説明

四重極型質量分析装置

【課題】スキャン測定時に信号強度の小さなピークを見落とすおそれがある。
【解決手段】質量走査時に四重極に印加する電圧を決める質量走査設定テーブル371に、質量範囲を複数に区切った質量領域毎に質量分解能データを記憶できるようにし、DC生成部34は質量分解能データをD/A変換した電圧を四重極に印加する直流電圧値Uに反映させる。これにより、1回の質量走査中に任意の質量領域で質量分解能を下げることが可能となる。質量分解能を下げるとバンド幅が広がって信号強度が高くなるためピークの見落としがなくなり、ピークの幅は広がるもののピークの重心位置は安定するため質量算出精度は向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分離器として四重極質量フィルタを備える四重極型質量分析装置に関し、さらに詳しくは、所定質量範囲に亘る質量走査を繰り返すスキャン測定を行う四重極型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分離器として四重極質量フィルタを利用した四重極型質量分析装置では、中心軸を取り囲むように互いに平行に配置された4本のロッド電極に印加する電圧により、四重極質量フィルタを通過する、つまりは選別されるイオンの質量数が決まる。具体的には、4本のロッド電極の中で、中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極に+(U+V・cosωt)、他の2本のロッド電極に−(U+V・cosωt)なる、直流電圧(U)に高周波電圧(V・cosωt)を重畳させた電圧を印加する。この場合、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを変更することにより、4本のロッド電極で囲まれる空間を通り抜け得るイオンの質量数が変化する(特許文献1など参照)。
【0003】
所定の質量範囲に亘る質量走査を行うには、一般に、U/Vを一定に保ってUとVとを時間経過に伴って変化させる。また、例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフの検出器として質量分析装置を用いる場合には、時間経過に伴って順次得られる試料中の各種成分を検出するために、所定質量範囲に亘る質量走査を繰り返すスキャン測定が行われる。スキャン測定によって得られる検出信号に基づいて横軸に質量数(質量電荷比m/z)、縦軸にイオン強度(信号強度)をとった質量スペクトルを作成することができる。
【0004】
上記のような質量分析装置では、分析対象成分が微量であると信号強度が小さく、質量スペクトル上に現れるピークの波形形状が乱れてそのピークの重心位置が変化する。その結果、そのピークに対応した質量数が実際のものから変化してしまい、質量数の算出精度が悪くなる。また、信号強度がさらに小さいと質量スペクトル上で明確なピークとして検知しにくくなり、成分の検出見逃しが起こるおそれがある。
【0005】
上記のような問題を解決するための一つの方法としてスキャン測定時の質量分解能を下げることが考えられる。即ち、質量分解能は検出バンド幅を左右し、質量分解能を高くすると検出バンド幅が狭くなるため質量スペクトル上でピーク形状は鋭くなるものの信号強度は相対的に低くなる。逆に、質量分解能を下げれば信号強度は相対的に高くなる。しかしながら、質量分解能を下げると、当然のことながら、質量数が近接しているピークが存在する場合にその分離ができなくなるおそれがある。
【0006】
【特許文献1】特開平10−27570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、スキャン測定を行う際に相対的に信号強度が低いイオンについてはその検出感度を高め、相対的に信号強度が高いイオンについては分離性能を高めることができる四重極型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明は、質量分離器として四重極質量フィルタを備え、該四重極質量フィルタに印加する電圧を変化させることで所定質量範囲に亘る質量走査を行う四重極型質量分析装置において、
a)直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧を前記四重極質量フィルタに印加する四重極駆動手段と、
b)所定質量範囲内の各質量数に対応して又は所定質量範囲を複数に区分した各質量領域毎に質量分解能に関する情報を格納しておく記憶手段と、
c)質量走査の際に、前記記憶手段に格納されている情報に基づいて質量分解能を切り替えるように前記直流電圧及び/又は高周波電圧の変化を調整するべく前記四重極駆動手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
即ち、従来の四重極型の質量分析装置では、或る質量範囲を走査する間の質量分解能は一定であり、それ故に質量バンド幅から決まる検出感度は一定であった。それに対し、この発明に係る四重極型質量分析装置では、所定の質量範囲内の各質量数に対応して又はその質量範囲を複数に区分した各質量領域毎に質量分解能に関する情報を格納する記憶手段を設けておき、制御手段は、質量走査を行う際に分析しようとしている質量数又は該質量数が含まれる質量領域に対応付けられている上記情報を記憶手段から読み出し、これに基づいて質量分解能を切り替えるべく直流電圧及び/又は高周波電圧の変化を調整するように四重極駆動手段を制御する。これにより、四重極駆動手段により印加される電圧に応じて四重極質量フィルタを通過し得るイオンについての質量分解能は、一回の質量走査の範囲内で変化することになる。
【0010】
質量分解能が相対的に低い質量領域では検出感度が向上するため、分析対象の成分が微量であっても検出器で取得される信号強度が相対的に高くなり、質量スペクトル上でのピーク形波形状を安定させることができる。それにより、微量成分に対するピークの重心位置(質量数)が安定し、このピークから求まる質量数の算出精度を向上させることができる。また、高い質量分解能ではピークが存在するか否か分からない程度に低い信号強度であるような場合でも、上述のように検出感度を上げることによりピークの存在が明確になる。これにより、成分の検出見逃しを減らし、定性分析精度の向上に有効である。
【0011】
一方、質量分解能が相対的に高い質量領域では検出感度は相対的に低いものの、隣接するピークの分離性能は向上する。したがって、例えば十分に高い信号強度が得られるような成分についての質量数の算出精度が向上し、質量数が近接した異なる複数の成分を確実に捉えることが可能となる。
【0012】
上述のように質量分解能の高低によって利点が相違するから、分析対象の試料に含まれる複数の成分についてその含有量が微量であることが予測できる又は分かっている場合には、その成分に対応した質量数の近傍の質量領域では質量分解能を低くし、それ以外の質量領域では質量分解能を高くするように予め設定しておくとよい。但し、ユーザー自身がこうした設定を行うことは面倒でもあり、また含有成分の種類が全く未知であるような場合にはそうした設定は行えない。
【0013】
そこで、本発明に係る四重極型質量分析装置の一実施態様として、予め所定質量範囲に亘る質量走査を行って得られる信号強度を調べ、その結果に基づいて信号強度の低いものについて質量分解能を相対的に下げるように前記記憶手段に格納する情報を生成する自動調整手段をさらに備える構成とするとよい。
【0014】
この構成によれば、高質量分解能では低い信号強度しか得られないような成分が試料に含まれていた場合でも、その成分を見逃すことなく確実に検出することができる。また、近い質量数を有する別の成分が含まれていなければ、上記成分の質量数も高い精度で算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の一実施例である四重極型質量分析装置を図面を参照して説明する。図1はこの四重極型質量分析装置の全体構成図である。本実施例の質量分析装置はLC/MSの一部であり、イオン化部として大気圧イオン化法の1つであるエレクトロスプレイイオン化法を利用したものである。
【0016】
図1において、図示しない液体クロマトグラフのカラム出口端に接続されたノズル12が配設されたイオン化室11と、プレ四重極質量フィルタ22、主四重極質量フィルタ23、及び検出器24が配設された分析室21との間に、それぞれ隔壁で隔てられた第1中間真空室14と第2中間真空室18とが設けられている。イオン化室11と第1中間真空室14との間は細径の脱溶媒パイプ13を介して連通しており、第1中間真空室14と第2中間真空室18との間はスキマー16の頂部に設けられた極小径の通過孔(オリフィス)17を介して連通しており、第2中間真空室18と分析室21との間は隔壁20に設けられた小開口を介して連通している。
【0017】
イオン源であるイオン化室11の内部は、ノズル12から連続的に供給される液体試料の気化分子によりほぼ大気圧雰囲気(約105[Pa])になっており、次段の第1中間真空室14の内部はロータリポンプ27により約102[Pa]の低真空状態まで真空排気される。また、その次段の第2中間真空室18の内部はターボ分子ポンプ28により約10-1〜10-2[Pa]の中真空状態まで真空排気され、最終段の分析室21内は別のターボ分子ポンプ29により約10-3〜10-4[Pa]の高真空状態まで真空排気される。即ち、イオン化室11から分析室21に向かって各室毎に真空度を段階的に高くした多段差動排気系の構成とすることによって、最終段の分析室21内を高真空状態に維持している。
【0018】
第1中間真空室14及び第2中間真空室18の内部にはそれぞれ構造は相違するものの、いずれもイオンを後段に効率良く輸送するためのイオン光学系が配設されている。即ち、第1中間真空室14内には複数(4枚)の板状電極を傾斜状に3列に配置した第1レンズ電極15が設けられており、この電極15により形成する電場によって脱溶媒パイプ13を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー16のオリフィス17近傍に収束させる。また第2中間真空室18内には、イオン光軸Cを取り囲むように8本のロッド電極を配置したオクタポール型の第2レンズ電極19が設けられており、これによりイオンは収束されて分析室21へと送られる。
【0019】
第1レンズ電極15、第2レンズ電極19、四重極質量フィルタ22、23にはそれぞれ電源部31、32、33より所定の電圧が印加され、特に四重極質量フィルタ22、23には、選別する質量数に応じて、RF生成部36で生成された所定の高周波電圧VcosωtとDC生成部34で生成された所定の直流電圧Uとが合成部35で加算された電圧±(U+V・cosωt)が印加されるようになっている。これら電源部31、32、33などの動作はマイクロコンピュータを中心に構成される制御部30により統括的に制御される。なお、図1に記載のもの以外にも、各部には所定の電圧(主として直流電圧)が印加されるようになっているが、図面が繁雑になるため記載を省略している。
【0020】
次に、本実施例の四重極型質量分析装置の動作を概略的に説明する。ほぼ連続的に供給される液体試料はノズル12の先端から電荷を付与されながらイオン化室11内に噴霧(エレクトロスプレイ)され、液滴中の溶媒が蒸発する過程で試料分子はイオン化される。イオンが入り混じった微細液滴はイオン化室11と第1中間真空室14との差圧により脱溶媒パイプ13中に引き込まれ、加熱されている脱溶媒パイプ13を通過する過程でさらに溶媒の気化が促進されてイオン化が進む。第1中間真空室14内に配設された第1レンズ電極15により形成される電場の助けを受けてイオンは第1中間真空室14内に入り、収束されてオリフィス17を通して第2中間真空室18に送られる。
【0021】
第2中間真空室18内ではオクタポール型の第2レンズ電極19により形成される電場の作用により、さらにイオンは収束されて分析室21へと送られる。分析室21内では、各ロッド電極に印加されている電圧により決まる特定の質量数を有するイオンのみが、四重極質量フィルタ22、23の長軸方向の空間を通り抜け、それ以外の質量数を持つイオンは途中で発散する。そして、四重極質量フィルタ22、23を通り抜けたイオンは検出器24に到達し、検出器24ではそのイオン量に応じたイオン強度信号を出力する。なお、検出器24による検出信号はデジタルデータに変換されて、図示しないデータ処理装置に入力され、そこで所定のデータ処理が実行される。
【0022】
本実施例の四重極型質量分析装置では、電源部33より四重極質量フィルタ22、23に印加する電圧±(U+V・cosωt)のU/Vの関係を一定に保ちつつ、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを走査することにより質量走査が行えるようになっている。その際に、直流電圧値Uの走査を特徴的に制御することにより、1回の質量走査の間に質量分解能を変化することができるようにしている。この点について次に説明する。
【0023】
図2はDC生成部34の詳細ブロック構成図、図3は分析条件データ記憶部37に含まれる質量走査設定テーブル371の記憶情報を示す模式図である。質量走査設定テーブル371には、本装置で測定可能な最小質量数と最大質量数との間の質量範囲の各質量数を有するイオンが四重極質量フィルタ22、23を通過する条件である電圧Y1を決める質量走査基準データx1が各質量数m/zに対応して格納されている。さらに、同様に各質量数m/zに対応して質量分解能を決める質量分解能データx2も格納されている。
【0024】
質量走査を行う際に制御部30は質量走査設定テーブル371から各質量数に応じた質量走査基準データx1及び質量分解能データx2を読み出し、前者を第1DAC(デジタル/アナログ変換部)341に、後者を第2DAC342に与える。また、第3DAC343には質量走査時に一定である規定のオフセット値が与えられる。第1DAC341は与えられた質量走査基準データx1をアナログ電圧Y1に変換して出力し、第2DAC342は与えられた質量分解能データx2をアナログ電圧に変換して所定の係数を乗じた電圧Y2を出力し、第3DAC343は与えられたオフセット値をアナログ電圧に変換したオフセット電圧Y3を出力する。電圧Y2とオフセット電圧Y3とは加算アンプ344で加算され、これに加算アンプ345で電圧Y1を加算し、さらに加算アンプ346でバイアス電圧Y6を加算することで直流電圧値Uが生成される。なお、ここでは詳しく記載していないが、各加算アンプ344、345、346では、その加算の際の比が適宜に設定されている。
【0025】
従来の四重極型質量分析装置では、質量走査設定テーブルとして質量分解能データx2が用意されておらず、DC生成部で生成される電圧Y2は、図4に示すように質量数の増加に応じて単調増加する電圧Y1に対し一定比率で同様に単調増加する関係となっている。これに対し、本実施例による四重極型質量分析装置では、各質量数毎(又は質量範囲を適宜に区切った質量領域毎)に任意の質量分解能データを設定しておくことができ、そのデータをD/A変換した電圧が電圧Y4に反映されるので、図4に示すように電圧Y1に対して一定比率の関係とはならなくなる。
【0026】
これにより、例えば図5に示すマススペクトルにおいて質量範囲Mの中を3つに区分した各質量領域M1、M2、M3についてそれぞれ異なる質量分解能を設定することが可能となる。いま、質量領域M2で質量領域M1、M3よりも質量分解能を低くすれば、質量領域M2においてはバンド幅が広がるため、図5中に点線で描いたようにピークP2の裾は広がるもののピークトップは高くなり、それ故にピークの重心の位置は安定して結果的に質量数を正確に求めることができる。
【0027】
なお、質量分解能データを適宜に設定することにより質量走査時の質量分解能を変えることが可能であるが、実用的には、マススペクトル上での信号強度が非常に小さくピークとして認識することが難しいような場合に特に有用である。そこで、各部に印加する電圧を調整する自動調整(オートチューニング)を実行する際に、所定質量範囲に亘る質量走査を行って得られる信号強度を調べ、その結果に基づいて、例えば規定の閾値よりも信号強度の低いピークがあると推定し得る質量領域を見つけ、その質量領域に対して質量分解能を下げるように質量分解能データを生成する機能を付加するとよい。
【0028】
なお、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行なえることは明らかである。例えば、DC生成部34の回路構成は一例であり、適宜に変更しても同様の機能を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施例による四重極型質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例による四重極型質量分析装置におけるDC生成部の詳細ブロック構成図。
【図3】分析条件データ記憶部に含まれる質量走査設定テーブルの記憶情報を示す模式図。
【図4】DC生成部の動作を説明するための図。
【図5】本実施例による四重極型質量分析装置の特徴的な動作の効果を説明するための図。
【符号の説明】
【0030】
11…イオン化室
12…ノズル
13…脱溶媒パイプ
14…第1中間真空室
15…第1レンズ電極
16…スキマー
17…オリフィス
18…第2中間真空室
19…第2レンズ電極
20…隔壁
21…分析室
22…プレ四重極質量フィルタ
23…主四重極質量フィルタ
24…検出器
30…制御部
31、32、33…電源部
34…DC生成部
341、342、343…デジタル/アナログ変換部(DAC)
344、345、346…加算アンプ
35…合成部
36…RF生成部
37…分析条件データ記憶部
371…質量走査設定テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分離器として四重極質量フィルタを備え、該四重極質量フィルタに印加する電圧を変化させることで所定質量範囲に亘る質量走査を行う四重極型質量分析装置において、
a)直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧を前記四重極質量フィルタに印加する四重極駆動手段と、
b)所定質量範囲内の各質量数に対応して又は所定質量範囲を複数に区分した各質量領域毎に質量分解能に関する情報を格納しておく記憶手段と、
c)質量走査の際に、前記記憶手段に格納されている情報に基づいて質量分解能を切り替えるように前記直流電圧及び/又は高周波電圧の変化を調整するべく前記四重極駆動手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
【請求項2】
予め所定質量範囲に亘る質量走査を行って得られる信号強度を調べ、その結果に基づいて信号強度の低いものについて質量分解能を相対的に下げるように前記記憶手段に格納する情報を生成する自動調整手段をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の四重極型質量分析装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−323838(P2007−323838A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−149881(P2006−149881)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】