説明

地熱発電タービンロータ用低合金鋼および地熱発電タービンロータ用低合金材ならびにその製造方法

【課題】地熱発電タービンローラ用に好適な材料を提供する。
【解決手段】C:0.15〜0.30%、Si:0.03〜0.2%、Mn:0.5〜2.0%、Ni:0.1〜1.3%、Cr:1.5〜3.5%、Mo:0.1〜1.0%、V:0.15超〜0.35%、所望によりN:0.005〜0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる低合金鋼塊を熱間鍛造した後、前記熱間鍛造をした素材に900〜950℃の温度範囲に加熱を行い、その後、前記素材の中心部が60℃/時間以上となる冷却速度で焼入れを行う焼入れ工程と、前記焼入れ処理後、600〜700℃の温度範囲で加熱を行う焼戻し工程とを有する調質を行うことで、結晶粒度番号が3〜7、金属組織中に初析フェライトがなく、引張強さ760〜860MPa、延性−脆性破面転移温度(FATT)が40℃以下である素材を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主に腐食環境下で使用される低合金鋼に関するものであり、特に大型の地熱発電用タービンロータ等のタービン部材への適用に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
地熱発電では、蒸気温度が200℃程度と低い反面、蒸気に硫化水素などの腐食性ガスが含まれていることから、地熱発電用タービンロータ材には、通常の火力発電用ロータに要求される高温クリープ強度は必要なく、耐食性と常温における引張強さ、および耐力と靭性が重要視されている。このような低温域では、通常、靭性に優れた3〜4質量%のNiを含むNiCrMoV鋼が使用されるが、Niを多く含む鋼種ではSCC(応力腐食割れ)を生じ易い欠点を有している。従って、地熱発電用ロータには、主に火力発電用の高圧、中圧ロータとして開発された1%CrMoV鋼(公称)を基にして靭性を向上させた材料が使用されている。火力発電の高圧・中圧ロータ用の1%CrMoV鋼は、350℃以上の高温度域で使用されるため、クリープ強度が高い反面、大きな靭性は必要でないが、地熱ロータ用として使用するには、靭性を向上させる必要があり、そのために以下の特許が提案されている(特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭52−30716号公報
【特許文献2】特開昭55−50430号公報
【特許文献3】特開昭61−143523号公報
【特許文献4】特開昭62−290849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、近年では、発電容量の増加に伴って地熱発電タービンロータの大型化が進んでおり、従来から使用されてきた1%CrMoV鋼ではタービンロータの大型化に対応できなくなっている。これは、1%CrMoV鋼が焼入れ性や耐偏析性の観点から大型化の難しい鋼種であり、大型化した場合には軸芯部の冷却速度が大きく低下し、フェライトが析出して靭性が低下することや、鋼塊押湯側でC濃化が生じて焼入れ時の水冷で焼割れが生じる可能性があることが問題となるからである。特許文献1〜3では、1%CrMoV鋼の靭性を改善しているものの、大型化による諸問題は考慮されておらず、冷却速度の低下による靭性の低下が懸念される。特許文献4では、大型化による冷却速度の低下は考慮されているものの、大型鋼塊を製造した場合の鋼塊押湯側のC濃化についての問題は考慮されておらず、大型鋼塊製造時の耐偏析性悪化の懸念がある。
【0005】
本発明は、上記の事情を背景としてなされたものであり、地熱発電用タービンロータにおいて、耐偏析性を改善することにより、鋼塊押湯側のC濃化を抑制して均質な大型鋼塊の製造を可能とし、さらに、地熱発電用タービンロータに必要な靭性、耐食性、耐SCC(応力腐食割れ)性を確保しながら、焼入れ性を改善して、より大型の地熱発電用タービンロータに好適な材料およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
偏析を軽減するためには、凝固時の固液分配によって生じる凝固前面の成分濃化液相の密度と未凝固部のバルク液相の密度との差が小さいことが必要であるが、単一の元素の含有量を増減させるだけでは密度の差を調整することは難しく、他の成分元素を含めたトータル的な液相密度バランスが重要となる。また、大型の地熱発電用のタービンロータでは、耐偏析性の他に焼入れ性、機械的特性、耐食性、耐SCC性が必要である。本発明者は、耐偏析性を考慮して元素の配合バランスを最適化するとともに、多くの鋼種を用いて機械的特性や耐食性、耐SCC性、焼入れ性に関する評価試験を行った。その結果、従来の1%CrMoV鋼と同等の耐食性、耐SCC性を有し、かつ靭性、大型鋼塊製造性に優れた地熱発電用タービンロータを提供できる組成および製造方法を見出し、本発明に至った。
本発明は、以下に示す手段により上記目的を達成するものである。
【0007】
本発明の地熱発電タービンロータ用低合金鋼のうち、第1の本発明は、質量%で、C:0.15〜0.30%、Si:0.03〜0.2%、Mn:0.5〜2.0%、Ni:0.1〜1.3%、Cr:1.5〜3.5%、Mo:0.1〜1.0%、V:0.15超〜0.35%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0008】
第2の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金鋼は、前記第1の本発明において、質量%で、さらにN:0.005〜0.015%を含有することを特徴とする。
【0009】
第3の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金材は、前記第1または第2の本発明に記載の低合金鋼を調質したものであって、結晶粒度番号が3〜7であり、金属組織中に初析フェライトがないことを特徴とする。
【0010】
第4の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金材は、前記第1または第2の本発明に記載の低合金鋼を調質したものであって、引張強さが760〜860MPa、延性−脆性破面転移温度(FATT)が40℃以下であることを特徴とする。
【0011】
第5の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法は、前記第1または第2の本発明に記載の組成を有する鋼塊を熱間鍛造した後、前記熱間鍛造をした素材に900〜950℃の温度範囲に加熱を行い、その後、前記素材の中心部が60℃/時間以上となる冷却速度で焼入れを行う焼入れ工程と、前記焼入れ処理後、600〜700℃の温度範囲で加熱を行う焼戻し工程とを有する調質を行うことを特徴とする。
【0012】
第6の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法は、前記第5の本発明において、地熱発電タービンロータ用低合金鋼発電機器用部材の鍛鋼品の素材に用いるものであることを特徴とする。
【0013】
第7の本発明の地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法は、前記第5または第6の本発明において、地熱発電タービンロータ用低合金鋼前記鋼塊が質量10トン以上の鋳塊であることを特徴とする。
【0014】
以下に、本発明の合金組成および製造条件を設定した理由を説明する。なお、以下の含有量はいずれも質量%で示されている。
【0015】
<合金組成>
C:0.15〜0.30%
Cは焼入れ性を向上させ、また、Cr、Mo、V等の炭化物形成元素と炭化物を形成して、引張強さや耐力を向上させるために必要な元素である。所要の引張強さや耐力を得るためには、少なくとも0.15%以上の添加が必要である。一方、C量が0.30%を越えると靭性、耐食性、耐SCC性を低下させる。従って、Cの含有量は0.15〜0.30%の範囲に限定する。なお、同様の理由で、下限を0.20%、上限を0.27%とするのが望ましい。
【0016】
Si:0.03〜0.2%
本発明におけるSiは、後述するMoとともに耐偏析性を改善するために重要な元素である。大型鋼塊の押湯側におけるC濃化の程度には特にSiとMoが大きく影響しており、Siを0.03%以上添加することによって耐偏析性を改善し、鋼塊押湯側でのC濃化を抑制する効果が得られる。一方、Siが0.2%を越えると靭性が低下し、所要の特性が得られなくなる。従って、Siの含有量は0.03〜0.2%の範囲に限定する。なお、同様の理由で、さらに下限を0.05%にするのが望ましい。
【0017】
Mn:0.5〜2.0%
Mnは、焼入れ性を大きく改善して、焼入れ冷却時の初析フェライトの析出を抑制するのに有効な元素である。Mnを0.5%以上含むことにより、上記効果が十分に得られる。一方、Mnが2.0%を越えると焼戻し脆化感受性を増加させ、靭性を低下させ、耐SCC性を低下させる。このため、Mnの含有量は0.5〜2.0%の範囲とする。なお、同様の理由で、下限を0.8%、上限を1.5%とするのが望ましい。
【0018】
Ni:0.1〜1.3%
NiもMnと同様に焼入れ性を大きく改善して、焼入れ冷却時の初析フェライトの析出を抑制するのに有効な元素である。Niを0.1%以上含むことにより、上記効果が十分得られる。一方、Niが1.3%を越えると地熱蒸気中の腐食性ガスに対する耐SCC性が低くなる。このため、Niの含有量は0.1〜1.3%の範囲とする。なお、同様の理由で、下限を0.3%、上限を1.0%とするのがさらに望ましい。
【0019】
Cr:1.5〜3.5%
Crは焼入れ性を改善し、焼入れ冷却時の初析フェライトの析出を抑制するのに有効な元素である。また、Cと微細な炭化物を形成し、引張強さを向上させるのに有効であり、さらに、地熱蒸気中の腐食性ガスに対する耐食性や耐SCC性を向上させるのにも有効な元素である。Crを1.5%以上含むことにより、上記効果が十分得られる。一方、Crが3.5%を越えると、靭性が低下するとともにタービンロータの軸受部において焼付きを起こし易くなる。従って、Crの含有量は1.5〜3.5%の範囲とする。なお、同様の理由で、下限を1.8%、上限を2.8%とするのが望ましく、さらには、下限を2.0%以上、上限を2.5%以下とするのがより一層望ましい。
【0020】
Mo:0.1〜1.0%
本発明におけるMoは、前述したSiとともに耐偏析性を改善するために重要な元素の一つである。一般的な地熱発電用タービンロータに使用されている1%CrMoV鋼は、Moが1.1〜1.5%程度添加されており、耐食性の観点からは、Mo量を増やした方が良い。しかし、耐偏析性の観点からは、Mo量を抑制する方が望ましく、Mo量を1.0%以下にすることで鋼塊押湯側でのC濃化を抑制する効果が十分得られる。一方で、Moは焼入れ性や焼戻し脆化の改善、引張強さを高めるために有効な元素であり、その効果を得るためには少なくとも0.1%以上の含有が必要である。以上の観点から、Moの添加量は0.1〜1.0%の範囲とする。なお、同様の理由で、下限を0.3%、上限を0.8%、さらに望ましくは上限を0.7%以下にすることが望ましい。
【0021】
V:0.15超〜0.35%
VはCと微細な炭化物を形成し、引張強さを向上させるのに有効な元素である。また、未固溶のバナジウム炭化物が母相中に適量存在する場合には、焼入れ加熱時の結晶粒の粗大化を抑制することができ、靭性の改善に効果がある。上記の効果を得るためには、Vは0.15%超必要である。一方、V量が0.35%を越えると靭性が低下する。したがって、Vの含有量は0.15超〜0.35%の範囲とする。なお、同様の理由で、下限を0.18%、上限を0.30%、さらに望ましくは上限を0.24%とするのが望ましい。
【0022】
N:0.005〜0.015%
Nは焼入れ性を改善し、焼入れ冷却時の初析フェライトの析出を抑制するのに有効な元素であり、また、窒化物を形成して、引張強さを向上させるのにも寄与するので所望により含有させる。上記の効果を得るためには、Nは0.005%以上の含有が必要である。一方、N量が0.015%を越えると靭性が低下する。したがって、Nの含有量は0.005〜0.015%の範囲とする。
【0023】
次に、本発明の低合金鋼の金属組織、および機械的特性について説明する。
【0024】
結晶粒度番号:3〜7
本発明鋼では、JISG0551(鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法)の比較法により測定した調質後の結晶粒度番号が3〜7の粒度であり、その金属組織中に初析フェライトがないことが望ましい。結晶粒度粒度が3〜7の範囲にあり、その金属組織中に初析フェライトがないことにより優れた靭性を得ることができる。結晶粒度番号が3より小さい粗粒だと、超音波透過性を低下させるだけでなく、延靭性が低下し、所定の機械的特性を満たせなくなる。一方、結晶粒度番号が7より大きいと、焼入れ温度を低下させる必要があるため、焼入れ時の冷却中に初析フェライトを析出させずに大型のタービンロータを製造することは工業的に困難である。また、調質後の結晶粒度番号が3〜7を得られた場合でも、金属組織中に初析フェライトが析出していると靭性が大きく低下する。なお、同様の理由で、さらに結晶粒度番号は下限を4.0とすることが望ましい。
【0025】
常温引張強さ:760〜860MPa
目標強度として、調質後の常温引張強さを760MPa以上とする。一方、引張強さが860MPaを越えると、靭性が低下するため、上限は860MPaであることが望ましい。
【0026】
延性−脆性破面遷移温度(FATT):40℃以下
地熱発電では、入口温度が200℃、出口温度が50℃程度と低いため、延性−脆性破面遷移温度(FATT)が十分低いことが必要である。FATTが40℃よりも大きくなると、タービンロータの脆性破壊に対する安全性の確保が困難になる。従って、FATTは40℃以下であることが望ましい。
【0027】
なお、第5の発明に示された地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法は、第1または第2の発明の低合金鋼における機械的特性を向上させるために好適な製造方法であり、本製造方法によれば、焼入れ冷却時の初析フェライトの析出を抑制し、著しく良好な機械的特性を得ることができる。以下に、本低合金鋼の製造方法について説明する。
【0028】
鍛造工程
凝固後の鋼塊は、加熱炉に挿入して所定温度まで加熱した後、大型プレスによる鍛造が行われる。鍛造により、鋼塊内部の空隙を圧著するとともに、デンドライト組織を破壊し、結晶粒組織を得ることができる。このときの鍛造温度は1100℃以上とすることが望ましい。鍛造温度が1100℃未満では、材料の熱間加工性が低下し、鍛造中に割れが発生する危険性があることや、内部への鍛造効果の不足によって混粒組織となり、超音波透過性を低下させる原因となる。ただし、最終鍛造工程では、結晶粒の粗大化を抑制するため、1100℃以上の範囲でできるだけ鍛造温度を低下させることが望ましい。
【0029】
焼入れ工程
通常、火力発電に使用される1%CrMoV鋼では、高温クリープ破断強度を向上させるために、焼入れ温度を高めに設定し、材料中に生成した炭化物を焼入加熱によって一旦、マトリックスに殆ど固溶させ、その後の焼戻処理にて炭化物をマトリックスに微細分散させている。このときの焼入温度は通常、950〜1000℃の範囲である。しかしながら、地熱用のタービンロータ材では、高温クリープ破断強度は必要なく、むしろ室温における靭性が重要である。靭性を向上させるには、結晶粒を微細化させることが有効である。本発明の低合金鋼では、焼入温度を900℃〜950℃の範囲にすることが望ましい。この温度範囲では、未固溶のCr、Mo、Vの炭化物を残存させて焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制し、靭性を向上させることができる。この焼入れ温度範囲よりも高いと、引張強さは増加するものの、結晶粒が粗大化して延・靭性が低下する。一方、この焼入れ温度範囲未満では、焼入性が低下するため、焼入時の冷却中に初析フェライトが析出して靭性が低下する。なお、大型の鍛鋼品では、外表部と中心部で均熱に要する時間が異なるため、焼入れ加熱時間は材料の大きさに合わせて設定することができる。
【0030】
焼入れ時の冷却では、冷却速度を大きくすることで、初析フェライトの析出を抑制するとともに、靭性を向上させることができる。しかし、大型のタービンロータでは、質量効果の影響から中心部の冷却速度が大きく低下するため、初析フェライトが析出し、靭性が低下する。本発明の低合金鋼は、大型化による中心部の冷却速度の低下を考慮した成分であり、焼入時の冷却速度が60℃/時間以上であれば初析フェライトは析出せず、靭性は低下しない。一方、焼入時の冷却速度が60℃/時間よりも低くなると冷却中に初析フェライトが析出し、靭性が低下する。したがって、焼入冷却速度は60℃/時間以上にすることが望ましい。このときの冷却方法は、材料の引張強さ、靭性を低下させないような、いかなる冷却方法でも実施することができる。
【0031】
焼戻し工程
焼入れ温度を低めにしていることから、焼入加熱時の炭化物の固溶量が少なくなるため、焼戻し後の引張強さが低くなる。そのため、焼戻し温度を低めにすることで所定の常温引張強さを得る必要がある。焼戻し温度が600℃よりも低いと炭化物が十分に析出せず、所定の引張強さが得られなくなる。一方、焼戻し温度が700℃よりも高いと炭化物が粗大化して所定の引張強さが得られなくなる。したがって、焼戻し温度は600〜700℃の範囲とすることが望ましい。なお、焼戻し工程においても材料の大きさに合わせて加熱時間は適宜設定をすることができる。
【発明の効果】
【0032】
この発明の地熱発電タービンロータ用低合金鋼は、地熱発電用タービンロータとして靭性、耐食性、耐SCC性を確保しながら、焼入れ性と耐偏析性の向上が図られており、地熱発電用タービンロータ等の大型鍛鋼品に適用することにより、発電効率向上に貢献することができる。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に、本発明の一実施形態を説明する。
本発明の低合金鋼は、前記成分を得るべく常法に従って溶製することができ、その溶製方法が特に限定されるものではない。得られた低合金鋼には、鍛造等の熱間加工が施される。熱間加工後には、熱間加工材に対し、焼準しを行って組織の均一化を図る。焼準しは、例えば1000〜1100℃で加熱を行い、その後炉冷することにより行うことができる。さらに、調質として、焼入れ焼戻しの処理を行うことができる。焼入れは、例えば、900〜950℃に加熱し、急冷することにより行うことができる。焼入れ後は、例えば、600〜700℃で加熱する焼戻しを行うことができる。焼戻し時間として、材料の大きさ、形状などに応じて、適宜の時間を設定する。
本発明の低合金鋼は、上記の熱処理によって、常温の引張強さを760〜860MPaに設定することができ、結晶粒度を、JISG0551(鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法)の比較法において、3〜7の結晶粒度番号にすることができる。
【実施例】
【0034】
表1の本発明材No.1〜15、比較材No.16〜26の化学成分を有する50kg試験鋼塊を試験材として用意した。なお、比較材No.22は一般的な火力発電用1%CrMoV鋼の化学成分である。50kg試験鋼塊は、真空誘導溶解炉(VIM)によって溶製され、鍛造を行った後、所定の熱処理を施した。熱処理は、実機の大型タービンロータを想定した結晶粒径を再現するため、まず1200℃で2時間の粗粒化処理を行った後、予備熱処理として、1100℃の焼準し、620℃の焼戻しを行った。さらに、焼入れ加熱温度である920℃まで加熱した後、胴径1600mmの大型ロータを想定して、60℃/時間で室温まで冷却する焼入れ処理を行った。その後、引張強さを760〜860MPaになるように、600〜700℃の範囲で焼戻し温度、10〜60時間の範囲で焼き戻し時間を選定して熱処理を行い、各供試材を得た。上記より得られた供試材に対して、ミクロ組織観察、引張試験、およびシャルピー衝撃試験を行い、初析フェライトの有無、引張強さ、延性−脆性被面遷移温度(FATT)を評価した。
【0035】
結果を表2に示した。本発明材は、焼入れ時の冷却速度が60℃/時間でも初析フェライトが析出していなかった。また、引張強さも目標範囲を十分満足しており、FATTも40℃以下であることが確認された。一方、比較材No.16、18、19、21〜23には初析フェライトが析出しており、FATTが本発明材と比較して大幅に高くなっていた。また、比較材No.17、20、25では、初析フェライトは析出していなかったものの、引張強さが本発明材より低く、目標を満たしていなかった。比較材No.26では、初析フェライトは析出していなかったものの、FATTが本発明材よりも高かった。すなわち、本発明材では、焼入れ時の冷却速度が低下しても初析フェライトの析出を抑制することができるとともに大型の地熱タービンロータに十分な強度と靭性を有していることが明らかとなった。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
次に本発明材No.1〜10、比較材No.22〜26に対して、文献(鉄と鋼 No.54(1995)、Vol.81“高純度CrMoV鋼の偏析に及ぼす合金元素の影響”、P.82)と同様の8トン砂型試験を行い、大型鋼塊軸芯部のC濃度を模擬した。表1に示してある本発明材No.1〜10、比較材No.22〜26の化学成分を有する溶鋼を電気炉と炉外精錬炉にて8トン溶製し、その溶鋼を本体:径840mm、高さ1015mm、押湯:1030mm、高さ600mmの砂型に鋳造した。鋼塊の凝固後、鋼塊を軸心で縦方向に切断し、縦断面での化学成分の分布を調査した。8トン砂型鋼塊の凝固時間は、ほぼ100トンの金型鋳造材に相当する。表3に8トン鋼塊押湯直下の軸芯部のC濃度(質量%)を示す。大型鋼塊では、凝固時間が遅くなるため、鋼塊押湯側軸芯部のC濃度が顕著に増加し、ある値以上のC濃度では焼入れ時の冷却時に焼割れを生じ易くなる。焼割れが生じるC濃度は経験的に0.38%であることが分かっており、この値より低ければ焼割れは生じない。本発明材No.1〜10の軸芯部のC濃度は、比較材No.22〜24、26よりも明らかに低くなっていた。すなわち、本発明材では、大型鋼塊中心部におけるC濃度の増加を抑制し、より大型のタービンロータ材に適した大型鋼塊を製造できることが明らかとなった。
【0039】
【表3】

【0040】
表4に本発明に係わる供試材の耐食性試験、および耐SCC性試験を実施した結果を示す。耐食性試験には15×25×4mmの試験片を使用した。耐食性試験は、加速環境である24℃±1.7℃、5%酢酸を添加した硫化水素飽和水溶液中で700時間実施した。
耐SCC性試験は、国際基準NACE(米国腐食技術者協会)標準TM0177のB方法(3点曲げSCC試験方法)に従って700時間試験を実施した。Sc値は、試験片寸法、ヤング率、負荷応力、試験数等を考慮し、SCC感受性を表す指標であり、その値は高いほど、SCC感受性が低く、耐SCC性が高いことを示している。
【0041】
本発明材の定常腐食速度は、表4に示すように、比較材17、20、21、26と比べて良好な耐食性を持っていることがわかる。また、本発明材の耐SCC性は、比較材16、17、20、21、25、26と比べて良好な耐SCC性を示した。
大型の地熱発電用タービンロータでは、機械的特性や耐食性、耐SCC性、耐偏析性、焼入れ性を全て満足する必要がある。比較材は、大型の地熱発電用タービンロータ用の鍛造品に必要な要求特性を一部で満足しているものの、全てを満足していなかった。例えば、比較材No.24は、引張強さを満足しており、FATTも本発明材と同等であったが、耐偏析性を満足しておらず、また、比較例No.25は、耐偏析性は本発明材と同等であったが、引張強さが目標を満たしておらず、耐SCC性も低かった。一方、本発明材は、必要な特性を全て満たしており、腐食環境下で使用される大型の地熱発電用タービンロータへの適用に好適なものであることがわかる。
【0042】
【表4】

【0043】
次に強度、靭性に及ぼす結晶粒度の影響について調査した。
実施例に供する試験材として、供試材No.1〜10の鋼塊を使用した。鋼塊は鍛造後、焼準し、焼入れ、焼戻しの熱処理を施して、結晶粒度を変化させた供試材を得た。結晶粒度番号は、JISG0551(鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法)の比較法によるものである。なお、各供試材では、焼準し条件を変えることにより結晶粒度を変え、その後は、各供試材ごとに常温における引張強さが800〜860MPaになるように、本発明の範囲内の条件で焼入れ、焼戻しを行った。得られた各供試材について、ミクロ組織観察、およびシャルピー衝撃試験を行い、初析フェライトの有無、延性−脆性破面遷移温度(FATT)を評価した。
【0044】
結果を表5に示した。結晶粒度を3〜7にした試験材は、初析フェライトは析出しておらず、FATTが目標を満足していた。一方、結晶粒度が7を越えるものでは、初析フェライトが析出しており、靭性が低下していた。また、結晶粒度が3よりも小さいものでは、FATTが目標を満たしていなかった。このように本発明材においては、結晶粒度番号を適正化することによって、焼入れ時の初析フェライトの析出を抑制し、優れた強度、靭性
を得られることがわかる。
【0045】
【表5】

【0046】
次に強度、靭性に及ぼす焼入れ条件、および焼戻し条件の影響について調査した。
実施例に供する試験材として、供試材No.6の鋼塊を使用した。鋼塊は鍛造後、実機の大型タービンロータを想定した結晶粒径を再現するため、1200℃で2時間の粗粒化処理を行った後、予備熱処理として、1100℃の焼準し、620℃の焼戻しを行った。その鍛造材に表6に示す熱処理を施し、ミクロ組織観察、引張試験、およびシャルピー衝撃試験を行い、初析フェライトの有無、引張強さ、延性一脆性破面遷移温度(FATT)を評価した。結果を表6に併せて示した。なお、表6において焼入れ時の冷却速度は、焼入れ温度から室温までの冷却速度である。
【0047】
表6に示すように、焼入れ温度を920℃、940℃、焼入れ時の冷却速度を60℃/h、焼戻しを630℃、680℃で熱処理を行った試験材は、初析フェライトは析出しておらず、引張強さ、FATTが他の熱処理条件より優れていることがわかる。このように本発明材の地熱発電タービンロータ用低合金鋼においては、熱処理条件を適正化することによって、焼入れ時の初析フェライトの析出を抑制し、優れた強度、靭性を得られることがわかる。
【0048】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15〜0.30%、Si:0.03〜0.2%、Mn:0.5〜2.0%、Ni:0.1〜1.3%、Cr:1.5〜3.5%、Mo:0.1〜1.0%、V:0.15超〜0.35%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする地熱発電タービンロータ用低合金鋼。
【請求項2】
質量%で、さらにN:0.005〜0.015%を含有することを特徴とする請求項1記載の地熱発電タービンロータ用低合金鋼。
【請求項3】
請求項1または2に記載の低合金鋼を調質したものであって、結晶粒度番号が3〜7であり、金属組織中に初析フェライトがないことを特徴とする地熱発電タービンロータ用低合金材。
【請求項4】
請求項1または2に記載の低合金鋼を調質したものであって、引張強さが760〜860MPa、延性−脆性破面転移温度(FATT)が40℃以下であることを特徴とする地熱発電タービンロータ用低合金材。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の組成を有する鋼塊を熱間鍛造した後、前記熱間鍛造をした素材に900〜950℃の温度範囲に加熱を行い、その後、前記素材の中心部が60℃/時間以上となる冷却速度で焼入れを行う焼入れ工程と、前記焼入れ処理後、600〜700℃の温度範囲で加熱を行う焼戻し工程とを有する調質を行うことを特徴とする地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法。
【請求項6】
発電機器用部材の鍛鋼品の素材に用いるものであることを特徴とする請求項5記載の地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法。
【請求項7】
前記鋼塊が質量10トン以上の鋳塊であることを特徴とする請求項5または6に記載の地熱発電タービンロータ用低合金材の製造方法。

【公開番号】特開2012−225222(P2012−225222A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92340(P2011−92340)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】