説明

医療器具及び医療器具用ワイヤ部

【課題】体内に留置された場合において拍動に伴って継続的な弾性変形を繰り返した場合であってもワイヤの摩耗を防止し、体内にワイヤの摩耗片が放散されることを防止することが可能な医療器具及びその医療器具に用いられるワイヤ部を提供する。
【解決手段】体内に留置され得る医療器具(ステントグラフト)において、各リング状ワイヤ部(前リング状ワイヤ部W3、後リング状ワイヤ部W4、中間リング状ワイヤ部W5)として適用可能なワイヤ部Wを、線状をなしステントグラフトの骨組みの少なくとも一部として機能するワイヤ本体W1とワイヤ本体W1の外表面を覆う被覆材W2とを備えたワイヤ本体部W3を複数重に束ね、さらにこの複数重に束ねたワイヤ本体部W3を第2被覆材W4で被覆した構造とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体内に留置され得る医療器具、及び体内に留置され得る医療器具の一部を構成する医療器具用ワイヤ部に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、体内に留置され得る医療器具として、カテーテル内に折り畳まれた状態で血管の患部やあるいはその他の人体の器官の狭窄部等の目的位置に運び、その位置で放出することで復元させて移植可能な人工臓器(人工血管の一種であるステントグラフトやステント等の生体内移植器具を含む)が知られている。この種の人工臓器は、体内に留置した場合に拍動や呼吸に応じて径方向及び長手方向(軸方向)に伸縮可能な柔軟性及び弾性を有すれば、より生理的に適した機能を奏すると考えられる。
【0003】
そこで、このような要求に応えるべく、リング状に形成した金属製のワイヤ(リング状ワイヤ部)を軸方向に所定ピッチで配置し、これらリング状ワイヤ部を筒状のグラフトに取り付けたステントグラフトや、金属製のワイヤを筒状に編み込んで形成したステント、或いは金属製のワイヤをジグザグ状に組み合わせて筒状に形成したいわゆるZステント等の医療器具が種々開発されている。本出願人は、弾性復元力に優れたニッケルチタン合金製のワイヤをリング状に形成したリング状ワイヤ部を備えたステントグラフトを提案している(特許文献1参照)。
【0004】
そして、本出願人は、このように体内に留置され得る人工血管等の医療器具に適用されるワイヤの反発力が強すぎると血管壁を損傷させるおそれがあり、弱すぎると血流により押し流されることから、ワイヤを複数重に巻き束ねてリング状ワイヤ部とする構成を発案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−136737号(段落番号0023等参照)
【特許文献2】特許3130047号公報(請求項13,15等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、金属製のワイヤを複数重に束ねたワイヤ部を備えた医療器具を体内に留置した場合、拍動や呼吸に応じて、ワイヤ部における束状に重ねたワイヤ同士が継続的に擦れて、摩耗又は破損する可能性がある。特に、血管の拍動等の動きが激しい部位に移植した医療器具用ワイヤ部は、摩耗が進行した場合にはワイヤの断裂に至るケースも考えられ、摩耗片や摩耗粉が体内に放散される可能性や人体を損傷する可能性もある。なお、複数重に束ねたワイヤ部であれば、もしワイヤの一部が断裂した場合であっても、残りのワイヤによってその形状を保持することができるという利点を得られるものの、やはり摩耗や断裂の発生は可能な限り回避したいという要望がある。
【0007】
なお、このような問題及び要望は、拍動や呼吸等の動きに応じた柔軟な動きが要求される部位に留置される医療器具、例えば人工臓器の人工弁や、静脈フィルター等の一部に適用される医療器具用ワイヤ部についても同様である。
【0008】
本発明は、このような問題に着目してなされたものであって、主たる目的は、体内に留置された場合において拍動に伴って継続的な弾性変形を繰り返した場合であってもワイヤの摩耗を防止し、体内にワイヤの摩耗片が放散されることを防止することが可能な医療器具と、それに用いられるワイヤ部を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち本発明の医療器具は、柔軟性及び弾性を有するワイヤ部を具備し、体内に留置され得るものであって、ワイヤ部が、線状をなしこの医療器具の骨組みの少なくとも一部として機能するワイヤ本体と、ワイヤ本体の外表面を覆う被覆材とを備えるものであり、このように被覆材でワイヤ本体を覆った状態のワイヤ部を複数重に束ねられていることを特徴としている。
【0010】
このようなものであれば、束ねたワイヤ本体によって有効な強度、弾性及び柔軟性を得ることができるとともに、ワイヤ本体を被覆材で被覆しているため、本発明の医療器具を体内に留置した場合に、拍動等によりワイヤ本体が撓みを繰り返しても、ワイヤ本体同士が直接接触することがなく、ワイヤ本体自体の摩耗や破損を防止することができ、摩耗片が体内に放散されることを防止することができる。ここで、本発明においてワイヤ部の被覆材は、ワイヤ本体を覆うものであれば、後述するようなワイヤ本体を挿通させるチューブ状のもの、ワイヤ本体の外表面を包む構成のもの、ワイヤ本体の周囲に巻き付けるもの、ワイヤ本体の外表面に塗布等によりコーティングされるものなど、適宜の構成のものを利用することができる。また、本発明においてワイヤ部は、本発明の医療器具の骨組みを構成する部材の一部であれば足り、ワイヤ部のみで医療器具が構成されているものも本発明には含まれる。
【0011】
特に、ワイヤ部において被覆材が、ワイヤ本体を挿通させて覆うチューブ状をなす部材であれば、ワイヤ本体を被覆材で被覆する作業を効率良く且つ適切に行うことができる。
【0012】
そのうえ、被覆材のうちワイヤ本体の外周面と対面する内周面が滑らかであれば、ワイヤ本体をこの被覆材で覆ったワイヤ部の柔軟性が一層向上するため、医療器具を体内に留置した場合にワイヤ本体が拍動等に追従しやすくなり、より長期間に亘る留置が期待できる。このようなワイヤ部を構成する被覆材には、例えばPTFE等の素材を適用することができる。生体内移植器具の材料は、摩耗や変性などにより毒性が生じる可能性がある場合は使用することができず、化学的な安定性が求められる。その点でPTFEは、優れた摩擦特性、耐熱性、耐薬品性等を示し、生体内で化学的に非常に安定しているため、周辺組織との反応性が非常に低いポリマーであるため、本発明のような医療器具(人工臓器、生体内移植器具)の材料として優れている。
【0013】
また、本発明の医療器具において、ワイヤ部におけるワイヤ本体の直径を、被覆材の内径よりも小さく設定し、ワイヤ本体の外表面と被覆材の内周面との間に間隙が形成されるようにすれば、被覆材をワイヤ本体に密着させた態様と比較して、被覆材内におけるワイヤ本体の柔軟性が向上し、拍動に応じた柔軟な変形が可能となる。
【0014】
さらにまた、ワイヤ本体を覆う被覆材の外周面が、摩擦係数が小さく滑り易い滑らかなものであれば、複数重に束ねたワイヤ本体の被覆材同士の接触による摩耗が低減するため、被覆材の損傷を抑制することができる。また、ワイヤ本体を被覆材で覆ったワイヤ部の運動性も増加し、ワイヤ部の滑らかな動きが得られる医療器具を実現することができる。このようなワイヤ部を構成する被覆材には、例えば上述したようなPTFE等の素材を適用することができる。
【0015】
本発明の医療器具においてワイヤ部は、被覆材で被覆された状態で複数重に束ねてなるワイヤ本体を被覆材の外側からさらに覆う第2被覆材を備えたものとすることができる。このようなワイヤ部を備えた医療器具であれば、束ねたワイヤ本体が不意にばらけることを防止することができるとともに、ワイヤ本体を覆う被覆材をさらに外側から第2被覆材で被覆することによってワイヤ本体が折れ難く、長期使用にも耐え得るものとなる。また、ワイヤ本体を直接覆っている被覆材が破損した場合でも、その部位を第2被覆材により保護することも可能となる。ここで、第2被覆材については、複数重に束ねられたワイヤ本体の周囲を覆う構成を有するものとして、チューブ状のもの、包む構成のもの、巻き付ける構成のもの、塗布等により周囲をコーティングする構成のものなど、適宜のものを利用することができる。さらに、第2被覆材の材料には、上述した被覆材のように生体内で化学的に安定な適宜の材料を用いることができる。
【0016】
以上のような本発明の医療器具は、上述したようなワイヤ部を骨組みの少なくとも一部として有するステントグラフト又はステントとして利用することが好適である。
【0017】
この場合、ステントグラフトやステント等の医療器具におけるワイヤ部の好ましい形態としては、ワイヤ本体を被覆材で被覆した状態のワイヤ部をリング状に複数重に束ねて当該医療器具の骨組みの一部又は全体としたもの、又はワイヤ本体を被覆材で被覆した状態のワイヤ部をメッシュ状に形成して当該医療器具の骨組みの一部又は全体としたものを挙げることができる。特に、ワイヤ部をリング状に複数重に束ねる場合、このリング状とは輪が形成されていることを意味し、円環状をなしてリング状をなすもの、ジグザク形状をなしてリング状をなすもの(一般に、Zステント、又はステントグラフトのZステント部と呼ばれる形状を指す)、サインカーブ等の波形をなしてリング状をなすものなど、束ねたワイヤ部による周の形状は種々選択することができる。また、ワイヤ部をメッシュ状に形成する場合は、複数のワイヤ部を編み込むなど、適宜の方法でメッシュ状(網状)に組み合わせることができる。
【0018】
さらに、本発明に係る医療器具が、筒状をなすグラフト及び当該グラフトに対して複数配設したリング状ワイヤ部を備えたステントグラフトである場合には、リング状に形成した前述のようなワイヤ部によって複数のリング状ワイヤ部のうち少なくとも1つを構成すればよい。なお、リング状に形成したワイヤ部が適用可能なステントグラフトにおけるリング状ワイヤ部としては、筒状のグラフトの両端部に配置される場合がある前リング状ワイヤ部、後リング状ワイヤ部は勿論のこと、前リング状ワイヤ部と後リング状ワイヤ部との間に配設される中間リング状ワイヤ部も挙げられる。ここで述べた前リング状ワイヤ部や後リング状ワイヤ部、中間リング状ワイヤ部は、全てがステントグラフトに必須の部材であるということではなく、必要に応じて適宜、筒状グラフトの外周側又は内周側に配置すればよい。その他、円筒型のステントグラフトのみならず、Y字型や枝付きのステントグラフトにも、その骨組みの一部又は全部としてリング状ワイヤ部を複数適用し、それらのリング状ワイヤ部の全部又は一部を上述したワイヤ部により構成することもできる。
【0019】
また、本発明に係る医療器具用ワイヤ部は、体内に留置され得る医療器具に適用されるワイヤ状の部材であって、線状をなし医療器具の骨組みの少なくとも一部として機能するワイヤ本体と、ワイヤ本体の外表面を覆う被覆材とを備え、複数重に束ねられていることを特徴とするものであり、上述した種々の作用効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の医療器具及びその医療器具に用いられるワイヤ部であれば、体内に留置された場合において拍動に伴って継続的な弾性変形を繰り返した場合であってもワイヤ自体(本発明におけるワイヤ本体)の摩耗を防止し、継続的に体内に留置しても摩耗片が体内に放散されることを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係る医療器具用ワイヤ部を備えたステントグラフトの全体概略図。
【図2】同実施形態に係る医療器具用ワイヤ部の全体図。
【図3】図2におけるx−x線断面図。
【図4】同実施形態に係るワイヤ本体部の製造工程を模式的に示す図。
【図5】同実施形態に係るワイヤ本体部を図2に対応して示す図。
【図6】本実施例で用いた拍動試験装置の模式図。
【図7】同実施形態に医療器具用ワイヤ部を備えたステントの全体概略図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。本実施形態は、図1に示すように、本発明に係る医療器具用ワイヤ部W(以下、単に「ワイヤ部W」と称する場合もある)を医療器具の一種である人工血管(ステントグラフト1)に適用したものである。なお、以下の説明では、ステントグラフト1の軸方向(長手方向)を前後方向とする。
【0023】
ステントグラフト1は、血液を漏らさない管状構造を有するものであり、図1に示すように、グラフト2と、グラフト2の前端部2a及び後端部2bにそれぞれ配設された前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4と、これら前後リング状ワイヤ部3,4間に配置された中間リング状ワイヤ部5と、前後リング状ワイヤ部3,4及び中間リング状ワイヤ部5のうち前後リング状ワイヤ部3,4近傍にそれぞれ配設された一対の端部中間リング状ワイヤ部5Aをグラフト2に対して相対前後移動可能に取着してなる膜部材6とを備えたものである。
【0024】
グラフト2は、フレキシブルで且つ張りのあるシートをジャバラ状の筒状に成形してなるもので、内径が配設先の血管の正常な流路断面形状に略対応させられている。グラフト2は、例えばポリエステル製のモノフィラメント(例えば15デニール程度のもの)からなる縦糸と、例えば超極細線繊維を縒り合わせたマルチフィラメント(例えば50デニール程度のもの)からなる横糸とを編み込んだものである。
【0025】
前リング状ワイヤ部3及び後リング状ワイヤ部4は、軸方向に互いに対向する位置に配されてなるもので、内径がグラフト2の内径よりも大きくなるように設定されている。これら前リング状ワイヤ部3及び後リング状ワイヤ部4は、グラフト2の前端部2aまたは後端部2bに取着された袋状の膜部材6内に収容され一定範囲内でグラフト2に対して相対前後移動可能となるように設けられている。
【0026】
膜部材6は、内部空間に前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4の全体を被包してなる袋状のものであり、その内周端をグラフト2の外周のほぼ全周に亘って取付け、膜部材6の変形を通じて前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4の相対前後移動を許容するとともに、グラフト2との間の円環状の隙間を液密とするようにそれぞれ縫着や接着等により取着されている。すなわちステントグラフト1を折り畳んで図示しないカテーテル内に挿入したり人体内で放出する際には、膜部材6は、グラフト2への取付部分である内周端を介してグラフト2に対して相対的に前後移動する。したがって、膜部材6内に収容された前後リング状ワイヤ部3,4もグラフト2に対して相対的に前後移動することとなる。なお、本実施形態で使用する膜部材6は、グラフト2を構成するシートと同様の素材からなるものである。
【0027】
中間リング状ワイヤ部5は、グラフト2の外周にあって前後のリング状ワイヤ部3、4の間を長手方向に略等分割する位置に複数個配設されている。そして、この中間リング状ワイヤ部5の円周上の特定箇所を、縫着や接着等によりグラフト2に間欠的に4点で固着し、前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4とともにグラフト2全体に筒状の保形力を付与している。本実施形態では、この中間リング状ワイヤ部5のうち、前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4近傍に配設された端部中間リング状ワイヤ部5Aを前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4と同様に、内径がグラフト2の内径よりも大きくなるように設定し、膜部材6内に収容している。そして、前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4同様、端部中間リング状ワイヤ部5Aが膜部材6を介して一定範囲内で相対前後移動可能となり、且つグラフト2との間の円環状の隙間を液密とするように、膜部材6の内周端をグラフト2の外周のほぼ全周に亘ってそれぞれ縫着や接着等により取着している。
【0028】
そして、本実施形態に係るステントグラフト1は、各リング状ワイヤ部(前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5)として、本発明に係るワイヤ部Wを適用している。これらのワイヤ部(リング状ワイヤ部3,4,5)には、本実施形態のステントグラフト1の骨組みとして機能させている。
【0029】
本発明に係るワイヤ部Wは、図2及び図3(図3は図2のx−x線断面図である)に示すように、ワイヤ本体W1と、ワイヤ本体W1の外周(外表面)を被覆する被覆材W2と、これらワイヤ本体W1及び被覆材W2からなり複数重に束ねたワイヤ本体部W3の外周(外表面)を被覆する第2被覆材W4とを備えたものである。
【0030】
ワイヤ本体W1は、図4に示すように、弾性復元力に優れた素材から形成された線材である。本実施形態では、ワイヤ本体W1としてニッケルチタン合金針金を適用している。一方、被覆材W2は、内部空間にワイヤ本体W1を収容し得るチューブ状をなすものである。本実施形態では、伸延性に優れた素材(例えばポリテトラフルオロエチレン:PTFE)からチューブ状の被覆材W2を形成している。伸延性に優れた素材としては熱収縮チューブが挙げられる。
【0031】
そして、図4に示すように、被覆材W2によってワイヤ本体W1を覆った状態で被覆材W2を長手方向(ワイヤ本体W1の軸方向)に引き延ばして収縮させることによって、被覆材W2の内径及び肉厚を小さくしてなるワイヤ本体部W3を形成する。このワイヤ本体部W3は、被覆材W2を伸延し、内径を収縮させた状態においてワイヤ本体W1と被覆材W2の内周面との間に間隙WSを形成している。本実施形態では、直径150μmのワイヤ本体W1を適用するとともに、伸延後における被覆材W2の内径を190μmに設定している。このようなワイヤ本体部W3を図5に示すように、リング状に複数重に巻き回して束ね、端部同士を適宜の連結具W5(例えば適宜のかしめ部材)を利用して連結している。なお、複数重に束ねたワイヤ本体部W3が簡単にばらけることを防止するために、糸等で数ヶ所束ねてもよい。
【0032】
本発明に係るワイヤ部Wは、図2及び図3に示すように、ワイヤ本体W1を被覆材W2で被覆してなるワイヤ本体部W3をリング状に複数重に束ね、この束ねたワイヤ本体部W3の外周を被覆する第2被覆材W4をさらに備えている。第2被覆材W4としては、内部空間にリング状に束ねたワイヤ本体部W3全体を被包してなる袋状のもの、或いはリング状に束ねたワイヤ本体部W3の外表面に巻き付けてワイヤ本体部W3全体を覆う縒り糸が挙げられる。本実施形態では、第2被覆材W4として例えばポリエステル繊維から形成された筒状のものを適用したワイヤ部Wによって前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、端部中間リング状ワイヤ部5Aを構成するとともに、第2被覆材W4として縒り糸を巻きつけて適用したワイヤ部Wによって中間リング状ワイヤ部5(端部中間リング状ワイヤ部5Aを除く)を構成している。このような構造を有する各ワイヤ部Wは、図3に示すように、断面においてワイヤ本体部W3が集合しており、これら集合したワイヤ本体部W3を第2被覆材W4で被覆したものである。
【0033】
このようなワイヤ部Wを、各リング状ワイヤ部(前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5,5A)に適用した本実施形態に係るステントグラフト1は、図示しない適宜の移送装置によりカテーテル内に沿って人体の目的器官にまで移送され、体内に留置される。そして、体内に留置したステントグラフト1は、拍動によってステントグラフト1の径方向及び軸方向に伸縮運動する。この際、各リング状ワイヤ部(前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5,5A)として機能するワイヤ部Wは、第2被覆材W4内において複数重に束ねたワイヤ本体部W3同士が相互に継続的に擦れるが、本実施形態では、ワイヤ本体W1を被覆材W2で覆っているため、ワイヤ本体W1同士が直接接触することがなく、ワイヤ本体W1の摩耗を有効に防止することができ、ワイヤ本体W1の断裂を抑制し、擦過傷及び摩耗片の発生を防ぐことができる。また、ワイヤ本体W1を被覆材W2で覆うことにより、ワイヤ本体部W3の強度を高めることができ、長期の使用(長期に亘る収縮動作の繰り返し)にも耐え得るものとなる。
【0034】
特に、本実施形態に係るワイヤ部Wは、チューブ状をなす被覆材W2でワイヤ本体W1を覆っているため、ワイヤ本体W1を被覆材W2で被覆する作業を効率良く且つ適切に行うことができる。そして、被覆材W2として、例えば熱収縮チューブを適用することにより、被覆材W2でワイヤ本体W1を覆った後に被覆材W2を延伸してその内径を小さくすることができ、その結果、複数重に束ねたワイヤ本体部W3の嵩張りを小さくすることができる。また、被覆材W2をPTFE等の低摩擦性の素材から形成することにより、被覆材W2同士が相互に継続的に接触した場合にも被覆材W2自体の摩耗を抑制することができ、好適である。このように、内径が大きいチューブ状の被覆材W2にワイヤ本体W1を一旦挿入してから被覆材W2を延伸したのは、ワイヤ本体W1の被覆材W2による被覆を簡易に行うことができるためであるが、ワイヤ本体W1の直径よりも少しだけ太い内径の被覆材W2を適用し、この被覆材W2にワイヤ本体W1を挿通して用いても構わないのは勿論である。
【0035】
また、本実施形態に係るステントグラフト1において、ワイヤ部Wは、ワイヤ本体W1の直径を被覆材W2の内径よりも小さく設定し、ワイヤ本体W1と被覆材W2の内周面との間にあそび(間隙WS)を形成しているため、被覆材W2をワイヤ本体W1に密着させた態様と比較して、ワイヤ本体W1の動きを制限する力は小さくなり、ワイヤ本体W1の柔軟性が向上する。その結果、各拍動毎にワイヤ部W全体が血管の径の変化に応じて撓み、拍動の全ての段階において各ワイヤ部W(前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5)がそれぞれ血管の内壁に密着し、血管の内壁と各ワイヤ部W(前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5)との間のリークの発生を防止することができる。
【0036】
さらに、本実施形態では、ワイヤ部Wが、複数重に束ねたワイヤ本体部W3を覆う第2被覆材W4をさらに備えたものであるため、ワイヤ本体部W3が血管の内壁に直接接触することを防止することができるとともに、束ねたワイヤ本体部W3が不意にばらけることを防止することができる。また、ワイヤ本体部W3を第2被覆材W4で被覆することによってワイヤ本体部W3が折れ難く、丈夫なものとなる。
【実施例】
【0037】
上記実施形態で用いた医療器具用ワイヤ部Wの摩耗について以下の拍動試験装置Xを用いて検証した。
【0038】
〈試験方法及び試験条件〉
本実施例で用いる拍動試験装置Xは、人体の血管内に留置したステントグラフト1の各リング状ワイヤ部の動きに模して、リング状に形成した医療器具用ワイヤ部Wに往復振動を与える装置である。この拍動試験装置Xは、図6に示すように、リング状に形成した医療器具用ワイヤ部W(上述した前リング状ワイヤ部3、後リング状ワイヤ部4、中間リング状ワイヤ部5に相当)の一箇所を図示しない糸等によって保持可能な固定起立壁X1と、リング状に形成した医療器具用ワイヤ部Wのうち固定起立壁X1に取り付けた箇所に対向する箇所を図示しない糸等によって保持可能な振動子X2とを備え、振動子X2を振動させることによって、リング状の医療器具用ワイヤ部Wに対して、血管内にステントグラフトを留置した場合と同様又は略同様の動きを再現させるものである。
【0039】
具体的にこの拍動試験装置Xは、リング状の医療器具用ワイヤ部Wを固定起立壁X1及び振動子X2で保持した状態で、このリング状の医療器具用ワイヤ部Wに対して二方向から圧力を加えて血管内にステントグラフト1を留置した場合と同様の撓みを生じさせ、このように撓ませたリング状の医療器具用ワイヤ部Wに対して振動子X2により一方向から振動数13000/min、振幅巾3mmの振動を与えることによって、リング状の医療器具用ワイヤ部Wに対して、血管内における各リング状ワイヤ部と同様又は略同様の動きを再現させるものである。さらに、この拍動試験装置Xは、図6に示すように、振動子X2を挟んで対向する位置に固定起立壁X1を設け、各固定起立壁X1に所定箇所を保持させた2組のリング状の医療器具用ワイヤ部Wに対して共通の振動子X2により振動を与えることができる。
【0040】
このような拍動試験装置Xを用いて、リング状に形成した4種類の医療器具用ワイヤ部(検体)を2組ずつ用意し、それぞれ人体の10年間の拍動回数に相当する4億回(3週間)及び1億回(6日間)の拍動劣化試験を行った。
【0041】
〈検体〉
検体1は、直径0.15mmのニッケルチタン合金(ニチノール)製ワイヤ(本発明のワイヤ本体に相当)を7重に巻いた直径26mmの多重巻きリング状をなし、両端部をステンレススチールのパイプを利用してかしめて連結する前に、ワイヤのうち何れか一端部側の部位を束状のワイヤに巻き付けたものである。
【0042】
検体2は、直径0.15mmのニッケルチタン合金(ニチノール)製ワイヤ(本発明のワイヤ本体に相当)を7重に巻いた直径26mmの多重巻きリング状をなし、両端部をステンレススチールのパイプを利用してかしめて連結したものである。なお、検体1及び検体2はリング状に巻いて束ねたワイヤの外表面に糸を巻きつけたものである。
【0043】
検体3は、直径0.15mmのニッケルチタン合金(ニチノール)製ワイヤ(本発明のワイヤ本体に相当)を直径0.3mm、肉厚0.015mmの熱収縮PTFE製チューブ(本発明の「被覆材」に相当)を被覆して、この熱収縮PTFE製チューブを限界まで引き伸ばしてワイヤの外表面を完全に覆い、7重に巻いた直径26mmの多重巻きリング状をなし、両端部をステンレススチールのパイプを利用してかしめて連結する前に、ワイヤのうち何れか一端部側の部位を束状のワイヤに巻き付けたものである。
【0044】
検体4は、直径0.15mmのニッケルチタン合金(ニチノール)製ワイヤ(本発明のワイヤ本体に相当)に直径0.3mm、肉厚0.015mmの熱収縮PTFE製チューブ(本発明の「被覆材」に相当)を被覆して、この熱収縮PTFE製チューブを限界まで引き伸ばしてワイヤの外表面を完全に覆い、7重に巻いた直径26mmの多重巻きリング状をなし、この状態で両端部をステンレススチールのパイプを利用してかしめて連結したものである。
【0045】
検体1が従来使用していたリング状ワイヤ部であり、検体4が本発明に係る医療器具用ワイヤ部に相当するものである。検体2及び検体3はワイヤの巻き付けの影響及びPTFE被覆の効果を個別に比較検討するための補助試料である。
【0046】
〈考察結果〉
上述した簡易型拍動劣化試験装置Xを用いて、リング状の医療器具用ワイヤ部の耐久試験を施行し、実体顕微鏡(80倍)を用いて、ワイヤの磨耗の程度及び頻度について調べたところ表1に示す結果を得た。
【0047】
【表1】

【0048】
表1において「++」は「多い」、「+」は「少ない」、「−」は「無し」を意味する。検体1、検体2、及び検体3は、それぞれワイヤ自体(本発明の「ワイヤ本体」に相当)に、磨耗による長手方向(軸方向)に延びた線状の傷、飛び石状の浅い傷が確認された。ワイヤ自体の傷の深さ及び頻度の程度は何れも検体1>検体2>検体3であった。また、ワイヤのうち何れか一端部側の部位を束状のワイヤに巻き付けた検体1及び検体3には、巻き付けが原因と思われる斜め傷(長手方向に対して斜めに付いた傷)が確認された。
【0049】
一方、検体4は、熱収縮PTFE製チューブ(被覆材)に1、2ヶ所の径約200μの損傷が認められたものの、ワイヤ自体(ワイヤ本体)には摩耗による傷は全く認められなかった。
【0050】
以上のことから、被覆材W2でワイヤ本体W1を被覆することによってワイヤ本体W1相互の擦過傷を抑制・防止できることが明らかとなった。一方でワイヤ本体部W3の一部を束状のワイヤ本体部W3に巻き付けた場合には、ワイヤ本体部W3相互の擦過傷ひいてはワイヤ本体W1相互の擦過傷を招来する傾向があることが分かった。
【0051】
なお、本発明は上述した実施形態及び実施例に限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、本発明に係る医療器具用ワイヤ部Wの医療器具への適用例として円筒型のステントグラフト1を示したが、これに限らず、Y字型や枝付のステントグラフトにも適用することができる。その他、例えば図7に示すように、本発明に係る医療器具用ワイヤ部Wを狭くなった管状部分を拡張させるステント10に適用しても構わない。ステント10は、複数本の医療器具用ワイヤ部Wを網目状(メッシュ状)に編み込み、網状又はそれに類する壁構造を持つ管状体であり、ワイヤ部Wによってステント10の骨組み全体(ステント10の全体)を構成している。医療器具用ワイヤ部Wの詳細な構造は上述した通りであり、説明は省略する。なお、ワイヤ部Wをメッシュ状に形成する方法は、編み込み以外にも、複数のワイヤ部Wを適宜に組み合わせることで実現することができる。また、ステント又はステントグラフト等の医療器具の骨組みの全てをワイヤ部Wにより構成してもよいし、骨組みの一部のみをワイヤ部Wにより構成してもよい。
【0052】
また、本発明に係る医療器具用ワイヤ部Wは、拍動や呼吸等の動きに応じた柔影な動きが要求される部位に留置される医療器具の一部を構成するものとして適用することができ、上記実施形態で述べたカテーテルを用いて目的部位へ人工臓器を移植する治療方法のみでなく、外科的手術で移植される人工臓器にも用いられる。血管における人工臓器としては人工血管、ステントグラフト、ステントが挙げられる。
【0053】
また、人体における血管以外の管腔臓器、即ち気管、尿管、胆管等にもそれぞれ血管と同様の人工臓器(例えば気管であれば人工気管、気管用ステント等)が存在し、本発明の医療器具用ワイヤ部はそれらの人工臓器にも適用することができ、その他心臓人工弁や、静脈フィルター等種々の人工臓器にも適用することが可能である。
【0054】
また、ワイヤ本体の素材として、ニッケルチタン合金(ニチノール)の他、ステンレス等を適用することができる。
【0055】
また、ワイヤ本体を被覆する被覆材として、チューブ状のものに代えて、布状又はテープ状のものを適用し、これら布状又はテープ状の被覆材をワイヤ本体の外表面に巻き付けることによってワイヤ本体を被覆しても構わない。
【0056】
さらに、ワイヤ本体を被覆材で被覆した状態においてワイヤ本体に被覆材を密着させてもよい。
【0057】
また、ワイヤ本体を被覆材で覆ったワイヤ本体部を露出させた態様、つまり第2被覆材を備えていない医療器具用ワイヤ部であっても構わない。
【0058】
さらに、被覆材や第2被覆材の素材としては、PTFE、PE以外の適宜の合成樹脂素材を適用することも可能である。
【0059】
また、上述した実施形態では伸延性に優れた被覆材でワイヤ本体を被覆した後、被覆材を伸延させて被覆材自体の内径を収縮させる態様を例示したが、被覆材として、最初から内径及び肉厚が小さいチューブを用いても良い。
【0060】
その他、各部の具体的構成についても上記実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0061】
1、10…医療器具(ステントグラフト、ステント)
W(3、4、5)…医療器具用ワイヤ部(前リング状ワイヤ部、後リング状ワイヤ部、中間リング状ワイヤ部)
W1…ワイヤ本体
W2…被覆材
W4…第2被覆材
WS…間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柔軟性及び弾性を有するワイヤ部を具備し、体内に留置され得る医療器具であって、
前記ワイヤ部は、線状をなし当該医療器具の骨組みの少なくとも一部として機能するワイヤ本体と、当該ワイヤ本体の外表面を覆う被覆材とを備えたものであり、当該被覆材でワイヤ本体を覆った状態のワイヤ部を複数重に束ねていることを特徴とする医療器具。
【請求項2】
前記ワイヤ部において前記被覆材は、前記ワイヤ本体を挿通させて覆うチューブ状をなす部材である請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
前記ワイヤ部において前記被覆材は、前記ワイヤ本体の外周面と対面する内周面が滑らかである請求項2に記載の医療器具。
【請求項4】
前記ワイヤ本体の直径を、前記被覆材の内径よりも小さく設定し、前記ワイヤ本体の外表面と前記被覆材の内周面との間に間隙を形成している請求項2又は3の何れかに記載の医療器具。
【請求項5】
前記ワイヤ部において前記被覆材は、外周面が滑らかである請求項1乃至4の何れかに記載の医療器具。
【請求項6】
前記被覆材で被覆された状態で複数重に束ねてなる前記ワイヤ本体を当該被覆材の外側からさらに覆う第2被覆材を備えている請求項1乃至5の何れかに記載の医療器具。
【請求項7】
前記医療器具は、前記ワイヤ部を骨組みの少なくとも一部として有するステントグラフト又はステントである請求項1乃至6の何れかに記載の医療器具。
【請求項8】
前記ワイヤ本体を前記被覆材で被覆した状態の前記ワイヤ部をリング状に複数重に束ねることにより、又は前記ワイヤ本体を前記被覆材で被覆した状態の前記ワイヤ部をメッシュ状に形成することにより、当該ワイヤ部を前記ステントグラフト又は前記ステントの骨組みの少なくとも一部としている請求項7に記載の医療器具。
【請求項9】
当該医療器具が筒状をなすグラフト及び当該グラフトに対して複数個配設したリング状ワイヤ部を備えたステントグラフトであり、
リング状に形成した前記ワイヤ部によって前記リング状ワイヤ部の少なくとも1つを構成している請求項8に記載の医療器具。
【請求項10】
体内に留置され得る医療器具に適用されるワイヤ状の部材であって、線状をなし前記医療器具の骨組みの少なくとも一部として機能するワイヤ本体と、当該ワイヤ本体の外表面を覆う被覆材とを備え、複数重に束ねられていることを特徴とする医療器具用ワイヤ部。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−268861(P2010−268861A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−121424(P2009−121424)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(391010437)
【Fターム(参考)】