説明

多相インバータ装置

【課題】過渡的な動作状態であっても効率良く脈動電流の発生を抑制することが可能な多相インバータ装置を提供する。
【解決手段】PWM制御に用いるデューティ信号を生成するためのキャリア波形として、基準となるキャリア信号を非反転とするか、反転するかを、キャリア周期毎、及び各相毎にそれぞれ独立に決定するキャリア波形選択手段を備える。そして、このキャリア波形選択手段は、一の相でキャリア信号の反転或いは非反転を選択する際に、この一の相の、瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値、及び他の相のうち既にキャリア波形が選択された全ての相の瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値と、キャリア波形の選択結果と、に基づき、半導体モジュールの入力電流のリップルの大きさを評価する評価式を用いて選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相モータを駆動するための電力を生成する多相インバータ装置に係り、特に、平滑コンデンサに流れる電流を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、車両用モータに対して駆動用の電力を供給するために用いられる多相インバータ装置は、平滑コンデンサを備えており、更に、該コンデンサに流入する電流が増大するとコンデンサの発熱量も増大するので、余儀なくコンデンサが大型化されてしまう。そこで、平滑コンデンサへ流入するリップル電流を低減する技術として、例えば、特開2004−312822号公報(特許文献1)に記載されたものが知られている。
【0003】
該特許文献1では、平滑コンデンサに流入するリップル電流を低減するために、電動機のロータ位置に応じてPWMのスイッチング方式を60度電圧ベクトル方式と、120度電圧ベクトル方式とで切り替えるマップを備える構成としている。
【0004】
更に、力率と変調度に応じて切り替えるロータ位置を変化させるマップを備える構成としているので、モータの回転数、及びトルクが時々刻々と変化しない定常的な動作状態ではリップル電流を低減する効果を得ることができる。
【0005】
しかし、回転数、及びトルクが時々刻々と変化する過渡的な動作状態ではリップル電流を低減できないばかりか、逆効果になってしまう場合があるという問題がある。この問題は、定常的な動作状態が大部分を占める産業用モータでは顕在化しないものの、過渡的な動作状態が大部分を占める車両用モータでは顕在化する。
【0006】
また、モータが三相方式の場合であれば、このうちの一相が固定された結果、変調相は2相となるため、その2相の電圧ベクトルの位相差を60度と120度の二者択一で選択することができる。しかし、相数が増えると電圧ベクトルの位相差の決め方が複雑になり、実用化が困難になるという問題が発生する。この問題は、モータ及びインバータ装置の性能向上を図ることを目的として多相化が進む場合に顕在化するという欠点がある。
【0007】
以下、上述した特許文献1に開示された従来例では、過渡的な動作状態においてリップル電流の低減効果が得られない理由について説明する。
【0008】
定常的な動作状態では、回転数及びトルクがほぼ一定であるため、回転数及びトルクの値とロータ位置が一意に決まると、モータの各相ステータを流れる電流、各相半導体のスイッチングにより発生させる電圧共に一意に決まることになる。しかし、過渡的な動作状態では回転数及びトルクの値が一意に決まり且つ電流が一意に決まった場合でも、電圧は一意に決まらないため(指令トルクの変化率が大きい時には電圧を大きくなり、指令トルクの変化率が小さい時には電圧は小さくなる)、ロータ位置のみで60度電圧方式と120度電圧方式を正確に切り替えることは難しい。
【0009】
また、定常的な動作状態では、回転数及びトルクがほぼ一定であるので、電流、電圧の振幅及び周波数は一定であり、力率を定常的に精度良く検出することができるが、過渡的な動作状態では、電流、電圧は複数の周波数成分を含む複雑な波形となるので、過渡的に力率を精度良く検出することは難しく、60度電圧方式と120度電圧方式を力率に応じて正しく切り替えることは困難となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−312822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような従来の課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、過渡的な動作状態であっても効率良く脈動電流の発生を抑制することが可能な多相インバータ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明に係る多相インバータ装置は、3相以上のスイッチング素子からなる半導体モジュールを備え、各スイッチング素子のオン、オフを制御して多相モータに駆動用の電力を供給する多相インバータ装置において、PWM制御に用いるデューティ信号を生成するためのキャリア波形として、基準となる第1のキャリア波形、及びこの第1のキャリア波形の振幅を反転した第2のキャリア波形のうちのいずれか一方を、キャリア周期毎に、且つ各相毎に、それぞれ独立に選択するキャリア波形選択手段と、前記各相のうち、一の相のスイッチング素子のオン、オフを所定時間停止し、他の2以上の相のスイッチング素子を、前記キャリア波形選択手段で選択されたキャリア波形に基づいて生成されたデューティ信号によりPWM制御するPWM制御手段と、を備え、前記キャリア波形選択手段は、一の相で前記第1または第2のキャリア波形を選択する際に、この一の相の、瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値、及び他の相のうち既にキャリア波形が選択された全ての相の瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値と、キャリア波形の選択結果と、に基づいて、前記半導体モジュールの入力電流のリップルの大きさを評価する評価式を用いて、第1のキャリア波形及び第2のキャリア波形のうちのいずれかを選択することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る多相インバータ装置では、装置が過渡的な場合及び多相モータの相数が増大する場合であっても、半導体モジュールの入力電流の脈動を抑制することが可能となり、平滑コンデンサの電圧変動を抑制し、平滑コンデンサに流れる電流を低減できるという効果を達成できる。このため、平滑コンデンサの容量を小型化することができ、且つ、平滑コンデンサの損失抑制に伴ってインバータ装置の効率を向上させることができ、更に、平滑コンデンサの発熱抑制に伴う平滑コンデンサの寿命延長効果が得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る多相インバータ装置、及びこの多相インバータ装置により制御される多相モータの回路構成を示す説明図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るインバータ装置で用いるキャリア信号1周期分の、半導体モジュールの入力電流の変化を示すタイミングチャートである。
【図3】本発明の一実施形態に係るインバータ装置で用いるキャリア信号半周期分の、各相のオンデューティを示すタイミングチャートである。
【図4】特許文献1に記載された手法を採用した場合の、キャリア信号1周期分の、半導体モジュールの入力電流の変化を示すタイミングチャートである。
【図5】特許文献1に記載された手法を採用した場合の、キャリア信号半周期分の、各相のオンデューティを示すタイミングチャートである。
【図6】単相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第1の説明図である。
【図7】単相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第2の説明図である。
【図8】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第1の説明図である。
【図9】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第2の説明図である。
【図10】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第3の説明図である。
【図11】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第4の説明図である。
【図12】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第5の説明図である。
【図13】三相インバータにおける半導体モジュールの入力電流を示す第6の説明図である。
【図14】キャリア信号と、相電圧指令、及びハイサイドスイッチのオン、オフ指令とその積算回数を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る多相インバータ装置100、及び該多相インバータ装置100に接続される多相モータ105(本実施形態では、3相モータとする)の構成を示す回路図である。
【0016】
図1に示すように、多相インバータ装置100は、例えば、燃料電池やバッテリ等の電池101に蓄積された直流電力を、多相モータ105を駆動するための交流電力に変換して供給する装置であり、複数の半導体スイッチS1〜S6(例えば、IGBT等)を備えた半導体モジュール104と、該半導体モジュール104に設けられた各半導体スイッチS1〜S6のオン、オフを制御する制御装置106と、電池101と半導体モジュール104との間に設けられる平滑リアクトル102、及び平滑コンデンサ103を備えている。
【0017】
また、電動車両においては、車両がドライバの意図に従った走行をするために、ドライバの加減速要求に応じて、駆動用の多相モータ105から発生すべきトルクを演算し、そのトルクを発生させるように、電池101から駆動用モータに供給する電力量を、半導体モジュール104に設けられた各半導体スイッチS1〜S6のスイッチング指令を、制御装置106にて発生させることで制御している。そして、各半導体スイッチS1〜S6のオン、オフを制御することにより多相モータ105の各相に供給する電圧をPWM制御して該多相モータ105を所望の回転数で回転するように制御する。
【0018】
以下、本実施形態の概要について説明する。本実施形態は前述した特許文献1に記載されているようなマップ方式ではなく、瞬時実相電流、及び瞬時デューティ指令値に基づいて、各相について一相ずつ順にキャリア信号の振幅状態(反転か非反転かの状態)を決定する構成としている。また、一の相の振幅状態を決定する際に、既に振幅状態を決定した他の相の振幅状態に関する情報をも含めて、一の相の振幅状態を判定するための条件として用いる。なお、振幅を反転しないキャリア信号(振幅非反転のキャリア信号)が「第1のキャリア波形」であり、振幅を反転するキャリア信号が「第2のキャリア波形」である。 ここで、特許文献1に示されている「位相180度シフト」と、本実施形態で用いる「振幅の反転」は、キャリア信号の波形が左右対称形状を有する三角波である場合には、同一の状態となり、鋸歯状のように左右対称でない三角波の場合には、同一の状態とはならない。このため、キャリア信号の振幅を反転させる手法を用いる方が、キャリア信号の位相を180度シフトする手法よりも、平滑コンデンサに流れる電流を低減する効果は大きくなる。
【0019】
次に、具体的なキャリア信号の振幅状態(非反転または反転)を決定する手順、換言すれば、第1のキャリア波形を使用するか、或いは第2のキャリア波形を使用するか、を決定する手順について説明する。
【0020】
まず、複数相のうち、任意の第1相のキャリア信号の振幅状態は、前回のキャリア周期におけるキャリア信号の振幅状態と同一となるように決定する。例えば、任意の第1相の前回のキャリア周期における振幅状態が「反転」であった場合には、今回のキャリア周期においてもキャリア信号の振幅状態を「反転」とし、前回のキャリア周期における振幅状態が「非反転」であった場合には、今回のキャリア周期においてもキャリア信号の振幅状態を「非反転」とする。
【0021】
次いで、第2相のキャリア信号の振幅は、次の(1)に示す評価式のJ2の数値が正であれば反転、負であれば非反転、ゼロであれば前回のキャリア周期におけるキャリア信号の振幅状態と同一とするように決定する。
【数1】

【0022】
D2:第2相のハイサイドスイッチのオンデューティ
D1:第1相のハイサイドスイッチのオンデューティ
そして、上記(1)式から理解されるように、一の相(この場合は第2相)で第1または第2のキャリア波形を選択する際に、この一の相の、瞬時実相電流(第2相電流)と、瞬時デューティ指令値(D1)、及び他の相のうち既にキャリア波形が選択された全ての相の瞬時実相電流(第1相電流)と、瞬時デューティ指令値(D1)と、キャリア波形の選択結果(S1)と、に基づいて第1のキャリア波形及び第2のキャリア波形のうちのいずれかを選択する。
【0023】
更に、第3相のキャリア信号の振幅は、次の(2)式に示す評価式が正であれば反転、負であれば非反転、ゼロであれば前回のキャリア周期におけるキャリア信号の振幅状態と同一とするように決定する。
【数2】

【0024】
D3:第3相のハイサイドスイッチのオンデューティ
D2:第2相のハイサイドスイッチのオンデューティ
D1:第1相のハイサイドスイッチのオンデューティ
そして、(2)式から理解されるように、一の相(この場合は第3相)で第1または第2のキャリア波形を選択する際に、この一の相の、瞬時実相電流(第3相電流)と、瞬時デューティ指令値(D3)、及び他の相のうち既にキャリア波形が選択された全ての相の瞬時実相電流(第1相電流、第2相電流)と、瞬時デューティ指令値(D1、D2)と、キャリア波形の選択結果(S1、S2)と、に基づいて、第1のキャリア波形及び第2のキャリア波形のうちのいずれかを選択する。この処理は、図1に示した制御装置106の制御により実行される。
【0025】
即ち、制御装置106は、基準となる第1のキャリア波形、及びこの第1のキャリア波形の振幅を反転した第2のキャリア波形のうちのいずれか一方を、キャリア周期毎に、且つ各相毎に、それぞれ独立に選択するキャリア波形選択手段としての機能を備える。
【0026】
その後、相数が「3」を上回る場合には、第N相のキャリア信号まで順に、次の(3)式に示す評価式に基づいて、前述と同様にキャリア信号の振幅状態を決定する。
【数3】

【0027】
Dn:第n相のハイサイドスイッチのオンデューティ
Dk:第k相のハイサイドスイッチのオンデューティ
次に、上述した(1)〜(3)に示した演算手法でキャリア信号の振幅状態を決定することにより、半導体モジュール104に流れるリップルを低減できる理由について説明する。
【0028】
始めに、一例として図1に示した多相(三相)インバータ装置100における半導体モジュール104の入力電流のリップルの計算方法について説明する。図2は、スイッチング1周期分のキャリア信号と相電圧指令値、及び半導体モジュール104の入力電流を示す特性図であり、(a)は三角波のキャリア信号(非反転)及びU相、V相、W相の各電圧指令値を示し、(b)はU相のハイサイドスイッチ(図1に示すS1)のオン、オフ指令を示し、(c)はV相のハイサイドスイッチ(S3)のオン、オフ指令を示し、(d)はW相のハイサイドスイッチ(S5)のオン、オフ指令を示し、(e)は半導体モジュール104の入力電流を示している。なお、図2において、横軸は時間経過を示している。
【0029】
なお、図2に示した特性図において、各半導体スイッチS1〜S6のスイッチングの1周期は、相電流の1周期と比較して十分に短い時間であるから、スイッチング1周期の間、各相電流の大きさは一定であると見なすことができる。
【0030】
そして、図2に示した特性図は、1周期の中心時刻に対して線対称(左右対称)であるから、半周期分の半導体モジュール104の入力電流のリップルを、交流分の二乗実効値として算出する。従って、図2(b)〜(e)の特性図を簡略化して、図3(a)〜(d)のように半周期分の波形として示す。
【0031】
また、図3(d)に示すように、直流を含む低周波数成分からなる電源電流I0を定義する。この電源電流I0は、上述したようにスイッチング1周期の間では変化しないと見なせるので、一定値としている。更に、図3に示すように、キャリア信号の周期の1/2を基準時間「1」とした場合の、各相のハイサイドスイッチS1,S3,S5のオンデューティをDu、Dv、Dwとし、U相、V相、W相の各相電流をIu、Iv、Iwとすると、次の(4)式により半導体モジュール104に入力する電流に含まれる交流分の二乗実効値Iinputを算出することができる。
【数4】

【0032】
この交流分の二乗実効値Iinputの大小と、平滑コンデンサ103の電流実効値との間には正の相関があり、交流分の二乗実効値Iinputが小さいほど、平滑コンデンサ103の電流実効値も小さくなる。
【0033】
一方、図2及び図3において、例えばW相のキャリア信号に、従来例で説明した特許文献1の手法を適用すると、図4及び図5のようになる。即ち、特許文献1に記載された手法では、W相に対してキャリア信号の位相が180度ずれるので、W相に対して用いられるキャリア信号は符号p1に示すように振幅が反転した三角波となり、W相のハイサイドスイッチS5のオン、オフのタイミングは、図4(d)に示す如くとなる。従って、図2(d)に示したタイミングと相違する。その結果、図5に示すように、W相のハイサイドスイッチS5のオンデューティDwは、図3に示したオンデューティDwと相違する数値となる。
【0034】
そして、図5によれば、半導体モジュール104に入力する電流の交流分の二乗実効値Iinputを算出する演算式は、下記(5)式に示す如くとなる。
【数5】

【0035】
そして、上述した(4)式と(5)式を対比すると、両者の二乗実効値は互いに相違している。更に、(4)式から(5)式を減算すると、下記の(6)式のように両者の差分値Δを求めることができる。
【0036】
Δ=2Iw{(1−Du)Iu+DwIv} …(6)
従って、各相電流値と各相のデューティ指令値を用いて定義された上記の(6)式で求められる差分値Δが正の値であるか、負の値であるかによって、(4)式と(5)式の大小を判定できることが判る。
【0037】
つまり、例えばW相のキャリア信号の振幅状態(キャリア信号の反転、非反転)を決定する際に、上述した(6)式の結果を評価し、その値が正であれば振幅を反転し、負であれば振幅を反転しないようにすることで、効果的に半導体モジュール104の入力電流のリップル、及び平滑コンデンサ103に流れる電流を低減することができることが判る。
【0038】
つまり、(6)式に示す評価式の結果が正であるということは、キャリア信号を反転した場合よりも非反転とした場合の方が二乗実効値が大きいということになるから、振幅を反転させて二乗実効値の低い方を選択し、評価式の結果が負であるということは、キャリア信号を非反転とした場合よりも反転した場合の方が二乗実効値が大きいということになるから、振幅を非反転として二乗実効値の低い方を選択する。
【0039】
次に、N相インバータ装置における評価式の導出について、具体的に説明する。即ち、上述した(6)式は、3相インバータ装置の場合のU相、V相、W相のキャリア信号の振幅状態を決める式を説明したが、インバータ装置の相数をN相とした場合において振幅状態を決定する式について説明する。
【0040】
第n相(1<n≦N)において、キャリア信号の振幅を非反転とした場合(反転しなかった場合)の半導体モジュール104の入力電流の交流分の二乗実効値Iinput+と、キャリア信号の振幅を反転した場合の半導体モジュール104の入力電流の交流分の二乗実効値Iinput-との差分値Δの一般解を、図6及び図7に示すN=2の場合における解と、図8〜図13に示すN=3の場合における解に基づいて導出すると、相電流Iと各相デューティ指令値Dを用いて、下記の下式で与えられることがわかる。
【数6】

【0041】
更に、(7)式において、Vknを整理すると、下記の(8)式で示すことができる。
【数7】

【0042】
従って、(7)式を下記の(9)式のように簡単な形式で表し、第n相のキャリア信号の振幅状態の評価式として定義し、該評価式で示されるJnが正の場合はキャリア信号の振幅を反転し、負の場合は反転しないことで、効果的に半導体モジュール104の入力電流のリップル、及び平滑コンデンサ103に流れる電流を低減することができる。
【数8】

【0043】
次に、図6〜図13について説明する。図6〜図13は、デューティ指令値の大きさ、キャリア信号の振幅状態、及び各振幅状態の交流分の二乗実効値の差分値Δの関係を示す説明図であり、図6、図7は相数が2相の場合、図8〜図13は相数が3相である場合を示している。
【0044】
各図では、列方向(横方向)に各相のデューティが相違するパターンを記載している。例えば、図6は、第1相のデューティD1と第2相のデューティD2との大小関係の相違を示している。また、行方向には、キャリア信号の振幅状態が非反転、反転の各状態でのハイサイドスイッチのオン、オフ指令と、半導体モジュール104の入力電流の交流分の二乗実効値Iinput+、Iinput-を示し、更に、各二乗実効値の差分値Δ(=Iinput+−Iinput-)を記載している。
【0045】
そして、本実施形態では、差分値Δの値がゼロまたは正の数である場合には、キャリア信号を反転させずに(非反転として)各相のデューティを求める。また、差分値Δの値が負の数である場合には、キャリア信号を反転させて、各相のデューティを求める。こうすることにより、半導体モジュール104に入力する電流を低減する効果を高めることができ、平滑コンデンサ103に流れる電流を低減でき、ひいては該平滑コンデンサ103の発熱量を低減できるので、該平滑コンデンサ103の小型化を図ることができる。
【0046】
また、制御装置106は、求められたデューティで各半導体スイッチS1〜S6をPWM制御することにより、該多相モータ105を所望の回転数で回転させるための電力を供給する。即ち、制御装置106は、各相のうち、一の相のスイッチング素子のオン、オフを所定時間停止し、他の2以上の相のスイッチング素子を、前記キャリア波形選択手段で選択されたキャリア波形に基づいて生成されたデューティ信号によりPWM制御するPWM制御手段としての機能を備える。
【0047】
このようにして、本実施形態に係る多相インバータ装置100では、各キャリア周期毎に、キャリア信号を非反転とした場合と反転させた場合の、各二乗実効電流の差分を演算し、これらの差分が正の値になるか、或いは負の値になるかにより、キャリア信号を非反転とするか(第1のキャリア波形を使用するか)、或いは反転するか(第2のキャリア波形を使用するか)を決定している。従って、半導体モジュール104に入力される電流の脈動を抑制することができるので、平滑コンデンサ103の電圧変動の抑制と、平滑コンデンサ103の電流低減の効果を得られる。
【0048】
更に、平滑コンデンサ103の電圧変動を抑制することができるので、該平滑コンデンサ103の容量を小型化することができ、更に、平滑コンデンサ103に流れる電流を低減することにより、該平滑コンデンサ103の損失抑制に伴う多相インバータ装置100の効率向上効果、及び平滑コンデンサ103の発熱抑制に伴う平滑コンデンサ103の寿命延長効果を得ることができる。
【0049】
また、本実施形態では多相インバータ装置100の動作が定常的でなく、過渡的な状態においても達成することができるので、例えば、車両に搭載される多相モータのように、回転数、及びトルクが時々刻々と変化する場合についても高精度な制御が可能となる。また、モータの相数が大きい場合においても上記の効果を達成することができるので、例えば6相モータ等のような多相モータにおいても、平滑コンデンサ103に流れる電流値を抑制した制御が可能となる。
【0050】
なお、上述した本実施形態では、全ての相をスイッチングを行う変調相とする、一般的な全相変調式インバータ装置を想定して記載したが、一相固定制御式インバータに適用する場合には、スイッチングを停止する固定相のキャリア信号については振幅の反転、非反転が半導体モジュール104の入力電流の波形に差異を生じないため、固定相を除く変調相に対して、上記の処理によりキャリア信号の振幅の反転、非反転を決定すれば良い。
【0051】
[第1変形例]
次に、上述した実施形態の第1の変形例について説明する。この変形例では、スイッチングを行う変調相の中で、相電流の絶対値が最も大きい相を第1相とすることにより、スイッチングの回数を低減し、半導体の損失を低減する。
【0052】
上述した実施形態では、第1相のキャリア信号の振幅状態は、反転及び非反転のいずれの場合でも、以降の相(第2相以降)のキャリアの振幅状態を適切に決定すれば、半導体モジュールの入力電流のリップルの低減効果を同等に得ることができる。
【0053】
しかし、図14に示すように、今回のキャリア周期のキャリア信号の振幅状態が、前回のキャリア周期のキャリア信号の振幅状態と相違する場合には、振幅状態が同一の場合と比較した場合に、半導体スイッチのスイッチング回数が多くなる。
【0054】
これを図14に示すタイミングチャートを参照して説明する。図14は横軸に時間をとり、キャリア信号とある相の相電圧指令、及びハイサイドスイッチのオン、オフ指令とその積算回数を示している。そして、図14(a)は、キャリア信号の振幅状態が変化しない場合(非反転の状態が継続している場合)を示しており、図14(b)はキャリア信号の振幅状態が非反転→反転→非反転と変化した場合を示している。
【0055】
そして、同一の期間内で両者を比較すると、図14(a)に示すようにキャリア信号を反転しない場合には、ハイサイドスイッチのオン、オフの回数がa1〜a8までの8回であるのに対し、図4(b)に示すようにキャリア信号を反転する場合には、ハイサイドスイッチのオンオフの回数がb1〜b9までの9回となってしまう。つまり、キャリア信号を反転することにより、ハイサイドスイッチのオン、オフ回数が増加し、ひいては半導体での電力損失が増加してしまう。
【0056】
そこで、スイッチングに伴う損失が最も大きくなる相、つまり相電流の絶対値の最も大きい相を第1相として、キャリア信号の振幅状態(反転、非反転の状態)を変化させないようにすることで、スイッチング回数が増大することによる半導体損失の増加を抑制することができる。
【0057】
このように、前回のキャリア周期と今回のキャリア周期において、キャリア波形の振幅反転、非反転の状態が互いに異なる場合には、異ならない場合に比べて、その相の半導体スイッチのスイッチング回数が多くなってしまい、半導体のスイッチング損失が増加してしまうが、第1変形例では、相電流の絶対値が最も大きい相を第1相とするので、その損失の増加を抑制することができる。
【0058】
即ち、相電流が大きいほど、半導体スイッチのスイッチング損失は大きくなるので、相電流が最も大きい相でキャリア波形の振幅状態を切り替えないようにすることで、半導体スイッチの全相での損失の総和を著しく低減することができる。
【0059】
[第2変形例]
次に、上述した実施形態の第2変形例について説明する。第2変形例では、スイッチングを停止する固定相は、ハイサイドのオンデューティが最大となる相と最小となる相の相電流の絶対値を比較し、大きい方の相を固定相とするという特徴を持つ。
【0060】
ある相の半導体スイッチのスイッチングを停止して固定相に設定する場合に、多相モータ105への印加電圧に影響を与えないためには、ハイサイドスイッチのオンデューティが最も大きい相と、最も小さい相の二つの候補のうち、いずれか一方の相を固定相とすることになる。
【0061】
従って、半導体モジュール104の全相トータルでの損失を効率良く低減できるような相を固定相として選択するのが最も良いことになるの、前述の固定相候補となる二つの相の相電流の絶対値を比較し、大きい方の相を固定相として決定する。
【0062】
このようにして、第2変形例では、半導体スイッチのスイッチングを停止する相として、デューティが最大となる相、或いは最小となる相のうち、相電流が大きい方の相にて半導体スイッチのスイッチングを停止するように設定するので、半導体スイッチの全相での損失の総和を最小にすることができる。
【0063】
以上、本発明の多相インバータ装置を図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各部の構成は、同様の機能を有する任意の構成のものに置き換えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、平滑コンデンサに流れる電流値を低減し、該平滑コンデンサの容量を小型化する上で極めて有用である。
【符号の説明】
【0065】
100 多相インバータ装置
101 電池
102 平滑リアクトル
103 平滑コンデンサ
104 半導体モジュール
105 多相モータ
106 制御装置
S1〜S6 半導体スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3相以上のスイッチング素子からなる半導体モジュールを備え、各スイッチング素子のオン、オフを制御して多相モータに駆動用の電力を供給する多相インバータ装置において、
PWM制御に用いるデューティ信号を生成するためのキャリア波形として、基準となる第1のキャリア波形、及びこの第1のキャリア波形の振幅を反転した第2のキャリア波形のうちのいずれか一方を、キャリア周期毎に、且つ各相毎に、それぞれ独立に選択するキャリア波形選択手段と、
前記各相のうち、一の相のスイッチング素子のオン、オフを所定時間停止し、他の2以上の相のスイッチング素子を、前記キャリア波形選択手段で選択されたキャリア波形に基づいて生成されたデューティ信号によりPWM制御するPWM制御手段と、を備え、
前記キャリア波形選択手段は、
一の相で前記第1または第2のキャリア波形を選択する際に、この一の相の、瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値、及び他の相のうち既にキャリア波形が選択された全ての相の瞬時実相電流と、瞬時デューティ指令値と、キャリア波形の選択結果と、に基づいて、前記半導体モジュールの入力電流のリップルの大きさを評価する評価式を用いて、第1のキャリア波形及び第2のキャリア波形のうちのいずれかを選択すること
を特徴とする多相インバータ装置。
【請求項2】
前記キャリア波形選択手段は、
1つのキャリア周期の間に、前記スイッチング素子のオン、オフを停止した相以外の各相のうち、瞬時実相電流の絶対値が最も大きな相については、前回のキャリア周期において第2のキャリア波形を選択した場合には、今回のキャリア周期においても第2のキャリア波形を選択し、
前回のキャリア周期において、第1のキャリア波形を選択した場合には、今回のキャリア周期においても第1のキャリア波形を選択すること
を特徴とする請求項1に記載の多相インバータ装置。
【請求項3】
前記PWM制御手段は、
デューティが最大となる相の瞬時実相電流の絶対値と、デューティが最小となる相の瞬時実相電流の絶対値と、を比較し、絶対値が大きい方の相を、前記スイッチングを停止する相とすることを特徴とする請求項1または請求項2のいずれかに記載の多相インバータ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−229278(P2011−229278A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96827(P2010−96827)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】