説明

導電物被覆アルミニウム材とその製造方法

【課題】高湿条件下で使用した場合においても水分により、表面の導電性を担保する導電物がアルミニウム材から剥離せず、好適に集電体や電極の材料として使用することが可能な導電物被覆アルミニウム材とその製造方法を提供する。
【解決手段】導電物被覆アルミニウム材は、アルミニウム箔1と、アルミニウム箔1の表面上に形成された有機物層2と、アルミニウム箔1と有機物層2との間でアルミニウム箔1の表面の少なくとも一部の領域に形成された、アルミニウムの炭化物を含む介在層3とを備え、有機物層2は導電物として炭素前駆体を含む。アルミニウム箔1の表面に、樹脂層を形成し、樹脂層が形成されたアルミニウム箔1を、炭化水素含有物質を含む空間に配置して、加熱することにより、炭素前駆体を含む有機物層2を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一般的には、アルミニウム材の表面を導電物で被覆した導電物被覆アルミニウム材とその製造方法に関し、特定的には各種キャパシタの集電体や電極、各種電池の集電体や電極等に用いられる導電物被覆アルミニウム材とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、アルミニウム材をそのままで集電体や電極の材料として使用した場合、アルミニウム材の表面に形成される酸化被膜が不働態化し、結果として表面の導電性が低下し、絶縁化するという問題がある。この問題を解決するために、アルミニウム材の表面に導電物として炭素を塗布することにより、表面の導電性を改善するという手法が採用されてきた。
【0003】
例えば、特開2000−164466号公報(以下、特許文献1という)に開示されているように真空蒸着法によってアルミニウム材の表面に炭素膜を形成する方法がある。具体的には、特許文献1には、キャパシタまたは電池に使用される電極の製造方法として、アルミニウムで形成された集電体に、カーボンの中間膜を設け、その上に活性炭、カーボンブラックおよび結着剤であるメチルセルロースとを混合したペースト状の混合材料からなる活物質層を導電物として被覆することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−164466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の方法で得られる複合材料では、導電物である炭素粒子自身が基材であるアルミニウム材の表面に担持された構成であることから、高温、高湿度の雰囲気中に長期間曝された場合、雰囲気中に含まれる水分が炭素粒子間に侵入して炭素粒子とアルミニウム材との界面にて水和反応を起こす。さらに、この複合材料をキャパシタや電池に使用した場合には、キャパシタや電池に含まれる腐食成分が上記の水和反応の進行を加速させる場合が多い。
【0006】
例えば、特許文献1に開示された真空蒸着法によって炭素粒子を担持させた集電体や電極では、上記の水和反応によって形成された水酸化物の影響で、導電物である炭素粒子の一部がアルミニウム材の表面から離脱することにより、導電性が低下する。
【0007】
また、特許文献1では、結着剤を用いて導電物である炭素粒子を固着してはいるが、長期間の使用によって結着剤自身の特性が劣化するだけでなく、上記の水和反応も生じることにより、その結果として導電性が低下する。
【0008】
そこで、この発明の目的は、高湿条件下で使用した場合においても水分により、表面の導電性を担保する導電物がアルミニウム材から剥離せず、好適に集電体や電極の材料として使用することが可能な導電物被覆アルミニウム材とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。導電物含有層をアルミニウム材の表面に形成するために、炭素粒子を使用しないで導電性を示す物質を含有するように導電物含有層を構成すれば、上記の水和反応を抑制することができるのではないかと本発明者は考えた。すなわち、本発明者は、導電物含有層として有機物層をアルミニウム材の表面に形成し、この有機物層中に、導電性を示す物質として炭素前駆体が含まれるように導電物含有層を構成すればよいという考えに至った。
【0010】
具体的には、従来のように炭素粒子を使用せず、まず、アルミニウム材の表面に樹脂層を形成する。その後、炭化水素含有物質を含む空間で、その表面に樹脂層が形成されたアルミニウム材を加熱することにより、アルミニウム材の表面に形成された樹脂層が当該加熱工程後において有機物層として残存する。この有機物層は、非常に緻密な構造を有する。この緻密な構造により、高温度、高湿度の雰囲気中に長期間曝された場合において、雰囲気中に含まれる水分の侵入を抑制することができるようになる。また、この有機物層は、炭素前駆体を含むので、この炭素前駆体の存在によりアルミニウム材の表面に炭素粒子を担持させなくても導電性を確保することが可能となる。その結果として、従来の炭素被覆アルミニウム材に比べて、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制しつつ、導電性を確保することが可能になるという知見を得た。このような発明者の知見に基づいて本発明はなされたものである。
【0011】
この発明に従った導電物被覆アルミニウム材は、アルミニウム材と、このアルミニウム材の表面上に形成された有機物層と、アルミニウム材と有機物層との間でアルミニウム材の表面の少なくとも一部の領域に形成された、アルミニウムの炭化物を含む介在層とを備え、有機物層は導電物として炭素前駆体を含む。
【0012】
この発明の導電物被覆アルミニウム材においては、まず、アルミニウム材と有機物層との間に形成された、アルミニウムの炭化物を含む介在層が、アルミニウム材の表面と、アルミニウム材の表面上に形成された有機物層との密着性を高める作用をする。また、有機物層は非常に緻密な構造を有するので、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制することができる。さらに、有機物層中に炭素前駆体が存在することにより、アルミニウム材の表面に炭素粒子を担持させなくても、導電性を確保することができる。
【0013】
この発明の導電物被覆アルミニウム材において、有機物層中に含まれる炭素前駆体は、少なくとも炭素および水素の元素を含み、かつ、グラファイトに類する成分もしくはアモルファスカーボンに類する成分を含むことが好ましい。いいかえれば、この発明の導電物被覆アルミニウム材において、有機物層中に含まれる炭素前駆体は、少なくとも炭素および水素の元素を含み、かつ、ラマン分光法によって検出されたラマンスペクトルにおいてラマンシフトが1350cm−1付近または1580cm−1付近にラマン散乱強度のピークを有することが好ましい。
このような炭素前駆体を有機物層中に含ませることにより、導電性を示す有機物層を形成することができる。
【0014】
また、この発明の導電物被覆アルミニウム材において、有機物層は、450℃以上660℃未満の温度範囲で1時間以上100時間以下の範囲内での加熱により揮発しない物質から形成されることが好ましい。
【0015】
有機物層が、上記のような物質から形成されることにより、欠陥及びクラックの少ない構造を形成することができる。
【0016】
さらに、この発明に従った上述のいずれかの特徴を有する導電物被覆アルミニウム材は、電極構造体を構成するために用いられることが好ましい。
【0017】
上記の電極構造体は、キャパシタの集電体と電極を構成するために用いられることが好ましい。これにより、キャパシタの容量特性、内部抵抗特性、充放電特性、寿命を高めることができる。キャパシタとしては、電気二重層キャパシタ、アルミニウム電解コンデンサ、機能性固体コンデンサ等が例示される。
【0018】
また、上記の電極構造体は、電池の集電体と電極を構成するために用いられることが好ましい。これにより、電池の容量特性、内部抵抗特性、充放電特性、寿命を高めることができる。電池としては、リチウムイオン電池等の二次電池が例示される。
【0019】
この発明に従った導電物被覆アルミニウム材の製造方法は、以下の工程を備える。
【0020】
(A)アルミニウム材の表面に、樹脂層を形成する樹脂層形成工程。
【0021】
(B)樹脂層が形成されたアルミニウム材を、炭化水素含有物質を含む空間に配置して、加熱することにより、炭素前駆体を含む有機物層を形成する有機物層形成工程。
【0022】
この発明の製造方法では、特許文献1に記載されたように密着性を確保するために、カーボンの中間膜を設ける必要はなく、また、塗布後に、乾燥と圧着という一連の工程を必ずしも施す必要がない。アルミニウム材の表面に樹脂層を形成した後、炭化水素含有物質を含む空間にアルミニウム材を配置し、加熱するという簡単な工程で、アルミニウム材の表面を、炭素前駆体を含む有機物層で被覆することができるだけでなく、アルミニウム材と有機物層との間にアルミニウムの炭化物を含む介在層を形成することができる。これにより、アルミニウム材と有機物層との密着性を高めることができる。
【0023】
また、この発明の製造方法では、アルミニウム材の表面に樹脂層を形成した後、アルミニウム材と樹脂層とを、炭化水素含有物質を含む空間に配置して加熱することにより、有機物層がアルミニウム材の表面に形成される。有機物層形成工程において、樹脂層は、炭化水素含有物質を含む雰囲気中で加熱されるが、完全には酸化、消失せず、炭素前駆体を含む有機物層となる。これにより、アルミニウム材の表面に導電性を示す有機物層が存在することになる。
【0024】
アルミニウム材の表面に形成される有機物層は、非常に緻密な構造を有するので、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制することができる。さらに、有機物層中に炭素前駆体が存在することにより、アルミニウム材の表面に炭素粒子を担持させなくても、導電性を確保することができる。
【0025】
この発明の導電物被覆アルミニウム材の製造方法において、樹脂層形成工程は、樹脂と溶媒とを混合する工程を含むのが好ましい。
【0026】
この混合工程を備えることにより、アルミニウム材の表面に均一に樹脂層を形成することができ、その後の工程を経て形成される有機物層をアルミニウム材の表面に均一に形成することが可能となる。これにより、アルミニウム材の表面に均一に緻密な構造を有する有機物層が形成され、アルミニウム材の表面のどの箇所においても、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制することができる。
【0027】
さらに、この発明の導電物被覆アルミニウム材の製造方法において、有機物層形成工程は、450℃以上660℃未満の温度範囲で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
以上のようにこの発明によれば、アルミニウム材の表面上に有機物層を備えるので、高温度、高湿度の雰囲気中に長期間曝された場合において、雰囲気中に含まれる水分の侵入を抑制できるようになる。また、この有機物層は、炭素前駆体を含むので、この炭素前駆体の存在により、アルミニウム材の表面に炭素粒子を担持させなくても導電性を確保することが可能になる。その結果として、従来の導電物被覆アルミニウム材に比べて、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制しつつ、導電性を確保することができ、従来よりも高温度、高湿度の過酷な雰囲気中で、本発明の導電物被覆アルミニウム材を長期間使用することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明の一つの実施形態として、導電物被覆アルミニウム材の詳細な断面構造を模式的に示す断面図である。
【図2】この発明の実施例4の試料の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した写真を示す。
【図3】この発明の実施例4の試料の介在層を観察するため、ブロム-メタノール混合溶液を用いてアルミニウム部分を溶解し、残存した介在層の表面をSEMによって直接観察した写真を示す。
【図4】この発明の実施例4の試料の有機物層についてラマン分光法によって検出されたラマンスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、この発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0031】
図1に示すように、この発明の一つの実施形態として、導電物被覆アルミニウム材の断面構造によれば、アルミニウム材の一例としてのアルミニウム箔1の表面上に有機物層2が形成されている。アルミニウム箔1と有機物層2との間には、アルミニウム元素と炭素元素とを含む介在層3が形成されている。介在層3は、アルミニウム箔1の表面の少なくとも一部の領域に形成され、アルミニウムの炭化物、たとえばAlを含む。有機物層2は、炭素前駆体を含む。有機物層2は、アルミニウム箔1に直接密着している部分もあれば、介在層3を介してアルミニウム箔1に密着している部分もある。有機物層2は、アルミニウム箔1に直接密着することにより、十分な密着性を有しているが、介在層3が存在することにより、より強固にアルミニウム箔1に有機物層2が密着している。
【0032】
図1に示すように、一つの実施の形態では、有機物層2の少なくとも一部が、介在層3の一部分の領域上に付着している。アルミニウム箔1の表面に形成される有機物層2の一部が、介在層3の一部分の領域上の表面上に付着し、有機物層2の他の一部が、介在層3の表面上ではなく、介在層3が形成されていないアルミニウム箔1の表面上に直接付着していてもよい。なお、図1に示されるように、複数の介在層3が、アルミニウム箔1の表面上で、互いに間隔をあけて島状に形成されているが、互いに隣接して島状に形成されていてもよい。
【0033】
図1に示された本発明の導電物被覆アルミニウム材においては、まず、アルミニウム箔1と有機物層2との間に形成された、アルミニウムの炭化物を含む介在層3が、アルミニウム箔1の表面と、アルミニウム箔1の表面に形成される有機物層2との密着性を高める作用をする。この作用の結果として、高湿度条件下においてもアルミニウム箔1と有機物層2の間への水分の侵入を抑制することができる。
【0034】
なお、アルミニウム箔1の表面に形成された有機物層2に含まれる炭素前駆体は、少なくとも炭素および水素の元素を含むことが好ましく、かつ、グラファイトに類する成分もしくはアモルファスカーボンに類する成分を含んでいるものが好ましい。なお、後述する加熱工程により、アルミニウム箔1の表面に形成された樹脂層が炭素前駆体に変わると推察される。
【0035】
上記の構成を有する本発明の導電物被覆アルミニウム材は、下記で規定する塩酸剥離試験において、アルミニウム箔1から有機物層2が完全に剥離するまでの時間が長い方が好ましい。
【0036】
<塩酸剥離試験>
幅10mm、長さ100mmの短冊状の導電物被覆アルミニウム材を、80℃、1M(Mは、体積モル濃度[mol/リットル]を意味する)の塩酸溶液中に浸漬し、アルミニウム材から有機物層が完全に剥離するまでの時間を測定する。
【0037】
この時間が長ければ、導電体となる有機物層が長期間安定してアルミニウム材に密着していることが可能となる。
【0038】
この発明の一つの実施の形態として、有機物層2が形成される基材としてのアルミニウム材(上記の実施の形態では一例としてアルミニウム箔1)は、特に限定されず、純アルミニウムまたはアルミニウム合金を用いることができる。このようなアルミニウム材は、アルミニウム純度が「JIS H2111」に記載された方法に準じて測定された値で98質量%以上のものが好ましい。本発明で用いられるアルミニウム材は、その組成として、鉛(Pb)、珪素(Si)、鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、マグネシウム(Mg)、クロム(Cr)、亜鉛(Zn)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、ガリウム(Ga)、ニッケル(Ni)およびホウ素(B)の少なくとも1種の合金元素を必要範囲内において添加したアルミニウム合金、または、上記の不可避的不純物元素の含有量を限定したアルミニウムも含む。アルミニウム材の厚みは、特に限定されないが、箔であれば5μm以上200μm以下、板であれば200μmを越え3mm以下の範囲内とするのが好ましい。
【0039】
上記のアルミニウム材は、公知の方法によって製造されるものを使用することができる。たとえば、上記の所定の組成を有するアルミニウムまたはアルミニウム合金の溶湯を調整し、これを鋳造して得られた鋳塊を適切に均質化処理する。その後、この鋳塊に熱間圧延と冷間圧延を施すことにより、アルミニウム材を得ることができる。なお、上記の冷間圧延工程の途中で、150℃以上400℃以下の範囲内で中間焼鈍処理を施してもよい。
【0040】
この発明に従った上述のいずれかの特徴を有する導電物被覆アルミニウム材は、電極構造体を構成するために用いられることが好ましい。
【0041】
上記の電極構造体は、キャパシタの集電体や電極を構成するために用いられることが好ましい。これにより、キャパシタの容量特性、内部抵抗特性、充放電特性、寿命を高めることができる。キャパシタとしては、電気二重層キャパシタ、アルミニウム電解コンデンサ、機能性固体コンデンサ等が例示される。
【0042】
また、上記の電極構造体は、電池の集電体や電極を構成するために用いられることが好ましい。これにより、電池の容量特性、内部抵抗特性、充放電特性、寿命を高めることができる。電池としては、リチウムイオン電池等の二次電池が例示される。
【0043】
この発明に従った導電物被覆アルミニウム材の製造方法の一つの実施の形態においては、まず、アルミニウム箔1の表面に樹脂層を形成する(樹脂層形成工程)。次に、樹脂層が形成されたアルミニウム箔1を、炭化水素含有物質を含む空間に配置して、加熱することにより、炭素前駆体を含む有機物層を形成する(有機物層形成工程)。この有機物層形成工程により、図1に示すように、アルミニウム箔1の表面上に有機物層2が形成される。
【0044】
この発明の製造方法では、特許文献1に記載されたように密着性を確保するために、カーボンの中間膜を設ける必要はなく、また、塗布後に、乾燥と圧着という一連の工程を必ずしも施す必要がない。アルミニウム箔1の表面に樹脂層を形成した後、炭化水素含有物質を含む空間にアルミニウム箔1を配置し、加熱するという簡単な工程で、アルミニウム箔1の表面を有機物層2で被覆することができるだけでなく、アルミニウム箔1と有機物層2との間にアルミニウムの炭化物を含む介在層3を形成することができる。これにより、図1に示すように、アルミニウム箔1と炭素前駆体を含む有機物層2との密着性を高めることができる。
【0045】
また、この発明の製造方法では、樹脂層形成工程においてアルミニウム箔1の表面に樹脂層を形成した後、有機物層形成工程においてアルミニウム箔1と樹脂層とを、炭化水素含有物質を含む空間に配置して加熱することにより、図1に示すように有機物層2がアルミニウム箔1の表面に形成される。有機物層形成工程において、樹脂層は、炭化水素含有物質を含む雰囲気中で加熱されるが、完全には酸化、消失せず、炭素前駆体を含む有機物層2となる。これにより、有機物層2に導電性が付与されることとなる。
【0046】
また、有機物層2は、非常に緻密な構造を有するので、アルミニウム箔1の表面に有機物層2が存在することにより、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制することができる。これにより、従来よりも高温度、高湿度の過酷な雰囲気中で導電物被覆アルミニウム材を長期間使用することが可能となる。
【0047】
この発明の導電物被覆アルミニウム材の製造方法において、樹脂層形成工程は、樹脂と溶媒とを混合する工程(混合工程)を含むのが好ましい。
【0048】
この混合工程を備えることにより、アルミニウム箔1の表面に均一に樹脂層を形成することができ、その後の工程を経て形成される有機物層2をアルミニウム箔1の表面に均一に形成することが可能となる。これにより、アルミニウム箔1の表面に均一に緻密な構造を有する有機物層2が形成され、アルミニウム箔1の表面のどの箇所においても、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制することができる。
【0049】
なお、均一に樹脂層が形成されるのであれば、混合方法や混合時間も特に限定されない。加える溶剤の量は、樹脂添加量に対して50質量%以下であることが好ましい。
【0050】
樹脂層形成工程で使用する樹脂は特に限定されないが、例えば、ポリビニルアルコール系、ポリビニルブチラール系、エポキシ系、芳香族などの環状構造を有する樹脂(例えば、フェノール系)、アクリル系等の樹脂が挙げられ、特にはフェノール系の樹脂が好ましい。また、樹脂は、特性面において、炭化水素雰囲気下で450℃以上660℃未満の温度範囲で1時間以上100時間以下の範囲内での加熱により揮発しない樹脂を使用するのが好ましい。これは、有機物層形成工程中に有機物層が揮発すると、有機物層2に欠陥またはクラックが発生し、欠落部分に介在層3が形成されやすくなるからであり、その結果、水和反応を抑制するという作用効果を得ることができなくなる理由による。
【0051】
樹脂層形成工程で適宜使用する溶剤は、特に限定されないが、樹脂の親溶剤(樹脂が溶解しやすい溶剤)であることが好ましい。例えば、樹脂として油溶性樹脂を使用する場合には、メチルイソブチルケトン、トルエン、メチルエチルケトン等が挙げられる。
【0052】
上述の樹脂層形成工程において、アルミニウム箔1の表面に、樹脂層を形成させる方法としては、樹脂と適宜溶媒を用いて、スラリー状、液体状に調製したものを、塗布、ディッピング等によって、また、固体状に調製したものを、粉末の形態で散布、エクストルージョン、熱圧着等によって、アルミニウム箔1の表面上に付着させればよい。上記の樹脂層をアルミニウム箔1の表面上に付着させた後、加熱処理の前に、20℃以上300℃以下の範囲内の温度で乾燥させてもよい。
【0053】
また、この発明の導電物被覆アルミニウム材においては、有機物層2はアルミニウム箔1の少なくとも片方の面に形成すればよく、その厚みは0.01μm以上10mm以下の範囲内であるのが好ましい。
【0054】
本発明の導電物被覆アルミニウム材の製造方法の一つの実施の形態では、用いられる炭化水素含有物質の種類は特に限定されない。炭化水素含有物質の種類としては、たとえば、メタン、エタン、プロパン、n‐ブタン、イソブタンおよびペンタン等のパラフィン系炭化水素、エチレン、プロピレン、ブテンおよびブタジエン等のオレフィン系炭化水素、アセチレン等のアセチレン系炭化水素等、またはこれらの炭化水素の誘導体が挙げられる。これらの炭化水素の中でも、メタン、エタン、プロパン等のパラフィン系炭化水素は、アルミニウム材を加熱する工程においてガス状になるので好ましい。さらに好ましいのは、メタン、エタンおよびプロパンのうち、いずれか一種の炭化水素である。最も好ましい炭化水素はメタンである。
【0055】
また、炭化水素含有物質は、本発明の製造方法において液体、気体等のいずれの状態で用いてもよい。炭化水素含有物質は、アルミニウム材が存在する空間に存在するようにすればよく、アルミニウム材を配置する空間にどのような方法で導入してもよい。たとえば、炭化水素含有物質がガス状である場合(メタン、エタン、プロパン等)には、アルミニウム材の加熱処理が行なわれる密閉空間中に炭化水素含有物質を単独または不活性ガスとともに充填すればよい。また、炭化水素含有物質が液体である場合には、その密閉空間中で気化するように炭化水素含有物質を単独または不活性ガスとともに充填してもよい。
【0056】
アルミニウム材を加熱する工程において、加熱雰囲気の圧力は特に限定されず、常圧、減圧または加圧下であってもよい。また、圧力の調整は、ある一定の加熱温度に保持している間、ある一定の加熱温度までの昇温中、または、ある一定の加熱温度から降温中のいずれの時点で行なってもよい。
【0057】
アルミニウム材を加熱する空間に導入される炭化水素含有物質の質量比率は、特に限定されないが、通常はアルミニウム100質量部に対して炭素換算値で0.1質量部以上50質量部以下の範囲内にするのが好ましく、特に0.5質量部以上30質量部以下の範囲内にするのが好ましい。
【0058】
アルミニウム材を加熱する工程において、加熱温度は、加熱対象物であるアルミニウム材の組成等に応じて適宜設定すればよいが、通常は450℃以上660℃未満の範囲内が好ましく、530℃以上620℃以下の範囲内で行うのがより好ましい。ただし、本発明の製造方法において、450℃未満の温度でアルミニウム材を加熱することを排除するものではなく、少なくとも300℃を超える温度でアルミニウム材を加熱すればよい。
【0059】
加熱時間は、加熱温度等にもよるが、一般的には1時間以上100時間以下の範囲内である。
【0060】
加熱温度が400℃以上になる場合は、加熱雰囲気中の酸素濃度を1.0体積%以下とするのが好ましい。加熱温度が400℃以上で加熱雰囲気中の酸素濃度が1.0体積%を超えると、アルミニウム材の表面の熱酸化被膜が肥大し、アルミニウム材の表面抵抗値が増大するおそれがある。
【0061】
また、加熱処理の前にアルミニウム材の表面を粗面化してもよい。粗面化方法は、特に限定されず、洗浄、エッチング、ブラスト等の公知の技術を用いることができる。
【実施例】
【0062】
以下の実施例1〜5、および、比較例1〜2に従って、アルミニウム箔1を基材として用いた導電物被覆アルミニウム材を作製した。
【0063】
(実施例1〜5)
表1の「樹脂層形成工程で用いる樹脂」に示された各種の樹脂1質量部に対して、表1の「溶媒」に示された各種の溶媒4質量部を加えて混合して溶解させ、固形分20質量%の塗工液を得た。なお、実施例2〜5の「溶媒」であるトルエンとメチルエチルケトンとの混合溶媒の混合比は1:1である。
【0064】
これらの塗工液を厚みが50μmで純度が99.3質量%のアルミニウム箔の両面に塗布することにより、樹脂層を形成し、温度150℃で30秒間乾燥した(樹脂層形成工程)。なお、乾燥後の樹脂層の厚みは片面側で1〜3μmであった。その後、両面に樹脂層が形成されたアルミニウム箔を、メタンガス雰囲気中にて温度550℃で10時間保持することにより、有機物層を形成した(有機物層形成工程)。このようにして、本発明の導電物被覆アルミニウム材を作製した。
【0065】
得られた実施例1〜5の本発明の導電物被覆アルミニウム材の断面を観察したところ、アルミニウム箔1の表面に有機物層2が形成されていることを確認することができた。
【0066】
なお、断面の観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて行った。
【0067】
一例として、実施例4の導電物被覆アルミニウム材の試料の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した写真を図2に示す。写真の倍率は10000倍である。
【0068】
図2に示すように、導電物被覆アルミニウム材において、有機物層(相対的に色の濃い部分)が非常に緻密な構造を有している状態がよくわかる。
【0069】
また、実施例4の導電物被覆アルミニウム材の介在層3を観察するため、ブロム-メタノール混合溶液を用いてアルミニウム部分を溶解し、残存した介在層3の表面をSEMによって直接観察した写真を図3に示す。すなわち、図3は、図1においてアルミニウム箔1を除去して露出された介在層3の表面を、介在層3から有機物層2に向かって裏面を観察した写真である。図3において、写真の倍率は、矢印の順に3000倍、10000倍、15000倍である。
【0070】
図3に示すように、導電物被覆アルミニウム材において、アルミニウム箔の表面の少なくとも一部の領域に、多数の介在層が島状に分散して形成されている状態がよくわかる。
【0071】
また、実施例4の導電物被覆アルミニウム材について、ラマン分光法(測定装置名:RENISHAW社製の顕微ラマン装置 Ramascope1000)により検出されたラマンスペクトルにて有機物層に含まれる成分を確認したところ、ラマンシフトが1350cm−1付近にアモルファスカーボンに相当するラマン散乱強度のピークを検出し、さらにラマンシフトが1580cm−1付近にグラファイトに相当するラマン散乱強度のピークを検出した。そのラマンスペクトルを図4に示す。
【0072】
図4に示すように、アモルファスカーボン成分とグラファイト成分と思われるラマン散乱強度のピークが検出されたことから、本発明の導電物被覆アルミニウム材において、有機物層には炭素前駆体が存在していると推察される。
【0073】
(比較例1)
平均粒径が20nmのカーボンブラック粒子1質量部を、表1の「溶媒」に示されたブタノールに分散させることにより、固形分20質量%の塗工液として、固形分が20質量%のカーボンブラック粒子を含む塗工液を得た。この塗工液を厚みが50μmで純度が99.3質量%のアルミニウム箔の両面に塗布し、温度150℃で30秒間乾燥した(樹脂層形成工程に対応する工程)。なお、乾燥後のカーボンブラック粒子含有層の厚みは片面で1μmであった。その後、両面にカーボンブラック粒子含有層が形成されたアルミニウム箔を、メタンガス雰囲気中にて温度550℃で10時間保持することにより、炭素含有層を形成した(有機物層形成工程に対応する工程)。このようにして、比較例1としての導電物被覆アルミニウム材を作製した。本比較例の製造方法は、本発明の製造方法における樹脂層形成工程に代えて、カーボンブラック粒子を溶媒で分散させたカーボンブラック粒子含有層を形成する工程を行なったものに相当する。
【0074】
(比較例2)
平均粒径が20nmのカーボンブラック粒子2質量部を、表1の「樹脂層形成工程で用いる樹脂」に示されたポリ塩化ビニル系樹脂(この場合、カーボンブラック粒子のバインダーとして作用する)1質量部と混合し、表1の「溶媒」に示されたトルエンとメチルエチルケトンとの混合溶媒(混合比1:1)に分散させることにより、樹脂層形成工程に対応する工程で用いる塗工液として、固形分が20質量%のカーボンブラック粒子を含む塗工液を得た。この塗工液を厚みが50μmで純度が99.3質量%のアルミニウム箔の両面に塗布し、温度150℃で30秒間乾燥した(樹脂層形成工程に対応する工程)。なお、乾燥後のカーボンブラック粒子含有層の厚みは片面で1μmであった。その後、両面にカーボンブラック粒子含有層が形成されたアルミニウム箔を、メタンガス雰囲気中にて温度550℃で10時間保持することにより、炭素含有層を形成した(有機物層形成工程に対応する工程)。このようにして、比較例2としての導電物被覆アルミニウム材を作製した。本比較例の製造方法は、本発明の製造方法における樹脂層形成工程に代えて、カーボンブラック粒子とバインダーを溶媒で分散させたカーボンブラック粒子含有層を形成する工程を行なったものに相当する。
【0075】
[評価]
実施例1〜5、比較例1〜2で得られた、導電物被覆アルミニウム材における有機物層2(比較例1〜2では炭素含有層)の導電性試験、導電物被覆アルミニウム材の経時信頼性試験(塩酸剥離試験、水和反応試験)の結果を表1に示す。なお、評価条件は以下に示す通りである。
【0076】
[導電性試験]
作製した実施例1〜5、比較例1〜2の導電物被覆アルミニウム材の導電性を次のようにして評価した。まず、作製した実施例1〜5、比較例1〜2の導電物被覆アルミニウム材から、試験試料として、幅20mm、長さ100mmの矩形状に切断した試料を準備した。サンドペーパーを用いて、この試料の一部において表層の導電物層を削り落とした。このようにして作製された試験試料のアルミニウム部と導電物層の各表面に、テスター(三和電気計器(株)製DIGITAL MULTIMETER PM5)の導通チェックモードを使って、各端子を押し当て導電性を確認した。その評価結果を表1の「導電性」に示す。
【0077】
[経時信頼性試験:塩酸剥離試験]
まず、作製した実施例1〜5、比較例1〜2の導電物被覆アルミニウム材から、試験試料として、幅10mm、長さ100mmの短冊状に切断した試料を準備した。そして、この試験試料を、80℃、1M(Mは、体積モル濃度[mol/リットル]を意味する)の塩酸溶液中に浸漬し、有機物層2(比較例1〜2においては炭素含有層)が完全に剥離するまでの時間を測定した。その測定された時間を表1の「塩酸剥離時間」に示す。
【0078】
[経時信頼性試験:水和反応試験]
まず、作製した実施例1〜5、比較例1〜2の導電物被覆アルミニウム材から、試験試料として、幅65mm、長さ70mmのサイズに切り出した試料を準備した。そして、この試験試料を、80℃に加熱した純水に60分間浸漬し、水和反応により発生したガスを回収し、その体積を測定し、その測定された体積を水和反応の量と評価した。その量を表1の「水和反応量」に示す。
【0079】
【表1】

【0080】
表1の結果から、実施例1〜5の導電物被覆アルミニウム材では、比較例1〜2の導電物被覆アルミニウム材に比べて、水和反応が抑制されており、有機物層のアルミニウム材への密着性に優れた特性を示した。
【0081】
これは、実施例1〜5の導電物被覆アルミニウム材が以下の作用効果を奏することを実証している。すなわち、実施例1〜5の導電物被覆アルミニウム材は、導電物としてカーボンブラック粒子を含んでおらず、アルミニウム箔1の表面に有機物層2が形成されている。この有機物層2が非常に緻密な構造を有しているので、高温度、高湿度の雰囲気中で長期間曝された場合において、雰囲気中に含まれる水分の侵入を抑制できるようになる。また、この有機物層2は、炭素前駆体を含むので、この炭素前駆体の存在によりアルミニウム箔1の表面に炭素粒子を担持させなくても導電性を確保することが可能となる。その結果として、従来の導電物被覆アルミニウム材に比べて、高湿度の雰囲気中での水分との水和反応を抑制しつつ、導電性を確保することができ、従来よりも高温、高湿度の過酷な雰囲気中で本発明の導電物被覆アルミニウム材を長期間使用することが可能になると推察される。
【0082】
今回開示された実施の形態と実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考慮されるべきである。本発明の範囲は以上の実施の形態と実施例ではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての修正と変形を含むものであることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
この発明の導電物被覆アルミニウム材を用いて、電気二重層キャパシタ、アルミニウム電解コンデンサ、機能性固体コンデンサ等のキャパシタの電極や集電体、リチウムイオン電池等の二次電池の集電体や電極などの電極構造体を構成することにより、キャパシタや電池の容量特性、内部抵抗特性、充放電特性、寿命を高めることができる。
【符号の説明】
【0084】
1:アルミニウム箔、2:有機物層、3:介在層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム材と、
前記アルミニウム材の表面上に形成された有機物層と、
前記アルミニウム材と前記有機物層との間で前記アルミニウム材の表面の少なくとも一部の領域に形成された、アルミニウムの炭化物を含む介在層とを備え、
前記有機物層は炭素前駆体を含む、導電物被覆アルミニウム材。
【請求項2】
前記炭素前駆体は、少なくとも炭素および水素の元素を含み、かつ、ラマン分光法によって検出されたラマンスペクトルにおいてラマンシフトが1350cm−1付近または1580cm−1付近にラマン散乱強度のピークを有する、請求項1に記載の導電物被覆アルミニウム材。
【請求項3】
前記有機物層は、450℃以上660℃未満の温度範囲で1時間以上100時間以下の範囲内での加熱により揮発しない物質から形成される、請求項1に記載の導電物被覆アルミニウム材。
【請求項4】
当該導電物被覆アルミニウム材は、電極構造体を構成するために用いられる、請求項1に記載の導電物被覆アルミニウム材。
【請求項5】
前記電極構造体はキャパシタの集電体および電極である、請求項4に記載の導電物被覆アルミニウム材。
【請求項6】
前記電極構造体は電池の集電体および電極である、請求項4に記載の導電物被覆アルミニウム材。
【請求項7】
アルミニウム材の表面に、樹脂層を形成する樹脂層形成工程と、
前記樹脂層が形成されたアルミニウム材を、炭化水素含有物質を含む空間に配置して、加熱することにより、炭素前駆体を含む有機物層を形成する有機物層形成工程とを備える、導電物被覆アルミニウム材の製造方法。
【請求項8】
前記樹脂層形成工程は、樹脂と溶媒とを混合する工程を含む、請求項7に記載の導電物被覆アルミニウム材の製造方法。
【請求項9】
前記有機物層形成工程は、450℃以上660℃未満の温度範囲で行う、請求項7に記載の導電物被覆アルミニウム材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−215964(P2010−215964A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−64187(P2009−64187)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(399054321)東洋アルミニウム株式会社 (179)
【Fターム(参考)】