説明

多層膜フィルタ用ガラスとその製造方法

SiO,B,NaO,KO,MgO,Alからなり、部分結晶を含み、温度50℃から150℃までの範囲の平均熱膨張係数が125×10−7−1のガラスは、熱膨張係数が高い。そのため多層膜フィルタ用基板に適用すると、フィルタ特性の温度変動が十分に小さくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は多層膜フィルタ用ガラスとその製造方法に関する。
【背景技術】
多層膜フィルタは特定波長の光だけを透過または阻止したり、波長に関係なく光の強度を変化させたりする。多層膜フィルタチップは、基板の上面にスパッタリングや蒸着によりSiOのような低屈折率膜とTiO、Taのような高屈折率膜とを交互に成膜し、その後ダイシングにより個片分割して得られる。
従来の多層膜フィルタ用基板であるガラスには熱膨張係数の大きいガラスが用いられている。これは、フィルタ波形が温度変化によってシフトする量(以下波長シフトという)を小さくするためである。このようなガラスは例えば特開2001−48584号公報に開示されている。
図1、図2は温度変化に伴うフィルタ特性の変化を示す説明図である。多くの場合、図1に示すように温度上昇によってフィルタ特性21は正方向に大きくシフトしてフィルタ特性22となる。シフト量が大きいことは、温度変化によってフィルタ特性が大きく変化することを意味する。したがって波長シフトが大きな場合、求める特性を有するフィルタとして使用できる温度範囲が狭い。換言すれば波長シフトが0に近いほど求める特性を有するフィルタとして使用できる温度範囲が広い。
この波長シフトは多層膜フィルタ用ガラスの熱膨張係数が多層膜の熱膨張係数よりも大きいほど負の方向に生じることが知られている。一方、一般的に基板として用いられるガラスの熱膨張係数は、温度50℃〜150℃の範囲で100×10−7/℃前後で、波長シフトは正の値を取ることが多い。波長シフトが正方向の場合、その値を0に近づけるためには100×10−7/℃以上の熱膨張係数を有する基板が必要となる。
さらに、フィルタ特性として複雑な特性が求められる場合には多層膜の層数を増やす必要があり全体の膜厚も厚くなる。一般に同じ多層膜フィルタ用ガラス上に成膜する場合、多層膜の膜厚が厚くなるほど波長シフト量は増加する。以上の理由から、多層膜フィルタ用ガラスの熱膨張係数は従来のガラス材料の熱膨張係数よりも大きい方が望ましい。それによって図2に示す、低温におけるフィルタ特性31と温度上昇後のフィルタ特性32のようにシフトの小さいフィルタが得られる。
一方、多層膜フィルタ用ガラス中に熱膨張係数の大きい結晶を部分的に析出させることにより、光の透過率を保ち熱膨張係数を高めることが可能である。多層膜フィルタ用ガラスとしてこのような部分結晶化ガラスが用いられる場合もある。その場合でもそれらの部分結晶化ガラスの熱膨張係数は温度50〜150℃の範囲で125×10−7/℃程度が最大であり、多層膜フィルタの波長シフトを十分に小さくできない場合がある。
【発明の開示】
本発明の多層膜フィルタ用ガラスは、SiO,B,NaO,KO,MgO,Alからなる部分結晶ガラスであり、温度50℃から150℃までの範囲での平均線膨張係数が125×10−7−1以上である。この組成ではカリウムアルミニウムケイ酸塩系結晶が部分的に析出しているため、熱膨張係数が高い。このようなガラスは、ガラス融液を冷却して固化させて得られたガラスを直ちに徐冷し、再びガラス転移温度より高い温度を所定時間保持し、所定の速度で徐冷することにより得られる。
【図面の簡単な説明】
図1、図2は温度変化に伴うフィルタ特性の変化を示す説明図である。
図3は本発明の実施の形態におけるガラスを基板とする多層膜フィルタチップの断面模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
図3に示すように、多層膜フィルタチップは、基板11の上面にスパッタリングや蒸着により低屈折率膜12と高屈折率膜13とを交互に成膜し、その後ダイシングにより個片分割して得られる。
基板11となるガラスは以下の方法により作製される。まず原料であるSiO,B,NaO,KO,MgO,Alを総量200gとなるように種々の組成に調合する。これを温度1550℃で30分溶融して金型に流し出し、急冷することによってガラス化させ、ただちにガラス転移温度から室温まで24時間かけて徐冷する。このようにして内部の残存歪を除去したガラスブロックを作製する。
次に、このガラスブロックを再加熱処理することにより、ガラスブロック内部に結晶を析出させる。その際、再加熱処理炉内にガラスブロックを設置し、室温からガラス転移温度以上の保持温度まで100℃/hで昇温し、この温度で一定時間保持し、室温まで徐冷する。この再加熱処理を各ガラス組成について、異なったいくつかの保持温度、保持時間および徐冷速度で行う。
以下、部分結晶化ガラス組成について説明する。いずれのガラスにおいてもSiO,Bはガラス形成酸化物として機能する。その量が少なすぎると溶融できないか、あるいは溶融できてもガラス化せず、ガラス融液を金型に流し出した時点で結晶化する。一方、その量が多すぎると、再加熱処理工程でガラスが結晶化しない。またSiOに対してBの量が少なすぎるとガラスの溶融温度が上昇して均一なガラスを作製することが困難になる。一方、Bの量が多すぎるとガラス溶融時に分相するかあるいはガラス化しても、その後の再加熱処理工程でガラスの結晶化が妨げられる。
Oはガラスの熱膨張係数を増加させる効果があり、再加熱処理時の析出結晶の成分となるが、多く添加するとガラスの耐水性が低下するので好ましくない。NaOにはガラスの溶融温度を低下させ、熱膨張係数を増加させる作用があるが、その増加効果はKOの添加の場合ほど大きくない。従って、KOに対してNaOの添加量が多すぎるとガラスの線膨張係数が十分に大きくならない。さらにNaOの添加量が多すぎる場合にはガラスの耐水性も低下するので好ましくない。また、NaOとKOの含有量の合計が少なすぎるとガラスの溶融が困難になるが、多すぎるとガラス融液を金型に流し出した時点で結晶化しやすくなると同時にガラスの耐水性が低下する。
MgOには、再加熱処理工程におけるガラスの部分結晶化が起こりやすくする作用がある。しかしながら、多く添加すると再加熱処理時の結晶析出が急激に生じてガラス中にクラックを発生したり、ガラス融液を金型に流し出した時点で結晶化したりするので好ましくない。また、その量が少なすぎると再加熱処理工程において結晶化が生じにくい。
Alはガラスの耐水性を高めガラス形成をしやすくする作用を有すると同時に析出結晶の成分となるが、多く添加するとガラスの溶融温度が高くなるので好ましくない。また再加熱処理時の結晶化が急激に生じるためにガラス内に局所的な歪が生じやすく、クラックが発生しやすくなるという点からも添加量が多いことは好ましくない。
以下、このように作製された部分結晶化ガラスの評価方法について説明する。得られた部分結晶化ガラスを15mm×15mm×1mmの基板に加工し、表面を鏡面研磨し、波長1300nm〜1600nmでの入射光に対する透過率を測定する。そして部分結晶化ガラス基板上に、低屈折率層であるSiO膜と高屈折率層であるTa膜とを交互に成膜し、総膜厚26μmの多層膜フィルタと総膜厚52μmの多層膜フィルタとを形成する。これらの多層膜フィルタを1.5mm×1.5mmの形状に切断する。この切断した個片を用いて温度20℃と80℃とにおいてそれぞれ波長1510nmから1580nmでのフィルタ特性を測定することによって、波長シフト量の温度依存性を計算する。
また、再加熱処理後のクラック発生の有無を肉眼で確認する。また各ガラスサンプルの熱膨張係数を熱膨張計(TMA)で測定する。またガラス内の結晶析出の有無についてはX線回折測定における結晶ピークの有無によって行う。ガラスの耐水性についてはまずサンプルを10mm×10mm×2mmのブロックに成型し、表面を鏡面研磨する。このように形成したブロックを95℃65%RHの高温高湿試験装置に24時間投入して表面にヤケと呼ばれるガラス成分の溶出に起因する曇りが生じるかどうかを判断する。
作製したサンプルの組成、評価結果等を表1、2に示す。


表2の析出結晶の欄において、AはK1.25Al1.25Si0.75を、BはKAlSiOを意味する。
サンプル2のようにSiOの含有量が37mol%未満ではガラス融液を金型に流し出した時点で結晶化する。またその含有量が43mol%を超えるとサンプル7のように再加熱処理工程においてガラスが結晶化しない。
サンプル8,9のようにBの含有量が2mol%未満では溶融温度が高くなりすぎるため均一なガラスを得ることが難しい。サンプル11のように5mol%を超えると再加熱処理工程においてガラスが結晶化しない。
サンプル12のようにNaOの含有量が5mol%未満ではガラスを均一に溶融することが困難である。サンプル21,22のように20mol%を超えると部分結晶化させたあとのガラスにおいてもその線膨張係数を125×10−7−1以上にまで大きくすることができない。またサンプル19,20のようにKOの含有量が7mol%未満では部分結晶化させたあとのガラスにおいてもその線膨張係数を十分に大きくすることができない。また、サンプル13のように20mol%を超えるとガラスの耐水性が低下する。さらにサンプル23,24のようにNaOとKOとの含有量の合計が21mol%未満ではガラスの溶融が困難であるかあるいは部分結晶化ガラスの線膨張係数が十分に大きくならない。またサンプル27,28のようにその含有量の合計が27mol%を超える場合にはガラスの耐水性が低下する。
サンプル29のようにMgOの含有量が21mol%未満では再加熱処理後のガラス中に結晶が析出しない。またサンプル34,35のように37mol%を超えると再加熱処理において結晶が急激に析出するためにガラス中にクラックが発生しやすくなる。特にその量が多い場合にはガラス融液を金型に流し出した時点で結晶化する。
サンプル36のようにAlの含有量が3mol%未満では再加熱処理時に結晶が析出しない。またサンプル40のように10mol%を超えると再加熱処理時に結晶が急激に析出するためにガラス中にクラックが発生しやすくする。特にその量が多い場合にはサンプル41のようにガラスの溶融が困難になる。
結晶が析出するサンプルにおいて、主要な析出結晶はカリウムアルミニウムケイ酸塩系のK1.25Al1.25Si0.75やKAlSiOである。これらの結晶の析出によって結晶化前のガラスと比較して線膨張係数が増加する。
次に、再加熱処理工程における保持時間とそれに引き続いて行われる徐冷の速度が部分結晶化ガラスの熱膨張係数、透過率に及ぼす効果について述べる。一例として、表1のサンプルの中からNo.5,6,13〜19,38のガラスについて保持時間と徐冷速度を変えた場合に得られる部分結晶化ガラスの熱膨張係数、透過率の値を表3、表4に示す。


表3、4に示すように、全体的に再加熱処理工程における保持温度が低すぎると結晶が析出せず、高すぎる場合には析出量が多すぎて透過率が大幅に低下する。またNo.6、No.38のように透過率の低下にともなって熱膨張係数は増加するが、ある点以降では熱膨張係数がほとんど変化しない。またNo.5,13〜19のようにある点以降では熱膨張係数が減少する。
このように再加熱処理工程において保持温度と徐冷速度とを最適化することによって、局所的な歪やクラックを発生させず安定した部分結晶ガラスが得られる。また、部分結晶化ガラスの熱膨張係数が最大かつ十分に高い透過率が保たれる。このようにして多層膜フィルタにおいて通常は正である波長シフトの温度依存性を小さくするのに効果的な部分結晶化ガラスが得られる。
【産業上の利用可能性】
以上のように本発明によれば、SiO,B,NaO,KO,MgO,Alからなり、温度50℃から150℃までの範囲の平均熱膨張係数が125×10−7−1以上の部分結晶ガラスが得られる。この部分結晶ガラスではカリウムアルミニウムケイ酸塩系結晶が部分的に析出しているため熱膨張係数が高い。そのため多層膜フィルタ用基板に適用すると、フィルタ特性の温度変動が十分に小さくなる。
図面の参照符号の一覧表
11 基板
12 低屈折率膜
13 高屈折率膜
21 低温でのフィルタ特性
22 高温でのフィルタ特性
31 低温でのフィルタ特性
32 高温でのフィルタ特性
【図1】

【図2】

【図3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO,B,NaO,KO,MgO,Alからなり、部分結晶を含み、温度50℃から150℃までの範囲の平均線膨張係数が125×10−7−1以上である、
多層膜フィルタ用ガラス。
【請求項2】
前記部分結晶がカリウムアルミニウムケイ酸塩系結晶である、
請求項1記載の多層膜フィルタ用ガラス。
【請求項3】
SiOの含有量が37mol%以上43mol%以下、
の含有量が2mol%以上5mol%以下、
NaOの含有量が5mol%以上20mol%以下、KOの含有量が7mol%以上20mol%以下で、NaOの含有量とKOの含有量との合計が21mol%以上27mol%以下、
MgOの含有量が21mol%以上37mol%以下、
Alの含有量が3mol%以上10mol%以下である
請求項1記載の多層膜フィルタ用ガラス。
【請求項4】
A)SiO,B,NaO,KO,MgO,Alからなるガラス融液を冷却して固化させてガラスを得るステップと、
B)前記ガラスを直ちに徐冷するステップと、
C)前記徐冷されたガラスを、ガラス転移温度より高い温度に昇温するステップと、
D)前記温度上昇したガラスを所定時間、ガラス転移温度より高い温度に保持するステップと、
E)前記ガラス転移温度より高い温度に所定時間保持されたガラスを徐冷して部分結晶ガラスを得るステップと、を備え、
前記Dステップにおける保持温度と前記Eステップにおける徐冷速度とを、前記部分結晶ガラスの平均線膨張係数を125×10−7−1以上となるように設定する、
多層膜フィルタ用ガラスの製造方法。
【請求項5】
前記部分結晶ガラスの厚さ1mmにおける波長1300〜1600nmの範囲の透過率が97%以上となるように、前記Dステップにおける保持温度と前記Eステップにおける徐冷速度とを設定する、
請求項4記載の多層膜フィルタ用ガラスの製造方法。

【国際公開番号】WO2005/005335
【国際公開日】平成17年1月20日(2005.1.20)
【発行日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−510515(P2005−510515)
【国際出願番号】PCT/JP2004/010262
【国際出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】