説明

動脈疾患予防・治療用ウェア及び運動トレーニング方法

【課題】従来の薬物療法や生活習慣の改善とは異なる新たなアプローチにより、動脈硬化症を予防・治療するための技術の提供。
【解決手段】伸縮性を有する素材を含んで構成され、四肢、頸部及び胴部から選択される1以上の部位を、該部位の皮膚表面に密着して被覆し、該皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する動脈疾患予防及び/又は治療用のウェアを提供する。このウェアによれば、皮膚表面に物理的刺激を付与することにより、動脈コンプライアンスを改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈疾患の予防及び/又は治療のために用いられるウェアと運動トレーニング方法に関する。詳しくは、皮膚表面に物理的刺激を付与することにより、動脈コンプライアンスを改善するウェア等に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、高カロリー食、飲酒・喫煙、運動不足、ストレス等の生活習慣が原因で生ずる病気として、肥満、高血圧、高血糖、高脂血症等の生活習慣病が知られている。これらの生活習慣病は、心筋梗塞、脳梗塞等の循環器系疾患の主要な原因の一つとされる動脈硬化症の危険因子として知られ、社会的に重大な問題となっている。動脈硬化症の症状は、食生活の改善や適度な運動による生活習慣の改善以外に根本的な治療法が確立されていないのが現状である。
【0003】
最近、動脈硬化症の要因の一つに血管内皮細胞の機能低下が関与していることが確認されてきた。血管内皮細胞は、内皮由来弛緩因子の放出等による血管拡張調節の他、血液凝固抑制物質の放出による血液凝固調節等により、単球接着抑制及び血栓形成阻害等により血管内皮を保護し、動脈硬化を抑制する。
【0004】
しかしながら、高血圧等の生活習慣病によって血管内皮に損傷が発生すると、内皮由来弛緩因子の放出の低下による血管拡張機能の低下、及び炎症による血液凝固抑制機能の低下等による内皮機能の低下が生ずる。血管内皮機能の低下は、動脈硬化症を悪化させるとともに、それに伴う心筋梗塞や脳梗塞等の循環器病を発症させたり、症状を悪化させる。現在、高血圧等の生活習慣病によって生ずる血管内皮機能の悪化に対する予防薬や治療薬の開発が急務となっている。
【0005】
従来、天然成分由来の抽出物が、血管内皮機能の一つである血管拡張調節において、内皮由来弛緩因子の一つである一酸化窒素(NO)の放出を促進させる作用を有することが知られている。特許文献1には、柑橘類由来のポリフェノール類を有効成分として含有する血管内皮機能改善薬が開示されている。また、特許文献2には、ホップ由来のイソフムロン類を有効成分とする血管柔軟性向上用組成物が記載されている。
【0006】
一般に、一酸化窒素は、生体内においてアルギニンから一酸化窒素合成酵素(NOS)により合成され、ずり応力(血流及び血液粘性により内皮細胞が受ける抵抗力)が働くと一酸化窒素合成酵素の活性が高められることが知られている。また、一酸化窒素は、血管平滑筋弛緩作用の他、プロスタグランジンI(PGI)産生による血小板凝集抑制作用、及び血栓の原因とされる細胞接着因子の産生抑制作用等により血管内皮機能の改善作用を発揮することが知られている。一酸化窒素はこれらの作用により、抗動脈硬化作用を発揮するものと期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−13080号公報
【特許文献2】国際公開2004/064818号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
動脈硬化症に対しては、特許文献1・2に開示されるような薬物療法も検討されてきているものの、食生活の改善や適度な運動による生活習慣の改善以外に根本的な対処方法がないのが現状であり、血管内皮機能の悪化を予防又は治療するための技術の開発が急務となっている。
【0009】
そこで、本発明は、従来の薬物療法や生活習慣の改善とは異なる新たなアプローチにより、動脈硬化症を予防・治療するための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題解決のため、本発明は、伸縮性を有する素材を含んで構成され、四肢、頸部及び胴部から選択される1以上の部位を、該部位の皮膚表面に密着して被覆し、該皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する動脈疾患予防及び/又は治療用のウェアを提供する。
皮膚表面に物理的刺激を付与することで、血流速度や血流速度の勾配、血管径等が変化し、血管内皮細胞にずり応力が加わり、ずり応力による血管内皮細胞の一酸化窒素(NO)の産生を促し、NOによる血管平滑筋の弛緩作用及び血小板凝集の抑制作用等によって動脈スティッフネスを改善できる。
このウェアは、少なくとも四肢を被覆し、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈、大腿動脈、橈骨動脈及び上腕動脈からなる群から選択される1以上の筋性動脈上に位置する皮膚表面に、前記物理的刺激を付与する構成とでき、さらに、少なくとも足首及びふくらはぎを被覆し、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈及び膝窩動脈からなる群から選択される1以上の筋性動脈上に位置する皮膚表面に、前記物理的刺激を付与するよう構成されることが好ましい。
このウェアにおいて、前記物理的刺激には、圧迫刺激を採用できる。この場合において、ウェアは、少なくとも足首及びふくらはぎを被覆し、足首を被覆する領域の着用時圧迫圧が、ふくらはぎを被覆する領域の着用時圧迫圧よりも大きく構成することができ、さらに、足首からふくらはぎに向かって着用時圧迫圧が段階的にあるいは徐々に小さくなる圧迫圧分布を備えるように構成することができる。この際、足首を被覆する領域の着用時圧迫圧は、18〜52hPa、ふくらはぎを被覆する領域の着用時圧迫圧が9〜40hPaとすることが好ましい。
また、本発明は、皮膚表面を介し、該皮膚表面下に位置する筋性動脈に、種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する手順を含む、運動トレーニング方法をも提供する。
【0011】
本発明において、「皮膚表面に物理的刺激を付与する」という概念には、接皮膚表面に圧迫刺激等の物理的(エネルギー)刺激を付与するのみならず、表面よりも深層に位置する表皮や、真皮、皮下組織に物理的刺激を加えることも包含されるものとする。さらに、この概念には、皮膚に形成された創傷部分に物理的刺激を加えることをも含む。従って、「皮膚表面に物理的刺激を付与する」ということには、ウェアの皮膚接触表面に設けた針状物を皮膚に刺し、真皮や皮下組織に電気刺激等を付与することや、ウェアを創傷周辺に被覆し、創傷部分に圧迫刺激等を加えることも包含され得る。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、従来の薬物療法や生活習慣の改善とは異なる新たなアプローチにより、動脈硬化症を予防・治療するための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るウェアの好適な実施形態(帯状形態)を説明する図である。
【図2】本発明に係るウェアの好適な実施形態(スリーブ状形態)を説明する図である。
【図3】本発明に係るウェアの好適な実施形態(シャツ状形態)を説明する図である。(A)は正面図、(B)は背面図である。
【図4】本発明に係るウェアの好適な実施形態(ソックス状形態)を説明する図である。(A)は正面図、(B)は背面図である。
【図5】本発明に係るウェアの好適な実施形態(ストッキング状形態)を説明する図である。(A)は正面図、(B)は背面図である。
【図6】本発明に係るウェアの好適な実施形態(タイツ状形態)を説明する図である。(A)は正面図、(B)は背面図である。
【図7】本発明に係るウェアの好適な実施形態(パンツ状形態)を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、脈波伝播速度の測定に基づいて動脈コンプライアンス、すなわち動脈の弾性や伸展性を評価する中で、皮膚表面に物理的刺激を付与することにより、動脈のスティッフネス(硬さ)を改善できるという新たな知見を見出した。そして、この新規知見に基づいて、皮膚表面に物理的刺激を付与する本発明に係る動脈疾患予防及び/又は治療用のウェア(以下、単に「ウェア」と称する)と運動トレーニング方法を完成させた。なお、「脈波伝播速度」とは、脈波が動脈を伝播する速度を意味し、汎用の検査装置(後述の実施例参照)を用いて測定することが可能である。
【0015】
皮膚表面に物理的刺激を付与することで動脈のスティッフネスを改善できる理由として、本発明者らは、物理的刺激により血流速度や血流速度の勾配、血管径等が変化し、血管内皮細胞にずり応力が加わるためと考察している。血管内皮細胞にずり応力が加わることで、血管内皮細胞の一酸化窒素(NO)の産生が促され、NOによる血管平滑筋の弛緩作用及び血小板凝集の抑制作用等によって動脈スティッフネスが改善すると考えられる。
【0016】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0017】
1.動脈疾患予防・治療用ウェア
(1)形態
本発明に係るウェアは、伸縮性を有する素材を含んで構成され、四肢、頸部及び胴部から選択される1以上の部位を、該部位の皮膚表面に密着して被覆し、該皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与するものである。
【0018】
本発明に係るウェアの形態は、四肢、頸部、胴部から選択される1以上の部位を皮膚表面に密着して被覆し得るものであれば特に限定されず、四肢等に巻きつけたり、被せたりして装着できる被服状の形態とされる(具体的形態については後述する)。被服形態とすることで、装着位置の調節や変更、長期間の使用、繰り返しの使用などが簡便、快適に行える。
【0019】
(2)素材
本発明に係るウェアは、四肢等を皮膚表面に密着して被覆するために、少なくともその一部は伸縮性を有する素材から構成される。伸縮性の素材単独で、あるいは伸縮性素材と非伸縮性素材を組み合わせて形成することにより、皮膚表面への密着性を高め、また着用者の筋肉の動きを阻害しないようにできる。
【0020】
伸縮性を有する素材としては、編布、織布、不織布、発泡シート又は合成樹脂シート(フィルム)等が使用できる。本発明に係るウェアは、これらの素材を単独又は適宜組み合わせて、編成、製織、縫製、積層、接着又は溶着等することにより形成される。
【0021】
編布を構成する糸は、天然繊維、化学繊維のいずれでもよく、例えば、ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、アクリル系繊維、セルロース系繊維(綿、レーヨン、ポリノジック、リヨセル等)、ポリウレタン系繊維、ポリオレフィン系繊維(ポリエチレン,ポリプロピレン等)、アセテート系繊維、ポリ塩化ビニリデン系繊維、ポリ塩化ビニル系繊維等を単独で用いた糸又はこれら繊維を混用した糸を用いることができる。糸の種類としては、モノフィラメント、マルチフィラメント、撚糸、カバードヤーン、コアヤーン等が利用でき、伸縮加工や嵩高加工等を施したものを利用してもよい。
【0022】
また、ウェアを編成により形成する場合、経編又は緯編の各種編組織が利用でき、例えば、平編生地、ゴム編(リブ編)生地、パール編生地、タック編生地、丸編生地、横編生地、トリコット生地、ラッシェル生地、パイル編生地、添え糸編生地等が利用できる。
【0023】
皮膚表面に付与する物理的刺激を圧迫刺激とする場合には、骨格筋の収縮などによる四肢等の周径寸法の変化による圧迫圧変動を考慮して、伸縮性素材の弾性(伸長)特性と張力との関係を調整することができる。例えば、伸縮性素材の弾性特性と張力との関係を調整して、刺激部位に応じて適宜圧迫圧変動の大小を配置できる。
【0024】
(3)物理的刺激
本発明に係るウェアは、皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与するため、皮膚接触表面に複数の区画された領域を設けることができる。皮膚表面に物理的刺激を付与すること、特に異なる種類及び/又は大きさの複数の物理的刺激を付与することで、血流速度、血流速度の勾配、又は血管径等を変化させ、血管内皮細胞にずり応力を加えることができる。そして、ずり応力によって、血管内皮細胞の一酸化窒素(NO)の産生を促し、NOによる血管平滑筋の弛緩作用、血小板凝集の抑制作用等により、動脈のスティッフネスを改善し、動脈硬化を抑制することができる。
【0025】
物理的刺激の種類としては、圧迫刺激、摩擦刺激、電気刺激、熱刺激(温刺激あるいは冷刺激)、磁気刺激、光刺激等がある。これらの物理的刺激は、単独で又は適宜組み合わせて皮膚表面に付与される。物理的刺激は、圧迫刺激又は摩擦刺激が好ましく、圧迫刺激が特に好ましい。
【0026】
(3−1)圧迫刺激
圧迫刺激を加える方法としては、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域を構成する素材の伸長性や伸縮性を調整する方法、領域の周径サイズを調整する方法、パッド等の凸状部を領域に配設する方法等が挙げられる。
【0027】
素材の伸長性や伸縮性は、素材を構成する組織の変化、糸密度の調整、又は糸種類の変更等によって行うことができる。伸長性や伸縮性は、例えば、編組織等にポリウレタン繊維のカバードヤーンやゴム糸等の弾性糸を挿入したり、これらの弾性糸の挿入本数を調節したりすることで調節することができる。
【0028】
四肢用として圧迫刺激を付与し得るスリーブ状、ソックス状、ストッキング状、タイツ状等のウェアとしては、例えば、丸編み機を用いて、ポリアミド系糸や綿糸等の地糸にポリウレタン糸やゴム糸等の弾性糸を挿入した平編組織やゴム編組織により好適に形成することができる。
【0029】
圧迫刺激は、ウェアが被覆する皮膚表面の各所に、大きさの異なる圧迫圧がかかるように付与することが好ましい。大きさの異なる圧迫圧は、例えば、ウェアの所定領域の圧迫圧を他の領域に比して大きくしたり、隣接する領域間の圧迫圧を段階的にあるいは徐々に変化させたりすることにより、皮膚表面の各所に付与できる。このような圧迫圧分布を設けることにより、より効果的に血流速度、血流速度の勾配、又は血管径等を変化させ、血管内皮細胞にずり応力を加える等して血管内皮細胞の一酸化窒素(NO)の産生を促すことができる。
【0030】
圧迫刺激を加える皮膚表面としては、刺激の血流や血管径への作用し易さと、刺激の導入のし易さの観点から、血管径約1mm以上の筋性動脈が分布する部位が好ましく、特に四肢に分布する筋性動脈が走通する部位を圧迫することが好ましい。
【0031】
このような筋性動脈としては、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈、大腿動脈、橈骨動脈、上腕動脈が挙げられ、これらの筋性動脈から選ばれる少なくとも1つの筋性動脈上に位置する四肢の皮膚表面に圧迫刺激を加えることが好ましい。さらに、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈からなる群から選ばれる少なくとも1つの筋性動脈上に位置する足首及びふくらはぎの皮膚表面に圧迫刺激を加えることが特に好ましい。
【0032】
特に足首からふくらはぎ、又は足首から大腿などのように、四肢の末梢部位から胴体(体幹)の中心部に向かって段階的あるいは徐々に圧迫圧を減少させる圧迫圧分布や、筋性動脈上で高低差のある圧迫圧分布を設ける態様が好ましい。
【0033】
皮膚表面に付与する圧迫圧は、足首を被覆する領域では、ウェア着用時の圧迫圧で18〜52hPaが好ましく、25〜45hPaがさらに好ましい。また、ふくらはぎを被覆する領域では、9〜40hPaが好ましく、18〜35hPaがさらに好ましい。
【0034】
ウェア着用時の圧迫圧の測定は、従来公知の圧力測定器MST(例えば、Salzmann(AG社製))を用いて測定できる。具体的には、ウェアを装着した状態で、ウェアと測定部位(皮膚表面)との間に計測器のプローブを設置し、そのときに測定される圧迫圧を着圧として算出する。なお、足首での圧迫圧は下腿最小囲部分、ふくらはぎでの圧迫圧は下腿最大囲部分で、それぞれ計測を行う。
【0035】
皮膚表面に適切な圧迫刺激を付与するため、ウェアの着用時の圧迫圧を確認・調整できるインジケーター機能を設けても良い。具体的には、ウェアを構成する素材に、伸長度合いによって形状が変化する図形や目盛を、印刷や刺繍などによって設け、圧迫圧インジケーターとすることができる。また、ウェアを所定部位に固定するベルトや面ファスナー等の固定手段に、着用時の締めつけ度合いを示す数値や目盛を設けて圧迫圧インジケーターとしたりすることもできる。また、圧迫刺激を付与する領域に圧力センサー等を設置してもよい。
【0036】
(3−2)摩擦刺激
皮膚に摩擦刺激を加える方法としては、刺激を付与する皮膚表面と刺激を付与しない皮膚表面を被覆する領域とを、異なる素材により形成し、異なる摩擦特性を付与する方法が挙げられる。
【0037】
摩擦特性の変更は、例えば、糸の太さ、材質、形態を変えて生地の表面粗さを変えたり、生地の種類(編布、織布、不織布など)に基づく構造により表面粗さを変えたり、編織パターン、密度などの組織を変えて表面に凹凸を形成したりする方法を使用することができる。
【0038】
また、ウェアの摩擦刺激を付与する領域に、塗料及び/又は粉体の噴出による塗布によって、触覚を認知しやすい摩擦特性を付与する方法を用いることもできる。噴出による塗布を用いれば、所定の形状、位置を有する摩擦刺激付与領域を、簡便かつ精度よく形成することができる。具体的には、(1)塗布する塗料や粉体そのものの樹脂特性又は粉体特性、(2)生地表面に形成される塗布された塗料又は粉体の凹凸構造、(3)塗布された抜蝕剤によって布帛の表面に形成される凹凸構造、等により摩擦特性を容易に調節することができる。
【0039】
噴出による塗料や粉体の塗布形態としては、ウェアの皮膚接触表面側の生地にべた塗りする形態の他、ドット模様、格子模様、網目模様、縞模様、波線模様、ジグザグ線模様、螺旋模様等の任意のパターン模様に塗布する形態を用いることができる。
【0040】
噴出塗布の方法としては、特にインクジェット方式を用いることが好ましい。インクジェット方式によれば、形成する塗布パターンの原図をコンピュータで画像処理し、その結果をインクジェット方式で印捺するため、様々なパターンを簡便かつ低コストに作製することができる。そして、用いる塗料の種類やその塗布パターンによって、摩擦特性を任意に変化させることができる。
【0041】
なお、上記の噴出塗布以外の塗布方法で、ウェアの皮膚接触側の表面に合成樹脂、オイル、ゲル、粘着剤、無機粒子等を塗工、噴霧することによっても摩擦特性を変えることができる。
【0042】
摩擦刺激を加える皮膚表面は、圧迫刺激と同様とできる。また、摩擦刺激は、圧迫刺激と併用することが好ましい。
【0043】
(3−3)電気刺激
皮膚に電気刺激を加える方法としては、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域を構成する素材の一部に柔軟で導電性の素材を用い、電源を接続すればよい。具体的には、例えば、粘着性を有する導電性ゲル、導電性材料を印刷や塗工で所定パターン(回路)に形成した基板、導電性樹脂フィルム、導電性繊維からなる糸又は布、金属箔等の扁平材料などを単独又は適宜組み合わせて、ウェアの皮膚接触面に配置する態様が利用できる。
【0044】
電気刺激を加える皮膚表面は、圧迫刺激と同様とできる。また、電気刺激は、圧迫刺激と併用することが好ましい。
【0045】
(3−4)熱刺激
皮膚に熱刺激(温刺激)を加える方法としては、例えば、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域を構成する素材の一部に発熱性の素材を用いるか、電源に接続した発熱性の抵抗体やその他の熱電素子をウェアの皮膚接触面に設ければよい。
【0046】
また、皮膚に熱刺激(冷刺激)を加える方法としては、例えば、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域を構成する素材の一部に吸熱性の素材を用いるか、冷却パッドをウェアの皮膚接触面に設ければよい。冷却パッドとしては、例えば、液体とこれを保持する液体保持基材とからなるものが好ましく、水やオイル等の液体を吸収性繊維や吸収性連続気泡発泡体に吸収・保持させて得た冷却パッドや、液体を液体不透過性の袋体に保持させて得た冷却パッドが使用できる。
【0047】
熱刺激を加える皮膚表面は、圧迫刺激と同様とできる。また、熱刺激は、圧迫刺激と併用することが好ましい。
【0048】
(3−5)磁気刺激
皮膚に磁気刺激を加える方法としては、例えば、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域に磁場を発生させるコイル等を設け、電源を接続する方法を採用できる。
【0049】
磁気刺激を加える皮膚表面は、圧迫刺激と同様とできる。また、磁気刺激は、圧迫刺激と併用することが好ましい。
【0050】
(3−6)光刺激
皮膚に光刺激を加える方法としては、例えば、刺激を付与する皮膚表面を被覆する領域に発光素子を設け、電源を接続する方法を採用できる。
【0051】
光刺激を加える皮膚表面は、圧迫刺激と同様とできる。また、光刺激は、圧迫刺激と併用することが好ましい。
【0052】
2.動脈疾患予防・治療用ウェアの好適な実施形態
図1〜7に、本発明に係るウェアの具体的な実施形態を示す。本発明に係るウェアは、皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与するため、皮膚接触表面に複数の区画された領域を有している。図中、異なるパターンで示した領域は、種類及び/又は大きさの異なる物理的刺激を付与する領域を表し、同一パターンで示した領域は、同じ物理的刺激を付与する領域を表している。
【0053】
以下、物理的刺激として圧迫刺激を用いた場合のウェアの実施形態を、図1〜図7を参照しながら説明する。
【0054】
(1)帯状・スリーブ状ウェア
図1は、四肢、頸部、胴部(胸部又は腹部)を被覆する帯状に形成されたウェアを示す。図1の帯状ウェアは、3種類の硬さをもつ凸状パッドを左右2箇所に配設したもので、対象部位に巻きつけ、端部に設けられた面ファスナを係合させて装着することで、対象部位に凸状パッドによる所定の圧迫刺激を付与し得るものである。また、図2は、四肢、頸部、胴部を被覆するスリーブ状に形成されたウェアを示す。図2(A)に示すウェアは特に上肢と下腿に用いられ、(B)に示すウェアは大腿に用いられる。これらのウェアには、圧迫圧が段階的にあるいは徐々に変化する領域が配されている。
【0055】
(2)シャツ状ウェア
図3は、シャツ状のウェアで、橈骨動脈、上腕動脈上に位置する皮膚表面に異なる大きさの圧迫刺激を加えることができるものである。橈骨動脈上に上腕動脈より大きい圧迫圧を加えるように、前腕部と上腕部を被覆する領域をそれぞれ異なる素材と伸縮性の生地で形成している。
【0056】
(3)ソックス状ウェア
図4は、ハイソックス状のウェアで、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈上に位置する皮膚表面に異なる大きさの圧迫圧を加えることができるものである。足首からふくらはぎに向かって段階的に圧迫圧が減少するように、生地を構成する素材の伸縮性を領域ごとに変化させたものである。
【0057】
(4)ストッキング状ウェア
図5は、オーバーニーソックス又はストッキング状のウェアで、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈上に位置する皮膚表面に異なる大きさの圧迫圧を加えることができるものである。足首から大腿に向かって段階的に圧迫圧が減少するように、生地を構成する素材の伸縮性を領域ごとに変化させたものである。
【0058】
(5)タイツ状ウェア
図6は、タイツ状のウェアで、足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈、大腿動脈上に位置する皮膚表面に異なる大きさの圧迫圧を加えることができるものである。足首から大腿に向かって段階的に圧迫圧が減少するように、生地を構成する素材の伸縮性を領域ごとに変化させたものである。
【0059】
(6)パンツ状ウェア
図7は、(A)は膝上までを覆う形態、(B)は膝下までを覆う形態としたパンツ状のウェアであり、膝窩動脈、大腿動脈上に位置する皮膚表面に異なる大きさの圧迫圧を加えることができるものである。圧迫圧分布は、図6に示したウェアと同様の構成とできる。
【0060】
以上に説明した実施形態のうち、装着が簡便で、装着時の違和感も少なく、動脈のスティッフネスを改善する作用を効果的に発揮させやすいソックス状、ハイソックス状(図4)、ストッキング状(図5)、タイツ状(図6)、パンツ状(図7)等の形態が特に好ましい。
【0061】
3.運動トレーニング方法
続いて、本発明に係る運動トレーニング方法について説明する。この運動トレーニング方法は、皮膚表面を介し、該皮膚表面下に位置する筋性動脈に、種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する手順を含むことを特徴とする。
【0062】
近年、筋力トレーニングのような無酸素運動を継続した場合、動脈スティッフネスを増加させ、動脈硬化リスクが高まることが報告されている。一方、有酸素運動を行うことで、動脈コンプライアンスが改善されることも明らかとなっている。しかし、健康増進のためには、有酸素運動だけでなく、無酸素運動を適宜取り入れて筋力アップを図り、バランスよく体力を向上させることが重要である。
【0063】
本発明に係る方法によれば、運動トレーニング、特に筋力トレーニングや短距離走等の瞬発力が求められる無酸素運動トレーニングにおいて、前述の血管内皮細胞のNO産生促進作用を利用して、動脈コンプライアンスの改善を図ることができると考えられる。また、運動トレーニング中のみならず、運動トレーニング前のウォームアップ時や運動トレーニング後のクールダウン時にも、動脈コンプライアンスの改善を図ることができる。
【0064】
本発明に係る運動トレーニング方法は、具体的には、例えば上述した本発明に係るウェアを用いて行うことができる。まず、ウェアを皮膚表面に密着して着用する。着用する部位は、前述したような筋性動脈が存在する四肢等の部位であれば特に限定されないが、好ましくは足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、及び膝窩動脈が存在する下肢部分であり、足首部からふくらはぎ部を被覆して着用することがより好ましい。そして、ウェアを着用した状態で、運動トレーニング前のウォームアップを行い、それに引き続き運動トレーニングを行い、さらにトレーニング後にはクールダウンを行う。
【0065】
このように運動トレーニングを行うことで、皮膚表面を介し、皮膚表面下に位置する筋性動脈に、種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激が付与され、それにより血流速度、血管径等が変化する。これにより、血管内皮細胞にずり応力が加わり、血管内皮細胞の一酸化窒素産生が促進され、運動トレーニング中、またトレーニング前後において、トレーニングによる動脈スティッフネスの増加を抑制し、動脈コンプライアンスの改善を図ることができると考えられる。特に、筋力トレーニングのような無酸素運動トレーニングを行う場合には、圧迫刺激を加え得る本発明のウェアを着用してトレーニングすることが好ましく、このように圧迫刺激を加えながらトレーニングすることで、筋肉や関節のムダなブレを抑え、効率的にトレーニングを行うことができる。
【実施例】
【0066】
<実施例1>
本実施例では、ハイソックス状のウェア(図4参照)を編成した。足首からふくらはぎにかけては、平編みを採用した。平編みの編目を構成する糸には、ポリウレタン弾性糸をウーリーナイロン糸でシングルカバーした弾性糸、及び綿とポリエステルからなる混紡糸(綿50重量%、ポリエステル50重量%の混紡糸。)を使用し、その編目に横方向から挿入する糸としてポリウレタン弾性糸をナイロン糸でダブルカバーした弾性糸を使用した。ウェアは、足首からふくらはぎにかけての外形の幅が漸次広くなるように形成し、足首からふくらはぎにかけてのふくらはぎ側の外縁を曲線形状とした。
【0067】
得られたウェアの着用時の圧迫圧分布は、足首からふくらはぎへと順次圧迫圧が小となる圧迫圧分布を有し、足首での圧迫圧が33.0hPa、ふくらはぎの圧迫圧が24.3hPaであった(「表1」参照)。なお、圧迫圧の測定は、足首21cm、ふくらはぎ35cm、大腿中央部46.5cmの周囲長の足型にウェアを装着した状態で行った。
【0068】
<実施例2〜5>
実施例2〜5では、実施例1で作成したハイソックス状のウェアにおいて、圧迫圧分布を変更したウェアを編成した。足首からふくらはぎにかけては、平編みを採用した。平編みの編目を構成する糸には、ウーリーナイロン糸を使用し、その編目に横方向から挿入する糸としてポリウレタン弾性糸をナイロン糸でダブルカバーした弾性糸を使用した。ウェアは、実施例1と同様に、足首からふくらはぎにかけての外形の幅が漸次広くなるように形成し、足首からふくらはぎにかけてのふくらはぎ側の外縁を曲線形状とした。
【0069】
得られたウェアの着用時の圧迫圧分布は、足首からふくらはぎへと順次圧迫圧が小となる圧迫圧分布を有した。各ウェアにおける足首及びふくらはぎでの圧迫圧の測定結果を「表1」に示す。
【0070】
<試験例1>
実施例1〜5で作成したウェアについて、動脈コンプライアンスに及ぼす影響を検討した。
【0071】
動脈コンプライアンスは、上腕‐足首間脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity:baPWV)を指標として評価した。baPWVの測定は、血圧脈波検査装置(BP-203RPEIII、オムロンコーリン社)を用い、仰臥位にて行った。また、併せて、上腕部の血圧を記録した。
【0072】
baPWV及び血圧の測定は、「表1」に示す2つの被験者群において、ウェア装着条件下と未装着条件下で行い、結果を比較した。測定結果を「表1」に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
baPWVは、一般に、値が小さい程、動脈血管の柔軟性が高いことを示す。「表1」に示すように、ウェア装着条件下では、未装着条件下に比べて全ての試験群でbaPWVを低下させることができた。
【0075】
試験例1の結果から、本発明に係るウェアにより、動脈のスティッフネスを改善できることが明らかとなった。この結果は、本発明に係るウェアが、動脈硬化症や心筋梗塞、脳梗塞等の動脈疾患の予防・治療に有効であることを強く示唆するものである。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係るウェアによれば、従来の薬物療法や生活習慣の改善といった方法に比べ、ウェアを着用するという簡便な方法により、動脈のスティッフネスを改善することができる。従って、本発明に係るウェアは、従来方法と併せて、あるいは従来方法に替えて、動脈硬化を抑制し、動脈硬化症や心筋梗塞、脳梗塞等を予防・治療するために好適に用いられ得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伸縮性を有する素材を含んで構成され、四肢、頸部及び胴部から選択される1以上の部位を、該部位の皮膚表面に密着して被覆し、
該皮膚表面に種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する動脈疾患予防及び/又は治療用のウェア。
【請求項2】
少なくとも四肢を被覆し、
足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈、膝窩動脈、大腿動脈、橈骨動脈及び上腕動脈からなる群から選択される1以上の筋性動脈上に位置する皮膚表面に、前記物理的刺激を付与する請求項1記載のウェア。
【請求項3】
少なくとも足首及びふくらはぎを被覆し、
足背動脈、足底動脈、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈及び膝窩動脈からなる群から選択される1以上の筋性動脈上に位置する皮膚表面に、前記物理的刺激を付与する請求項2記載のウェア。
【請求項4】
前記物理的刺激が、圧迫刺激である請求項1〜3記載のいずれか一項に記載のウェア。
【請求項5】
少なくとも足首及びふくらはぎを被覆し、
足首を被覆する領域の着用時圧迫圧が、ふくらはぎを被覆する領域の着用時圧迫圧よりも大きくされた請求項4記載のウェア。
【請求項6】
足首からふくらはぎに向かって着用時圧迫圧が段階的にあるいは徐々に小さくなる圧迫圧分布を備える請求項5記載のウェア。
【請求項7】
足首を被覆する領域の着用時圧迫圧が18〜52hPa、ふくらはぎを被覆する領域の着用時圧迫圧が9〜40hPaとされた請求項5又は6記載のウェア。
【請求項8】
皮膚表面を介し、該皮膚表面下に位置する筋性動脈に、種類及び/又は大きさの異なる複数の物理的刺激を付与する手順を含む、運動トレーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−115434(P2011−115434A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276327(P2009−276327)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000151380)アルケア株式会社 (88)
【Fターム(参考)】