説明

圧電薄膜素子及びその製造方法

【課題】従来の圧電薄膜素子の機械的な脆さを改善し、従来品と同等の圧電特性を維持しつつ、その耐久性の向上を可能とする。
【解決手段】上部電極4と下部電極2との間に、圧電体薄膜3a、3c、3eを少なくとも2層以上設け、各圧電体薄膜の間に、強化用金属薄膜3b、3dを挿入することにより、圧電体薄膜と強化用金属薄膜の積層領域3を形成する。強化用金属薄膜3b、3dの材料としては、Pt、Cu、Ag、Pd、Ru、Ta、Ti、Au、In、Zn、Ni、Fe、Mn、Cr、V、Al、Mg等々、これら各種金属元素の合金、これらとPtとの合金等が好適に用いられる。この積層領域3の形成工程においては、製造すべき圧電薄膜素子を、一つの成膜装置内から外部に出すことなく圧電体薄膜と金属薄膜を交互に、且つ連続的に成膜することが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電アクチュエータや圧電センサ等として利用される圧電薄膜素子の構造及び当該圧電薄膜素子の製造方法に関わる。
【背景技術】
【0002】
電気信号が与えられると機械的動作を行うアクチュエータとして、上部電極と下部電極の間に圧電体が設けられている圧電アクチュエータが知られている。圧電アクチュエータは、例えば、インクジェット式記録装置ヘッド用のアクチュエータ、ハードディスクドライブ(HDD)位置制御用アクチュエータ、圧電ブザー、等に幅広く利用されている。圧電体としては、その圧電定数の高さから、主にチタン酸ジルコン酸鉛(以下、「PZT」と記載する)が用いられている。
【0003】
一般に、圧電素子は、熱処理により得られた焼結体を切削、研磨などの工程により種々の形状に加工した後、得られた圧電体の対向する表面に一対の電極を形成することで作製されている。近年、低電圧で大きな変位が得られる圧電アクチュエータや小型の圧電アクチュエータが望まれており、そのためには圧電体の薄膜化が必要であると言われている。これまでのように圧電セラミックスを切削などの機械的な方法により加工した場合、素子の小型化において限界があり、その形状も限られたものになる。もし、圧電体を薄膜成長させることができれば、小型化および任意の形状に加工することが可能になる。
【0004】
このような背景のもと、圧電体薄膜に関する研究が多数行われている。近年、この分野の研究が急速に進み、例えばマグネトロンスパッタ法により圧電体層を成膜することにより、バルク焼結体と同等の高い圧電定数を有する圧電体薄膜が得られるようになってきている(例えば下記特許文献1の段落[0008]参照)。
【0005】
また、圧電素子はセラミックスであるため、変形や機械的な衝撃に対して脆いという弱点を有しているが、圧電体薄膜を用いた素子ではこの変形や機械的な衝撃に対する脆さは、更に深刻な問題である。現在、低電圧で比較的大きな変位が得られる圧電体薄膜を用いたユニモルフ型またはバイモルフ型のアクチュエータが盛んに研究されており(バイモルフ型については、例えば下記特許文献1の段落[0003]参照)、良好な圧電特性が得られるようになってきたが、機械的な脆さの問題は未だに解決できていない。
【特許文献1】特開平7−86656号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、現在の圧電薄膜素子の弱点となっている変形や機械的な衝撃に対する脆さを改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明は、次のように構成したものである。
【0008】
請求項1の発明に係る圧電薄膜素子は、上部電極と下部電極に挟まれた領域に圧電体薄膜を備える圧電薄膜素子において、上記圧電体薄膜を少なくとも2層以上設け、各圧電体薄膜の間に、電極としては用いない強化用金属薄膜を挿入したことを特徴とする。
【0009】
請求項2の発明は、請求項1に記載の圧電薄膜素子において、各圧電体薄膜の間に挿入される強化用金属薄膜の材料として白金(Pt)を用いたことを特徴とする。
【0010】
請求項3の発明は、請求項1に記載の圧電薄膜素子において、各圧電体薄膜の間に挿入される強化用金属薄膜の材料として2種類以上の金属元素からなる合金を用いたことを特徴とする。
【0011】
請求項4の発明は、請求項1から3までのいずれかに記載の圧電薄膜素子において、圧電体薄膜の材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、チタン酸鉛(PbTiO)、ジルコン酸チタン酸鉛(Pb(Zr、Ti)O)、ジルコン酸鉛(PbZrO)、チタン酸鉛ランタン((Pb、La)TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((Pb、La)(Zr、Ti)O)、マグネシウムニオブジルコン酸鉛(Pb(Zr、Ti)(Mg、Nb)O)等の強誘電体薄膜、Bi層状構造を持つ強誘電体薄膜(BIT、SBT)、またはこれらのいずれかにドーピングを行った強誘電体薄膜を用いたことを特徴とする。
【0012】
請求項5の発明は、請求項1から4までのいずれかに記載の圧電薄膜素子を製造する方法であって、圧電薄膜素子の上部電極と下部電極に挟まれた圧電体薄膜と強化用金属薄膜からなる積層領域を形成する工程において、作製すべき圧電薄膜素子を一つの成膜装置内から外部に出すことなく、圧電体薄膜と強化用金属薄膜を交互に、且つ連続的に成膜することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の圧電薄膜素子によれば、複数の圧電体薄膜の間に挿入された強化用金属薄膜が曲げ等の変形に対する強度を高め、これによって、圧電薄膜素子の機械的な耐久性が向上し、圧電薄膜素子を適用できる場面を大幅に広げることが可能となる。
【0014】
請求項2及び3に記載の発明によれば、そのような強化用金属薄膜材料を用いることにより、圧電薄膜素子の圧電特性を損なうことなく、その機械的強度を大幅に向上させ得る。
【0015】
請求項4に記載の発明によれば、そのような圧電薄膜材料を適宜選択して用いることにより、各種電極材料及び強化用金属薄膜材料に応じて良好な圧電特性を得ることができる。
【0016】
請求項5に記載の発明によれば、圧電体薄膜と強化用金属薄膜との堅固な結合力が得られ、圧電薄膜素子の耐久性を一層高めることができる。
<発明の要点>
現状における一般的な圧電薄膜素子では、膜厚0.5μmから5μmの単層の圧電体薄膜が用いられている。これに対して本発明では、圧電体薄膜を少なくとも2層以上設け、これらの各圧電体薄膜の間に、強化用金属薄膜を挿入する。金属はセラミックスと比較して柔らかい材料であるため、その金属薄膜が緩和層になり、変形や機械的な衝撃への耐久性を向上できる。
【0017】
この場合、本発明において圧電体薄膜の間に挿入される強化用金属薄膜を電極として用いることはない。金属は導電性であり電界がかからないため、上下の電極から圧電体薄膜に印加された電界は、強化用金属薄膜を挿入しても、全て圧電体薄膜に印加されることになり、電気・機械エネルギー変換効率には全く悪影響を及ぼさない。
【0018】
なお、上記の場合において、圧電体薄膜の間に挿入する強化用金属薄膜の材料で、Pt以外のものとしては、銅(Cu)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)、タンタル(Ta)、チタン(Ti)、金(Au)等々を好適に使用でき、また必要に応じて、インジウム(In)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、バナジウム(V)、アルミニウム(Al)、マグネシウム(Mg)等々をも使用できると共に、これら各種金属元素の合金や、これらとPtとの合金も好適に用い得るものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1は、本発明にかかる圧電薄膜素子の望ましい実施形態を横からみた断面図である。図1に示す圧電薄膜素子は、シリコン(Si)からなる基板1、Ptからなる下部電極2、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜の積層領域3、Ptからなる上部電極4から構成されている。
【0020】
基板1を除くそれぞれの層の膜厚は、下から順に、下部電極2が200nm、積層領域3が3000nm、上部電極4が200nmである。
【0021】
本発明においては、前記の如く、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜の積層領域3を形成し、当該積層領域3において、圧電体薄膜を少なくとも2層以上設け、各圧電体薄膜の間に、それぞれ強化用金属薄膜を挿入することを特徴としている。
【0022】
図2に、そのようなPZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜の積層領域3の構造の詳細を示す。図2に示した実施形態において、PZTからなる圧電体薄膜は3層(3a、3c及び3e)設置されており、それぞれの膜厚は800nmである。Ptからなる強化用金属薄膜はPZTからなる圧電体薄膜の間にそれぞれ設置(3b及び3d)されており、それぞれの膜厚は300nmである。
【0023】
上記実施形態においては、各圧電体薄膜3a、3c及び3eの間に挿入される強化用金属薄膜3b及び3dの材料としてPtを用いたが、それ以外にもCu、Ag、Pd、Ru、Ta、Ti、Au等々を好適に使用でき、また必要に応じて、In、Zn、Ni、Fe、Mn、Cr、V、Al、Mg等々をも使用できると共に、これら各種金属元素の合金や、これらとPtとの合金も好適に用い得ることは前記の通りである。
【0024】
なお、上記の如き構造の圧電薄膜素子を製造する場合において、上記圧電体薄膜3a、3c、3eと強化用金属薄膜3b、3dからなる積層領域3を形成するに当たっては、製造すべき圧電薄膜素子を、一つの成膜装置内から処理の途中で外部に出すことなく圧電体薄膜と強化用金属薄膜を交互に、且つ連続的に成膜することが推奨される。そうすることにより、圧電体薄膜と強化用金属薄膜との堅固な結合力が得られ、耐久性が一層向上するものである。
【実施例1】
【0025】
本発明に係る圧電薄膜素子の一実施例について、再度図1及び図2を参照しつつ具体的に説明する。
【0026】
図1に示す圧電薄膜素子において、各層の膜厚は、前記の如く、Ptからなる下部電極2が200nm、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜の積層領域3が3000nm、Ptからなる上部電極4が200nmである。そのうち、積層領域3については、図2に示すPZTからなる圧電体薄膜3a、3c、3eの膜厚がそれぞれ800nm、Ptからなる強化用金属薄膜3b、3dの膜厚がそれぞれ300nmであり、計3000nmとなる。
【0027】
次に、上記の本発明にかかる圧電薄膜素子の作製工程を説明する。まずSiからなる基板1上にRFマグネトロンスパッタリング法で、Ptからなる下部電極2を基板温度400℃で200nm成膜した。その後、Ptからなる下部電極2上にMOCVD法でPZTからなる圧電体薄膜800nmとPtからなる強化用金属薄膜300nmを交互に、且つ連続的に積層し、3層のPZTからなる圧電体薄膜3a、3c、3eと2層のPtからなる強化用金属薄膜3b、3dを形成した。MOCVD法によるPZTからなる圧電体薄膜の成膜は、原料としてPb(THD)、Zr(MMP)、Ti(MMP)を用い、基板温度は600℃で行った。MOCVD法によるPtからなる強化用金属薄膜の成膜は、原料としてPt(HFA)を用い、基板温度は500℃で行った。その後、RFマグネトロンスパッタリング法で、Ptからなる上部電極4を基板加熱なしの条件で200nm成膜した。
【0028】
なお、これらの成膜工程、特に、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜を交互に成膜して積層領域3を形成する一連の工程は、作製すべき圧電薄膜素子を一つの成膜装置内から処理の途中で外部に取り出すことなく交互に、且つ連続的に成膜することが推奨される。そうすることにより、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜との堅固な結合力が得られ、充分な耐久性が得られるからである。
【0029】
ここでは圧電体薄膜としてPZTを用いたが、特にPZTに限定されるものではなく、チタン酸鉛(PbTiO)、ジルコン酸チタン酸鉛(Pb(Zr、Ti)O)、ジルコン酸鉛(PbZrO)、チタン酸鉛ランタン((Pb、La)TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((Pb、La)(Zr、Ti)O)、マグネシウムニオブジルコン酸鉛(Pb(Zr、Ti)(Mg、Nb)O)等の強誘電体薄膜、Bi層状構造を持つ強誘電体薄膜(BIT、SBT)、またはこれらのいずれかにドーピングを行った強誘電体薄膜、等から、圧電薄膜素子の特性、用途等を考慮して任意の組成を適宜選択できる。また、上記例では、電極にPtを用いて、PZTの間に挿入する強化用金属薄膜にもPtを用いたが、これも他の金属材料や合金材料を用いても構わない。
【0030】
次に、本発明品と比較するために、従来技術を用いた一般的な圧電薄膜素子を作製した。図3に、従来技術を用いた圧電薄膜素子を横からみた断面図を示す。この従来の圧電薄膜素子は、Siからなる基板1、Ptからなる下部電極2、PZTからなる圧電体薄膜5、Ptからなる上部電極4、から構成されている。基板1を除くそれぞれの層の膜厚は、下から順に200nm、3000nm、200nmとした。
【0031】
次に、従来技術を用いて作製した圧電薄膜素子と、本発明を用いて作製した圧電薄膜素子に微細加工を施し、幅50μm、長さ300μmの片持ち梁構造のアクチュエータを作製し、実際に圧電動作させた時の先端の変位から、両者の圧電定数を算出し比較した。梁先端の変位は、振動幅をレーザードップラ振動計で測定した。その結果、圧電定数d31の平均値はともに−170pm/Vであり、両者共に非常に良好な圧電特性が得られた。即ち、本発明においては、従来品におけるPZTからなる単層構造の圧電体薄膜5とは異なり、PZTからなる圧電体薄膜とPtからなる強化用金属薄膜との積層構造3を採用したにも拘わらず、従来品と同等の圧電特性を得ることができた。
【0032】
次に、両アクチュエータの曲げ強さ試験を行った。片持ち梁の先端に加重を加えることで強制的に梁を曲げ、どの程度の変位で梁が折れるかを比較した。従来技術を用いた圧電薄膜素子から作製した梁は先端の変位が20μmに到達した時に折れ、本発明を用いた圧電薄膜素子から作製した梁では先端の変位が35μmに到達した時に折れた。つまり、本発明を用いることで従来技術のものより格段に曲げ(変形)に対する強度が向上したことが確認できた。
【0033】
本発明によるときは、従来と同等の圧電特性を維持しつつ、圧電薄膜素子の機械的な耐久性が向上し、圧電薄膜素子を適用できる場面を大幅に広げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明における圧電薄膜素子の断面構造を示す図である。
【図2】本発明における圧電薄膜素子の圧電体薄膜と強化用金属薄膜の積層領域3の構造の詳細を示す図である。
【図3】従来技術における圧電薄膜素子の断面構造を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 基板
2 下部電極
3 積層領域
3a、3c、3e 圧電体薄膜
3b、3d 強化用金属薄膜
4 上部電極
5 圧電体薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部電極と下部電極に挟まれた領域に圧電体薄膜を備える圧電薄膜素子において、上記圧電体薄膜を少なくとも2層以上設け、各圧電体薄膜の間に、電極としては用いない強化用金属薄膜を挿入したことを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項2】
請求項1に記載の圧電薄膜素子において、各圧電体薄膜の間に挿入される強化用金属薄膜の材料として白金を用いたことを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項3】
請求項1に記載の圧電薄膜素子において、各圧電体薄膜の間に挿入される強化用金属薄膜の材料として2種類以上の金属元素からなる合金を用いたことを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の圧電薄膜素子において、圧電体薄膜の材料として、チタン酸ジルコン酸鉛、チタン酸鉛、ジルコン酸チタン酸鉛、ジルコン酸鉛、チタン酸鉛ランタン、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン、マグネシウムニオブジルコン酸鉛、Bi層状構造を持つ強誘電体薄膜、またはこれらのいずれかにドーピングを行った強誘電体薄膜を用いたことを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載の圧電薄膜素子を製造する方法であって、圧電薄膜素子の上部電極と下部電極に挟まれた圧電体薄膜と強化用金属薄膜からなる積層領域を形成する工程において、作製すべき圧電薄膜素子を一つの成膜装置内から外部に出すことなく、圧電体薄膜と強化用金属薄膜を交互に、且つ連続的に成膜することを特徴とする圧電薄膜素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−19460(P2006−19460A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−195116(P2004−195116)
【出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】