説明

単純ヘルペス感染症予防剤及び単純ヘルペス感染症予防用食品

【課題】単純ヘルペス、好ましくは口唇ヘルペスおよび陰部ヘルペスの感染症再発を防止するために有効な手段を提供すること。
【解決手段】単純ヘルペスウイルスに感染した個体に対して、メコバラミン(Mecobalamin,C63H91CoN13O14P、分子量1344.4)を有効成分として含有する単純ヘルペス感染症予防剤及び単純ヘルペス感染症予防用食品。また、単純ヘルペス感染症予防剤又は単純ヘルペス感染症予防用食品を製造するための、メコバラミンの使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は単純ヘルペス感染症の予防に有効な薬剤及び食品、単純ヘルペス感染症の予防法などに関する。
【背景技術】
【0002】
ヘルペスウイルスは二本鎖DNAをゲノムとして有する大型のウイルスである。ヘルペスウイルスの一つである単純ヘルペスウイルス(HSV)には1型(HSV-1)と2型(HSV-2)があり、これらは口唇ヘルペス及び陰部ヘルペスの原因病原体である。HSVは初感染時に皮膚又は粘膜に水疱を形成するとともに、感染後は自律神経節に潜伏し、種々の刺激によって再活性化し、口唇ヘルペスや陰部ヘルペス等を発症させる。HSV感染に対する根本的な治療法はなく、HSVに感染した個体はヘルペス感染症を繰り返し経験することになる。単純ヘルペスの再発に悩む患者は多く、現在までその防止法は無い。また妊婦の妊娠後期の再発は帝王切開の適応であり、看過した場合、児にヘルペス脳炎を発症し、重篤な後遺症を残す。
HSV感染に対する治療には現在、アシクロビルやバラシクロビル等が用いられるが、十分に治療効果が得られない症例も多い。また、同様の作用機序を有する抗ウイルス剤の多用は、ウイルスの耐性化を招来する危険性のあることが指摘されている。最近になって、ポリアミン合成経路において重要な役割を果たす酵素であるS−アデノシル メチオニン デカルボキシラーゼ(S-adenosyl methionine decarboxylase:SAMDC)の活性を抑制することが、HSV感染に対する新たな治療戦略として有望であることが報告されたが(非特許文献1)、その臨床での効果は不明である。
【0003】
【非特許文献1】Anna Greco et al :S-adenosyl methionine decarboxylase activity is required for the outcome of herpes simplex virus type 1 infection and represents a new potential therapeutic target. The FASEB Journal 19:1128-1130, July 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は単純ヘルペス感染症の再発を防止するために有効な手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題に鑑みて鋭意検討した結果、メコバラミンを連続して服用することによって単純ヘルペス感染症の再発を有意に防止できることを見出した。即ち、単純ヘルペス感染症の再発の防止にメコバラミンが極めて有効であることを見出した。
本発明は上記知見に基づくものであり、以下の単純ヘルペス感染症予防剤及び単純ヘルペス感染症予防用食品等を提供する。
[1]メコバラミンを有効成分として含有する、単純ヘルペス感染症予防剤。
[2]前記単純ヘルペス感染症が口唇ヘルペス又は陰部ヘルペスである、[1]に記載のヘルペス症予防剤。
[3]メコバラミンを含有する、単純ヘルペス感染症予防用食品。
[4]単純ヘルペスウイルスに感染した個体に対してメコバラミンを投与するステップを含む、単純ヘルペス感染症予防法。
[5]単純ヘルペス感染症予防剤又は単純ヘルペス感染症予防用食品を製造するための、メコバラミンの使用。
【発明の効果】
【0006】
本発明の単純ヘルペス感染症予防剤及び単純ヘルペス感染症予防用食品は、メコバラミンの作用によって単純ヘルペス感染症の再発を効果的に防止する。重篤な副作用のないメコバラミンが使用される結果、本発明の単純ヘルペス感染症予防剤などは継続的又は長期的な使用に適したものであり、長期間に亘って単純ヘルペス感染症の再発を防止することに有効な手段となる。尚、神経保護作用を有するメコバラミンは専ら神経系の疾患の治療薬として使用されてきた。本発明によって、メコバラミンの新規用途が提供されることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
(用語)
本明細書において用語「単純ヘルペス感染症」とは、単純ヘルペスウイルスが感染することによって発症する疾患をいう。
本明細書において「単純ヘルペス感染症予防、又は単純ヘルペス感染症を予防する」とは、潜伏感染した単純ヘルペスが再活性化することによって単純ヘルペス感染症が再発することを防止ないし抑制すること(結果として単純ヘルペス感染症の症状が現れないこと、及び発症の頻度や症状の重症度(発症領域や持続期間など)が低下することを含む)、又は単純ヘルペス感染症の再発による症状の悪化を防止ないし抑制することをいう。また、用語「単純ヘルペス感染症予防剤」とは、ここで定義される「単純ヘルペス感染症予防」に有効な薬剤をいう。同様に「単純ヘルペス感染症予防用食品」とは、ここで定義される「単純ヘルペス感染症予防」に有効な食品をいい、「単純ヘルペス感染症予防法」とは、ここで定義される「単純ヘルペス感染症予防」を実現する方法をいう。本発明の単純ヘルペス感染症予防剤、単純ヘルペス感染症予防用食品及び単純ヘルペス感染症予防法は特に、単純ヘルペス感染症の再発防止に有効と考えられる。
本明細書において「単純ヘルペスウイルスに感染した個体」とは、単純ヘルペスウイルスの感染経験のある個体をいい、単純ヘルペスウイルスが潜伏感染している個体、及び潜伏感染していた単純ヘルペスウイルスが再活性化し、単純ヘルペス感染症が発症している個体を含む。本明細書における「個体」は特に限定されず、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好適には、本発明における個体はヒトである。
【0008】
(単純ヘルペス感染症予防剤)
本発明の第1の局面はメコバラミンを有効成分として含有する、単純ヘルペス感染症予防剤(以下、「本発明の薬剤」ともいう)に関する。
本発明の有効成分であるメコバラミン(C6391CoN1314P、分子量1344.4)は補酵素型ビタミンB12の一種である。生体ではホモシステインからメチオニンを合成するメチル基転移反応に重要な役割を果たす。本発明で使用するメコバラミンは例えば公知の方法で調製することができる。例えば、特公昭45−38059号公報にはシアノコバラミンを原料とした還元反応及びメチル化反応でメコバラミンを製造する方法が開示されており、同様に国際公開第01/042271号パンフレットや国際公開第02/0988896号パンフレットにはシアノコバラミン又はヒドロキシコバラミンを原料とした還元反応及びメチル化反応でメコバラミンを製造する方法が開示されている。市販のメコバラミン製剤(例えば、エーザイ株式会社(東京、日本)よりメチコバール(登録商標)の名称で市販される)を使用することにしてもよい。
【0009】
本発明の薬剤の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0010】
本発明の薬剤中における有効成分(メコバラミン)の含量は一般に剤型によって異なるが、所望の投与量を達成できるように例えば約0.001重量%〜約100重量%とする。
本発明の活性化剤を製剤の形態(例えば抗腫瘍剤)で提供する場合の剤型も特に限定されず、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤(点滴用を含む)、外用剤、及び座剤などとして調製できる。
【0011】
(食品)
本発明の第2の局面はメコバラミンの食品への適用に関し、メコバラミンが添加された単純ヘルペス感染症予防用食品が提供される。本発明の食品はメコバラミンを含有し、単純ヘルペス感染症の予防に有効である。また、食品に添加するという使用形態によって、メコバラミンを日常的且つ継続的に摂取することが容易となる。従って、メコバラミンが添加された食品の提供は、単純ヘルペス感染症の効果的な予防に貢献する。本発明の食品は、単純ヘルペスウイルスに感染した個体に対して使用される。
【0012】
本発明での「食品」の例としてパン、米、食肉、食肉加工品、野菜加工品、菓子類、飲料(アルコール飲料を含む)などの一般食品、機能性食品ないし健康食品、栄養補助食品(栄養ドリンクやサプリメント)、食品添加物、飼料等を挙げることができる。栄養補助食品の場合、粉末、顆粒末、タブレット、ペースト、液体等の形状で提供することができる。食品への添加物として使用する場合のメコバラミンの添加量は予防的効果が期待できる量にすることが好ましい。添加量は、それが使用される対象となる個体の病状、健康状態、年齢、性別、体重などを考慮して定めることができる。
【0013】
(単純ヘルペス感染症の予防法)
本発明は更に単純ヘルペス感染症の予防法を提供する。本発明の予防法では、単純ヘルペスウイルスに感染した個体(対象)に対してメコバラミンが投与される。メコバラミンの投与形態として、本発明の薬剤の投与、及び本発明の食品の摂取を例示することができる。本発明の薬剤を使用する場合の投与経路は特に限定されず例えば経口、静脈内、皮内、皮下、リンパ節内、筋肉内、腹腔内、経皮、経粘膜などを挙げることができる。これらの投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる(例えば、経口投与と同時に又は所定時間経過後に静脈注射等を行う等)。
本発明の薬剤の投与量は症状、投与対象(個体)の年齢、性別、及び体重などによって異なるが、当業者であれば予備実験(細胞又はモデル動物を用いた実験など)の結果や臨床試験の結果を踏まえて適宜適当な投与量を設定することが可能である。投与スケジュールとしては例えば一日一回〜数回、二日に一回、三日に一回、四日に一回、一週間に一回、二週間に一回などを採用できる。投与スケジュールの設定においては、投与対象(個体)の病状や薬効の持続時間などを考慮することができる。
【0014】
本発明の予防法の好適な適用対象として妊婦が例示される。妊婦後期に単純ヘルペス感染症が再発した場合、児への感染を防止するため帝王切開での出産が選択される。帝王切開には出血量が多くなることや、癒着のリスクが伴うこと、更には術中・術後の合併症のおそれがあることなど、多くの短所が指摘されている。また、単純ヘルペス感染症の再発を看過して自然分娩に臨んだ場合、分娩時に感染することによって児がヘルペス脳炎を発症し、重篤な後遺症を残す確率が高い。本発明の予防法を妊婦に適用することによって単純ヘルペス感染症の再発を抑止しておけば、児への感染のおそれのない状態で自然分娩による出産が可能となる。
妊婦への使用態様の一例として、単純ヘルペス感染症の出産直前の再発を回避するために、例えば妊娠30週を越える頃からメコバラミンを定期的に使用することが挙げられる。メコバラミンについて重篤な副作用は報告されていないことから、長期間に亘って継続的に使用することに問題はないと考えられる。そこで例えば妊娠後の比較的早い段階(例えば妊娠直後〜妊娠10週目)にメコバラミンの使用を開始するようにしてもよい。
【0015】
単純ヘルペス感染症の再発前に本発明の予防法を適用し、再発を未然に防ぐことが好ましいが、単純ヘルペス感染症の再発後に本発明の予防法を適用することを妨げない。即ち、本発明の一態様では、単純ヘルペス感染症が再発した個体に対してメコバラミンを投与し、重症化の抑止や治癒の促進などを図る。この場合のメコバラミンの投与方法としては、患部への直接投与(例えば軟膏剤の塗布など)が効果的であるといえる。
【0016】
尚、本明細書で特に言及しない事項(条件、操作方法など)については常法に従えばよく、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)、Current protocols in Immunology, John Wiley & Sons Inc等を参考にすることができる。
【実施例】
【0017】
<単純ヘルペス感染症の再発防止に対するメコバラミンの作用・効果>
神経障害治療に効果のあるメコバラミン(VitB12)が、治療に抗して再発する単純ヘルペス感染症の再発を防止できるかについて以下の方法で検討した。
1.方法
外陰部及び口唇に単純ヘルペス症が従来の治療によっても毎年頻回発生する患者7人に同意の下、メチコバール(メコバラミン製剤、登録商標、エーザイ株式会社)を毎日1〜3錠(メコバラミン500μg/錠)を経口投与した。その後1年以上追跡し、単純ヘルペス症の発生頻度の増減をみた。
【0018】
2.結果
外陰ヘルペスを発生した患者は1年間全く再発しなかった。さらに口唇ヘルペスを繰り返す患者(2〜3回/年)も同様の服薬により1年間に1度も発生をみなかった。2名の患者は服薬後に発疹を再発したが、後の抗原検査の結果、当該患者が発症したのは単純ヘルペスではなく、帯状疱疹であった。尚、単純ヘルペスの再発が認められなかった患者において服薬を中止すると単純ヘルペスが再発した。少量投与で再発した場合、増量により再発防止可能であった。但し、服薬を長期間にわたって中止しない限り、再発したとてしも症状は軽度であった。
以上のように、メコバラミンの使用によってほぼ100%の成績で単純ヘルペス感染症の再発を防止することができた。
単純ヘルペス1、2型はともに1回発症すると、その都度の治療にも関わらず2〜3週間治療に日数がかかる。単純ヘルペス感染症に対して、様々な抗ウイルス製剤が用いられているが、どれも一時的であり完全治療するには至ったものはない。メコバラミンは神経損傷の治療に有効なビタミンとして認識されている。我々の検討の結果、驚くべきことに、メコバラミンが単純ヘルペス感染症の再発防止に極めて有効であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の単純ヘルペス感染症予防剤及び単純ヘルペス感染症予防用食品は、潜伏感染した単純ヘルペスウイルスが再活性化することによる、口唇ヘルペスや陰部ヘルペス等の再発を抑止することに使用される。
【0020】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メコバラミンを有効成分として含有する、単純ヘルペス感染症予防剤。
【請求項2】
前記単純ヘルペス感染症が口唇ヘルペス又は陰部ヘルペスである、請求項1に記載のヘルペス症予防剤。
【請求項3】
メコバラミンを含有する、単純ヘルペス感染症予防用食品。
【請求項4】
単純ヘルペスウイルスに感染した個体に対してメコバラミンを投与するステップを含む、単純ヘルペス感染症予防法。
【請求項5】
単純ヘルペス感染症予防剤又は単純ヘルペス感染症予防用食品を製造するための、メコバラミンの使用。

【公開番号】特開2008−247790(P2008−247790A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−89969(P2007−89969)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000125381)学校法人藤田学園 (19)
【Fターム(参考)】