説明

官能性有機りん化合物および難燃性樹脂組成物

【課題】非加水分解性であり、特にエポキシ樹脂用の反応型難燃剤として有効な複数のエポキシ基を持った官能性有機りん化合物、その前駆体およびそれらを含有した難燃性樹脂組成物を提供する。
【解決手段】一般式1で表され、複数の不飽和基またはエポキシ基を持った非加水分解性の新規な官能性有機りん化合物を提供し、さらにそれを含有する難燃性樹脂組成物を提供する。



{式1中、Rはフェニル基、4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基、RおよびRは4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基を示す。}

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は官能性有機りん化合物および難燃性樹脂組成物に関する。さらに詳細には、複数の不飽和基またはエポキシ基を持った非加水分解性の新規な官能性有機りん化合物およびそれを含有する難燃性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機高分子化合物の難燃剤としては有機ハロゲン化合物がその大きな難燃効果、適用される有機高分子化合物の範囲の広さ、適用の容易さまたは価格の低廉さなどが魅力的であり、有機ハロゲン化合物は難燃剤として広く有機高分子化合物に適用されてきた。そして有機ハロゲン化合物としては主として塩素系または臭素系のものが実用されていて、それぞれに多種類の有機ハロゲン化合物が有機高分子化合物の要求に応じて難燃剤として多量に使用されてきた。
【0003】
しかし最近では、有機ハロゲン化合物を難燃剤として含有している有機高分子化合物は火災時に有毒ガスを発生し、人体に対して被害を与える事が問題視されている。さらに、ハロゲン系の難燃剤を含有している高分子化合物はその焼却処分時に焼却炉を腐食する酸性ガスを発生するばかりではなく、環境汚染性の強い有害物質を排出する事などが明らかにされている。故に、難燃剤を使用する業界ではこのようなハロゲン系の難燃剤を使用する事を嫌って、ハロゲン系の難燃剤を他の難燃剤に置換しようとする動きが活発であり、とりわけ有機りん化合物が最近、特に注目されている。
【0004】
ただし、ハロゲン系の難燃剤が広い範囲の有機高分子化合物に効果的に適用されるのに対して、従来の有機りん化合物が難燃剤として特に効果的なのはポリフェニレンエーテル樹脂、フェノール樹脂、ポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂またはセルローズ類などのように燃焼時に比較的に炭化物の生成が容易な有機高分子化合物に限られている。
【0005】
この中で有機りん化合物が比較的に効果的であるエポキシ樹脂の難燃剤としてはエポキシ樹脂と反応性である事が好ましく、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5または特許文献6などにはエポキシ樹脂と反応性の有機りん化合物がその難燃剤として開示されている。しかしながら、開示された有機りん化合物は何れも加水分解性であり、非加水分解性の厳しく要求される電子機器用のエポキシ樹脂の用途には必ずしも満足されていない。非加水分解性が特に要求される電子機器分野はプリント配線基盤用の難燃性エポキシ樹脂である。コンピューター、ビデオ・オーディオ機器、その他の電子機器類が年毎に小型化や複雑化を増している結果、プリント配線基盤も配線の微細化および基盤の重層化が進んでいて、難燃性エポキシ樹脂の電気絶縁性および配線の非腐食性の要求には特に厳しいものがある。難燃剤としての有機りん化合物が加水分解性であれば、加水分解生成物による電気絶縁性の低下および微細化された配線の腐食が問題であり、この分野に使用される有機りん化合物には非加水分解性が強く要求されている。この要求を満たす目的で特許文献7には非加水分解性であり、エポキシ基と反応性である有機りん化合物が開示されてはいるものの、この有機りん化合物は製造方法が複雑であり、高価であって、未だ実用されていないのが現状である。
【特許文献1】特開昭53−13479号公報
【特許文献2】特開平10−1490号公報
【特許文献3】特開平11−279258号公報
【特許文献4】特開2000−80251号公報
【特許文献5】特開2001−115047号公報
【特許文献6】特開2003−160712号公報
【特許文献7】特開2000−186186号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特に、高度の電気絶縁性とプリント配線基盤の微細な配線の非腐食性が要求されている電子機器に使用されるエポキシ樹脂の使用分野において、難燃性エポキシ樹脂用の反応性難燃剤として好適なエポキシ基を持ち非加水分解性である有機りん化合物およびその前駆体を提供し、さらにこれらを含有した難燃性樹脂組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に従って、一般式1で表される非加水分解性の官能性有機りん化合物が提供される。
【0008】
【化7】

【0009】
{式1中、Rはフェニル基、4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基、RおよびRは4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基を示す。}
一般式1には構造式2で表されるフェニルジ(4−シクロヘキセニルメチル)ホスフィンオキサイド(以下、構造式2と称する。)、構造式3で表されるトリ(4−シクロヘキセニルメチル)ホスフィンオキサイド(以下、構造式3と称する。)、構造式4で表されるフェニルジ{4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル}ホスフィンオキサイド(以下、構造式4と称する。)および構造式5で表されるトリ{4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル}ホスフィンオキサイド(以下、構造式5と称する。)が含まれる。
【0010】
【化8】

【0011】
【化9】

【0012】
【化10】

【0013】
【化11】

【0014】
構造式4および構造式5は構造式2および構造式3を過酸化物を使用してエポキシ化する事によって調製される。
【0015】
構造式2および構造式3は4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムハロゲナイドと一般式6で表されるりん化合物すなわち、フェニルホスホニックハロゲナイドおよびホスホリルハロゲナイドとのグリニア反応(Grignard Reaction)によって調製される。
【0016】
【化12】

【0017】
(式6中、Rはフェニル基またはハロゲン原子、Xはハロゲン原子を示す。)
【0018】
4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムハロゲナイドはグリニア試薬と称され、4−シクロヘキセニルメチルハロゲナイドと金属マグネシウムとの反応によって調製される。
【0019】
4−シクロヘキセニルメチルハロゲナイドは4−シクロヘキセニルメタノールとハロゲン化チオニルとの反応によって調製される。
【0020】
4−シクロヘキセニルメタノールは4−シクロヘキセニルアルデヒドのカニツァロ反応(Cannizzaro Reaction)または4−シクロヘキセニルアルデヒドの還元反応によって調製される。
【0021】
4−シクロヘキセニルアルデヒドはブタジエンとアクロレインとのディールスアルダー反応(Diels-Alder Reaction)によって得る事ができる。
【0022】
構造式2および構造式3は複数の不飽和基を持っているので不飽和ポリエステル樹脂と反応性であって、これを難燃化するのに適している。
【0023】
構造式4および構造式5は官能基であるエポキシ基を持っていて、他のエポキシ化合物と同時に硬化剤を使用して硬化させ、難燃性エポキシ樹脂を製造するのに適している。
【発明の効果】
【0024】
実施例1ないし実施例4では本発明の官能性有機りん化合物の製造方法が明らかにされた。実施例5および実施例6ではエポキシ樹脂組成物の調製方法が示された。実施例7では構造式2、構造式3、構造式4および構造式5の非加水分解性が確認された。また、評価の項では構造式4および構造式5がエポキシ樹脂を難燃化するのに効果的である事が確認され、工業的な価値が見出された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の実施態様をその化学的過程の順で説明する。
【0026】
ブタジエンとアクロレインとのディールスアルダー反応および引き続くカニツァロ反応または還元反応によって得られる4−シクロヘキセニルメタノールは既にその製法が公知であり、実用に供されてもいる。
【0027】
4−シクロヘキセニルメタノールから4−シクロヘキセニルメチルハロゲナイドを製造する工程はルイス酸を触媒として4−シクロヘキセニルメタノールと濃厚なハロゲン化水素との反応または第三級アミンを触媒として4−シクロヘキセニルメタノールとハロゲン化チオニルとの反応が採用されるが、実験室では後者のハロゲン化チオニル法が簡便である。ハロゲン化チオニルは塩化チオニルと臭化チオニルが入手しやすいが、塩化チオニルが一般的であり、本発明の実施には好ましい。反応によって得られた4−シクロヘキセニルメチルハロゲナイドは水洗してから、減圧蒸留する事によって精製される。
【0028】
4−シクロヘキセニルメチルハロゲナイドと金属マグネシウムとの反応は通常エチルエーテルまたはテトラヒドロフランの溶媒中で行なわれる。最近では取り扱いがより安易な事から主としてテトラヒドロフランが使用されていて、4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムハロゲナイドのテトラヒドロフラン溶液が調製される。
【0029】
4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムハロゲナイドとフェニルホスホニックハロゲナイドまたはホスホリルハロゲナイドとのグリニア反応はエチルエーテルまたはテトラヒドロフランの溶媒中で行なわれ、構造式2または構造式3が得られる。水洗によってマグネシウムハロゲナイドを除去してから、減圧下で蒸留して精製された構造式2または構造式3が得られる。また、有機溶媒による再結晶法によって精製する事も可能である。
【0030】
構造式2または構造式3は無水の過酢酸またはメタクロロ過安息香酸などによってエポキシ化されて容易に構造式4または構造式5が得られる。氷酢酸などを溶媒として使用すれば反応は温和であり、円滑である。または構造式2または構造式3を水不溶性の有機溶媒中で酢酸と過酸化水素とでエポキシ化する事も可能である。エポキシ化生成物は水洗によって、水溶性の化合物を除去してから、有機溶媒による再結晶法によって精製する事ができる。有機溶媒としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、ベンゼンまたはトルエンなどの炭化水素系の溶媒が使用される。
【0031】
不飽和ポリエステル樹脂はアルキド樹脂とも称されていて、住宅器材、船舶または貯槽類に広い用途を持っている。これはマレイン酸、フマル酸またはイタコン酸などの不飽和二塩基酸と二価アルコールとの重縮合物、すなわち不飽和ポリエステルをスチレン類またはアリル化合物と混合してから重合開始剤の存在下に重合して三次元構造を形成させたものである。不飽和ポリエステルの調製には不飽和二塩基酸と共にフタル酸またはイソフタル酸などの二塩基酸を使用する事もできる。二価アルコールとしてはエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、1,6−ヘキサンジオールまたは1,4−シクロヘキサンジオールまたは水素添加ビスフェノール−Aなどを使用する事ができる。スチレン類としてはスチレンおよびビニルトルエン、アリル化合物としてはジアリルフタレート、トリアリルトリメリテート、トリアリルシアヌレートまたはトリアリルイソシアヌレートなどが使用されている。
【0032】
構造式2または構造式3はスチレン類またはアリル化合物と類似の働きを持っていて、不飽和ポリエステルに溶解して、重合開始剤の存在下に重合して、三次元構造を持った難燃性の不飽和ポリエステル樹脂を形成させる事ができる。構造式2または構造式3は単独で、あるいはスチレン類またはアリル化合物と混合して不飽和ポリエステルに添加してもよい。難燃性ポリエステル樹脂を形成させるには構造式2または構造式3の添加によるりんの含量が0.5ないし5重量%である事が好ましい。
【0033】
エポキシ樹脂は通常、複数のエポキシ基を持ったエポキシ化合物とこれと反応する複数の官能基を持った硬化剤の組合せからなっており、エポキシ化合物と硬化剤の反応を促進する目的で硬化促進剤が加えられてもよい。さらに必要に応じて、着色剤、無機の充填剤またはガラス繊維あるいはガラス織物などの補強剤が使用されてもよい。
【0034】
エポキシ化合物としてはビスフェノール−Aのジグリシジルエーテル、ビスフェノール−Fのジグリシジルエーテル、2,2’,5,5’−テトラメチル−4,4’−ビフェノールのジグリシジルエーテル、1,1,2,2−テトラ(4−ヒドロキシフェニル)エタンのテトラグリシジルエーテル、フェノールノボラック樹脂のポリグリシジルエーテル、オルソクレゾールノボラック樹脂のポリグリシジルエーテル、1,4−ブタンジオールのジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールのジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールのジグリシジルエーテル、水素添加ビスフェノール−Aのジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンのトリグリシジルエーテル、N,N,N’,N’−テトラグリシジル−4,4’−ジアミノジフェニルメタン、N,N−ジグリシジルアニリン、N,N−ジグリシジルオルソトルイジン、フタル酸のジグリシジルエステル、トリグリシジルイソシアヌル酸または4−カルボキシル−1,2−エポキシシクロヘキサンの4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メタノールエステルなどの多種類が実用化されている。また文献によれば、さらに多様なエポキシ化合物が提案されている。本発明に係る構造式4および構造式5は二価および三価のエポキシ化合物であり、他のエポキシ化合物と混合して使用する事が可能である。
【0035】
エポキシ樹脂用の硬化剤もまた多種類が実用化されていて、複数のヒドロキシ基を持ったフェノール類、酸無水物類または複数の反応基を持ったアミノ化合物類などが知られている。ただし、本発明の目的にはフェノール類またはアミノ化合物の使用が好ましい。
【0036】
フェノール類の例としては、ビスフェノール−A、ビスフェノール−F、ビスフェノール−AD、ハイドロキノン、レゾルシン、メチルレゾルシン、ビフェノール、テトラメチルビフェノール、ジヒドロキシナフタリン、ジヒドロキシジフェニルエーテル、フェノールノボラック樹脂、クレゾールノボラック樹脂、p−ターシャリブチルフェノールノボラック樹脂、p−ターシャリオクチルフェノールノボラック樹脂、ナフトールノボラック樹脂および他のフェノール類とアルデヒド類との重縮合体などが挙げられる。また、文献上にはさらに多様なフェノール類が提案されている。
【0037】
アミノ化合物類としてはエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、1,3−ジアミノプロパン、1,6−ジアミノヘキサン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、1,6−ジアミノ−2,2,4−トリメチルヘキサン、α,α’−ジアミノメタキシレン(m−キシリレンジアミン)、m−フェニレンジアミン、トルイレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、イソホロンジアミン、末端がアミノ基であるポリアミド類またはジシアンジアミドなどが挙げられる。
【0038】
硬化促進剤の例としては第三級アミン類、第四級アンモニウム塩類、トリ置換ホスフィン類、テトラ置換ホスホニウム塩類またはイミダゾール類などが挙げられる。
【0039】
通常、エポキシ樹脂に充分な難燃性を与えるには1ないし4重量%のりんを樹脂に含有させる事が望ましい。構造式4または構造式5は非加水分解性のエポキシ樹脂にりんを導入するのに最も好ましい材料ではあるが、本発明の非加水分解性である課題を著しく害しない範囲では従来の有機りん化合物中で比較的に加水分解に耐性の大きな一般式7で表される一連の化合物を同時に使用して、構造式4または構造式5の使用量を低減する事ができる。この事を考慮すれば、難燃性エポキシ樹脂に含有される構造式4または構造式5の含有量は5ないし40重量%の範囲である事が好ましい。
【0040】
【化13】

【0041】
(式7中、Rは2,5−ジヒドロキシフェニル基、1,4−ジヒドロキシ−2−ナフチル基または1,4−ジグリシジルオキシ−2−ナフチル基を示す。)
【実施例】
【0042】
本発明をさらに明確にするため、具体的な製造例、実施例および比較例を挙げて説明する。なお、例中%は重量%および部は重量部を表すものとする。
【0043】
(製造例1) 4−シクロヘキセニルメチルクロライドの調製
かきまぜ機、温度計、滴下ロートおよび頂部を排気処理装置につないだ還流冷却器の付いた内容積2,000mlの四つ口フラスコに4−シクロヘキセニルメタノール(日本国、ダイセル化学工業株式会社製)1,122g(10モル)およびピリジン0.3gを仕込んだ。かきまぜながらフラスコを加熱して60℃にした。この温度で滴下ロートからチオニルクロライド1,427g(12モル)を滴下した。反応とともに塩化水素ガスと亜硫酸ガスが発生した。滴下は6時間を要した。滴下終了後にフラスコ内容物の温度を80℃にして1時間保った。ガスクロマトグラフ(GC)分析の結果、4−シクロヘキセニルメタノールのすべてが4−シクロヘキセニルメチルクロライドに変換されている事が知られた。滴下ロートから精製水500gを加えて80℃で30分間かきまぜた。かきまぜを止めて静置して、水層を除去した。さらに二回同じ水洗操作を行なった。これをガラス製のラッシヒリングを充填した内径30mm高さ400mmの蒸留塔の付いた内容積1,300mlの蒸留器に移した。蒸留器を約3kパスカルの減圧装置につないで蒸留した。少量の前留分を除去して、続いて80℃で留出する主留分を集めた。主留分は無色透明な液体であって、GC分析では純粋な4−シクロヘキセニルメチルクロライドであり、1,125gが得られた。これは理論収率の86%に相当している。蒸留器に残った液体は淡褐色透明であって、GC分析ではほとんどが4−シクロヘキセニルメチルクロライドであり、蒸留塔に残された少量の液体もGC分析でほぼ純粋な4−シクロヘキセニルメチルクロライドである事が確認された。
【0044】
(製造例2) 4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムクロライドの調製
かきまぜ機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器の付いた内容積3,000mlの四つ口フラスコにグリニア反応用の金属マグネシウム102g、テトラヒドロフラン500gおよび沃素0.05gを仕込んだ。かきまぜながらフラスコを加熱して、内容物がゆっくり還流するようにした。この状態で滴下ロートから製造例1で得られた4−シクロヘキセニルメチルクロライド500g(3.83モル)とテトラヒドロフラン1,000gの混合溶液を滴下した。滴下には2時間を要した。滴下終了後ただちに、窒素雰囲気中でさらに窒素ガスを満たした内容積3,000mlの容器に余剰の金属マグネシウムを濾過除去しながら、移し取った。この少量を取り、乾燥塩化水素ガスで処理してシクロヘキサンに可溶な部分をGC分析したところ、4−シクロヘキセニルメタンと微量の1,2−ジ(4−シクロヘキセニル)エタンとが検出され、4−シクロヘキセニルメチルクロライドが検出されなかった事から、これが4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムクロライドのテトラヒドロフラン溶液である事が確認された。
【0045】
(実施例1) フェニルジ(4−シクロヘキセニル)メチルホスフィンオキサイド{構造式2}の調製
製造例2で得られた4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムクロライドのテトラヒドロフラン溶液の全量をかきまぜ機、温度計、還流冷却器、滴下ロートおよびガス吹き込み口の付いた内容積5,000mlの五つ口フラスコに窒素置換しながら移した。内容物の温度を室温に保ち、滴下ロートから、フェニルホスホン酸ジクロライド373gとトルエン2,000gの混合溶液を滴下した。この間フラスコ内容物は室温に保った。滴下には3時間を要した。滴下終了後、1%硫酸水溶液500gを加えて60℃で30分かきまぜた。静置して、水層を除去してから5%炭酸水素ナトリウム水溶液200gを加えて30分かきまぜてから静置し、水層を除去した。さらに精製水500gを加えて30分かきまぜてから静置し、水層を除去した。還流冷却器の下部に水だけが除去される装置を付けて、トルエンおよびテトラヒドロフランと共沸的に水を除去した。これを濾過して容器に保存した。温度計、滴下ロート、減圧蒸留用キャピラリ差し込み口および蒸留口の付いた内容積3,000mlの四つ口フラスコに容器に保存した溶液を滴下ロートから滴下しながら、5kパスカルの減圧下で蒸留した。蒸留の最後は3kパスカルに減圧して、テトラヒドロフランおよびトルエンを完全に除去するようにした。蒸留口をかきまぜ機に、減圧蒸留用キャピラリ差し込み口を還流冷却器にそれぞれ切り替えてかきまぜながら、n−ヘキサン1,800gを沸騰状態で滴下ロートから添加した。添加終了後かきまぜながらフラスコを0℃まで冷却した。析出した結晶を濾過・採取して、70℃で6時間乾燥した。白色結晶は融点が101.2℃であり、495gが得られた。これは理論収量の82%に相当した。なお元素分析によるりん含量は9.84%(理論値:9.852%)、赤外吸収スペクトル(IR)は図1そしてH−NMRは図2の通りであり、これが目的とする構造式2である事が確認された。
【0046】
(実施例2) トリ(4−シクロヘキセニル)メチルホスフィンオキサイド{構造式3}の調製
実施例1で使用したのと同じ五つ口フラスコに窒素ガスを満たし、製造例2と同じ方法で調製した4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムクロライドのテトラヒドロフラン溶液の全量を移した。内容物の温度を室温に保ち、滴下ロートから、ホスホリルトリクロライド(オキシ塩化りん)195.7gとトルエン2,000gの混合溶液を滴下した。この間フラスコ内容物は室温に保った。滴下には3時間を要した。滴下終了後、以降は実施例1とまったく同様に処理して、融点が127.2℃の白色結晶356gが得られた。これは理論収量の84%に相当した。なお元素分析によるりん含量は9.31%(理論値:9.306%)、IRは図3そしてH−NMRは図4の通りであり、これが目的とする構造式3である事が確認された。
【0047】
(実施例3) フェニルジ{4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル}ホスフィンオキサイド{構造式4}の調製
かきまぜ機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器の付いた内容積3,000mlの四つ口フラスコに実施例1で得られた構造式2を94.3g(0.3モル)および氷酢酸300gを仕込んだ。かきまぜながら内容物の温度を15℃に保ち滴下ロートから、新しく調製された過酢酸の9%酢酸溶液(日本国、和光純薬工業株式会社製)516g(過酢酸6.1モル相当)を滴下した。滴下中、内容物の温度が20℃を越えないようにした。滴下は3時間を要した。滴下終了1時間後にトルエン500gおよび精製水1,000gを加えてかきまぜながら70℃にして静置し、水層を除去した。除去した水層はトルエン200gを抽出して、トルエン層はフラスコに返した。フラスコに精製水500gを加えて70℃でかきまぜてから静置し、水層を除去した。さらに、精製水500gを加えて同じ操作を繰り返した。トルエン層を内容積1,000mlのかきまぜ機と温度計の付いた蒸留器に移して3kパスカルの減圧下でトルエンを留去した。これにn−ヘプタン500gおよびセライト20gを加えて80℃まで加熱して濾過し、セライトを除去した。濾液をかきまぜ機の付いた内容積1,000mlのフラスコに移し、かきまぜながら内容物の温度を−5℃まで冷却して結晶を析出させた。結晶を濾過・採取して60℃で7時間乾燥して、融点が99.1℃の白色結晶90gが得られた。これは理論収量の87%に相当した。なお、元素分析によるりん含量は8.91%(理論値:8.932%)、IRは図5そしてH−NMRは図6の通りであり、これが目的とする構造式4である事が確認された。
【0048】
(実施例4) トリ(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチルホスフィンオキサイド{構造式5}の調製
かきまぜ機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器の付いた内容積3,000mlの四つ口フラスコに実施例2で得られた構造式3を66.5g(0.2モル)およびジクロロメタン500gを仕込んだ。滴下ロートにはm−クロロ過安息香酸(3−クロロパーオキシベンゾイックアシッド)130g(0.75モル)をジクロロメタン2,000gにやや加温して溶解した溶液を仕込んだ。フラスコ内容物をつよくかきまぜながら、0℃に冷却して、滴下ロートからm−クロロ過安息香酸溶液をフラスコ内容物の温度が5℃を越えないよう冷却しながら滴下した。滴下には7時間を要した。滴下終了後内容物の温度を22℃にして不溶解物を濾過除去した。濾液をかきまぜ機、温度計、滴下ロートおよび還流冷却器の付いた内容積5,000mlの四つ口フラスコに移し、かきまぜながら10%水酸化ナトリウム水溶液を滴下してフラスコ内容物をpH7.5に調節した。これを静置して水層を除去した。フラスコに精製水1,500gを加えて30分かきまぜてから静置して水層を除去した。さらに、同じ操作を2回繰り返した。これにn−ヘプタン2,000gおよびセライト25gを加えてから、還流冷却器を蒸留口に変えてフラスコを加熱してジクロロメタンを留去しながら、内容物の温度を82℃にした。これを熱濾過して、セライトを除去した。濾液をさらに85℃まで加熱して約1,000gのn−ヘプタンを留去した。これを徐々に0℃まで冷却して析出した結晶を濾過・採取して6kパスカルの減圧乾燥器で2時間乾燥した。融点が134.7℃の白色結晶63gが得られた。これは理論収量の83%に相当した。なお、元素分析によるりん含量は8.16%(理論値:8.141%)、IRは図7そしてH−NMRは図8の通りであり、これが目的とする構造式5である事が確認された。
【0049】
(実施例5) 構造式4を含有した難燃性エポキシ樹脂
実施例3で得られた構造式4(理論エポキシ当量173.2g/eqに相当)30部、エポキシ当量204.7g/eqのノボラック型エポキシ樹脂エポートYDCN−701P(日本国、東都化成株式会社製)70部、ジシアンジアミド5.4部および2−エチル−4−メチルイミダゾール(日本国、四国化成株式会社製)0.8部をメチルエチルケトン、エチレングリコールモノメチルエーテルおよびN,N−ジメチルホルムアミドの混合溶媒150部に溶解した。この溶液を厚さ0.18mmのガラスクロス(WEA 7628 XS13:日東紡績株式会社製)に含浸した。これを150℃の熱風乾燥器で10分間乾燥した。これを8枚重ねて130℃で20分間、20kg/cmの圧力で加熱プレスした。さらにこれを175℃で60分間、同じ圧力で加熱プレスして、積層板を作成した。この積層板の難燃性試験の結果を評価の項に示す。
【0050】
(実施例6) 構造式5を含有した難燃性エポキシ樹脂
実施例5で使用した30部の構造式4を実施例4で得られた構造式5(理論エポキシ当量126.8g/eqに相当)30部および5.4部のジシアンジアミドを6.1部に代えた以外は実施例5と全く同様にして、積層板を作成した。この積層板の難燃性試験の結果を評価の項に示す。
【0051】
(実施例7) 構造式2、構造式3、構造式4および構造式5の非加水分解性の確認
構造式2、構造式3、構造式4および構造式5をメタノール:水が3:1である混合溶媒にそれぞれの容器に5%ずつ添加し沸点で48時間加熱した。それぞれの溶液を0.1Nの水酸化ナトリウムで滴定したが、滴定量はすべて、0であり非加水分解性が確認された。
【0052】
(比較例1) りんを含有しないエポキシ樹脂
実施例5で使用した30部の構造式4をエポキシ当量182g/eqのビスフェノール−A型エポキシ樹脂に代えた以外は実施例5と全く同様にして、積層板を作成した。この積層板の難燃性試験の結果を評価の項に示す。
【0053】
(比較例2) りんを含有しないエポキシ樹脂
実施例5で使用した構造式4を使用しないで、エポートYDCN−701P70部を100部に、ジシアンジアミド5.4部を5.1部に代えた以外は実施例5と同様にして、積層板を作成した。この積層板の難燃性試験の結果を評価の項に示す。
【0054】
(評価)
実施例5、実施例6、比較例1および比較例2で作成した積層板から、それぞれUL−94に指定された燃焼試験法に合致した幅1.27cm(1/2インチ)と長さ12.7cm(5インチ)を持った試験片10枚ずつを切り出し、燃焼試験法に定められた方法で試験した。その結果を表1に示す。ただし、周知のように、難燃性の評価はV−0、V−1そしてHBの順に低下する。
【0055】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施例1で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図2】実施例1で得られた化合物のH−NMR図である。
【図3】実施例2で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図4】実施例2で得られた化合物のH−NMR図である。
【図5】実施例3で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図6】実施例3で得られた化合物のH−NMR図である。
【図7】実施例4で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図8】実施例4で得られた化合物のH−NMR図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式1で表される官能性有機りん化合物。
【化1】

{式1中、Rはフェニル基、4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基、RおよびRは4−シクロヘキセニルメチル基または4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル基を示す。}
【請求項2】
構造式2で表されるフェニルジ(4−シクロヘキセニルメチル)ホスフィンオキサイド。
【化2】

【請求項3】
構造式3で表されるトリ(4−シクロヘキセニルメチル)ホスフィンオキサイド。
【化3】

【請求項4】
構造式4で表されるフェニルジ{4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル}ホスフィンオキサイド。
【化4】

【請求項5】
構造式5で表されるトリ{4−(1,2−エポキシシクロヘキシル)メチル}ホスフィンオキサイド。
【化5】

【請求項6】
構造式4または構造式5で表される官能性有機りん化合物を含有する事を特徴とする難燃性エポキシ樹脂組成物。
【請求項7】
構造式4または構造式5で表される官能性有機りん化合物を5ないし40重量%含有する事を特徴とする難燃性エポキシ樹脂組成物。
【請求項8】
一般式6で表されるりん化合物と4−シクロヘキセニルメチルマグネシウムハロゲナイドとを反応させる事を特徴とする構造式2または構造式3で表される官能性有機りん化合物の製造方法。
【化6】

(式6中、Rはフェニル基またはハロゲン原子、Xはハロゲン原子を示す。)
【請求項9】
構造式2または構造式3で表される有機りん化合物を過酸化物を使用してエポキシ化する事を特徴とする構造式4または構造式5で表される官能性有機りん化合物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−303156(P2008−303156A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−150221(P2007−150221)
【出願日】平成19年6月6日(2007.6.6)
【出願人】(504233720)松原産業株式会社 (10)
【Fターム(参考)】