説明

変速時推定トルク設定装置、自動変速機制御装置及び内燃機関遅れモデル学習方法

【課題】内燃機関の応答状態を考慮して変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクを得ることができる変速時推定トルク設定装置、変速ショックを抑制し高精度で円滑な変速制御を可能とする自動変速機制御装置、及び内燃機関遅れモデル学習方法。
【解決手段】変速過渡時のトルク低減前では運転状態推定トルクTsnが用いられるため(S112)、内燃機関の応答状態を反映する高精度な推定トルクが得られる。トルク低減時では(S114でYES)、推定モデルトルクの変化分ΣTDmdlをベース推定トルクTsnbaseに加算することで推定トルクTectを算出している(S116)。このため運転状態推定トルクTsnと推定モデルトルクとの間に段差が存在しても、段差を排除した状態で推定モデルトルクを推定トルクTectに反映させることができ、段差を抑制することが可能となる。又、内燃機関遅れモデルを、学習することで適合化して用いても良い。こうして課題が達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変速過渡時にトルク低減処理を実行する内燃機関において、変速過渡時に前記トルク低減処理分を除いた目標トルクにより内燃機関が出力すると推定されるトルクを推定トルクとして設定する変速時推定トルク設定装置、及びこの変速時推定トルク設定装置を利用した自動変速機制御装置に関する。更にこれら変速時推定トルク設定装置及び自動変速機制御装置に適用できる内燃機関遅れモデル学習方法に関する。
【背景技術】
【0002】
変速制御安定化のために、変速過渡期間(例えばイナーシャ相以後の変速期間)の開始時に入力トルクに基づいて算出された自動変速機のライン圧を保持し、以後の変速期間中は、この保持ライン圧により自動変速機を制御する技術が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
このように自動変速機の安定制御のためにライン圧を保持している変速過渡期間中にスロットル開度変化によりエンジン負荷が大きく変化する場合がある。このような場合は変速完了時に実際に必要なライン圧と保持ライン圧との差が大きくなり、このことで変速ショックが生じる。これを防止するために、変速過渡期間中においてはアクセルペダルに基づいて仮想エンジントルクを設定している技術が提案されている(特許文献2)。
【特許文献1】特開平5−280625号公報(第4−5頁、図7)
【特許文献2】特開2006−329217号公報(第11−16頁、図6−17)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし特許文献2の技術では、変速過渡時に、内燃機関の運転状態、特にアクセルペダルの踏み込み量から得られる目標トルクに近い仮想エンジントルクを設定している。このため内燃機関における目標トルクと実際の出力トルクとの間の応答状態が考慮されておらず、高精度な仮想エンジントルクが得られていない。したがってこの仮想エンジントルクに基づく自動変速機制御についても高精度な制御にはならず、変速完了時に仮想エンジントルクと実際のトルクとの間に段差が生じて、変速ショックが生じるおそれがある。
【0005】
本発明は、応答状態を考慮することで変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクを得ることを目的とする。更に、このことにより変速ショックを抑制して高精度で円滑な変速制御を可能とすることを目的とするものである。更に、高精度な推定トルクを得ることに貢献できる内燃機関遅れモデル学習方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について記載する。
請求項1に記載の変速時推定トルク設定装置は、変速過渡時にトルク低減処理を実行する内燃機関において、変速過渡時に前記トルク低減処理分を除いた目標トルクにより内燃機関が出力すると推定されるトルクを推定トルクとして設定する変速時推定トルク設定装置であって、内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除いた目標トルクから推定モデルトルクを算出する推定モデルトルク算出手段と、前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では内燃機関運転状態に基づいて推定トルクを算出し、該推定トルクをベースとして前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクに基づいて推定トルクを算出する推定トルク算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0007】
推定トルク算出手段では、トルク低減前は内燃機関運転状態に基づいて推定トルクを算出し、トルク低減時ではこの推定トルクをベースとして、内燃機関遅れモデルによる推定モデルトルクに基づいて推定トルクを算出している。このようにトルク低減前は実際の内燃機関運転状態に対応しているので内燃機関の応答状態を反映する高精度な推定トルクが得られ、トルク低減時は内燃機関遅れモデルによるので内燃機関の応答状態を反映する高精度な推定トルクが得られる。
【0008】
そして、トルク低減時はトルク低減前の推定トルクをベースとして推定モデルトルクに基づいて推定トルクを算出しているので、トルク低減前とトルク低減時との間では推定トルクは円滑に推移する。そしてトルク低減完了時も推定モデルトルクに基づく推定トルクから通常計算の推定トルクへの切り替わりとなることから、やはり推定トルクは円滑に推移する。
【0009】
このようにして内燃機関の応答状態を考慮することで変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
請求項2に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項1において、前記推定トルク算出手段は、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分を前記第1推定トルク算出手段にて算出された最後の推定トルクに加算することで前記推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0010】
第2推定トルク算出手段は、変速過渡時におけるトルク低減処理に伴うトルク低減時では、推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分を第1推定トルク算出手段にて算出された最後の推定トルクに加算することで推定トルクを算出している。
【0011】
このようにして、トルク低減時はトルク低減前の推定トルクをベースとして推定モデルトルクに基づいて推定トルクを算出しているので、高精度な推定トルクが段差無く円滑に推移することになる。
【0012】
請求項3に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項1において、前記推定トルク算出手段は、内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除かない目標トルクから推定モデルトルクを算出するトルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出するトルク低減処理反映推定トルク算出手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分と、前記トルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクと前記トルク低減処理反映推定トルク算出手段にて算出された推定トルクとの乖離分とを、前記第1推定トルク算出手段にて算出された最後の推定トルクに加算することで前記推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0013】
ここでは第2推定トルク算出手段は、前記請求項2に述べたごとくの推定トルクに対する推定モデルトルクの変化分の加算と共に、更にトルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクとトルク低減処理反映推定トルク算出手段にて算出された推定トルクとの乖離分を加算している。すなわち実際にトルク低減処理がなされている状態において、内燃機関運転状態に基づいて算出される推定トルクと、目標トルクから算出された推定モデルトルクとのトルクの乖離分を考慮している。
【0014】
このことにより変速過渡時には一層高精度な推定トルクが段差無く円滑に推移することになる。
請求項4に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項2又は3において、前記第2推定トルク算出手段は、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分としては、過去に前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの内で、加算時の推定トルクと値的又は時間的に同じ変化レベルにある推定モデルトルクからの変化分を用いることを特徴とする。
【0015】
このように推定モデルトルクの変化分としては、過去に前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの内で、加算時の推定トルクと値的又は時間的に同じ変化レベルにある推定モデルトルクからの変化分を用いる。このことで、第2推定トルク算出手段は、応答状態のずれを考慮して、推定モデルトルクでの、より正確な変化分を推定トルクに加算することができる。このことにより、変速過渡時におけるトルク低減処理実行時にて一層高精度な推定トルクを得ることが可能となる。
【0016】
請求項5に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項1〜4のいずれか一項において、前記内燃機関遅れモデルは、前記目標トルクをパラメータとして、制御の応答遅れ及び無駄時間に基づいて設定されていることを特徴とする。
【0017】
内燃機関遅れモデルとしては上述のごとく設定することにより、前述したごとく変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
請求項6に記載の変速時推定トルク設定装置は、変速過渡時にトルク低減処理を実行する内燃機関において、変速過渡時に前記トルク低減処理分を除いた目標トルクにより内燃機関が出力すると推定されるトルクを推定トルクとして設定する変速時推定トルク設定装置であって、目標トルクからトルク出力までの遅れを表す内燃機関遅れモデルを、変速時以外の内燃機関運転における遅れ状態を学習することで、実際の内燃機関に適合化させる内燃機関遅れモデル適合化手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除いた目標トルクから推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0018】
上述したごとく内燃機関遅れモデル適合化手段を備えることにより、変速時以外の内燃機関運転における遅れ状態を学習して、内燃機関遅れモデルを実際の内燃機関に適合化させている。
【0019】
したがって第2推定トルク算出手段にて、変速過渡時におけるトルク低減処理に伴うトルク低減時に、内燃機関遅れモデルに基づいてトルク低減処理分を除いた目標トルクから推定トルクを算出すると、高精度で実際とずれの少ない推定トルクを得ることができる。このため第1推定トルク算出手段による内燃機関運転状態に基づく推定トルクに引き続いて、内燃機関遅れモデルに基づいて推定トルクを算出しても、推定トルクの段差が抑制される。
【0020】
このようにして内燃機関遅れモデルの学習処理により内燃機関の応答状態を考慮することで変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
請求項7に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項6において、前記内燃機関遅れモデルは、一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータを備えることで、目標トルクに基づいて出力トルクを算出するモデルであることを特徴とする。
【0021】
内燃機関遅れモデルとしては上述のごとく設定することにより、前述したごとく変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
請求項8に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項7において、前記内燃機関遅れモデル適合化手段は、変速時以外の内燃機関運転状態において、一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータの1つ又は複数を学習することで遅れ状態を学習して前記内燃機関遅れモデルを実際の内燃機関に適合化させることを特徴とする。
【0022】
このような学習により内燃機関遅れモデルを実際の内燃機関に適合化させることができる。
請求項9に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項8において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に変動が小さい状態にある時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの差に基づいて、前記トルク誤差を学習することを特徴とする。
【0023】
このように内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に安定状態にある時に、トルク誤差は出力トルクと推定トルクとの差に正確に現れるので、この差に基づいて、トルク誤差を学習することで、高精度なトルク誤差を得ることができる。こうして変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
【0024】
請求項10に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項8又は9において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの勾配の差に基づいて、前記一次遅れ時定数を学習することを特徴とする。
【0025】
一次遅れ時定数の違いは、変化時の勾配の違いとして現れる。したがって出力トルクと推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、出力トルクと推定トルクとの勾配の差に基づいて学習することで、高精度な一次遅れ時定数を得ることができる。こうして変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
【0026】
請求項11に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項8〜10のいずれか一項において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に前記出力トルクと前記推定トルクとの間に生じた差から、前記出力トルクと前記推定トルクとの変動が小さい時に生じている差を減算することで得られた値を、前記安定変化時の前記目標トルク、前記出力トルク又は前記推定トルクの勾配により換算することで得られた時間に基づいて前記無駄時間を学習することを特徴とする。
【0027】
無駄時間の違いは、変化における時間ずれとして現れる。したがって出力トルクと推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記2つの差間の減算により、トルク誤差を相殺し、この相殺後のトルク差の値を、変化時の勾配に基づいて換算することで得られた時間に基づいて無駄時間を学習することができる。このことにより変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
【0028】
請求項12に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項1〜11のいずれか一項において、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減後では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第3推定トルク算出手段を備えたことを特徴とする。
【0029】
このように変速過渡時におけるトルク低減処理に伴うトルク低減後については第3推定トルク算出手段により内燃機関運転状態に基づいて推定トルクを算出するようにすることができる。
【0030】
前述したごとく直前までは、内燃機関運転状態に基づく推定トルクに対して、内燃機関遅れモデルに基づいて円滑に推移した推定トルクを算出していた。これに更に第3推定トルク算出手段が内燃機関運転状態に基づいて推定トルクを算出することで、確実かつ円滑に内燃機関運転状態に対応する推定トルクに戻すことができる。
【0031】
請求項13に記載の変速時推定トルク設定装置では、請求項1〜12のいずれか一項において、変速は自動変速機によりなされることを特徴とする。
特に自動変速機の変速過渡時においてはトルク低減処理の実行が要求されるので、上述のごとく設定することにより、前述したごとく変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られる。
【0032】
請求項14に記載の自動変速機制御装置は、請求項1〜13のいずれか一項に記載の変速時推定トルク設定装置を備えることにより、該変速時推定トルク設定装置により設定された前記推定トルクに基づいて自動変速機の油圧制御を実行することを特徴とする。
【0033】
特に自動変速機の油圧制御においては、前述したごとく変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られるので、変速ショックを抑制して高精度で円滑な変速制御が可能となる。
【0034】
請求項15に記載の内燃機関遅れモデル学習方法は、一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータを備えることで目標トルクに基づいて出力トルクを算出する内燃機関遅れモデルの学習方法であって、内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に変動が小さい状態にある時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの差に基づいて、前記トルク誤差を学習することを特徴とする。
【0035】
このように内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが安定状態にある時に、トルク誤差は出力トルクと推定トルクとの差に正確に現れるので、この差に基づいて、トルク誤差を学習することできる。このことにより実際の内燃機関に十分に適合した内燃機関遅れモデルを得ることができ、円滑に推移する高精度な推定トルクを得ることに貢献できる。
【0036】
請求項16に記載の内燃機関遅れモデル学習方法では、請求項15において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの勾配の差に基づいて、前記一次遅れ時定数を学習することを特徴とする。
【0037】
一次遅れ時定数の違いは、変化時の勾配の違いとして現れる。したがって出力トルクと推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、出力トルクと推定トルクとの勾配の差に基づいて学習することで、高精度な一次遅れ時定数を得ることができる。このことにより実際の内燃機関に十分に適合した内燃機関遅れモデルを得ることができ、円滑に推移する高精度な推定トルクを得ることに貢献できる。
【0038】
請求項17に記載の内燃機関遅れモデル学習方法では、請求項15又は16において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に前記出力トルクと前記推定トルクとの間に生じた差から、前記出力トルクと前記推定トルクとの変動が小さい時に生じている差を減算することで得られた値を、前記安定変化時の前記目標トルク、前記出力トルク又は前記推定トルクの勾配により換算することで得られた時間に基づいて前記無駄時間を学習することを特徴とする。
【0039】
無駄時間の違いは変化における時間ずれとして現れる。したがって出力トルクと推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記2つの差間の減算により、トルク誤差を相殺し、この相殺後のトルクの差の値を、変化時の勾配に基づいて換算することで得られた時間に基づいて無駄時間を学習することができる。このことにより実際の内燃機関に十分に適合した内燃機関遅れモデルを得ることができ、円滑に推移する高精度な推定トルクを得ることに貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
[実施の形態1]
図1は上述した発明が適用された車両用の内燃機関、駆動系及び制御系の概略構成を示すブロック図である。内燃機関はガソリンエンジン(以下、エンジンと略す)2である。駆動系はトルクコンバータ4と自動変速機6とを備えて構成されている。エンジン2の回転駆動力はトルクコンバータ4を介して自動変速機6に伝達されることで変速されて、車輪側へ車両走行駆動力として出力される。
【0041】
エンジン2は例えば直列4気筒エンジン、V型6気筒エンジンなどであり、各気筒の燃焼室8には、先端にエアフィルタが存在する吸気通路10を通じてスロットルバルブ12にて調節された外気が吸入されると共に各吸気ポート14にて燃料噴射弁16から噴射された燃料が供給される。尚、燃料は直接、燃焼室8内に噴射するタイプでも良い。このように燃焼室8内に形成された空気と燃料とからなる混合気に対して点火プラグ18による点火が行われると、同混合気が燃焼してピストン20が往復移動し、エンジン2の出力軸であるクランクシャフト22が回転する。そして燃焼後の混合気は排気として各燃焼室8から排気通路24に送り出される。エンジン2において、燃焼室8と吸気通路10との間は吸気バルブ26の開閉動作によって連通・遮断され、燃焼室8と排気通路24との間は排気バルブ28の開閉動作によって連通・遮断される。これら吸気バルブ26及び排気バルブ28は、クランクシャフト22の回転が伝達される吸気カムシャフト30及び排気カムシャフト32の回転に伴い開閉動作する。
【0042】
車両にはエンジン2の運転制御を行う電子制御装置(以下「EG−ECU」と略す)34が搭載されている。このEG−ECU34を通じてエンジン2のスロットル開度制御、点火時期制御、燃料噴射制御等の制御が行われる。EG−ECU34には、以下に示されるごとくエンジン2に設けられた各種センサからの検出信号が入力される。すなわちクランクシャフト22の回転(エンジン回転数NE)を検出するエンジン回転数センサ36、吸気カムシャフト30の回転位置(カム角)を検出するカムポジションセンサ38、アクセルペダル40の踏み込み量であるアクセル開度ACCP(%)を検出するアクセル開度センサ42が設けられている。更にスロットルバルブ12におけるスロットル開度TA(%)を検出するスロットル開度センサ44、吸気通路10を通過する吸入空気量GA(g/s)を検出する吸気量センサ46、エンジン2の冷却水温THWを検出する水温センサ48などが設けられている。
【0043】
このエンジン2では、EG−ECU34がアクセル開度センサ42にて検出されたアクセル開度ACCPに応じて、ドライバー要求トルクがエンジン2から出力されるように、電動モータ12aにてスロットルバルブ12を駆動してスロットル開度TAを調節する。更にEG−ECU34に備えられている車両安定化制御(VSC:ビークルスタビリティコントロール)システムによってもスロットルバルブ12が自動制御されている。このことによりエンジン2が発生する出力トルクを増減調節してトルクコンバータ4側へ出力している。尚、車両安定化制御用の電子制御装置は、EG−ECU34とは別途設けた構成でも良い。
【0044】
自動変速機6に対する変速制御を実行する自動変速機制御装置(以下「ECT−ECU」と略す)50は、トルクコンバータ4の出力軸4aに設けられたトルクコンバータ出力軸センサ52からトルクコンバータ4の出力側(自動変速機6の入力側)の回転数NTを検出している。更に自動変速機6の出力軸6aに設けられた変速機出力軸センサ54から自動変速機6の出力側の回転数Noutを検出し、シフトポジションセンサ55からシフトレバー55aのポジションを検出している。EG−ECU34は、このECT−ECU50と相互に情報を交換している。
【0045】
ECT−ECU50は、自動変速機6に設けられた油圧制御回路56におけるバルブを制御することで、内部クラッチや内部ブレーキを係合したり解放したりして変速を実行する。更にECT−ECU50は、この変速駆動のために油圧ポンプから油圧制御回路56に供給される油圧であるライン圧を油圧調節部58によって変速シフト状態などに応じて調節している。
【0046】
次にECT−ECU50が油圧調節部58に対して変速中に実行する変速時ライン圧制御処理について図2のフローチャートに基づいて説明する。本処理は一定時間周期で繰り返し実行される。
【0047】
本処理が開始されると、まずエンジン運転状態に基づいて、マップなども含めた関数計算処理ftにより、実際にエンジン2が出力していると推定される運転状態推定トルクTsnを算出する(S102)。エンジン運転状態としては、ここでは主として吸気量センサ46により実測されている吸入空気量GA、エンジン回転数センサ36により実測されているエンジン回転数NE、アクセル開度センサ42により実測されているアクセル開度ACCP、水温センサ48にて実測されている冷却水温THWが用いられる。
【0048】
次にドライバーの要求に応じて目標トルクTqtを算出する(S104)。ドライバーの要求はアクセル操作量であるアクセル開度ACCPに表れ、これとエンジン回転数NEとが関係するため、アクセル開度ACCPとエンジン回転数NEとに基づいてマップMAPtqtから目標トルクTqtを算出することになる。アクセル開度ACCP及びエンジン回転数NEと、目標トルクTqtとの間の関係を表すマップMAPtqtは、エンジン2の性能設計に対応させて設定されている。
【0049】
次に変速中か否かを判定する(S106)。変速中でなければ(S106でNO)、このまま本処理を一旦出る。この場合は、油圧調節部58にて調節されるライン圧は別途、変速シフト状態に応じた油圧になるよう制御されることになる。
【0050】
変速状態に入った場合には(S106で「YES」)、次に変速過渡時に実行されるトルク低減処理に伴うトルク低減前か否かを判定する(S108)。ここで変速中はトルク相、イナーシャ相、トルク相と順次状態が変遷するが、変速過渡時とは主としてイナーシャ相状態時であり、変速過渡時には自動変速機6の内部クラッチや内部ブレーキの切り替えのためにECT−ECU50はEG−ECU34に対してトルク低減処理を指示する。このトルク低減処理に伴うトルク低減開始及びトルク低減終了のタイミングは、エンジン2の運転状態、例えば吸入空気量GAとエンジン回転数NEとに基づいて予め設定したマップから算出して時間的に判定することができる。あるいは実際にドライバー要求とは異なる吸入空気量GA低下及び復帰によりトルク低減処理に伴うトルク低減開始及びトルク低減終了のタイミングを判定しても良い。
【0051】
変速当初はトルク低減処理に伴うトルク低減前であるので(S108で「YES」)、次にベース推定トルクTsnbaseに今回ステップS102にて算出された運転状態推定トルクTsnを設定し(S110)、推定トルクTectに同様に運転状態推定トルクTsnを設定する(S112)。
【0052】
そしてこの推定トルクTectに基づいて油圧調節部58における油圧制御、具体的にはライン圧PLの調節が実行される(S118)。
トルク低減処理に伴うトルク低減前の状態からトルク低減処理が開始され、このことにより実際にトルクが低減するトルク低減時となると、トルク低減前ではないので(S108でNO)、次にトルク低減処理に伴うトルク低減時か否かを判定する(S114)。ここでは該当するトルク低減時である(S114で「YES」)。したがって次に推定トルクTectが、式1に示すごとく、ステップS110にて最後に算出されたベース推定トルクTsnbaseに対して、エンジン2の遅れモデルに基づいて算出された推定モデルトルク変化分ΣTDmdlを加算することにより算出される(S116)。
【0053】
[式1] Tect ← Tsnbase + ΣTDmdl
ここで推定モデルトルク変化分ΣTDmdlは、変速時ライン圧制御処理(図2)と同周期にて実行されている図3のフローチャートに示す遅れモデル変化加算トルク算出処理により求められる推定モデルトルク周期変化分TDmdlを周期毎に積算した値である。
【0054】
遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)について説明する。本処理(図3)が開始されると、まず式2にて示す内燃機関遅れモデルにより目標トルクTqtに基づいて推定モデルトルクTmdlを算出する(S142)。
【0055】
[式2] Tmdl ← {1/(Ts+1)}・e[−Ls]・Tqt
ここでTsは一次遅れの時定数を、e[−Ls]はネイピア数eの−Ls乗を示し、Lsは無駄時間を表す。
【0056】
すなわち、このモデルはエンジン2に対応して時定数Ts及び無駄時間Lsを設定した内燃機関遅れモデルである。
そして、こうして内燃機関遅れモデルにより得られた推定モデルトルクTmdlを用いて、式3に示すごとく、前回の周期にて内燃機関遅れモデルにより得られている前回推定モデルトルクTmdloldとの差を推定モデルトルク周期変化分TDmdlとして設定する(S144)。
【0057】
[式3] TDmdl ← Tmdl − Tmdlold
そして前回推定モデルトルクTmdloldに今回の推定モデルトルク周期変化分TDmdlを設定して(S146)、一旦本処理を出る。以後、上述した処理を周期的に繰り返すことになる。
【0058】
変速時ライン圧制御処理(図2)の説明に戻る。上述したごとく遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)にて周期的に計算されて更新されている推定モデルトルク周期変化分TDmdlを、ステップS116では前記式1において推定モデルトルク変化分ΣTDmdlとして積算すると共にベース推定トルクTsnbaseに加算する。したがってトルク低減時は、推定トルクTectは、ベース推定トルクTsnbaseをベースとして、この値から始まって推定モデルトルクTmdlの変化に対応した変化になる。
【0059】
このように推定モデルトルク変化分ΣTDmdlの変化が行われている推定トルクTectに基づいて油圧制御が実行されることになる(S118)。
そしてトルク低減処理に伴うトルク低減が終了してトルク低減後となると(S114でNO)、前記式1に示したステップS116の処理はなされなくなり、推定トルクTectに対しては運転状態推定トルクTsnを設定する処理(S112)に戻る。
【0060】
図4に本実施の形態における制御の一例を示す。図示するごとくタイミングt0にてECT−ECU50は変速処理に入り、ECT−ECU50によるトルク低減要求によりEG−ECU34はタイミングt1よりトルク低減処理を実行する。そしてタイミングt2よりトルク低減処理に伴うトルク低減が実際に生じる。このトルク低減前(t0〜t2)では推定トルクTectは運転状態推定トルクTsnが設定されている。そしてトルク低減時(t2〜t4)には二点鎖線にて示すごとくタイミングt2の直前において最後に算出されたベース推定トルクTsnbaseに推定モデルトルク変化分ΣTDmdlを加算した値が推定トルクTectとして用いられる。そしてトルク低減後(t4〜)は推定トルクTectは運転状態推定トルクTsnの値に戻される。
【0061】
上述した構成において請求項との関係は、ECT−ECU50が変速時推定トルク設定装置、自動変速機制御装置、推定モデルトルク算出手段、推定トルク算出手段、第1推定トルク算出手段、第2推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段に相当する。遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)のステップS142が推定モデルトルク算出手段としての処理に、変速時ライン圧制御処理(図2)のステップS102,S112が第1推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段としての処理に相当する。ステップS110,S116と遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)のステップS144,S146とが第2推定トルク算出手段としての処理に相当する。これら第1推定トルク算出手段及び第2推定トルク算出手段としての処理が推定トルク算出手段としての処理に相当する。
【0062】
以上説明した本実施の形態1によれば、以下の効果が得られる。
(イ).変速過渡時においてトルク低減前では運転状態推定トルクTsnが推定トルクTectに設定されるため(S112)、推定トルクTectは実際のエンジン運転状態に対応することになり、内燃機関の応答状態を反映する高精度な推定トルクTectが得られる。
【0063】
トルク低減時では(S114でYES)、推定モデルトルクTmdlの変化分ΣTDmdlをトルク低減前に算出された最後の推定トルクであるベース推定トルクTsnbaseに加算することで推定トルクTectを算出している(S116)。
【0064】
このためエンジン運転状態に基づいて算出された運転状態推定トルクTsnと推定モデルトルクTmdlとの間に段差が存在したとしても、段差を排除した状態で推定モデルトルクTmdlを推定トルクTectに反映させることができる。このことにより推定トルクTectの段差を抑制することが可能となる。
【0065】
このようにしてエンジン2の応答状態を考慮することで、変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクTectが得られるので、ECT−ECU50は、変速ショックを抑制して高精度で円滑な変速制御が可能となる。
【0066】
(ロ).トルク低減後(S114でNO)は、運転状態推定トルクTsnによる推定トルクTectに戻している(S112)。直前までは、内燃機関遅れモデルに基づいて円滑に推移した推定トルクTectを算出していた。したがって確実かつ円滑にエンジン運転状態に対応する推定トルクTectに戻すことができる。
【0067】
(ハ).前記(イ)、(ロ)の効果により、自動変速機6での油圧制御において変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクが得られることから、自動変速機6の内部クラッチや内部ブレーキの係合・解放が円滑に実行でき、変速時のショックを効果的に防止することができる。
【0068】
[実施の形態2]
本実施の形態では、図2の代わりに図5に示す変速時ライン圧制御処理を実行する。更に図6に示すトルク低減処理反映トルク差算出処理を実行する。遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)は前記実施の形態1と同様に実行する。他の構成は前記実施の形態1と同じである。したがって図1も参照して説明する。
【0069】
変速時ライン圧制御処理(図5)において前記図2と異なる点は、トルク低減時において(S214で「YES」)、実施の形態1で述べた前記式1の代わりに、式4の計算処理により推定トルクTectの算出(S216)がなされる点である。これ以外のステップS202〜S214,S218は前記図2のステップS102〜S114,S118と同じである。
【0070】
[式4] Tect ← Tsnbase + ΣTDmdl + dTms
ここで推定モデルトルク変化分ΣTDmdlは、前記実施の形態1にて述べたごとくであり、遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)により求められる推定モデルトルク周期変化分TDmdlを周期毎に積算した値である。
【0071】
式4が式1と異なるのは、トルク低減処理反映トルク差dTmsが更に加算されている点である。
このトルク低減処理反映トルク差dTmsは、変速時ライン圧制御処理(図5)と同周期にて実行されている図6のフローチャートに示すトルク低減処理反映トルク差算出処理により求められる。
【0072】
トルク低減処理反映トルク差算出処理(図6)について説明する。本処理(図6)が開始されると、まず前記図3のステップS142にて説明した前記式2にて表される内燃機関遅れモデルにより、トルク低減処理反映目標トルクTqtectに基づいてトルク低減処理反映推定モデルトルクTmdlectを算出する(S262)。
【0073】
ここでトルク低減処理反映目標トルクTqtectは、変速過渡時にトルク低減のためにECT−ECU50がEG−ECU34に対して要求している目標トルクである。後述する図7では「ECT要求トルクダウン」で示す破線で表されている。
【0074】
したがってステップS262にて内燃機関遅れモデル計算から得られるトルク低減処理反映推定モデルトルクTmdlectについても、トルク低減処理反映目標トルクTqtectに対応して低減されることになる。
【0075】
そして式5により、推定トルク乖離分dTmsが算出される(S264)。
[式5] dTms ← Tsn − Tmdlect
すなわち低減された実際のトルクを推定している運転状態推定トルクTsnと内燃機関遅れモデルによるトルク低減処理反映推定モデルトルクTmdlectとのトルク差として、推定トルク乖離分dTmsを算出している。この推定トルク乖離分dTmsは、実際とモデルとのトルク差を高精度に表すものである。
【0076】
こうしてトルク低減処理反映トルク差算出処理(図6)を一旦出る。この処理が周期毎に実行されることになる。
変速時ライン圧制御処理(図5)では、トルク低減前とトルク低減後については推定トルクTectに運転状態推定トルクTsnが設定される(S212)。したがってこの期間では、前記実施の形態1と同じであるが、トルク低減時においては(S214で「YES」)、前記実施の形態1の場合よりも更に推定トルク乖離分dTmsが考慮された推定トルクTectが設定されることになる(S216)。
【0077】
図7のタイミングチャートに本実施の形態の制御の一例を示す。図示するごとくタイミングt10にてECT−ECU50は変速処理に入り、ECT−ECU50はトルク低減処理を要求することでEG−ECU34はタイミングt11よりトルク低減処理を実行する。そしてタイミングt12よりトルク低減処理に伴うトルク低減が生じる。このトルク低減前(t10〜t12)では推定トルクTectは運転状態推定トルクTsnが設定されている。しかしトルク低減時(t12〜t14)には、タイミングt12の直前において最後に算出されたベース推定トルクTsnbaseに、推定モデルトルク変化分ΣTDmdlと推定トルク乖離分dTmsとを加算した値が推定トルクTectとして用いられる。そしてトルク低減後(t14〜)は推定トルクTectは運転状態推定トルクTsnの値に戻される。
【0078】
上述した構成において請求項との関係は、ECT−ECU50が推定モデルトルク算出手段、推定トルク算出手段、トルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段、第1推定トルク算出手段、トルク低減処理反映推定トルク算出手段、第2推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段に相当する。遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)のステップS142が推定モデルトルク算出手段としての処理に、変速時ライン圧制御処理(図5)のステップS202,S212が第1推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段としての処理に相当する。ステップS210,S216と遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)のステップS144,S146とトルク低減処理反映トルク差算出処理(図6)のステップS264とが第2推定トルク算出手段としての処理に相当する。トルク低減処理反映トルク差算出処理(図6)のステップS262がトルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段としての処理に、変速時ライン圧制御処理(図5)のステップS202の処理がトルク低減処理反映推定トルク算出手段としての処理に相当する。
【0079】
以上説明した本実施の形態2によれば、以下の効果が得られる。
(イ).前記実施の形態1の効果を生じると共に、変速過渡時のトルク低減時において前記式4に示したごとく、推定モデルトルク変化分ΣTDmdlと共に推定トルク乖離分dTmsをベース推定トルクTsnbaseに加算することにより推定トルクTectを算出している。この推定トルク乖離分dTmsを考慮したことにより、変速過渡時には一層高精度な推定トルクTectを段差無く円滑に推移させることができる。このことによりトルク低減終了時に推定モデルトルク変化分ΣTDmdlによる推定トルクTectの増減では段差が防ぎきれない場合にも、その段差を効果的に抑制することができる。
【0080】
[実施の形態3]
本実施の形態では、前記実施の形態1又は2において図3の代わりに図8に示す遅れモデル変化加算トルク算出処理を実行する。他の構成は前記実施の形態1又は2と同じである。したがって図1,2,5,6も参照して説明する。
【0081】
本実施の形態の遅れモデル変化加算トルク算出処理(図8)は、前記図3とは同一の周期にて実行されるが推定モデルトルク周期変化分TDmdlの算出が異なる。
遅れモデル変化加算トルク算出処理(図8)が開始されると、まず内燃機関遅れモデルにより目標トルクTqtに基づいて推定モデルトルクTmdlを算出する(S342)。この処理は図3のステップS142と同じであり、前記式2により算出される。
【0082】
次に算出された推定モデルトルクTmdlを、時系列データWtmdlに格納する(S344)。すなわち時間順(周期順)に配列データとしてECT−ECU50内に設けられているメモリに記憶される。
【0083】
次に実際にトルク低減時か否かを判定する(S346)。トルク低減時でなれば(S346でNO)、このまま一旦処理を出る。
次の制御周期においても推定モデルトルクTmdlの算出(S342)とその値を時系列データWtmdlに格納する処理(S344)とを実行し、トルク低減時でなければ(S346でNO)、このまま処理を出ることを繰り返す。
【0084】
その後、トルク低減時となると(S346で「YES」)、次にトルク低減時での最初の処理か否かを判定する(S348)。最初であれば(S348で「YES」)、前記時系列データWtmdlから、変速時ライン圧制御処理(図2又は図5)のステップS110又はS210にて設定されたベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルクTmdlの配列位置tiを検索し抽出する(S350)。
【0085】
ベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルクTmdlは、直前の安定状態で例えば図9のタイミングチャートに示すごとく差βが存在するとすれば、推定モデルトルクTmdlA(=Tsnbase+β)の値が、ベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルクTmdlに相当する。
【0086】
ここで時系列データWtmdl中の推定モデルトルクTmdlの値は、周期毎に算出されて記憶されているので、完全に変化レベルが同一の値が存在するとは限らない。このため「ベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルクTmdl」としては、ベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの値(Tsnbase+β)が存在すれば、その値であり、同じ変化レベルの値と同一値が存在しない場合には最も近い値を意味する。
【0087】
このような配列位置tiの検索・抽出以外に、図9のタイミングチャートに示すごとくベース推定トルクTsnbaseと推定モデルトルクTmdlとの変化開始のずれ時間tdを求めておき、ステップS350では、このずれ時間前に時系列データWtmdlに格納された推定モデルトルクTmdlの配列位置tiを抽出しても良い。
【0088】
こうして配列位置tiを抽出すると次に位置カウンタiをクリアする(S352)。そして式6に示すごとく推定モデルトルク周期変化分TDmdlを算出する(S354)。
[式6] TDmdl ← Wtmdl(ti+i)+Wtmdl(ti+i−1)
ここでWtmdl(ti+i)は時系列データのti+i番目のデータを表し、Wtmdl(ti+i−1)は時系列データのti+i−1番目のデータを表す。
【0089】
すなわちベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルクTmdlから抽出を開始している。
次の制御周期ではトルク低減時の最初ではないので(S348でNO)、位置カウンタiをインクリメントし(S356)、インクリメントした位置カウンタiを用いて、前記式6により新たな推定モデルトルク周期変化分TDmdlを算出する(S354)。以後、トルク低減時では(S346で「YES」、S348でNO)、時系列データWtmdl中のデータ位置を1つずつずらしながら推定モデルトルクTmdlを抽出して、前記式6により推定モデルトルク周期変化分TDmdlを算出する処理(S354)が繰り返される。
【0090】
変速時ライン圧制御処理(図2又は図5)のステップS116又はS216では、このようにして算出された推定モデルトルク周期変化分TDmdlを積算して推定モデルトルクTmdlの変化分ΣTDmdlとし、この値をトルク低減前に算出された最後の推定トルクであるベース推定トルクTsnbaseに対する加算対象としている。このことで前記式1又は式4のごとく推定トルクTectが算出される。
【0091】
図9のタイミングチャートに本実施の形態の制御の一例を示す。この例では前記実施の形態1において図3の代わりに図8の遅れモデル変化加算トルク算出処理を実行した例を示している。図示するごとくタイミングt20にてECT−ECU50は変速処理に入りトルク低減要求によりEG−ECU34はタイミングt21よりトルク低減処理を実行する。そしてタイミングt22よりトルク低減処理に伴うトルク低減が実際に生じる。このトルク低減前(t20〜t22)では推定トルクTectは運転状態推定トルクTsnが設定されているが、トルク低減時(t22〜t24)にはタイミングt22の直前において最後に算出されたベース推定トルクTsnbaseに推定モデルトルク変化分ΣTDmdlを加算した値が推定トルクTectとして用いられる。
【0092】
ただしベース推定トルクTsnbaseに加算される推定モデルトルク変化分ΣTDmdlは、タイミングt22からの推定モデルトルク周期変化分TDmdlの積算ではない。推定モデルトルク変化分ΣTDmdlとしては、タイミングt22におけるベース推定トルクTsnbaseと同じ変化レベルの推定モデルトルク周期変化分TDmdlが、時系列データWtmdlから抽出されて積算されることにより用いられる。図9の例では推定モデルトルクTmdlAからの変化が抽出される。
【0093】
もし運転状態推定トルクTsnと推定モデルトルクTmdlとが、無駄時間により大きい時間差が存在している場合には、タイミングt22からの推定モデルトルク周期変化分TDmdlの積算では推定モデルトルクTmdlBからの積算となる。このため最終的には破線で示すごとくとなり適切な加算が行われないので、トルク低減終了時(t24)に推定トルクTectが運転状態推定トルクTsnの値に戻される際に推定トルクTectに大きい段差が生じるおそれがある。しかし本実施の形態では図9に示すごとく値的又は時間的に生じた値差又は時間差を考慮できることにより段差を十分に抑制できる。
【0094】
尚、前記実施の形態2において図3の代わりに図8の遅れモデル変化加算トルク算出処理を実行した場合も同様にして十分に段差を抑制できる。
上述した構成において請求項との関係にて特に前記実施の形態1又は2と異なるのは、遅れモデル変化加算トルク算出処理(図3)のステップS144,S146の代わりに、遅れモデル変化加算トルク算出処理(図8)のステップS344〜S356が第2推定トルク算出手段としての処理に含まれる点である。
【0095】
以上説明した本実施の形態3によれば、以下の効果が得られる。
(イ).前記実施の形態1又は2の効果と共に、図9にて説明したごとく無駄時間を値的又は時間的に考慮してトルク低減終了時における段差を効果的に抑制できる。
【0096】
[実施の形態4]
本実施の形態では、前記実施の形態1の図2の代わりに図10に示す変速時ライン圧制御処理を実行する。図3は実行しない。この代わりに図11,12,13の内燃機関遅れモデル学習処理が実行される。他の構成は前記実施の形態1と同じである。したがって図1も参照して説明する。
【0097】
変速時ライン圧制御処理(図10)において前記図2と異なる点は、ベース推定トルクTsnbaseの設定処理(図2:S110)がないことと、モデル出力トルクTomdlが内燃機関遅れモデルにより目標トルクTqtに基づいて算出される処理(S405)を実行する点である。ここでの内燃機関遅れモデルは式7に示すごとくである。
【0098】
[式7] Tomdl ← {1/(Ts+1)}・e[−Ls]・Tqt+α
ここでTsは一次遅れの時定数を、e[−Ls]はネイピア数eの−Ls乗を示し、Lsは無駄時間を表し、αはトルク誤差を表している。
【0099】
この遅れモデルはエンジン2に対応して時定数Ts、無駄時間Ls及びトルク誤差αを設定したモデルであり、車両製造当初においては、標準のエンジンに対応した数値が設定されている。
【0100】
更に前記図2と異なる点は、変速時ライン圧制御処理(図10)では、トルク低減時において(S414で「YES」)、実施の形態1で述べた前記式1にて推定トルクTectを算出するのではなく、前記式7により求めたモデル出力トルクTomdlをそのまま設定している(S416)点である。
【0101】
これ以外のステップS402,S404,S406〜S414,S418は前記図2のステップS102〜S108,S112,S114,S118と同じである。
図11〜13は、トルク誤差α、無駄時間Ls及び時定数Tsを学習することで、前記式7に示した内燃機関遅れモデルを実際の内燃機関に適合化させる処理である。尚、これら図11〜13の処理と変速時ライン圧制御処理(図10)とは同周期で繰り返し割り込み実行されている。
【0102】
内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理(図11)について説明する。処理が開始されると、まず現在、変速時ではないか否かが判定される(S432)。変速時であれば(S432でNO)、本処理を一旦出る。
【0103】
変速時でなければ(S432で「YES」)、次に運転状態推定トルクTsnが安定状態か否かが判定される(S434)。安定状態とは運転状態推定トルクTsnの変動がほとんど無い状態、すなわち単位時間当たりの変動量が0や予め定めた変動判定基準値より小さい状態を所定時間継続していた場合を安定状態とする。安定状態ではない場合には(S434でNO)、本処理を一旦出る。
【0104】
運転状態推定トルクTsnが安定状態であれば(S434で「YES」)、次にモデル出力トルクTomdlが安定状態か否かが判定される(S436)。安定状態とはモデル出力トルクTomdlの変動がほとんど無い状態であり、ステップS434にて行った運転状態推定トルクTsnの安定状態と同様に判定する。安定状態ではない場合には(S436でNO)、本処理を一旦出る。
【0105】
モデル出力トルクTomdlが安定状態であれば(S436で「YES」)、次に式8のごとく、トルク誤差αが学習処理により更新される(S438)。
[式8] α ← α + MAPα(Tsn−Tomdl)
ここでマップMAPαは、後述する図17のタイミングチャートの右側に示すごとくの運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとの差に基づいて、トルク誤差αを、実際のトルク誤差に適合させるためのトルク誤差学習値を算出するマップである。例えば図14に示すごとく設定されている。
【0106】
したがって前記式8の右辺にある元のトルク誤差αに対して、運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとの差に応じて算出されたトルク誤差学習値MAPα(Tsn−Tomdl)が加算されることにより、新たなトルク誤差αが算出される。このことでトルク誤差αの学習が行われる。
【0107】
上述した処理が繰り返されることで、トルク誤差αについて学習が繰り返され、前記式7に表した内燃機関の遅れモデルがトルク誤差αに関して実際に適合した適切なものとなる。
【0108】
内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理(図12)について説明する。処理が開始されると、まず現在、変速時ではないか否かが判定される(S452)。変速時であれば(S452でNO)、直前にn回以上連続して周期毎算出無駄時間Lsxの積算をしたかを判定する(S468)。この周期毎算出無駄時間Lsxの積算については後述する。ここでは直前にn回以上連続して周期毎算出無駄時間Lsxの積算をしなかったので(S468でNO)、後述する無駄時間積算値LsTをクリアして(S474)、本処理を一旦出る。
【0109】
変速時でなければ(S452で「YES」)、次に運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとが共に上昇中かあるいは下降中かが判定される(S454)。上昇中か下降中かは、変化勾配の絶対値から判断して、この値が或程度以上の値であれば、上昇中あるいは下降中であると判断する。
【0110】
ここで運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとが、あるいはいずれか一方が安定していたり十分な勾配にて変化していない場合に(S454でNO)、前述したごとくステップS468にてはNOと判定されると、無駄時間積算値LsTをクリアして(S474)、本処理を一旦出る。
【0111】
運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとが共に上昇中あるいは下降中であれば(S454で「YES」)、次に運転状態推定トルクTsnの変化勾配θtsnが安定状態にあるか否かを判定する。ここでは変化勾配θtsnの単位時間当たりの変動量が0や変動判定基準値より小さい状態を所定時間継続していた場合を安定状態とする。安定状態ではない場合に(S456でNO)、前述したごとくステップS468にてはNOと判定されると、無駄時間積算値LsTをクリアして(S474)、本処理を一旦出る。
【0112】
運転状態推定トルクTsnの変化勾配θtsnが安定状態にあれば(S456で「YES」)、次にモデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdlが安定状態にあるか否かを判定する。ここでは変化勾配θtomdlの単位時間当たりの変動量が0や変動判定基準値より小さい状態を所定時間継続していた場合を安定状態とする。安定状態ではない場合に(S458でNO)、前述したごとくステップS468にてはNOと判定されると、無駄時間積算値LsTをクリアして(S474)、本処理を一旦出る。
【0113】
モデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdlが安定状態にあれば(S458で「YES」)、次に式9のごとく、運転状態推定トルクTsnとモデル出力トルクTomdlとのトルク差dTqa(図17の中央に示す)が算出される(S460)。
【0114】
[式9] dTqa ← Tsn − Tomdl
次に式10に示すごとく、このトルク差dTqaから前記内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理(図11)にて算出されているトルク誤差α(図17の左側に示す)を差し引いて、無駄時間に起因するトルク差dTqbを算出する(S462)。
【0115】
[式10] dTqb ← dTqa − α
次に式11に示すごとく、トルク差dTqbをこの時のモデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdlで除算して周期毎算出無駄時間Lsxを算出する(S464)。
【0116】
[式11] Lsx ← dTqb/θtomdl
尚、上記式11において、モデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdlの代わりに、運転状態推定トルクTsnの変化勾配θtsnで除算しても良く、あるいはこれらの変化勾配θtomdl,θtsnと同様に変化している部分の目標トルクTqtの変化勾配にて除算しても良い。
【0117】
次にこの周期毎算出無駄時間Lsxを無駄時間積算値LsTに積算する(S466)。こうして一旦本処理を出る。
以後、ステップS452〜S458にてすべて「YES」と判定される状態が継続していれば、ステップS460〜S464にて周期毎算出無駄時間Lsxが算出されて、ステップS466にて無駄時間積算値LsTに積算される処理が繰り返される。
【0118】
そしてステップS452〜S458のいずれかにてNOと判定されると、前述したごとく直前にn回以上連続して周期毎算出無駄時間Lsxの積算をしたかを判定する(S468)。
【0119】
ここではm(≧n)回連続して周期毎算出無駄時間Lsxの積算をしているとすると(S468で「YES」)、次に式12に示すごとく無駄時間積算値LsTの平均値Lsvを算出する(S470)。
【0120】
[式12] Lsv ← LsT/m
次に式13に示すごとく、平均値Lsvに基づいてマップMAPlsから学習値を算出して無駄時間Lsを更新する(S472)。
【0121】
[式13] Ls ← Ls + MAPls(Lsv)
ここでマップMAPlsは、無駄時間積算値LsTの平均値Lsvに基づいて、無駄時間Lsを実際の無駄時間に適合させるための無駄時間学習値を算出するマップである。例えば図15に示すごとく設定されている。
【0122】
したがって前記式13の右辺にある元の無駄時間Lsに対して、平均値Lsvに応じて算出された無駄時間学習値MAPls(Lsv)が加算されることにより、新たな無駄時間Lsが算出される。このことで無駄時間Lsの学習が行われる。
【0123】
上述した処理が繰り返されることで、無駄時間Lsの学習が繰り返され、前記式7に表した内燃機関の遅れモデルが無駄時間Lsに関して実際に適合した適切なものとなる。
内燃機関遅れモデル時定数学習処理(図13)について説明する。尚、本処理にてステップS482〜S488の判定処理は、前記内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理(図12)のステップS452〜S458の判定処理と同じである。
【0124】
本処理が開始されてステップS482〜S488の判定がなされるが、この判定のいずれかにてNOと判定されると、このまま本処理を一旦出る。
ステップS482〜S488のすべてに「YES」と判定されると、次に式14のごとくの処理が行われる(S490)。
【0125】
[式14]Ts ← Ts+MAPdts(|θtsn|−|θtomdl|)
すなわち運転状態推定トルクTsnの変化勾配θtsn(図17の中央に示す)の絶対値とモデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdl(図17の中央に示す)の絶対値との差に基づきマップMAPdtsから時定数学習値を算出し、時定数Tsを更新する。
【0126】
実際の時定数と内燃機関遅れモデルの時定数Tsとの差は、運転状態推定トルクTsnの変化勾配θtsnとモデル出力トルクTomdlの変化勾配θtomdlとの違いに表れる。マップMAPdtsは、この2つの変化勾配θtsn,θtomdlの絶対値の差に基づいて、時定数Tsを実際に適合した適切な時定数とするための学習値を算出するものである。例えば図16に示すごとく設定されている。
【0127】
したがって前記式14の右辺にある元の時定数Tsに対して、時定数学習値MAPdts(|θtsn|−|θtomdl|)が加算されることにより、新たな時定数Tsが算出される。このことで時定数Tsの学習が行われる。
【0128】
上述した処理が繰り返されることで、学習が繰り返され、前記式7に表した内燃機関遅れモデルが時定数Tsに関して実際に適合した適切なものとなる。
上述した処理により、図18のタイミングチャートに示すごとく、変速時(t40〜)においては、トルク低減前(t40〜t42)あるいはトルク低減後(t43〜)は、推定トルクTectには運転状態推定トルクTsnが設定される(図10:S412)。そしてトルク低減時(t42〜t43)は(S414で「YES」)、推定トルクTectには学習処理(図11〜13)により実際のエンジン2に適合化されているモデル出力トルクTomdlが設定される(S416)。
【0129】
上述した構成において請求項との関係は、ECT−ECU50がモデル適合化手段、第1推定トルク算出手段、第2推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段に相当する。3つの学習処理(図11,12,13)がモデル適合化手段としての処理に、変速時ライン圧制御処理(図10)のステップS402,S412が第1推定トルク算出手段及び第3推定トルク算出手段としての処理に、ステップS404,S405,S416が第2推定トルク算出手段としての処理に相当する。
【0130】
以上説明した本実施の形態4によれば、以下の効果が得られる。
(イ).3つの学習処理(図11,12,13)により、変速時以外の内燃機関運転における遅れ状態の学習、特にパラメータとして一次遅れ時定数Ts、無駄時間Ls及びトルク誤差αの学習を行って、内燃機関遅れモデルを実際のエンジン2に適合化させている。
【0131】
したがってトルク低減時に内燃機関遅れモデルに基づいてトルク低減処理分を除いた目標トルクTqtから算出したモデル出力トルクTomdlを推定トルクTectに設定することで、高精度で実際とずれの少ない推定トルクTectを得ることができる。このためトルク低減前の運転状態推定トルクTsnを設定した推定トルクTectに引き続いて、内燃機関遅れモデルに基づく推定トルクTectを用いても推定トルクTectの段差を抑制することができる。同様にしてトルク低減後に運転状態推定トルクTsnを設定した推定トルクTectを用いても推定トルクTectの段差を抑制することができる。
【0132】
このようにして変速過渡時に円滑に推移する高精度な推定トルクTectが得られるので、変速ショックを抑制して高精度で円滑な変速制御が可能となる。
[その他の実施の形態]
(a).前記実施の形態4において、トルク誤差α、無駄時間Ls及び時定数Tsの値が未だ十分に収束していない場合は、学習処理(図11,12,13)の実行と共に、実施の形態1〜3のいずれかの処理にて、円滑に推移する高精度な推定トルクTectを設定するようにしても良い。そして、トルク誤差α、無駄時間Ls及び時定数Tsの値が、すべて学習処理により十分に収束したら学習を停止し、実施の形態4のみの処理に切り替えるようにしても良い。
【0133】
(b).前記実施の形態4において、学習処理(図11,12,13)はすべて実行する必要はなく、特に重要なものに限って実行しても良い。例えば、内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理(図11)のみ実行しても良く、この図11と内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理(図12)との2つのみ実行しても良い。あるいは、内燃機関遅れモデル時定数学習処理(図13)と他の2つの処理(図11,12)のいずれかと2つのみ実行するようにしても良い。
【0134】
又、すべての学習処理(図11,12,13)を同時に実行するのではなく、制御上の影響の大きいもの、例えば内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理(図11)を先に実行しても良い。そしてトルク誤差αが十分に収束したら、内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理(図12)の実行を開始し、更に無駄時間Lsが十分に収束したら、内燃機関遅れモデル時定数学習処理(図13)を開始するようにしても良い。このことにより相互に学習時の干渉によるハンチングなどのおそれをなくして、早期に学習値を収束させることが可能となる。
【0135】
(c).前記変速時ライン圧制御処理(図2,5)のステップS116又はS216では推定モデルトルク周期変化分TDmdlを積算して、推定モデルトルク変化分ΣTDmdlを算出して用いていた。これ以外に、積算するのではなく最後のベース推定トルクTsnbase設定時での推定モデルトルクTmdlから現時点での推定モデルトルクTmdlとの差を、推定モデルトルク変化分として計算して用いても良い。
【0136】
(d).前記各実施の形態では内燃機関としてガソリンエンジンの例を示したが、ディーゼルエンジンでも良い。この場合には運転状態推定トルクTsnの計算は、吸入空気量GAではなく燃料噴射量を用いる。
【0137】
(e).前記各実施の形態において、運転状態推定トルクTsnの計算は吸入空気量GA等に基づいて行ったが、バルブタイミング調節機構により、吸気バルブ26や排気バルブ28のバルブタイミング制御を実行している場合には、バルブタイミングも運転状態推定トルクTsn計算のパラメータに含める。更に点火時期によるトルク調節も行われている場合には点火時期もパラメータに含める。
【図面の簡単な説明】
【0138】
【図1】実施の形態1の車両用内燃機関、駆動系及び制御系の概略構成を示すブロック図。
【図2】実施の形態1のECT−ECUが実行する変速時ライン圧制御処理のフローチャート。
【図3】同じく遅れモデル変化加算トルク算出処理のフローチャート。
【図4】実施の形態1の制御の一例を示すタイミングチャート。
【図5】実施の形態2のECT−ECUが実行する変速時ライン圧制御処理のフローチャート。
【図6】同じくトルク低減処理反映トルク差算出処理のフローチャート。
【図7】実施の形態2の制御の一例を示すタイミングチャート。
【図8】実施の形態3のECT−ECUが実行する遅れモデル変化加算トルク算出処理のフローチャート。
【図9】実施の形態3の制御の一例を示すタイミングチャート。
【図10】実施の形態4のECT−ECUが実行する変速時ライン圧制御処理のフローチャート。
【図11】同じく内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理のフローチャート。
【図12】同じく内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理のフローチャート。
【図13】同じく内燃機関遅れモデル時定数学習処理のフローチャート。
【図14】上記内燃機関遅れモデルトルク誤差学習処理で用いられるマップMAPαの構成説明図。
【図15】上記内燃機関遅れモデル無駄時間学習処理で用いられるマップMAPlsの構成説明図。
【図16】上記内燃機関遅れモデル時定数学習処理で用いられるマップMAPdtsの構成説明図。
【図17】実施の形態4の処理の一例を示すタイミングチャート。
【図18】実施の形態4の処理の一例を示すタイミングチャート。
【符号の説明】
【0139】
2…エンジン、4…トルクコンバータ、4a…出力軸、6…自動変速機、6a…出力軸、8…燃焼室、10…吸気通路、12…スロットルバルブ、12a…電動モータ、14…吸気ポート、16…燃料噴射弁、18…点火プラグ、20…ピストン、22…クランクシャフト、24…排気通路、26…吸気バルブ、28…排気バルブ、30…吸気カムシャフト、32…排気カムシャフト、34…EG−ECU、36…エンジン回転数センサ、38…カムポジションセンサ、40…アクセルペダル、42…アクセル開度センサ、44…スロットル開度センサ、46…吸気量センサ、48…水温センサ、50…ECT−ECU、52…トルクコンバータ出力軸センサ、54…変速機出力軸センサ、55…シフトポジションセンサ、55a…シフトレバー、56…油圧制御回路、58…油圧調節部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変速過渡時にトルク低減処理を実行する内燃機関において、変速過渡時に前記トルク低減処理分を除いた目標トルクにより内燃機関が出力すると推定されるトルクを推定トルクとして設定する変速時推定トルク設定装置であって、
内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除いた目標トルクから推定モデルトルクを算出する推定モデルトルク算出手段と、
前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では内燃機関運転状態に基づいて推定トルクを算出し、該推定トルクをベースとして前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクに基づいて推定トルクを算出する推定トルク算出手段と、
を備えたことを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項2】
請求項1において、前記推定トルク算出手段は、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分を前記第1推定トルク算出手段にて算出された最後の推定トルクに加算することで前記推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段と、
を備えたことを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項3】
請求項1において、前記推定トルク算出手段は、
内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除かない目標トルクから推定モデルトルクを算出するトルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出するトルク低減処理反映推定トルク算出手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分と、前記トルク低減処理反映推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクと前記トルク低減処理反映推定トルク算出手段にて算出された推定トルクとの乖離分とを、前記第1推定トルク算出手段にて算出された最後の推定トルクに加算することで前記推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段と、
を備えたことを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項4】
請求項2又は3において、前記第2推定トルク算出手段は、前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの変化分としては、過去に前記推定モデルトルク算出手段にて算出された推定モデルトルクの内で、加算時の推定トルクと値的又は時間的に同じ変化レベルにある推定モデルトルクからの変化分を用いることを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項において、前記内燃機関遅れモデルは、前記目標トルクをパラメータとして、制御の応答遅れ及び無駄時間に基づいて設定されていることを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項6】
変速過渡時にトルク低減処理を実行する内燃機関において、変速過渡時に前記トルク低減処理分を除いた目標トルクにより内燃機関が出力すると推定されるトルクを推定トルクとして設定する変速時推定トルク設定装置であって、
目標トルクからトルク出力までの遅れを表す内燃機関遅れモデルを、変速時以外の内燃機関運転における遅れ状態を学習することで、実際の内燃機関に適合化させる内燃機関遅れモデル適合化手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減前では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第1推定トルク算出手段と、
変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減時では、前記内燃機関遅れモデルに基づいて前記トルク低減処理分を除いた目標トルクから推定トルクを算出する第2推定トルク算出手段と、
を備えたことを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項7】
請求項6において、前記内燃機関遅れモデルは、一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータを備えることで、目標トルクに基づいて出力トルクを算出するモデルであることを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項8】
請求項7において、前記内燃機関遅れモデル適合化手段は、変速時以外の内燃機関運転状態において、一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータの1つ又は複数を学習することで遅れ状態を学習して前記内燃機関遅れモデルを実際の内燃機関に適合化させることを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項9】
請求項8において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に変動が小さい状態にある時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの差に基づいて、前記トルク誤差を学習することを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項10】
請求項8又は9において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの勾配の差に基づいて、前記一次遅れ時定数を学習することを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか一項において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に前記出力トルクと前記推定トルクとの間に生じた差から、前記出力トルクと前記推定トルクとの変動が小さい時に生じている差を減算することで得られた値を、前記安定変化時の前記目標トルク、前記出力トルク又は前記推定トルクの勾配により換算することで得られた時間に基づいて前記無駄時間を学習することを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項において、変速過渡時における前記トルク低減処理に伴うトルク低減後では、内燃機関運転状態に基づいて前記推定トルクを算出する第3推定トルク算出手段を備えたことを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一項において、変速は自動変速機によりなされることを特徴とする変速時推定トルク設定装置。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の変速時推定トルク設定装置を備えることにより、該変速時推定トルク設定装置により設定された前記推定トルクに基づいて自動変速機の油圧制御を実行することを特徴とする自動変速機制御装置。
【請求項15】
一次遅れ時定数、無駄時間及びトルク誤差のパラメータを備えることで目標トルクに基づいて出力トルクを算出する内燃機関遅れモデルの学習方法であって、
内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に変動が小さい状態にある時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの差に基づいて、前記トルク誤差を学習することを特徴とする内燃機関遅れモデル学習方法。
【請求項16】
請求項15において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に、前記出力トルクと前記推定トルクとの勾配の差に基づいて、前記一次遅れ時定数を学習することを特徴とする内燃機関遅れモデル学習方法。
【請求項17】
請求項15又は16において、変速時以外の内燃機関運転状態であって、前記内燃機関遅れモデルに基づいて目標トルクから算出した出力トルクと内燃機関運転状態から算出した推定トルクとが共に勾配が安定した上昇変化又は下降変化している時に前記出力トルクと前記推定トルクとの間に生じた差から、前記出力トルクと前記推定トルクとの変動が小さい時に生じている差を減算することで得られた値を、前記安定変化時の前記目標トルク、前記出力トルク又は前記推定トルクの勾配により換算することで得られた時間に基づいて前記無駄時間を学習することを特徴とする内燃機関遅れモデル学習方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2009−236185(P2009−236185A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81404(P2008−81404)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】