説明

導電性インク、導電膜、及び高分子アクチュエータ素子、並びに、導電性インクの製造方法、及び高分子アクチュエータ素子の製造方法

【課題】 特に、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インク及び、前記導電性インクにより形成された導電膜、並びに、導電性インクの製造方法等を提供することを目的としている。
【解決手段】 本発明の導電性インクは、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)及びポリスチレンスルホン酸(PSS)がアミンで中和され、且つ有機溶媒に分散されてなることを特徴とするものである。アミンには、3級アミンで−OH基を有するジメチルアミノエタノールを用いることが好ましい。また有機溶媒には、水よりも沸点が高く、変性PVDFを溶解可能なジメチルスルホキシドを用いることが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)及びポリスチレンスルホン酸(PSS)を有して成る導電性インク、導電膜及び前記導電膜を用いた高分子アクチュエータ素子等に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)及びポリスチレンスルホン酸(PSS)を有する導電性インクは、水溶媒であり、且つPSSの遊離酸(−SO3H)が多数存在するために強酸状態(pHは2程度である)となっている。
【0003】
例えば特許文献1に記載された高分子アクチュエータ素子の特性を向上させるために、上記の導電性インクからなる導電性に優れた導電膜を、素子の電極層表面に集電膜として設けた構成では、高分子アクチュエータ素子に含まれるイオン液体が水溶媒により加水分解され、強酸の存在下により更に分解がスムースに進行してしまう。このため、特許文献1に示されるイオン液体を有する高分子アクチュエータ素子に対して、強酸性で水溶媒系のPEDOT:PSSを有する導電性インクを用いて集電膜等を形成することが出来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−176428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、上記従来の課題を解決するものであり、特に、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インク及び、前記導電性インクにより形成された導電膜、並びに、導電性インクの製造方法を提供することを目的としている。
【0006】
更に、前記導電性インクを、イオン液体を有する高分子アクチュエータ素子に集電膜あるいは電極層として使用して特性を向上させた高分子アクチュエータ素子及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明における導電性インクは、ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸がアミンで中和され、且つ有機溶媒に分散されてなることを特徴とするものである。
【0008】
また本発明における導電性インクの製造方法は、
ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸が水溶媒に分散された強酸性の導電性インクに、アミンを添加して中和する工程、
水より高沸点の有機溶媒を添加する工程、
加熱して水を除去し、前記有機溶媒を残す工程、
を有することを特徴とするものである。
【0009】
これにより中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクにできる。そして本発明における導電性インクを塗布する、あるいは導電性インクからなる導電膜を接合する層(基材)に対して化学分解等のダメージを抑制でき、且つ優れた電気伝導性を付与することができる。
【0010】
本発明では、導電性インクのpH(25℃)が、6〜10であることが好ましい。本発明では、pHが6〜10の範囲、好ましくは6.5〜9の範囲、より好ましくは6.5〜8の範囲を中和(中性)と定義される。これにより、比抵抗を適切に低くすることが可能である。また後述するイオン液体を有する高分子アクチュエータ素子に、本発明の中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクを使用することで、素子へのダメージを、強酸性で水溶媒であった従来に比べて適切に抑制することができる。
【0011】
また本発明では、3級アミンで中和されることが好ましい。1級アミンや2級アミンに比べて塩基性が強く、また副反応を起こしにくい3級アミンを使用することが好適である。
【0012】
また本発明では、前記3級アミンは−OH基を有することが好ましい。3級アミンの場合、水への溶解性が低いので、−OH基を有することが好適である。
【0013】
また本発明では、前記3級アミンは、ジメチルアミノエタノールであることが好ましい。
【0014】
また本発明では、前記有機溶媒は、水よりも沸点が高く、具体的には、ジメチルスルホキシド、ジエチレングリコール、エチレングリコール、ジグリム、グリセリン、セルビトールのうちいずれか1種あるいは2種以上が選択されることが好ましい。これらの有機溶媒は、副反応を起こしにくく、また水よりも高い沸点を備える。
【0015】
また本発明では、前記有機溶媒には、ジメチルスルホキシドが選択されることが好ましい。副反応を起こしにくく、また水よりも高い沸点を有することに加えて、水と混和し、また有機化合物や無機塩も溶解することができる。特に、本発明では後述するように導電性インクに変性ポリフッ化ビニリデンを添加する場合があるが、変性ポリフッ化ビニリデンを溶解することもできる。更に、より効果的に導電性の向上を図ることができる。
【0016】
また本発明では、前記導電性インクは、イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられ、イオン液体、ベースポリマー及び導電フィラーを有する電極層とを備える高分子アクチュエータ素子に用いられるものであり、
前記導電性インクには、前記ベースポリマーと同種のポリマーが含まれていることが好ましい。
【0017】
ここで「同種」とは、同じ材料である場合のみならずその誘導体も含み、また一部の単量体が異なっていても主体とする単量体が同じであれば「同種」である。
【0018】
上記において、前記導電性インクには、変性ポリフッ化ビニリデンが添加されてなることが好ましい。また、上記した導電性インクの製造方法では、導電性インクに、更に、有機溶媒に溶解させた変性ポリフッ化ビニリデンを添加することが好ましい。
【0019】
また、前記変性ポリフッ化ビニリデンは、ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸の混合物を100質量%としたとき、10質量%〜50質量%の範囲内で添加されることが好ましい。
【0020】
また本発明では、導電性インクに、更に、導電フィラー及びイオン液体が添加されてもよい。イオン液体を有する高分子アクチュエータの特に電極層として導電性インクを用いる場合に適用できる。
【0021】
また本発明では、前記導電フィラーは、カーボンナノチューブを含んでいることが好ましい。
【0022】
また上記した導電性インクの製造方法において、加熱処理して水を除去した後にイソプロパノールを添加して濃度調整を行うことが好ましい。
【0023】
また本発明に置ける導電膜は、上記のいずれかに記載された導電性インクにより形成されることを特徴とするものである。前記導電性インクをキャスト法等で所定形状に成形し、乾燥等させることで例えば、シート状の導電膜を形成することが可能である。
【0024】
また本発明は、イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられ、イオン液体及び導電フィラー、あるいは、イオン液体、ベースポリマー及び導電フィラーを有する電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子において、
上記のいずれかに記載された導電性インクにより形成された導電膜が、前記電極層の表面に集電膜として設けられていることを特徴とするものである。
【0025】
本発明では、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクを用いて比抵抗が低く導電性に優れた導電膜を、高分子アクチュエータ素子の集電膜として形成できる。これにより、イオン液体に対する分解等を抑制でき、素子へのダメージを、強酸性の水溶媒であった従来に比べて適切に抑制することができる。また、本発明における集電膜は金属膜等に比べて軟らかい。以上により、電極層の表面に、本発明の集電膜を形成することにより、アクチュエータ特性を従来に比べて適切に向上させることが可能である。特に、応答性(応答速度)を効果的に向上させることが可能である。
【0026】
また、電極層にベースポリマーが含まれる構成では、前記導電膜に、前記電極層に含まれるベースポリマーと同種のポリマーを含有する構成とすることで、本発明では、前記集電膜を、電極層の表面に密着性よく取り付けることが可能になる。
【0027】
また本発明は、イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられた電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子において、
上記に記載されたイオン液体、導電フィラー、及びベースポリマーと同種のポリマーを更に含有した導電性インクにより形成された導電膜が、前記電極層として設けられていることを特徴とするものである。
【0028】
このように本発明では、導電性インクより成る導電膜を電極層として用いることもできる。これにより、高分子アクチュエータ素子の特性を向上させることができる。また高分子アクチュエータ素子の薄型化も促進できる。更に、前記電極層(導電膜)に、前記電解質層に含まれるベースポリマーと同種のポリマーを含有する構成としたことで、本発明では、前記導電膜(電極層)を、電解質層の表面に密着性よく取り付けることが可能になる。
【0029】
また上記した高分子アクチュエータ素子において、本発明では、前記ベースポリマー及び導電膜に含まれるポリマーが、変性ポリフッ化ビニリデンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、適切且つ容易に、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクにできる。そして本発明における導電性インクを塗布する、あるいは導電性インクからなる導電膜を接合する層(基材)に対して化学分解等のダメージを抑制でき、且つ優れた電気伝導性を付与することができる。
【0031】
また、本発明では、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクを、例えば、イオン液体を有する高分子アクチュエータ素子の集電膜や電極層として用いることができる。これにより、イオン液体に対する分解を抑制し、素子へのダメージを、強酸性の水溶媒であった従来に比べて適切に抑制することができる。また、本発明における導電性インクからなる導電膜は金属膜等に比べて軟らかい。以上により、本発明における導電性インクからなる導電膜を電極層の表面に集電膜として形成したり、あるいは、電極層として用いることで、高分子アクチュエータ素子の特性を従来に比べて適切に向上させることが可能である。特に、素子の応答性(応答速度)を効果的に向上させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明における第1実施形態における高分子アクチュエータ素子の部分断面図、
【図2】本発明における第2実施形態における高分子アクチュエータ素子の部分断面図、
【図3】本発明における導電性インクの製造方法を示す工程のチャート図、
【図4】図3により製造された導電性インクを、高分子アクチュエータ素子の集電膜として形成するまでの工程を示すチャート図、
【図5】実験での製造条件を示す表、
【図6】図5の製造条件により形成された集電膜を有する高分子アクチュエータ素子(実施例)と、集電膜を有さない高分子アクチュエータ素子(比較例)との応答速度及び速度比を示す表。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施形態における導電性インクは、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)及びポリスチレンスルホン酸(PSS)がアミンで中和され、且つ有機溶媒に分散されてなるものである。
PSSの化学式を以下の[化1]に、PEDOTの化学式を以下の[化2]に示す。
【0034】
【化1】

【0035】
【化2】

【0036】
PEDOTは導電性の高分子である。また水溶性且つ強酸性のPSSをドーパントとして使用している。
【0037】
PEDOT:PSS(ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)との高分子電荷移動錯体である)の質量比は特に限定されるわけではないが、例えば、PEDOTを1としたとき、PSSは2.5程度である。
【0038】
本実施形態における導電性インクのpH(25℃)は、6〜10であり、好ましくは6.5〜9、より好ましくは6.5〜8の範囲内である。pHが前記の範囲内にある状態を本実施形態では、中和(中性)と定義する。
【0039】
導電性インクのpHが6より小さいと、酸性が強くなるため、本実施形態の導電性インクを後述するイオン液体を有する高分子アクチュエータ素子に用いたときにイオン液体を分解等し、素子へのダメージを適切に軽減できない。また、pHが10よりも大きいと、導電性インクを高分子アクチュエータ素子の集電膜等に使用しても比抵抗が大きく、素子特性の向上を適切に図ることが出来なくなる。よって、pHの範囲を6〜10、好ましくは6.5〜9、より好ましくは6.5〜8と設定した。
【0040】
導電性インクの中和に用いられるアミンは、3級アミンであることが好適である。3級アミンは1級アミンや2級アミンに比べて、塩基性が強く、また副反応を起こしにくいためである。ただし、3級アミンは1級アミンや2級アミンに比べて、水への溶解性が低いために、−OH基を有することが好ましい。
【0041】
具体的には本実施形態では、3級アミンとして、ジメチルアミノエタノール(ジメチルエタノールアミン)を用いることが好適である。ジメチルアミノエタノール(DMEA)の化学式を以下の[化3]に示す。
【0042】
【化3】

【0043】
ジメチルアミノエタノールの添加により、PEDOT:PSSの強酸性を適切に中和することができる。
【0044】
次に、有機溶媒は、水よりも沸点が高いことが好ましい。沸点の高い有機溶媒を用いることで、後述する導電性インクの製造方法では、沸点の低い水を先に蒸発させて沸点の高い有機溶媒を残すことが可能になり、これにより、水溶媒を、有機溶媒に簡単且つ適切に置換できる。
【0045】
本実施形態では、前記有機溶媒には、ジメチルスルホキシド、ジエチレングリコール、エチレングリコール、ジグリム、グリセリン、セルビトールのうちいずれか1種あるいは2種以上が選択される。これらの有機溶媒は、副反応を起こしにくく、また水よりも高い沸点を備える。
【0046】
なお、N−メチルピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)等のアミン系やケトン系は副反応を起こし長期使用には向かないので、これらの有機溶媒を使用するよりも、上記したジメチルスルホキシド、ジエチレングリコール、エチレングリコール、ジグリム、グリセリン、セルビトールを使用することが望ましい。
【0047】
特に、前記有機溶媒には、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることが好適である。
【0048】
DMSOは、副反応を起こしにくく、また水よりも高い沸点を有することに加えて、水と混和し、また有機化合物や無機塩も溶解することができる。特に、本実施形態では後述するように導電性インクに変性ポリフッ化ビニリデンを添加する場合があるが、変性ポリフッ化ビニリデンを適切に溶解することもできる。更により効果的に導電性を高めることが可能である。
なお、PEDOT:PSSは、有機溶媒中に質量で数%〜数十%程度含まれる。
【0049】
本実施形態における導電性インクを図1に示す高分子アクチュエータ素子に使用することができる。
【0050】
図1は本実施形態の高分子アクチュエータ素子の部分断面図を示す。図1を用いて高分子アクチュエータ素子の構造を説明する。
【0051】
図1に示すように、本実施形態における高分子アクチュエータ素子1は、電解質層(イオン伝導層)2と、電解質層2の厚さ方向(Z)の両側表面に形成される電極層3,4を備えて構成される。
【0052】
例えば、本発明における実施形態の高分子アクチュエータ素子1は、イオン液体とベースポリマーを有する電解質層2と、カーボンナノチューブ等の導電性フィラー、イオン液体及びベースポリマーとを有する電極層3,4とを有して構成される。
【0053】
ベースポリマーとしては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)系ポリマーや、ポリメチルメタクリレート(PMMA)系ポリマー等を提示できる。このうち、特に、PVDF系ポリマーを用いることが好ましい。
【0054】
高分子アクチュエータ素子1の基端部5は固定端部であり、高分子アクチュエータ素子1の基端部5は、固定支持部6,6にて固定支持されている。図1に示すように例えば、高分子アクチュエータ素子1は、片持ちで支持されている。そして両面の電極層3,4間に駆動電圧を印加すると、図1の点線に示すように、電解質層2内のイオン移動などによって電解質層2の上下にて膨潤差が生じ、曲げ応力が発生して、高分子アクチュエータ素子1の自由端部である先端部7を湾曲変形させることができる。イオン移動で電極間に膨潤の差が生じる原理は一般に一義的ではないとされているが、代表的な原理要因の1つに、陽イオンと陰イオンのイオン半径の差で膨潤に差が生じることが知られている。
【0055】
図1に示す固定支持部6は、電極層3,4と電気的に接続する接続部(給電部)であることが好ましい。
【0056】
図1に示す3層構造の高分子アクチュエータ素子1では、カーボンナノチューブを含む電極層3,4の電気抵抗値が高いため、高分子クチュエータ素子1の特性、特に応答性を十分に向上させることができなかった。
【0057】
そこで本実施形態では、上記した導電性インクを用いて、電極層3,4の表面に比抵抗が低く導電性に優れた集電膜(導電膜)8,8を形成したのである。
【0058】
本実施形態における集電膜8,8は、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクにより形成されたものであるから、高分子アクチュエータ素子1に含まれるイオン液体を分解等する素子へのダメージを、強酸性で水溶媒のPEDOT:PSSインクを用いる場合に比べて、適切に抑制することが可能になる。
【0059】
また例えば、図1に示す高分子アクチュエータ素子1の構成では、電極層3,4にベースポリマーが含まれている(ただし、ベースポリマーを含まない構成もあり得る)。このベースポリマーは、素子特性を考慮して、変性ポリフッ化ビニリデン(PVDF)であることが好適である。
【0060】
このとき、電極層3,4の表面に接合される集電膜8,8にも変性PVDFが含まれていないと、集電膜8,8と電極層3,4間の密着性が低下し、集電膜8,8が、電極層3,4の表面から剥がれやすくなる。このため、図1の集電膜8,8の形成に本実施形態の導電性インクを用いる場合には、前記導電性インクに予め変性PVDFを添加しておくことが好ましい。
【0061】
これにより、本実施形態の導電性インクを電極層3,4の表面に直接、塗布したり、あるいは、導電性インクより形成されたシート状の集電膜8,8を電極層3,4の表面に熱圧着させるような場合に、集電膜8,8と電極層3,4間の密着性を良好に保つことが可能である。
【0062】
また、変性PVDFは、PEDOT:PSSを100質量%としたとき、10質量%〜50質量%の範囲内で添加されることが好適である。より好ましくは20質量%〜30質量%である。これにより効果的に、集電膜8と電極層3,4との間での密着性を向上させることができ、また集電膜8の比抵抗を効果的に低くできる。
【0063】
また、本実施形態の導電性インクからなる集電膜8,8は、金属材料をスパッタ等で形成した薄膜の金属膜や、金属粒子とバインダー樹脂を有する塗膜状の金属膜に比べて軟質であるため、図1に示すよう集電膜8,8を電極層3,4の表面全体に形成しても、高分子アクチュエータ素子1の変位量が低下する等の不具合を抑制できアクチュエータ特性、特に、応答性(応答速度)を効果的に向上させることが可能である。
【0064】
なお集電膜8の形成領域は、電極層3,4の表面全体でなくてもよく、基端部5のみに形成したり、素子形状や使用用途等に合わせて集電膜8の形状を決定することが可能である。
【0065】
また、電極層3,4及び電解質層2に、変性PVDF以外のベースポリマーを使用する場合でも、導電性インクにベースポリマーと同種のポリマーを添加することが好適である。あるいは、本実施形態における導電性インクを、図1の高分子アクチュエータ素子1以外の用途として用いることもできる。このとき、前記導電性インクからなる導電膜が、ある層(基材)の表面に設けられ、前記層内にポリマーが含有されている場合、前記導電性インクには予め、前記層内に含まれるポリマーと同種のポリマーを含めておくことが密着性の観点から好ましい。
【0066】
ここで「同種」とは、同じ材料である場合のみならずその誘導体も含み、また一部の単量体が異なっていても主体とする単量体が同じであれば「同種」である。
【0067】
本実施形態における導電性インクを、キャスト法により所定形状に成形し更に乾燥等の工程を経ることでシート状の集電膜8を形成できる。そして集電膜8を電極層3,4の表面に重ねて熱圧着等により接合することができる。あるいは、本実施形態の導電性インクを、電極層3,4の表面に直接塗布し、その後、乾燥等の工程を経て集電膜8,8を電極層3,4の表面に形成することもできる。
【0068】
図2に示す他の実施形態では、電解質層2の厚さ方向に形成される電極層9,10が本実施形態におけるPEDOT:PSSを有する導電性インクにより形成されたものである。電極層9,10を構成するための導電性インクは、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インク中に、更に、導電フィラー、イオン液体、変性PVDFを添加してなる。導電フィラーは、図1の電極層3,4にも使用されたカーボンナノチューブを含むものが好適であり、他のナノカーボン材料を含んでもよい。
【0069】
これにより本実施形態の導電性インクを用いて電極層9、10を形成しても、イオン液体を分解等せず素子へのダメージを抑制でき、且つ電極層9,10の電気抵抗を低減することができる。したがって、高分子アクチュエータ素子の特性を向上させることができる。また高分子アクチュエータ素子を3層構造で構成できるから薄型化も促進できる。更に、図2に示す電極層9,10には、電解質層2に含まれる変性PVDFを含有しているため、電極層9,10を、電解質層2の表面に密着性よく取り付けることが可能になる。
【0070】
次に本実施形態における導電性インクの製造方法について説明する。
図3(a)の工程では、PEDOT:PSSが水溶媒に分散された強酸性の導電性インク(「強酸性PEDOT:PSS水溶媒系インク」と称する)を用意する。この強酸性PEDOT:PSS水溶媒系インクは例えば市販品である。
【0071】
次に図3(b)の工程では、強酸性PEDOT:PSS水溶媒系インクに、3級アミンで、−OH基を有する上記の[化3]に示すジメチルアミノメタノール(DMEA)を添加する。
【0072】
強酸性PEDOT:PSS水溶媒系インク中には、PSSの遊離酸(−SO3H)が多数存在する。図3(b)の工程では、この遊離酸と当量のDMEAを添加して中和する。なお本実施形態における中和(中性)は、pH(25℃)で6〜10、好ましくは6.5〜9、より好ましくは6.5〜8の範囲内であり、pHを測定しながら、DMEAを適量添加する。DMEAの添加により、以下の[化4]の会合体が形成されて、導電性インクは徐々に中和されていく。
【0073】
【化4】

【0074】
これにより、図3(a)の強酸性PEDOT:PSS水溶媒系インクから、図3(c)の中性PEDOT:PSS水溶媒系インクに変えることができる。
【0075】
次に図3(d)の工程では、中性PEDOT:PSS水溶媒系インクに有機溶媒を添加する。有機溶媒には水よりも沸点の高い材料を選択する。本実施形態では、有機溶媒として、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることが好適である。
【0076】
DMSOは中性PEDOT:PSS水溶媒系インク中に添加しても、副反応を起こしにくく、また水よりも高い沸点を有することに加えて、水と混和し、また有機化合物や無機塩も溶解することができる。特に、後述するように導電性インク中に変性PVDFを添加した場合でも、変性PVDFを溶解することができる。更により効果的に導電性を向上させることが可能である。
【0077】
そして、加熱し、沸点の低い水を蒸発させ、沸点の高いDMSOを残す。これにより、図3(c)の中性PEDOT:PSS水溶媒系インクから、図3(e)の中性PEDOT:PSS有機溶媒系インクに変えることができる。
【0078】
次に、図3(f)の工程では、DMSOよりも沸点の低いイソプロパノール(IPA)を適量添加して、中性PEDOT:PSS有機溶媒系インクの濃度調整を行う。これにより、図3(g)に示すように、本実施形態の中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インク(中性PEDOT:PSS有機溶媒系インク)を簡単且つ適切に、製造することができる。なお、図3(f)の工程の有無は任意である。
【0079】
本実施形態では、図3で製造された導電性インクを、図1に示す集電膜8として形成するために、更に図4に示す工程を施している。
【0080】
図4(a)に示す導電性インクは図3で製造された導電性インクである。図4(b)の工程では、導電性インクに、DMSOに溶解させた変性PVDFを適量添加する。このようにDMSOは変性PVDFも溶解でき優れた有機溶媒である。
【0081】
これにより図4(a)に示す導電性インクから、図4(c)に示す「変性PVDF添加の導電性インク」に変えることができる。
【0082】
次に図4(d)に示す工程では、図1に示す高分子アクチュエータ素子1の電極層3,4の表面に、図4(c)の変性PVDF添加の導電性インクを塗布し、乾燥、ベーク工程(加熱工程)等を経て、集電膜8を備えた高分子アクチュエータ素子を形成する(図4(e)の工程)。
【0083】
図4(d)の工程では、変性PVDF添加の導電性インクをキャスト法により所定形状に成形し、乾燥処理等がされたシート状の集電膜8を、電極層3,4の表面に重ねて熱圧着することも可能である。
【0084】
このとき、電解質層2、電極層3,4及び集電膜8の各層を重ねて一度に熱圧着して、各層を接合することで、製造工程を容易化でき好適である。
【0085】
また図2に示すように本実施形態における導電性インクを図2に示す電極層9,10として用いる場合には、図4(c)の変性PVDF添加の導電性インクに更に、適量のイオン液体及びカーボンナノチューブ等の導電フィラーを添加する。
【0086】
そして、電解質層2の両面に、本実施形態における導電性インクを塗布して電極層9,10を形成し、あるいは、導電性インクをキャスト法等で電極層9,10の形状に成形してから電解質層2の両面に電極層9,10を熱圧着により貼り合わせる。
【0087】
本実施形態における製造方法では、中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクを簡単且つ適切に製造することが可能である。
【0088】
また図3(d)の工程に示すように水よりも高沸点の有機溶媒、特にDMSOを添加することで、容易に水溶媒系から有機溶媒系に置換することが可能である。DMSOは変性PVDFも溶解できるので、特に、本実施形態の高分子アクチュエータ素子に導電性インクを使用する形態には前記導電性インクにとって最適な有機溶媒である。
【0089】
そして、図4(c)に示すように、変性PVDF添加の導電性インクとすることで、高分子アクチュエータ素子の集電膜8や電極層9,10として用いたときでも、高分子アクチュエータ素子内に含まれるイオン液体を分解する等の素子へのダメージを抑制できるとともに、素子への密着性を高めることができる。また本実施形態における導電性インクからなる集電膜8や電極層9,10は比抵抗が低く導電性に優れるとともに軟質であるため、前記の集電膜8や電極層9,10を用いることで、アクチュエータ特性、とりわけ、応答性(応答速度)を効果的に向上させることが可能な高分子アクチュエータ素子を簡単且つ適切に製造することができる。
【実施例】
【0090】
図5に示した製造条件により、図1の電極層3,4を構成する電極膜、図1の電解質層2を構成する電解質膜、及び集電膜8を製造し、乾燥、熱プレス工程を経て図1に示す積層構造の高分子アクチュエータ素子1を製造した。
【0091】
実施例及び比較例では、図5に示す製造条件により形成された電解質膜の両面に電極膜を重ねた状態で、図5に示す熱プレスを施して3層構造の高分子アクチュエータ素子を製造した。そして、更に実施例では、電極層の表面に中性で、有機溶媒に分散されたPEDOT:PSSを有する導電性インクからなり、加熱乾燥を行った集電膜を形成した。
【0092】
このように実施例の高分子アクチュエータ素子には集電膜を形成したが、比較例の高分子アクチュエータ素子には集電膜を形成しなかった。
【0093】
実験では、実施例及び比較例における各高分子アクチュエータ素子の電極層間に電圧を与えて図1の実線に示す静止状態から図1の点線に示すように高分子アクチュエータ素子を変位させ、高分子アクチュエータ素子が10%変位した状態から90%変位した状態に至るまでの応答速度を測定した。更に、高分子アクチュエータ素子が20%変位した状態から80%変位した状態に至るまでの応答速度も測定した。
【0094】
その実験結果が図6に示されている。図6に示すように、実施例では比較例に比べて応答速度を効果的に向上させることができるとわかった。なお図6には速度比(実施例の速度/比較例の速度)も掲載した。
【0095】
また、本実施例における導電性インクにより複数のシート状のPEDOT:PSSを有する導電膜を形成(60℃〜90℃で加熱乾燥し最後に真空乾燥を2間行った)して、各導電膜の特性を調べたところ、19.1Ω/□の抵抗値R(平均値)、5μmの膜厚t、0.0096Ωcmの比抵抗(平均値)、及び105S/cmの導電率(平均値)を得ることができた。
【符号の説明】
【0096】
1 高分子アクチュエータ素子
2 電解質層
3、4、9、10 電極層
8 集電膜(導電膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸がアミンで中和され、且つ有機溶媒に分散されてなることを特徴とする導電性インク。
【請求項2】
導電性インクのpH(25℃)が、6〜10である請求項1記載の導電性インク。
【請求項3】
3級アミンで中和される請求項1又は2に記載の導電性インク。
【請求項4】
前記3級アミンは−OH基を有する請求項3記載の導電性インク。
【請求項5】
前記3級アミンは、ジメチルアミノエタノールである請求項4記載の導電性インク。
【請求項6】
前記有機溶媒は、水よりも沸点が高い請求項1ないし5のいずれか1項に記載の導電性インク。
【請求項7】
前記有機溶媒には、ジメチルスルホキシド、ジエチレングリコール、エチレングリコール、ジグリム、グリセリン、セルビトールのうちいずれか1種あるいは2種以上が選択される請求項6記載の導電性インク。
【請求項8】
前記有機溶媒には、ジメチルスルホキシドが選択される請求項7記載の導電性インク。
【請求項9】
前記導電性インクは、イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられ、イオン液体、ベースポリマー及び導電フィラーを有する電極層とを備える高分子アクチュエータ素子に用いられるものであり、
前記導電性インクには、前記ベースポリマーと同種のポリマーが含まれている請求項1ないし8のいずれか1項に記載の導電性インク。
【請求項10】
前記導電性インクには、変性ポリフッ化ビニリデンが添加されてなる請求項9記載の導電性インク。
【請求項11】
前記変性ポリフッ化ビニリデンは、ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸の混合物を100質量%としたとき、10質量%〜50質量%の範囲内で添加される請求項10記載の導電性インク。
【請求項12】
更に、導電フィラー及びイオン液体が添加されてなる請求項9ないし11のいずれか1項に記載の導電性インク。
【請求項13】
前記導電フィラーは、カーボンナノチューブを含んでいる請求項12記載の導電性インク。
【請求項14】
請求項1ないし13のいずれか1項に記載された導電性インクにより形成されることを特徴とする導電膜。
【請求項15】
イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられ、イオン液体及び導電フィラー、あるいは、イオン液体、ベースポリマー及び導電フィラーを有する電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子において、
請求項1ないし11のいずれか1項に記載された導電性インクにより形成された導電膜が、前記電極層の表面に集電膜として設けられていることを特徴とする高分子アクチュエータ素子。
【請求項16】
イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられた電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子において、
請求項12又は13に記載された導電性インクにより形成された導電膜が、前記電極層として設けられていることを特徴とする高分子アクチュエータ素子。
【請求項17】
前記ベースポリマー及び導電膜に含まれるポリマーが、変性ポリフッ化ビニリデンである請求項15又は16に記載の高分子アクチュエータ素子。
【請求項18】
ポリエチレンジオキシチオフェン及びポリスチレンスルホン酸が水溶媒に分散された強酸性の導電性インクに、アミンを添加して中和する工程、
水より高沸点の有機溶媒を添加する工程、
加熱して水を除去し、前記有機溶媒を残す工程、
を有することを特徴とする導電性インクの製造方法。
【請求項19】
前記アミンに、ジメチルアミノメタノールを用いる請求項18記載の導電性インクの製造方法。
【請求項20】
前記有機溶媒に、ジメチルスルホキシドを用いる請求項18又は19に記載の導電性インクの製造方法。
【請求項21】
加熱処理して水を除去した後にイソプロパノールを添加して濃度調整を行う請求項18ないし20のいずれか1項に記載の導電性インクの製造方法。
【請求項22】
前記導電性インクに、更に、有機溶媒に溶解させた変性ポリフッ化ビニリデンを添加する請求項18ないし21のいずれか1項に記載の導電性インクの製造方法。
【請求項23】
前記導電性インクに、更に、イオン液体及び導電性フィラーを添加する請求項22記載の導電性インクの製造方法。
【請求項24】
イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられ、イオン液体及び導電フィラー、あるいは、イオン液体、ベースポリマー及び導電フィラーを有する電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子の製造方法において、
請求項18ないし22のいずれか1項に記載された導電性インクにより成る導電膜を、前記電極層の表面に集電膜として形成することを特徴とする高分子アクチュエータ素子の製造方法。
【請求項25】
イオン液体及びベースポリマーを有する電解質層と、前記電解質層の厚さ方向の両面に設けられた電極層とを備え、前記電極層間に電圧を付与すると変形する高分子アクチュエータ素子において、
請求項23に記載された導電性インクにより成る導電膜を、前記電極層として形成することを特徴とする高分子アクチュエータ素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−201933(P2011−201933A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−67703(P2010−67703)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000010098)アルプス電気株式会社 (4,263)
【Fターム(参考)】