法は弱い分子間相互作用に影響を及ぼすと仮定される。このような相互作用は、例えば、水素架橋結合又はその他の分子間相互作用(即ち、双極子−双極子相互作用又はファンデアワールス相互作用に基づく分子間相互作用)等であってもよい。相転移は、例えば、共有結合の切断及び/又は新たな形成がおこなわれるような古典的な反応機構若しくは合成機構を意味しないと理解されない。本発明には、特定の雰囲気下での該方法の実施に基づく転移に起因する分子固体の転移が包含される。
【0040】
本発明方法は、高分子を含む有機分子又は無機分子に適用できる。又、該方法は有機分子と無機分子との混合物にも適用できる。
【0041】
分子固体は単分子固体に限定されず、共結晶、即ち、結晶工学の分野で知られているこの種の固体にも及ぶ。この場合、結晶工学の分野で知られている前述のような固体が挙げられる。さらに、分子固体には、結晶格子中へランダムに挿入された溶剤を付加物として含有するか、又は化学量論的に固定された格子位置に含有する固体も包含される。
【0042】
実質的に有機及び/又は無機分子から成る固体並びにこれらの可能な混合物から成る固体としては次のものが例示される:合成若しくは天然の医薬用及び/又は化粧品用の作用物質、助剤、食品用添加剤、顔料、染料、含浸剤、酸化防止剤、保存剤、洗浄組成物用分子固体、洗剤、界面活性剤、データ記憶用材料及び分子磁石等。植物保護の分野における作用物質としては、特に殺黴剤、農薬及び殺虫剤等が例示される。
【0043】
基本的には、少なくとも2つの異なる相として存在することができる分子固体であって、そのうちの少なくとも1つの相が結晶相である全ての分子固体が本発明方法の対象となる有用な分子固体である。
【0044】
有機化合物と無機化合物との混合物並びに錯体、塩、共結晶、及びこれらの混合相若しくは混合結晶も本発明方法において使用することができる。
【0045】
分子固体と助剤との混合物も有効である。助剤としては、特に、薬剤工業において使用されている助剤並びに分子固体の後加工において所定の役割を果たす全ての助剤が例示される。例えば、本発明方法を、分子固体と助剤から直接的に調製される配合物に適用した後、該配合物をプレス処理に付す。
【0046】
原則的には、個々の場合において所望の効果を得るための量の所望の分子固体をもたらす転移が好ましい。
【0047】
さらに、多形体間において1又は複数の相転移がおこなわれる本発明方法は有利である。この場合、最初の相の全量に基づいて少なくとも80%の転移度が達成されることが特に有利である。転移度は、例えば、X線粉末回折法によって決定することができる。
【0048】
非晶質のガラス状相を本発明方法に適用して結晶性相へ転移させることもできる。分子固体中の結晶化度を80%よりも高くすることができる。単一の多形体のみを形成させることは特に好ましい。
【0049】
本発明方法の変形態様によれば、純粋相として存在しない多形体を純粋相の多形体へ転移させることができる。
【0050】
本発明方法によって得られる多形体、水和物及び/又は付加物は少なくとも1種の有機化合物若しくは無機化合物から成るが、多数の化合物から構成される場合もある(例えば、溶媒和物、共結晶、錯体、塩、混晶等)。
【0051】
本発明方法によって得られる分子固体は、例えば、薬剤の製造において使用することができる。本発明方法の使用は、溶剤を用いないで薬剤の調製を可能にするという点で有利である。
【0052】
多くの薬剤が満たしていなければならない要件は、該薬剤が実質的に溶剤を含有しないで存在することである。本発明方法の本質的な利点は、例えば、先行する精製のための結晶化段階で生成する作用物質の溶媒和物、溶剤付加物又は水和物が、溶剤や水和物を含有しない安定な多形体へ変換されることである。このような使用目的のためには、当該方法を実施する所定の温度条件下において、特定の雰囲気、空気中の湿度又は圧力(真空/加圧)を適宜設定することが特に有利である。
【0053】
薬剤の製造に際しては、均一化、緻密化、顆粒化、又は、例えば、薬剤配合物の錠剤へのプレス化等において相転移がその後で発生するという可能性がほとんどないということは特に有利である。従って、本発明によって得られる作用物質を使用する場合には、所定の製品規格(例えば、生物学的利用能等)が保証される。さらに、多くの場合において、化合物の均一化又は磨砕が確実におこなわれる。
【0054】
本発明方法の別の非常に有利な点は、高い空時収率と高い絶対収率である。本発明方法によって処理された多くの分子固体の特に有利な本質的特徴は、出発原料に比べて密度が高いことである。最大の密度を有する分子固体を単離することが特に望ましい。
【0055】
密度差が十分に大きく、全ての分子間相互作用と分子内相互作用の強さが相転移を支配しないような場合においては、十分なエネルギー供給が同時におこなわれるときに、より緻密な充填物が形成されると仮定される。
【0056】
溶媒和物又は溶剤付加物を対応する化合物の安定な水和物へ転移させることも可能である。この転移は、適当に調整された処理方法によっておこなうことも可能である。例えば、最初に真空下での処理をおこなった後、所望の温度調整下で一定の湿分を付与する。特に好ましい変形態様においては、温度は調整されない。
【0057】
さらに、溶媒和物又は溶剤付加物を、対応する化合物の別の溶媒和物又は溶剤付加物(例えば、安定であるか、又は薬理学的に問題のないもの)へ転移させることも可能である。この転移は、適当に調整された処理方法によっておこなうことが可能である。例えば、最初に真空下での処理をおこなった後、選択的な所定の温度条件下で一定の溶剤蒸気又は該溶剤蒸気と空気中の湿分との混合物を付与する。
【0058】
さらにまた、溶媒和物又は溶剤付加物を、対応する化合物の安定で溶剤を含有しない分子固体へ転移させることも可能である。この転移は、適当に調整された処理方法によっておこなうことが可能である。例えば、最初に真空下での処理をおこない、及び/又は、所望の温度調整下で溶剤分子の除去を可能にする一定の雰囲気を付与する。このような雰囲気としては、ガス(不活性ガス)及び溶剤蒸気並びにこれらの混合物が好ましく、特にN,アルゴン、CO及び空気が好ましい。
【0059】
本発明によって得られる固体に関しては、例えば、本発明方法によって調製される多形体を作用物質、助剤、顔料、染料、磁性材料、光学的に活性な材料、高エネルギー材料、洗浄活性な洗浄剤、記憶媒体又は食品用添加剤等として使用することができる。
【0060】
本発明方法の特に有利な点は、低い製造コストで損失がないか若しくはほとんど損失のない処理方法の実施を可能にすることである。本発明方法は、溶剤に依存する相転移法に比べて、実質的に環境にやさしい方法である。
【0061】
さらに、本発明方法によれば、高い装入量が可能となる。今日までのところ、収容能力が400Lまでの装置が入手可能であるが、これよりも高容量の装置も考慮に入れることができる。
【0062】
以下の実施例は、例示的に選択した化合物について例示的に実施した相転移を例証するためのものである。これらの実施例は、可能な実施態様を単に例示的に示すだけであって、本発明はこれらの実施例の内容に限定されるものではない。
【0063】
実施例中の変態/形態の証明は、X線粉末回折法によっておこなった。測定条件は次の通りである。 X線回折計:SToe STADI P透過回折計、CuKα:1.54060Å、線形の位置感知性検出器、測定領域:5〜40°2θ、間隔:0.01°2θ、測定時間:960秒/ステップ。
【実施例】
【0064】
実施例1
2−スルファニルアミド−4−メチルピリミジン、INN:スルファメラジン
スルファメラジンを組合せ製剤として、トリメトロピン(抗生物質)と一緒に投与される。このスルフォンアミドは葉酸の合成に介入し、p−アミノ酸を排除する。これによって、バクテリアの葉酸形成の第一段階が拮抗的に妨げられる。この妨害によって、バクテリアの増殖が妨げられる。
【0065】
スルファメラジンには2種の多形体の変態があることが文献に記載されている。単位格子Pn2aを有する形態1は約235℃の融点を有している。単位格子Pbca を有する形態2は、約170℃において安定な形態1へ転移する。両方の多形体に関しては、両者は磨砕に際して他方の相へ転移しないということが知られている。形態1及び形態2の密度はそれぞれ1.35g/cm及び1.43g/cmである。
【0066】
形態2が好ましい。この理由は、スファメラジンをよりよく遊離させると共に、吸湿性が低いからである。但し、形態2は望ましくない溶剤(例えば、アセトニトリル又は水とアセトニトリルとの混合溶剤)から許容可能な結晶化時間内でのみ入手することができる。従来の大規模な製法においては、形態1のみの生成をもたらす条件が遵守されている。
【0067】
形態1のスルファメラジンは、固体として完全に形態2へ転移することができた。この転移はX線粉末回折法によって証明された。
【0068】
高エネルギー磨砕機:フリッチュ社製の「プルベリセッテ7型」;
磨砕容器:焼入鋼製容器(10ml);
球体:焼入鋼製球体(1個の重さ:8g)[10mlの磨砕容器当たり4個の球体を使用(試験1.1〜1.4)];
回転数:800回転/分;
被処理物の量:1.0g(試験1.1〜1.4)、10.0g(試験1.5及び1.6;40mlの磨砕容器当たり7個の球体を使用)、15.0g[試験1.7;40mlの磨砕容器当たり2個の球体(約7.43g)を使用];
処理時間:各々の試験の項参照;
温度管理:温度調整せず。
【0069】
試験1.1
市販の形態1のスルファメラジン(図1.1a参照)1.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に1時間付した。形態1からほぼ完全に転移した所望の形態2が得られた(図1.1b参照)。
【0070】
試験1.2
市販の形態1のスルファメラジン(図1.2a参照)1.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に5分間付した。測定した試料の回折図形は、形態1に帰属される明らかに幅の広がった反射像を示した(図1.2b参照)。
【0071】
試験1.3
市販の形態1のスルファメラジン1.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に15分間付した。測定した試料の回折図形は、非晶質成分の含有量が高いことを示す非常に幅の広い反射像を示した。これらの観察された反射像は形態1に帰属されるものである。
【0072】
試験1.4
市販の形態1のスルファメラジン(図1.3a参照)1.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に30分間付した。測定した試料の回折図形は、全てが形態2に帰属される非常に狭い反射像を示した(図1.3b参照)。
【0073】
上記の試験1.1と試験1.3の結果を比較すれば明らかなように、処理時間を長くすることによって、試料の結晶化度の低下に起因する形態2の反射像の幅の広がりのみがもたらされる。
【0074】
試験1.5
市販の形態1のスルファメラジン10.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に15分間付した。測定した試料の回折図形は、非晶質成分の含有量が高いことを示す非常に幅の広い反射像を示した。これらの観察された反射像は形態1に帰属されるものである。
【0075】
試験1.6
市販の形態1のスルファメラジン10.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理に30分間付した。測定した試料の回折図形は、非晶質成分の含有量が高いことを示す非常に幅の狭い反射像を示した。これらの観察された反射像は全て形態2に帰属されるものである(図1.4参照)。
【0076】
試験1.7
市販の形態1のスルファメラジン15.0gを、常圧下における800回転/分の条件下での磨砕処理(2個の球体を使用)に120分間及び180分間付した。測定した試料の回折図形は形態2が形成されたことを示した。
【0077】
試料を、磨砕時間が全体で60分間になるまでさらに磨砕処理に付すと、形態2の測定された反射像の幅は広くなる。
【0078】
実施例2
5−アセトアミド−1,3,4−チアジアゾール−2−スルフォンアミド、INN:アセタゾールアミド
この作用物質のスルフォンアミド基は、カルボアンヒドラーゼの抑制剤としての該作用物質の作用にとって不可欠であって、特に、腎臓を経由する水と塩類の排出量を増加させる。この作用物質は治療の困難なてんかんに対する補助的な抗てんかん剤として使用されることもある。
【0079】
アセタゾールアミドの既知の多形体は形態1(単位格子:P2/n)及び形態2(単位格子:P1)である。形態1は室温では準安定相として存在するが、該相は長時間経過しても転移しない。形態2は室温では熱力学的に安定である。形態2を加熱することによって形態1が得られる。即ち、前者は120℃〜148℃で後者へ転移する。下記の文献によれば、次のことが知られている[U.グリーサー、A.ブルガー、K.ブラントシュテッター、J. Pharm. Sciences、1997年、第86巻(3)、第352頁〜第358頁]。即ち、形態1は、磨砕又は加圧のような機械的応力を印加するか、あるいは5年間貯蔵しても形態2へ再度転移しない。形態1は形態2に比べて大きな密度を有しているにもかかわらず(即ち、前者の密度及び後者の密度はそれぞれ1.77g/cm及び1.749〜1.751g/cmである)、従来は、機械的応力による形態2から形態1への転移は観察されていなかった。
【0080】
形態2から形態1へのほぼ完全な転移が誘発されることが判明した。この転移はX線粉末回折法によって証明された。
【0081】
高エネルギー磨砕機:フリッチュ社製の「プルベリセッテ7型」;
磨砕容器:焼入鋼製容器(10ml);
球体:焼入鋼製球体(1個の重さ:8g)[10mlの磨砕容器当たり4個の球体を使用];
回転数:800回転/分(試験2.1及び試験2.2)又は400回転/分(試験2.3);
被処理物の量:1.0g;
処理時間:各々の試験の項参照。
【0082】
試験2.1
アセタゾールアミドの形態2(図2.1a参照)1.0gを、800回転/分の条件下での磨砕処理に1時間付した。形態1へほぼ完全に転移したアセタゾールアミドが得られた(図2.1c参照)。
【0083】
試験2.2
アセタゾールアミドの形態2(図2.2a参照)1.0gを、800回転/分の条件下での磨砕処理に5分間付した。測定した試料の回折図形は、非晶質成分の含有量が高いことを示す非常に幅の広い反射像を示した。これらの観察された反射像は使用した形態2に帰属されるものである(図2.2b参照)。
【0084】
試験2.3
800回転/分の条件下でのアセタゾールアミドの磨砕処理を30分間にする以外は試験2.2の場合と同様な試験をおこなった。磨砕処理を30分間おこなった後、形態1が単離された(図2.2b参照)。なお、図2.2aは被磨砕物(形態2)に関するものである。
【0085】
試験2.4
800回転/分の条件下でのアセタゾールアミドの磨砕処理を45分間にする以外は試験2.2の場合と同様な試験をおこなった。この磨砕処理後、形態1が単離された。この場合、観察された反射像の幅は、磨砕処理時間が30分間のときの反射像の幅よりも幾分狭かった。
【0086】
試験2.5
アセタゾールアミドの形態2(図2.3a参照)1.0gを、400回転/分の条件下での磨砕処理に30分間付した。測定した試料の回折図形は、非晶質成分の含有量が高いことを示す非常に幅の広い反射像を示した。これらの観察された反射像は使用した形態2に帰属されるものである(図2.3b参照)。
【0087】
試験2.6
400回転/分の条件下でのアセタゾールアミドの磨砕処理を60分間にする以外は試験2.5の場合と同様な試験をおこなった。この磨砕処理条件下では、相転移は観察されなかった。
【0088】
実施例3
クロルプロパミド
クロルプロパミドは真性糖尿病に対する薬剤(抗糖尿病剤)であって、スルフォニル尿素類に属する。クロルプロパミドのスルフォンアミド基は、カルボアンヒドラーゼの抑制剤としての該作用物質の作用にとって不可欠である。この薬剤の作用は、血糖値を低下させるインシュリンの遊離能を増大させることに起因する。
【0089】
クロルプロパミドは形態Aとして市販されている。一方、準安定な形態Cは、形態Aを115℃で3時間加熱することによって得ることができる。K.モリスらの研究によれば、次のことが知られている。即ち、形態Aは、前述の機械的応力によって検出可能な程度の相転移を示さない。これに対して、形態Cは、機械的な応力が印加されると、形態Aへの部分的な相転移を示す。
【0090】
本発明方法によれば、形態Aは部分的に形態Cへ転移するが、形態Cは完全に形態Aへ転移する。
【0091】
高エネルギー磨砕機:フリッチュ社製の「プルベリセッテ7型」;
磨砕容器:焼入鋼製容器(10ml);
球体:焼入鋼製球体(1個の重さ:8g)[10mlの磨砕容器当たり4個の球体を使用];
回転数:800回転/分;
被処理物の量:1.0g;
処理時間:各々の試験の項参照。
【0092】
試験3.1
クロルプロパミドの形態A(図3.1a参照)を上記の磨砕条件下で1時間処理した。反射像の幅の明らかな増加により、形態Cへの部分的な転移が観察された(図3.1b参照)。
【0093】
試験3.2
クロルプロパミドの形態C(図3.2a参照)を上記の磨砕条件下で15分間処理した。反射像の幅の明らかな増加により、明らかに識別可能な形態Aへの転移の開始が観察された(図3.2b参照)。
【0094】
試験3.3
クロルプロパミドの形態C(図3.3a参照)を上記の磨砕条件下で60分間処理した。試料は形態Aへ完全に転移された(図3.3b参照)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子固体における少なくとも1つの相転移の誘発及び/又は促進をもたらすための方法であって、分子固体を摩擦化学的処理に付すことを特徴とする該方法。
【請求項2】
相転移が、実質的に高い機械的エネルギーの伝達によっておこなわれる請求項1記載の方法。
【請求項3】
相転移が、実質的に高い運動エネルギーの伝達によっておこなわれる請求項2記載の方法。
【請求項4】
相転移が、結晶相への転移である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
相転移が、分子固体の境界面上において誘発される請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
転移が、2つの多形体の間でおこなわれる請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
相転移が、無定形相若しくはガラス相から1又は複数の結晶相へおこなわれる請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
非純粋相として存在する固体が純粋相多形体へ転移される請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
分子固体が有機分子を含有するか、又は有機物源である請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
分子固体が無機分子と有機分子の混合物である請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
半連続的におこなわれる請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
特定の雰囲気下でおこなわれる請求項1〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
特定の圧力下でおこなわれる請求項1〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
温度制御下でおこなわれる請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
相転移後の分子固体が、より大きな密度を有する請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
請求項1〜15のいずれかに記載の方法によって相転移をおこなうための高エネルギーミルの使用。

【公表番号】特表2007−526821(P2007−526821A)
【公表日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−549860(P2006−549860)
【出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【国際出願番号】PCT/DE2005/000098
【国際公開番号】WO2005/072699
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(502226807)アファンティウム・インターナショナル・ベスローテン・フェンノートシャップ (2)
【氏名又は名称原語表記】AVANTIUM INTERNATIONAL B.V.
【Fターム(参考)】