説明

加工性に優れた高強度鋼管およびその製造方法

【要 約】
【課 題】シーム部を有し、加工性に優れた高強度鋼管を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Al:0.005〜0.08%、N:0.004%以下を含む組成と、シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲を除く領域の組織をマルテンサイト相が面積率で20〜60%含む組織とするとともに、さらに、該領域が、円周方向に450MPa以下の引張の残留応力を有し、さらに、該領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで250ポイント以下とする。この鋼管は、好ましくは、所定範囲のマルテンサイトを含む組織を有する鋼板を素材として、該素材に加工歪の付加が少ないロール成形工程、シームアニール工程等の製造工程を採用することにより得られる。加工歪の付加が少ないロール成形工程としては、ケージロール方式のロール成形方法や、成形フラワーを卵形形状とするロール成形方法が例示できる。これにより、引張強さ590MPa以上の高強度を有し、該高強度に適応した高い伸び値を有し、加工性に優れた高強度鋼管となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シーム部を有する高強度鋼管に係り、とくに加工性の向上に関する。ここでいう「高強度」とは、引張強さTSが590MPa以上、好ましくは780MPa以上、より好ましくは980MPa以上の強度レベルを言うものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保護の観点から、自動車車体の軽量化を図り、自動車の燃費向上を目指す取り組みが進められている。そして、この自動車の燃費向上は、法律でも義務づけられるようになってきた。また最近では、自動車車体用材料を高強度材としてゲージダウン(板厚減少)による軽量化を図るとともに、さらに閉断面構造として部材の高剛性化を図ることも検討されている。自動車部材の高剛性化に対応して、高強度鋼管の利用も始まっている。
【0003】
鋼管は、鋼板と異なり閉断面構造を有しているため、曲げ剛性やねじり剛性に優れているという特徴を有し、部材の軽量化にも大きく寄与できる。例えば、鋼管を扁平に加工して、管内面同士が接する状態にしても、閉断面構造であることに起因して肉厚が2倍となった以上の剛性の増加が見込める。同様な閉断面構造は、薄鋼板をプレス成形および溶接により作製することができるが、プレス成形工程および溶接長の長い溶接工程、さらには溶接後のフランジ部の切断等の工程など、余分な工程を必要とする。このため、部材製造コストの観点からも、このような余分な工程を必要としない鋼管を用いた部材製造方法の利点は大きい。
【0004】
しかし、鋼管を用いて、複雑な形状の部材を作製するためには、鋼管の加工技術および鋼管自体の加工性の両方の向上が必要とされる。とくに引張強さTS:590MPa以上の高強度鋼管は、最新の鋼管加工技術を利用しても、座屈等が生じ加工できない場合が多々あるのが現状であった。また、例えば、溶接鋼管では、高硬度で加工性の低下したシーム部を有するため、加工に際し、予め加工の中立軸にシーム部を配置して加工するという配慮を行っている。しかし、部材加工に際しは、常に上記したような配慮ができない場合が多々あり、また上記したような配慮を行ったにも関わらず、減肉等の加工トラブルの発生が多々生じるという問題があった。このようなことから、伸び等の延性が優れ、加工性が向上した高強度鋼管が要望されている。
【0005】
このような要望に対し、例えば、特許文献1には、強度延性バランスに優れた鋼管が提案されている。特許文献1に記載された技術では、C:0.05〜0.25%、Si:0.3〜2.5%、Mn:0.10〜3.00%、Al:0.005〜0.100%、N:0.0050%以下、さらにはTi、Nb、V、Bのうちの1種以上を含有する組成を有する鋼管に、二相温度域に加熱したのち、0.5℃/s以上の冷却速度で(Ms点+100℃)〜Ms点の温度域の温度に冷却し、その温度で30〜300s保持し、その後室温まで空冷して、組織を5〜20%の残留オーステナイトを含み、残部がベイナイト、フェライト、パーライトのうちの1種以上からなる複合組織とする。これにより、延性が飛躍的に向上し、高強度でありながら強度延性バランスに優れた鋼管とすることができ、複雑な形状のハイドロフォーミング加工製品を容易に製造できるとしている。しかし、特許文献1に記載された技術では、複雑な工程を採用しており、生産性が低下するという問題があった。また、特許文献1に記載された技術では、実操業においては、熱処理時に管全体が均一な熱履歴を施される保証はなく、また各熱処理ごとに同一の熱履歴が施されるという保証もなく、得られる鋼管内で、あるいは得られる切断された単管ごとに、特性のばらつきが生じるという問題が懸念される。
【0006】
また、特許文献2には、全周拡管成形性に優れた高強度鋼管とその製造方法が記載されている。特許文献2に記載された技術では、好ましくはC:0.0005〜0.30%、Si:0.001〜2.0%、Mn:0.01〜3.0%、P:0.001〜0.20%、S:0.0001〜0.01%、N:0.0001〜0.05%、Al:0.0001〜0.50%を含む鋼板を造管して母管とし、該母管に(AC3変態点−50℃)以上(AC3変態点+200℃)以下に加熱したのち、650〜900℃で縮径率:10〜70%となる縮径加工を行うか、あるいは造管時に十分な歪を導入し、(AC3変態点+200℃)以下500℃以下で加熱するか、あるいは軽加工の造管を行うことにより、全周中の最小板厚:tminと、その部分で1/2板厚から表層下20μmまでの硬さの最小値HVmin とが、次式
4.0 ≧(tmin×HVmin)/(t×HV)≧0.94
(ここで、t:全周の平均板厚(mm)、HV:全周のビッカース硬さの平均値)
を満足する、鋼管になるとしている。これにより、板厚の不均一性および硬さの不均一性が抑制され、引張強さ:350MPa以上の高強度鋼管の全周拡管成形性が向上するとしている。しかし、特許文献2に記載された技術では、得られる鋼管はフェライト相を主体とする組織の鋼管であり、引張強さTSが590MPa以上、好ましくは780MPa以上、より好ましくは980MPa以上の高強度レベルの鋼管を安定して確保することは難しいという問題がある。
【0007】
また、特許文献3には、C:0.10〜0.19%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.8〜2.2%、P:0.02%以下、S:0.003%以下、N:0.005%以下、Al:0.01〜0.06%、Nb:0.005〜0.03%、B:0.0005〜0.0030%を含み、P:0.02%以下、S:0.003%以下、N:0.005%以下、Ti:0.015%以下である組成と、80〜100%の焼戻マルテンサイトと残部がフェライトからなる組織を有し、引張強さTSが980 N/mm2以上を有する電縫鋼管を製造する方法が記載されている。しかし、特許文献3に記載された技術で製造された電縫鋼管は、マルテンサイト分率が80%以上あり、しかもTSが980 N/mm2以上と高強度であるため、伸びを10%以上確保することが困難であると考えられ、曲げ加工やハイドロフォーム加工に耐えられる優れた加工性を保持することは難しいと言わざるを得ない。
【0008】
また、特許文献4には、歪量が0.5%以下の弾性域の状態を保ちながら成形し、電縫溶接するハイドロフォーム成形用電縫鋼管の製造方法が記載されている。特許文献4に記載された技術では、ケージロール方式で造管時に与える歪量を少なく(弾性範囲内)しているため、造管後の鋼管の伸びの減少量が少なく、ハイドロフォーム成形に適した伸びを確保でき、鋼管のハイドロフォーム成形性が向上するとしている。
【特許文献1】特開2003−342687号公報
【特許文献2】特開2002−146469号公報
【特許文献3】特開平09−104921号公報
【特許文献4】特開2000−15349号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献4に記載された技術は低強度材を対象にした造管方法であり、この技術を適用して、完全に弾性域で、TS:590MPa級やTS:780MPa級等の高強度鋼管を造管することは難しいという問題がある。というのは、通常、ロール成形による造管では、成形は塑性領域で行われ、全周にわたって完全に弾性域で成形することは不可能である。このことは、パイプを長手方向に切断しても平らな板状に戻ることがないことからも明らかである。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、シーム部を有し、加工性に優れた高強度鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。ここでいう「加工性に優れた」とは、管から円周方向が引張方向となるように採取した弧状試験片(JIS 12号弧状試験片:標点間距離50mm)あるいはASTM弧状試験片(標点間距離25mm)を用いて試験して、TS:980MPa以上の場合には、伸びEl:12%以上である場合をいい、TS:780MPa以上の場合には、伸びEl:15%以上である場合をいい、TS:590MPa以上の場合には、伸びEl:20%以上である場合をいうものとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、シーム部を有する高強度鋼管の加工性に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、まず、鋼管の母材を、Si含有量が高くかつマルテンサイト相の分率を適正範囲に調整し、さらにフェライト相を積極的に活用した二相組織として、加工性に優れた高強度鋼板とすること、あるいはさらに、例えば造管時の加工歪が適正な低歪範囲となる造管方法を採用し、円周方向の残留応力を極力低減して造管すること、あるいはシーム部のシームアニールを行い、シーム部とそれ以外の母材部との硬さ差を極力少なくすること等を採用して、極力、鋼板が有する優れた加工性を、鋼管に継承して、高強度でかつ優れた加工性を保持する鋼管とすることができることを知見した。
【0012】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)シーム部を有する鋼管であって、質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Al:0.005〜0.08%、N:0.004%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、前記シーム部の中心位置を基準に円周方向に15°〜345°の領域の組織がマルテンサイト相を体積率で20〜60%含む組織とを有することを特徴とする加工性に優れた高強度鋼管。
【0013】
(2)(1)において、前記領域が、円周方向に450MPa以下の引張の残留応力を有することを特徴とする高強度鋼管。
(3)(1)または(2)において、前記領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで250ポイント以下であることを特徴とする高強度鋼管。
(4)(1)または(2)において、前記領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで50ポイント以下であることを特徴とする高強度鋼管。
【0014】
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管。
(6)(1)ないし(5)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.01〜0.02%を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管。
【0015】
(7)(1)ないし(6)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.08〜0.25%を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管。
(8)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記組成が不純物として、Ti、B、Nb、V、Cuのうちのいずれか1種以上を、質量%で、Ti:0.01%未満、B:0.0005%未満、Nb:0.005%未満、V:0.02%未満、Cu:0.08%未満に調整してなる組成であることを特徴とする高強度鋼管。
【0016】
(9)帯板形状の鋼板を素材として、該素材をオープン管形状にロール成形するロール成形工程と、該オープン管形状の両端面を接合しシーム部を有する管とする接合工程とを有する鋼管の製造方法であって、前記鋼板が、質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Al:0.005〜0.08%、N:0.004%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、マルテンサイト分率が体積率で20〜60%である組織とを有することを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
【0017】
(10)(9)において、前記鋼板が、冷延板焼鈍を施された冷延鋼板であることを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
(11)(9)または(10)において、前記オープン管形状が、縦長の卵形形状としさらに曲げ戻して楕円形形状としたものであることを特徴とする高強度鋼管の製造方法。 (12)(9)ないし(11)のいずれかにおいて、前記ロール成形が、ケージロール方式のロール成形であることを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
【0018】
(13)(9)ないし(12)のいずれかにおいて、前記接合工程に引続いて、シーム部をオーステナイト単相温度域、または二相温度域、またはフェライト温度域まで加熱するシームアニール処理を行うシームアニール工程を施すことを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
(14)(9)ないし(13)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
【0019】
(15)(9)ないし(14)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.01〜0.02%を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
(16)(9)ないし(15)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.08〜0.25%を含有する組成を有することを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
(17)(9)ないし(13)のいずれかにおいて、前記組成が不純物として、Ti、B、Nb、V、Cuのうちのいずれか1種以上を、質量%で、Ti:0.01%未満、B:0.0005%未満、Nb:0.005%未満、V:0.02%未満、Cu:0.08%未満に調整してなる組成であることを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、シーム部を有する加工性に優れた高強度鋼管を容易にしかも安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、引張強さTSが590MPa以上、好ましくは780MPa以上、より好ましくは980MPa以上の強度レベルを有し、引張強さTSが590MPa以上の場合には伸び:20%以上、780MPa以上の場合には15%以上、980MPa以上の場合には伸び:12%以上と、延性に優れた高強度鋼管を容易に製造できるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明鋼管は、シーム部を有する鋼管で、所定範囲の組成と、シーム部の中心位置を基準に円周方向に15°〜345°の領域の組織がマルテンサイト相を面積率で20〜60%含む組織とを有する高強度鋼管である。本発明の、シーム部を有する鋼管には、シームレス鋼管以外の、例えば電縫鋼管、レーザー溶接鋼管等の溶接鋼管、あるいは鍛接鋼管等が含まれる。
【0022】
なお、本発明鋼管は、帯板形状の鋼板を素材として、該素材をオープン管形状にロール成形するロール成形工程と、該オープン管形状の両端面を接合しシーム部を有する管とする接合工程とを順次経て、製造されることが好ましいが、これに限定されるものではない。
まず、本発明鋼管の組成限定の理由について説明する。以下、とくに断らないかぎり、質量%は単に%で記す。
【0023】
C:0.05〜0.25%
Cは、焼入れ性を増加させ、マルテンサイト相を生成しやすくする有効な元素であり、適正範囲のマルテンサイト分率に調整し、引張強さTS:590MPa以上を確保するため、0.05%以上の含有を必要とする。一方、0.25%を超えて含有される場合には、強度が増加しすぎて、伸びが低下し加工性が低下するとともに、水素起因の耐遅れ破壊性等の特性が低下する。このため、Cは0.05〜0.25%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.05〜0.20%である。
【0024】
Si:0.5〜2.0%
Siは、フェライト生成元素であり、本発明では0.5%以上積極的に含有させ、フェライト相の生成を促進し、優れた加工性の確保を図る。一方、2.0%を超える含有は、ペネトレーター等のシーム部欠陥が生成しやすくなり、シーム部の加工性が低下する。このため、Siは0.5〜2.0%に限定した。なお、加工性の観点から好ましくは1.0%以上である。
【0025】
Mn:1.0〜2.5%
Mnは、焼入れ性を増加させ、マルテンサイト相を生成しやすくし、鋼の強度を増加させる元素であり、所望の強度を確保する観点から本発明では1.0%以上の含有を必要とする。一方、2.5%を超える含有は、伸び特性が低下する。このため、Mnは1.0〜2.5%の範囲に限定した。なお、更なる加工性と強度とをバランスよく確保するためには、Siとの相互作用の観点から、1.5%以上とすることが好ましい。
【0026】
P:0.020%以下
Pは、Sとともに、加工性、耐遅れ破壊性等を所望の範囲に維持するために、可能な限り低減することが望ましいが、0.020%までは許容できる。このため、Pは0.020%以下に限定した。なお、極端な低減は製鋼コストの高騰を招くため、経済的な生産という観点から0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
S:0.002%以下
Sは、Pとともに、加工性、耐遅れ破壊性等を所望の範囲に維持するために、可能な限り低減することが望ましいが、0.002%までは許容できる。このため、Sは0.002%以下に限定した。なお、極端な低減は製鋼コストの高騰を招くため、経済的な生産という観点から0.0005%以上とすることが好ましい。
【0028】
Al:0.005〜0.08%
Alは、脱酸剤として作用し、脱酸素のために溶湯中に添加され、スラグとして浮上し除去されるが、一部は溶湯中に固溶する。また、Alは、窒化物形成元素として作用し、窒素を固定する。このような脱酸剤として十分に機能させるためには、鋼中に、0.01%以上残存させることを必要とする。一方、0.08%を超えて含有すると、酸化物系介在物が増加し、加工時の割れ等の原因となり、加工性が低下する。このため、Alは0.005〜0.08%の範囲に限定した。
【0029】
N:0.004%以下
Nは、時効硬化を生じさせる元素であり、本発明では可能なかぎり低減することが望ましい。本発明では、窒化物形成元素であるAl等を所定の範囲に必須含有させるが、Al等の窒化物形成元素含有によって、時効硬化が問題ないレベルまで低下させるために、Nは0.004%以下に限定した。なお、製鋼技術の観点から、下限は0.0005%程度である。
【0030】
上記した成分が基本の成分であるが、上記した基本の組成に加えてさらに、B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%、Ti:0.01〜0.02%、Cu:0.08〜0.25%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、REM:0.1%以下を含有してもよい。
B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%のうちから選ばれた1種または2種以上
B、Nb、Vはいずれも、優れた材質を確保するため、上記した元素の作用を補完する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。
【0031】
Bは、焼入れ性の向上を介し、マルテンサイト分率を所定の範囲に調整する作用を補完する。このような効果を得るためには、0.0005%以上含有することが好ましいが、0.0020%を超えて含有しても効果が飽和し、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Bは0.0005〜0.0020%の範囲に限定することが好ましい。
Nbは、結晶粒の微細化を介して、マルテンサイト分率を所定の範囲に調整する作用を補完する。また、Nbは炭化物、炭窒化物を形成し、析出強化により強度増加に寄与する。このような効果を得るためには、0.005%以上含有することが好ましいが、0.03%を超えて含有すると析出強化により強度が高くなりすぎて伸びが低下する場合がある。このため、含有する場合には、Nbは0.005〜0.03%の範囲に限定することが好ましい。
【0032】
Vは、焼入れ性の向上を介し、マルテンサイト分率を所定の範囲に調整する作用を補完する。また、Vは、窒素を固定する作用も有する。このような効果を得るためには、0.02%以上含有することが好ましいが、一方、0.20%を超えて含有すると、粗大なVNが形成され、加工時の割れの原因となることが懸念される。このため、含有する場合には、Vは0.02〜0.20%の範囲に限定することが好ましい。
【0033】
Ti:0.01〜0.02%
Tiは、窒素(N)と結合し、Nを固定して時効硬化の生起を抑制し、加工性の低下を防止する作用を補完する元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましい。一方、N含有量の最大値0.004%を全量固定できる0.02%を上限とした。
【0034】
Cu:0.08〜0.25%
Cuは、耐食性と耐遅れ破壊性を向上する元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには0.08%以上含有することが望ましい、一方、0.25%を超える含有は、熱間脆性を生じさせる。このため、含有する場合は0.08〜0.25%の範囲に限定することが好ましい。なお、Cuは、固溶するか、あるいは析出物として析出するが、析出する場合には、Cu−SとしてMnSの最外層を被覆するように析出する場合もある。
【0035】
REM、Caのうちの1種又は2種合計:0.1%以下
REM、Caはいずれも、介在物の形態制御を介して、加工性を向上させる元素であり、必要に応じて選択して含有できる。このような効果を得るためには合計で0.002%以上含有させることが望ましいが、合計で0.1%を超える含有は介在物量を増加させ、耐食性を低下させる。
【0036】
上記した成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。
なお、不純物として、Ti、B、Nb、V、Cuのうちのいずれか1種以上を、質量%で、Ti:0.01%未満、B:0.0005%未満、Nb:0.005%未満、V:0.02%未満、Cu:0.08%未満に調整することが好ましい。本発明範囲の比較的低い強度レベルでは、Ti、B、Nb、V、Cuは可能な限り低減しておくことが、強度を過度に増加させないこと、伸びを低下させたいことという観点から望ましい。
【0037】
つぎに、本発明鋼管の組織限定理由について説明する。
本発明鋼管では、上記した組成を有し、さらにシーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲を除く、円周方向に15°〜345°の領域が、マルテンサイト相を体積率で20〜60%含む組織を有する。なお、マルテンサイト相以外の残部は、主としてフェライト相からなる。マルテンサイト相が20%未満では、所望の強度を確保することができない。一方、マルテンサイト相が60%を超えると、延性の低下が著しくなり、所望の加工性が確保できなくなる。このため、マルテンサイト相の含有量を20〜60%に限定した。なお、好ましくはTS780MPa級では35%以下、TS980MPa級では45%以下、TS1180MPa級では60%以下である。マルテンサイト相量の測定方法は、とくに限定されないが、ビレラ液を主体とし塩化第二鉄等を添加した腐食液で研磨面を腐食し、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡等を用いて、組織を撮像してマルテンサイト相の面積率を測定し、体積率に換算することが好ましいが、それ以外の方法、例えば飽和磁化の測定、X線回析法によっても何等問題はない。なお、この場合は体積率で求められる。
【0038】
また、マルテンサイト相以外の残部は、主としてフェライト相とする。マルテンサイト相以外の残部を主としてフェライト相とすることにより、所望の高強度を有し、しかも優れた加工性を安定して確保できる。なお、マルテンサイト相以外の残部は、フェライト相以外に、ベイナイト相、ベイニティックフェライト相、残留オーステナイト相が考えられるが、これら組織は極力、具体的には残部全量の20%未満に、低減することが、加工性向上の観点から好ましい。
【0039】
なお、シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲は、例えば、溶接等による接合時に、溶融点以上に急速に加熱され、そして急速に冷却されて、母材組織と異なる組織のビード部および熱影響部を形成するため、鋼管組織の限定領域から除外した。ビード部および熱影響部は、通常の溶接条件であれば、シーム部の中心位置を基準に円周方向に±10°の範囲内となる場合が多いが、接合条件(溶接条件)によっては、広がる場合があることを考慮して±15°の範囲を除外した。したがって、上記した領域(シーム部の中心位置を基準にして±15°の範囲を除く領域)の組織は、鋼管の素材として使用する鋼板(鋼帯)の組織がそのまま継承される。
【0040】
また、本発明鋼管では、上記した領域(シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲を除く領域)における円周方向の残留応力を、450MPa以下の引張の残留応力に限定する。
鋼板をロール成形を用いて造管する場合や、その後、管をサイザーや矯正機等で処理する際に、鋼管には加工歪が付加される。必要以上に加工歪を付加されると、原板である鋼板(鋼帯)状態で有していた優れた特性が劣化し、鋼管状態の特性が低下し、所望の加工性に優れた鋼管を確保できなくなる。そのため、本発明鋼管では、円周方向の残留応力を引張の残留応力で450MPa以下に限定した。残留応力が、引張の残留応力で450MPaを超えると、鋼管の加工性が劣化する。なお、好ましくは250MPa以下である。
【0041】
なお、一般的に、鋼管は、原板(コイル)の強度、板厚や、造管後の管外径、さらに造管プロセス等に応じて多少の塑性歪を付与されながら造管されており、原板の強度が高いほど残留応力が増大する傾向となる。例えば、TS490MPa以上の強度を有する原板を使用している場合には、鋼管には100〜200MPa程度以上の残留応力が導入されるが、可能な限り低減することが好ましい。
【0042】
このような残留応力状態とするには、例えば図2(a)に示すような、ケージロール方式のロール成形により造管し、加工歪の付加を極力少なくし、鋼管の反りや曲がりを予め小さくする工夫に加え、さらにサイザーや矯正機での加工歪付加を極力小さくする必要がある。なお、図2(b)に示すCBR方式のロール成形(例えば、川鉄技報32(2000)1、P49〜53参照)により造管してもよい。これにより、さらに鋼管に導入される加工歪が少なくすることができる。
【0043】
また、ロール成形により、素材をオープン管形状にするに際し、加工歪の付加を極力少なくするには、ロール成形における成形フラワーを、例えば図1に示すような、縦長の卵形形状としさらに曲げ戻して楕円形形状とすることが好ましい。これにより、スプリングバックを極力抑制でき、付加する加工歪を小さくできる。
また、本発明鋼管では、上記した領域(シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲を除く、円周方向に15°〜345°の領域)とそれ以外の領域(シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲)との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで250ポイント以下とすることが好ましく、より好ましくは50ポイント以下である。
【0044】
シーム部は、造管後の溶接等による接合時に、溶融点以上に急速に加熱され、そして急速に冷却されるため、母材部あるいは熱影響部に比較し、高い硬さを有する傾向となる。シーム部(シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲の領域)と母材部(シーム部の中心位置を基準に円周方向に15°〜345°の領域)との硬度差が大きい場合には、熱影響部が特異的に減肉される傾向があり、そのため、その部分が早期に破断する危険性が高い。そのため、本発明では、シーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲の領域と、シーム部の中心位置を基準に円周方向に基準に円周方向に±15°の範囲を除く、15°〜345°の領域と、の硬度差ΔHVを、ビッカース硬さで250ポイント以下に限定することが好ましい。ΔHVが250ポイントを超えて大きくなると、加工に際し、熱影響部を含め、硬さが高い部分(ビード部)に比べて硬さが低い部分が優先的に変形し、肉厚が減肉され、均一に加工されない。なお、より好ましくは50ポイント以下である。ΔHVが50ポイント以下であれば、多少激しい加工を施しても、部分的に減肉する危険性は顕著に低くなる。
【0045】
なお、シーム部は、熱影響部、母材部に比べ必ず高めの硬さとすることが望ましい。というのは、シーム部は電縫溶接時に微小物の飛び込み等により欠陥を生じる危険性が大きいため、周囲より高い硬さとすることにより、シーム部の欠陥部に応力集中することがなくなり、シーム部での割れ等の危険性を低減できるからである。
母材部に比べて硬さの変化が大きいシーム部近傍では、硬さの測定は、試験力を小さくした測定を心がける必要がある。例えば、母材部では、荷重(試験力):5〜10kgfでもよいが、シーム部近傍では荷重(試験力):300〜500gf程度で測定することが好ましい。なお、シーム部近傍での硬さ測定では、エッチング等でビード部の位置を正確に把握してから行うという注意が肝要となる。
【0046】
上記したシーム部近傍領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVを、上記した範囲内に調整するには、接合工程に引続いて、オンラインで、あるいはオフラインで、シームアニール処理を行うシームアニール工程を施すことが好ましい。シームアニール処理は、シーム部をオーステナイト単相温度域まで加熱し、徐冷または空冷する処理とすることが好ましい。これにより、シーム部の硬さを所望の範囲内の硬さに容易に低減することができる。なお、シームアニール処理は、二相温度域(オーステナイト+フェライト混合温度域)、あるいはフェライト単相温度域での加熱を行い、加熱後、徐冷または空冷とする処理としてもよい。
【0047】
つぎに、本発明鋼管の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成を有する帯板形状の鋼板を素材として、該素材をオープン管形状にロール成形するロール成形工程と、該オープン管形状の両端面を接合しシーム部を有する管とする接合工程とを順次施して、鋼管とする。
素材として使用する鋼板は、上記した組成を有し、さらに、マルテンサイト相を体積率で20〜60%含み、好ましくはマルテンサイト相以外の残部が、主としてフェライト相からなる組織を有する鋼板である。鋼板は、上記した組成と上記した組織を有するものであれば、熱延板、冷延板いずれでもよいが、冷延板としたほうが、加工性の向上を達成しやすい。なお、熱延板は、熱延ままでもよいが、熱延後、さらに酸洗処理を施したものとすることが好ましい。
【0048】
まず、素材として用いる鋼板の好ましい製造方法について説明する。
熱延板を酸洗し、さらに冷間圧延を施し冷延板としたのち、該冷延板に、連続焼鈍炉にて、750〜870℃の範囲に加熱し、均熱する均熱処理を施したのち、自然冷却し、ついで600〜730℃の温度から冷却を開始し、100℃/s以上の冷却速度で300℃以下の冷却停止温度まで急冷する冷却処理を施し、ついで、150〜500℃の温度範囲で過時効処理を施すことが好ましい。
【0049】
750〜870℃の範囲に加熱し、均熱する均熱処理により、冷間圧延で付加された歪が開放され、再結晶が生じるとともに、さらに二相域あるいはオーステナイト単相域で、オーステナイト(γ)相中にCが濃縮される。このCが濃縮されたγ相は、その後の急冷でマルテンサイト相に変態し、所定量のマルテンサイト相を組織中に分散させることができる。加熱温度が750℃未満では、α−γ二相温度域にも到達できず、二相域におけるγ相中にCを濃縮させることができない。一方、870℃を超えて高温にしても、さらなる特性向上が期待できない。
【0050】
また、均熱後、冷却開始まで、自然冷却する。ここでいう自然冷却は、単に通板するだけの通板時の放冷、あるいはガスジェットによる冷却やロールとの接触により抜熱して適切に温度調節して、冷却開始温度を調整する冷却をいう。自然冷却中には、二相域あるいはγ単相域で、γ相中にさらにCが濃縮される。
自然冷却し、冷却開始温度を調整して、600〜730℃の温度から冷却を開始し、100℃/s以上の冷却速度で300℃以下の冷却停止温度まで急冷する冷却処理を施す。急冷の冷却速度は100℃/s以上とすることが好ましい。この急冷で、Cが濃縮されたγ相がマルテンサイト相に変態する。冷却開始温度、冷却速度と冷却停止温度との組合せで、マルテンサイト相分率を適正範囲に調整できる。冷却速度が100℃/s未満、あるいは冷却停止温度が300℃超えでは、所望のマルテンサイト相分率を確保できなくなる。なお、この冷却処理は、水または水系冷媒浴に鋼板を浸漬する処理とすることが、所定の冷却速度を確保するために重要となる。ミスト冷却やロール接触等による冷却では、所定の冷却速度を確保することが難しい場合が多い。また、ミスト冷却やロール接触等による冷却では、冷却速度が遅いことが多く、マルテンサイト相とフェライト相との二相組織に調整することが難しく、必然的にベイナイト相等が増加し、伸びの低下が顕著となる場合がある。
【0051】
冷却処理後、過時効炉にて、150〜500℃の温度範囲で過時効処理を施すことが好ましい。冷却後、過時効処理を施すことにより、鋼板は焼き戻されて軟化し、加工性が顕著に向上する。過時効処理温度が150℃未満では、所望の効果を期待できない。一方、500℃を超えると、軟化の程度が大きくなりすぎて、所望の強度を確保できにくくなるとともに、粒界にフィルム状の粗大な炭化物が生成し、加工性が低下する、あるいは980MPaを超える高強度の場合には耐遅れ破壊性が低下する場合がある。
【0052】
本発明では、上記した組成、組織を有する鋼板を素材として、該素材にロール成形工程、接合工程を順次施して、鋼管とする。
ロール成形工程は、ケージロール方式のロール成形とすることが好ましい。ケージロール方式のロール成形方法によれば、使用する成形ロールの径が小さく、かつ成形ロール群の間隔が短いため、余分な塑性加工を付加する必要がなく、特性の劣化が少なく鋼板特性に近い、鋼管特性を保持することができる。これに対し、例えば、ブレークダウン方式のロール成形では、大きな成形ロールを数段使用し、ロール群間隔も長いため、スプリングバックによる戻りを加味して成形する必要があり、付加される加工歪も多くなり、鋼板特性からの劣化が大きくなる。
【0053】
また、ケージロール方式のロール成形によって、素材(原板)をオープン管形状にするに際し、加工歪の付加を極力少なくするため、本発明では、ロール成形における成形フラワーを、例えば図1に示すような、縦長の卵形形状としさらに曲げ戻して(押し潰す方向に歪を加えて)真円に近い楕円形形状とすることが好ましい。これにより、ロール成形時のスプリングバックを極力抑制でき、付加する加工歪を小さくできる。
【0054】
ロール成形工程に続き、接合工程を施して管とする。接合工程は、オープン管形状の両端部を抵抗加熱、誘導加熱、レーザ等により融点以上に加熱し、スクイズロールで両端部を突合せ、溶接する、常用の工程とすることが好ましい。なお、溶接に際しては、シーム部の健全性を向上させるために、大気雰囲気中に代えて、図4に示すような、フードを利用して、シールドガス雰囲気中で行ってもよい。
【0055】
接合工程に引続いてオンラインで、あるいはオフラインで、シーム部を加熱してシームアニール処理を行うシームアニール工程を施してもよい。成分組成によっては、電縫溶接ままでのシーム部硬さが所望の範囲の硬さを超える場合がある。この場合シームアニール処理を施すことにより、シーム部の硬さを所望の範囲内の硬さに容易に低減することができる。
【0056】
シームアニール処理の加熱温度は、シーム部硬さを所望の範囲内の硬さとなるように、使用する原板の組成、組織あるいは加熱後の冷却条件に応じて種々変化させることが好ましいが、オーステナイト(γ)単相温度域、あるいは二相温度域、あるいはフェライト温度域の温度とすることが例示できる。オーステナイト単相温度域の温度まで加熱した場合は、それにより硬化組織が解消できるが、その後の冷却をやや緩冷としてシーム部の硬さを増加させないことが肝要となる。また、フェライト温度域の温度まで加熱した場合には、焼戻し効果が期待できるが、所要の焼戻時間を確保するためのライン速度、ライン長さを設定する必要がある。なお、シームアニール処理では、シーム部に隣接する熱影響部、母材部の顕著な軟化や硬化を生じさせることのないように配慮することが肝要となる。
【0057】
また、シームアニール処理は、例えば、誘導加熱を利用したシームアニール装置を用いて、インラインあるいはオフラインで行うことが好ましい。なお、シームアニール処理は、シーム部を含んだ領域、すなわち、シーム部の中心位置を基準に円周方向に±5°、好ましくは±10°の範囲の領域をアニールすることを目標に行うことが好ましい。
【実施例】
【0058】
表1に示す組成を有し、表2に示す板厚、組織を有する鋼板(帯鋼)を素材とした。素材として使用する鋼板は、熱延板、または冷延板とした。なお、熱延板は熱延後酸洗処理を施したものとした。また、冷延板は、冷延後焼鈍処理を施したものとした。
これら素材に、ケージロール方式のロール成形によりオープン管形状に成形するロール成形工程、該オープン管の両端部を電縫溶接により接合する接合工程、絞り加工により断面形状を調整するサイザー工程を順次施し、あるいはさらにシーム部に誘導加熱装置によるシームアニール処理を施すシームアニール工程を、さらに矯正機により曲げを矯正する矯正工程を経て、表2に示す寸法の鋼管とした。
【0059】
なお、接合工程では、大気雰囲気中で電縫溶接により接合した。なお、一部ではArガスをシールドガスとして、図4に示すようなフードを介して、シールドガス雰囲気(シールドガス圧力:2MPa、シールドガス流量:0.5 l/min(1atm.0℃換算))中で、オープン管の両端部を電縫溶接で接合した。
ロール成形工程では、図2(b)に示すCBR方式のロール成形で、成形フラワーが図1に示す、縦長の卵形形状となるように成形し、曲げ戻して(押し潰す方向に歪を加えて)楕円形形状に成形した。なお、一部では比較として、ブレークダウン方式のロール成形を行った。
【0060】
また、シームアニール処理は、γ単相温度域の870℃に加熱し、空冷する処理とした。また、比較として、一部では冷間で外径48.6mmφを外径38.1mmφに縮径する冷牽加工を施した。また、比較として、一部では矯正機により意図的に約5%の絞り加工を施した。
得られた各鋼管から、試験片を採取し、組織観察、引張試験、残留応力測定、硬さ測定、扁平試験をそれぞれ実施した。試験方法はつぎのとおりである。
(1)組織観察
得られた鋼管のシーム部中心位置を基準にして円周方向に180°離れた位置から、組織観察用試験片を採取した。板厚の1/2 T位置面を研磨し、ビレラ液を主体とし塩化第二鉄を添加した腐食液で研磨面を腐食し、走査型電子顕微鏡(1000〜2000倍)で組織を観察し、撮像して、マルテンサイト相の分率(面積%)を求めた。なお、一部の鋼管については、飽和磁化測定による方法で求めた。得られた値を母材部(シーム部の中心位置を基準に円周方向に基準に円周方向に±15°の範囲を除く、15°〜345°の領域)のマルテンサイト相分率とした。なお、この値は素材(鋼板)の状況を反映しているものとみなせる。
(2)引張試験
得られた鋼管から、シーム部中心位置を基準にして円周方向に±90°の位置に試験片の中心がくるように、かつ引張方向が管軸方向となるように、JIS 12号試験片(弧状試験片)、あるいはASTM弧状試験片(サブサイズ)を採取し、JIS Z 2201の規定、JIS Z 2241の規定あるいはASTM A370-97aの規定に準拠して引張試験を実施し、鋼管母材部の引張特性(YS、TS、El)を求めた。TSとElとの関係から加工性を評価した。すなわち、TS:590MPa級の場合はElが20%以上、TS:780MPa級ではElが15%以上、TS:980MPa級ではElが12%以上、TS:1270MPa級ではElが12%以上、となる場合を、それぞれ加工性:○(良好)とした。それ以外の場合を加工性:×とした。
(3)残留応力測定
得られた鋼管から試験片(鋼管:長さ250mm)を採取し、シーム部の中心位置に、歪ゲージを添付し、円周方向の残留応力を測定した。鋼管ままの状態での歪ゲージの値と、切断した後の歪ゲージの値との差から、残留応力を算出する、いわゆる、歪ゲージ法で残留応力を測定した。
(4)硬さ測定
得られた鋼管の、シーム部の中心位置を基準に円周方向に180°の位置の母材部から母材部硬さ測定用試験片を、またシーム部の中心位置を基準に円周方向に±15°の範囲内からシーム部を含むシーム部硬さ測定用試験片を、それぞれ採取した。
【0061】
母材部硬さ測定用試験片については、板厚の1/2T位置で10点以上ビッカース硬さHVを測定し、その平均値をその鋼管の母材部硬さとした。また、シーム部硬さ測定用試験片については、内層および外層の最表層(板厚の1/5厚さ)を除いたシーム部の板厚方向中央位置で、5点以上測定し、その平均値をその鋼管のシーム部硬さとした。なお、シーム部硬さの測定は、試験力を0.5kgfを基準として、シーム部硬さが正確に測定できる試験力までシーム部幅に応じて試験力を変更して行った。そして、シーム部硬さと母材部硬さの差ΔHVを算出した。
(5)扁平試験
一部の得られた鋼管から、試験片(外径Dmmφ×長さ50〜100mm)を採取し、図3に示す要領で押し治具2と受け治具3の間にセットし、押し治具2を変形高さh(mm)となるように下降させて、試験片(鋼管)を扁平化した。なお、図3に示すように、シーム部が押し治具2から90°離れた位置となるように、試験片(鋼管)をセットした。扁平化率は、h/Dで0.3となるように設定した。試験片長さは100mmを基準とし、試験機の能力に応じて50mm以上の適当な長さを選択した。50mm以上であれば試験結果への影響がないことを確認している。試験後、割れの有無を目視で調査し、割れなしの場合を、シーム部が健全であると判断し、合格とした。なお、試験片は、試験前にシーム部を含む±15mmの範囲を軽く研磨して、目視判定が容易となるように配慮した。また、試験後に、試験片(鋼管)での肉厚変化を、超音波肉厚計で全周に亘り調査し、肉厚の変化率が15%超えの場合を×、15%以下の場合を○として、局部変形性の有無を評価した。
【0062】
得られた結果を表3に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
【表3】

【0066】
本発明例はいずれも、所望の高強度と、所望の伸び値を有し優れた加工性を有する鋼管となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、所望の高強度が確保できていないか、強度レベルに応じた伸び値が確保できず、あるいは残留応力が高く、あるいはシーム部と母材部との硬さ差が大きく、加工性が低下している。
なお、鋼管No.2(本発明例)は、ロール成形をブレークダウン(BD)方式としたため、残留応力がやや高くなり、強度も高く、他の本発明例に比べ伸びElがやや低下している。しかし、接合方法は本発明例(鋼管No.1、No.3)と同じであるため、特にシーム部と母材部との硬さの差ΔHVは他の本発明例とほぼ同じである。
【0067】
鋼管No.4,No.9(比較例)は、造管後、冷牽加工あるいは矯正機で絞り加工をとくに付加され、母材部の残留応力が所定値を超えて高くなって、伸び値の低下が著しい。
鋼管No.10(比較例)は、マルテンサイト分率(残留γ、ベイナイトを含む)が所定範囲を低く外れており、強度とくに降伏強さYSが低下している。これは残留γが多量に存在しているためである。また、鋼管No.10(比較例)は大きな伸びEl値を示すが、これは残留γが、塑性変形を受けてマルテンサイト変態を起こすことによる。残留γの存在は、造管時の成形加工のばらつきの原因となり、円周方向に材質ばらつきを有する鋼管となる懸念がある。特に、管を局部的に変形する際に問題となる可能性が高い。
【0068】
鋼管No.12(比較例)は、シーム部と母材部との硬さ差ΔHVが所定範囲を高く外れ、扁平試験の肉厚変動率が高く、加工に際し局部減肉が生じる可能性が高くなっている。鋼管No.13(比較例)は、マルテンサイト分率が所定範囲を高く外れ、所望の高強度は確保できているが、Si含有量が本発明範囲を低くはずれているため、強度レベルに応じた所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。鋼管No.14(比較例)は、C、Si含有量が本発明範囲を低くはずれ、所望のマルテンサイト分率を確保できず、所望の高強度(TS:590MPa以上)を確保できていない。
【0069】
鋼管No.15(比較例)は、Mn含有量が本発明範囲を高く外れ、強度が高く、所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。鋼管No.16(比較例)は、C含有量が本発明範囲を高くはずれ、マルテンサイト分率が所定範囲を高く外れており、所望の高強度は確保できているが、Si含有量が本発明範囲を低くはずれているため、強度レベルに応じた所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。鋼管No.17(比較例)は、Si含有量が本発明範囲を低くはずれ、所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。
【0070】
鋼管No.19、No.20(比較例)は、マルテンサイト分率が所定範囲を超えて高くなり、Si含有量が本発明範囲を低くはずれているため、所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。鋼管No.21(比較例)は、マルテンサイト分率が所定範囲内であるが、Si含有量が本発明範囲を低くはずれているため、所望の伸び値を確保できず、加工性が低下している。なお、マルテンサイト分率を所定の範囲にして所望の強度を確保しても、Si含有量が低い場合には、伸びが低下する。
【0071】
鋼管No.22(比較例)は、Si、Mn含有量が本発明範囲を低くはずれ、マルテンサイト分率が所定の範囲を低く外れ、所望の高強度を確保できていない。P含有量が本発明範囲を高くはずれているが、十分な強度増加が得られていない。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明で好適な成形フラワーの一例を模式的に示す説明図である。
【図2】本発明の実施に好適なロール成形装置の一例を模式的に示す説明図である。
【図3】扁平試験方法を模式的に説明する説明図である。
【図4】シーム部溶接に好適な、シールドガス雰囲気用フードの一例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0073】
1 鋼管(試験体)
2 押し治具
3 受け治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シーム部を有する鋼管であって、質量%で、
C:0.05〜0.25%、 Si:0.5〜2.0%、
Mn:1.0〜2.5%、 P:0.020%以下、
S:0.002%以下、 Al:0.005〜0.08%、
N:0.004%以下
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、前記シーム部の中心位置を基準に円周方向に15°〜345°の領域の組織がマルテンサイト相を面積率で20〜60%含む組織であることを特徴とする加工性に優れた高強度鋼管。
【請求項2】
前記領域が、円周方向に450MPa以下の引張の残留応力を有することを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼管。
【請求項3】
前記領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで250ポイント以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼管。
【請求項4】
前記領域とそれ以外の領域との硬さ差ΔHVが、ビッカース硬さで50ポイント以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼管。
【請求項5】
前記組成に加えてさらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.02%、B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%、Cu:0.08〜0.25%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の高強度鋼管。
【請求項6】
前記組成が不純物として、Ti、B、Nb、V、Cuのうちのいずれか1種以上を、質量%で、Ti:0.01%未満、B:0.0005%未満、Nb:0.005%未満、V:0.02%未満、Cu:0.08%未満に調整してなる組成であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の高強度鋼管。
【請求項7】
帯板形状の鋼板を素材として、該素材をオープン管形状にロール成形するロール成形工程と、該オープン管形状の両端面を接合しシーム部を有する管とする接合工程とを有する鋼管の製造方法であって、
前記鋼板が、質量%で、
C:0.05〜0.25%、 Si:0.5〜2.0%、
Mn:1.0〜2.5%、 P:0.020%以下、
S:0.002%以下、 Al:0.005〜0.08%、
N:0.004%以下
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、マルテンサイト分率が体積率で20〜60%である組織とを有することを特徴とする高強度鋼管の製造方法。
【請求項8】
前記鋼板が、冷延板焼鈍を施された冷延鋼板であることを特徴とする請求項7に記載の高強度鋼管の製造方法。
【請求項9】
前記ロール成形が、ケージロール方式のロール成形であることを特徴とする請求項7または8に記載の高強度鋼管の製造方法。
【請求項10】
前記オープン管形状が、縦長の卵形形状としさらに曲げ戻して楕円形形状としたものであることを特徴とする請求項7ないし9のいずれかに記載の高強度鋼管の製造方法。
【請求項11】
前記接合工程に引続いて、シーム部をオーステナイト単相温度域、または二相温度域、またはフェライト温度域まで加熱するシームアニール処理を行うシームアニール工程を施すことを特徴とする請求項7ないし10のいずれかに記載の高強度鋼管の製造方法。
【請求項12】
前記組成に加えてさらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.02%、B:0.0005〜0.0020%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.02〜0.20%、Cu:0.08〜0.25%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成を有することを特徴とする請求項7ないし11のいずれかに記載の高強度鋼管の製造方法。
【請求項13】
前記組成が不純物として、Ti、B、Nb、V、Cuのうちのいずれか1種以上を、質量%で、Ti:0.01%未満、B:0.0005%未満、Nb:0.005%未満、V:0.02%未満、Cu:0.08%未満に調整してなる組成であることを特徴とする請求項7ないし11のいずれかに記載の高強度鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−37612(P2010−37612A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−203035(P2008−203035)
【出願日】平成20年8月6日(2008.8.6)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】