説明

多層薄膜の分析方法ならびに装置

【課題】多層薄膜が表面に形成された試料に対して、試料調整を行わず、同一元素が複数の層に含まれていても多層薄膜標準試料を用いず、試料の各層の組成と膜厚を算出する分析方法および装置を提供すること。
【解決手段】試料にレーザビームを照射するレーザ照射手段と、試料をサンプリング範囲内に移動させる移動手段と、レーザビームの作用により試料から発する物質を捕集するサンプリング手段と、レーザビームの作用により削られた深さを測定する深さ測定手段と、サンプリング範囲毎に捕集された物質の組成を分析して試料の各層の組成と膜厚を算出する分析手段とを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出するための分析方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の薄膜の組成と膜厚を算出する方法を説明する。まず薄膜が単層でなおかつ薄膜と素材に同一元素が含まれていない場合、非特許文献1に示されている蛍光X線法が最も簡便なためによく用いられる。蛍光X線法は試料にX線を照射し、試料から放射されるそれぞれの元素固有の蛍光X線強度を測定する。組成と膜厚を算出するには、このX線強度をあらかじめ用意した組成および膜厚の明白な複数個の標準試料のX線強度と比較する検量線法が用いられる。また近年、測定したX線強度を理論X線強度と等しくなるように逆算することで標準試料を用いずに組成と膜厚を算出する薄膜FP法も用いられるようになってきている。
【0003】
一方、薄膜が単層でも薄膜と素材に同一元素が含まれている場合、蛍光X線法では測定したX線が薄膜と素材のどちらから放射されたものかを区別できないため、検量線法、薄膜FP法ともに組成と膜厚を算出することができない。また薄膜が多層の場合は、薄膜と素材に同一元素が含まれていなくても、検量線法では組成と膜厚を算出することが難しくなる。この理由として、検量線法は組成および膜厚の明白な多層薄膜標準試料が複数個必要となるが、多層薄膜試料は組成が均一なバルク標準試料に比べて、組成や膜厚の組み合わせが非常に多く、標準試料を作製することが困難であり、入手することができないためである。一方、薄膜FP法は軽元素かつ膜厚が薄い場合は組成と膜厚を算出できることもあるが、重元素や膜厚が厚くなると下層の膜や素材からのX線が放射されなくなるため、組成と膜厚を算出することができない。もちろん薄膜が多層で、複数の層に同一元素が含まれている場合は前述したように組成と膜厚を算出することはできない。
【0004】
そこで多層薄膜の各層の組成と膜厚を算出するために種々な方法が試みられている。例えば試料調整を行う方法として、試料を切断して樹脂へ埋め込み、研磨して断面を調整した後に、断面を顕微鏡で観察して膜厚を測長し、さらに断面から各層毎に電子線などを照射することによって放射される特性X線から元素分析を行う方法(以下、先行技術1という)がある。
【0005】
また試料の調整を行わない方法として、光電子分光分析装置やレーザ発光分光分析装置などの分析装置を使用して試料表面をイオンやレーザで削りながら、削られた表面や、削られるときに発生する電子や光等を測定して表面からの元素分析を行う方法(以下、先行技術2という)がある。

【0006】
【非特許文献1】JIS H8501 めっきの厚さ試験方法 1999年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、先行技術1の方法には次のような問題点がある。即ち、研磨に熟練していない者が試料断面の調整を行うと、薄膜断面がだれて多層薄膜間の境界線が不鮮明になり、膜厚の測長ができなくなってしまう。したがって、断面がだれない良好な試料調整には熟練を要するという問題点があった。そこで試料調整を行わずに各層の組成と膜厚を算出する方法の開発が望まれていた。
【0008】
また、先行技術2の方法による多層薄膜の膜厚と組成の算出には蛍光X線法同様に組成および膜厚の明白な多層薄膜標準試料が複数個必要である。しかし、多層薄膜標準試料は、組成が均一なバルク標準試料に比べて組成や膜厚の組み合わせが非常に多いため、標準試料を作製することが困難であり、入手することができない。そのためほとんどの場合、多層薄膜表面から素材に向かっての元素の分布状態が分析できるだけであり、各層の組成と膜厚を算出することができないという問題点があった。そこで多層薄膜標準試料を用いずに各層の組成と膜厚を算出する方法の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、上述の諸問題を解決しようとするもので、めっき等の多層薄膜が表面に形成された試料に対し、試料調整を行わず、同一元素が複数の層に含まれていても多層薄膜標準試料を用いず、試料の各層の組成と膜厚を算出する分析方法および装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の第1の形態では、大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料をレーザ装置に対向するように載置台に載置し、レーザ装置からレーザビームを前記試料に照射しながら載置台又はレーザ装置を前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビームの焦点近傍の加工可能限界面を、前記試料の各層の膜厚方向に所定間隔毎に設定されたサンプリング範囲内に移動させ、各サンプリング範囲においてレーザビームの作用により試料から順次発する物質をサンプリング手段により順次分離捕集する方法を用いる。
【0011】
さらに、上記サンプリング手段によりサンプリング範囲別に分離捕集された物質を定性定量分析装置で組成分析し、各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及び捕集された物質の組成分析結果に基づいて上記試料の各層の組成と膜厚を算出することが特徴である。
【0012】
本発明の第1の形態を実現する分析装置は、大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料を載置する載置台と、前記試料にレーザビームを照射するレーザ照射手段と、前記載置台又はレーザ照射手段を前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビームの焦点近傍の加工可能限界面を、前記試料の各層の膜厚方向に所定間隔毎に設定されたサンプリング範囲内に移動させる移動手段と、各サンプリング範囲内においてレーザビームの作用により試料から蒸発する物質をサンプリング範囲別に順次分離捕集するサンプリング手段と、サンプリング範囲別に分離捕集された物質の組成を分析する定性定量分析装置と、各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及び捕集された物質の組成分析結果に基づいて前記試料の各層の組成と膜厚を算出する計算処理装置とを少なくとも備えている。
【0013】
本発明の第2の形態では、大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料をレーザ装置に対向するように載置台に載置する載置工程と、載置台又はレーザ装置を前記試料の照射面に沿って相対的に移動させて、前記試料に設定されたサンプリング範囲にレーザビームを照射するレーザ照射工程と、レーザビーム照射により前記試料が削られる時に発する物質を捕集するサンプリング工程と、前記試料表面から各層の膜厚方向に削られた深さを測定する深さ測定工程と、載置台又はレーザ装置を、上記レーザ照射毎に、削られた深さ分、前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビーム焦点を削られた試料表面に移動させる移動工程と、捕集した物質を分析してレーザビームによって前記試料から削られた物質の組成分析を行う組成分析工程とを備え、削られた物質の組成分析及び深さの各結果を総合して、前記試料の各層の組成と膜厚を算出する。
【0014】
さらに、上記レーザ照射工程、サンプリング工程、深さ測定工程及び移動工程を繰り返し行い、レーザ照射毎に、設定したサンプリング範囲から発する物質の捕集及び前記サンプリング範囲の削られた深さを測定することが特徴である。
【0015】
本発明の第2の形態を実現する分析装置は、載置台やレーザ照射手段、サンプリング手段、深さ測定手段、移動手段、定性定量分析装置、そして前記試料の各層の組成と膜厚を算出する計算処理装置とを少なくとも備えている。
【発明の効果】
【0016】
本発明の第1の形態によれば、レーザを照射しながら、試料又はレーザビームを移動させて、レーザビームの焦点近傍の加工可能限界面を試料のサンプリング範囲に移動させて、試料を表面から膜厚方向に削る。削る過程で発する物質を捕集し組成分析を行う。一定時間が経過すると、削られた部分の垂直位置が加工可能限界面以下になるため、レーザビームが照射されていても蒸発は停止し1回のサンプリングが終了する。次に試料又はレーザビームを試料の膜厚方向に設定したサンプリング範囲における所定間隔の長さだけ移動させ、削られた部分をレーザビーム加工可能限界面に移動させる。この工程を試料表面から素材まで繰り返すと、所定間隔の長さだけ削られ、削られている間サンプリングが行われる。このように所定間隔の長さだけ削られ、そして削られる毎に物質を捕集するため、削られた長さと削られた物質の組成が対応し、所定間隔の長さが削られた物質の厚みとなる。したがって多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と長さ即ち膜厚を算出することができる。
【0017】
また、本発明の第2の形態によれば、試料上に設定されたサンプリング範囲にレーザビーム焦点を移動させてレーザを照射した後、照射を停止する。レーザ照射によって削られる過程で発する物質を捕集し組成分析を行う。そして削られた深さを測定する。次に試料又はレーザビームを深さ測定した距離だけ移動させ、レーザビーム焦点を削った表面に移動させる。この工程を試料表面から素材まで繰り返す。このように、削られる毎にその深さを直接測定し、削られる毎に発する物質を捕集するため、削られた深さと削られた物質の組成が対応しており、測定した各深さが削られた物質の厚みとなる。また、削られる毎に、深さ測定した距離即ち削られた深さ分移動させるため、常にレーザビーム焦点を削られた表面に合致させることができる。したがって多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と深さ即ち膜厚を算出することができる。
【0018】
したがって本発明によれば、試料調整を行わず、同一元素が複数の層に含まれていても多層薄膜標準試料を用いず、レーザ照射によって試料から発する物質の捕集および前記物質の組成分析結果と、設定したサンプリング範囲における所定間隔の長さ、または削られた深さの測定結果から多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出することができる。
【0019】
1回のレーザビーム照射によって削られる深さが試料に形成された薄膜の膜厚より浅ければ、試料から発する物質は、薄膜を膜厚方向に細分化した組成均一な物質として扱うことができる。本発明によれば、1回のレーザビーム照射によって削られる深さは、レーザの照射条件を制御することにより十数nmまで浅くすることができるため、多くの薄膜の膜厚より浅くなる。したがって前記物質は組成均一で入手容易なバルク標準試料を用いて、その組成を分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の実施の形態を図面にもとづいて具体的に説明する。はじめに、本発明の第1の形態について実施例を述べる。第1の形態は、削る長さ即ち膜厚をサンプリング範囲として設定して、多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出するものである。
【実施例1】
【0021】
図1は、本発明による多層薄膜の各層の組成と膜厚を算出するための分析装置の第1の形態を示す概略構成図である。
【0022】
分析装置は、レーザビーム1Bを下向きに照射するレーザ装置1A、多層薄膜が表面に形成された試料3から蒸発する物質を順次分離捕集するサンプリング装置2、試料3をレーザ装置1Aに対向するように上面に載置する載置台4、載置台4を上下左右方向に移動させる移動機構5、サンプリング装置2で捕集された物質の組成を分析する定性定量分析装置6、移動機構5の移動量制御および捕集された物質の組成分析結果に基づいて試料3の各層の組成と膜厚を算出する計算処理装置7などを少なくとも備えた構成である。
【0023】
レーザ装置1Aとしては、レーザビーム1Bの照射及び停止を任意に行うことができるものであり、発振動作は連続波、パルス発振のいずれでも使用でき、また発振波長は紫外、可視、赤外域のいずれでも使用できる。
【0024】
サンプリング装置2としては、1回のサンプリング終了後に新しいサンプリング部分が露出することで複数の物質を分離して捕集できるものである。またサンプリング範囲毎にサンプリング部分を交換することも可能である。捕集形態は固体が望ましいが液体あるいは気体の状態でも可能である。捕集方法はサンプリング部分への自然付着の他に、粘着方式や吸引方式、静電付着、吸着方式、溶液吸収方式等が可能である。
【0025】
移動機構5としては、載置台4に載置した試料3を上下左右方向即ち膜厚方向及び照射面方向に移動させるものであり、ピエゾアクチュエータや精密ねじとサーボモータの組み合わせ、サーボリニアモータなどが使用できる。
【0026】
定性定量分析装置6としては、サンプリング装置2で分離して捕集した物質の組成を分析するものである。捕集した物質は試料を膜厚方向に細分化した組成均一な物質として扱うことができる。したがって前記物質は組成均一で入手容易なバルク標準試料を用いて、その組成を分析することができる。組成分析は1回あるいは複数回のサンプリング後に行っても良いし、すべてのサンプリング終了後に行っても良い。
【0027】
定性定量分析装置としては、X線分析装置や、イオン分析装置、発光分光分析装置、質量分析装置、電子線分析装置、放射線分析装置、クロマトグラフィなどが使用できる。
【0028】
計算処理装置7は移動機構5の移動量を制御する機能と、各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及び定性定量分析装置6による組成分析結果に基づいて上記試料の各層の組成と膜厚を算出する機能を有するものでありコンピュータが使用できる。
【0029】
多層薄膜の構成元素があらかじめ明白で非酸化性元素のみの場合は大気中で、酸化性元素がある場合及び多層薄膜の構成元素が不明な場合は、多層薄膜試料近傍あるいは装置全体の不活性ガスによるシールド、または密閉容器中に置き真空状態にすることが好ましい。
【0030】
図2はレーザビーム1Bの加工可能範囲を示すもので、上下の加工可能範囲の間に試料が位置する場合に、レーザビーム1Bの熱および光エネルギの作用によって試料が加工され表面から物質が蒸発する。実施例では加工可能範囲下限界面10に試料3を移動させて加工を行っている。
【0031】
また、レーザビームの強度分布がガウシアンである場合、試料の加工面は中心部が深く外周部が浅くなるため、加工が各層の膜厚方向に進むにつれて分析の分解能が劣化する。さらに、レーザビームの偏光状態により加工面の粗さが増大するため、加工が各層の膜厚方向に進むにつれて分析の分解能が劣化する。そのため、可変形ミラーなどを装備してレーザビームの強度分布をトップフラット化して加工面を平坦にし、またレーザビームを円偏光にして加工面の粗さを減少させることで、分析の分解能の劣化を防止することができる。
【0032】
表1はレーザ照射条件の一例を示す表である。
【0033】
【表1】

【0034】
図3は試料3表面からの物質11の蒸発とサンプリング装置2による複数個の物質をサンプリング範囲別に順次分離捕集する方法を示すものである。レーザビーム1Bを照射した状態で、試料3を載置した載置台4を移動させて、焦点近傍の加工可能範囲下限界面10が試料3の各層の膜厚方向に設定したサンプリング範囲内に入るように移動させる。レーザビームの作用により、試料3表面から物質11の蒸発が開始されると、サンプリング装置2に蒸発した物質11が捕集され、レーザビーム1Bが照射された部分は蒸発部分12となる。一定時間が経過すると蒸発により蒸発部分12の垂直位置が加工可能範囲下限界面10以下になるためエネルギ強度が低くなり、レーザビーム1Bが照射されていても蒸発は停止し1回のサンプリングが終了する。その後サンプリング装置2の新しいサンプリング部分の露出と試料3を載置した載置台4のレーザビーム1Bの加工可能範囲下限界面10への移動により、次のサンプリングが開始される。
【0035】
上記の工程を繰り返すことで、上記試料から発する物質を、各層の膜厚方向に設定したサンプリング範囲別に順次分離捕集することができる。
【0036】
この場合、レーザビームの出力および光学系などを工夫することで、焦点位置からの離隔によるエネルギ強度、正確には単位面積あたりのエネルギの変化が顕著になり、レーザビームの加工可能範囲が狭まって、蒸発の開始、停止に対する位置感度が高まる。そのため、1回の蒸発量を微量にすることができる。
【0037】
なお、1回毎のサンプリングの終点は一定時間を基準とするのが最も簡単であるが、光電子増倍管や分光計測器、水晶振動子等を用いて発光量や蒸発量そのものを計測することが好ましい。
【0038】
図4は各サンプリング範囲における所定間隔の長さとなる載置台4の移動量が、サンプリング範囲毎に試料から発する上記物質の厚さに等しいことを示す。また、多層薄膜の厚さに応じて、サンプリング範囲毎に載置台の移動量を変化させることで、発する上記物質の厚さを可変することも可能である。
【0039】
図5は、サンプリング装置2に捕集したサンプリング範囲毎の物質11を定性定量分析装置6で組成分析しているところである。14が測定スペクトルであり物質は金とパラジウムから構成されている。このようにサンプリング範囲毎の物質は薄膜を膜厚方向に細分化したものであり組成が均一な物質として扱うことができるため、バルク標準試料を用いた検量線法等で物質の組成を分析することができる。
【0040】
図6はサンプリング範囲別に捕集された物質の組成分析結果を表にまとめたものである。
【0041】
図7は各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及びサンプリング範囲別に捕集された物質の組成分析結果に基づいて算出した多層薄膜の各層の膜厚である。このように本発明によれば、多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を、試料調整を行わず、多層薄膜標準試料を用いずに算出することができる。
【0042】
上記実施例では移動機構を有した載置台を用いる方法について説明したが、移動機構を有したレーザ装置を用いる方法によっても、上記実施例と同様に多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出することができる。
【0043】
次に本発明の第2の形態について実施例を説明する。第2の形態は、レーザで削る毎にその深さを直接測定して、多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出するものである。
【実施例2】
【0044】
図8は本発明による多層薄膜の各層の組成と膜厚を算出するための分析装置の第2の形態を示す概略構成図である。レーザビーム1Bを下向きに照射するレーザ装置1A、多層薄膜が表面に形成された試料3から発する物質を捕集するサンプリング装置2、試料3をレーザ装置1Aに対向するように上面に載置する載置台4、載置台4を上下左右方向に移動させる移動機構5、サンプリング装置2で捕集した物質の組成を分析する定性定量分析装置6、削られた深さを測定する深さ測定装置15、組成分析及び深さの各結果を総合して試料3の各層の組成と膜厚を算出する計算処理装置16を少なくとも備えている。
【0045】
図8に示す分析装置は、上記図1に示した第1の形態とほぼ同様な構成とすることができ、第1の形態の分析装置に加えて、深さ測定装置15と計算処理装置16を備える。
【0046】
深さ測定装置15は、前記試料表面から各層の膜厚方向にレーザビームによって削られた深さを、レーザビームの照射が停止しているときに毎回測定するものである。ここで測定した深さは、定性定量分析装置6で分析を行った物質の組成と対応しており、測定した各深さが試料から削られた物質の厚みとなる。測定方式は原子間力や静電容量、あるいは触針式や光学式など接触、非接触方式のいずれでもよい。
【0047】
計算処理装置16は移動機構5の移動量を制御する機能と、定性定量分析装置6で分析した結果と深さ測定装置15で測定した深さとを総合して、上記試料の各層の組成と膜厚を算出するものである。
【0048】
多層薄膜の構成元素があらかじめ明白で非酸化性元素のみの場合は大気中で、酸化性元素がある場合及び多層薄膜の構成元素が不明な場合は、多層薄膜試料近傍あるいは装置全体の不活性ガスによるシールド、または密閉容器中に置き真空状態にすることが好ましい。
【0049】
レーザビーム照射工程と物質のサンプリング工程、深さ測定工程及び多層薄膜試料の移動工程を、図9を用いて説明する。図9(a)のようにサンプリング装置2の捕集面を露出させた後、移動機構を有した載置台に載置された試料3をレーザビーム焦点位置8まで、移動機構により移動させる。レーザを照射し図9(b)のように試料3を照射面に沿って移動させて、照射面方向に設定したサンプリング範囲17のレーザ照射を行い、試料3から発する物質11をサンプリング装置2の捕集面で捕集する。
【0050】
次に、図9(c)のようにレーザ照射を停止して深さ測定装置により削られた深さを測定する。深さ測定は触針を走査させる接触方式で測定する。深さ測定を行うために移動機構により試料3を照射面に沿って深さ測定装置の触針18の下まで移動させ、触針18で試料表面をなぞり削られた箇所と削られていない箇所の高低差から削られた深さを測定する。続いて、図9(d)のように移動機構により、試料3を照射面に沿って深さ測定を行う前の位置に移動させる。この位置では、試料が削られているためレーザビーム焦点位置8が試料3の削られた表面より上方に位置しており、レーザ照射を行っても試料を削ることができない。そこで、移動機構により、試料3を削られた深さ即ち測定した深さ19上昇させる。このようにしてレーザビーム焦点位置8を常に削られた試料表面に合致させることができる。
【0051】
続いて、図9(e)のようにサンプリング装置2の新しい捕集面を露出させた後、図9(f)のように試料3を移動させて、試料3に設定した範囲17のレーザ照射を行い、試料3から発する物質11をサンプリング装置2の捕集面で捕集する。
【0052】
上記実施例では、接触方式により深さを測定しているが、光学式などの非接触方式により深さを測定する場合は、深さ測定のために試料を照射面に沿って測定装置の下まで移動させる必要はない。レーザビームの照射経路と深さ測定のための光の経路を切り替えるだけで、レーザ照射されたそのままの位置で深さ測定が可能である。
【0053】
上記削られた深さが試料から発した物質の厚みとなる。上記物質は薄膜を膜厚方向に細分化したものであり組成が均一な物質として扱うことができるため、バルク標準試料を用いた検量線法等で物質の組成を分析することができる。
【0054】
表2は使用した各装置の仕様の一例を示す表である。
【0055】
【表2】

【0056】
表3はレーザ照射条件の一例を示す表である。
【0057】
【表3】

【0058】
試料は表面にニッケル薄膜が約400nm形成されたステンレスである。この試料は薄膜と素材の両層にニッケルが含まれており、蛍光X線法では組成と膜厚を算出することができない。
【0059】
図10はサンプリングした物質の組成分析結果と深さ測定結果を表した図である。サンプリングした物質の組成は、組成既知のステンレス標準試料による検量線法を用いて分析を行った。このように本発明によれば、組成均一で入手容易なバルク標準試料のみを用いて組成分析を行うことができる。図からニッケルの組成が深さ340nmまでは100%であったが、深さ450nm以降は減少していることから、ニッケルの厚さは340nmから450nmの間にあるということがわかる。したがって組成と膜厚の算出結果はニッケル100%、膜厚340nm以上450nm未満となる。本実施例では算出膜厚の範囲が110nmになったが、レーザの照射条件を変更することで算出膜厚の範囲を十数nmまで小さくすることができる。
【0060】
このように本発明によれば、試料から発した物質の組成と深さの測定を試料表面から素材まで行い、組成と深さの各結果を総合することで、蛍光X線法では組成と膜厚を算出することができない同一元素が薄膜と素材に含まれている試料の各層の組成と膜厚を、試料調整を行わず、多層薄膜標準試料を用いずに算出することができる。
【0061】
上記実施例では移動機構を有した載置台を用いる方法について説明したが、移動機構を有したレーザ装置を用いる方法によっても、上記実施例と同様に多層薄膜が表面に形成された試料の各層の組成と膜厚を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明による多層薄膜の分析方法を実現するための装置の第1の形態を示す図
【図2】レーザビームの焦点近傍の加工可能範囲を示す図
【図3】レーザビームによる試料の蒸発およびサンプリング装置による複数個の物質をサンプリング範囲別に順次分離捕集する図
【図4】各サンプリング範囲における所定間隔の長さとなる載置台4の移動量が試料から蒸発する物質の厚さに等しいことを示す図
【図5】捕集した物質を定性定量分析装置で組成分析している図
【図6】サンプリング範囲別に捕集された物質の組成分析結果を示す表
【図7】各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及びサンプリング範囲別に捕集された物質の組成分析結果に基づいて算出した多層薄膜が表面に形成された試料の各層の膜厚を示す説明図
【図8】本発明による多層薄膜試料の分析方法を実現するための装置の第2の形態を示す図
【図9】第2の形態によるレーザビームの設定範囲への照射工程とサンプリング工程、深さ測定工程及び多層薄膜試料の移動工程を示す図
【図10】第2の形態によるサンプリングした物質の組成分析結果と深さ測定結果を表した図
【符号の説明】
【0063】
1A レーザ装置
1B レーザビーム
2 サンプリング装置
3 試料
4 載置台
5 移動機構
6 定性定量分析装置
7 計算処理装置
8 レーザビーム焦点位置
9 加工可能範囲上限界面
10 加工可能範囲下限界面
11 物質
12 蒸発部分
13 膜厚方向のサンプリング範囲
14 測定スペクトル
15 深さ測定装置
16 計算処理装置
17 照射面方向のサンプリング範囲
18 触針
19 測定した深さ
20 信号線(組成分析情報)
21 信号線(移動量)
22 信号線(深さ測定情報)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料をレーザ装置に対向するように載置台に載置する載置工程と、
レーザ装置からレーザビームを前記試料に照射しながら載置台又はレーザ装置を前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビームの焦点近傍の加工可能限界面を、前記試料の各層の膜厚方向に所定間隔毎に設定されたサンプリング範囲内に移動させる移動工程と、
各サンプリング範囲内においてレーザビームの作用により前記試料から発する物質をサンプリング手段によりサンプリング範囲別に順次分離捕集するサンプリング工程と、
サンプリング範囲別に分離捕集された物質の組成を分析して前記試料の各層の組成と膜厚を算出する分析工程と
を含むことを特徴とする多層薄膜の分析方法。
【請求項2】
上記移動工程では、上記加工可能限界面を上記試料の各層の膜厚方向に上記所定間隔だけ移動させ、上記サンプリング工程では、上記所定間隔の移動に伴うレーザビームの作用による蒸発が停止するまでサンプリングを行った後新しいサンプリング部分を露出させ、以後上記移動工程及び上記サンプリング工程を交互に繰り返し行うことで上記物質をサンプリング範囲別に順次分離捕集することを特徴とする請求項1に記載の多層薄膜の分析方法。
【請求項3】
大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料をレーザ装置に対向するように載置台に載置する載置工程と、
載置台又はレーザ装置を前記試料の照射面に沿って相対的に移動させて、前記試料に設定されたサンプリング範囲にレーザビームを照射するレーザ照射工程と、
レーザビーム照射により前記試料が削られる時に発する物質を捕集するサンプリング工程と、
前記試料表面から各層の膜厚方向に削られた深さを測定する深さ測定工程と、
載置台又はレーザ装置を、上記レーザ照射毎に、削られた深さ分、前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビーム焦点を削られた試料表面に移動させる移動工程と、
捕集した物質を分析してレーザビームによって前記試料から削られた物質の組成分析を行う組成分析工程とを備え、
削られた物質の組成分析及び深さの各結果を総合して、前記試料の各層の組成と膜厚を算出することを特徴とする多層薄膜の分析方法。
【請求項4】
請求項3記載の方法において、
上記レーザ照射工程、サンプリング工程、深さ測定工程及び移動工程を繰り返し行い、レーザ照射毎に、設定したサンプリング範囲から発する物質の捕集及び前記サンプリング範囲の削られた深さを測定することを特徴とする多層薄膜の分析方法。
【請求項5】
大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料を載置する載置台と、
前記試料にレーザビームを照射するレーザ照射手段と、
前記載置台又はレーザ照射手段を前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビームの焦点近傍の加工可能限界面を、前記試料の各層の膜厚方向に所定間隔毎に設定されたサンプリング範囲内に移動させる移動手段と、
各サンプリング範囲内においてレーザビームの作用により前記試料から発する物質をサンプリング範囲別に順次分離捕集するサンプリング手段と、
サンプリング範囲別に分離捕集された物質の組成を分析して前記試料の各層の組成と膜厚を算出する分析手段と
を備えていることを特徴とする多層薄膜の分析装置。
【請求項6】
上記分析手段は、サンプリング手段により捕集した各サンプリング範囲の物質の組成分析を行う定性定量分析装置と、各サンプリング範囲における所定間隔の長さ及び捕集された物質の組成分析結果に基づいて上記試料の各層の組成と膜厚を算出する計算処理装置とを備えていることを特徴とする請求項5に記載の多層薄膜の分析装置。
【請求項7】
大気中、不活性ガス雰囲気中又は真空中において、多層薄膜が表面に形成された試料をレーザ装置に対向するように載置する載置台と、
載置台又はレーザ装置を前記試料の照射面に沿って相対的に移動させて、前記試料に設定されたサンプリング範囲にレーザビームを照射するレーザ照射手段と、
レーザビーム照射により前記試料が削られる時に発する物質を捕集するサンプリング手段と、
前記試料表面から各層の膜厚方向に削られた深さを測定する深さ測定手段と、
載置台又はレーザ装置を、上記レーザ照射毎に、削られた深さ分、前記試料の各層の膜厚方向に相対的に移動させて、レーザビーム焦点を削られた試料表面に移動させる移動手段と、
捕集した物質を分析してレーザビームによって前記試料から削られた物質の組成分析を行う組成分析手段と、
削られた物質の組成分析及び深さの各結果を総合して、前記試料の各層の組成と膜厚を算出する手段とを備えていることを特徴とする多層薄膜の分析装置。








【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−292749(P2007−292749A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−94365(P2007−94365)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【Fターム(参考)】