説明

前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法並びに前立腺癌の治療及び/若しくは予防剤

【課題】信頼度の高い前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法並びに公知の前立腺癌治療薬とはメカニズムが全く異なる、前立腺癌の新規な分子標的治療及び予防方法を提供すること。
【解決手段】前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法は、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む。前立腺癌の治療及び/又は予防剤は、TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤を有効成分として含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法並びに前立腺癌の治療及び/若しくは予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんは米国では男性のがん罹患率では第一位の病気である。日本でも食生活の欧米化など生活習慣の変化に伴い増加の一途を辿っている。前立腺癌は発生初期段階では特有な症状はなく、前立腺肥大症と合併することが多いため、前立腺肥大症と似ており、排尿困難や夜間頻尿、尿意切迫感などを認めることがある。そのため、最近では特に症状はなくとも、健康診断や人間ドッグで血液中PSA前立腺特異抗原の測定により見つかることがほとんどである。まれに、進行癌の形で骨転移による腰痛でみつかることある。前立腺癌の予後を決定する因子として、手術前の進展度(stage)が重要である。
【0003】
Stage A: 前立腺肥大症の手術や、膀胱癌の手術などのときに偶然発見された場合
Stage B: 癌が前立腺の中にとどまっている場合
Stage C: 他の臓器(骨、リンパ節、肺、肝臓など)への転移は無いが、癌が前立腺の被膜(周りを被っている膜)を超えて外にでている場合
Stage D: 骨やリンパ節など他の臓器に転移をしている場合
【0004】
StageA-Cについては基本的に前立腺全摘出術を行なうが、術後の再発をきたす例が相当数認められる。とくに手術後の局所再発ホルモン治療抵抗性と骨転移は生命予後を悪化させる重要な因子であり、初期の段階でこれらを予測することは、患者の治療法やフォローアップの選択のため臨床的に大きな意味をもつ。しかし、早期の段階で前立腺癌の予後を予測する分子マーカーは現在のところ存在しない。
【0005】
従来、前立腺癌の予後や重症度判定に、血中PSA(前立腺特異抗原、prostate-specific antigen)量や前立腺癌組織スコアリング(Gleasonスコア)が用いられている(非特許文献1)が、必ずしも信頼度は高いとは言えない。
【0006】
また、前立腺癌治療薬としては、例えばタキサン(taxane)類に属するドセタキセル(docetaxel)等が知られている(非特許文献2)。
【0007】
一方、後述する本発明の前立腺癌の検出方法がマーカーとするTFG遺伝子と未分化大細胞リンパ腫、甲状腺乳頭状癌又は骨外性粘液性軟骨腫との関連が報告されている(非特許文献3〜7)。しかしながら、TFG遺伝子と前立腺癌との関連については全く報告されていない。
【0008】
【非特許文献1】A.W. Partin et al., The Journal of the Americal Medical Association, Vol. 277 No. 18, May 14, 1997
【非特許文献2】Picus J et al., Semin Oncol. 1999 Oct; 26 (5 Suppl 17):14-8
【非特許文献3】The DNA rearrangement that generates the TRK-T3 oncogene involves a novel gene on chromosome 3 whose product has a potential coiled-coil domain. Greco A, Mariani C, Miranda C, Lupas A, Pagliardini S, Pomati M, Pierotti MA., Mol Cell Biol 1995; 15: 6118-6127.
【非特許文献4】Characterization and chromosomal mapping of the human TFG gene involved in thyroid carcinoma. Mencinger M, Panagopoulos I, Andreasson P, Lassen C, Mitelman F, Aman P., Genomics 1997;41: 327-331.
【非特許文献5】TRK-fused gene (TFG) is a new partner of ALK in anaplastic large cell lymphoma producing two structurally different TFG-ALK translocations.Hernandez L, Pinyol M, Hernandez S, Bea S, Pulford K, Rosenwald A, Lamant L, Falini B, Ott G, Masson DY, Delsol G, Campo E., Blood 1999; 94: 3265-3268
【非特許文献6】Diversity of genomic breakpoints in TFG-ALK translocations in anaplastic large cell lymphomas: identification of a new TFG-ALK(XL) chimeric gene with transforming activity. Hernandez L, Bea S, Bellosillo B, Pinyol M, Falini B, Carbone A, Ott G, Rosenwald A, Fernandez A, Pulford K, Mason D, Morris SW, Santos E, Campo E., Am J Pathol 2002; 160: 1487-1494.
【非特許文献7】TFG is a novel fusion partner of NOR1 in extraskeletal myxoid chondrosarcoma. Hisaoka M, Ishida T, Imamura T, Hashimoto H., Genes Chromosomes Cancer 2004; 40: 325-328.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、信頼度の高い前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法を提供することである。また、本発明の目的は、公知の前立腺癌治療薬とはメカニズムが全く異なる、前立腺癌の新規な分子標的治療及び予防方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、リン酸化部位結合酵素であるペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼ(Pin1)を分子プローブとして用いたリン酸化プロテオーム解析法により、前立腺癌特異的にリン酸化修飾を受け、Pin1と結合するタンパク質としてTFGを同定した。TFGは非癌部と比較して前立腺癌部においてmRNAの高い発現が認められ、また、その発現レベルは手術後の再発率と高い相関を示すことが明らかになった。また、TFGに対する抗体を用いた免疫染色により、非癌部と前立腺癌部とを区別できることが明らかになった。また、前立腺癌細胞株PC3細胞において、siRNAを用いて、TFGの発現を抑制すると、PC3細胞の増殖抑制、形態変化および細胞老化誘導が認められた。これらの知見を新たに得た結果、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、本発明は、生体から分離した検体に対して行なう方法であって、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む、前立腺癌の検出方法を提供する。また、本発明は、生体から分離した検体に対して行なう方法であって、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む、前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法を提供する。さらに本発明は、TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチド、又はTFG遺伝子産物(単に「TFG」という)と抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む、前立腺癌の検出試薬を提供する。さらに本発明は、TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチド、又はTFGと抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む、前立腺癌の術後再発の可能性の判定試薬を提供する。さらに、本発明は、TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤を有効成分として含有する、前立腺癌の治療及び/又は予防剤を提供する。さらに、本発明は、単離された前立腺癌細胞と候補物質とを接触させる工程と、該細胞におけるTFG遺伝子の発現を測定する工程と、前記候補物質の中から、TFG遺伝子の発現を低下させる候補物質を選択する工程を含む、前立腺癌の治療及び/又は予防剤のスクリーニング方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、前立腺癌特異的に発現する遺伝子をマーカーとして利用する新たな前立腺癌検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法が提供された。下記実施例に具体的に記載されるとおり、TFG遺伝子の発現は、正常前立腺細胞と比較して、前立腺癌細胞において顕著に高い。従って、本発明の方法により高い信頼度で前立腺癌を検出することができる。また、上記の通り、前立腺癌の術後再発の可能性を判定する方法は全く存在しなかったが、本発明により前立腺癌の術後再発の可能性を判定する方法が初めて提供された。さらに、下記実施例に具体的に記載するように、TFG遺伝子の発現をsiRNAにより抑制すると、前立腺癌細胞の増殖が抑制され、老化が促進されたことから、本発明により、従来の前立腺癌治療薬とはメカニズムが全く異なる、分子標的による新たな前立腺癌の治療及び/又は予防剤が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
詳細は下記実施例に記載するが、TFG遺伝子の発現を指標として前立腺癌の検出及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定が可能であることは、次のようにして見出された。
【0014】
前立腺癌細胞株及び正常前立腺組織より可溶性タンパク質を抽出した。これらの可溶性タンパク質のうち、リン酸化部位結合酵素であるペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼ(Pin1)と特異的に結合するタンパク質をプロテオーム解析した。すなわち、Pin1とグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)とのリコンビナント融合タンパク質(GST-Pin1)を、グルタチオン−アガロースゲルのカラムに固定し、上記可溶性タンパク質をこのカラムに通すことにより、Pin1と結合する可溶性タンパク質を捕捉した。カラムに結合した可溶性タンパク質を、トロンビン消化によりカラムから切り出し、一次元SDS-PAGEにかけ、CBB染色後、前立腺癌細胞を試料とした場合にはPin1と結合するタンパク質として分離されるが、正常前立腺細胞には存在しないタンパク質が見出された。このタンパク質をゲル内で消化し、ESI-Q-TOF-MS解析を行なったところ、TFGであることが同定された。
【0015】
そこで、前立腺癌細胞株及び正常前立腺上皮細胞における、TFG遺伝子のmRNA量を定量的RT-PCRにより測定したところ、TFG遺伝子のmRNA量は、正常前立腺細胞に比べ、前立腺癌細胞株において有意に多かった。また、同一の前立腺癌患者から摘出した前立腺の癌部と非癌部におけるTFG遺伝子のmRNA量を測定したところ、癌部におけるTFG遺伝子のmRNA量が有意に多かった。これにより、TFG遺伝子の発現を指標として前立腺癌を検出可能であることが明らかになった。
【0016】
また、TFGに対する抗体を作製し、約20例の前立腺癌組織を用いた免疫染色を行なったところ、非癌部では染色は認められない一方、癌部で強い染色が観察された。これにより、TFG遺伝子の発現は、TFGに対する抗体を用いた免疫測定によっても調べることができ、mRNAの測定と同様にTFGの測定によっても前立腺癌を検出可能であることが明らかになった。
【0017】
さらに、TFG遺伝子の発現が前立腺癌の悪性化の指標になるかどうかを調査するため、全前立腺摘出術を行なった患者症例のうち、TFG遺伝子の発現の高いグループと低いグループ(中間値を境にして分類)に分け、再発の有無について検討をおこなった。その結果、TFGの発現の高い前立腺癌では、発現の低い前立腺癌と比較して、手術後の再発率が有意(P<0.05)に高いことが明らかになった。これにより、TFG遺伝子の発現を指標として前立腺癌の術後再発の可能性の判定が可能であることが明らかになった。
【0018】
さらに、TFG遺伝子のmRNAを特異的に切断するsiRNAを前立腺癌細胞株に投与したところ、前立腺癌細胞の増殖が抑制され、また、前立腺癌細胞の老化が促進された。これにより、TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤が、前立腺癌の治療及び/又は予防剤として有効であることが示された。
【0019】
上記の通り、本発明の前立腺癌の検出方法及び前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法は、生体から分離した検体中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む。検体としては、前立腺由来の腫瘍細胞を含み得るものであれば特に制限されず、血液、尿、手術や生検等で採取した前立腺等の細胞組織等が挙げられる。
【0020】
TFG遺伝子自体は公知であり、その塩基配列及びそれがコードするアミノ酸配列も公知であり、GenBank Accession No. BT007428として登録されている。GenBank Accession No. BT007428として登録されている、TFG遺伝子の塩基配列及びそれがコードするアミノ酸配列を配列番号1及び2に示す。
【0021】
本発明における「測定」という語は、検出、定量及び半定量のいずれをも包含する意味で用いている。従って、「TFG遺伝子の発現を測定する」とは、TFG遺伝子の発現を検出すること及びその発現量を測定することの両者が包含され、さらに、発現量が所定値以上であるか否かを判別する場合、換言すれば、発現量が所定値以上の場合にその発現を検出する場合も包含される。
【0022】
TFG遺伝子の発現の測定は、TFG遺伝子のmRNAを測定することにより行なうこともできるし、TFG遺伝子の遺伝子産物を測定することにより行なうこともできる。TFG遺伝子は、その塩基配列もそれがコードするアミノ酸配列もわかっているので、その発現の測定自体は、周知の種々の方法により容易に行なうことができる。
【0023】
TFG遺伝子のmRNAの測定は、例えば、定量的RT-PCR(定量的逆転写PCR)により行うことができる。RT-PCRは、測定対象となるmRNAを鋳型としてcDNAを合成し、このcDNAを鋳型としてPCRにより増幅する方法である。定量的RT-PCRは、例えば、クエンチャー蛍光色素とレポーター蛍光色素が結合されたプライマーを用いてPCRを行なうこと等により、各サイクル毎に増幅産物量を定量し、検出される蛍光強度が急激に増大するサイクル数から、試料中の鋳型DNA量を測定する方法(リアルタイムPCR)等である。定量的RT-PCR法自体はこの分野において周知であり、そのためのキットも市販されているので、測定対象となるmRNAの塩基配列がわかっていれば当業者が容易に実施可能である。また、TFG遺伝子のmRNAの測定は、通常のRT-PCRや、NASBA法等によるmRNAの増幅を行ない、増幅産物をゲル電気泳動にかけ、染色後、バンド強度を測定することによっても半定量的に行なうことができる。さらに、DNAチップを用いてTFG遺伝子のmRNA又はcDNAを検出又は半定量する方法によってもTFG遺伝子のmRNAの測定が可能である。
【0024】
TFG遺伝子の発現はまた、TFGを測定することによっても測定することができる。この場合、免疫測定に供する試料としては、前立腺細胞から常法により抽出したタンパク質を挙げることができる。TFG遺伝子のcDNAは、上記の通り、RT-PCRにより容易に増幅することができるので、増幅されたcDNAを用いた周知の遺伝子工学的手法によりTFGを調製することができる。得られたTFGを免疫原として用いて動物を免疫し、得られる抗血清から抗体を回収することにより、抗TFG抗体を得ることができる。このような抗TFG抗体を用いた免疫測定法により、検体中のTFGを測定することができる。抗血清から回収される抗体はポリクローナル抗体であり、TFGの露出している全てのエピトープに対する抗体が含まれているので、TFGと確実に結合するものである。一方、免疫測定の再現性を高くするために、モノクローナル抗体を用いることもできる。モノクローナル抗体の作製方法も既に確立されており、KohlerとMilsteinの方法により常法に従って作製することができる。免疫原として用いられるTFGは、遺伝子工学的手法により作製することができるため、十分な量の精製された免疫原を得ることができので、TFGと抗原抗体反応するモノクローナル抗体も常法に従い容易に調製することができる。
【0025】
免疫測定自体はこの分野において周知であり、反応様式で分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウェスタンブロット法等がある。また、標識で分類すると、放射免疫測定、蛍光免疫測定、酵素免疫測定、ビオチン免疫測定等があり、いずれの方法を用いてもTFGの免疫測定を行うことができる。特に限定されないが、サンドイッチELISAや凝集法は、操作が簡便で大掛かりな装置等を必要としないため、本発明の方法におけるTFGの免疫測定方法として好ましく適用することができる。
【0026】
なお、これらの免疫測定法自体は周知であり、本明細書で説明する必要はないが、簡単に記載すると、例えば、サンドイッチ法では、抗TFG抗体(ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でも可)を固相に不動化し、検体と反応させ、洗浄後、標識した第2の抗TFG抗体(ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でも可)を反応させ、洗浄後、固相に結合した、標識した第2の抗体を測定する。なお、固相化抗体と標識抗体とが共にモノクローナル抗体である場合には、両者が同時にTFGに結合可能なものを選択して用いる。なお、抗体に代えて、該抗体の抗原結合性断片を用いることもできる。ここで、「抗原結合性断片」とは、抗体分子中に含まれるFab断片やF(ab')2断片のような、抗原との結合能を有する抗体断片を意味する。
【0027】
下記実施例に具体的に記載されるように、前立腺癌細胞中では、TFG遺伝子の発現量が正常な前立腺細胞中の発現量よりも多くなるので、上記の方法により測定したTFG遺伝子の発現に基づき、前立腺癌を検出することができる。例えば、多数の健常人由来の正常前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現量を予め測定しておき、検体中の前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現量が、正常前立腺細胞中の発現量の平均値よりも統計学的に有意に高ければ、前立腺癌を発症している可能性が高いと判断でき、それによって前立腺癌を検出することができる。あるいは、検体を採取した患者本人の前立腺組織のうち、正常な部分と腫瘍化している部分が認められる場合には、正常な部分から採取した細胞中のTFG量を基準として判断することもできる。後者の場合、抗癌剤や手術による治療効果を経時的に追跡する場合等に有用である。
【0028】
同様に、下記実施例に具体的に記載されるように、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現量が多い場合には、前立腺癌の術後再発の可能性が高くなるので、上記の方法により測定したTFG遺伝子の発現に基づき、前立腺癌の術後再発の可能性を判定することができる。この場合、前立腺癌の手術を受けた多数の患者について前立腺細胞中のTFG発現量を測定しておき、それらの中間値よりも高いか低いかに基づき、前立腺癌の術後再発の可能性を判定することができる(下記実施例参照)。
【0029】
本発明はまた、上記本発明の方法に用いられる、TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチド、又はTFGと抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む、前立腺癌の検出又は前立腺癌の術後再発の可能性の判定のための試薬をも提供する。
【0030】
TFG遺伝子のmRNA又はcDNA(配列番号1)と特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチドは、TFG遺伝子のmRNA又はcDNAをPCRやNASBA等の核酸増幅法により増幅する際のプライマーや、該mRNA又はcDNAを特異的に検出するためのプローブとして用いられるものである。ここで、「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイズの条件下において、対象とする該mRNA又はcDNAとのみハイブリダイズし、その他の核酸とは実質的にハイブリダイズしないという意味である。
【0031】
「通常のハイブリダイズの条件下」とは、通常のPCRのアニーリングやプローブによる検出に用いられる条件下のことをいい、例えば、Taqポリメラーゼを用いたPCRの場合には、50mM KCl、10mM Tris-HCl(pH 8.3〜9.0)、1.5mM MgCl2といった一般的な緩衝液を用いて、54℃〜60℃程度の適当なアニーリング温度で反応を行なうことをいい、また、例えばノーザンハイブリダイゼーションの場合には、5 x SSPE、50%ホルムアミド、5 x Denhardt's solution、0.1〜0.5%SDSといった一般的なハイブリダイゼーション溶液を用いて、42℃〜65℃程度の適当なハイブリダイゼーション温度で反応を行なうことをいう。ただし、適当なアニーリング温度又はハイブリダイゼーション温度は、上記例示に限定されず、プライマー又はプローブとして用いる癌検出用ポリヌクレオチドのTm値及び実験者の経験則に基づいて定められ、当業者であれば容易に定めることができる。また、「実質的にハイブリダイズしない」とは、全くハイブリダイズしないか、するとしても対象とする部分領域にハイブリダイズする量よりも大幅に少なく、相対的に無視できる程度の微量しかハイブリダイズしないという意味である。
【0032】
そのような条件下で特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチドとしては、配列番号1に示す塩基配列を有する核酸の部分領域の塩基配列と一定以上の相同性を有するポリヌクレオチドが挙げられ、例えば90%以上、好ましくは95%以上、最も好ましくは100%の相同性を有するポリヌクレオチドが挙げられる。ここで、「相同性」は、比較すべき2つの塩基配列の塩基ができるだけ多く一致するように両塩基配列を整列させ、一致した塩基数を全塩基数で除したものを百分率で表したものである。上記整列の際には、必要に応じ、比較する2つの配列の一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このような配列の整列化は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて行なうことができる。ギャップが挿入される場合、上記全塩基数は、1つのギャップを1つの塩基として数えた塩基数となる。このようにして数えた全塩基数が、比較する2つの配列間で異なる場合には、相同性(%)は、長い方の配列の全塩基数で、一致した塩基を除して算出される。なお、ポリヌクレオチドの末端に、配列番号1に示す塩基配列を有する核酸とハイブリダイズしない領域が含まれていても、プローブの場合には、ハイブリダイズする領域がプローブ全体のおよそ半分以上を占めていれば検出に用いることができるし、また、プライマーの場合には、ハイブリダイズする領域がプライマー全体のおよそ半分以上を占め、かつ3'末端側にあれば、正常にアニーリングして伸長反応を生じ得るので、検出に用いることができる。そのように、癌検出用ポリヌクレオチドの末端にハイブリダイズしない領域が含まれている場合において、対象の塩基配列との相同性を算出するときは、ハイブリダイズしない領域は考慮せず、ハイブリダイズする領域のみに着目して算出するものとする。また、上記説明において、「部分領域」とは、配列番号1に示される塩基配列中の一部の領域を言い、好ましくは連続する18塩基以上の領域である。なお、本発明において、「配列番号1に示される塩基配列」と言った場合には、配列番号1に実際に示されている塩基配列の他、これと相補的な配列も包含する。従って、例えば「配列番号1に示される塩基配列を有するポリヌクレオチド」と言った場合には、配列番号1に実際に示されている塩基配列を有する一本鎖ポリヌクレオチド、その相補的な塩基配列を有する一本鎖ポリヌクレオチド、及びこれらから成る二本鎖ポリヌクレオチドが包含される。
【0033】
癌検出用ポリヌクレオチドの塩基数は、特異性を確保する観点から、18塩基以上が好ましい。サイズは、プローブとして用いる場合には、好ましくは18塩基以上、さらに好ましくは20塩基以上、コード領域の全長以下が好ましく、プライマーとして用いる場合には、18塩基以上が好ましく、50塩基以下が好ましい。癌検出用ポリヌクレオチドの好ましい例としては、配列番号1に示される塩基配列中の連続する18塩基以上から成るポリヌクレオチドが挙げられる。
【0034】
また、上記した、TFGの免疫測定に用いられる抗TFG抗体又はその抗原結合性断片も前立腺癌の検出又は前立腺癌の術後再発の可能性の判定のための試薬として用いることができる。抗TFG抗体により前立腺組織中の癌部を検出可能であることは、下記実施例に具体的に示される通りである。
【0035】
上記の通り、TFG遺伝子のmRNAを特異的に切断するsiRNAを前立腺癌細胞株に投与したところ、前立腺癌細胞の増殖が抑制され、また、前立腺癌細胞の老化が促進されたことから、TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤は、前立腺癌の治療及び/又は予防剤として有効である。TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤としては、TFG遺伝子のmRNAを標的とするiRNA、好ましくはsiRNAを挙げることができる。iRNAは、標的となるmRNAと相補的な鎖を含む二本鎖RNAであり、標的となるmRNAと結合してこれを切断するものである。siRNAは、サイズが21〜23塩基程度の短い(small)iRNAである。siRNAは、サイズが小さいので合成が容易で、それによるmRNAの切断部位を設定し易いので好ましい。siRNAによる遺伝子発現の抑制技術は、既に周知であり、mRNAの配列(cDNA配列)さえ提示すれば、それを標的とするsiRNAを設計し、そのsiRNAを発現ベクターに組み込んだ組換えベクターを作製するサービスを行なっている業者が多数存在するほどである。従って、TFG遺伝子のcDNAの配列は配列番号1に記載したとおりであるので、それに対するsiRNAは当業者であれば容易に設定することができる。簡単に説明すると、siRNAは標的とするmRNAと相補的な鎖を含む二本鎖RNAで、そのサイズは通常、21〜23塩基であり、通常、二本鎖RNAの両端にそれぞれハングオーバーを有する。ハングオーバーのサイズは、それぞれ1塩基〜2塩基であり、ハングオーバー部分はデオキシヌクレオチドでもよい。また、mRNAとの相補性は、完全な相補性が好ましいが、1〜2塩基程度のミスマッチがあっても十分な切断作用を発揮する場合も多い。また、ハングオーバー部分は相補的でなくてもよい。siRNAは、mRNAの塩基配列中のaaに続く19〜21塩基として設定することが好ましい場合が多く、gc含量が50%前後(通常45〜55%程度)のものが好ましい。また、成熟タンパク質で切断される部分に設定されないように、5'末端から50塩基以上離れた部位に設定することが多い。
【0036】
TFG遺伝子のmRNAを標的とするsiRNAは、配列番号1記載の塩基配列中の1nt〜1200ntの領域内に標的配列を有する。ここで「領域内に標的配列を有する」とは、その領域内にsiRNAの二本鎖部分のうちの1本鎖と同一又はmRNAを切断可能な程度に相同な配列が存在するという意味である(ただし、チミンtとウラシルuは同じ塩基と考える)。mRNAの非翻訳領域は、遺伝子間で配列の違いが大きくないことがあるので、より特異的にTFG遺伝子のmRNAを切断するためには、標的配列が配列番号1中のコード領域内、すなわち、1nt〜1200ntの領域内に存在することが好ましい。
【0037】
siRNAはそのまま投与することもできるが、該siRNAを発現するDNAを哺乳動物細胞用の発現ベクターに組み込み、得られた組換えベクターを投与することにより、細胞内でsiRNAを生産させTFG遺伝子の発現を抑制してもよい。哺乳動物細胞用の発現ベクターは種々市販されており、それらのマルチクローニング部位に上記DNAを挿入することができる。なお、上記の通り、siRNAを発現するDNAを組み込んだ発現ベクターを作製する業者のサービスも利用できる。
【0038】
iRNA以外の抑制剤としては、アンチセンスRNAや、TFGに対する抗体を挙げることができる。
【0039】
投与量は、前立腺癌の程度、患者の状態や体重等に応じて適宜選択されるが、抑制剤がsiRNAの場合、その投与量は、成人(体重60kg)1日当たり通常、0.01mg/kg〜10mg/kg程度、特に0.1mg/kg〜5mg/kg程度、siRNAを発現する組換えベクターの場合、治療全体を通して成人1日当たり0.01mg/kg〜10mg/kg程度、特に0.1mg/kg〜5mg/kg程度であるが、投与量はもちろんこれらに限定されるものではない。
【0040】
また、上記の通り、TFG遺伝子が抑制された前立腺癌細胞では、増殖が抑制され、老化が促進されたことから、TFG遺伝子の発現量の低下を指標とすれば、細胞増殖の抑制と細胞老化を促進できる物質、すなわち前立腺癌の治療及び/又は予防剤として有用な物質をスクリーニングすることができる。従って、本発明により、前立腺癌の治療及び/又は予防剤の新規スクリーニング方法も提供される。
【0041】
本発明のスクリーニング方法は、単離された前立腺癌細胞と候補物質とを接触させる工程と、該細胞におけるTFG遺伝子の発現を測定する工程と、前記候補物質の中から、TFG遺伝子の発現を低下させる候補物質を選択する工程を含む。TFG遺伝子の発現の測定は、上記したように、TFG遺伝子のmRNAを測定することにより行なうこともできるし、TFG遺伝子の遺伝子産物を測定することにより行なうこともできる。候補物質との接触により、非接触の前立腺癌細胞よりもTFG遺伝子の発現が低下すれば、その候補物質により前立腺癌細胞の増殖が抑制されると考えることができるため、その候補物質は前立腺癌の治療及び/又は予防剤として有用であり得る。使用する前立腺癌細胞は特に限定されず、前立腺癌由来の公知の腫瘍細胞株のいずれであってもよい。
【0042】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
1. 材料及び方法
(1) 材料および検体
ヒト前立腺癌細胞株PC3(入手先:ATCC)
ヒト前立腺癌細胞株LNCaP(入手先:ATCC)
ヒト前立腺癌細胞株DU145(入手先:ATCC)
正常ヒト前立腺上皮細胞(Normal Human Prostate Epithelial Cells :PrEC)(ATCCから市販)
Dunning R細胞:Dunning R3327 system (AT1, AT2, AT3, MAT-Lu and MAT-Ly-Lu)(Thelma R. Tennant, Hyung Kim, Mitchell Sokoloff, and Carrie W. Rinker-Schaeffer. The Dunning Model. Prostate, 43:295-302, 2000)
インフォームドコンセントの十分に得られた患者手術検体
【0044】
(2) GST-Pin1融合タンパク質の精製
GST-Pin1融合タンパク質をコードする領域を含む、公知の組換えベクターであるpGEX-KG-Pin1(J. Biol. Chem., Vol. 277, Issue 25, 23054-23064, June 21, 2002)を大腸菌BL21株にトランスフォーメーションし、IPTG(0.5mM)存在下でタンパク質を誘導後、グルタチオン結合アガロースビーズ (Sigma)を用いて回収、還元型グルタチオン含有バッファーにて溶出後、透析を行ない脱塩およびバッファー交換を行なった。コントロールとして用いたGSTは、GSTをコードする領域を含む、公知の組換えベクターであるpGEX-KG(J. Biol. Chem.,上掲)を用いて上記と同様に精製した。
【0045】
(3) Pin1結合タンパク質の分離(GSTプルダウンアッセイ)
上記したヒト前立腺癌細胞株PC3、同LNCaP及び正常ヒト前立腺上皮細胞中に存在する可溶性タンパク質について、次のようにしてGSTプルダウンアッセイを行なった。GSTプルダウンバッファー (50 mM HEPES (pH 7.4), 150 mM NaCl, 10% グリセロール、1% Triton X-100(登録商標)、1.5 mM MgCl2、1 mM EGTA、100 mM NaF、1 mM Na3VO4、1 mM ジチオスレイトール、0.5μg/mlロイペプチン、1.0μg/mlペプスタチン、0.2 mM フェニルメチルスルホニルフロリド)とGST-Pin1 又はGSTの結合した70μLのグルタチオン結合アガロースビーズと4℃で2時間転倒撹拌した。次に、トロンビン消化によりビーズに結合したタンパク質を分離した。また、悪性度の異なる複数の細胞系列を含むDunning R3327 systemに含まれる、複数種類のラット前立腺癌細胞株中の可溶性タンパク質についても同様にしてPin1結合タンパク質を分離した。
【0046】
(4) プロテオミクス解析
GSTプルダウンにて得られたPin1結合タンパク質を1次元SDS-PAGEにて展開後、CBB染色を行ない、癌細胞のみにおいてPin1と結合するバンドを回収し、ゲル内消化後、ESI-Q-TOF MS (Q-Tof micro(商品名)、Micromass社、英国マンチェスター)による精密質量分析によりタンパク質を同定した。
【0047】
(5) siRNAを用いたTFGノックダウン
pSuper-retro-puro(商品名)ベクターを用いたsiRNA発現システム(OligoEngine社)を用いた。
TFG-siRNA配列(二本鎖領域)
siRNA1: 5'-gtcaggtgaaatatctccg-3'(配列番号3)
siRNA2: 5'-gtctgcttctgattcttct-3'(配列番号4)
siRNA3: 5'-ggtcagatgtaccaacagt-3'(配列番号5)
コントロールsiRNA配列
5'-tcgtatgttgtgtggaatt-3'(配列番号6)
各オリゴDNAをsiRNA発現ベクターpSUPER-puro(oligo engine社)にクローニングし、パッケージング細胞(293T)を用いてレトロウイルスベクターを作製し、標的細胞に感染させた。
【0048】
siRNAを導入したヒト前立腺癌細胞株の細胞数の経時変化は、次のようにして測定した。細胞数をヘモサイトメーターを用いてカウントした(3well/sample)。
【0049】
(6) 定量的RT-PCR法
横浜市立大学倫理委員会により承認を受けた臨床検体実験プロトコールに従って、インフォームドコンセントの十分に得られた患者手術検体からmRNAを抽出し、定量的RT-PCRを行なった。mRNAの抽出はISOGEN試薬(ニッポンジーン社)を用いて行なった。逆転写反応はoligo dT18およびSuperScript3逆転写酵素(Invitrogen社)を用いて、45℃で1時間反応を行なった。RT-PCRはABI7700(Applied Biosystem社)リアルタイムPCRを行なった。プライマーセット;(フォワード側:5'-ggaacacaaaagaccaaaatgg-3'(配列番号7)、リバース側5'-agggctctactttagtacatc-3'(配列番号8)、反応条件:95℃×30秒、64℃×1分を40サイクル繰り返した。
【0050】
(7) 老化関連(Senescence-associated)β-ガラクトシダーゼ染色
Cellular Senescence Assay Kit (Chemicon社)に準じて行なった。
【0051】
(8) TFG抗体の作製
TFGのアミノ酸配列(225番グルタミンから238番グルタミンまでの14アミノ酸)のカルボキシル末端にシステインを付加させた15アミノ酸のペプチド(QQPPYTGAQTQAGQC、配列番号9)を、ペプチド合成機により化学合成した。得られたペプチド断片を、フロインドの不完全アジュバントと等量になるように混合し、ソニケーションにてエマルジョンを作製した。粘性の高くなったエマルジョンをウサギ(日本白色種)の後背部に皮下投与した。初回免疫から39日後に全採血した。採取した血液は室温にて1時間静置後、4℃で一昼夜保存し、3000rpm、10分間遠心分離し血清を得た。
【0052】
市販の抗体精製キット(Amersham Bio., HiTrap Protein A HP)を用い、得られた抗血清から抗体を精製した。使用したバッファーは次の通りであった。
結合バッファー 20mM リン酸ナトリウム pH7.0
溶出バッファー 0.1M クエン酸ナトリウム pH3.0
中和バッファー 1.0M Tris-HCl, pH9.0
【0053】
具体的な精製操作は次のようにして行った。
[1] カラムの準備: カラムに気泡が入らないよう、シリンジを接続、25ml超純水を流速5滴/秒で送液。
[2] カラムの平衡化: 25mlの結合バッファーを流速5滴/秒で送液。
[3] サンプルの添加: 調整したサンプル(抗血清希釈液、__バッファーで__倍希釈)を流速5滴/2秒で送液非吸着成分の洗浄、25mlの結合バッファーを流速5滴/秒で送液。
[4] 抗体の溶出: 25mlの溶出バッファーを流速5滴/秒で送液、溶出液を3mlずつ回収(回収チューブに中和バッファー300μLを添加)し濃度測定。溶出した各フラクションの280nmの吸光度を測定し、抗体画分を回収PBS(-)で一晩透析し、バッファー交換した。
【0054】
(9) 免疫組織化学染色
市販の免疫組織化学染色キット(VECTASTAIN ABC Kit)を用い、上記(8)で得られたTFG特異抗体で、患者から分離した前立腺組織の免疫組織化学染色を行なった。前立腺組織として、横浜市立大学医学部付属病院および関連病院にて摘出された前立腺癌手術標本(計26例)を用いた。免疫組織化学染色は、具体的には次のようにして行なった。
【0055】
[1] 組織切片をキシレンおよびエタノールで脱パラフィン化および親水化。
[2] 洗浄2回[各5分間]:トリス緩衝生理食塩水(TBS) 各100mlで洗浄。
[3] 内在性ペルオキシダーゼの失活[1時間]:TBS 60 mlに2 mlの30%-H2O2 (1 %)。
[4] TBS各100mlで洗浄2回[各5分間]。
[5] ブロッキング[1時間]:TBS (3 ml)中ヤギ血清(終濃度10%)。
[6] TBST(0.1% Tween20(商品名)含有TBS)100mlで洗浄1回[5分間] 。
[7] 一次抗体(上記(8)で作製したTFG特異抗体)をブッロキング溶液で希釈(50-200倍)したものを検体に加えて室温2時間又は4℃一夜反応。
[8] TBS各100mlで洗浄2回[各5分間]。
[9] 二次抗体(TBS 500μLにビオチン化第二抗体(ヤギ抗ウサギIgG抗体。キットに附属)を2μL加えた溶液)を検体に加えて2時間反応。
[10] TBS各100mlで洗浄2回[各5分間]。
[11] AB溶液(TBS 10 mlにA:アビジン液(C液)とB:ビオチン化ペルオキシダーゼ(D液)を2滴ずつ加えた溶液)を調製。30分前に調製して、反応させておく。
[12] AB溶液を検体に加え、2時間反応させる。
[13] TBS各100mlで洗浄2回[各5分間]。
[14] DAB溶液(TBS(5 ml)中、ペルオキシダーゼの基質であるジアミノベンチジン(DAB)50μg (10μg/ml)とH2O2 5μL (0.03%)を含む(VECTOR社製))を検体に加え、遮光下、5-10分間程度反応させる。時々、発色を確認する。
[15] TBS100mlで洗浄1回[5分間]。
[16] ヘマトキシリン試薬で細胞の核を青く染色。
[17] エタノール置換、キシレン、封入剤を滴下、カバーグラスによる封入。
【0056】
2. 結果
(1) 前立腺癌特異的Pin1結合タンパク質はTFGである
前立腺癌特異的にPin1と結合しうるリン酸化タンパク質を、Pin1を分子プローブとして用いた上記プロテオーム解析により複数同定した。そのうちの1つであるTFGは、2つの前立腺細胞株PC3およびLNCaP細胞においてPin1と結合するが、ヒト正常前立腺細胞においては結合しなかった。また悪性度の異なるラット前立腺癌細胞を用いた同様な実験を行なったところ、TFGは悪性度の高い前立腺癌でPin1と有意に結合することが明らかになった。この結果はTFGが前立腺癌特異的にPin1と結合することを示すものである。
【0057】
(2) TFGは前立腺癌細胞において高発現している
次に、上記定量的RT-PCRにより前立腺癌組織におけるTFGの発現レベルを調べた。3つの前立腺細胞株PC3、DU145およびLNCaP細胞では、正常前立腺上皮細胞(PrEC)と比較してTFGの発現が2倍から3倍高かった(図1)。また、前立腺癌組織におけるTFG発現を見るために、同一患者の前立腺癌組織より癌部および非癌部を切除し、mRNAを抽出後、定量的RT-PCR解析を行なった。その結果、TFGは前立腺非癌部と比較して癌部において有意に発現が高いことが明らかになった(図2)。しかし、前立腺癌の分化度、ステージ、およびGleason Scoreとは有意な相関は認められなかった。
【0058】
(3) TFGは前立腺癌の治療標的となりうる
男性ホルモン非依存性増殖を示す、前立腺癌細胞株PC3を用いてTFG抑制試験を行なった。PC3細胞においてsiRNAを用いてTFGの発現を定常的に抑制した(図3)。その結果、TFG抑制細胞では、経代にともなって細胞が大型化し、細胞増殖の著明な低下が認められた。また、細胞形態より細胞老化を疑い、細胞老化マーカーである、老化関連β−ガラクトシダーゼ (SABG)染色(Dimri GP, Lee X, Basile G, et al. A biomarker that identifies senescent human cells in culture and in aging skin in vivo. Proc Natl Acad Sci U S A 1995; 92: 9363-9367.)を行なったところ、TFG抑制細胞群においてSABG陽性細胞が顕著に増加した(図4)。また、細胞増殖が有意に抑制された(図5)。このことはTFGが前立腺癌細胞の老化防止や細胞増殖の維持に重要な役割を果たしていることを示している。
【0059】
(4) TFGは前立腺癌術後再発のためのバイオマーカーとなりうる
TFGの発現が前立腺癌の悪性化の指標になるかどうかを調査するため、全前立腺摘出術を行なった患者症例(28例)のうち、前立腺細胞中のTFGの発現の高いグループと低いグループ(中間値を境にして分類)に分け、再発の有無について検討をおこなった。その結果、TFGの発現の高い前立腺癌では、発現の低い前立腺癌と比較して、手術後の再発率が有意(P<0.05)に高いことが明らかになった(図6)。なお、図6中、横軸は手術後の日数、縦軸が再発なしの生存率を示し、破線がTFGの発現の高いグループ、実線が低いグループについての結果を示す。
【0060】
(5) 前立腺癌組織におけるTFG抗体染色
上記の通り調製したTFG特異抗体を1次抗体として用いて、前立腺癌手術標本(計26例)の免疫組織化学染色を行なった。その結果、前立腺癌組織中の非癌部(過形成部)においては染色は認められず、TFGの発現は確認されなかったが、癌部では腺管を形成する細胞の一部が強く染色され、TFGの強い発現が確認された。図7は、26例の組織標本のうちの代表例を示す。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】定量的RT-PCRにより測定した、前立腺癌細胞及び正常前立腺上皮細胞におけるTFG遺伝子のmRNA量を示す図である。
【図2】定量的RT-PCRにより測定した、同一患者から採取した前立腺癌組織の癌部と非癌部におけるTFG遺伝子のmRNA量を示す図である。
【図3】TFG遺伝子のmRNAを切断するsiRNA又はコントロールsiRNAを発現するベクターをヒト前立腺癌細胞株PC3中に導入してsiRNAを発現させた際の、細胞中のTFG遺伝子のmRNA量を示す図である。
【図4】TFG遺伝子のmRNAを切断するsiRNA又はコントロールsiRNAを発現するベクターをヒト前立腺癌細胞株PC3中に導入してsiRNAを発現させた際の、老化関連β−ガラクトシダーゼ (SABG)染色により染色される細胞の割合(%)を示す図である。
【図5】TFG遺伝子のmRNAを切断するsiRNA又はコントロールsiRNAを発現するベクターをヒト前立腺癌細胞株PC3中に導入してsiRNAを発現させた際の、細胞数の経時変化を示す。
【図6】全前立腺摘出術を行なった患者症例の波線がTFGの発現の高いグループ、実線が低いグループについての、手術後の日数と再発なしの生存率の関係を示す図である。
【図7】TFG特異抗体による前立腺癌組織の免疫組織染色の代表例を示す。A;前立腺非癌部(過形成部)における染色像(陰性)(200×)、B;前立腺癌部における染色像(200×)、C;Bの拡大像(1400×)、D;Bの拡大像(2400×)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離した検体に対して行なう方法であって、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む、前立腺癌の検出方法。
【請求項2】
生体から分離した検体に対して行なう方法であって、前立腺細胞中のTFG遺伝子の発現を測定することを含む、前立腺癌の術後再発の可能性の判定方法。
【請求項3】
TFG遺伝子の発現の測定は、TFG遺伝子のmRNA又はTFG遺伝子産物を測定することにより行われる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
TFG遺伝子の発現の測定は、TFG遺伝子のmRNAを測定することにより行われる請求項3記載の方法。
【請求項5】
TFG遺伝子のmRNAの測定は、定量的RT-PCRにより行なわれる請求項4記載の方法。
【請求項6】
TFG遺伝子の発現の測定は、TFG遺伝子産物を測定することにより行われる請求項3記載の方法。
【請求項7】
TFG遺伝子産物の測定は、TFG遺伝子産物と抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を用いた免疫測定により行なわれる請求項6記載の方法。
【請求項8】
TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチド、又はTFG遺伝子産物と抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む、前立腺癌の検出試薬。
【請求項9】
TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチド、又はTFG遺伝子産物と抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む、前立腺癌の術後再発の可能性の判定試薬。
【請求項10】
TFG遺伝子のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチドを含む請求項8又は9記載の試薬。
【請求項11】
前記ポリヌクレオチドは、プライマー又はプローブである請求項10記載の試薬。
【請求項12】
TFG遺伝子産物と抗原抗体反応する抗体若しくはその抗原結合性断片を含む請求項8又は9記載の試薬。
【請求項13】
TFG遺伝子の発現を抑制する抑制剤を有効成分として含有する、前立腺癌の治療及び/又は予防剤。
【請求項14】
前記抑制剤が、TFG遺伝子のmRNAを切断するsiRNA又は該siRNAを細胞内で発現する、siRNA含有ベクターである請求項13記載の前立腺癌の治療及び/又は予防剤。
【請求項15】
単離された前立腺癌細胞と候補物質とを接触させる工程と、該細胞におけるTFG遺伝子の発現を測定する工程と、前記候補物質の中から、TFG遺伝子の発現を低下させる候補物質を選択する工程を含む、前立腺癌の治療及び/又は予防剤のスクリーニング方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−95343(P2009−95343A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−249191(P2008−249191)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】