説明

固体高分子電解質膜及びその製造方法、並びに燃料電池

【課題】 耐久性に優れる固体高分子電解質膜を低コストで提供する。
【解決手段】 フッ素系樹脂からなる薄膜に放射線を照射し、下記式で表されるスチレン誘導体及びラジカル反応性モノマーをグラフト重合させた後、前記スチレン誘導体のハロゲン原子をスルホン酸基で置換することにより、炭化水素鎖を介してスルホン酸基が導入されたベンゼン環がグラフトされた固体高分子電解質膜を得る。
【化4】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体高分子電解質膜及びその製造方法、並びに燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質膜を用いた燃料電池は、作動温度が100℃以下と低く、そのエネルギー密度が高いことから、電気自動車の電源や電気・電子機器用の簡易補助電源、家庭用定置電源などにおいて実用化が期待されている。この固体高分子電解質型燃料電池においては固体高分子電解質膜、白金系の触媒、ガス拡散電極、及び固体高分子電解質膜とガス拡散電極との接合体などに関する重要な要素技術がある。中でも、燃料電池としての良好な特性を有する固体高分子電解質膜の開発は最も重要な技術の一つである。
【0003】
固体高分子電解質膜型燃料電池においては、固体高分子電解質膜の両面にガス拡散電極が複合されており、固体高分子電解質膜とガス拡散電極とは実質的に一体構造になっている。このため、固体高分子電解質膜はプロトンを伝導するための電解質として作用し、また、加圧下においても燃料である水素やメタノールと酸化剤とを直接混合させないための隔膜としての役割も有する。このような固体高分子電解質膜としては、電解質としてプロトンの移動速度が大きくイオン交換容量が高いこと、電気抵抗を低く保持するために保水性が一定でかつ高いことが要求される。一方、隔膜としての役割から、膜の力学的な強度が大きいこと、及び寸法安定性が優れていること、長期の使用に対する化学的な安定性に優れていること、燃料である水素ガスやメタノール、酸化剤である酸素ガスに対して過剰な透過性を有しないことなどが要求される。
【0004】
初期の固体高分子電解質膜型燃料電池では、スチレンとジビニルベンゼンとを共重合させて製造した炭化水素系樹脂のイオン交換膜が電解質膜として使用された。しかし、この電解質膜は、耐久性が非常に低いため実用性に乏しく、その後はデュポン社によって開発されたフッ素樹脂系のパーフルオロスルホン酸膜「ナフィオン(デュポン社登録商標)」等が一般に用いられてきた。
【0005】
しかしながら、「ナフィオン」等の従来のフッ素樹脂系電解質膜は、化学的な耐久性や安定性には優れているが、メタノールを燃料とする直接メタノール型燃料電池(DMFC)ではメタノールが電解質膜を通過するクロスオーバー現象が生じ、出力が低下する問題があった。
【0006】
さらに、フッ素樹脂系電解質膜はモノマーの合成から出発するために、製造工程が多くコストが高くなる問題があり、実用化する場合の大きな障害になっている。
【0007】
そのため、前記「ナフィオン」等に替わる低コストの電解質膜を開発する努力が行われてきており、放射線グラフト重合法により、フッ素系樹脂からなる薄膜にスチレンやジビニルベンゼンをグラフトし、その後スルホン化することにより固体高分子電解質膜を作製する方法が提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0008】
また、更なる耐久性の向上に対する要望は強く、フェノール樹脂やポリエーテルエーテルスルホンに、アルキレンを介してスルホン酸基を導入する方法も提案されている(例えば、特許文献4及び特許文献5参照)。同様の技術として、クロロメチルスチレンをグラフト重合する方法も提案されている(例えば、特許文献6、非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0009】
【特許文献1】特開2001-348439号公報
【特許文献2】特開2002-313364号公報
【特許文献3】特開2003-82129号公報
【特許文献4】特開2004-39557号公報
【特許文献5】特開2004-152776号公報
【特許文献6】特開平11-135137号公報
【非特許文献1】M.Komatsu et al.,日本イオン交換学会誌 vol.14, pp41-44, 2003
【非特許文献2】A.W.Trochimczuk and S.D.Alexandratos , Journal of Applied Polymer Science vol.52, pp1273-1277, 1994
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
更なる耐久性の向上を図る上記の特許文献4〜6及び非特許文献1〜2は、何れも放射線グラフト重合法ではなく、製造プロセスが複雑で、コスト面で有利とはいえない。そこで、本発明は、耐久性に優れる固体高分子電解質膜を低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するために鋭意検討を行った結果、耐久性の向上のために従来と同様に炭化水素鎖を介してスルホン酸基を導入するとともに、低コスト化を図るために放射線グラフト重合法が有効であることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は下記に示す固体高分子電解質膜及びその製造方法、並びに燃料電池である。
(1)フッ素系樹脂からなる薄膜に放射線を照射し、下記式で表されるスチレン誘導体及びラジカル反応性モノマーをグラフト重合させた後、前記スチレン誘導体中のハロゲン原子をスルホン酸基で置換することを特徴とする固体高分子電解質膜の製造方法。
【0013】
【化2】

【0014】
(2)Xが塩素原子であるスチレン誘導体を用いることを特徴とする上記(1)記載の固体高分子電解質の製造方法。
(3)上記(1)または(2)に記載の製造方法により得られ、炭化水素鎖を介してスルホン酸基が導入されたベンゼン環がグラフトされていることを特徴とする固体高分子電解質膜。
(4)上記(3)に記載の固体高分子電解質膜が燃料極と空気極との間に設けられていることを特徴とする燃料電池。
【0015】
スチレンのベンゼン環にスルホン酸基が直接導入されると、スルホン酸基が脱離しやすく十分な耐久性が得られない。これに対し、炭化水素鎖を有するスチレン誘導体の炭化水素鎖にスルホン酸基を導入することにより、スルホン酸基が脱離し難くなり耐久性を高めることができる。また、放射線グラフト重合法を採用するため、低コストとなる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐久性に優れる固体高分子電解質膜を低コストで提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0018】
本発明の固体高分子電解質膜は、フッ素系樹脂からなる薄膜(フィルムやシート)を出発材料とする。膜厚は一般的な固体高分子電解質膜と同様でかまわず、10μm〜200μmが好ましく、20μm〜100μmが好ましい。膜厚が10μm未満では破損しやすく、200μmを越えると電気抵抗が大きくなり好ましくない。尚、フッ素系樹脂を薄膜にする方法としては、押出成形が簡便である。
【0019】
また、フッ素系樹脂の種類にも制限がないが、膜物性に優れ、更に放射線グラフト重合法に適することから、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル系共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン系共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体が好ましい。これら樹脂はそれぞれ単独で使用してもよく、適宜組み合わせて使用してもよい。
【0020】
上記のフッ素系樹脂薄膜は、先ず、N、He、Arなどの不活性ガス雰因気中、室温にて、放射線が照射される。放射線としては、電子線、γ線、X線が好ましく、電子線が特に好ましい。照射量は、放射線の種類、更にはフッ素系樹脂薄膜の種類及び膜厚にもよるが、例えば、上記のフッ素系樹脂薄膜に電子線を照射する場合1〜200kGyが好ましく、1〜100kGyがより好ましい。
【0021】
次いで、上記の放射線照射されたフッ素系樹脂薄膜には、下記式で表されるスチレン誘導体及び重合性モノマーがグラフトされる。
【0022】
【化3】

【0023】
尚、Xはハロゲン原子であり、Rは炭素数1〜10の炭化水素基である。このようなスチテン誘導体としては、クロロメチルスチレン、クロロエチルスチレン、クロロプロピルスチレン、クロロブチルスチレン、クロロペンチルスチレン、クロロエキシルスチレン、ブロモメチルスチレン、ブロモエチルスチレン、ブロモプロピルスチレン、ブロモブチルスチレン、ブロモペンチルスチレン、ブロモヘキシルスチレン等を挙げることができる。中でも、Xが塩素原子のものが好ましい。
【0024】
重合性モノマーとしてはジビニルベンゼン、シアヌル酸トリアリル、メチレンジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、N,N’-メチレンビスアクリルアミド、N,N’-エチレンビスアクリルアミド、N,N’-ヘキサメチレンビスアクリルアミド、ビスフェノールジ(メタ)アクリレート、イソシアヌ酸ジ(メタ)アクリレート等が好ましく、それぞれ単独で、もしくは混合物として使用できる。
【0025】
グラフト化の方法は、例えば、スチレン誘導体及び重合性モノマーを含む溶液に放射線照射されたフッ素系樹脂薄膜を浸漬し、窒素雰囲気下で50〜60℃に5〜20時間加熱すればよい。また、グラフト率は、10〜50%が好ましい。
【0026】
尚、グラフト化されたフッ素系樹脂薄膜は、表面の分解分や未反応物を除去するため、トルエンやアセトン等を用いて洗浄し、真空乾燥することが好ましい。
【0027】
次いで、グラフト化されたフッ素系樹脂薄膜に、スルホン酸基を導入して本発明の固体高分子電解質膜が得られる。スルホン酸基の導入方法は、従来と同様でかまわず、例えば、亜硫酸水素ナトリウムやクロルスルホン酸、フルオロスルホン酸と接触させればよい。これにより、スチレン誘導体中のハロゲン原子がスルホン酸基と置換される。
【0028】
本発明の固体高分子電解質膜は、スルホン酸基が炭化水素鎖を介してベンゼン環に導入されているため、スチレン基が脱離し難く、耐久性に優れたものとなる。尚、固体高分子電解質膜の耐久性は、例えば、後述する実施例のようにイオン交換容量の経時変化率で評価することができるが、本発明の固体高分子電解質膜は、このイオン交換容量の経時変化率が大きく改善されている。
【0029】
本発明はまた、上記の固体高分子電解質膜を燃料極と空気極との間に設けた燃料電池に関する。但し、本発明の燃料電池では、固体高分子電解質膜以外の構成や構造は不問である。
【実施例】
【0030】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0031】
<実施例1>
サイズ5cm × 5cm、厚さ50μmのETFEフィルム(サンゴバン製)に、窒素雰囲気下、室温で電子線を吸収線量50kGy照射し、空気中に取り出した。この電子線照射ETFEフィルムを、クロロメチルスチレン(Aldrich製)40重量部、ジビニルベンゼン(和光純薬製)2重量部、ヘキサン(和光純薬製)40重量部、アゾビスイソブチロニトリル(和光純薬製)0.01重量部が仕込んである500ccのセパラブルフラスコに入れ、雰囲気を30分窒素置換した。次いで、窒素を100cc/min通気しながら、60℃で16時間加熱しグラフト重合を行った。下記の式より算出したグラフト率は38%であった。
グラフト率=(グラフト後フィルム重量−グラフト前フィルム重量)/
グラフト前フィルム重量×100(%)
なお、グラフト後フィルム重量は、グラフト後のフィルムをアセトンとキシレンで3回洗浄し、60℃で2時間真空乾燥後の重量とした。
【0032】
上記フィルムを、亜硫酸水素ナトリウム(和光純薬製)10g、水 90g、イソプロピルアルコール(和光純薬製)20gの入った耐圧容器に投入した。その容器を150℃に保持したオーブンに入れ、3時間反応させた。このようにクロロメチル基(-CH2Cl)を(-CH2SO3Na)に変換したフィルムを、水洗した後、2Nの塩酸200cc中、90℃で2時間処理し、純水で3回洗浄することで、メチレン基を介してスルホン酸基が導入されたベンゼン環がグラフトされた固体高分子電解質膜を得た。
【0033】
得られた固体高分子電解質膜のイオン交換容量を、単位試料重量(g)あたりのスルホン酸基の濃度として算出した。先ず、固体高分子電解質膜から切り出したサイズ2cm×2cmの試験片を、60℃で2時間真空乾燥して重量を測定した。次いで、この試験片を0.01NのNaOH水溶液50mlに室温で16時間浸漬し、0.01NのHCl水溶液で逆滴定した。そして、真空乾燥後の試験片重量W(g)、滴定に要したHCl水溶液の量V(ml)から、下記式によりイオン交換容量を算出したところ、2.32meq/gであった。
イオン交換容量=(50−V)/W×1000(meq/g)
【0034】
また、耐久性を確認するため、上記の固体高分子電解質膜を0.1mol/lの硫酸水溶液の入った耐圧容器に浸漬し、90℃で500時間保持した。その後膜を取り出し、純水で3回洗浄した後、上記と同様にしてイオン交換容量を算出した。その結果、イオン交換容量は2.32meq/gであり、イオン交換容量の変化は認められなかった。
【0035】
<比較例1>
サイズ5cm × 5cm、厚さ50μmのETFEフィルム(サンゴバン製)に、窒素雰囲気下、室温で電子線を吸収線量50kGy照射し、空気中に取り出した。この電子線照射ETFEフィルムを、スチレン(和光純薬製)40重量部、ジビニルベンゼン(和光純薬製)2重量部、ヘキサン(和光純薬製)40重量部、アゾビスイソブチロニトリル(和光純薬製)0.01重量部が仕込んである500ccのセパラブルフラスコに入れ、雰囲気を30分窒素置換した。次いで、窒素を100cc/min通気しながら、60℃で16時間加熱しグラフト重合を行った。実施例1と同様にして算出したグラフト率は39%であった。
【0036】
上記フィルムを、クロロスルホン酸30重量部と1,2−ジクロロエタン70重量部の混合液に浸漬し、50℃で2時間加熱後、90℃の1N苛性カリ水溶液中に2時間浸漬することで加水分解し、続いて90℃の2N塩酸に2時間浸漬後、純水で3回洗浄し、ベンゼン環に直接スルホン酸基を導入したスチレングラフト固体高分子電解質膜を得た。実施例1と同様にしてイオン交換容量を算出したところ、2.50meq/gであった。
【0037】
また、実施例1と同様にして耐久性を評価したところ、硫酸水溶液浸漬後のイオン交換容量は2.31meq/gであり、試験前に比べ10%減少していた。
【0038】
上記実施例1及び比較例1から、放射線グラフト膜において、ベンゼン環にメチレン基を介してスルホン酸基を導入することでにより、耐久性が向上することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系樹脂からなる薄膜に放射線を照射し、下記式で表されるスチレン誘導体及びラジカル反応性モノマーをグラフト重合させた後、前記スチレン誘導体中のハロゲン原子をスルホン酸基で置換することを特徴とする固体高分子電解質膜の製造方法。
【化1】

【請求項2】
Xが塩素原子であるスチレン誘導体を用いることを特徴とする請求項1記載の固体高分子電解質の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法により得られ、炭化水素鎖を介してスルホン酸基が導入されたベンゼン環がグラフトされていることを特徴とする固体高分子電解質膜。
【請求項4】
請求項3に記載の固体高分子電解質膜が燃料極と空気極との間に設けられていることを特徴とする燃料電池。

【公開番号】特開2006−316140(P2006−316140A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−138639(P2005−138639)
【出願日】平成17年5月11日(2005.5.11)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】