嫌気性糸状菌を用いたグルコースからの有機酸製造方法
【課題】有機酸生成能を有するセルロース資化性微生物を提供する。
【解決手段】有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物。
【解決手段】有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばグルコースを基質とし、有機酸を生成する能力を有する嫌気性糸状菌及びその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の枯渇、地球レベルの炭酸ガス発生量の削減が叫ばれており、今後、石油価格の高騰が予想される。自然界に大量に存在しているセルロース系バイオマスをポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート等の石油代替樹脂原料へと直接発酵することができれば、炭酸ガス発生量を増やすことなく安価に石油代替資源を入手できる。一方、セルロース系バイオマスを化成品原料となる酢酸、プロピオン酸等の有機酸へと直接発酵する技術が求められている。
【0003】
従来より、微生物を用いてデンプン、ショ糖、グルコース等の発酵原料から有機酸を生産する方法が知られており、広く実用化されている。これら発酵原料を有機酸に変換する微生物の代表的なものとしては、例えば、ポリ乳酸原料である乳酸を生産するラクトバチルス(Lactobacillus)属及びプロピオニバクテリウム(Propionibacterium)属に属する微生物、ポリブチレンサクシネートの原料であるコハク酸を生産するコリネバクテリウム(Corynebacterium)属に属する微生物(特許文献1)、ピルビン酸を生産するミクロバクテリウム(Microbacterium)属(特許文献2)及びトルロプシス(Torulopsis)属(特許文献3)に属する微生物、フマル酸を生産するアナエロビオスピリルム(Anaerobiospirillum)属、アクチノバチルス(Actinobacillus)属等の嫌気性細菌、並びに酢酸を生産するアセトバクター(Acetobacter)属及びグルコノバクター(Gluconobacter)属に属する微生物(非特許文献1)が挙げられる。
【0004】
このように、乳酸、コハク酸等の有機酸類をグルコース等の発酵原料から発酵する微生物は数多く報告されている。しかしながら、これら従来用いられてきた微生物のほとんどは酵母やバクテリアである。このため、酵母エキス等の高価な副原料が必要であり、また副原料に含まれる有機物や無機物等が多量に残存する培地から有機酸を分離精製することは容易でないといった問題がある。
【0005】
一方、無機塩を副原料に用いた有機酸の生産例として、糸状菌であるリゾプス(Rhizopus)属に属する微生物を用いた乳酸合成が知られている(特許文献4)。この場合、生産性を上げるためには、生成した乳酸に対して微生物が耐酸性であることが必要である。また、乳酸生成における還元力を得るために、嫌気性条件下で発酵させる必要性がある。この点、リゾプス属に属する微生物は十分とはいえない。
【0006】
また、従来の微生物を用いた有機酸生産は、デンプン、グルコース等の食料原料を用いるため、価格が高い上、食糧危機を招く虞がある。そこで、自然界に大量に存在しているセルロース系バイオマスから有機酸を直接発酵させる微生物の開発が望まれるものの、従来においてこのような微生物の報告例はなかった。
【0007】
【特許文献1】特開2007-295809号公報
【特許文献2】特開2006-254863号公報
【特許文献3】特開2000-78996号公報
【特許文献4】特開平06-253871号公報
【非特許文献1】Swing J., The Prokaryotes, 2nd Edn., Vol. 3, p. 2268-2286, New York: Springer-Verlag (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した実情に鑑み、有機酸生成能を有するセルロース資化性微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、酸性及び嫌気性条件下で有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物の単離に成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ属微生物である。当該微生物としては、受託番号NITE P-560で特定される微生物が挙げられる。また、グルコースを基質として当該微生物が生成する有機酸としては、乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸が挙げられる。
【0011】
また、本発明は、上述の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸又は当該有機酸を含む飼料若しくは堆肥の製造方法である。培養条件としては、pH2.5〜7.0の範囲のpH条件下、及び嫌気性条件下が挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るビスポラ属微生物を用いた有機酸の製造方法によれば、直接発酵により優れた生産性で工業的に利用される有機酸を製造できる。また、本発明によれば、有機酸の生産性が向上するので、工業的に利用される有機酸生産の低コスト化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明に係るビスポラ属微生物の新菌種
本発明者らは、有機酸生成能を有し、セルロース資化性のビスポラ属に属する菌を分離することに成功した。この菌は、pH2.5〜7.0の嫌気性条件下でグルコースを基質として、各種有機酸を産生する。この菌は、その菌学的性質に基づき、ビスポラ属微生物の新菌種として同定された。本発明は、こうして同定されたビスポラ属微生物の新菌種に属する菌及びその利用に関する。なお本発明において「酸性条件」とは、pH0以上pH7.0未満の範囲内のpHを意味する。さらに本発明において「強酸性」とは、pH4.0以下、特に微生物の生育に関してはpH3.0以上のpH範囲を意味する。さらに本発明において「常温」とは、20℃以上30℃以下の温度範囲を意味する。
【0014】
本発明者等が分離した菌株は、「ビスポラ・エスピー(Bispora sp.)K5-1株」と命名され、2008年4月11日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号NITE P-560として寄託された。以下、ビスポラ・エスピーK5-1株を「K5-1株」と略記することがある。
【0015】
K5-1株の菌学的性質は、以下の通りである。
(a)培養的性質及び形態的性質
1) 培養条件
(1)培地:
ポテトデキストロース寒天培地「ダイゴ」(日本製薬, 東京)(以下、「PDA」という)
2%Malt Agar(以下、「2%MA」という)
Bacto Oatmeal Agar(Becton Dickinson, MD, USA)(以下、「OA」という)
三浦培地(以下、「LcA」という)
(2)培養温度:25℃
(3)培養期間:1週間〜8週間
(4)培養条件:好気培養
【0016】
2) 生育温度試験
(1)培地:PDA
(2)培養温度:15℃、20℃、25℃、30℃、37℃、40℃
(3)培養期間:1週間
【0017】
3) 形態観察試験
コロニー色調は、Kornerup, A. and Wanscher, J.H., 1978. 「Methuen handbook of colour」, 3rd ed., Eyre Methuen, London, UKに従う。顕微鏡は光学顕微鏡BX51(オリンパス, 東京)(微分干渉観察)を用いる。また、マウント液としてラクトフェノールコットンブルーを使用する。
【0018】
4) 培養的性質
4-1) 巨視的観察
各培地を含む平板において、1週間培養後から定期的に巨視的観察を行う。25℃で10日間培養後のコロニーの直径、色調(コロニー表面及び裏面)、表面性状及び可溶性色素産生の有無を下記の表1に示す。また、25℃で10日間培養後の巨視的観察像を図1に示す。
【0019】
【表1】
【0020】
表1及び図1に示すように、K5-1株のコロニーは、直径が10〜18mmであり、表面性状が羊毛状であり、可溶性色素が観察されない。また、コロニーの色調については、PDAにおいて表がGreyish green(1D-3)〜Olive(1E-3)で裏がOlive(1E-4)であり、2%MAにおいて表がOlive(3F-8)で裏がOlive grey(1F-2)であり、OAにおいてはOlive(1F-3)であり、LcAにおいてはOlive(1F-8)である。
【0021】
4-2) 生育温度
K5-1株をPDA平板培地に接種し、15℃、20℃、25℃、30℃、37℃及び40℃の各温度条件下で1週間培養した際のコロニー直経を表2に示す。また、各温度下のコロニー観察像を図2に示す。
【0022】
【表2】
【0023】
表2及び図2に示すように、K5-1株は20℃〜30℃の範囲内で良好な生育が認められる。
【0024】
5) 形態的性質
5-1) 栄養菌糸
菌糸は寒天表面上又は寒天内に形成され、茶褐色〜黒褐色に着色し、平滑、有隔壁菌糸の形成が認められる(図3)。また、培養期間の経過に伴い、コロニー中心部の栄養菌糸の着色度合いは強まり、菌糸壁がやや厚壁化する傾向が観察される(図4)。
【0025】
なお、図3は、K5-1株の微視的観察像(300倍:栄養菌糸)である。図4は、K5-1株の微視的観察像(300倍)である。
【0026】
5-2) 生殖器官
(1)無性生殖器官
約2ヶ月間の培養検体の観察において、茶褐色に着色した円筒形〜棍棒形の分生子形成細胞と考えられる構造や、また無色〜明褐色に着色した球形〜卵形の1細胞性の分生子様細胞が多数観察される(図4〜6)。しかしながら、観察されたこれらの構造が分生子柄又は分生子であると判断することはできない。
【0027】
なお、図5は、K5-1株の微視的観察像(600倍)である。図6は、K5-1株の微視的観察像(1500倍)である。
【0028】
(2)有性生殖器官
約2ヶ月間の培養検体において有性生殖器官の形成は確認されない。
以上の形態的性質から、K5-1株は暗色系の不完全菌類の1種と推定される。
【0029】
(b)化学分類学的性質
ITS-5.8S rDNAにおけるDNA配列同一性
K5-1株について、ITS-5.8S rDNAの塩基配列を決定し、相同性分析を行った。また、当該rDNAの塩基配列に基づく分子系統樹の作製を行った。決定されたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列を配列番号1に示す。近隣結合法(Saitou, N.及びNei, M., Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987)によって分子系統樹を作製した。進化距離の算出には、木村の2変数法(Kimura, M., Journal of Molecular Evolution, 16(2):111-20, Dec, 1980)を用いて、各系統枝の信頼度をブーツストラップ法(Felsenstein, J., Evolution 39:783-791, 1985)により評価した。得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹を図9に示す。
【0030】
K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントを図8に示す。図8に示すように、ITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とは、100%の同一性を示す。
【0031】
また、図9に示すように、ITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹においては、K5-1株は、ビスポラ・エスピーCBS335.97株(Accession No. AJ244237)と同一系統枝を形成する。
【0032】
従って、ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果から、K5-1株はビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定される。
【0033】
本発明に係るビスポラ属微生物は、K5-1株の上記のような菌学的性質を本質的に共有する。このような本発明に係るビスポラ属微生物の典型例はK5-1株であるが、K5-1株の分離源である宮城県鳴子温泉潟沼(pH2の湖沼)の噴出口近くの石と湖沼の水から、上記のような菌学的性質を有する菌を後述の実施例の記載に従ってさらに分離することにより、上記ビスポラ属微生物の菌株をさらに得ることもできる。また、本発明に係るビスポラ属微生物には、例えばK5-1株の変異体(自然突然変異体、遺伝子組換え体、突然変異誘発処理体、プラスミド導入等による形質転換体、倍数化体等)、K5-1株を親株の1つに用いて作製した細胞融合株、K5-1株を親株の1つとして交配により作製した菌等も含まれる。
【0034】
本発明に係るビスポラ属微生物を培養するのに適した培地としては、限定するものではないが、例えば、PDAが挙げられる。PDAは、ポテト抽出物4g、デキストロース20g、アガー15gを水1Lに溶解し(滅菌前のpH値:5.6)、それを121℃で15分オートクレーブ滅菌することにより、調製することができる。本発明に係るビスポラ属微生物は、このような培地において25℃にて嫌気的に培養することができる。
【0035】
本発明に係るビスポラ属微生物がグルコースを基質として有機酸を生成するか否かは、具体的には、例えばビスポラ属微生物を、グルコース存在下で培養し、そのビスポラ属微生物由来の培養上清について各種有機酸の存在を検出することによって判定することができる。この方法では、例えば、本発明に係るビスポラ属微生物由来の培養上清を、島津製作所製有機酸分析システム(Prominence)を用いた有機酸分析に供し、当該培養上清中の有機酸を検出する。
【0036】
2.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた有機酸製造方法
上記のような本発明に係るビスポラ属微生物を用いれば、グルコース系物質を基質として有機酸を製造することができる。すなわち、本発明は、本発明に係るビスポラ属微生物を用いて、グルコース系物質から有機酸を製造する方法に関する。ここで、グルコース系物質としては、グルコースそれ自体以外に、デンプン、セルロース、セルロース部分分解物(セロオリゴ糖、セロビオース、βグルコシド等)、植物細胞壁(ヘミセルロース、ペクチン質、リグニン等に結合したセルロースによって構成される)、綿や麻等の天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセル等の再生繊維品、セルロース系バイオマスやセルロース系廃棄物(稲わら、籾殻、木材チップ等の農産廃棄物、バクテリアセルロースのナタデココ等の食品廃棄物等)が含まれる。また、産生される有機酸としては、例えば、乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸のうち1以上の有機酸が挙げられる。
【0037】
上述のような本発明に係る有機酸製造方法の1つの態様として、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース存在下で培養して、グルコースから有機酸を製造する方法がある。ここで「グルコース存在下」とは、本発明に係るビスポラ属微生物を培養する培地中に、グルコース系物質が添加されていることを意味する。
【0038】
本発明に係る有機酸製造方法において用いる培養培地としては、上記のようなグルコース系物質を加える限り、ビスポラ属に属する微生物の培養に使用可能な任意の培地を用いることができる。培地の組成は、例えば、「微生物の分離法」(山里一英ら編、株式会社R&Dプランニング発行、2001年7月6日(1986年初版発行))の記載を参考として決定することができる。培地に含める炭素源としては、上記のグルコース系物質に加えて、スクロース、フルクトース、マンニトール、ソルビトール、ガラクトース、マルトース、エリスリット、グリセリン、エチレングリコール、エタノール、澱粉、ビート搾汁、サトウキビ搾汁、ビートモラセス等を用いてもよい。培地に含める窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩、硝酸カルシウム等の硝酸塩、又はその他の有機若しくは無機窒素源を用いることができる。さらに培地には、ペプトン、酵母エキス、大豆加水分解物等の天然栄養源を含めることも好ましい。培地には、抗生物質、pH緩衝剤(例えば炭酸カルシウム、リン酸アンモニウム、水酸化ナトリウム等)、マーカー物質等を含めてもよい。培地は液体培地であってもよいし、固体培地であってもよい。上記のようなグルコース系物質を培地に加える量は、特に限定されないが、液体培地で培養する場合には1L当たり1g〜100g程度用いればよい。好適な培地の例としては、0.2%硫安、0.01%塩化カリウム、0.05%リン酸二水素カリウム、0.05%硫酸マグネシウム、0.03%塩化カルシウム及び0.001%酵母エキスを含む溶液に、上記のようなグルコース系物質を加えたものが挙げられる。グルコース系物質は、培養中、適宜補充することがより好ましい。
【0039】
用いる培地のpH値は、培養開始前に、本発明に係るビスポラ属微生物の生育可能範囲内にあればよい。本発明に係る製造方法では、好ましくはpH2.5〜pH7.0、より好ましくはpH3.0〜6.0の酸性pH値を示す培地を用いることが望ましい。本発明に係る製造方法では、とりわけpH2.5〜pH3.5の範囲内のpH値を示す培地の使用が、有機酸を効率よく生産する上でより好ましい。またpH4.0以下、特にpH2.5〜pH3.5の範囲内のpH値を示す培地は、他の雑菌の混入を抑制する上でより好適に使用される。なお本発明に係る製造方法において、この培地のpH値が、本発明に係るビスポラ属微生物の培養を利用して有機酸産生を実施する際のpH条件に相当する。
【0040】
培養温度は、本発明に係るビスポラ属微生物の生育可能範囲内の温度であればよい。特に好ましい培養温度は、20℃〜35℃、より好ましくは25℃〜30℃、最も典型的な培養温度は25℃である。培養は、嫌気性条件下で行うことが好ましい。
【0041】
培養時間は、当業者であれば任意に設定することができるが、少なくとも24時間培養を継続することが好ましい。
【0042】
以上のようにして本発明に係るビスポラ属微生物を上記のようなグルコース系物質存在下で培養すると、有機酸が培養物中に生産される。本発明においては、そのようにして生産された有機酸を、培養物(特に培養液)から、HPLC法、アルコール沈殿法、結晶化法等の当業者に公知の方法により精製することができる。あるいは、その培養液から菌体を除去して培養上清を調製し、それを有機酸を豊富に含む溶液として利用することもできる。
【0043】
3.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた飼料製造方法
上述の本発明に係る有機酸製造方法に準じて、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース系物質を含む飼料と共に培養することで、有機酸を含む飼料を製造することができる。本発明に係る飼料製造方法は、例えば、特開平5-170579号公報等に記載の方法、培養条件等に準じて行うことができる。
【0044】
バイオマスから合成される有機酸組成が家畜等の栄養源となることから、本発明に係るビスポラ属微生物を、グルコース系物質を含む飼料の前処理に用いれば、より栄養価の高い飼料を提供することができる。特に、サイロ等で飼料の熟成を行った場合、嫌気発酵になり不快な酪酸等の悪臭を伴うことが多い。しかしながら、本発明に係るビスポラ属微生物を飼料に混ぜて熟成しても、酪酸等の悪臭物質を産生することがないので、このような問題も起こらない。
【0045】
4.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた堆肥製造方法
上述の本発明に係る有機酸製造方法に準じて、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース系物質を含む有機廃棄物と共に培養することで、有機酸を含む堆肥を製造することができる。本発明に係る堆肥製造方法は、例えば、特開平5-170579号公報等に記載の方法、培養条件等に準じて行うことができる。
【0046】
本発明に係るビスポラ属微生物は、有機酸を生成するため他の酪酸等の悪臭物質を生成する菌の繁殖を押さえ、廃棄物を有機肥料化することができる。
【0047】
以上に説明した本発明によれば、樹脂原料や化成品として有用な有機酸を直接発酵生産することができる。特に、本発明によれば、自然界に大量に存在するセルロース系バイオマスから有機酸を直接発酵生産することができ、本発明は有用である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕K5-1株の単離
1. 分離培地
1%(w/v)アビセル、0.2%硫安、0.01%塩化カリウム、0.05%リン酸二水素カリウム、0.05%硫酸マグネシウム、0.03%塩化カルシウム及び0.001%酵母エキスを含む培地を、硫酸でpH3.5に調製し、オートクレーブに供した。以下、調製した培地を「酸性培地」という。
【0049】
2. K5-1株のスクリーニング
酸性培地40mlを、滅菌した50ml容量コーニングチューブに添加した。次いで、全国の酸性温泉、酸性湖沼10数箇所より採取した水0.5mlを、それぞれ当該チューブに加え、25℃で静置培養した。培養後、嫌気性で生育する糸状菌に着目し、チューブの底に沈んでいるアビセルの表面に生育している菌を探索した。
【0050】
その結果、宮城県鳴子温泉潟沼(pH2の湖沼)の噴出口近くの石と湖沼の水を培養した試料においてのみ、1種類の糸状菌と考えられる黒色の塊がチューブの底に見られた。当該菌塊を、酸性培地5mlを含む15ml容量ファルコンチューブに植菌し、25℃で静置培養した。その結果、植え継ぎ前と同様に、チューブの底に沈んでいるアビセルの表面に糸状菌と考えられる黒色の塊が確認できた。
【0051】
次いで、さらに分離を進めるため、0.4%ジャガイモデンプン、2%グルコース、1.5%寒天を含むPDA培地に、菌塊を植菌した。このようにして、分離した菌株を「K5-1株」と命名した。
【0052】
K5-1株がプレートに生育した状態の写真を図7に示す。K5-1株は、好気状態でも生育可能であるが、嫌気状態を好み寒天表面にはほとんど広がらなかった。また、菌糸が寒天中に穿孔し、プレートの底にそって寒天中を広がった。
【0053】
以上より、K5-1株は、好気条件下で育たない偏性嫌気性ではなく、より嫌気性を好む通性嫌気性糸状菌であることが明らかになった。
【0054】
3. ITS-5.8S rDNA及び28S rDNA-D1/D2の単離及び配列決定分析並びにこれらの塩基配列を用いた相同性分析及び系統分析
K5-1株の検体を、PDAで25℃で7日間培養した。次いで、集菌した菌体からのDNAの抽出から配列決定分析までを、以下の試薬、装置等を用いて付属のプロトコール等に従い行った。
(1)DNA抽出:DNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN, Hilden, Germany)
(2)PCR:puReTaq Ready-To-Go PCR beads(Amersham Biosciences, NJ, USA)
(3)サイクルシークエンス:BigDye Terminator v3.1 Kit(Applied Biosystems, CA, USA)
(4)シークエンス:ABI PRISM 3100 Genetic Analyzer System(Applied Biosystems, CA, USA)
(5)配列決定:ChromasPro 1.4(Technelysium Pty Ltd., Tewantin, AUS)
【0055】
3-1. ITS-5.8S rDNAの単離及び配列決定分析並びに当該rDNAの塩基配列を用いた相同性分析及び分子系統樹
K5-1株のITS-5.8S rDNAを、以下のプライマー(White, T.J., T. Bruns, S. Lee, and J. Taylor (1990):Amplification and direct sequencing of fungal ribosomal RNA genes for phylogenetics. In PCR protocols, a guide to methods and applications(Innis, M.A., D.H. Gelfand, J.J. Sninsky and T.J. White eds.). Academic Press, New York, pp.315-322)を使用したPCR及びシークエンスにより同定した。
ITS5:GGA AGT AAA AGT CGT AAC AAG G (配列番号3)
ITS2:GCT GCG TTC TTC ATC GAT GC (配列番号4)
ITS3:GCA TCG ATG AAG AAC GCA GC (配列番号5)
ITS4:TCC TCC GCT TAT TGA TAT GC (配列番号6)
得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列は配列番号1に示す塩基配列であった。
【0056】
K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)に類似する塩基配列を、アポロンDB-FU1.0(テクノスルガ・ラボ, 静岡)のデータベースから検索するために、BLAST(Altschul, S.F., Madden, T.F., Schaffer, A.A., Zhang, Z., Miller, W., and Lipman, D.J., 1997. Gapped BLAST and PSI-BLAST: a new generation of protein database search programs. Nucleic Acids Research 25: pp.3389-3402)による相同性分析を行った。
【0057】
以下の表3は、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列と相同性を示すアポロンDB-FU1.0データベースからの上位30の菌株を示す。
【0058】
【表3】
【0059】
また、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)に類似する塩基配列を、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)から検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0060】
以下の表4は、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列と相同性を示す国際塩基配列データベースからの上位30の菌株を示す。
【0061】
【表4】
【0062】
また、図8には、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)と表4に示す1位のビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントを示す。
【0063】
さらに、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列を用いて、近隣結合法(Saitou, N.及びNei, M., Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987)によって分子系統樹を作製した。進化距離の算出には、木村の2変数法(Kimura, M., Journal of Molecular Evolution, 16(2):111-20, Dec, 1980)を用いて、各系統枝の信頼度をブーツストラップ法(Felsenstein, J., Evolution 39:783-791, 1985)により評価した。
【0064】
得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹を図9に示す。図9において、左下の線はスケールバーを示し、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。
【0065】
3-2. 28S rDNA-D1/D2の単離及び配列決定分析並びに当該rDNAの塩基配列を用いた相同性分析及び分子系統樹
K5-1株の28S rDNA-D1/D2を、以下のプライマー(O' Donnell, K., Fusarium and its near relatives. In Reynolds, D.R. and Taylor, J. W. (編) The Fungal Holomorph: Mitotic, Meiotic and Pleomorphic Speciation in Fungal Systematics, CAB International, Wallingford, UK, pp.225-233, 1993)を使用したPCR及びシークエンスにより同定した。
NL1:5'-GCA TAT CAA TAA GCG GAG GAA AAG-3'(配列番号7)
NL2:5'-CTC TCT TTT CAA AGT TCT TTT CAT CT-3'(配列番号8)
NL3:5'-AGA TGA AAA GAA CTT TGA AAA GAG AG-3'(配列番号9)
NL4:5'-TGG TCC GTG TTT CAA GAC GG-3'(配列番号10)
得られたK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列は配列番号11に示す塩基配列であった。
【0066】
K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)に類似する塩基配列を、アポロンDB-FU1.0(テクノスルガ・ラボ, 静岡)のデータベースから検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0067】
以下の表5は、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列と相同性を示すアポロンDB-FU1.0データベースからの上位30の菌株を示す。
【0068】
【表5】
【0069】
また、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)に類似する塩基配列を、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)から検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0070】
以下の表6は、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列と相同性を示す国際塩基配列データベースからの上位30の菌株を示す。
【0071】
【表6】
【0072】
また、図10には、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)と表6に示す1位のコニオチリウム・シーエフ・オバタム(Coniothyrium cf. ovatum)CPC18株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号12)とのアライメントを示す。
【0073】
さらに、上記K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹の作製に準じて、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列を用いて分子系統樹を作製した。
【0074】
得られたK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹を図11に示す。図11において、左下の線はスケールバーを示し、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。
【0075】
3-3. K5-1株の分類結果
アポロンDB-FU1.0に対するBLAST相同性検索の結果、K5-1株のITS-5.8S rDNA塩基配列は、子嚢菌門の一種であるステネラ・アラグアタ(Stenella araguata)、マイコスファエレラ・ベスパス(Mycosphaerella vespas)等の塩基配列と比較塩基が短いものの、高い相同率を示した(表3)。また、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対するBLAST相同性検索の結果においても、K5-1株のITS-5.8S rDNA塩基配列は、子嚢菌門の一種であるビスポラ・エスピーCBS335.97株の塩基配列と100%の相同率を示した(表4及び図8)。さらに、国際塩基配列データベース及びアポロンDB-FU1.0から得られた配列に基づき作成したK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹(図9)においては、K5-1株は、ビスポラ・エスピーCBS335.97株(Accession No. AJ244237)と同一系統枝を形成した。従って、ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果から、K5-1株はビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定された。
【0076】
アポロンDB-FU1.0に対するBLAST相同性検索の結果、K5-1株の28S rDNA-D1/D2塩基配列は、子嚢菌門の一種であるクラドスポリウム・フルバム(Cladosporium fulvum)の塩基配列(Accession No. AY352596及びAY352597)と94.0%、グロメレラ・ラゲナリア(Glomerella lagenaria)の塩基配列(Accession No. AJ301970)と93.7%の相同率を示した(表5)。また、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対するBLAST相同性検索の結果においても、K5-1株の28S rDNA-D1/D2塩基配列は、子嚢菌門の一種であるコニオチリウム・シーエフ・オバタムCPC18株の塩基配列(Accession No. EU019293)と94.9%の相同率を示した(表6及び図10)。さらに、国際塩基配列データベース及びアポロンDB-FU1.0から得られた配列に基づき作成したK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹(図11)においては、K5-1株は、ピエドライア・ホルタエ(Piedraia hortae)(Accession No. AY016366)と近縁な系統枝を形成した。従って、K5-1株はピエドライア・ホルタエ(Accession No. AY016366)と近縁な菌と推定できるが、K5-1株とピエドライア・ホルタエ(Accession No. AY016366)との系統枝の信頼性を表すブートストラップ値が82%と低いこと、塩基置換頻度を表す枝の長さも長く離れていること、及び相同率が90.8%と低いことから、属レベル以下を推定できなかった。
【0077】
ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果及び28S rDNA-D1/D2塩基配列解析結果のうちITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果を重視し、K5-1株は子嚢菌門のビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定された。
【0078】
〔実施例2〕K5-1株の有機酸生成
実施例1に記載の酸性培地で液体培養したK5-1株を、2%デンプンと10%グルコースのみから成る溶液に接種し、ブチルゴム栓で密栓を行い、25℃で7日間、100rpmで往復振盪培養した。7日間の培養後のK5-1株の状態を図12に示す。図12に示すように、当該培養条件においてもK5-1株は液面に浮遊することなく試験管の底に生えた。
【0079】
次いで、島津製作所製有機酸分析システム(Prominence)を用いて、当該7日間の培養後のK5-1株の培養上清中の有機酸を分析した。分析条件を以下の通りであった。
カラムオーブン:CT10-10AC
示差屈折検出器:CDD-10A
システムコントローラー:SCL-10Ayp
オートインジェクター:SIL-10ADyp
液体クロマトグラフィー:LC-10Ady
ワークステーション:CLASS-vp
カラム:Shim-pack SCR-102H
カラム温度:45℃
溶出溶液:5mM p-トルエンスルホン酸
流速:0.8ml/min
インジェクション量:10μl(0.2μmフィルターで濾過した試料を使用)
【0080】
標品のピークエリア面積と比較することにより培養上清中の有機酸濃度を分析した。その結果、K5-1株の培養上清には以下の有機酸が含まれていた。
0.53mM乳酸
0.71mMピルビン酸
1.7mMマレイン酸
1.3mMコハク酸
0.061mMフマル酸
3.3mMプロピオン酸
【0081】
嫌気発酵する多くの微生物は酪酸等の悪臭物質を生成することが多い。しかしながら、K5-1株の培養上清から酪酸等の悪臭物質は検出されなかった。
【0082】
次いで、乳酸脱水素酵素法(JKインターナショナル社製)を用いて乳酸を分析したところ、K5-1株の培養上清中の乳酸濃度は0.29mMであった。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】各培地における25℃で10日間培養後のK5-1株の巨視的観察像である。
【図2】各温度下のK5-1株のコロニー観察像である。
【図3】K5-1株の微視的観察像(300倍:栄養菌糸)である。
【図4】K5-1株の微視的観察像(300倍)である。
【図5】K5-1株の微視的観察像(600倍)である。
【図6】K5-1株の微視的観察像(1500倍)である。
【図7】K5-1株がプレートに生育した状態の写真である。
【図8】K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントである。
【図9】K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹である。
【図10】K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)とコニオチリウム・シーエフ・オバタムCPC18株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号12)とのアライメントである。
【図11】K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹である。
【図12】25℃で7日間、100rpmで往復振盪培養した後のK5-1株の状態を示す写真である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばグルコースを基質とし、有機酸を生成する能力を有する嫌気性糸状菌及びその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の枯渇、地球レベルの炭酸ガス発生量の削減が叫ばれており、今後、石油価格の高騰が予想される。自然界に大量に存在しているセルロース系バイオマスをポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート等の石油代替樹脂原料へと直接発酵することができれば、炭酸ガス発生量を増やすことなく安価に石油代替資源を入手できる。一方、セルロース系バイオマスを化成品原料となる酢酸、プロピオン酸等の有機酸へと直接発酵する技術が求められている。
【0003】
従来より、微生物を用いてデンプン、ショ糖、グルコース等の発酵原料から有機酸を生産する方法が知られており、広く実用化されている。これら発酵原料を有機酸に変換する微生物の代表的なものとしては、例えば、ポリ乳酸原料である乳酸を生産するラクトバチルス(Lactobacillus)属及びプロピオニバクテリウム(Propionibacterium)属に属する微生物、ポリブチレンサクシネートの原料であるコハク酸を生産するコリネバクテリウム(Corynebacterium)属に属する微生物(特許文献1)、ピルビン酸を生産するミクロバクテリウム(Microbacterium)属(特許文献2)及びトルロプシス(Torulopsis)属(特許文献3)に属する微生物、フマル酸を生産するアナエロビオスピリルム(Anaerobiospirillum)属、アクチノバチルス(Actinobacillus)属等の嫌気性細菌、並びに酢酸を生産するアセトバクター(Acetobacter)属及びグルコノバクター(Gluconobacter)属に属する微生物(非特許文献1)が挙げられる。
【0004】
このように、乳酸、コハク酸等の有機酸類をグルコース等の発酵原料から発酵する微生物は数多く報告されている。しかしながら、これら従来用いられてきた微生物のほとんどは酵母やバクテリアである。このため、酵母エキス等の高価な副原料が必要であり、また副原料に含まれる有機物や無機物等が多量に残存する培地から有機酸を分離精製することは容易でないといった問題がある。
【0005】
一方、無機塩を副原料に用いた有機酸の生産例として、糸状菌であるリゾプス(Rhizopus)属に属する微生物を用いた乳酸合成が知られている(特許文献4)。この場合、生産性を上げるためには、生成した乳酸に対して微生物が耐酸性であることが必要である。また、乳酸生成における還元力を得るために、嫌気性条件下で発酵させる必要性がある。この点、リゾプス属に属する微生物は十分とはいえない。
【0006】
また、従来の微生物を用いた有機酸生産は、デンプン、グルコース等の食料原料を用いるため、価格が高い上、食糧危機を招く虞がある。そこで、自然界に大量に存在しているセルロース系バイオマスから有機酸を直接発酵させる微生物の開発が望まれるものの、従来においてこのような微生物の報告例はなかった。
【0007】
【特許文献1】特開2007-295809号公報
【特許文献2】特開2006-254863号公報
【特許文献3】特開2000-78996号公報
【特許文献4】特開平06-253871号公報
【非特許文献1】Swing J., The Prokaryotes, 2nd Edn., Vol. 3, p. 2268-2286, New York: Springer-Verlag (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した実情に鑑み、有機酸生成能を有するセルロース資化性微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、酸性及び嫌気性条件下で有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物の単離に成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ属微生物である。当該微生物としては、受託番号NITE P-560で特定される微生物が挙げられる。また、グルコースを基質として当該微生物が生成する有機酸としては、乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸が挙げられる。
【0011】
また、本発明は、上述の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸又は当該有機酸を含む飼料若しくは堆肥の製造方法である。培養条件としては、pH2.5〜7.0の範囲のpH条件下、及び嫌気性条件下が挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るビスポラ属微生物を用いた有機酸の製造方法によれば、直接発酵により優れた生産性で工業的に利用される有機酸を製造できる。また、本発明によれば、有機酸の生産性が向上するので、工業的に利用される有機酸生産の低コスト化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明に係るビスポラ属微生物の新菌種
本発明者らは、有機酸生成能を有し、セルロース資化性のビスポラ属に属する菌を分離することに成功した。この菌は、pH2.5〜7.0の嫌気性条件下でグルコースを基質として、各種有機酸を産生する。この菌は、その菌学的性質に基づき、ビスポラ属微生物の新菌種として同定された。本発明は、こうして同定されたビスポラ属微生物の新菌種に属する菌及びその利用に関する。なお本発明において「酸性条件」とは、pH0以上pH7.0未満の範囲内のpHを意味する。さらに本発明において「強酸性」とは、pH4.0以下、特に微生物の生育に関してはpH3.0以上のpH範囲を意味する。さらに本発明において「常温」とは、20℃以上30℃以下の温度範囲を意味する。
【0014】
本発明者等が分離した菌株は、「ビスポラ・エスピー(Bispora sp.)K5-1株」と命名され、2008年4月11日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号NITE P-560として寄託された。以下、ビスポラ・エスピーK5-1株を「K5-1株」と略記することがある。
【0015】
K5-1株の菌学的性質は、以下の通りである。
(a)培養的性質及び形態的性質
1) 培養条件
(1)培地:
ポテトデキストロース寒天培地「ダイゴ」(日本製薬, 東京)(以下、「PDA」という)
2%Malt Agar(以下、「2%MA」という)
Bacto Oatmeal Agar(Becton Dickinson, MD, USA)(以下、「OA」という)
三浦培地(以下、「LcA」という)
(2)培養温度:25℃
(3)培養期間:1週間〜8週間
(4)培養条件:好気培養
【0016】
2) 生育温度試験
(1)培地:PDA
(2)培養温度:15℃、20℃、25℃、30℃、37℃、40℃
(3)培養期間:1週間
【0017】
3) 形態観察試験
コロニー色調は、Kornerup, A. and Wanscher, J.H., 1978. 「Methuen handbook of colour」, 3rd ed., Eyre Methuen, London, UKに従う。顕微鏡は光学顕微鏡BX51(オリンパス, 東京)(微分干渉観察)を用いる。また、マウント液としてラクトフェノールコットンブルーを使用する。
【0018】
4) 培養的性質
4-1) 巨視的観察
各培地を含む平板において、1週間培養後から定期的に巨視的観察を行う。25℃で10日間培養後のコロニーの直径、色調(コロニー表面及び裏面)、表面性状及び可溶性色素産生の有無を下記の表1に示す。また、25℃で10日間培養後の巨視的観察像を図1に示す。
【0019】
【表1】
【0020】
表1及び図1に示すように、K5-1株のコロニーは、直径が10〜18mmであり、表面性状が羊毛状であり、可溶性色素が観察されない。また、コロニーの色調については、PDAにおいて表がGreyish green(1D-3)〜Olive(1E-3)で裏がOlive(1E-4)であり、2%MAにおいて表がOlive(3F-8)で裏がOlive grey(1F-2)であり、OAにおいてはOlive(1F-3)であり、LcAにおいてはOlive(1F-8)である。
【0021】
4-2) 生育温度
K5-1株をPDA平板培地に接種し、15℃、20℃、25℃、30℃、37℃及び40℃の各温度条件下で1週間培養した際のコロニー直経を表2に示す。また、各温度下のコロニー観察像を図2に示す。
【0022】
【表2】
【0023】
表2及び図2に示すように、K5-1株は20℃〜30℃の範囲内で良好な生育が認められる。
【0024】
5) 形態的性質
5-1) 栄養菌糸
菌糸は寒天表面上又は寒天内に形成され、茶褐色〜黒褐色に着色し、平滑、有隔壁菌糸の形成が認められる(図3)。また、培養期間の経過に伴い、コロニー中心部の栄養菌糸の着色度合いは強まり、菌糸壁がやや厚壁化する傾向が観察される(図4)。
【0025】
なお、図3は、K5-1株の微視的観察像(300倍:栄養菌糸)である。図4は、K5-1株の微視的観察像(300倍)である。
【0026】
5-2) 生殖器官
(1)無性生殖器官
約2ヶ月間の培養検体の観察において、茶褐色に着色した円筒形〜棍棒形の分生子形成細胞と考えられる構造や、また無色〜明褐色に着色した球形〜卵形の1細胞性の分生子様細胞が多数観察される(図4〜6)。しかしながら、観察されたこれらの構造が分生子柄又は分生子であると判断することはできない。
【0027】
なお、図5は、K5-1株の微視的観察像(600倍)である。図6は、K5-1株の微視的観察像(1500倍)である。
【0028】
(2)有性生殖器官
約2ヶ月間の培養検体において有性生殖器官の形成は確認されない。
以上の形態的性質から、K5-1株は暗色系の不完全菌類の1種と推定される。
【0029】
(b)化学分類学的性質
ITS-5.8S rDNAにおけるDNA配列同一性
K5-1株について、ITS-5.8S rDNAの塩基配列を決定し、相同性分析を行った。また、当該rDNAの塩基配列に基づく分子系統樹の作製を行った。決定されたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列を配列番号1に示す。近隣結合法(Saitou, N.及びNei, M., Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987)によって分子系統樹を作製した。進化距離の算出には、木村の2変数法(Kimura, M., Journal of Molecular Evolution, 16(2):111-20, Dec, 1980)を用いて、各系統枝の信頼度をブーツストラップ法(Felsenstein, J., Evolution 39:783-791, 1985)により評価した。得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹を図9に示す。
【0030】
K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントを図8に示す。図8に示すように、ITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とは、100%の同一性を示す。
【0031】
また、図9に示すように、ITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹においては、K5-1株は、ビスポラ・エスピーCBS335.97株(Accession No. AJ244237)と同一系統枝を形成する。
【0032】
従って、ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果から、K5-1株はビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定される。
【0033】
本発明に係るビスポラ属微生物は、K5-1株の上記のような菌学的性質を本質的に共有する。このような本発明に係るビスポラ属微生物の典型例はK5-1株であるが、K5-1株の分離源である宮城県鳴子温泉潟沼(pH2の湖沼)の噴出口近くの石と湖沼の水から、上記のような菌学的性質を有する菌を後述の実施例の記載に従ってさらに分離することにより、上記ビスポラ属微生物の菌株をさらに得ることもできる。また、本発明に係るビスポラ属微生物には、例えばK5-1株の変異体(自然突然変異体、遺伝子組換え体、突然変異誘発処理体、プラスミド導入等による形質転換体、倍数化体等)、K5-1株を親株の1つに用いて作製した細胞融合株、K5-1株を親株の1つとして交配により作製した菌等も含まれる。
【0034】
本発明に係るビスポラ属微生物を培養するのに適した培地としては、限定するものではないが、例えば、PDAが挙げられる。PDAは、ポテト抽出物4g、デキストロース20g、アガー15gを水1Lに溶解し(滅菌前のpH値:5.6)、それを121℃で15分オートクレーブ滅菌することにより、調製することができる。本発明に係るビスポラ属微生物は、このような培地において25℃にて嫌気的に培養することができる。
【0035】
本発明に係るビスポラ属微生物がグルコースを基質として有機酸を生成するか否かは、具体的には、例えばビスポラ属微生物を、グルコース存在下で培養し、そのビスポラ属微生物由来の培養上清について各種有機酸の存在を検出することによって判定することができる。この方法では、例えば、本発明に係るビスポラ属微生物由来の培養上清を、島津製作所製有機酸分析システム(Prominence)を用いた有機酸分析に供し、当該培養上清中の有機酸を検出する。
【0036】
2.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた有機酸製造方法
上記のような本発明に係るビスポラ属微生物を用いれば、グルコース系物質を基質として有機酸を製造することができる。すなわち、本発明は、本発明に係るビスポラ属微生物を用いて、グルコース系物質から有機酸を製造する方法に関する。ここで、グルコース系物質としては、グルコースそれ自体以外に、デンプン、セルロース、セルロース部分分解物(セロオリゴ糖、セロビオース、βグルコシド等)、植物細胞壁(ヘミセルロース、ペクチン質、リグニン等に結合したセルロースによって構成される)、綿や麻等の天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセル等の再生繊維品、セルロース系バイオマスやセルロース系廃棄物(稲わら、籾殻、木材チップ等の農産廃棄物、バクテリアセルロースのナタデココ等の食品廃棄物等)が含まれる。また、産生される有機酸としては、例えば、乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸のうち1以上の有機酸が挙げられる。
【0037】
上述のような本発明に係る有機酸製造方法の1つの態様として、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース存在下で培養して、グルコースから有機酸を製造する方法がある。ここで「グルコース存在下」とは、本発明に係るビスポラ属微生物を培養する培地中に、グルコース系物質が添加されていることを意味する。
【0038】
本発明に係る有機酸製造方法において用いる培養培地としては、上記のようなグルコース系物質を加える限り、ビスポラ属に属する微生物の培養に使用可能な任意の培地を用いることができる。培地の組成は、例えば、「微生物の分離法」(山里一英ら編、株式会社R&Dプランニング発行、2001年7月6日(1986年初版発行))の記載を参考として決定することができる。培地に含める炭素源としては、上記のグルコース系物質に加えて、スクロース、フルクトース、マンニトール、ソルビトール、ガラクトース、マルトース、エリスリット、グリセリン、エチレングリコール、エタノール、澱粉、ビート搾汁、サトウキビ搾汁、ビートモラセス等を用いてもよい。培地に含める窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩、硝酸カルシウム等の硝酸塩、又はその他の有機若しくは無機窒素源を用いることができる。さらに培地には、ペプトン、酵母エキス、大豆加水分解物等の天然栄養源を含めることも好ましい。培地には、抗生物質、pH緩衝剤(例えば炭酸カルシウム、リン酸アンモニウム、水酸化ナトリウム等)、マーカー物質等を含めてもよい。培地は液体培地であってもよいし、固体培地であってもよい。上記のようなグルコース系物質を培地に加える量は、特に限定されないが、液体培地で培養する場合には1L当たり1g〜100g程度用いればよい。好適な培地の例としては、0.2%硫安、0.01%塩化カリウム、0.05%リン酸二水素カリウム、0.05%硫酸マグネシウム、0.03%塩化カルシウム及び0.001%酵母エキスを含む溶液に、上記のようなグルコース系物質を加えたものが挙げられる。グルコース系物質は、培養中、適宜補充することがより好ましい。
【0039】
用いる培地のpH値は、培養開始前に、本発明に係るビスポラ属微生物の生育可能範囲内にあればよい。本発明に係る製造方法では、好ましくはpH2.5〜pH7.0、より好ましくはpH3.0〜6.0の酸性pH値を示す培地を用いることが望ましい。本発明に係る製造方法では、とりわけpH2.5〜pH3.5の範囲内のpH値を示す培地の使用が、有機酸を効率よく生産する上でより好ましい。またpH4.0以下、特にpH2.5〜pH3.5の範囲内のpH値を示す培地は、他の雑菌の混入を抑制する上でより好適に使用される。なお本発明に係る製造方法において、この培地のpH値が、本発明に係るビスポラ属微生物の培養を利用して有機酸産生を実施する際のpH条件に相当する。
【0040】
培養温度は、本発明に係るビスポラ属微生物の生育可能範囲内の温度であればよい。特に好ましい培養温度は、20℃〜35℃、より好ましくは25℃〜30℃、最も典型的な培養温度は25℃である。培養は、嫌気性条件下で行うことが好ましい。
【0041】
培養時間は、当業者であれば任意に設定することができるが、少なくとも24時間培養を継続することが好ましい。
【0042】
以上のようにして本発明に係るビスポラ属微生物を上記のようなグルコース系物質存在下で培養すると、有機酸が培養物中に生産される。本発明においては、そのようにして生産された有機酸を、培養物(特に培養液)から、HPLC法、アルコール沈殿法、結晶化法等の当業者に公知の方法により精製することができる。あるいは、その培養液から菌体を除去して培養上清を調製し、それを有機酸を豊富に含む溶液として利用することもできる。
【0043】
3.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた飼料製造方法
上述の本発明に係る有機酸製造方法に準じて、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース系物質を含む飼料と共に培養することで、有機酸を含む飼料を製造することができる。本発明に係る飼料製造方法は、例えば、特開平5-170579号公報等に記載の方法、培養条件等に準じて行うことができる。
【0044】
バイオマスから合成される有機酸組成が家畜等の栄養源となることから、本発明に係るビスポラ属微生物を、グルコース系物質を含む飼料の前処理に用いれば、より栄養価の高い飼料を提供することができる。特に、サイロ等で飼料の熟成を行った場合、嫌気発酵になり不快な酪酸等の悪臭を伴うことが多い。しかしながら、本発明に係るビスポラ属微生物を飼料に混ぜて熟成しても、酪酸等の悪臭物質を産生することがないので、このような問題も起こらない。
【0045】
4.本発明に係るビスポラ属微生物を用いた堆肥製造方法
上述の本発明に係る有機酸製造方法に準じて、本発明に係るビスポラ属微生物をグルコース系物質を含む有機廃棄物と共に培養することで、有機酸を含む堆肥を製造することができる。本発明に係る堆肥製造方法は、例えば、特開平5-170579号公報等に記載の方法、培養条件等に準じて行うことができる。
【0046】
本発明に係るビスポラ属微生物は、有機酸を生成するため他の酪酸等の悪臭物質を生成する菌の繁殖を押さえ、廃棄物を有機肥料化することができる。
【0047】
以上に説明した本発明によれば、樹脂原料や化成品として有用な有機酸を直接発酵生産することができる。特に、本発明によれば、自然界に大量に存在するセルロース系バイオマスから有機酸を直接発酵生産することができ、本発明は有用である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕K5-1株の単離
1. 分離培地
1%(w/v)アビセル、0.2%硫安、0.01%塩化カリウム、0.05%リン酸二水素カリウム、0.05%硫酸マグネシウム、0.03%塩化カルシウム及び0.001%酵母エキスを含む培地を、硫酸でpH3.5に調製し、オートクレーブに供した。以下、調製した培地を「酸性培地」という。
【0049】
2. K5-1株のスクリーニング
酸性培地40mlを、滅菌した50ml容量コーニングチューブに添加した。次いで、全国の酸性温泉、酸性湖沼10数箇所より採取した水0.5mlを、それぞれ当該チューブに加え、25℃で静置培養した。培養後、嫌気性で生育する糸状菌に着目し、チューブの底に沈んでいるアビセルの表面に生育している菌を探索した。
【0050】
その結果、宮城県鳴子温泉潟沼(pH2の湖沼)の噴出口近くの石と湖沼の水を培養した試料においてのみ、1種類の糸状菌と考えられる黒色の塊がチューブの底に見られた。当該菌塊を、酸性培地5mlを含む15ml容量ファルコンチューブに植菌し、25℃で静置培養した。その結果、植え継ぎ前と同様に、チューブの底に沈んでいるアビセルの表面に糸状菌と考えられる黒色の塊が確認できた。
【0051】
次いで、さらに分離を進めるため、0.4%ジャガイモデンプン、2%グルコース、1.5%寒天を含むPDA培地に、菌塊を植菌した。このようにして、分離した菌株を「K5-1株」と命名した。
【0052】
K5-1株がプレートに生育した状態の写真を図7に示す。K5-1株は、好気状態でも生育可能であるが、嫌気状態を好み寒天表面にはほとんど広がらなかった。また、菌糸が寒天中に穿孔し、プレートの底にそって寒天中を広がった。
【0053】
以上より、K5-1株は、好気条件下で育たない偏性嫌気性ではなく、より嫌気性を好む通性嫌気性糸状菌であることが明らかになった。
【0054】
3. ITS-5.8S rDNA及び28S rDNA-D1/D2の単離及び配列決定分析並びにこれらの塩基配列を用いた相同性分析及び系統分析
K5-1株の検体を、PDAで25℃で7日間培養した。次いで、集菌した菌体からのDNAの抽出から配列決定分析までを、以下の試薬、装置等を用いて付属のプロトコール等に従い行った。
(1)DNA抽出:DNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN, Hilden, Germany)
(2)PCR:puReTaq Ready-To-Go PCR beads(Amersham Biosciences, NJ, USA)
(3)サイクルシークエンス:BigDye Terminator v3.1 Kit(Applied Biosystems, CA, USA)
(4)シークエンス:ABI PRISM 3100 Genetic Analyzer System(Applied Biosystems, CA, USA)
(5)配列決定:ChromasPro 1.4(Technelysium Pty Ltd., Tewantin, AUS)
【0055】
3-1. ITS-5.8S rDNAの単離及び配列決定分析並びに当該rDNAの塩基配列を用いた相同性分析及び分子系統樹
K5-1株のITS-5.8S rDNAを、以下のプライマー(White, T.J., T. Bruns, S. Lee, and J. Taylor (1990):Amplification and direct sequencing of fungal ribosomal RNA genes for phylogenetics. In PCR protocols, a guide to methods and applications(Innis, M.A., D.H. Gelfand, J.J. Sninsky and T.J. White eds.). Academic Press, New York, pp.315-322)を使用したPCR及びシークエンスにより同定した。
ITS5:GGA AGT AAA AGT CGT AAC AAG G (配列番号3)
ITS2:GCT GCG TTC TTC ATC GAT GC (配列番号4)
ITS3:GCA TCG ATG AAG AAC GCA GC (配列番号5)
ITS4:TCC TCC GCT TAT TGA TAT GC (配列番号6)
得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列は配列番号1に示す塩基配列であった。
【0056】
K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)に類似する塩基配列を、アポロンDB-FU1.0(テクノスルガ・ラボ, 静岡)のデータベースから検索するために、BLAST(Altschul, S.F., Madden, T.F., Schaffer, A.A., Zhang, Z., Miller, W., and Lipman, D.J., 1997. Gapped BLAST and PSI-BLAST: a new generation of protein database search programs. Nucleic Acids Research 25: pp.3389-3402)による相同性分析を行った。
【0057】
以下の表3は、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列と相同性を示すアポロンDB-FU1.0データベースからの上位30の菌株を示す。
【0058】
【表3】
【0059】
また、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)に類似する塩基配列を、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)から検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0060】
以下の表4は、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列と相同性を示す国際塩基配列データベースからの上位30の菌株を示す。
【0061】
【表4】
【0062】
また、図8には、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)と表4に示す1位のビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントを示す。
【0063】
さらに、K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列を用いて、近隣結合法(Saitou, N.及びNei, M., Molecular Biology and Evolution 4:406-425, 1987)によって分子系統樹を作製した。進化距離の算出には、木村の2変数法(Kimura, M., Journal of Molecular Evolution, 16(2):111-20, Dec, 1980)を用いて、各系統枝の信頼度をブーツストラップ法(Felsenstein, J., Evolution 39:783-791, 1985)により評価した。
【0064】
得られたK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹を図9に示す。図9において、左下の線はスケールバーを示し、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。
【0065】
3-2. 28S rDNA-D1/D2の単離及び配列決定分析並びに当該rDNAの塩基配列を用いた相同性分析及び分子系統樹
K5-1株の28S rDNA-D1/D2を、以下のプライマー(O' Donnell, K., Fusarium and its near relatives. In Reynolds, D.R. and Taylor, J. W. (編) The Fungal Holomorph: Mitotic, Meiotic and Pleomorphic Speciation in Fungal Systematics, CAB International, Wallingford, UK, pp.225-233, 1993)を使用したPCR及びシークエンスにより同定した。
NL1:5'-GCA TAT CAA TAA GCG GAG GAA AAG-3'(配列番号7)
NL2:5'-CTC TCT TTT CAA AGT TCT TTT CAT CT-3'(配列番号8)
NL3:5'-AGA TGA AAA GAA CTT TGA AAA GAG AG-3'(配列番号9)
NL4:5'-TGG TCC GTG TTT CAA GAC GG-3'(配列番号10)
得られたK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列は配列番号11に示す塩基配列であった。
【0066】
K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)に類似する塩基配列を、アポロンDB-FU1.0(テクノスルガ・ラボ, 静岡)のデータベースから検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0067】
以下の表5は、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列と相同性を示すアポロンDB-FU1.0データベースからの上位30の菌株を示す。
【0068】
【表5】
【0069】
また、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)に類似する塩基配列を、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)から検索するために、BLASTによる相同性分析を行った。
【0070】
以下の表6は、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列と相同性を示す国際塩基配列データベースからの上位30の菌株を示す。
【0071】
【表6】
【0072】
また、図10には、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)と表6に示す1位のコニオチリウム・シーエフ・オバタム(Coniothyrium cf. ovatum)CPC18株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号12)とのアライメントを示す。
【0073】
さらに、上記K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹の作製に準じて、K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列を用いて分子系統樹を作製した。
【0074】
得られたK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹を図11に示す。図11において、左下の線はスケールバーを示し、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。
【0075】
3-3. K5-1株の分類結果
アポロンDB-FU1.0に対するBLAST相同性検索の結果、K5-1株のITS-5.8S rDNA塩基配列は、子嚢菌門の一種であるステネラ・アラグアタ(Stenella araguata)、マイコスファエレラ・ベスパス(Mycosphaerella vespas)等の塩基配列と比較塩基が短いものの、高い相同率を示した(表3)。また、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対するBLAST相同性検索の結果においても、K5-1株のITS-5.8S rDNA塩基配列は、子嚢菌門の一種であるビスポラ・エスピーCBS335.97株の塩基配列と100%の相同率を示した(表4及び図8)。さらに、国際塩基配列データベース及びアポロンDB-FU1.0から得られた配列に基づき作成したK5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹(図9)においては、K5-1株は、ビスポラ・エスピーCBS335.97株(Accession No. AJ244237)と同一系統枝を形成した。従って、ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果から、K5-1株はビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定された。
【0076】
アポロンDB-FU1.0に対するBLAST相同性検索の結果、K5-1株の28S rDNA-D1/D2塩基配列は、子嚢菌門の一種であるクラドスポリウム・フルバム(Cladosporium fulvum)の塩基配列(Accession No. AY352596及びAY352597)と94.0%、グロメレラ・ラゲナリア(Glomerella lagenaria)の塩基配列(Accession No. AJ301970)と93.7%の相同率を示した(表5)。また、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対するBLAST相同性検索の結果においても、K5-1株の28S rDNA-D1/D2塩基配列は、子嚢菌門の一種であるコニオチリウム・シーエフ・オバタムCPC18株の塩基配列(Accession No. EU019293)と94.9%の相同率を示した(表6及び図10)。さらに、国際塩基配列データベース及びアポロンDB-FU1.0から得られた配列に基づき作成したK5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹(図11)においては、K5-1株は、ピエドライア・ホルタエ(Piedraia hortae)(Accession No. AY016366)と近縁な系統枝を形成した。従って、K5-1株はピエドライア・ホルタエ(Accession No. AY016366)と近縁な菌と推定できるが、K5-1株とピエドライア・ホルタエ(Accession No. AY016366)との系統枝の信頼性を表すブートストラップ値が82%と低いこと、塩基置換頻度を表す枝の長さも長く離れていること、及び相同率が90.8%と低いことから、属レベル以下を推定できなかった。
【0077】
ITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果及び28S rDNA-D1/D2塩基配列解析結果のうちITS-5.8S rDNA塩基配列解析結果を重視し、K5-1株は子嚢菌門のビスポラ属の一種(ビスポラ・エスピー)と推定された。
【0078】
〔実施例2〕K5-1株の有機酸生成
実施例1に記載の酸性培地で液体培養したK5-1株を、2%デンプンと10%グルコースのみから成る溶液に接種し、ブチルゴム栓で密栓を行い、25℃で7日間、100rpmで往復振盪培養した。7日間の培養後のK5-1株の状態を図12に示す。図12に示すように、当該培養条件においてもK5-1株は液面に浮遊することなく試験管の底に生えた。
【0079】
次いで、島津製作所製有機酸分析システム(Prominence)を用いて、当該7日間の培養後のK5-1株の培養上清中の有機酸を分析した。分析条件を以下の通りであった。
カラムオーブン:CT10-10AC
示差屈折検出器:CDD-10A
システムコントローラー:SCL-10Ayp
オートインジェクター:SIL-10ADyp
液体クロマトグラフィー:LC-10Ady
ワークステーション:CLASS-vp
カラム:Shim-pack SCR-102H
カラム温度:45℃
溶出溶液:5mM p-トルエンスルホン酸
流速:0.8ml/min
インジェクション量:10μl(0.2μmフィルターで濾過した試料を使用)
【0080】
標品のピークエリア面積と比較することにより培養上清中の有機酸濃度を分析した。その結果、K5-1株の培養上清には以下の有機酸が含まれていた。
0.53mM乳酸
0.71mMピルビン酸
1.7mMマレイン酸
1.3mMコハク酸
0.061mMフマル酸
3.3mMプロピオン酸
【0081】
嫌気発酵する多くの微生物は酪酸等の悪臭物質を生成することが多い。しかしながら、K5-1株の培養上清から酪酸等の悪臭物質は検出されなかった。
【0082】
次いで、乳酸脱水素酵素法(JKインターナショナル社製)を用いて乳酸を分析したところ、K5-1株の培養上清中の乳酸濃度は0.29mMであった。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】各培地における25℃で10日間培養後のK5-1株の巨視的観察像である。
【図2】各温度下のK5-1株のコロニー観察像である。
【図3】K5-1株の微視的観察像(300倍:栄養菌糸)である。
【図4】K5-1株の微視的観察像(300倍)である。
【図5】K5-1株の微視的観察像(600倍)である。
【図6】K5-1株の微視的観察像(1500倍)である。
【図7】K5-1株がプレートに生育した状態の写真である。
【図8】K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号1)とビスポラ・エスピーCBS335.97株のITS-5.8S rDNAの塩基配列(配列番号2)とのアライメントである。
【図9】K5-1株のITS-5.8S rDNAの塩基配列による分子系統樹である。
【図10】K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号11)とコニオチリウム・シーエフ・オバタムCPC18株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列(配列番号12)とのアライメントである。
【図11】K5-1株の28S rDNA-D1/D2の塩基配列による分子系統樹である。
【図12】25℃で7日間、100rpmで往復振盪培養した後のK5-1株の状態を示す写真である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物。
【請求項2】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項1記載の微生物。
【請求項3】
受託番号NITE P-560で特定される微生物である、請求項1又は2記載の微生物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸の製造方法。
【請求項5】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項4〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸を含む飼料の製造方法。
【請求項9】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項8〜10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸を含む堆肥の製造方法。
【請求項13】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項12又は13記載の方法。
【請求項15】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項12〜14のいずれか1項記載の方法。
【請求項1】
有機酸生成能を有するセルロース資化性ビスポラ(Bispora)属微生物。
【請求項2】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項1記載の微生物。
【請求項3】
受託番号NITE P-560で特定される微生物である、請求項1又は2記載の微生物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸の製造方法。
【請求項5】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項4〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸を含む飼料の製造方法。
【請求項9】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項8〜10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜3のいずれか1項記載の微生物をグルコース存在下で培養することを含む、有機酸を含む堆肥の製造方法。
【請求項13】
上記有機酸が乳酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、プロピオン酸及びフマル酸から成る群より選択される1以上の有機酸である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
上記培養をpH2.5〜7.0の条件下で行う、請求項12又は13記載の方法。
【請求項15】
上記培養を嫌気性条件下で行う、請求項12〜14のいずれか1項記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−4824(P2010−4824A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−169500(P2008−169500)
【出願日】平成20年6月27日(2008.6.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月27日(2008.6.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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