説明

圧粉磁性体用軟磁性粉末、それを用いた圧粉磁性体および製造方法

【課題】圧粉磁性体の酸化雰囲気中の熱処理の際の、鉄粉表面に生じる酸化皮膜の成長と、鉄粉内部への酸化の影響を適切に制御することで、圧粉磁性体の鉄損の増加を防ぐと共に、モータ部品としての製造、使用時に必要な強度を付与する圧粉磁性体用軟磁性粉末を提供する。
【解決手段】鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、前記粉末は、Ceを0.005〜0.03質量%と、Nb,Tiの少なくともいずれかを0.02〜0.001質量%と、不可避の金属不純物を0.25質量%以下とを含み、前記粉末は、表面に形成された酸化層と、内部母相に析出した析出粒子を含み、前記析出粒子の平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末、それを用いた圧粉磁性体,圧粉磁性体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟磁性粉末を高圧下で圧縮成形することで製造する圧粉磁性体はモータや電源回路用リアクトル等の磁心に利用されている。圧粉の磁心は、一般に磁気特性が等方的で且つ3次元形状への成形が容易であり、例えば珪素鋼板を積層して製造する積層型磁心に比べて、モータ等の電動機に適用した場合その小型化,軽量化に寄与すると期待されている。特に軟磁性粉末としてFe粉末を使った圧粉磁性体は、安価であると共に、Fe粉の延性が高いため高密度となり磁束密度が増加する長所があるため、近年実用化に向けての開発が活発化している。
【0003】
圧粉磁性体に必要な特性として磁束密度が高いことに加えて、鉄損と呼ばれる交流磁場下での使用時に生じるエネルギー損失が低いことが重要である。鉄損は主として渦電流損失とヒステリシス損失の和で表される。渦電流損失は、圧粉磁性体を構成するFe粉末粒子間を流れる渦電流により生じるエネルギー損失である。渦電流損失を低下する工夫として、磁性体用のFe粉末の表面に薄い絶縁皮膜をコーティングすることが必要となる。
【0004】
一方、ヒステリシス損失は、Fe粉末内部の磁壁の移動に伴い発生する損失であり、Fe粉末内部の格子歪、すなわちそれを発生させる構造欠陥である空孔や格子間原子(所謂、点欠陥),転位及び粒界等の格子欠陥、また化学欠陥であるFe以外の不純物原子やそれらで構成される析出物の存在に強く影響される。ヒステリシス損失の低下には、Fe粉末の圧縮成形後の成形体に熱処理を行い、成形加工で導入されたFe粉末内部の歪を低減する必要がある。
【0005】
また圧粉磁性体の欠点として、圧粉成形のみで形状を決定するため、鉄心としての強度が著しく低い問題がある。圧粉磁性体を用いてモータを構成する場合、圧分磁性体の強度は10〜30MPaと電磁鋼板等の鉄叛より著しく低く、衝撃にも弱い。そこで、少なくともモータとして製造される時のハンドリングの荷重、モータとして動作する場合の固定子と回転子の間で生じるトルク反力、および外部からの衝撃,振動などに耐えられる強度対策が必要とされる。
【0006】
圧粉磁性体の強度を向上する方法として、鉄心を樹脂で埋め込んで使用する方法(特許文献1)や、金属磁性粉末の粒径やその粉末の絶縁コーティング材を工夫することによる強度向上方法(特許文献2)が示されている。
【0007】
圧粉磁性体の強度向上のもう一つの方法として、圧粉成形後に水蒸気や大気雰囲気等の酸化雰囲気中における熱処理を行う方法がある。例えば特許文献3において、絶縁性無機被覆後に有機潤滑剤を混合した鉄粉末を圧粉成型後に300〜600℃の温度で、水蒸気中で熱処理する事例が示されている。ここでは圧粉成型後の磁性体に520℃の水蒸気中の熱処理を実施することで、抗折強度が100MPa以上(145MPa)、1T(テスラ),400Hzの鉄損W10/400が44W/kgの、圧粉磁性体として比較的高強度、低鉄損の優れた特性の材料が得られた結果が報告されている。文献3によると、水蒸気中の熱処理による圧粉磁性体の強度向上の理由として、鉄粉表面に酸化による皮膜が形成され、酸化皮膜を媒介として鉄粉間の結合力が増加すると説明されている。
圧粉磁性体の強度を向上する従来技術にはいずれも課題がある。圧粉鉄心を樹脂で埋め込む場合は、モータとしての重量が増加する、製造工程が複雑になる等の課題がある。また鉄粉の粒径を過度に大きくする手法は渦電流損失の増加につながる欠点がある。
【0008】
また、水蒸気や大気雰囲気等の酸化雰囲気中における圧粉磁性体の熱処理では、酸化皮膜の成長により鉄損が増大する課題がある。本発明者のグループにて、絶縁性無機被覆を施した鉄粉末に0.4%の有機潤滑剤を混合し、成型を実施した後に500℃以上の水蒸気、あるいは大気雰囲気にて10分の熱処理を行った結果、不活性雰囲気の窒素ガス中熱処理の場合と比較して、圧粉磁性体の鉄損W10/400の値は1.4〜1.5倍増加する結果となった。水蒸気および大気雰囲気における熱処理時の鉄損増加は、酸化による皮膜厚さが増して高強度化する半面、酸化の影響が鉄粉内部まで進むことによると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−029142号公報
【特許文献2】特開2007−129045号公報
【特許文献3】特表2008−544520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、圧粉磁性体の酸化雰囲気中の熱処理の際の、鉄粉表面に生じる酸化皮膜の成長と、鉄粉内部への酸化の影響を適切に制御することで、圧粉磁性体の鉄損の増加を防ぐと共に、モータ部品としての製造、使用時に必要な強度を付与する圧粉磁性体用軟磁性粉末、それを用いた圧粉磁性体および製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、前記粉末は、Ceを0.005〜0.03質量%と、Nb,Tiの少なくともいずれかを0.02〜0.001質量%と、不可避の金属不純物を0.25質量%以下とを含み、前記粉末は、表面に形成された酸化層と、内部母相に析出した析出粒子を含み、前記析出粒子の平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、圧粉磁性体の酸化雰囲気中の熱処理の際の、鉄粉表面に生じる酸化皮膜の成長と、鉄粉内部への酸化の影響を適切に制御することで、圧粉磁性体の鉄損の増加を防ぐと共に、モータ部品としての製造、使用時に必要な強度を付与する圧粉磁性体用軟磁性粉末を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】水アトマイズFe粉末の製造工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の圧粉磁性体は、水アトマイズ法により作製される鉄粉を原料とする。水アトマイ後の鉄粉に対し、主として酸素を対象とするガス不純物を低減する目的で、水素を含む還元雰囲気中における熱処理を800〜1000℃で実施して、鉄粉を純化する。純化された鉄粉の表面に、リン酸等に代表される絶縁特性に優れた物質により被覆する処理を行い、さらに潤滑剤を添加した複合粉末として、プレスにより圧粉成型体とする。最後に、圧粉成型体の磁気特性阻害の要因となる歪を除去する目的から、400〜600℃にて熱処理を行い、軟磁性部材として各種製品に適用する。
【0015】
原料である鉄粉は、水アトマイズ法により作製され、微粉化中に水との反応で生成するOを多く含有し、ガスアトマイズ粉末のようにC,S含有量は多くない。酸素原子は、圧粉成形性,成形加工の熱処理による歪の除去(より低温での一次再結晶化)の阻害になる。従って、鉄損の増大を招く惧れがある。そのため本発明では、ガス不純物O,C,Nの作用低減のために、上記ガス不純物O,C,Nと親和力が強い元素を適切な組成範囲に制御して添加し、粉末中に残存するそれらを上記添加元素と共に析出物として母相から取り出すことで、水アトマイズFe粉末の母相をより清浄化する材料組織制御方法,材料の製造方法を考案した。
【0016】
本発明では、ガス不純物O,C,Nの作用低減のために、水アトマイズ後に十分な水素熱処理を実施して、粉末中に含有するガス不純物量を低減し、かつ、上記ガス不純物と親和力が強い元素を適切な組成範囲に制御して添加し、残存するガス不純物を酸化物,炭化物,窒化物、及びそれらの複合化合物として凝集する。さらに、添加元素と共に析出物として母相から取り出すことで、水アトマイズ鉄粉末の母相をより清浄化する。具体的には、添加元素としてCeおよびNbあるいはTiのうち、少なくとも一種以上を含有させる。添加量は、粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を低減できるところの適切な範囲で添加する必要がある。
【0017】
さらに、十分な水素熱処理を実施して、粉末中に含有するガス不純物量を低減することも可能である。水アトマイズ法で粉末にした後に、粉末を800℃〜1000℃の温度範囲で水素ガスを含む還元雰囲気中で熱処理すると、ガス不純物濃度を低減できる。かつ、残留するガス不純物についても、添加元素と共に析出物として凝集されて、粗大化して粉末母相を清浄化する。その結果、新規の安価な軟磁性Fe粉末とそれを製造する材料組織制御技術,材料製造方法を提供することができる。
【0018】
ここで不純物元素とそれらを固定化する安定化元素を含むFe粉末の作製方法について説明する。本発明のFe粉末は水アトマイズ法により作製する。Cr,Mn,Siを含む不可避不純物の下記組成範囲を満足するように原料鉄を選定して、るつぼなどの容器に入れ、高温に加熱して溶融状態とするが、CeおよびNbあるいはTiから選ばれる1種以上の元素を同時添加し、攪拌し均一化する。この段階で所定の化学組成となった溶融鉄に、高圧の水を吹付けて急冷凝固させ、微粉化して回収する。
【0019】
本発明で用いる圧粉成形用Fe粉末は、水アトマイズ処理直後には上記したように多量のOを含有する。表面層は酸化層に被覆され、内部の母相にも多くの酸素が急冷固溶する。水アトマイズ粉末のOの低減には、上記のCeおよびNbあるいはTiを添加する処理に加えて、水素を含む還元ガス中の熱処理を併用すると効果的である。この効果が顕著となる温度範囲は800℃以上、1000℃以下である。1000℃以上は粉末の凝集,焼結が促進されすぎることから、また、800℃以下は水素処理の安全面から好ましくない。
【0020】
添加元素であるCeおよびNbあるいはTiの添加量は、ガス不純物(O,C,N)の含有量、及び特にOと強く結合しやすい不可避不純物に依存する。このような不可避不純物としては、特に不純物として多く存在するSi,Mn,Crの影響が大きい。Si,Mn,Cr量を質量%で合計0.15%以下、O,C,Nを合計0.05%(原子%では概ね0.18%)以下とすることが望ましい。圧粉成形用Fe粉末の好ましい特性を得るためには、水素熱処理を行った粉末の不可避不純物量は、経済性,生産性を含め考慮すると、質量%で原子番号9以上の元素が0.25%以下、原子番号8以下の元素が0.05%以下の範囲である必要がある。原子番号9以上の元素は多くが金属元素である。特に、製造上Cr,Mn,Siが多く含有される傾向にあり、制限が必要である。
【0021】
Crは、O,C,Nに対する凝集作用を期待でき、含有量を質量%で0.03%以下とする。含有量が質量%で0.03%を越えると、製造過程でFe粉末の表面から内部に拡散してきたOと反応して、安定なCr酸化物を多数形成する。従って、圧粉成形体のひずみの熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招くため好ましくない。
【0022】
Mnは、製造上多く存在する。Mnの含有量は、質量%で0.1%以下とする。質量%で0.1%を越えると、Crと同様にFe粉末の製造過程で表面から内部に拡散してきたOと反応して、安定なMn酸化物を多数形成することで、圧粉成形体のひずみの熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招くため好ましくない。
【0023】
Siは、酸化物生成自由エネルギーが小さく、酸化物をより形成し易く、さらに安定であるため粗大化しにくい。従って、できるだけ含有量を抑え、質量%で0.02%以下とすることが好ましい。質量%で0.02%を越えると、鉄粉の製造過程で表面から内部に拡散してきたOと反応して、安定なSi酸化物を多数形成することで、圧粉成形体のひずみの熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招く。
【0024】
原子番号8以下の不可避不純物の元素では、C,O,Nがほとんどを占める。水アトマイズ粉末では、C、N量の合計は質量%で0.002%以下とする。上記した理由でC,N量は低く、さらに水素熱処理により低減できる。ガス不純物ではOが大部分を占める。
水素熱処理した水アトマイズ粉末のO量は、表面酸化層も含めて、最大でも概ね0.05%(原子%で概ね0.18%)近く、C,O,Nの合計では質量%で0.05%以下が好ましい。
【0025】
次に本発明で必須の添加元素の効果について説明する。Ceは鉄粉中のOの除去において効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に凍結されるOは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去され、残留量は上記熱処理中にNbを含む酸化物として析出し、処理時間共にそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。
【0026】
Ce添加によるもうひとつの効果は、絶縁被覆処理および潤滑剤を混入した鉄粉に対しプレスによる圧粉成型を行った後の、ひずみ除去熱処理の段階で重要となる。本発明において圧粉成型体のひずみ回復熱処理は、後述するように成型体に十分な強度を付与する目的から、大気あるいは不活性ガスに20%以下の酸素を加えた酸化雰囲気中において実施する。酸化雰囲気中の熱処理段階で、成型体を構成する個々の鉄粉の表面には鉄を主体とする酸化皮膜が形成されるが、本発明材においては酸化皮膜がCeを含むことで緻密化して、皮膜厚さの過度の増加を抑制する。さらにCeを含む酸化皮膜は、熱処理中の酸素の鉄粉内部への拡散を抑制する作用があり、これらのCe添加の効果により、本発明の圧粉磁性材料は、酸化雰囲気中のひずみ回復熱処理後においても、鉄損が増加することなく、優れた磁気特性を発揮することが可能となる。
【0027】
Ceの添加量は、質量%で0.05%を越えると特に鉄粉中の酸化物の密度が増え、粗大化に伴う母相の清浄化効果を損なうため、0.05%以下が好ましく、0.002%を切ると母相の清浄化効果、ならびにひずみ回復熱処理時の酸化皮膜の緻密化の効果より低減するため、0.05%〜0.003%の範囲における添加が好適である。
【0028】
NbおよびTiは、O及びC,Nの除去において効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に凍結されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素還元熱処理において除去され、残留量は上記熱処理中にNbあるいはTiを含む酸化物として、またはごく少量の炭化物,窒化物として析出し、処理時間共にそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。
【0029】
本発明においてNbまたはTiはもうひとつの重要な役割を持つ。水素還元熱処理の段階で鉄粉内部に残留した酸素不純物は、添加元素のCe,Nb,Ti、あるいは不可避不純物として含まれるCr,Mn,Si等と反応して酸化物として析出する。NbおよびTiはこれらの複数種の酸化物が析出する際に、析出の核となり周囲に異なる種類の酸化物粒子を凝集する作用がある。このNbおよびTiの酸化物の凝集効果により、鉄粉内部から多数の微細な酸化物粒子が除去されて、鉄粉の清浄化が促進される。この析出の際の酸化物の凝集効果はCe添加では発揮されない。一方でNbまたはTiは、Ceの持つひずみ回復熱処理時の酸化皮膜の緻密化の効果は少ない。このため本発明では、Ceと共にNbまたはTiを同時に鉄粉に添加することで、優れた材料特性を発揮することができる。
【0030】
Nbの添加量は、質量%で0.03%を越えると特に酸化物の密度が増え、粗大化に伴う母相の清浄化効果を損なうため、0.03%以下が好ましく、0.002%を切ると効果がより低減するため、0.002%〜0.03%の範囲が好適である。
【0031】
Tiの添加量は、そのO及びC,Nとの結合力がNbよりも強く、原子%で0.02%を越えるとそれらの析出物の密度が増え、かつより安定的で、粗大化に伴う母相の清浄化効果をより損なうことから、0.02%以下の制限を設定することが好適であり、また0.002%までで十分効果が期待できるため、0.002%〜0.02%の範囲がより好適である。Tiと同時にNbを添加する場合はNbを含めた合計で0.002%〜0.03%の範囲が好ましい。
【0032】
本発明の水素熱処理水アトマイズ鉄粉末は、該粉末の圧縮成形における塑性変形の阻害(抵抗)となるO,C,Nのガス不純物を低減する水素熱処理及びCeおよびNあるいはTiが添加されていることから、該粉末の平均のマイクロビッカース硬さは低減され、120以下である。このことから同じ成形体密度を得る成形圧力も従来粉末成形体より低減される。
【0033】
本発明の水素還元熱処理した水アトマイズ鉄粉末を、金型成形にて高圧下で過度の塑性変形をさせ、圧粉成形体とする。圧扮成型体としての磁気特性、特に渦電流損失の低減を目的として、鉄粉表面に絶縁皮膜を施行する。絶縁皮膜の材質は十分な絶縁性が保たれるならば、特に規定されないが耐熱性と絶縁特性を兼ね備えた鉄リン酸ガラス(Fe−P−O)かそれに化学組成が近い無機系材料の使用が好ましい。また鉄リン酸ガラスの外側に有機系皮膜などを積層した、複合絶縁皮膜を採用してもよい。
【0034】
圧粉成形の際の成形性を付与する目的で、絶縁皮膜を施行した鉄粉に潤滑剤を混入した複合粉末として、成型に用いることが好ましい。潤滑剤の材質は特に規定を設けないが、従来からの公知のものを使用すればよく、具体的にはステアリン酸亜鉛,ステアリン酸リチウム等の金属塩粉末およびその他のワックス等が挙げられる。潤滑剤の添加量を過度に増やすと、圧粉成型体の密度が低下して磁気特性を阻害する要因となる。また添加量が少ないと抜出しが困難になる等の成形性が低下する。0.05〜0.8質量%の範囲で潤滑剤を添加することが好ましい。
【0035】
前述の圧粉成型体に対して、歪を除去して磁気特性を改善する、特にヒステリシス損失を低減する目的から、400〜600℃にて熱処理を実施する。成型体の歪除去熱処理は、本来は窒素,アルゴンなどの不活性ガス雰囲気での実施の方が、酸化による鉄損増加を防ぐ目的からは好ましい。しかし、不活性ガス雰囲気で熱処理された圧粉成型体の強度は、10〜30MPaと低いことが欠点である。本発明では、歪除去熱処理を酸化性雰囲気、具体的には大気、あるいは不活性ガス中に20質量%以下の酸素を含む雰囲気で実施して、鉄粉を酸化させて圧粉成型体の強度を向上する。
【0036】
本発明の鉄粉は表面に絶縁被膜が被覆されさらに潤滑剤が添加された状態で、圧粉成型される。このため圧粉成型体を構成する鉄粉間の界面は結合力が非常に弱く、不活性ガス雰囲気中の歪除去熱処理後も、界面の結合力はほとんど増加しない。一方で、大気、あるいは水蒸気等の酸化性雰囲気の歪除去熱処理では、鉄粉表面にFe34を主体とする酸化被膜が形成される。異なる鉄粉表面の酸化被膜が粉末界面で接触し、一部で酸化層が結合することにより、圧粉成型体の強度は大きく改善する。その反面、熱処理による酸化皮膜の厚みが過度に増加する場合、先に施工した鉄リン酸ガラス等の絶縁被膜の一部を破壊し、渦電流損失の増加につながる問題がある。さらに、酸化被膜下部の鉄粉内部にも酸素が拡散により侵入することで、鉄粉の純度が低下し、ヒステリシス損失も増加する。このように、酸化雰囲気中の熱処理は成形体強度の改善に有効である一方で、鉄損の増加による磁気特性の低下に繋がる課題がある。
【0037】
本発明の材料では、Ceを添加することでこの課題に対応する。本発明鉄粉では酸化性雰囲気にて圧粉成形体を熱処理する際に、鉄粉表面で形成される酸化皮膜の内部に微量のCeが含まれている。酸化被膜に含まれるCeは少量であるが、熱処理中の酸化被膜の形成速度を低下して、被膜を緻密化する効果を有する。結果として本発明材の鉄粉では、酸化皮膜が緻密、かつ薄くなることで絶縁被膜の破壊を抑制し、渦電流損失の増加を抑制する。同時に鉄粉表面の緻密な酸化皮膜の形成は、熱処理中の鉄粉内部への酸素の拡散も低減することで、ヒステリシス損失の増加も抑制する。
【0038】
一方で本発明材は、酸化皮膜が薄くなることから、熱処理後の成形体の強度はCeを添加しない従来の鉄粉の成形体の6割程度まで低下する。しかし、モータ等の製品として組み込まれる時のハンドリングの荷重や、製品化後の外部からの衝撃,振動などに耐えるための強度は充分に確保できることから、軟磁性部材としての使用には特に問題は生じない。
【0039】
このように、本発明の圧粉磁性体は、酸化性雰囲気中の歪み除去熱処理により、圧粉成形体に十分な強度を付与すると共に、Ceの添加により酸化による鉄損増加を抑制することが可能であり、部材の強度と磁気特性のバランスを取るところに特徴がある。
【0040】
〔実施例〕
以下、実施例で更に詳細を説明する。
【実施例1】
【0041】
本実施例では、数種類の純FeにCeおよびNbあるいはTiを添加し、製造した水アトマイズ粉末の諸特性について調査した。
【0042】
図1は水アトマイズFe粉末の製造工程を示す。所定の化学組成になるように純Feの選定、添加元素を配合して、それら素材を溶解、高圧水を用いて溶融Feの粉砕と急冷凝固を行いFe粉末化した(工程1及び2)。表面に酸化皮膜を被ったFe粉末をその平均粒径が100〜150μmとなるように篩い分け、その選別粉末をガス不純物低減のために乾水素が流れる雰囲気中、880℃±4℃で2時間、熱処理した(工程3及び4)。熱処理中に一部粉末間の凝集が進んだため、個々の粉末を分離するためにできるだけ歪が加わらないように配慮しつつ、機械的に粉砕した(工程5)。ここで歪導入の懸念がある場合には粉砕後、水素を含む還元雰囲気か真空中で600℃,30分〜1時間の焼鈍を実施してもよい(工程6)。本実施にては真空中にて工程6を30分間実施した。水アトマイズ直後の黒化した粉末表面が水素熱処理で薄灰色に変色した。
【0043】
工程6の熱処理終了後に、鉄粉の表面にリン酸系無機材料による絶縁被膜を化学処理により施工した。リン酸絶縁層の厚さは50〜100nmの範囲とした。絶縁処理後の鉄粉に、粉末状のステアリン酸亜鉛系の潤滑剤を添加して、V型攪拌装置に投入して攪拌,混合して均一化を行った。
【0044】
潤滑剤を混合した粉末を用いて、油圧プレス機による圧粉成形を行って、外形50mm,内径40mm,厚さ5mmのリング形状の圧粉成形体を作製した。成形圧力は1180MPaとした。得られた圧粉成形体に対して、純窒素ガス中に5%の酸素ガスを混入した酸化性雰囲気において、520℃,30分間の歪除去熱処理を実施して、成形時の歪みを開放した。また酸化雰囲気との比較のために、純窒素ガス中にて同一温度,時間による熱処理(不活性熱処理)も実施した。
【0045】
成形体の磁気特性評価は、0.5mmの銅線を用いて熱処理後の成形体に、1次側200ターン,2次側60ターンの巻線を実施して、10kA励磁における磁束密度B(T)、および磁束密度1T、周波数400Hzにおける鉄損W(W/kg)を求めた。成形体の密度はアルキメデス法により測定した。またリング成形体と同一の成形、歪除去熱処理条件にて、11×30×5mmの板状成形・熱処理体を各鉄粉試料から作製して、3点曲げによる抗折強度を求めた。
【0046】
表1に水アトマイズ後に水素還元熱処理施した時点の鉄粉試料の化学組成の分析値を示す。
【0047】
【表1】

【0048】
試料A〜Hのうち、AはCe,Nb,Tiを含まない比較材であり、B〜Hが本発明の鉄粉である。B,CおよびDはCeとNbを添加した鉄粉で、Ce濃度を0.009〜0.024%と変えて、Nbは0.010%以下の濃度で添加した。E、FおよびGはCeとTiを添加し、Ce濃度を0.007〜0.022%と変えて、Nbは0.011%以下の濃度で添加した。HはNb、Tiは添加せずCeを0.022%単独で添加した。各鉄粉の酸素濃度を分析した結果、いずれの鉄粉も500ppm以下の値となった。
【0049】
表2に成形体の材料特性を示す。
【0050】
【表2】

【0051】
表2では520℃の歪除去熱処理の雰囲気(酸化性熱処理,不活性熱処理)により、特性を整理した。酸化性雰囲気で歪み除去熱処理した成形体では、密度,B,W,抗折強度を評価した。成形体密度はいずれの試料も7.50以上の値を示す。密度の値は、Ce,Nb,Tiの添加量や酸素濃度との相関は見られず、化学組成の密度への影響は無いことがわかった。磁束密度Bの値は成形体密度との相関があり、密度に比例して値が変化する傾向を確認した。
【0052】
酸化性熱処理後における鉄損Wは、比較粉Aにおいて値が55W/kgと比較的高く、本発明材B〜Gの6種ではWは44〜46W/kgを下回る低い値を示した。本発明粉B〜GはCeと同時にNbあるいはTiを添加しており、元素添加により鉄損を改善する効果を確認した。一方Ceのみを単独添加した試料HではWは49W/kgとなり、B〜Gよりも若干高い値を示した。酸化性熱処理後の抗折強度は、比較粉Aにおいて160MPaと最も高く、他の本発明粉B〜Hでは強度は100MPai以下とAよりも低い値を示した。
【0053】
表2の窒素雰囲気中の不活性熱処理の結果では、Wの測定値は酸化性熱処理時に比べて、いずれの試料も値が低下している。不活性熱処理時のWの低下は、酸化の影響が無くなったためと推測される。酸化雰囲気と不活性雰囲気でのWの差ΔWの大きさは試料により異なり、比較粉AではΔW=9W/kgであるのに対し、本発明粉B〜HではΔWは2〜4W/kgと差が小さくなることがわかった。比較粉Aに比べて、本発明粉の方が前述のΔWが低くなる理由として、本発明粉ではCeを添加することにより、酸化による特性劣化が抑制されたと考えられる。
【0054】
一方で、不活性熱処理時の成形体の抗折強度は、全ての試料で30MPa程度かそれ以下の著しく低い値となっている。このように酸化の影響の無い不活性環境での熱処理を実施することで、圧粉成形体の鉄損は低下する一方で、成形体の強度は非常に低い値となる。このような磁気特性と機械的特性のバランスが悪いことが、従来の圧粉磁性体の課題の一つであった。
【0055】
表2の酸化性熱処理後の本開発粉B〜Gの鉄損Wと抗折強度の結果は、前述の特性バランスの欠点をある程度解消すると考えられる。B〜Gの酸化性雰囲気での熱処理後の抗折強度は比較粉Aよりも低いが、不活性熱処理時の強度と比較すると3倍以上値が増加することがわかる。また酸化性熱処理後のB〜Gの鉄損は、比較粉Aに比べて10W/kg以上の幅で値が低下する。このようにCeおよびNbまたはTiを添加した本発明粉では、成形体に酸化性熱処理を施すことで、無添加の比較粉と比べて鉄損の増加を抑制できると同時に、不活性熱処理時よりも、強度を3倍以上増加することができる結果が示された。このような、本発明鉄粉の磁気特性と強度のバランスが取れた特性は、モータ用鉄心等の軟磁性部材として使用する際に有益であると考える。
【実施例2】
【0056】
実施例1の比較粉Aと本開発粉Cにおいて、酸化性雰囲気で歪み除去熱処理を行った成形体から、組織観察試料を採取して、SEM(走査型電子顕微鏡)による、鉄粉表面の酸化皮膜の観察を行った。観察試料はリング成形体の一部を切断し、樹脂埋め込み後に研磨を実施して、観察に供した。
【0057】
比較粉Aの成形体において、プレス面近傍の鉄粉界面に熱処理による酸化皮膜の形成を確認した。SEM写真から鉄粉表面の被膜の厚さを複数個所で測定した結果、被膜厚さは平均で約12μmであり、粉末界面の微小空壁の近傍部分等では、厚さが20μmを越える部分も確認した。一方、本発明粉Cの成形体では、鉄粉表面の酸化被膜は、厚さが平均1.8μmとAに比べて、被膜が非常に薄いことを確認した。両者の酸化皮膜の厚さは添加元素、特にCeの添加により影響され、本発明粉CではCeにより酸化速度が低下して、被膜が薄膜化したと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のFe粉末,軟磁性材料,圧粉磁心およびその製造方法は、例えばモータコア,電磁弁,リアクトル、もしくは電磁部品一般に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、
前記粉末は、Ceを0.005〜0.03質量%と、Nb,Tiの少なくともいずれかを0.02〜0.001質量%と、不可避の金属不純物を0.25質量%以下とを含み、前記粉末は、表面に形成された酸化層と、内部母相に析出した析出粒子を含み、前記析出粒子の平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下であることを特徴とする圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項2】
請求項1において、前記粉末は前記不可避の金属不純物としてCr,Mn,Siの少なくともいずれかを含み、それぞれの含有率がCr:0.03質量%以下,Mn:0.1質量%以下,Si:0.02質量%以下であることを特徴とする圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項3】
請求項1において、表面に無機絶縁被覆層を有することを特徴とする圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項4】
鉄を主成分とし溶融合金に水を吹付けて冷却し、Ceを0.005〜0.03質量%と、Nb,Tiの少なくともいずれかを0.02〜0.001質量%有する微粉化された合金を得た後に、水素を含む還元雰囲気中800℃〜900℃の温度範囲で熱処理し、前記合金粉末を圧粉成形し、前記圧粉成形体を450〜600℃で熱処理させることを特徴とする圧粉磁性体の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記熱処理された合金粉末の表面に、無機絶縁性被覆層を設け、有機潤滑剤を混合し、前記無機絶縁被覆層を有する合金粉末を圧粉成形することを特徴とする圧粉磁性体の製造方法。
【請求項6】
請求項4において、前記圧粉磁性体の成形後の熱処理の雰囲気が、大気あるいは10%以下の酸素を不活性ガス中混合した酸化性雰囲気であることを特徴とする圧粉磁性体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載された製造方法で得られる圧粉磁性体であって、
圧粉磁性体を構成する鉄分表面に、前記酸化性雰囲気における熱処理の作用により形成される、厚さの平均値が2μm以下のFe34を主体とする酸化皮膜を有することを特徴とする圧粉磁性体。

【図1】
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【公開番号】特開2011−202213(P2011−202213A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−69120(P2010−69120)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】