説明

導電性高分子アクチュエータ及びアクチュエータ用駆動素子の製造方法

【課題】導電性高分子アクチュエータにおいて、長時間駆動を行った場合の変形を防止して、安定した長時間駆動を実現することである。
【解決手段】電解質を含み多孔質の高分子からなる多孔質高分子層と、前記多孔質層に接触するところに位置して、多孔質高分子と親水基と多孔質高分子の孔部分に存在する導電性高分子とを含む親水基層と、前記親水基層に接触するところに位置して導電性高分子層を含む導電性高分子層と、前記導電性高分子層に接触する電極部と、前記電極部に電圧を印加する電源部から構成される導電性高分子アクチュエータを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気信号によって動作を行い、人工筋肉又はマイクロマシンや家庭用のロボットなどに適用することが出来る導電性高分子アクチュエータ及びアクチュエータ用駆動素子の製造方法に関する。特に、本発明は、電気化学反応を利用した導電性高分子アクチュエータ及びアクチュエータ用駆動素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子(ポリマー)を素材としたアクチュエータは、軽量、柔軟性、動作音がしないなどの特徴を有しており、人工筋肉又はマイクロデバイスの動作機構のデバイスとして期待されている。その中で、ポリピロール又はポリアニリンなどの導電性高分子を駆動材料として用いた電気化学的な伸縮によるデバイスは、生体の筋肉よりも発生エネルギーが大きくなる可能性があり、実用的なデバイス動作が可能な高分子アクチュエータデバイスとして提案されている。
【0003】
導電性高分子からなるアクチュエータの動作は、導電性高分子層に電圧又は電流を印加することによって、電解質からイオンを導電性高分子層へドーピングしたり又は導電性高分子層からイオンを脱ドーピングしたりして、導電性高分子層を伸縮させてデバイスを駆動して変位を生じさせることにより行われる。
【0004】
なお、電解伸縮メカニズムは、ドーパントとしてのイオンが、導電性高分子層へドーピング及び導電性高分子層から脱ドーピングされた際に電気化学的に酸化反応及び還元反応を生じて伸縮することを利用するものである。この伸縮現象は、電気化学的な反応に伴って、導電性高分子の高分子鎖のコンフォメーションが変化することによる要因、導電性高分子層内へのかさ高いイオンの出入りによって導電性高分子層が膨張及び収縮する要因、又は、高分子鎖に生じる同種電荷によって生じる静電反発による要因などが考えられている。
【0005】
図2は、特許文献1に記載されるポリマーアクチュエータの模式断面図である。アクチュエータ201は、導電性高分子膜202a、202b、固体電解質膜203の積層体から成り、導電性高分子膜202a、202bの一端を挟むように電極204a、204bが設置されている。電極204aと電極204b間に数ボルトの電圧を印加することによりアクチュエータ201は電極204a、204bで挟持された部分を固定部として屈曲動作する。
【0006】
固体電解質膜203は、固体ではなく、電解質イオンゲルから構成される。電解質イオンゲルは例えばフッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体[P(VDF/HFP)]とイオン液体との混合物からなる。
導電性高分子膜202a、202bは、例えば、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)とポリエチレングリコールとジメチルスルホキシド(DMSO)との混合物からなる。
【0007】
特許文献1では、導電性高分子膜と固体電解質膜の接着性を向上させるために、導電性高分子にポリエチレングリコールなどの有機分子を混入している。有機分子の混入によって導電性高分子膜と固体電解質膜との剥離を防止できる効果はあるものの、固体電解質膜と導電性高分子膜との接着部分が柔らかいイオンゲル材料であるため、接着部分のずれを防止できない。このため、長時間駆動を行った場合に接着部分がずれて変形を起こす問題がある。たとえば、アクチュエータの先端に錘をつけて長時間駆動を行った場合には重力方向に変形するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4256470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、従来技術においては、長時間駆動を行った場合に接着部分がずれて変形を起こす問題があった。たとえば、アクチュエータの先端部に錘をつけて長時間駆動を行った場合に重力方向に変形するという問題があった。
本発明の目的は、前記問題を解決することにあって、長時間駆動を行った場合の変形を防止して安定した長時間駆動を実現することができる導電性高分子アクチュエータ及びアクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明は以下のように構成する。
【0011】
本発明の第1態様によれば、電解質を含み多孔質の高分子で構成される固体の多孔質高分子層と、
前記多孔質高分子層に接触するように配置され、多孔質高分子と親水基と前記多孔質高分子の孔部分に存在するPEDOT/PSSの導電性高分子とを含む親水基層と、
前記親水基層に接触するように配置され導電性高分子を含む導電性高分子層と、
前記導電性高分子層に接触する電極部と、
前記電極部に電圧を印加する電源部とを備える導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0012】
本発明の第7態様によれば、疎水性多孔質メンブレンの表面を親水化する親水化工程と、
前記メンブレンに導電性高分子の水分散液を塗布する塗布工程と、
前記塗布工程で前記メンブレンに塗布した液を乾燥する乾燥工程と、
前記疎水性多孔質メンブレンに電解質を含浸する電解質含浸工程とを含む
導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、長時間駆動を行った場合の変形を小さくすることができる。たとえば、アクチュエータの先端に錘をつけて長時間駆動を行った場合には重力方向に変形が小さい。すなわち、本発明によれば、長時間駆動したときの変形が小さいために安定した長時間駆動が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による実施形態のアクチュエータの模式断面図
【図2】従来の屈曲型アクチュエータの模式断面図
【図3A】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図3B】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図3C】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図3D】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図3E】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図3F】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの加工と組み立ての方法を示す模式図
【図4】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの駆動実験方法を示す模式図
【図5】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの駆動実験時の印加電圧を示す模式図
【図6】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの駆動実験結果を示す図
【図7】本発明による前記実施形態の前記アクチュエータの駆動実験時の印加電圧を示す模式図
【図8】従来の屈曲型アクチュエータの駆動実験結果を示す図
【図9A】本発明による前記実施形態の実施例におけるアクチュエータの駆動方法を示すフローチャート図
【図9B】本発明による前記実施形態の前記実施例における前記アクチュエータの駆動方法を示す図
【図10】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの屈曲動作の様子を示す模式図
【図11A】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの駆動実験結果を示す図
【図11B】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの駆動実験結果を示す図
【図11C】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの駆動実験結果を示す図
【図12】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの駆動周波数の変化を示す図
【図13】本発明による前記実施例における前記アクチュエータの累計駆動回数の変化を示す図
【図14】本発明による前記実施例における製造途中の構成を示す図
【図15】本発明による前記実施例における製造途中の構成を示す図
【図16】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの製造方法についての説明図
【図17】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの多孔質メンブレンの表面部分に親水基層が形成されている様子を模式的に示す図
【図18】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの多孔質メンブレンの表面部分に親水基層と導電性高分子層が形成されている様子を模式的に示す図
【図19A】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの前記メンブレンの表面及び裏面のそれぞれの全面に導電性高分子層を形成する例の斜視図
【図19B】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの前記メンブレンの表面の一部分に導電性高分子層を形成する例の斜視図
【図19C】本発明による前記実施例の前記アクチュエータの前記メンブレンの裏面の一部分に導電性高分子層を形成する例の斜視図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明にかかる実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0016】
以下、図面を参照して本発明における実施形態を詳細に説明する前に、本発明の種々の態様について説明する。
【0017】
本発明の第1態様によれば、電解質を含み多孔質の高分子で構成される固体の多孔質高分子層と、
前記多孔質高分子層に接触するように配置され、多孔質高分子と親水基と前記多孔質高分子の孔部分に存在するPEDOT/PSSの導電性高分子とを含む親水基層と、
前記親水基層に接触するように配置され導電性高分子を含む導電性高分子層と、
前記導電性高分子層に接触する電極部と、
前記電極部に電圧を印加する電源部とを備える導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0018】
本発明の第2態様によれば、前記多孔質高分子層は、電解質を含む多孔質の疎水性高分子からなることを特徴とする第1の態様に記載の導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0019】
本発明の第3態様によれば、前記親水基は、ポリエチレンオキシドであることを特徴とする第1又は2の態様に記載の導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0020】
本発明の第4態様によれば、前記疎水性高分子はフッ素樹脂からなることを特徴とする第1〜3のいずれか1つの態様に記載の導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0021】
本発明の第5態様によれば、前記親水基層は重合によって親水基が導入されている構造を持つことを特徴とする第1〜4のいずれか1つの態様に記載の導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0022】
本発明の第6態様によれば、前記親水基層の厚さは、前記固体高分子層の表面から0.1μm以上の厚さでかつ前記固体高分子層と前記導電性高分子層とで構成される駆動素子の厚さの1/10の厚さ以下であることを特徴とする第1〜5のいずれか1つの態様に記載の導電性高分子アクチュエータを提供する。
【0023】
本発明の第7態様によれば、疎水性多孔質メンブレンの表面を親水化する親水化工程と、
前記メンブレンに導電性高分子の水分散液を塗布する塗布工程と、
前記塗布工程で前記メンブレンに塗布した液を乾燥する乾燥工程と、
前記疎水性多孔質メンブレンに電解質を含浸する電解質含浸工程とを含む
導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供する。
【0024】
本発明の第8態様によれば、記親水化工程は、PEGMAをグラフト重合する工程を含む第7の態様に記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供する。
【0025】
本発明の第9態様によれば、前記親水化工程は、UV照射処理を含む第7の態様に記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供する。
【0026】
本発明の第10態様によれば、前記水分散液は、PEDOT/PSSを含む分散液であることを特徴とする第7〜9のいずれか1つの態様に記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法を提供する。
【0027】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0028】
<アクチュエータの構成>
図1は、本発明による一実施形態のアクチュエータの構成を示す模式断面図である。アクチュエータ101は、導電性高分子層102a、102bと、固体の多孔質高分子層103と、親水基層104a、104bとの積層体でアクチュエータ用駆動素子106が構成されるとともに、アクチュエータ用駆動素子106の導電性高分子膜102a、102bの各一端を挟むように電極105a、105bが設置されて構成されている。
【0029】
固体の多孔質高分子層103は、一例として、図1では中央に配置され、電解質を含み多孔質の高分子で構成されている。
【0030】
親水基層104a,104bは、多孔質高分子層103に接触するように配置され、多孔質高分子(固体の多孔質高分子層103の一部であって多孔質高分子層103の多孔質高分子で構成されている。)と、親水基と、多孔質高分子の孔部分に存在するPEDOT/PSSの導電性高分子とを含むように構成されている。図1では、多孔質高分子層103の上面の表面部分と下面の表面部分に、それぞれ、親水基層104a、104bが配置されている。
【0031】
導電性高分子層102a、102bは、親水基層104a,104bに接触するように配置されて導電性高分子を含むように構成されている。図1では、親水基層104a、104bの上面と下面に、それぞれ、導電性高分子層102a、102bが配置されている。
【0032】
電極部105a,105bは、導電性高分子層102a、102bに接触するように構成されている。図1では、導電性高分子層102a、102bのそれぞれの一端部(図1の左端部)に電極部105a,105bが配置されている。
【0033】
電極105aと電極105b間には、電源100から数ボルトの電圧を印加することにより、アクチュエータ101は、電極105a、105bで挟持された部分を固定部として屈曲動作する。多孔質高分子層103は、イオンを伝導する電解質部としての役割を持つ。なお、107は電圧の印加又は印加解除を行うスイッチである。
【0034】
<本発明の前記実施形態に用いられる導電性高分子>
本発明の前記実施形態に用いられる導電性高分子層102a,102bの導電性高分子は、共役二重結合を有し、これによりπ電子が高分子全体に広がり電子導電性に寄与する。導電性高分子の電気伝導は、高分子中にドープされた酸化剤と高分子中のπ電子との相互作用により生成したポーラロン及びバイポーラロンが荷電キャリアとなることにより起こるものと考えられている。本発明の前記実施形態では、導電性高分子層102a,102bの導電性高分子に、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、又は、それらの誘導体を用いることができるが、特に、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)を含むことが好ましい。さらに、導電性高分子層102a,102bの導電性高分子としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)の混合体を用いることがより好ましい。ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)は、このモノマーを予め化学重合することが可能であるので、この高分子が分散した液を基板に塗布するだけで、導電性高分子層102a,102bとして機能する導電性高分子膜が形成可能である。このため、スピンコート、スリットコート、バーコート、ディップ、又は、キャスト法を用いることで、大面積基板に均一な厚みの導電性高分子膜を容易に実現することができて、量産化に適している。
【0035】
前記導電性高分子層102a,102bの導電性高分子を構成する混合体のポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)は、それぞれ、以下の(化1)及び(化2)で表される。ポリエチレンジオキシチオフェンは、化学的に活性な五員環のβ位が予め酸素によって修飾され不活性化されているために酸化劣化を受けにくいという特徴を持っている。また、混合体において、ポリスチレンスルホン酸はポリエチレンジオキシチオフェンとイオン結合で強く結合している。
【0036】
【化1】

【0037】
【化2】

<導電性高分子層と電解質部との接着の方法>
導電性高分子層102a,102bと電解質部である多孔質高分子層103とを接着する場合に、層間のズレを少なくするためには、電解質部である多孔質高分子層103として、電解質を含浸した固体の多孔質高分子の表面部分に親水基を導入して親水基層104a,104bを構成するものを使用することが有効であることを本発明者は見出した。以下で説明するように、多孔質高分子層103の固体の多孔質高分子としては、信頼性の観点から疎水性高分子が有効であり、特にPVDFからなる疎水性多孔質高分子が有効である。親水基層104a,104bの親水基としては、接着性の観点から特にポリエチレンオキシドが有効である。ここで、多孔質高分子の表面部分とは、多孔質高分子の表面から0.1μm以上の厚さでかつ駆動素子106の厚さの1/10の厚さ以下の範囲を指す。親水基層104a,104bの厚さが多孔質高分子の表面から0.1μm未満の厚さの場合には親水基層104a,104bの形成が困難である。すなわち、多孔質高分子の孔の最小径は通常0.1μmであり、これよりも小さい範囲で多孔質高分子に親水基を導入することが困難であるからである。親水基層104a,104bの厚さが駆動素子106の厚さの1/10の厚さを越えると、短絡を防止する効果が弱まるとともに、アクチュエータ全体の厚さが大きくなりすぎるため好ましくない。一例として、駆動素子106の厚さが100μmの場合には10μm以下とする。 また、一例として、親水基層104a,104bは、多孔質高分子層103の多孔質高分子の表面部分の全面に形成する。なお、親水基層104a,104bと接触する表面部分のうち、少なくとも、電極105a,105bと接触する部分には、必ず、親水基層104a,104bを配置する。その理由は、アクチュエータ101として確実に駆動させるためである。
【0038】
例えば、導電性高分子層102a,102bとしてPEDOT/PSSを用いた場合には、PSSに含まれるスルホン酸基が親水基であり、この親水基と、多孔質高分子層103の表面部分に導入した親水基層104a,104bの親水基とが、相互作用を及ぼすことによって、強い接着作用が生まれるものと考えられる。さらに、電解質部である多孔質高分子層103の骨格を多孔質高分子で構成しているために、多孔質高分子層103の多孔質高分子の表面部分に、親水基層104a,104bの導電性高分子の一部が入り込んだ構造となり、導電性高分子層102a,102b及び多孔質高分子層103の両者において接着に寄与する部分の表面積が大きくなるために、接着がさらに強固になるものと考えられる。一例として、図18に示すように、多孔質高分子層103(一例として、多孔質メンブレン)の表面近くの多孔質高分子の孔が親水基を含む物質でカバーされており、さらにその孔には導電性高分子を含む物質が入り込んでいる。このように、孔に導電性高分子を含む物質が入り込んでいる部分を、親水基層104aとして図18に示している。また、親水基層104aの上側には、導電性高分子層102aが形成されている。図18には示していないが、導電性高分子層102aと親水基層104aの界面付近では、高分子が絡み合った構造により接着しているものと考えられる。なお、図18においては、多孔質高分子層103の下面側の構造は省略しているが、上面側と同様である。
【0039】
多孔質高分子層103の表面部分に導入する親水基(親水基層104a,104bの親水基)の例としては、ポリエチレンオキシド(PEO),ポリスチレンスルホン酸、又は、アクリル酸などが考えられる。ポリエチレンオキシド(PEO)はイオン伝導性高分子として知られており、高いイオン伝導度を持つために、電池における電解質材料として研究されている。多孔質高分子層103の表面部分に導入する親水基(親水基層104a,104bの親水基)として、ポリエチレンオキシド(PEO)を使用した場合には、その部分が高いイオン伝導度を持ち、アクチュエータ101内におけるイオンの移動をスムーズに行うことができるために、アクチュエータ101の駆動効率を向上できる効果がある。
【0040】
<本発明の前記実施形態に用いられる多孔質高分子>
電解質部である多孔質高分子層103の骨格材料として、親水性の多孔質高分子を用いた場合には、例えば導電性高分子層としてPEDOT/PSSを想定すると、アクチュエータに水がかかった場合、又は、高湿度の環境下で駆動動作を行う場合に、親水性の性質を持つPEDOT/PSSが電解質部に浸入することによって、表裏両面に位置する導電性高分子層の間で電気的な短絡が生じて正常な動作が妨げられる可能性がある。
【0041】
これに対して、電解質部である多孔質高分子層103の骨格材料として、疎水性の多孔質高分子を用いた場合には、たとえばアクチュエータ101に水がかかった場合、又は、高湿度の環境下で駆動動作を行う場合にも、PEDOT/PSSが電解質部である多孔質高分子層103に浸入することを防止して正常な動作を持続することが可能となり、高い信頼性を保つことができる。
【0042】
本発明の前記実施形態に用いられる多孔質高分子層103は、イオン液体を含浸した多孔質高分子膜を用いることができる。多孔質高分子膜としてはフッ素樹脂からなる多孔質メンブレンを用いることができる。たとえば、前記フッ素樹脂からなる多孔質メンブレンとして、PVDFから構成される多孔質メンブレンを用いることができる。また、前記フッ素樹脂からなる多孔質メンブレンとして、各種電気化学デバイスに用いられる多孔質メンブレンを使用することも可能である。たとえば、前記フッ素樹脂からなる多孔質メンブレンとして、ポリエチレンメンブレン、セルロースメンブレン、PTFEメンブレン、又は、PVDFメンブレンなどを使用することができる。前記フッ素樹脂からなる多孔質メンブレンとして、疎水性の多孔質メンブレンを用いた場合、上で説明したように信頼性を増す効果がある。
<本発明の前記実施形態に用いられる電解質>
多孔質高分子層103の電解質としては、電解質溶液を用いることが可能である。電解質溶液としては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF−)、p−フェノールスルホン酸イオン(PPS)、ドデシルベンゼンスルホン酸イオン(DBS)、又は、ポリスチレンスルホン酸イオン(PSS)などの負イオン(アニオン)を、水若しくは有機溶媒に溶解させて溶液を使用できる。有機溶媒としては、たとえば、プロピレンカーボネート(PC)を用いることが可能である。
【0043】
電解質の他の例としては、イオン液体を用いることができる。イオン液体は、常温溶融塩又は単に溶融塩などとも称されるものであり、常温(室温)を含む幅広い温度域で溶融状態を示す塩である。本発明の前記実施形態においては、従来より知られた各種のイオン液体を使用することができるが、常温(室温)又は常温(室温)に近い温度において液体状態を示し安定なものが好ましい。本発明の前記実施形態において好ましく用いられるイオン液体としては、たとえば1―エチル−3−メチルイミダゾリウムビストリフルオロメタンスルホニル(EMI−TFSI)である。
【0044】
電解質の他の例としては、電解液をゲル化したものを用いることも可能である。電解液をゲル化したものの例としては、EMI−TFSIと[P(VDF/HFP)]からなるイオンゲルを用いることが可能である。
【0045】
<電極の構成>
電極105a,105bは、電子伝導性を持ち、導電性高分子と化学反応することなく導電性高分子と電子の授受を容易に行うものであれば良く、金、銀、白金、銅、若しくは、クロム等の金属、又は、炭素含有板を用いることができる。
【0046】
以下、複数の実施例を挙げて、本発明の前記実施形態によるアクチュエータ101をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
模式図である図16の(1)〜(8)を用いて本実施例のアクチュエータ101の製造方法について説明する。
【0048】
[多孔質メンブレンに対するクリーニング処理]
固体の多孔質高分子層103の一例として機能する多孔質メンブレン92Aとして、ミリポア社のDurapore Membrane Filter(デュラポアメンブレンフィルタ)のVVHP04700を用いる。本製品は、フィルター孔径が0.1μmであり、フィルター直径が47mmであり、厚さが125μmであり、フィルターの材質は疎水性PVDFである。
【0049】
上記メンブレンの表裏各面に対して、サムコ株式会社のUVオゾンクリーナー装置UV−1を用いて、それぞれ15分間のUVオゾン処理を行ってクリーニングを行った。図16の(1)は、メンブレン92AのUVオゾン処理において、メンブレン92Aの表面がオゾン(O)によってクリーニングされる様子を示す。
【0050】
[多孔質メンブレンの表面の親水化処理]
まず、0.0125mMのRiboflavin(リボフラビン)と0.05MのPolyethylene glycol methacrylate(PEGMA)を含む水溶液を調整した。Riboflavinはシグマアルドリッチ社の製品番号R4500を用いた。PEGMAはシグマアルドリッチ社の数平均分子量(Mn)が526のものを用いた。
【0051】
次に、前記クリーニング処理を行った多孔質メンブレン92Aに対して、下記手順を行うことによって、多孔質メンブレン92Aの表面の親水化処理を行った。
【0052】
まず、メンブレン92Aをテフロン(登録商標)クランプにセットした。テフロン(登録商標)クランプは、メンブレン92Aの周辺数mmの範囲を把持することにより、メンブレン92Aを平面状に保つ働きを持つ。
【0053】
次にメンブレン92Aの表面に上記のRiboflavin/PEGMA水溶液を約0.6mL滴下して表面全体を覆った。図16の(2)は、メンブレン92Aの表面にRiboflavin/PEGMA水溶液を塗布する様子を示す。図16の(2)においてはテフロン(登録商標)クランプを省略している。
【0054】
次に、メンブレン92AをUVランプの真下に置いて、2分30秒のUV照射を行った。UV照射は、セン特殊光源(株)(SEN LIGHTS CORPORATION)の紫外線照射装置HLR100T−2と、高圧水銀ランプ電源HB100A−1を用いた。高圧水銀ランプ電源HB100A−1は、定格入力電力115Wである。水銀ランプとサンプルとの距離は約12cmにセットした。図16の(3)は、メンブレンにUV照射する様子を示す。
【0055】
次に、メンブレン92A上のRiboflavin/PEGMA水溶液を廃棄し、メンブレン92Aを純水ですすいだ後、窒素ドライヤーで水溶液を除去した。
【0056】
次に、メンブレンをテフロン(登録商標)クランプから外し、約30分間、室温の窒素雰囲気中で乾燥した。
【0057】
その後、メンブレン92Aを再度、テフロン(登録商標)クランプにセットし、メンブレン92Aの裏面も同様に処理した。
【0058】
上記の処理において、始めに疎水性の多孔質メンブレン92Aを用いているので、Riboflavin/PEGMA水溶液を滴下した際に、Riboflavin/PEGMA水溶液はメンブレン92Aの表面部分のみと接触する。この状態でUV照射を行うと、PVDFメンブレン92Aの表面付近においてPEGMAによるグラフト重合が行われる。
【0059】
この結果、多孔質メンブレン92Aの表面部分にPEOからなる親水基が導入される。図14はこの様子を示す図である。図14に示すように、多孔質高分子メンブレン92A(図14では、多孔質高分子層103として図示。)の表面に親水基導入層1401が形成される。親水基導入層1401の厚さは、一例として、およそ0.1μm以上でおよそ1μm以下であると考えられる。図17は、多孔質メンブレン92A(図14では、多孔質高分子層103として図示。)の表面部分に親水基導入層1401が形成されている様子を模式的に示す図である。図17に示すように、多孔質メンブレン92A(図14では、多孔質高分子層103として図示。)の表面近くの孔が親水基を含む物質(親水基導入層1401)でカバーされている。なお、図17においては、メンブレン92A(図14では、多孔質高分子層103として図示。)の裏面の構造を省略している。
【0060】
[導電性高分子層の形成]
まず、次の手順に従ってPEDOT/PSS水分散液にポリエチレンオキシド(polyethylene oxide、略称PEO)を混合した混合液を作製した。PEDOT/PSS水分散液はH.C.Starck社(H.C.スタルク社)のCLEVIOS PH500を用いた。CLEVIOS PH500はPEDOTとPSSとの割合がおよそ1:2.5であり、固形分の割合はおよそ1.0〜1.3%である。PEOは、シグマアルドリッチ社の重量平均分子量(Mw)が100000のものを用いた。19.8gのPH500(PEDOT/PSS水分散液)に対して、0.2gのPEOを混合することによって、PH500+PEO1wt%混合液を調合した。そして、この混合液を10時間以上、攪拌してから使用した。
【0061】
次に、親水化処理を行った多孔質メンブレン92Aの表面に対して、以下の手順でPEDOT/PSS/PEOからなる導電性高分子層を形成した。
【0062】
まず、親水化処理を行ったメンブレン92Aをテフロン(登録商標)クランプにセットして、上記のPH500+PEO1wt%混合液をスポイトで60滴、メンブレン92Aに滴下した。1滴当たりの重量は約0.034gだった。混合液を滴下したメンブレン92Aを恒温槽に入れて、45℃の窒素雰囲気中で約5時間乾燥を行った。恒温槽は、Thermo Fisher Scientific Inc.(米国)のIsotemp Vacuum Oven Model 280Aを使用した。窒素流量は約4.0 L/minに調整した。その後、室温の空気中で10時間以上、メンブレン92Aの乾燥を行った。メンブレン92Aの裏面に対しても同様の処理を行い、その後、テフロン(登録商標)クランプからメンブレン92Aを外して使用した。
【0063】
本実施例においては、図14で説明したように導電性高分子層102a,102bの形成工程の前に疎水性多孔質メンブレン92A(図14では、多孔質高分子層103として図示。)の表面に親水基導入層1401が形成されている。このために、PH500+PEO1wt%混合液をメンブレン92Aに滴下した際に、この混合液はメンブレン92Aの親水基導入層1401の付近にのみ浸透する。この状態で乾燥を行うと、親水基導入層1401に導電性高分子の一部が入り込んだ構造となる。また、親水基導入層1401と接する部分に、導電性高分子を含む導電性高分子層102a,102bが形成される。
【0064】
図15はこの様子を示す図である。図15に示すように、導電性高分子層102a,102b及び、親水基層104a,104b、及び、多孔質高分子層103が積層された構造を持つ。ただし、図15においては、親水基導入層1401に導電性高分子の一部が入り込んだ構造を持つ部分を、親水基層104a,104bとして図示している。親水基層104a,104bは、多孔質高分子と親水基と多孔質高分子の孔部分に存在する導電性高分子とを含む。親水基層104a,104bの厚さは、およそ0.1μm以上でおよそ1μm以下であると考えられる。また、図15においては、多孔質メンブレン92Aにおいて、親水基層104a,104b以外の部分を多孔質高分子層103として記載している。
【0065】
本実施例においては、導電性高分子層102a,102bとしてPEDOT/PSSを用いており、PSSに含まれるスルホン酸基は親水基として作用する。親水基層104a,104bにおいて、多孔質高分子層103の多孔質高分子の表面部分に重合によって導入されたPEOからなる親水基と、導電性高分子層102a,102bのスルホン酸基からなる親水基が相互作用を及ぼすことによって、両部材103,102a及び103,102bの間で強い接着作用が生まれるものと考えられる。さらに、電解質部である多孔質高分子層103の骨格及び親水基層104a,104bの多孔質高分子の骨格を多孔質高分子でそれぞれ構成しているために、親水基層104a,104bは、その多孔質高分子の孔部分に導電性高分子の一部が入り込んだ構造となっている。このために、導電性高分子層102a,102b及び電解質部である多孔質高分子層103の両者において接着に寄与する部分の表面積が大きくなるために、両部材間での接着がさらに強固になるものと考えられる。ここで、電解質部は、多孔質高分子層103の固体の多孔質高分子及び親水基層104a,104bの多孔質高分子とで構成される部分を指すものとする。
【0066】
電解質部の骨格材料として親水性の多孔質高分子を用いた場合には、PH500+PEO1wt%混合液を多孔質メンブレン92Aの表面に滴下したときに混合液がメンブレン92Aの内部に浸み込む。このために、多孔質メンブレン92Aの表裏両面に位置する導電性高分子層102a,102bの間で電気的な短絡が生じて正常な動作が妨げられる可能性がある。これに対して、電解質部の骨格材料として疎水性の多孔質高分子を用いた場合には、PH500+PEO1wt%混合液を多孔質メンブレン92Aの表面に滴下したときに混合液がメンブレン92Aの内部に浸み込むことを防止できる。このために、メンブレン92Aの表裏両面に位置する導電性高分子層102a,102bの間の電気的な短絡を防止できて、正常な動作を持続することが可能となり、高い信頼性を保つことができる。図16の(4)は、メンブレン92AにPH500+PEO1wt%混合液を滴下する様子を示す。なお、本明細書においては、PH500に1wt%の濃度でPEOを混合した混合液を「PH500+PEO1wt%混合液」と示す。
【0067】
次いで、図16の(5)は、前記メンブレン92Aを加熱乾燥する様子を示す。
【0068】
ここで、図18は、多孔質高分子層103の多孔質メンブレンの表面部分に親水基層104a,104bと導電性高分子層102a,102bが形成されている様子を模式的に示す図である。図18に示すように、多孔質メンブレン92Aの表面近くの孔が親水基を含む物質でカバーされており、さらにその孔には導電性高分子を含む物質が入り込んでいる。図18においては、この部分を親水基層104aとして示している。また、親水基層104aの上側には導電性高分子層102aが形成されている。図18には示していないが、導電性高分子層102aと親水基層104aとの界面付近では、高分子が絡み合った構造により接着しているものと考えられる。なお、図18においては、メンブレン92Aの裏面の構造を省略している。
【0069】
[アクチュエータの加工と組み立て]
まず、上記の処理を行ったメンブレン92AをCOレーザーによって、駆動素子形成用のメンブレン92にそれぞれ切断した。切断には、キーエンス社の3軸COレーザマーカ ML−Z9550を使用した。ML−Z9550は、波長10.6μm、平均出力30WのCOレーザーを出力する。COレーザーを用いて、図3Aに示す形状に駆動素子形成用のメンブレン92を切断した。図16の(6)は、駆動素子形成用メンブレン92をレーザーによって切断する様子を示す。
【0070】
次に、アクチュエータの駆動素子形成用のメンブレン92の図3Bに示すエポキシ接着剤塗布部分90にエポキシ接着剤をつけて、図3C及び図3Dに示すように先端部のマグネット錘接着部分91に錘としてマグネット301を駆動素子形成用メンブレン92に付着させた。マグネット301はネオマグ株式会社のネオジム磁石N40を4個使用した。ネオジム磁石N40は、Φ1mm×1mmの円柱型の磁石であり、1個の重さは約6mgである。錘301の表面にはカプトンテープを小さく切ったものを貼り付けて使用し、マグネット301がアクチュエータの駆動素子形成用メンブレン92に直接触れないようにした。
【0071】
エポキシ接着剤が硬化した後、駆動素子形成用メンブレン92をイオン液体に約5分間以上浸して放置した。イオン液体はEMI−TFSIを用いた。図16の(7)は、加工したアクチュエータの駆動素子形成用メンブレン92をイオン液体94に浸す様子を示す。
【0072】
次に、図3E及び図3Fに示す駆動素子形成用メンブレン92の電極接触部分93の表裏それぞれに、電極105a,105bの一例として白金箔を接触させて、この状態で電極把持クランプにはさんで固定した。そして、アクチュエータの駆動素子形成用メンブレン92の表裏に位置する白金箔それぞれに導線を接続した。
【0073】
[アクチュエータの駆動実験]
上記のとおり組み立てて完成したアクチュエータ101の導線(配線)108a,108bに図4に示すように交流電源100Aを接続して矩形波を印加して駆動を行った。図4に示すようにアクチュエータ101は鉛直方向に動作するように配置して、鉛直方向の真上から錘301の中心位置の変位をレーザー変位計で測定した。図16の(8)は、アクチュエータ101に電極105a,105bと配線108a,108bの電源100Aとを接続する様子を示す。 交流電源100Aは、北斗電工社のポテンショスタットHA−151Aを使用した。矩形波は、図5に示すように最大電圧1.5V、最小電圧0V、周波数0.6667Hz、デューティー比33.33%のものを使用した。レーザー変位計は、キーエンス社のLK−030を用いた。
【0074】
図6に駆動結果を示す。図6において、最大位置と最小位置はそれぞれ、アクチュエータ101が1回の往復動作をするときに達する、アクチュエータ101の一端の最高点と最低点の位置を示す。アクチュエータ101の一端の振幅は、最大位置と最小位置との距離を示す。図6からわかるように、60000回の駆動を行ったときに、振幅はおよそ300μmから500μmの間で変化した。また、最小位置はおよそ60μmと−140μmとの間で変化して、10000回から60000回の駆動の間では最小位置はおよそ単調に減少した。これは錘301が受ける重力によりアクチュエータ101が重力方向に変形したものと思われる。しかし、その変形の量は60万回で約200μmであり、比較的小さいことがわかった。
【0075】
以上の結果から、本実施例の構成の屈曲型導電性高分子アクチュエータ101は長時間駆動したときの変形が小さいために、安定した長時間駆動が可能であることが示された。
【0076】
また、PEDOT/PSSは化学的に活性な五員環のβ位が予め酸素によって修飾され不活性化されているために酸化劣化を受けにくいという特徴を持っており、ポリピロールに比べて化学的に安定であるという特徴がある。特に高温下での導電率劣化や、長時間駆動を行ったときの性能劣化に関して、PEDOT/PSSを用いた場合はポリピロールを用いた場合に比べて劣化が小さいという特徴を持つ。
【0077】
このことから、本構成の導電性高分子アクチュエータ101は化学的に安定であり、高温下での導電率劣化が小さいとともに、長時間駆動を行ったときの性能劣化が小さいという特徴を持つ。
【0078】
また、導電性が高いポリピロールを製膜するためには、一般的に電解重合によって製膜される。電解重合の場合、製膜のための装置が大掛かりとなり、製膜時間も長時間必要であるなどの問題点がある。これに対して、PEDOT/PSSを用いた本構成の導電性高分子アクチュエータ101は、スピンコート、スリットコート、バーコート、ディップ、又は、キャスト法を用いることで大面積基板に均一な厚みの導電性高分子膜を容易に実現することができて、量産化に適しているという特徴を持つ。
【0079】
なお、PEOは、導電性高分子層102a,102bの機械的強度及び導電性を向上する効果を持つ。
【0080】
なお、前記アクチュエータ101において、ポリエチレンオキシド(PEO)の代わりに、ポリエチレングリコール(PEG)を用いても良い。例えば、分子量8000のポリエチレングリコール(PEG)を用いることが可能である。
【0081】
ポリエチレングリコール(polyethylene glycol、略称 PEG)は、エチレングリコールが重合した構造を持つ高分子化合物である。 ポリエチレンオキシド(polyethylene oxide、略称PEO)も基本的に同じ構造を有する化合物であるが、分子量が小さいものはPEGとよばれ、分子量が大きいものはPEOとよばれている。本明細書においては、PEGは分子量 50,000 g/mol 以下のものを指し、PEOはより高分子量のものを指すものとする。
【0082】
一般的にPEGもしくはPEOは、その分子量が大きいほど分子サイズは大きくなり融点が高くなる。PEGを用いる場合には分子量が小さいと融点が低いために高温での駆動においてPEGがメンブレン92の内部に浸透して動作安定性が劣化する問題がある。そこでPEGの分子量は1000以上が望ましく、10000以上が特に望ましい。
【0083】
なお、PEDOT/PSSを含む分散液をメンブレン92に塗布した後、電解重合などの公知の方法によって導電性高分子層102a,102bをメンブレン92の表面に積層しても良い。この場合、PEDOT/PSSと、積層される導電性高分子層102a,102bとの間は高分子の絡み合いによって接着されているものと考えられる。導電性高分子を電解重合する場合、PEDOT又はポリピロールなどを電解重合する方法が考えられる。
【0084】
導電性高分子層102a,102bは、図19Aに示すように多孔質高分子層103(一例として、メンブレン92)の表面及び裏面のそれぞれの全面に形成しても良い。また、図19B若しくは図19Cに示すように、導電性高分子層102a,102bは、多孔質高分子層103(一例として、メンブレン92)の表面の一部分及び裏面の一部分にそれぞれ形成しても良い。電圧印加を確実に行うために、電極105a,105bの部分と接触する部分には、導電性高分子層102a,102bを形成することが望ましい。また、導電性高分子層102a,102bを形成する部分には、多孔質高分子層103(一例として、メンブレン92)との接着を確実にするために親水基層104a,104bを形成することが望ましい。なお、図19A〜図19Cにおいては、親水基層104a,104bは省略している。多孔質高分子層103(一例として、メンブレン92)の一部に導電性高分子層102a,102bを形成した場合、多孔質高分子層103(一例として、メンブレン92)を局所的に変形できる効果がある。また、金属からなる外部部品と直接接触する部分には、導電性高分子層102a,102bを形成せずに、電気的短絡を防止することも可能である。
【0085】
(実施例2)
まず、実施例1と同様の方法で、多孔質メンブレン92に対するクリーニング処理、多孔質メンブレン92の表面の親水化処理、導電性高分子層102a,102bの形成を順に行った。ただし、導電性高分子層102a,102bの形成において、PH500+PEO1wt%混合液の滴下数を50滴とした。
【0086】
次に、実施例1と同様の方法でアクチュエータ101の加工と組み立てを行った。
【0087】
次に、上記のとおり組み立てたアクチュエータ101を用いて、図4と同様の構成で駆動実験を行った。ただし、本実施例2では、固定の大きさの電圧で固定の大きさの屈曲動作を繰り返し行う場合を想定して、図9Aに示す方法で駆動電圧の印加を行った。以下詳細を説明する。
【0088】
図9Aに示すアルゴリズムにおいて、変数「displacement」はアクチュエータ101の変位を測定した値である。変数「current_time」は現在時刻を測定した値である。変数「Voltage」はアルゴリズムによって計算される値であり、この値の電圧を印加する。「VOLMAX」,「VOLMIN」,「THRESHOLD」,「WAITMULTIPLIER」はそれぞれあらかじめ定められた定数である。変数「dismin」,「vol_starttime」,「wait_starttime」,「t_wait」はアルゴリズムにおいて算出されるパラメータであり、変数「Voltage」の計算に使用される。
【0089】
図9AのステップS1では、まず、変数「dismin」を、変数「displacement」、すなわち、アクチュエータ101の変位を測定した値とする。また、変数「Voltage」を、定数「VOLMAX」とする。さらに、変数「vol_starttime」を、変数「current_time」、すなわち、現在時刻を測定した値とする。
【0090】
次いで、ステップS2では、変数「displacement」の値から変数「dismin」の値が引き算され、この結果の値が、あらかじめ定められた定数である閾値「THRESHOLD」以上であるか否か判断される。引き算の結果の値が閾値「THRESHOLD」未満であれば、ステップS3に進む。引き算の結果の値が閾値「THRESHOLD」以上であれば、ステップS4に進む。
【0091】
ステップS3では、また、変数「Voltage」を、定数「VOLMAX」としたのち、ステップS2に戻る。
【0092】
ステップS4では、パラメータ「t_wait」を、変数「current_time」の値から「vol_starttime」の値を引き算したのち、定数「WAITMULTIPLIER」と乗算を行う。また、変数「Voltage」を、定数「VOLMIN」とする。また、変数「wait_starttime」を変数「current_time」の値とする。
【0093】
次いで、ステップS5では、変数「current_time」の値から「wait_starttime」の値を引き算したのち、その結果の値が「t_wait」以上であるか否か判断される。引き算の結果の値が「t_wait」未満であれば、ステップS6に進む。引き算の結果の値が「t_wait」以上であれば、ステップS7に進む。
【0094】
ステップS6では、変数「Voltage」を、定数「VOLMIN」としたのち、ステップS5に戻る。
【0095】
ステップS7では、変数「dismin」を、変数「displacement」、すなわち、アクチュエータ101の変位を測定した値とする。また、変数「Voltage」を、定数「VOLMAX」とする。さらに、変数「vol_starttime」を、変数「current_time」、すなわち、現在時刻を測定した値とする。その後、ステップS1に戻る。
【0096】
図4において変位の方向は、鉛直方向の上向き(図4において上方向)を正の方向とする。また、図4において印加電圧は、下側の電極を基準としたときの上側の電極の電位として定義する。
【0097】
図9Bは、図9Aの方法で本実施例2のアクチュエータ101を駆動したときの変位と電圧(印加電圧)との時間変化の例を模式的に示した図である。
【0098】
本実施例2のアクチュエータ101を実際に駆動した場合には、図9Bの例と同様に、電圧が正のときに、変位が正の方向に変化した。すなわち、図10に示すように、高い電圧が印加されている電極側にアクチュエータ101の先端部が屈曲する動作を繰り返した。
【0099】
本実施例2では図9Aのアルゴリズムにおいて、THRESHOLD=300μm、VOLMAX=1.4V、VOLMIN=−1.4V、WAITMULTIPLIER=1.5とした。
【0100】
この場合の駆動実験結果を図11〜図13に示す。
【0101】
図11は十分に時間が経過してアクチュエータ101の動作が定常になった場合の動作例として、駆動開始から500000秒経過したときの電圧、電流、変位の時間変化を示す。横軸の時間は、駆動開始から500000秒経過した時刻を0としている。
【0102】
図12は駆動開始から1500000秒経過するまでの時間における、駆動周波数の時間変化を示す。駆動開始からおよそ400000秒までは駆動周波数が増加している。これは導電性高分子アクチュエータ101のトレーニング効果とよばれる効果の一種であると考えられて、動作継続に従ってアクチュエータ101の駆動効率が向上しているものと考えられる。400000秒以降、特に700000秒以降は駆動周波数が減少しているがこれは長時間駆動による性能劣化であると考えられる。
【0103】
図13は駆動開始から1500000秒経過するまでの各時間における、累計駆動回数の変化を示す。約800000秒経過した時点で累計駆動回数が1000000回に達している。これまで、導電性高分子を用いた屈曲型アクチュエータにおいて1000000回の駆動を安定して継続した報告はなく、本実施例2のアクチュエータ101は、これまでに開発されてきたものよりも安定した長時間駆動が可能であることが示された。
【0104】
(比較例1)
スライドグラス上に、5重量パーセントのジメチルスルホキシド(DMSO)、1重量パーセントのポリエチレングリコール8000を溶解したPEDOTとPSS混合体の水分散液(スタルク社製、商品名バイトロンPH500)を所定量滴下した後、乾燥して溶媒を揮発させ、スライドグラス上に導電性高分子膜を形成した。次に、剃刀を用いて導電性高分子膜をスライドグラスから剥離した。得られた導電性高分子膜は平均厚さ10μmであった。
【0105】
次に、イオン液体EMI−TFSIとフッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体[P(VDF/HFP)]を重量比8:2で混合して十分攪拌することによってイオンゲル前駆体を作製した。
【0106】
厚み0.1mmのポリエチレンテレフタレート(PET)シートとスライドグラスとを密着させたものを2組作製した。そして、二つのPETシートが所定の間隔を空けて対向するように、40μm厚のコンデンサセパレータ紙を挟んで作製したスライドガラスを密着させた。この時、コンデンサセパレータ紙にイオンゲル前駆体を含浸させておいた。その後、恒温槽にて100℃、30分間加熱し、その後、室温に冷却することで厚さ40μmのイオンゲル含浸紙を得た。PETシートとイオンゲル含浸紙は容易に剥離できた。以下、ここで得られたイオンゲル含浸紙を電解質イオンゲルと記す。
【0107】
電解質イオンゲルの両面に導電性高分子膜を対向させて重ね、恒温槽にて100℃、30分間加熱し、その後室温に冷却することで、導電性高分子膜/電解質イオンゲル/導電性高分子膜の三層構造体を形成した。
【0108】
この三層構造体に対して、実施例1と同様に加工と組み立てを行い、屈曲型導電性高分子アクチュエータを作製した。そして実施例1の図4と同様の構成を用いて駆動実験を行った。ただし、矩形波は図7に示す波形のものを用いた。実験結果を図8に示す。
【0109】
図8からわかるように、60000回の駆動を行ったときに、振幅はおよそ260μmから160μmの間で変化した。また、最小位置はおよそ−600mから−2700μmにおよそ単調に減少した。これは錘がうける重力によりアクチュエータが重力方向に変形したものと思われる。本比較例においては、その変形の量は60万回で約2100μmであり、実施例1に比べて約10倍の大きい値であることがわかった。
【0110】
なお、本比較例においては実施例1に比べて駆動電圧及び駆動周波数が異なるが、これは、両者の間で振幅をおよそ同じ値にして比較を行うためである。結果として、本比較例は実施例1に比べて振幅が小さいにも関わらず駆動に伴う変形の量が大きいために、長時間駆動を行った際の安定性及び信頼性が低いことが示された。
【0111】
(比較例2)
実施例1と同様の方法で、多孔質メンブレンに対するクリーニング処理、多孔質メンブレンの表面の親水化処理、導電性高分子層の形成を行った。ただし、多孔質メンブレンとしてフィルター孔径が0.45μmのものを使用した。この結果、導電性高分子層の形成を行った際にPH500+PEG1wt%混合液がメンブレンの内部にまでしみこんだ。この場合、メンブレンの表裏両面の間で電気的な短絡が生じると考えられる。そこで多孔質メンブレンとしてフィルター孔径が0.45μmのものを使用した場合、正常な動作を行うための信頼性が損なわれることがわかった。
【0112】
(比較例3)
一般的にPEDOT/PSSの導電性を向上する手段としてdimethyl sulfoxide (DMSO)を混合する手法が知られている。これに従い、本比較例においては導電性高分子層の形成において、PEDOT/PSS水分散液PH500に対して5wt%の比率でDMSOを混合した混合液を使用した。この結果、導電性高分子層の形成を行った際にPH500/DMSO混合液がメンブレンの内部にまでしみこんだ。この場合、メンブレンの表裏両面の間で電気的な短絡が生じると考えられる。そこで、PH500/DMSO混合液を使用した場合、正常な動作を行うための信頼性が損なわれることがわかった。
【0113】
(比較例4)
本比較例においては、「多孔質メンブレンに対するクリーニング処理」及び「多孔質メンブレンの表面の親水化処理」を実施しなかった。すなわち、実施例1と同様の多孔質メンブレンに対して、「多孔質メンブレンに対するクリーニング処理」及び「多孔質メンブレンの表面の親水化処理」を実施せず、実施例1と同様の方法でPH500+PEG1wt%混合液を滴下して乾燥することで導電性高分子層の形成を行った。この後、実施例1と同様の方法でアクチュエータの加工と組み立て、及び、アクチュエータの駆動実験を行った。この結果、本比較例のアクチュエータは数回の屈曲動作を行った後に、導電性高分子層が剥離して正常な動作を継続することができなかった。
【0114】
そこで、多孔質メンブレンに対するクリーニング処理、及び、多孔質メンブレンの表面の親水化処理は、アクチュエータの機械強度を向上して安定した長時間駆動を実現するために効果があることが示された。
【0115】
なお、上記様々な実施形態又は実施例又は変形例のうちの任意の実施形態又は実施例又は変形例を適宜組み合わせることにより、それぞれの有する効果を奏するようにすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明にかかる導電性高分子アクチュエータおよび及びアクチュエータ用駆動素子の製造方法によれば、小型かつ軽量で柔軟性に富む高信頼性のアクチュエータを簡便に製造することが可能となり、医療、産業、及び家庭用のロボット、またはマイクロマシンなどの分野において好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0117】
90 エポキシ接着剤塗布部分
91 マグネット錘接着部分
92 駆動素子形成用のメンブレン
92A メンブレン
93 電極接触部分
94 イオン液体
100 電源
101 アクチュエータ
102a,102b 導電性高分子層
103 多孔質高分子層
104a,104b 親水基層
105a,105b 電極
106 アクチュエータ用駆動素子
107 スイッチ
201 アクチュエータ
202a、202b 導電性高分子膜
203 固体電解質膜
204a、204b 電極
301 マグネット
1401 親水基導入層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質を含み多孔質の高分子で構成される固体の多孔質高分子層と、
前記多孔質高分子層に接触するように配置され、多孔質高分子と親水基と前記多孔質高分子の孔部分に存在するPEDOT/PSSの導電性高分子とを含む親水基層と、
前記親水基層に接触するように配置され導電性高分子を含む導電性高分子層と、
前記導電性高分子層に接触する電極部と、
前記電極部に電圧を印加する電源部とを備える導電性高分子アクチュエータ。
【請求項2】
前記多孔質高分子層は、電解質を含む多孔質の疎水性高分子からなることを特徴とする請求項1に記載の導電性高分子アクチュエータ。
【請求項3】
前記親水基は、ポリエチレンオキシドであることを特徴とする請求項1又は2に記載の導電性高分子アクチュエータ。
【請求項4】
前記疎水性高分子はフッ素樹脂からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の導電性高分子アクチュエータ。
【請求項5】
前記親水基層は重合によって親水基が導入されている構造を持つことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の導電性高分子アクチュエータ。
【請求項6】
前記親水基層の厚さは、前記固体高分子層の表面から0.1μm以上の厚さでかつ前記固体高分子層と前記導電性高分子層とで構成される駆動素子の厚さの1/10の厚さ以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の導電性高分子アクチュエータ。
【請求項7】
疎水性多孔質メンブレンの表面を親水化する親水化工程と、
前記メンブレンに導電性高分子の水分散液を塗布する塗布工程と、
前記塗布工程で前記メンブレンに塗布した液を乾燥する乾燥工程と、
前記疎水性多孔質メンブレンに電解質を含浸する電解質含浸工程とを含む
導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法。
【請求項8】
前記親水化工程は、PEGMAをグラフト重合する工程を含む請求項7に記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法。
【請求項9】
前記親水化工程は、UV照射処理を含む請求項7に記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法。
【請求項10】
前記水分散液は、PEDOT/PSSを含む分散液であることを特徴とする請求項7〜9のいずれか1つに記載の導電性高分子アクチュエータ用駆動素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図3E】
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【図3F】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9A】
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【図9B】
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【図10】
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【図11A】
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【図11B】
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【図11C】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19A】
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【図19B】
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【図19C】
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【公開番号】特開2011−205751(P2011−205751A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−69088(P2010−69088)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】