説明

密封構造

【課題】軸部材とその外周を取り囲む通路部材が相対的に往復動を行うように機能する両部材間の間隙を密封する密封装置にあって、密封性および耐摩耗性の何れにも優れた密封装置を提供する。
【解決手段】ロッドパッキン(密封装置)の一部をなす環状体71bの切断面は、厚み方向長さを寸法H、径方向長さを寸法Tとする矩形形状のうち、ピストン(ロッド部)の外周面に当接する側の面(摺動面)Sの一部をロッド部の外周面に向かって突出させた形状を有する。摺動面S上に形成される凸部は、その両裾に相異なる傾斜角の斜面S2及び斜面S3を有する。環状体71bが装着される環状溝の両側壁のうち、油圧シリンダの開口端側にあたる側壁に対峙する環状体71bの側面(大気側側面)Wと摺動面Sとの境界には面取り部(斜面)S4が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸部材、及びその外周を取り囲む通路部材であって、特に何れか一方の部材が他方の部材に対して往復動を行うように機能する両部材間の間隙を密封する密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えばブルドーザのような建設機械やフォークリフトのような運搬車輌等の油圧シリンダ等に適用され、ピストンとシリンダ型外郭(以下、単にシリンダという)との間隙を密封して作動油の漏れを防止するための密封装置が知られている。
【0003】
通常、このような用途に使用される密封装置には、密封を行う部材間に十分なシール性(密封性)が確保されること、シリンダ(ピストン)に対してピストン(シリンダ)が往復動する際、両部材間に生じる摺動抵抗が十分低く抑えられること、さらに摩擦等に対する十分な耐久性を有することが要求される。
【0004】
図10は、この種の密封装置を取り付けた油圧シリンダの密封構造の一例を示す断面図である。
【0005】
同図10に示すように、密封装置301は全体として環形状の外観をなし、軸方向に沿って往復動するピストン302の外周面と、同ピストン302の外周を取り囲むシリンダ303の内周面との間に形成された間隙を密封すべく、シリンダ303の内周面に形成された環状溝に取り付けられる。同図に示すような密封構造に適用される場合、密封装置301の外周面は環状溝の溝底に密着し、内周面はピストン302の内周面(対向面)に対して摺動自在に当接されることとなる。
【0006】
図11は、このような密封構造に適用される従来の密封装置の一例について、その構造及び機能を概略的に説明する模式図である。
【0007】
同図11に示す密封装置は、いわゆるUパッキンとして知られている。Uパッキン311は、通常ゴム等の弾性材料から形成され、U字形状の断面を有する環状体である。Uパッキン311は、その形状や材質にかかる特性から、相手部材(ピストン312)との間に好適な接触圧力分布を確保することが容易であり密封性には優れる。
【0008】
ところが、このようなタイプの密封装置(Uパッキン)では、シリンダ及びピストン間の相対動作を高速化した場合に潤滑不良が生じ易く、両部材間の摩擦を大きくする傾向がある。そのような潤滑不良は、とくに高圧条件下における潤摺動抵抗の増大を促し、油圧シリンダの作動性を悪化させることとなっていた。
【0009】
そこで、図12(a)及び(b)に示すように、二層の環状構造(二重構造)を有する
密封装置311’や密封装置311''も考えられている。すなわち、対向面に摺接する側の部材(摺接部材)を例えば四フッ化エチレン(PTFE)等といった樹脂製材料で形成することによって、密封装置の耐摩耗性を高め、且つ対向面に対する摺動抵抗の低減を図る。その一方、溝底に当接する側の部材を例えばゴム等のように十分な弾性力を有する材料で形成することによって、摺接部材と対向面との間にある程度の接触圧力を確保するのである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記二重構造をなす密封装置(図12(a),(b))によれば、高圧条件下や高速動作時における装置自身の耐摩耗性向上や、対向面に対する摺動抵抗の低減は図られるものの、密封性の低下は避け難いものとなっていた。
【0011】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、軸部材とその外周を取り囲む通路部材が相対的に往復動を行うように機能する両部材間の間隙を密封する密封装置にあって、密封性および耐摩耗性の何れにも優れた密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、軸方向に往復動する軸部材の外周面、および該往復動する軸部材の外周を取り囲む通路部材の内周面のうち、何れか一方の周面上に周回形成された環状溝に取り付けられ、前記軸部材の外周面と前記通路部材の内周面との間隙を密封する密封装置において、前記環状溝の対向周面に摺接する摺動面を有する環状の樹脂部材を備え、且つ前記環状の樹脂部材の摺動面は、前記軸方向に沿って偏倚した凸部を有することを要旨とする。
【0013】
なお、前記軸部材による軸方向への往復動作は、前記通路部材に対する相対的な動作を意味する。すなわち、当該往復動には、前記軸部材の軸方向に沿った前記通路による動作をも含むものとする。
【0014】
上記構成によれば、適度な硬度及び弾性を併せ有する環状の樹脂部材を、密封部位にて相手部材と摺動させる構成を適用することで得られる密封装置自身の耐摩耗性向上や摺動抵抗の軽減といった作用と、密封性能とが高い水準で両立されるようになる。
【0015】
とくにこのとき、相対的に高圧の流体が充填された空間と、低圧の流体が充填された空間との境界を当該密封装置によって仕切る上で、前記凸部を高圧空間側に偏倚させる構成を適用することで、高圧空間に充填された流体は、当該高圧空間に好適に保持(密封)されるようになる。
【0016】
請求項2に記載の発明は、請求項1記載の密封装置において、前記凸部は、その両裾に相異なる傾斜角の斜面を形成することを要旨とする。
【0017】
同構成によれば、前記凸部の両裾に形成される両斜面の傾斜角の関係から、当該密封装置に要求される密封性能を容易に得ることができるようになる。また、所望の密封性性能を得るための調節や部材加工も簡易に行うことができる。
【0018】
とくにこのとき、相対的に高圧の流体が充填された空間と、低圧の流体が充填された空間との境界を当該密封装置によって仕切る上で、前記凸部を高圧空間側に対峙する裾に形成される斜面を相対的に大きくする構成を適用することで、高圧空間に充填された流体は、当該高圧空間に好適に保持(密封)されるようになる。
【0019】
請求項3に記載の発明は、請求項2記載の密封装置において、前記環状の樹脂部材には、前記環状溝の側壁に対向する側面であって、前記凸部の両裾のうち、より小さな傾斜角の斜面が形成される裾側の側面と、前記摺動面との境界が面取りされてなることを要旨とする。
【0020】
同構成によれば、高圧条件下、若しくは前記軸部材の往復運動が高速状態にあっても、前記環状溝からの環状の樹脂部材のはみ出しが好適に抑制されるようになる。
【0021】
請求項4に記載の発明は、請求項2又は3記載の密封装置において、前記環状の樹脂部材には、前記環状溝の側壁に対向する側面であって、前記凸部の両裾のうち、より大きな傾斜角の斜面が形成される裾側の側面から該裾の基端にかけて、前記軸方向とほぼ平行をなす平坦な面を有することを要旨とする。
【0022】
同構成によれば、前記より大きな傾斜角の斜面と、前記平坦な面とに挟まれた空間に所定の圧力が付与された場合、その圧力が当該斜面を適度に圧迫することとなるため、前記凸部の形状が好適に保持されることとなる。そして凸部の形状が安定することにより、同凸部にとって、その対向面から受ける面圧分布が一定に保たれ、両者(凸部及びその対向面)間における密封性が向上するようになる。
【0023】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のうち何れか1項に記載の密封装置において、前記環状溝の溝底に周設され、前記樹脂部材を、該溝底から前記摺動面に向かう方向に付勢する環状の弾性部材をさらに備えることを要旨とする。
【0024】
同構成によれば、前記環状溝内(側)における十分な且つ安定した密封性能が確保される一方、前記環状の樹脂部材にとって前記環状溝の対向周面に向かう十分な付勢力が容易に得られるようになる。
【発明の効果】
【0025】
請求項1に記載した発明によれば、適度な硬度及び弾性を併せ有する環状樹脂部材を、密封部位にて相手部材と摺動させる構成を適用することで得られる密封装置自身の耐摩耗性向上や摺動抵抗の軽減といった作用と、密封性能とが高い水準で両立されるようになる。
【0026】
請求項2に記載した発明によれば、前記凸部の両裾に形成される両斜面の傾斜角の関係から、当該密封装置に要求される密封性能を容易に得ることができるようになる。また、所望の密封性性能を得るための調節や部材加工も簡易に行うことができるようになる。
【0027】
請求項3に記載した発明によれば、高圧条件下、若しくは前記軸部材の往復運動が高速状態にあっても、前記環状溝からの環状の樹脂部材のはみ出しが好適に抑制されるようになる。
【0028】
請求項4に記載した発明によれば、凸部の形状が安定することにより、同凸部にとって、その対向面から受ける面圧分布が一定に保たれ、両者(凸部及びその対向面)間における密封性が向上するようになる。
【0029】
請求項5に記載した発明によれば、前記環状溝内における十分な密封性能が確保される一方、環状の樹脂部材にとって前記環状溝の対向周面に向かう十分な付勢力が容易に得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の密封装置を油圧駆動用シリンダのロッドパッキンに適用した一実施の形態について、その外観及び内部構造を概略的に示す斜視図等。
【図2】同実施の形態のロッドパッキンをその径方向に沿って切断して得られる切断面の形状を示す断面図。
【図3】同実施の形態のロッドパッキンによって形成される密封構造を模式的に示す図。
【図4】同実施の形態のロッドパッキンの一部をなす環状体について、その切断面の形状を拡大して示す断面図等。
【図5】同実施の形態によって得られる密封機能を検証するための第1の検証実験に用いた装置及び実験内容を概略的に示す説明図。
【図6】油圧用シリンダによる連続的な往復動作に応じた油漏れ量の推移を、同実施の形態のロッドパッキンおよび従来の装置の各々について示すグラフ。
【図7】密封される油圧空間に付与される油圧に応じた摺動抵抗の変化を、同実施の形態のロッドパッキンおよび従来の装置の各々について示すグラフ。本実施の形態のロッドパッキンおよび従来の装置の各々について示すグラフ。
【図8】本発明の密封装置を油圧用ピストン等のピストンパッキンに適用した一実施の形態を概略的に示す断面図。
【図9】本発明の密封装置を油圧シリンダのロッドパッキンに適用した一実施の形態の変形例を概略的に示す断面図。
【図10】従来の密封装置および同密封装置によって形成される密封構造を概略的に示す断面図。
【図11】従来の密封装置の一例について、その構造及び機能を概略的に説明する模式図。
【図12】二層の環状構造を有する従来の密封装置の一例を概略的に示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0032】
以下、本発明の密封装置を、建設機械の油圧駆動用シリンダに取り付けられるロッドパッキンに適用した一実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0033】
図1(a)は、本実施の形態にかかる油圧駆動用シリンダについて、その外観及び内部構造の一部を概略的に示す斜視図であり、図1(b)は、同油圧駆動用ピストンの側断面を作動油の伝搬経路とともに示す略図である。
【0034】
図1(a)及び(b)に併せ示すように、油圧駆動用シリンダ(以下、油圧シリンダという)100は、大きくは、有底円筒形の通路11を形成するシリンダ型外郭(以下、シリンダという)10と、同通路11に沿って往復動するピストン20とを備える。ピストン20の一部としてシリンダ10内の通路11に収容される部分は、円柱形状をなすロッド部20aと、ロッド部20a先端の外周に螺合装着されロッド部20aよりもやや大きな外径を有して且つ、これも円柱形状をなすプランジャ部20bとを形成する。
【0035】
また、図1(b)に詳しく示すように、通路11は、底部11aに隣接しプランジャ部20bの外周とほぼ同径(やや大きな径)の内周面を有するプランジャ摺動部11bと、開口端11dに隣接しロッド部20aの外周とほぼ同径(やや大きな径)の内周面を有するロッド摺動部11cとからなる。
【0036】
シリンダ10には、その内周面を外部と連通させる油孔12,13が設けられており、これら油孔12,13を介し高圧の作動油がシリンダ10外部からシリンダ10内部へ送出入される。また、油孔12に連通するシリンダ10の内部空間αと、油孔13に連通するシリンダ10の内部空間β(シリンダ10の内周面とロッド部20aの外周面との間隙)とは、プランジャ部20bによって仕切られている。
【0037】
すなわち、油孔12及び油孔13を介して送入出される作動油の油圧を適宜調整するこ
とにより、ピストン20本体が矢指X方向に往復動し、且つその挙動が自在に制御される。
【0038】
プランジャ部20bの外周面には矩形の断面形状を有する環状溝30,40,50が周回形成されており、各環状溝30,40,50には、それぞれウエアリング31、ピストンパッキン41、及びコンタミシール51が装着されている。ウエアリング31は、ピストン20の偏心を抑制する等、もっぱら軸受けとしての機能を有する。ピストンパッキン41は、内部空間α及び内部空間β間における作動油の伝搬を規制し、両空間α,βの相互間における密封状態を保持する機能を有する。コンタミシール51は、例えば作動油に混入した金属粉等がプランジャ部20bの外周面とシリンダ10の内周面との間隙に侵入するのを防止する。
【0039】
また、ロッド摺動部11cの内周面にはこれも矩形の断面形状を有する環状溝60,70,80が周回形成されており、各環状溝60,70,80には、それぞれダストシール61、ロッドパッキン71、及びバッファリング81が装着されている。ダストシール60は、外部からシリンダ10内へ異物が侵入するのを防止する。ロッドパッキン71は、内部空間βと外部と間における密封状態を保持し、作動油の外部への漏洩を防止する機能を有する。バッファリング81は、内部空間βに充填された作動油の衝撃圧や変動圧、或いは高温となった作動油の熱の伝搬を緩衝し、ロッドパッキン71を保護する。
【0040】
ここで、ロッド摺動部11cの環状溝70に装着されたロッドパッキン71の機能について詳しく説明する。
【0041】
図2には、環形状を有するロッドパッキン71単体をその径方向に沿って切断して得られる切断面の形状を示す。
【0042】
同図2に示すように、ロッドパッキン71は、ゴム製のOリング71aと、Oリング71aの内径とほぼ同等の外径を有する四フッ化エチレン(PTFE)樹脂製の環状体71bとが相互に密着して形成される。Oリング71aの断面形状はほぼ正円をなし、当該正円の外径は、概ねロッドパッキン71が装着される環状溝71(破線にて図示)の溝幅Hに相当する(溝幅Hよりやや小さい)。一方、Oリングの内側(内周)に密着形成される環状体71bの断面形状は、軸方向(ピストン10の往復動作方向)の厚みを溝幅Hとほぼ同等とする(溝幅Hよりやや小さい)基本的には矩形を呈するとともに、その内周面が軸方向に沿って偏倚した凸形状をなす。
【0043】
このような二重構造を有するロッドパッキン71では、シリンダ10への装着にあたっては、図3(a)及び図3(b)において模式的に示すように、環状溝70に組み込まれたロッドパッキン71の一部、すなわち軸方向に沿って偏倚した凸形状をなす環状体71bの内周面の一部が、ロッド摺動部11cの内周面から突出することとなる(図3(a))。シリンダ10内の通路11にピストン20が取り付けられると、ロッド部20aの外周面が環状体71bの内周面に当接し、これを押圧することにより、環状体71bに比して相対的に弾性の大きなOリング71aが撓む。こうしてロッドパッキン71全体が環状溝70に押し込まれ、油圧シリンダ100へのロッドパッキン71の装着が完了する。すなわち、ロッド部20a及びロッド摺動部11c間において内部空間β内に充填される作動油を外部から密封する密封構造が構築されることになる(図3(b))。
【0044】
次に、ロッドパッキン71の一部をなすPTFE樹脂製の環状体71bについて詳細に説明する。
【0045】
図4(a)には、環状体71bをその径方向に沿って切断して得られる切断面の形状を
拡大して示す。なお、図中において便宜的に示す矢指Pは、環状体71bの径方向に相当し、矢指Qは、矢指Pと直交する方向に相当する。ちなみに、ロッドパッキン71(環状体71b)が油圧シリンダ100に装着された状態において、矢指Qは、先の図1(b)にて示した矢指Xと同じくピストン10の往復動方向(軸方向)を示すことになる。以下、矢指Q(X)方向を厚み方向といい、矢指P方向を径方向という。
【0046】
同図4(a)に示すように、環状体71bの切断面は、厚み方向長さを寸法H、径方向長さを寸法Tとする矩形形状のうち、ピストン20(ロッド部20a)の外周面に当接する側の面(以下、摺動面という)Sの一部をロッド部20aの外周面に向かって突出させた形状を有する。
【0047】
すなわち、摺動面Sのうち、厚み方向Xに沿って通路11の内部空間β(図1参照)に最も近い面S1はロッド部20aの外周面(軸方向)とほぼ平行をなすように形成し、同面S1に隣接する隆起(凸部)を斜面S2及び斜面S3によって形成する。言い換えれば、斜面S2及び斜面S3が凸部の両裾をなす一方、面S1は、環状溝70の両側壁のうち、油圧シリンダ100内の内部空間β側にあたる側壁に対峙する環状体71bの側面(油圧側側面)Iから斜面(凸部の裾)S2の基端にかけて、ロッド部29aの軸方向とほぼ平行をなす平坦な面を形成することとなる。
【0048】
ところで、図4(b)は、環状体71bがロッドパッキン71の一部として油圧シリンダ100に装着された場合において、摺動面Sが対向面(ロッド部20aの外周面)から受ける接触圧力の分布を、図4(a)と同一軸線方向(厚み方向)Xに沿って同一スケールで示す分布図である。
【0049】
同図4(b)に示すように、摺動面S上において最も高い接触圧力Pを受けることとなるのは斜面S2及び斜面S3の境界にあたる凸部の頂上であり、当該頂上から離間するにつれ接触圧力Pは減少することとなる。このとき、適度な弾性及び硬度を併せ有する材料(例えばPTFE樹脂)から環状体が形成されていれば、斜面S2の受ける接触圧力勾配の最大値(dP/dX)max,p、及び斜面S3の受ける接触圧力勾配の最大値(dP/dX)max,mは、それぞれ斜面S2及び斜面S3の対向面(ロッド部20a)に対する傾斜角によって概ね決定づけられることが発明者によって確認されている。
【0050】
また、例えば軸部材の周縁で、所定油圧の油が充填された空間(油圧側空間)をいわゆる往復動シールによって外部(大気側空間)から密封する場合、当該往復動シールによる油の密封性能は、油圧側空間においてシール本体が軸部材の外周面から受ける接触圧力勾配(絶対値)と、大気側空間においてシール本体が軸部材の周面から受ける接触圧力勾配(絶対値)との差によって決定づけられることが一般に知られている。
【0051】
すなわち、環状体71bによるような断面形状を適用することで、斜面S2及び斜面S2の対向面に対する傾斜角を調整することにより、所望の密封性能を容易に得ることができるようになる。ちなみに、斜面S2,S3の最適傾斜角は、内部空間β内の作動油に付与される油圧や作動油の特性等にもよるが、本実施の形態において油圧シリンダ100に装着されるロッドパッキン71としては、斜面S2の傾斜角Cを8±2°程度、斜面S3の傾斜角dを45±2°程度に設定することで、摺動面Sとロッド部20aとの間に形成される油膜が十分薄い状態に保持され、作動油の最適な密封状態が確保されることが確認された。
【0052】
同じく、摺動面Sの突出分(凸部の高さ)に相当する寸法bは、環状体71bの径方向長さ(寸法)Tの25〜35%程度に設定するのが好ましいことが確認された。
【0053】
また同じく、斜面S2の厚み方向長さ(寸法)aは、環状体71b本体の厚み方向長さ(寸法)Hの15〜20%程度に設定するのが好ましいことが確認された。
【0054】
また、環状体71bが装着される環状溝70の両側壁のうち、油圧シリンダ100の開口端側にあたる側壁に対峙する環状体71bの側面(大気側側面)Wと摺動面Sとの境界には面取り部(斜面)S4が形成されている。環状体71bの大気側(反圧力側)側面にこのような面取り部が形成されることにより、内部空間βに高圧の油圧が付与されることとなっても、環状溝70からの環状体71bのはみ出しが好適に抑制されるようになる。
【0055】
また、油圧シリンダ100内をロッド部20aが往復動すると、平坦な面S1及び斜面S2に挟まれた空間に充填される作動油の油圧が斜面S2を適度に圧迫することとなるため、斜面S2及び斜面S3によって形成される凸部の形状が好適に保持されることとなる。そして凸部の形状が安定することにより、同凸部がロッド部20aの外周面から受ける面圧の分布も一定に保たれ、両者間における密封性も向上する。
【0056】
なお、環状体71bの径方向長さ(寸法)Tは、図4(c)において模式的に示す環状溝70からロッド部20a外周面までの距離AやOリング71aの特性(弾性)との関係に基づいて設定するのが、ロッドパッキン71を油圧シリンダ100に装着する際に最適なつぶし代を確保し、摺動面Sとロッド部20aとの間に安定した面圧を保持する上では好ましい。ちなみに本実施の形態においては、寸法Tを距離Aの40〜50%程度とするのが最適であることが確認された。
【0057】
また、環状体71bの厚み方向長さ(寸法)Hは、図4(c)において示す環状溝70の溝幅Bの90〜95%程度に(溝幅Bよりやや小さな値)に設定するのが好ましい。すなわち、環状体71bの厚み方向長さHと環状溝70の溝幅との間にこのような関係を確保することで、内部空間βに油圧が付与されても、環状体71bの挙動に十分な安定性を保持することができるようになる。内部空間βに油圧が付与された状態で環状体71bの挙動が十分に安定していれば、摺動面Sに一定の面圧分布が確保されることとなり、同摺動面S及びロッド部20a間における密封性も安定するようになるからである。
(検証試験)
本実施の形態にかかるロッドパッキン71を油圧駆動用シリンダの密封装置として適用した場合に得られる密封性能を、従来の密封装置によるものと比較するための検証実験を行った。
【0058】
図5は、第1の検証実験に用いた装置及び実験内容を概略的に示す説明図である。同図に示すように、第1の検証実験で用いた試験装置200は、図1において示した油圧シリンダ100と同様、軸部材(ロッド部)220の周縁で、環状溝に収容された往復動シール(密封装置)を用いて、所定油圧の油が充填された空間(油圧側空間)γを外部(大気側空間)から密封するといった構成を有する。
【0059】
第1の検証試験では、ロッド部220を動作速度(摺動速度)0.15m/秒で連続的に往復動させた場合に、当該動作にかかる積算距離に応じた油の漏れ量(積算量)を測定した。
【0060】
図6は、上記第1の検証試験の結果として、本実施の形態にかかるロッドパッキン71を適用した場合にみられた油漏れ量の推移(●)と、先の図12(b)に示した従来の密封装置を適用した場合にみられた油漏れ量の推移(○)とを、同一軸(積算距離)上に併せ示すグラフである。
【0061】
同図6に示すように、従来の密封装置を適用した場合、摺動距離が増すごとに漏れ量も
増加しているが、本実施の形態にかかるロッドパッキン71を適用した場合、積算距離にして50km以上ロッド部220を動作させても、ほとんど油漏れの生じていないことが明らかとなった。
【0062】
次に、第2の検証試験について説明する。
【0063】
上述した第1の検証試験では、ロッド部を所定の動作速度(摺動速度)で連続的に往復動させ、当該動作にかかる積算距離に応じた油の漏れ量(積算量)を測定した。これに対し、当該第2の検証試験では、同じくロッド部を所定の動作速度(摺動速度)で往復動させるとともに、油圧側空間γに付与する油圧を変化させ、密封装置とロッド部の外周面との間における摺動抵抗がどのように変化するかを、本実施の形態におけるロッドパッキン(密封装置)71を適用した場合と、先の図11に示した従来の密封装置(Uパッキン)を適用した場合とについて試験し、その結果を相互に比較した。なお、第2の検証試験にも、第1の検証試験と同様の試験装置200(図5)を用いた。
【0064】
図7は、上記第2の検証試験の結果として、本実施の形態にかかるロッドパッキン71を適用した場合にみられた摺動抵抗の変化と、先の図11に示した従来の密封装置を適用した場合にみられた摺動抵抗の変化とを、同一軸(油圧の大きさ)上に併せ示すグラフである。
【0065】
同図7に示すように、従来の密封装置を適用した場合、油圧側空間γに付与する油圧が増すごとに摺動抵抗も増加しているが、本実施の形態にかかるロッドパッキン71を適用した場合、20MPa以上の油圧を油圧側空間γに付与しても、摺動抵抗はほとんど増大しないことが明らかとなった。
【0066】
すなわち、弾性体と樹脂製部材とを組み合わせた従来の密封装置(図12(a),(b)参照)を用いた密封構造では、密封装置自身の耐摩耗性の向上や、密封部位における摺動抵抗の低減といった機能は達成される反面、十分な密封性能を得ることが困難となっていた。
【0067】
また同じく、いわゆるUパッキン(図11参照)を用いた密封構造では、通常の使用条件下において十分な密封性を得ることはできるものの、とくに高圧や高速条件での使用に際し、潤滑不良が発生しやすく密封装置自身の摩耗が顕著となっていた。さらに、高圧条件下で、そのような潤滑不良が摺動抵抗の増大を促し、油圧シリンダの作動性を悪化させることとなっていたことは、先の従来技術において説明した通りである。
【0068】
この点、本実施の形態にかかるロッドパッキン71を採用して、例えば軸部材ロッド部の周縁で、所定油圧の油が充填された空間(油圧側空間)を外部(大気側空間)から密封するための構造を構築するようにすれば、密封装置自身の耐摩耗性向上や密封部位における摺動抵抗の軽減と、密封性の向上といった諸機能を高い水準で両立させることができるようになる。
【0069】
なお、本実施の形態では、ロッド部20a及びロッド摺動部11cの間隙において内部空間βに充填された作動油を外部から密封すべくロッド摺動部11cの内周面に周設された環状溝に装着される密封装置(ロッドパッキン71)に本発明の密封装置を適用することとした(図1等を参照)。これに限らず、図1及び図8に併せ示すように、例えばプランジャ部20b及びシリンダ10の間隙において内部空間αに充填された作動油と内部空間βに充填された作動油とを相互に密封する密封装置として、ピストンパッキン41に本発明を適用してもよい。すなわち、軸方向に往復動する軸部材(例えばピストンやロッド)の外周面、および該往復動する軸部材の外周を取り囲む通路部材(例えばシリンダ)の
内周面のうち、何れか一方の周面上に周回形成された環状溝に取り付けられ、同軸部材の外周面と前記通路部材の内周面との間隙を密封する密封装置であれば、各々に油の充填された二空間の境界を密封するものであるか、一方に油、他方にガスを各々充填した二空間の境界を密封するものであるかに関わらず、本発明の密封装置を適用することができる。また、軸部材の外周面に環状溝を周回形成し、その環状溝に密封装置を装着する場合であれ、通路部材の内周面に環状溝を周回形成し、その環状溝に密封装置を装着する場合であれ、本発明の密封装置を適用することによって、本実施の形態と同等、若しくはこれに準ずる効果を奏することはできる。
【0070】
また、例えば図9(a)において断面形状として示すように、環状体71bの摺動面Sに形成される凸部の斜面S2,S3を各々曲面にしてもよい。さらに、図9(b)に示すように、環状体71bの摺動面Sにおいて、ロッド部の外周面とほぼ平行をなす面S1(図4参照)や、面取り部S4を設けなくとも、本実施の形態に準ずる効果を奏することはできる。
【0071】
また、本実施の形態において採用したロッドパッキン71と同等の構造を有する密封装置を、軸部材の外周面(環状溝)若しくは通路部材の内周面に複数並列して取り付けるようにすれば、一層高い密封性を得ることもできる。
【0072】
また、本実施の形態では、環状体71bの材質としてPTFE樹脂を採用することとしたが、適度な弾性及び硬度を併せ有する他の樹脂材料、例えばPFA,ETFE,POM,PBT等を採用してもよい。
【0073】
また、環状体の耐圧性や耐摩耗性を高めるように、PTFE樹脂も含めてこれら樹脂材料には充填材を混入するのが好ましい。
【0074】
また、Oリング71aの断面形状は、正円形状に限らず、例えば楕円、多角形、、X字等といった他の形状であってもよい。さらにその材質にも、例えばニトリルゴム、水素化ニトリルゴム、フッ素ゴム等、(例えばニトリルゴム対比として)十分な弾性、耐熱性、及び耐薬品性(耐油性)を有する様々な(ゴム状)弾性材料を採用して本実施の形態と同等、若しくはこれに準ずる効果を奏することはできる。
【符号の説明】
【0075】
10 シリンダ型外郭(シリンダ)
11 通路
11a 底部
11b プランジャ摺動部
11c ロッド摺動部
11d 開口端
12,13 油孔
20 ピストン
20a ロッド部
20b プランジャ部
30,40,50,60,70,80 環状溝
31 ウエアリング
41 ピストンパッキン
51 コンタミシール
61 ダストシール
71 ロッドパッキン
71a Oリング
71b (樹脂製の)環状体
81 バッファリング
100 油圧駆動用シリンダ(油圧シリンダ)
200 試験装置
α,β 内部空間
S 摺動面
S(S2,S3) 斜面
S(S4) 面取り部
W 側面(大気側側面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に往復動する軸部材の外周面、および該往復動する軸部材の外周を取り囲む通路部材の内周面のうち、何れか一方の周面上に周回形成された環状溝に取り付けられ、前記軸部材の外周面と前記通路部材の内周面との間隙を密封する密封装置において、
前記環状溝の対向周面に摺接する摺動面を有する環状の樹脂部材を備え、
且つ前記環状の樹脂部材の摺動面は、前記軸方向に沿って偏倚した凸部を有することを特徴とする密封装置。
【請求項2】
請求項1記載の密封装置において、
前記凸部は、その両裾に相異なる傾斜角の斜面を形成することを特徴とする密封装置。
【請求項3】
前記環状の樹脂部材には、前記環状溝の側壁に対向する側面であって、前記凸部の両裾のうち、より小さな傾斜角の斜面が形成される裾側の側面と、前記摺動面との境界が面取りされてなることを特徴とする請求項2記載の密封装置。
【請求項4】
前記環状の樹脂部材には、前記環状溝の側壁に対向する側面であって、前記凸部の両裾のうち、より大きな傾斜角の斜面が形成される裾側の側面から該裾の基端にかけて、前記軸方向とほぼ平行をなす平坦な面を有することを特徴とする請求項2又は3記載の密封装置。
【請求項5】
請求項1〜4のうち何れか1項に記載の密封装置において、
前記環状溝の溝底に周設され、前記樹脂部材を、該溝底から前記摺動面に向かう方向に付勢する環状の弾性部材をさらに備えることを特徴とする密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−144934(P2011−144934A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87762(P2011−87762)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【分割の表示】特願2000−167438(P2000−167438)の分割
【原出願日】平成12年6月5日(2000.6.5)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】