説明

変速機の油分割構造

【課題】変速機ケース内の油溜まりを分割するバッフルプレートの軽量化と剛性確保とレイアウト成立とシール部材廃止を併せて達成すること。
【解決手段】ベルト式無段変速機の油分割構造は、ドリブンスプロケット12側の空間とオイルストレーナ15側の空間とを分離させるチェーンカバー部63を有する鉄製バッフルプレート本体部品61と、チェーンカバー部63に接合され、油中に埋没するドリブンスプロケット12とチェーン8を囲う樹脂製バッフルプレートカバー部品65と、を備えたバッフルプレート60により変速機ケース50内の油溜まりを分割する。樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、鉄製バッフルプレート本体部品61に対しボルト締結により取り付けるボルト穴85,84を有し、ボルト穴85,84の位置から肉厚が必要な部位にのみ第1カバーリブ31と第2カバーリブ32を延在させた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変速機ケース内の油溜まりを分割するバッフルプレートを備えた変速機の油分割構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、変速機の油分割構造としては、鉄系材料によるファイナルギアカバー部に、同じ鉄系材料によるチェーンカバー部を、シール部材を介して接合した構成のバッフルプレートにより、変速機ケース内の油溜まりを分割するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4464233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の変速機の油分割構造にあっては、バッフルプレートを構成するファイナルギアカバー部とチェーンカバー部が共に鉄板のプレス品であるため、重量増になってしまうし、また、鉄板のプレス品同士で油密状態に接合するため、シール部材が必要部品になってしまう、という問題があった。
【0005】
これに対し、素材を鉄系材料から樹脂材料に変更することにより軽量化を図ることが考えられるが、この場合、樹脂材料は鉄系材料より剛性が低下するため、板厚をアップしなければならない。しかし、バッフルプレートは、変速機ケースとコンバータハウジングとの間に挟まれるように配置されるため、これらの周辺部品とのクリアランスがほとんどなく、樹脂材料で剛性を確保するだけの板厚のアップが困難であり、軽量化を妨げている。そこで、板厚のアップを抑えた樹脂材料を用いつつ剛性を確保するため、リブを設定する手法も考えられる。しかし、通常設計にしたがってリブを設定すると、樹脂板の全体面に沿って碁盤の目のように設定することになるため、板厚アップと同様にクリアランスがほとんどない周辺部品との干渉を避けることができない。
【0006】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、変速機ケース内の油溜まりを分割するバッフルプレートの軽量化と剛性確保とレイアウト成立とシール部材廃止を併せて達成することができる変速機の油分割構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の変速機の油分割構造は、バッフルプレート本体部品と、バッフルプレートカバー部品と、を備えたバッフルプレートにより変速機ケース内の油溜まりを分割する。
前記バッフルプレート本体部品は、オイルポンプのポンプ軸に固定されたドリブンスプロケットと、オイルストレーナの吸入口と、の間に配置され、前記ドリブンスプロケット側の空間と前記オイルストレーナ側の空間とを分離させるチェーンカバー部を有する。
前記バッフルプレートカバー部品は、前記チェーンカバー部に接合され、前記ドリブンスプロケットと、前記ドリブンスプロケットに噛み合うチェーンの油中に埋没する軌道を囲う。
この変速機の油分割構造において、前記バッフルプレートカバー部品を、樹脂系素材による成型品である樹脂製バッフルプレートカバー部品とする。
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品は、前記バッフルプレート本体部品に対しボルト締結により取り付けるボルト穴を有し、前記ボルト穴の位置から肉厚が必要な部位にのみカバーリブを延在させた。
【発明の効果】
【0008】
よって、バッフルプレートを構成するバッフルプレートカバー部品を、樹脂製バッフルプレートカバー部品とすることで、鉄板のプレス品によるバッフルプレートカバー部品の場合に比べ、軽量化が達成される。
また、樹脂製バッフルプレートカバー部品の肉厚アップを、全体剛性を確保するまでに至らないものとしても、肉厚が必要な部位にカバーリブを設定したことで、バッフルプレートカバー部品に要求される必要剛性が確保される。
バッフルプレートカバー部品のうち、バッフルプレート本体部品に対しボルト締結により取り付けるボルト穴の位置は、周辺部品とのクリアランス余裕を確保できる限られた位置であり、この位置から離れるにしたがってクリアランス余裕が減少する。この点に着目し、ボルト穴の位置から肉厚が必要な部位に向けてのみカバーリブを延在させたことで、周辺部品との干渉が避けられ、レイアウトが成立する。
樹脂製バッフルプレートカバー部品は、弾性変形を許容する素材性質を有するため、バッフルプレート本体部品と密着状態で接合させることでシール性が確保される。つまり、鉄板のプレス品同士で油密状態に接合するために必要とされていたシール部材を廃止することができる。
この結果、変速機ケース内の油溜まりを分割するバッフルプレートの軽量化と剛性確保とレイアウト成立とシール部材廃止を併せて達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1のFF車に搭載されるベルト式無段変速機の油分割構造を示す全体正面図である。
【図2】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートが設定されるオイルポンプ部分を上部から視た概略図である。
【図3】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートを示す斜視図である。
【図4】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートのうち鉄製バッフルプレート本体部品の正面図(a)と底面図(b)を示す。
【図5】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートのうち鉄製バッフルプレート本体部品の図4(a)のA−A端面図である。
【図6】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートのうち鉄製バッフルプレート本体部品の要部であるチェーンカバー部を示す斜視図である。
【図7】実施例1の油分割構造としてのバッフルプレートのうち樹脂製バッフルプレートカバー部品を示す斜視図である。
【図8】実施例1のバッフルプレートを構成する鉄製バッフルプレート本体部品と樹脂製バッフルプレートカバー部品の密着接合状態を示す図3のC面による断面図である。
【図9】実施例1のバッフルプレートの役割である「デフ回りのフリクション低減」と「ストレーナへの泡流入抑制」の各作用を説明するための作用説明図である。
【図10】比較例のバッフルプレートにおいて必要部材であるシール部材の一例を示す断面図である。
【図11】実施例1の第1カバーリブがコンバータハウジングの湾曲形状背面に近接配置されることを示す簡易モデルによる模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の変速機の油分割構造を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
図1および図2は、実施例1のFF車に搭載されるベルト式無段変速機(変速機の一例)の油分割構造を示し、図3は、実施例1のバッフルプレートを示す。以下、図1〜図3に基づき全体構成を説明する。
【0012】
実施例1の油分割構造を備えたベルト式無段変速機は、図1に示すように、変速機ケース50と、変速機入力軸2と、ファイナルギア5と、ドライブスプロケット7と、ドリブンスプロケット12と、チェーン8と、オイルポンプ10と、オイルストレーナ15と、バッフルプレート60と、を備えている。
【0013】
前記ベルト式無段変速機は、図示しないエンジンからの動力が変速機入力軸2に伝達される。変速機入力軸2に入力された動力は、変速機入力軸2に設けられたプライマリプーリと、セカンダリ軸に設けられたセカンダリプーリと、両プーリに掛け渡されたVベルトとで構成されるVベルト式無段変速機構によって変速される。変速後の回転数は、図示しないリダクションギアに伝達され、リダクションギアを経由してディファレンシャルのファイナルギア5に動力が伝達される。そして、ディファレンシャルに伝達された動力は、車両の左右前輪(駆動輪)へ伝達される。
【0014】
前記変速機ケース50は、ケース底壁51と、該ケース底壁51から垂直に広がる支持壁52と、図示しないトルクコンバータハウジングを取り付けるコンバータハウジング取り付け端面55と、を有する。前記支持壁52には、変速機入力軸2を支持する入力軸支持カバー53が取り付けられ、該入力軸支持カバー53の図1において手前側位置に変速機入力軸2に支持された図示しないトルクコンバータが配置される。また、入力軸支持カバー53の図1において奥側位置に、変速機入力軸2に支持されたプライマリプーリが配置される。
【0015】
前記オイルポンプ10は、図1および図2に示すように、ポンプ回転軸11の端部にドリブンスプロケット12が取り付けられ、変速機入力軸2に取り付けられたドライブスプロケット7との間でチェーン8を掛け渡すことによってポンプ駆動を行う。ドリブンスプロケット12とファイナルギア5の回転面は、略同一面となっている。
オイルポンプ10は、図1に示すように、変速機ケース50の下方の底壁51近傍であって、変速機ケース50内に溜まる油中に配置され、変速機ケース50の底壁51から垂直に広がる支持壁52に取り付けられている。そして、オイルパン取付部25に取り付けられた図示しないオイルパンに溜まる油を、オイルストレーナ15を介して吸い込むため、ケース底壁51に設けられたケース穴54を通過する油路を介してオイルストレーナ15と接続されている。なお、ケース穴54は、図2に示すように、ケース底壁51のオイルポンプ10の真下部分に設けられ、変速機ケース50内の油が、ケース穴54を経由して変速機ケース50の下部に取り付けられたオイルパンに流れ込むようになっている。
【0016】
前記バッフルプレート60は、変速機ケース50内の油溜まりに浸漬されるファイナルギア5およびドリブンスプロケット12を囲むことにより空間を分割し、ファイナルギア5やドリブンスプロケット12やチェーン8が回転した際の油の攪拌量を抑える。このバッフルプレート60は、鉄製バッフルプレート本体部品61と、樹脂製バッフルプレートカバー部品65と、の2部品により構成される。このうち、鉄製バッフルプレート本体部品61は、変速機ケース50に対してボルト41,42により固定している。他方の樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、鉄製バッフルプレート本体部品61に対してナット43,44により固定している。
【0017】
前記鉄製バッフルプレート本体部品61は、図1および図2に示すように、ファイナルギア5と支持壁52との間隙からオイルポンプ10とドリブンスプロケット12との間隙に渡り、ファイナルギア5の側面の一部およびドリブンスプロケット12の背面と側面の一部を囲うように配置される。
【0018】
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、図1および図2に示すように、ドリブンスプロケット12の手前側において、ドリブンスプロケット12の側面全体を囲うように配置される。この樹脂製バッフルプレートカバー部品65を設けることによって、チェーン8の一部とドリブンスプロケット12の回転面の両面が囲まれる。この樹脂製バッフルプレートカバー部品65には、変速機ケース50のコンバータハウジング取り付け端面55から露出した平坦面位置に、図1および図3に示すように、第1カバーリブ31(カバーリブ)と第2カバーリブ32(カバーリブ)が設定される。この両カバーリブ31,32のうち、第1カバーリブ31を、変速機ケース50に固定されるコンバータハウジングの湾曲形状背面に近接する位置に配置している。
【0019】
次に、バッフルプレート60を構成する鉄製バッフルプレート本体部品61の詳細構成を説明する。
図4(a)は、鉄製バッフルプレート本体部品61の正面図であり、図4(b)は、鉄製バッフルプレート本体部品61の下面図である。また、図5は、図4(a)におけるA−A部断面図である。図6は、鉄製バッフルプレート本体部品61の要部を示す斜視図である。
【0020】
前記鉄製バッフルプレート本体部品61は、ファイナルギア5の側面の一部を囲むファイナルギアカバー部62と、ドリブンスプロケット12の側面の一方の側を囲むチェーンカバー部63と、で構成されている。ファイナルギアカバー部62とチェーンカバー部63とは、一部材の板材から一体に成形され、図5に示すようにそれぞれの面がオフセットしている。
【0021】
前記ファイナルギアカバー部62は、ファイナルギア5のオイルポンプ10に近い側の側面(ギアの回転面と平行な面)の約4分の1を囲う略扇形状に形成されている。
ファイナルギアカバー部62の扇形状外径縁のチェーンカバー部63と接続しない部分において、ファイナルギアカバー部62から扇形状外径方向に貯油室側壁97が突出している。ファイナルギアカバー部62の扇形状外径縁のチェーンカバー部63と接続しない部分と、貯油室側壁97の外径縁とを、図4(a)において手前側に立ち上げて、それぞれ分離壁部材64Bと貯油室底壁64Cとが形成される。貯油室側壁97および貯油室底壁64Cによって、貯油室96が形成される。貯油室96の図4(a)における下方側には、貯油室底壁64Cから貯油室側壁97にかけて油排出穴98が形成される。
ファイナルギアカバー部62の扇形状外径縁において、チェーンカバー部63と接続する部分には、扇形状外径縁に沿って湾曲した断面L字形状の分離壁部材64Aが溶接点21においてチェーンカバー部63に溶接されている。
分離壁部材64A、64Bおよび貯油室底壁64Cとで分離壁64が構成され、ファイナルギア5側とドリブンスプロケット12側とが仕切られる。
ファイナルギアカバー部62には、ボルトによってバッフルプレート本体部品61を支持壁52に固定するためにボルト穴70が形成され、さらに、ファイナルギアカバー部62から図4(a)において上方向に延びる突出部71にボルト穴72が形成されている。
【0022】
前記チェーンカバー部63は、プレート本体部66にポンプ回転軸11を差し込むための軸穴73が設けられている。そして、軸穴73の図4(a)の右側位置には、チェーンカバー部63をボルトによってオイルポンプ10に固定するためのボルト穴74が形成されている。
チェーンカバー部63のプレート本体部66の底壁51側(図4(a)の下方側)には、底壁板部67が、チェーンカバー部63と一体に折り曲げにより立設されている。この底壁板部67は、プレート本体部66から垂直に立ち上がる。
分離壁部材64Aには、プレート本体部66と溶接するための溶接部55を備え、貯油室底壁64C側の端部において、図4(a)における手前側の縁からチェーンカバー部63方向に延びるカバー取り付け突出部79が形成される。このカバー取り付け突出部79には、図4(b)における上方向に伸びるボルト80が取り付けられている。
チェーンカバー部63の図4(a)における右側端部からカバー取り付け突出部77が延びている。カバー取り付け突出部77には、図4(b)における上方向に伸びるボルト78が取り付けられている。このボルト78,80によって、樹脂製バッフルプレートカバー部品65の鉄製バッフルプレート本体部品61への取り付けを行う。
【0023】
次に、バッフルプレート60を構成する樹脂製バッフルプレートカバー部品65の詳細構成を説明する。
図7は、樹脂製バッフルプレートカバー部品65を示す斜視図であり、図8は、鉄製バッフルプレート本体部品61に対するバッフルプレートカバー部品65の密着接合状態を示す図3のC面による断面図である。
【0024】
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、ケース底壁51に近接する側(図7における下方側)には、カバー平坦面82から鉄製バッフルプレート本体部品61側に折り曲げた形状によるカバー底壁81が形成されている。このカバー底壁81の内面形状は、鉄製バッフルプレート本体部品61の底壁板部67の外面形状とほぼ一致させた形状としている。これによって、図8に示すように、鉄製バッフルプレート本体部品61に樹脂製バッフルプレートカバー部品65を組み付けた状態で、両部品61,65が密封嵌合するようにしている。
【0025】
前記カバー平坦面82のファイナルギア側端面82aに沿った裏側面には、ファイナルギア5側の空間と、ドリブンスプロケット12側の空間と、を分離する分離壁64(分離壁部材64A)の端面に沿ってファイナルギア側接合面86を有する。
【0026】
前記カバー底壁81には、カバー突出ボス部83が一体に延接して形成され、このカバー突出ボス部83には、鉄製バッフルプレート本体部品61のボルト78が差し込まれるボルト穴84が形成されている。そして、このボルト穴84の位置からチェーン開口端面82bに沿って肉厚が必要な部位にのみ第2カバーリブ32を延在させている。
【0027】
前記第2カバーリブ32は、ボルト穴84の外周位置に形成したボルトボス部33の外周に、ボルトボス部33とカバー突出ボス部83を繋ぐ複数のボスリブ34を設け、該複数のボスリブ34のうち1つのリブを、チェーン開口端面82bに沿って延在させたものである。
【0028】
前記カバー平坦面82の分離壁64近傍の下部位置には、鉄製バッフルプレート本体部品61のボルト80が差し込まれるボルト穴85が形成されている。そして、このボルト穴85の位置から分離壁64(=ファイナルギア側接合面86)に沿って肉厚が必要な部位にのみ第1カバーリブ31を延在させている。
【0029】
前記第1カバーリブ31は、ボルト穴85の位置から立設したボルトボス部35の外周に複数のボスリブ36を設け、該複数のボスリブ26のうち1つのリブを、分離壁64に沿って延在させたものである。第1カバーリブ31は、ボルトボス部35に近い方のリブ高さを高くし、分離壁64に沿って延在する部分のリブ高さを、ボルトボス部35から離れるにしたがって徐々に低くする形状としている。なお、第1カバーリブ31の幅は、全長にわたって同じ幅としているため、リブ断面積の関係においても、ボルトボス部35に近い方のリブ断面積を大きくし、分離壁64に沿って延在する部分のリブ断面積を、ボルトボス部35から離れるにしたがって徐々に小さくする形状としている。
【0030】
次に、作用を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機の油分割構造における作用を、「バッフルプレートの主な役割」、「比較例の課題について」、「発明の要点とカバーリブの設計手順」、「軽量バッフルプレートによる要求性能達成作用」に分けて説明する。
【0031】
[バッフルプレートの主な役割]
ベルト式無段変速機の油分割構造として採用されたバッフルプレートの主な役割は、「デフ回りのフリクション低減」と「ストレーナへの泡流入抑制」の2点にある。以下、図9に基づいて、デフ回りのフリクション低減作用とストレーナへの泡流入抑制作用を説明する。
【0032】
変速機ケース50内には、図9に示すように、オイルレベルの位置まで変速機作動油が溜められている。このため、バッフルプレート60が無いと、油溜まりの中でファイナルギア5が、図9の矢印D方向に回転し、回転抵抗によるデフ回りのフリクションが大きくなる。また、バッフルプレート60が無いと、チェーン8が油溜まりの中に入るときの攪拌により生じる気泡が、図9の矢印E方向に導かれ、そのままオイルストレーナ15に直行してしまう。
【0033】
これに対し、バッフルプレート60によって、ファイナルギア5側の空間と、ドリブンスプロケット12側およびオイルストレーナ15側の空間と、を分離することにより、ファイナルギア5側のデフ回りに流入するオイル量が減少する。さらに、デフ回りの油を、油排出穴98からケース穴54に向けて排出することにより、ファイナルギア5が攪拌するオイル量が大幅に減少する。この結果、デフ回りのフリクションを低減することができる。
【0034】
一方、バッフルプレート60によって、オイルストレーナ15側の空間と、ドリブンスプロケット12側の空間と、ファイナルギア5側の空間と、を分離することにより、ドリブンスプロケット12およびチェーン8によって攪拌されて気泡を含んだ油は、チェーン8の移動方向に沿ってそのままオイルレベルの位置まで戻される。この結果、チェーン8が油溜まりの中に入るときの攪拌により生じる気泡が、オイルストレーナ15側やデフ回りに直接流れ込むことが抑制される。
【0035】
[比較例の課題について]
鉄板のプレス品によるバッフルプレートを比較例とする。この比較例の場合、バッフルプレートと、ギヤやチェーンの回転体と、変速機ケースやその他周辺部品と、の間で、クリアランスがほとんどないため、軽量化を妨げている。
なぜなら、バッフルプレートに対しては、エンジン共振を避けることや振動強度が求められるため、エンジン保証回転内(=フューエルカットが作用する最高エンジン回転数内)で耐え得る剛性・強度を確保しなければならない。例えば、樹脂等の軽量材料への置き換えを考えた場合、肉厚増やリブ等の補強できる範囲が限定されるため、軽量化することが困難である。
なお、エンジン共振は、主な振動源であるエンジン回転振動が、変速機ケースに伝わり、変速機ケースからバッフルプレートのボルト締結部を介し、バッフルプレートを振動させていると考えられる。
【0036】
実際に、発明者は、バッフルプレート全体の樹脂化を試みたが、バッフルプレート本体部品の肉厚を8mm程度にする、若しくは、バッフルプレートの中央付近に締結点を追加しないと比較例と同等の剛性を得られない。このため、バッフルプレート本体部品の肉厚を8mm程度にする試みでは、周辺部品との干渉が発生する。バッフルプレートの中央付近に締結点を追加する試みでは、締結点を設けられるような場所が存在しない。以上により、レイアウトが成立せず断念した。
【0037】
[発明の要点とカバーリブの設計手順]
発明の要点は、バッフルプレート本体部品の素材は鉄板のままで、バッフルプレートカバー部品の素材を、鉄板から樹脂材料への置き換えを行い、レイアウトが成立する限界の肉厚まで上げる(鉄板0.8mm→樹脂1.5mm)。この樹脂モデルについて、トポメトリ解析により最適な肉厚分布(剛性)を得る。その肉厚分布に基づいて、レイアウトが成立するようバッフルプレートモデルに対しリブとして反映させる。
【0038】
すなわち、バッフルプレートカバー部品は、バッフルプレート本体部品に対し、2箇所でボルト締結されている。締結位置は、ラバーシール部材によりシールできるように設計されている。そのため、締結点より離れた部分(三角形の頂点部)が大きく振れるモードとなる共振が起きる。この共振モードを抑えるべく、効率的に剛性を上げる方策として、ボルト締結ボス部からバッフルプレート本体部品との境界線に沿ってリブを設けることにより、重量増を最小限に抑えることができる。また、リブの形状に関しては、幅をボス部に近い方を太く、離れていくにつれて細くする、また、高さもボス部に近い方を高く、離れていくにつれて低く設定すればよい。
【0039】
以上が発明の要点であるが、この発明の要点に至るまでに発明者が行った設計手順を、以下に説明する。なお、エンジン保証回転内の共振は避けることがバッフルプレートの設計要件なので、各モデルについて固有値解析(共振周波数目標値との比較)を行った。
・設計手順
1.鉄板モデルでの固有値解析…ベース
2.樹脂材料への置き換え及び肉厚1.5mmに増…固有値が成立しない
3.2.の結果から固有値すなわち共振周波数が所定基準値以上になる肉厚を計算…レイアウトが成立しない
→結果、5mm化が必要であり、レイアウト成立しないため採用不可
4.トポメトリ最適化により、最適な肉厚分布を得る
→この肉厚分布から、肉厚が必要な部位にリブ補強を行い、量産可能なモデルを作成し固有値解析を行った。
【0040】
この結果、トポメトリ解析に基づいて、ボルト締結部より線状の補強用リブを付加することにより、樹脂1.5mmモデルでも鉄板0.8mmと同等の剛性を得ることができ、レイアウト・剛性を満足した軽量バッフルプレートとなった。
つまり、樹脂材料への置き換えで低減した剛性について、単純な樹脂材料への置き換えでは、板厚5mm程度が必要であり、レイアウトが成立しないのに対し、最適化計算で得られた最小限のリブ補強をすることで成立させることができることが分かった。また、樹脂材料で成立させることができるため、形状自由度が向上することも分かった。
【0041】
[軽量バッフルプレートによる要求性能達成作用]
実施例1では、バッフルプレート60を構成するバッフルプレートカバー部品を、樹脂系素材による成型品である樹脂製バッフルプレートカバー部品65とし、樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、バッフルプレート本体部品61に対しボルト締結により取り付けるボルト穴85,84を有し、ボルト穴85,84の位置から肉厚が必要な部位にのみ第1カバーリブ31と第2カバーリブ32を延在させた。
【0042】
このように、バッフルプレート60を構成するバッフルプレートカバー部品を、樹脂製バッフルプレートカバー部品65とすることで、鉄板のプレス品によるバッフルプレートカバー部品の場合に比べ、軽量化が達成される。
【0043】
また、樹脂製バッフルプレートカバー部品65の肉厚アップを、全体剛性を確保するまでに至らないものとしても、肉厚が必要な部位に第1カバーリブ31と第2カバーリブ32を設定したことで、バッフルプレートカバー部品に要求される必要剛性が確保される。実施例1では、レイアウトの成立を重視して肉厚を1.5mmとしたが、第1カバーリブ31と第2カバーリブ32の設定により、固有値解析において目標共振周波数をクリアし、鉄板(0.8mm)と同等の剛性が得られた。
【0044】
バッフルプレートカバー部品のうち、バッフルプレート本体部品に対しボルト締結により取り付けるボルト穴85,84の位置は、周辺部品とのクリアランス余裕を確保できる限られた位置であり、この位置から離れるにしたがってクリアランス余裕が減少する。この点に着目し、ボルト穴85,84の位置から肉厚が必要な部位に向けてのみ第1カバーリブ31と第2カバーリブ32を延在させたことで、周辺部品との干渉が避けられ、レイアウトが成立する。
【0045】
樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、弾性変形を許容する素材性質を有するため、図8に示すように、鉄製バッフルプレート本体部品61と密着状態で接合させることでシール性が確保される。つまり、鉄板のプレス品同士で油密状態に接合するため、図10に示すように、必要とされていたシール部材を廃止することができる。
【0046】
上記のように、実施例1では、変速機ケース50内の油溜まりを分割するバッフルプレート60の「軽量化」と「剛性確保」と「レイアウト成立」と「シール部材廃止」が併せて達成される。
【0047】
実施例1では、ファイナルギア5側の空間との分離壁64の近傍位置に有するボルト穴85の位置から立設したボルトボス部35の外周に複数のボスリブ36を設ける。この複数のボスリブ36のうち1つのリブを、分離壁64に沿って延在させて第1カバーリブ31とする構成を採用した。
すなわち、エンジン回転振動の入力点となるボルト穴85の位置を、ボルトボス部35と複数のボスリブ36により補強し、その上で、肉厚が必要な部位に沿って第1カバーリブ31を延在させた。
したがって、樹脂製バッフルプレートカバー部品65への振動入力経路上での有効なリブ補強により、エンジン保証回転内でのバッフルプレート60の共振を確実に避け得る剛性が確保される。
【0048】
実施例1では、第1カバーリブ31を、ボルトボス部35に近い方のリブ断面積を大きな断面積とし、分離壁64に沿って延在する部分のリブ断面積を、ボルトボス部35から離れるにしたがって徐々に小さくなる断面積とする構成を採用した。
すなわち、樹脂製バッフルプレートカバー部品65と周辺部品とのクリアランス関係を、簡易モデルであらわすと図11に示すようになる。つまり、第1カバーリブを、例えば、同じ高さで延在させると、コンバータハウジングとの干渉を回避する長さがL1となってしまう。
これに対し、実施例1の場合には、コンバータハウジングとの干渉を回避する長さがL2(>L1)となり、第1カバーリブ31を、締結点より離れた位置まで延在させることができ、共振モードでの振れを有効に抑えるリブ補強が行える。
【0049】
実施例1では、樹脂製バッフルプレートカバー部品65を、変速機ケース50のコンバータハウジング取り付け端面55から露出して鉄製バッフルプレート本体部品61に固定する。そして、樹脂製バッフルプレートカバー部品65の第1カバーリブ31を、変速機ケース50に固定されるコンバータハウジングの湾曲形状背面に近接する位置に配置する構成を採用した。
すなわち、図11に示すように、周辺部品であるコンバータハウジングとのクリアランスがほとんどない位置に配置されるバッフルプレート60である。
したがって、周辺部品とのクリアランスがほとんどない位置に配置されるバッフルプレートでありながら、レイアウト・剛性を満足した軽量バッフルプレートへの置き換えが実現される。
【0050】
次に、効果を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機の油分割構造にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0051】
(1) オイルポンプ10のポンプ軸11に固定されたドリブンスプロケット12と、オイルストレーナ15の吸入口と、の間に配置され、前記ドリブンスプロケット12側の空間と前記オイルストレーナ15側の空間とを分離させるチェーンカバー部63を有するバッフルプレート本体部品(鉄製バッフルプレート本体部品61)と、
前記チェーンカバー部63に接合され、前記ドリブンスプロケット12と、前記ドリブンスプロケット12に噛み合うチェーン8の油中に埋没する軌道を囲うバッフルプレートカバー部品と、
を備えたバッフルプレート60により変速機ケース50内の油溜まりを分割する変速機(ベルト式無段変速機)の油分割構造において、
前記バッフルプレートカバー部品を、樹脂系素材による成型品である樹脂製バッフルプレートカバー部品65とし、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、前記バッフルプレート本体部品(鉄製バッフルプレート本体部品61)に対しボルト締結により取り付けるボルト穴85,84を有し、前記ボルト穴85,84の位置から肉厚が必要な部位にのみカバーリブ(第1カバーリブ31、第2カバーリブ32)を延在させた。
このため、変速機ケース50内の油溜まりを分割するバッフルプレート60の軽量化と剛性確保とレイアウト成立とシール部材廃止を併せて達成することができる。
【0052】
(2) 前記バッフルプレート60は、前記ファイナルギア5側の空間と、前記ドリブンスプロケット12側の空間と、を分離する分離壁64を有し、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65は、前記分離壁64の近傍位置に有するボルト穴85の位置から立設したボルトボス部35の外周に複数のボスリブ36を設け、
前記カバーリブ(第1カバーリブ31)は、該複数のボスリブ36のうち1つのリブを、前記分離壁64に沿って延在させた。
このため、上記(1)の効果に加え、樹脂製バッフルプレートカバー部品65への振動入力経路上での有効なリブ補強により、エンジン保証回転内でのバッフルプレート60の共振を確実に回避する剛性を確保することができる。
【0053】
(3) 前記カバーリブ(第1カバーリブ31)は、前記ボルトボス部35に近い方のリブ断面積を大きな断面積とし、前記分離壁64に沿って延在する部分のリブ断面積を、前記ボルトボス部35から離れるにしたがって徐々に小さくなる断面積にした。
このため、上記(2)の効果に加え、カバーリブ(第1カバーリブ31)を、締結点より離れた位置まで延在させることで、共振モードでの振れを有効に抑えるリブ補強を行うことができる。
【0054】
(4) 前記バッフルプレート本体部品を、鉄板のプレス品である鉄製バッフルプレート本体部品61とし、
前記バッフルプレート60を構成する前記鉄製バッフルプレート本体部品61を、変速機ケース50に固定し、前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65を、前記変速機ケース50のコンバータハウジング取り付け端面55から露出して前記鉄製バッフルプレート本体部品61に固定し、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品65の前記カバーリブ(第1カバーリブ31)を、前記変速機ケース50に固定されるコンバータハウジングの湾曲形状背面に近接する位置に配置した。
このため、上記(3)の効果に加え、周辺部品とのクリアランスがほとんどない位置に配置されるバッフルプレート60でありながら、レイアウト・剛性を満足した軽量バッフルプレートへの置き換えを実現することができる。
【0055】
以上、本発明の変速機の油分割構造を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0056】
実施例1では、分離壁64を鉄製バッフルプレート本体部品61側に形成する例を示した。しかし、樹脂製バッフルプレートカバー部品65側に分離壁64を形成しても、空間分離による実施例1と同じようにバッフルプレートの役割を達成することができる。
【0057】
実施例1では、樹脂製バッフルプレートカバー部品65に設定するカバーリブとして、2つのボルト穴85,84の位置から肉厚が必要な部位にのみ2本の第1カバーリブ31と第2カバーリブ32を延在させる例を示した。しかし、樹脂製バッフルプレートカバー部品に設定するカバーリブとしては、要求剛性を満足するものであれば、例えば、第1カバーリブ31だけの1本としても良い。また、1つのボルト穴から2本以上のカバーリブを延在させ、合計3本以上のカバーリブとするものであっても良い。
【0058】
実施例1では、本発明の油分割構造をFF車(エンジン車)のベルト式無段変速機に適用する例を示した。しかし、本発明の油分割構造は、有段階の変速段を得るFF車のステップ自動変速機に対しても適用できる。さらに、エンジン車に限らず、変速機を搭載した電動車両(電気自動車やハイブリッド車や燃料電池車等)に対しても適用することができる。
【符号の説明】
【0059】
5 ファイナルギア
8 チェーン
10 オイルポンプ
11 ポンプ軸
12 ドリブンスプロケット
15 オイルストレーナ
31 第1カバーリブ(カバーリブ)
32 第2カバーリブ(カバーリブ)
35 ボルトボス部
36 ボスリブ
50 変速機ケース
55 コンバータハウジング取り付け端面
61 鉄製バッフルプレート本体部品(バッフルプレート本体部品)
63 チェーンカバー部
64 分離壁
65 樹脂製バッフルプレートカバー部品(バッフルプレートカバー部品)
84,85 ボルト穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オイルポンプのポンプ軸に固定されたドリブンスプロケットと、オイルストレーナの吸入口と、の間に配置され、前記ドリブンスプロケット側の空間と前記オイルストレーナ側の空間とを分離させるチェーンカバー部を有するバッフルプレート本体部品と、
前記チェーンカバー部に接合され、前記ドリブンスプロケットと、前記ドリブンスプロケットに噛み合うチェーンの油中に埋没する軌道を囲うバッフルプレートカバー部品と、
を備えたバッフルプレートにより変速機ケース内の油溜まりを分割する変速機の油分割構造において、
前記バッフルプレートカバー部品を、樹脂系素材による成型品である樹脂製バッフルプレートカバー部品とし、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品は、前記バッフルプレート本体部品に対しボルト締結により取り付けるボルト穴を有し、前記ボルト穴の位置から肉厚が必要な部位にのみカバーリブを延在させたことを特徴とする変速機の油分割構造。
【請求項2】
請求項1に記載された変速機の油分割構造において、
前記バッフルプレートは、前記ファイナルギア側の空間と、前記ドリブンスプロケット側の空間と、を分離する分離壁を有し、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品は、前記分離壁の近傍位置に有するボルト穴の位置から立設したボルトボス部の外周に複数のボスリブを設け、
前記カバーリブは、該複数のボスリブのうち1つのリブを、前記分離壁に沿って延在させたことを特徴とする変速機の油分割構造。
【請求項3】
請求項2に記載された変速機の油分割構造において、
前記カバーリブは、前記ボルトボス部に近い方のリブ断面積を大きな断面積とし、前記分離壁に沿って延在する部分のリブ断面積を、前記ボルトボス部から離れるにしたがって徐々に小さくなる断面積にしたことを特徴とする変速機の油分割構造。
【請求項4】
請求項3に記載された変速機の油分割構造において、
前記バッフルプレート本体部品を、鉄板のプレス品である鉄製バッフルプレート本体部品とし、
前記バッフルプレートを構成する前記鉄製バッフルプレート本体部品を、変速機ケースに固定し、前記樹脂製バッフルプレートカバー部品を、前記変速機ケースのコンバータハウジング取り付け端面から露出して前記鉄製バッフルプレート本体部品に固定し、
前記樹脂製バッフルプレートカバー部品の前記カバーリブを、前記変速機ケースに固定されるコンバータハウジングの湾曲形状背面に近接する位置に配置したことを特徴とする変速機の油分割構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−102818(P2012−102818A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252608(P2010−252608)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】