説明

制御装置、移動体、制御方法、及びプログラム

【課題】複数のフィードバック補償器を有し、これらを順次切り換える制御系において、切り換え時の過渡応答の特性を向上させるようにする。
【解決手段】切換以降の過渡応答、制御入力の振幅、制御入力の差分値、及び切換直前と直後の制御入力の差分値を抑制する評価関数を設計し、この評価関数を最小化する倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値を与える。これによって、制御切換後の過渡応答や、制御入力の振幅、不連続性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御装置、移動体、制御方法、及びプログラムに係り、特に、2以上のフィードバック補償を切り換える制御装置、移動体、制御方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
移動体の制御方法には、制御対象の状態に応じて複数のフィードバック補償を順次切り換える制御方法がある。各フィードバック補償は、制御対象の状態に対して適切に設計されているため、切り換えを有さない制御方法と比べて好適である。
【0003】
例えば、倒立2輪型移動体の立ち上がり動作において、補助輪などが接地した4輪走行から倒立2輪走行へ移行するためには、4輪走行用のフィードバック補償から倒立2輪走行用のフィードバック補償へ切り換えることが要求される。
【0004】
上述のフィードバック補償の切り換えは一般に動的な状態で行われるため、切り換えるフィードバック補償の状態量の設定を検討する必要がある。フィードバック補償の状態量を設定する方式は初期値補償方式と呼ばれ、種々の技術が知られている(例えば、特許文献1、2、非特許文献1、2)。
【0005】
特許文献1及び非特許文献1で開示される技術は、制御対象の状態量に基づいてフィードバック補償器の状態量の初期値を与える方法であり、切り換え後の過渡応答の特性を向上させるものである。
【0006】
また、特許文献2で開示される技術は、切り換え前のフィードバック補償による制御入力と切り換え後のフィードバック補償器による制御入力が一致した時に、フィードバック補償器の切り換えを行う方法であり、切り換え後の過渡応答の特性を向上させるものである。
【0007】
また、非特許文献2で開示される技術は、制御装置への入力指令に対する過渡応答の特性を向上させるために、目標状態に対応する入力指令に基づいてフィードバック補償器の初期値を与える方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開1991−288913号公報
【特許文献2】特開2005−145293号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】山口高司ほか、「磁気ディスク装置ヘッド位置決めサーボ系におけるサーボモード切り換え時の初期値補償問題の基礎検討」、計測自動制御学会論文集、1993年、第29巻、7号、792〜799頁
【非特許文献2】平田光男ほか、「制御器の演算器低減を考慮したショートトーク制御 −1自由度制御と初期値補償による手法−」、電気学会 産業計測制御研究会資料、2005年、IIC−03−93、7〜14頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の初期値補償方式には以下に示す問題点がある。上記の特許文献1と非特許文献1に記載された技術は、切り換え時の制御対象の状態量の初期値に基づいて過渡応答の特性を向上させる方法であるため、入力指令が与えられた場合には著しく過渡応答の特性を悪化させるおそれがある、という問題がある。
【0011】
また、上記の特許文献2に記載の技術では、切り換え前のフィードバック補償による制御入力と切り換え後のフィードバック補償による制御入力とが一致しない場合、フィードバック補償の切り換えが行えないため、切り換え制御による所望の制御性能が得られない場合がある、という問題がある。
【0012】
また、上記の非特許文献2に記載の方法では、切り換え時の制御対象の状態量の初期値による応答を考慮していないため、制御対象の状態量の初期値による応答で、過渡応答の特性が悪化する場合がある、という問題がある。
【0013】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、補償器を切り換える任意の時点で、制御対象の状態量に初期値が存在し、目標状態に対する入力指令が与えられる場合であっても、切り換え時の過渡応答の特性を向上させることができる制御装置、移動体、制御方法、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために本発明に係る制御装置は、制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段と、前記検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行う制御手段と、前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行う切換手段と、前記切換手段によって前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する初期値設定手段と、を含んで構成されている。
【0015】
本発明に係るプログラムは、コンピュータを、制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行う制御手段、前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行う切換手段、及び前記切換手段によって前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する初期値設定手段として機能させるためのプログラムである。
【0016】
本発明によれば、検出手段によって、制御対象の状態量に相当する信号を検出する。制御手段によって、検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、制御対象を目標状態へ到達させるために制御対象の駆動制御を行う。
【0017】
また、切換手段によって、検出手段によって検出された状態量に基づいて、補償器の切換を行う。初期値設定手段によって、切換手段によって補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する。
【0018】
このように、補償器の切換を行うときに、検出された制御対象の状態量と、切換前の制御対象の駆動制御の制御入力と、制御対象の目標状態とに基づいて、切換後の補償器の状態量の初期値を演算することにより、補償器を切り換える任意の時点で、制御対象の状態量に初期値が存在し、目標状態に対する入力指令が与えられる場合であっても、切り換え時の過渡応答の特性を向上させることができる。
【0019】
本発明に係る初期値設定手段は、予め定められた2次形式の評価関数を最小とすることで求めた数値を第1係数、第2係数、及び第3係数として、制御対象の状態量と第1係数とを乗算した値、制御対象を駆動する切換前の制御入力と第2係数とを乗算した値、及び目標状態量と第3係数とを乗算した値を合計することにより、切換後の補償器の状態量の初期値を演算することができる。
【0020】
本発明に係る2次形式の評価関数は、補償器を切り換えたときの過渡応答の特性に対する評価関数、制御入力の振幅に対する評価関数、切換後の前記制御入力の不連続性に対する評価関数、及び切換直前と切換後の制御入力の不連続性に対する評価関数を含むようにすることができる。これによって、制御対象の初期値応答の収束性向上と共に、制御入力の不連続性を抑制して、入力指令に対する過渡応答の特性の向上を実現することができる。
【0021】
本発明に係る2次形式の評価関数を、目標状態量、切換前の制御入力、補償器の状態量の偏差、及び制御対象の状態量の偏差についての2次形式の評価関数とすることができる。
【0022】
本発明に係る制御対象は、車輪を有する移動体であって、制御装置は、移動体の車輪を駆動させる駆動手段を更に含み、制御手段は、駆動手段による駆動を制御することができる。
【0023】
上記の車輪を有する移動体を、倒立2輪で移動可能な移動体とすることができる。
【0024】
また、制御対象の状態量は、倒立2輪で移動可能な移動体の進行方向と、進行方向の速度と、基準方向に対する移動体の車体傾斜角度と、移動体の車体傾斜角速度との少なくとも1つを含むようにすることができる。
【0025】
また、上記の移動体は、3以上の車輪で走行する倒立2輪で移動可能な移動体であって、初期値設定手段は、倒立2輪走行へ切り換えるときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を演算して設定することができる。
【0026】
本発明に係る移動体は、上記の制御装置を備え、前記制御装置によって駆動制御を行うように構成されている。
【0027】
本発明に係る制御方法は、制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行い、前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行い、前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本発明の制御装置、移動体、制御方法、及びプログラムによれば、補償器の切換を行うときに、検出された制御対象の状態量と、切換前の制御対象の駆動制御の制御入力と、制御対象の目標状態とに基づいて、切換後の補償器の状態量の初期値を演算することにより、補償器を切り換える任意の時点で、制御対象の状態量に初期値が存在し、目標状態に対する入力指令が与えられる場合であっても、切り換え時の過渡応答の特性を向上させることができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施の形態に係る倒立2輪型移動体の構成を示す概略図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る倒立2輪型移動体の制御構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る倒立2輪型移動体の制御部の構成を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る倒立2輪型移動体の制御部における駆動制御処理ルーチンの内容を示すフローチャートである。
【図5】(A)車輪角速度の過渡応答の特性を示すグラフ、(B)傾斜角度の過渡応答の特性を示すグラフ、及び(C)制御量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、本実施の形態では、倒立2輪型移動体に本発明を適用した場合を例に説明する。
【0031】
図1に示すように、倒立2輪型移動体10は、地面12に接地した車輪14を、車輪角θに応じて駆動することによって、所定の速度で移動する。さらに、ジャイロセンサ等から検出される傾斜角ηに応じて左右2つの車輪14を駆動することによって、車体16の倒立状態を維持することができる。また、停止する際には左右2つの補助輪18を接地させる。
【0032】
図2は、倒立2輪型移動体10の制御ブロック図である。倒立2輪型移動体10は、操作部20、車輪角速度センサ22、傾斜角速度センサ24、傾斜角度検出部26、A/D変換器28、30、32、指令値演算部34、制御部36、D/A変換器38、アンプ40、及び車輪14を駆動させるモータ42を備えている。
【0033】
また、制御部36は、CPUと、RAMと、後述する駆動制御処理ルーチンを実行するためのプログラムを記憶したROMとを備え、機能的には次に示すように構成されている。図3に示すように、制御部36は、偏差演算部50、52、54、補償器切換部56、4輪走行用フィードバック補償器58、及び倒立2輪走行用フィードバック補償器60を備えている。
【0034】
倒立2輪型移動体10を制御する際には、車輪14の回転速度である車輪角速度、車体16の傾斜角速度、及び車体16の傾斜角を、車輪角速度センサ22、傾斜角速度センサ24、及び傾斜角度検出部26によって検出し、A/D変換器28、30、32を介して制御部36に取り込む。なお、傾斜角速度センサ24は、例えばジャイロセンサであり、傾斜角度検出部26は、傾斜角速度センサ24によって検出された傾斜角速度を積分することにより、基準方向(鉛直方向)に対する傾斜角を検出する。
【0035】
操作部20は、所望の走行速度に応じて運転者により操作される。指令値演算部34は、操作部20の操作に基づいて、車輪角速度指令値を演算して、出力すると共に、所定の傾斜角度の指令値(倒立2輪走行状態では、例えば、0)及び所定の傾斜角速度の指令値(倒立2輪走行状態では、例えば、0)を生成して出力する。
【0036】
制御部36は、倒立2輪型移動体10を各種指令値に応じた目標状態へ到達させるために、以下のように、モータ42の駆動制御を行う。
【0037】
まず、制御部36内で、偏差演算部50、52、54によって、指令値演算部34によって演算された車輪角速度の指令値とA/D変換器28からの車輪角速度との偏差、指令値演算部34によって演算された傾斜角速度の指令値とA/D変換器30からの傾斜角速度との偏差、及び指令値演算部34によって演算された傾斜角の指令値とA/D変換器32からの傾斜角との偏差を計算する。
【0038】
4輪走行用フィードバック補償器58は、4輪走行状態において、計算された各種偏差を小さくするような制御入力を演算して出力し、倒立2輪走行用フィードバック補償器60は、倒立2輪走行状態において、計算された各種偏差を小さくするような制御入力を演算して出力する。
【0039】
補償器切換部56は、A/D変換器32からの傾斜角に基づいて、4輪走行状態か倒立2輪走行状態かを判定し、4輪走行状態である場合には、計算した各種偏差を4輪走行用フィードバック補償器58に入力し、その出力結果(制御入力(例えば、モータトルクあるいは車軸トルク))をD/A変換器38へ出力する。一方、補償器切換部56は、倒立2輪走行状態であると判定した場合、計算した各種偏差を倒立2輪走行用フィードバック補償器60に入力し、その出力結果(制御入力)をD/A変換器38へ出力するように、倒立2輪走行用フィードバック補償器60へ切り換える。このように、制御部36は、4輪走行状態から倒立2輪走行状態へ遷移すると、4輪走行用フィードバック補償器58から倒立2輪走行用フィードバック補償器60に切り換わる制御構造である。
【0040】
また、D/A変換器38の出力は、アンプ40を介してモータ42に入力され、モータ42によって車輪14を駆動させる。
【0041】
次に、本実施の形態の原理について説明する。
【0042】
本実施の形態のように切り換え制御を行う制御系においては、切り換え直後のフィードバック補償器の状態量の初期値の設定が、切り換え後の過渡応答特性にとって重要であるため、適切な初期値を設定する必要がある。
【0043】
4輪走行用フィードバック補償器58から倒立2輪走行用フィードバック補償器60への切り換え後の初期値は、以下の設計によって求められる。
【0044】
まず、D/A変換器38の出力から、A/D変換器28、30、32の出力までの制御対象の状態方程式は、以下の(1)式で表される。
【0045】
【数1】

【0046】
ここで、xはm次の制御対象(倒立2輪型移動体10)の状態ベクトルであり、τは制御対象への制御入力(D/A変換器38の出力)であり、yは3×1の制御量ベクトル(A/D変換器28、30、32の出力)である。A、B、Cはそれぞれm×m、m×1、3×mの実数行列である。
【0047】
また、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態方程式は、以下の(2)式で表される。
【0048】
【数2】

【0049】
ここで、xはn次の倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルであり、zは、3×1の目標指令ベクトルである。A、B、C、Dはそれぞれn×n、n×3、1×n、1×3の実数行列である。
【0050】
なお、zとyは、以下の(3)式、(4)式で表される。
【0051】
【数3】

【0052】
【数4】

【0053】
上記(3)式に示すように、zは傾斜角の指令値、傾斜角速度の指令値、車輪角速度の指令値からなる目標指令ベクトルであり、上記(4)式に示すように、yは、実際の傾斜角、傾斜角速度、車輪角速度からなる制御量ベクトルである。なお、Tはベクトル及び行列の転置を表している。また、倒立2輪制御状態では、傾斜角度の指令値、傾斜角速度の指令値は0となる。
【0054】
上記(1)式と(2)式とを用いて、目標指令ベクトルから制御量ベクトルまでの状態方式を求めると、以下の(5)式が得られる。
【0055】
【数5】

【0056】
ここで、A、B、Cとxは、以下の式の通りである。
【0057】
【数6】

【0058】
いま、切り換え後の過渡応答を改善しながら、制御入力の振幅及び不連続性を抑制するために、以下の(6)式の評価関数を最小化する倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値x[0]を導出することを考える。
【0059】
【数7】

【0060】
ここで、Jsは過渡応答の特性改善に関する評価関数であり、Jaは制御入力の振幅を抑制することに関する評価関数であり、Jは切り換え後の制御入力の不連続性を抑制することに関する評価関数であり、Jj0は切り換え直前と直後の制御入力の不連続性を抑制することに関する評価関数である。
【0061】
また、qa、q、qj0はそれぞれの評価関数に対する重み係数である。例えば、制御入力の振幅を抑制したい場合には、qaの値を相対的に大きく設定し、制御入力の不連続性を抑制したい場合にはqの値を相対的に大きく設定し、切り換え直前と直後の制御入力の不連続性を抑制したい場合にはqj0の値を相対的に大きく設定すればよい。各評価関数は、以下の(7)式〜(10)式で表される。
【0062】
【数8】

【0063】
ここで、状態偏差ベクトルe[k]は、x[k]−x[∞]であり、Qは(n+m)×(n+m)の重み行列である。また、Cua、Cujは、以下の(11)式、(12)式で表される。
【0064】
【数9】

【0065】
上記(7)式は、切り換え制御後から無限時間後までの状態偏差ベクトルの2乗和を表わしている。上記(8)式は、切り換え制御後から無限時間後までの制御入力の2乗和を表わしている。上記(9)式は、切り換え制御後から無限時間後までの制御入力差分の2乗和を表わしている。上記(10)式は、切り換え制御直前と直後の制御入力差分の2乗値を表している。ここで、以下の(13)式で表される離散リアプノフ方程式の解を用いれば、上記(7)式は、以下の(14)式に変形される。
【0066】
【数10】

【0067】
【数11】

【0068】
また、上記(14)式を展開すれば、以下の(15)式が得られる。
【0069】
【数12】

【0070】
上記(13)式から上記(15)式への数式展開と同様の数式展開を、上記(8)式、(9)式に適用すると、上記(8)式、(9)式から、以下の(16)式、(17)式が得られる。
【0071】
【数13】

【0072】
ただし、上記(16)式の(r11,r12,r22)は、上記(13)式のPをRに置き換え、上記(14)式の(p11,p12,p13)を(r11,r12,r22)に置き換えたものである。また、上記(17)式の(s11,s12,s22)は、上記(13)式のPをSに置き換え、上記(14)式の(p11,p12,p13)を(s11,s12,s22)に置き換えたものである。
【0073】
また、上記(10)式を展開すると、以下の(18)式が得られる。
【0074】
【数14】

【0075】
ただし、上記(18)式の(t11,t12,t22)は、上記(13)式のPをSj0に置き換え、上記(14)式の(p11,p12,p13)を(t11,t12,t22)に置き換えたものである。また、h、hは、以下の(19)式で表される。
【0076】
【数15】

【0077】
また、上記(15)式〜(18)式より、上記(6)式は、以下の(20)式で与えられる。
【0078】
【数16】

【0079】
上記(20)式は、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態偏差ベクトルe[0]、切換前の制御入力τ[−1]、制御対象の状態偏差ベクトルe[0]、及び目標指令ベクトルzについての2次形式の評価関数である。
【0080】
ここで、w11、w12、w22、ruは、以下の式で表される。
【0081】
【数17】

【0082】
いま、上記(20)式は、e[0]の2次形式であるため、Jを最小化するe[0]は、Jをe[0]で偏微分した解である。その時、e[0]は、(21)式で導出される。
【0083】
【数18】

【0084】
いま、e[0]=x[0]−x[∞]、e[0]=x[0]−x[∞]を、上記(21)式に代入すると、以下の(22)式を得る。
【0085】
【数19】

【0086】
また、x[∞]は以下の(23)式で与えられる。
【0087】
【数20】

【0088】
よって、上記(22)式は、以下の(24)式に変形される。
【0089】
【数21】

【0090】
上記(24)式に従って、制御対象の状態ベクトルの初期値x[0]と係数とを乗算した値、目標指令ベクトルzと係数とを乗算した値、及び切換前の制御入力と係数とを乗算した値の総和によって、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値x[0]が計算される。
【0091】
また、上記(24)式中のzは、上記(3)式で表されるため、上記(24)式は、以下の(25)式となる。
【0092】
【数22】

【0093】
以上より、4輪走行用フィードバック補償器58から倒立2輪走行用フィードバック補償器60へ切り換えた直後の初期値x[0]を、上記(25)式に従って与えれば、過渡応答を改善し、制御入力の振幅と不連続性を抑制可能となる。
【0094】
そこで、本実施の形態では、4輪走行用フィードバック補償器58から倒立2輪走行用フィードバック補償器60へ切り換えた時に、倒立2輪走行用フィードバック補償器60によって、上記(20)式〜(24)式に従って、上記(6)式の評価関数を最小とする、(25)式を導出する。すなわち、制御対象の初期値x[0]、目標指令ベクトル、及び切換前の制御入力を変数として、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の初期値x[0]を表現する数式を求める。求められた数値を、第1係数〜第3係数とし、制御対象の状態ベクトルの初期値、切換前の制御入力、目標指令ベクトルに基づいて、上記(25)式に従って、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値を算出し、設定する。
【0095】
なお、本発明における補償器の状態量の初期値の一例が、上記(25)式のx[0]であり、制御対象の状態量の一例が、上記(25)式のx[0]であり、切換前の制御対象の駆動制御の制御入力の一例が、上記(25)式のτ[−1]であり、目標状態の一例が、上記(25)式のzである。また、2次形式の評価関数を最小とすることで求めた数値は、上記(25)式の−w11−112、([I w11−112](I−A)−1B−qj011−1)、qj011−1である。
【0096】
次に、本実施の形態に係る倒立2輪型移動体10の作用について説明する。まず、倒立2輪型移動体10の運転者によって、所望の速度に応じて操作部20が操作されると、指令値演算部34から各種指令値が制御部36へ出力される。また、車輪角速度センサ22、傾斜角速度センサ24、及び傾斜角度検出部26によって、倒立2輪型移動体10の車輪角速度、傾斜角速度、傾斜角が検出され、A/D変換器28、30、32を介して制御部36へ出力される。
【0097】
このとき、制御部36において、図4に示す駆動制御処理ルーチンが実行される。なお、駆動制御処理ルーチンの開始時には、倒立2輪型移動体10は4輪走行状態となっており、4輪走行用フィードバック補償器58に対してデータの入出力が行われている。
【0098】
まず、ステップ100において、指令値演算部34から出力された、車輪角速度の指令値、傾斜角速度の指令値、及び傾斜角の指令値を取得する。そして、ステップ102において、A/D変換器28、30、32を介して出力された、車輪角速度、傾斜角速度、及び傾斜角を取得する。
【0099】
次のステップ104では、上記ステップ100で取得した各種指令値と、上記ステップ102で取得した各種検出値とに基づいて、車輪角速度の偏差、傾斜角速度の偏差、及び傾斜角の偏差を算出する。
【0100】
そして、ステップ106において、上記ステップ102で取得した傾斜角度が、閾値以上であるか否かを判定し、検出された傾斜角度が、閾値以上である場合には、4輪走行状態であると判断し、ステップ108において、上記ステップ104で算出した各種偏差に基づいて、4輪走行用フィードバック補償器58を用いて、制御量(モータ42のトルク)を算出し、D/A変換器38を介して出力し、上記ステップ100へ戻る。このとき、出力された制御量が、D/A変換器38、アンプ40を介してモータ42に出力され、モータ42が駆動する。
【0101】
一方、上記ステップ106において、上記ステップ102で取得した傾斜角度が、閾値未満である場合には、倒立2輪走行状態へ移行したと判断し、ステップ110で、倒立2輪走行用フィードバック補償器60へ切り換えると共に、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値を演算して設定する。
【0102】
そして、ステップ112において、上記ステップ104で算出した各種偏差に基づいて、倒立2輪走行用フィードバック補償器60を用いて、制御量(例えば、モータ42のトルク)を算出し、D/A変換器38を出力して、上記ステップ114へ移行する。このとき、出力された制御量が、D/A変換器38、アンプ40を介してモータ42に出力され、モータ42が駆動する。
【0103】
ステップ114では、倒立2輪型移動体10が停止するか否かを判定する。例えば、操作部20によって停止を指示する操作が入力された場合には、倒立2輪型移動体10を停止すると判断し、駆動制御処理ルーチンを終了するが、一方、倒立2輪型移動体10を停止しない場合には、ステップ116において、指令値演算部34から出力された、車輪角速度の指令値、傾斜角速度の指令値、及び傾斜角の指令値を取得する。そして、ステップ118において、A/D変換器28、30、32を介して出力された、車輪角速度、傾斜角速度、及び傾斜角を取得する。
【0104】
次のステップ120では、上記ステップ116で取得した各種指令値と、上記ステップ120で取得した各種検出値とに基づいて、車輪角速度の偏差、傾斜角速度の偏差、及び傾斜角の偏差を算出して、上記ステップ112へ戻る。
【0105】
上記のように、駆動制御処理ルーチンでは、車輪角速度の指令値との偏差、傾斜角速度の指令値との偏差、及び傾斜角の指令値との偏差に基づいて、モータ42の駆動を制御すると共に、車体16の傾斜角度に応じて、4輪走行状態から倒立2輪走行状態へ移行したと判断されたときに、4輪走行用フィードバック補償器58から、倒立2輪走行用フィードバック補償器60へ切り換えて、フィードバック補償制御を行う。
【0106】
次に、上記(25)式に従って、倒立2輪走行用フィードバック補償器60の状態ベクトルの初期値x[0]を設定した場合の例を図5(A)〜図5(C)に示す。なお、上記(6)式におけるqa、q、qj0の設計方針は、制御入力の振幅を抑制したい場合にはqaの値を大きく、制御入力の不連続性を抑制したい場合にはqの値を大きく、切り換え直前と直後の制御入力の不連続性を抑制したい場合にはqj0の値を大きく設定すればよいので、目標とする仕様を満足するようにqa、q、qj0の各値を数回の試行を経て決定した。図5(A)〜図5(C)より明らかなように、上記(25)式に従った初期値設定を行うと、切換前後での制御量(制御入力)の不連続性は改善されて、車輪角速度応答及び傾斜角度応答の各々の過渡応答特性も改善されることが分かった。
【0107】
以上説明したように、本実施の形態に係る倒立2輪型移動体10によれば、倒立2輪走行用フィードバック補償器への切換を行うときに、制御対象の状態ベクトルと、切換前の制御対象の駆動制御の制御入力と、制御対象の目標状態に対する指令値ベクトルとに基づいて、切換後の倒立2輪走行用フィードバック補償器の状態ベクトルの初期値を演算することにより、フィードバック補償器を切り換える任意の時点で、制御対象の状態ベクトルに初期値が存在し、目標状態に対する入力指令が与えられる場合であっても、切り換え時の過渡応答の特性を向上させることができる。
【0108】
また、切り換える倒立2輪走行用フィードバック補償器の状態ベクトルの初期値に、適切な初期値を設定(初期値補償)することにより、フィードバック補償の切り換え後に不要な過渡応答を生じることなく、目標状態へ収束することができる。また、切り換え後の制御入力の振幅や不連続性を抑制することができる。そのため、移動体の乗り心地を向上させることができる。
【0109】
また、設定する初期値は、切り換え後の過渡応答を収束させること、切り換え後の制御入力の振幅及び不連続性を抑制すること、並びに切り替え直前と直後の制御入力の不連続性を抑制することを考慮した評価関数を最小化して与えられるため、制御対象の初期値応答の収束性を向上させると共に、制御入力の不連続性を抑制して、入力指令に対する過渡応答の特性の向上させることができる。
【0110】
また、フィードバック補償器の切り換え時に、制御対象の状態量と、制御対象を駆動した切換前の制御入力と、目標状態に対応する入力指令に基づいて、フィードバック補償器の状態ベクトルに、適切な初期値を与えることで、制御対象の初期値応答の収束性向上のみならず、制御入力の不連続性を抑制して、入力指令に対する過渡応答の特性の向上を実現することができる。
【0111】
上述した特許文献1と非特許文献1とで開示される技術では制御対象の状態量のみに基づいてフィードバック補償の初期値を設定し、また、上述した非特許文献2で開示される技術では入力指令のみに基づいてフィードバック補償の初期値を設定していたが、本発明では制御対象の状態量と、制御対象を駆動した切換前の制御入力と、目標状態に対応する入力指令とを用いて、フィードバック補償の初期値を設定する。すなわち、切換前の制御入力を用いることで制御入力の不連続性の抑制を実現し、また、目標状態に対応する入力指令を用いることで、入力指令に対する過渡応答特性の向上を同時に実現可能とする。また、本発明によれば、制御対象の状態量と、制御対象を駆動した切換前の制御入力と、目標状態に対応する入力指令が得られるならば、補償器の状態量の初期値を演算できるため、所望のタイミングで補償器の切り換えを行うことが可能である。
【0112】
なお、上記の実施の形態では、倒立2輪型移動体を制御対象とした場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。倒立2輪型移動体以外の制御対象に本発明を実施する場合には、上記(1)式と同様に、その制御対象に対応する状態方程式を定めると共に、上記(2)式と同様に、フィードバック補償器の状態方程式を定める。その後は、上記(3)式〜(25)式と同様な数式を計算し、(25)式と同様な式に従って、x[0]を算出してフィードバック補償の初期値を与えれば良い。例えば、光や磁気ディスク装置などのヘッドの位置決め制御に、本発明を適用してもよい。
【0113】
また、倒立2輪型移動体の状態量として、車輪角度、車体傾斜角度、及び車体傾斜角速度を用いて駆動制御を行う場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、倒立2輪型移動体の進行方向、進行方向の速度、基準方向に対する移動体の車体傾斜角度、及び移動体の車体傾斜角速度の少なくとも1つを、倒立2輪型移動体の状態量として用いて駆動制御を行うようにしてもよい。
【0114】
また、4輪で走行する倒立2輪型移動体を制御対象とした場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、3以上の車輪で走行する倒立2輪型移動体を制御対象としてもよい。
【0115】
本発明のプログラムを、記憶媒体に格納して提供することができる。
【符号の説明】
【0116】
10…倒立2輪型移動体、 12…地面、 14…車輪、 16…車体、 18…補助輪、 22・・・車輪角速度センサ、 24・・・傾斜角速度センサ、 26・・・傾斜角度検出部、 28、30、32…A/D変換器、 36…制御部、38…D/A変換器、 40…アンプ、42・・・モータ、 58…4輪走行用フィードバック補償器、 60…倒立2輪走行用フィードバック補償器、θ…車輪角、 η…傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行う制御手段と、
前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行う切換手段と、
前記切換手段によって前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する初期値設定手段と、
を含む制御装置。
【請求項2】
前記初期値設定手段は、予め定められた2次形式の評価関数を最小とすることで求めた数値を第1係数、第2係数、及び第3係数として、前記制御対象の前記状態量と第1係数とを乗算した値、前記制御対象を駆動する切換前の制御入力と第2係数とを乗算した値、及び前記目標状態量と第3係数とを乗算した値を合計することにより、前記切換後の前記補償器の状態量の初期値を演算する請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記2次形式の評価関数は、前記補償器を切り換えたときの過渡応答の特性に対する評価関数、前記制御入力の振幅に対する評価関数、切換後の前記制御入力の不連続性に対する評価関数、及び切換直前と切換後の制御入力の不連続性に対する評価関数を含む請求項2記載の制御装置。
【請求項4】
前記2次形式の評価関数を、前記目標状態量、切換前の前記制御入力、前記補償器の状態量の偏差、及び前記制御対象の状態量の偏差についての2次形式の評価関数とした請求項2又は3記載の制御装置。
【請求項5】
前記制御対象は、車輪を有する移動体であって、
前記移動体の車輪を駆動させる駆動手段を更に含み、
前記制御手段は、前記駆動手段による駆動を制御する請求項1〜請求項4の何れか1項記載の制御装置。
【請求項6】
前記車輪を有する移動体を、倒立2輪で移動可能な移動体とした請求項1〜請求項5の何れか1項記載の制御装置。
【請求項7】
前記制御対象の状態量は、前記倒立2輪で移動可能な移動体の進行方向と、前記進行方向の速度と、基準方向に対する移動体の車体傾斜角度と、前記移動体の車体傾斜角速度との少なくとも1つを含む請求項6記載の制御装置。
【請求項8】
前記移動体は、3以上の車輪で走行する前記倒立2輪で移動可能な移動体であって、
前記初期値設定手段は、倒立2輪走行へ切り換えるときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を演算して設定する請求項6又は7記載の制御装置。
【請求項9】
請求項1〜請求項8の何れか1項記載の制御装置を備え、
前記制御装置によって駆動制御を行う移動体。
【請求項10】
制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行い、
前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行い、
前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する制御方法。
【請求項11】
コンピュータを、
制御対象の状態量に相当する信号を検出する検出手段によって検出された状態量と目標状態量との状態偏差を小さくするための2以上の補償器を備え、前記制御対象を目標状態へ到達させるために前記制御対象の駆動制御を行う制御手段、
前記検出手段によって検出された状態量に基づいて、前記補償器の切換を行う切換手段、及び
前記切換手段によって前記補償器の切換を行うときに、切換後の前記補償器の状態量の初期値を、前記検出された状態量と、切換前の前記制御対象の駆動制御の制御入力と、前記目標状態とに基づいて演算し、切換後の前記補償器に設定する初期値設定手段
として機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−161983(P2011−161983A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24438(P2010−24438)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】