説明

屈折率分布計測方法および屈折率分布計測装置

【課題】被検物の屈折率分布を高精度に計測する。
【解決手段】屈折率分布計測方法は、媒質M中における被検物140の配置が互いに異なる複数の配置について、第1の波長による被検物の第1の透過波面の計測結果と基準被検物が該媒質中にて被検物の配置と同じ配置とされているときの第1の波長による透過波面との差分である第1の波面収差を複数の配置について算出し、第2の波長による被検物の第2の透過波面の計測結果と基準被検物が該媒質中において被検物の配置と同じ配置とされているときの第2の波長による透過波面との差分である第2の波面収差を複数の配置について算出する。第1及び第2の波面収差に基づいて、被検物の形状成分を除去しつつ、複数の配置のそれぞれにおける被検物の屈折率分布投影値を取得し、複数の配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて被検物の3次元屈折率分布を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屈折率分布計測方法および屈折率分布計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、被検物とほぼ等しい屈折率を有する媒質(マッチングオイル)に被検物を浸漬した状態で透過波面を計測することによって被検物の屈折率分布を求める方法を提案している。特許文献2は、被検物に対して僅かに屈折率が異なる2種類のマッチングオイルのそれぞれに被検物を浸漬した状態で透過波面を計測することによって、被検物の屈折率分布を求める方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平01−316627号公報
【特許文献2】特開平02−008726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1と2に開示された方法は、被検物の屈折率とほぼ等しい屈折率を有するマッチングオイルを用意する必要である。しかしながら、屈折率が高いマッチングオイルは透過率が低く、検出器から小さな信号しか得られないため、屈折率が高い被検物の計測精度が低下しやすかった。
【0005】
本発明は、被検物の屈折率分布を高精度に計測することができる屈折率分布計測方法および屈折率分布計測装置を提供することを例示的な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の屈折率分布計測方法は、被検物の屈折率とは異なる屈折率を有する媒質中に前記被検物を配置し、前記被検物に参照光を入射させて該被検物の透過波面を計測する計測ステップと、前記透過波面の計測結果を用いて前記被検物の屈折率分布を算出する算出ステップとを含む屈折率分布計測方法であって、前記計測ステップにおいて、前記媒質中における前記被検物の配置が互いに異なる複数の配置について、第1の波長による第1の透過波面と、前記第1の波長とは異なる第2の波長による第2の透過波面とを計測し、前記算出ステップにおいて、前記第1の透過波面の計測結果と、前記被検物と同一形状および特定の屈折率分布を有する基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第1の波長による透過波面との差分である第1の波面収差を前記複数の配置について算出し、前記第2の透過波面の計測結果と、前記基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第2の波長による透過波面との差分である第2の波面収差を前記複数の配置について算出し、前記第1の波面収差と前記第2の波面収差に基づいて、前記被検物の形状成分を除去しつつ、前記複数の配置のそれぞれにおける前記被検物の屈折率分布投影値を取得し、前記複数の配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて前記被検物の3次元屈折率分布を算出することを特徴とする。
【0007】
また、本発明の屈折率分布計測装置は、第1および第2の波長で発光する光源と、被検物の屈折率とは異なる屈折率を有する媒質中における被検物の配置を調整する調整手段と、前記光源からの光を用いて前記媒質中に配置された前記被検物の透過波面を計測する計測手段と、前記第1および第2の波長においてそれぞれ計測された第1の透過波面と第2の透過波面に基づいて前記被検物の屈折率分布を求める演算手段とを有する。前記計測手段によって、前記第1の透過波面と前記第2の透過波面を、前記媒質中における前記被検物の配置が互いに異なる複数の配置についてそれぞれ計測する。前記演算手段は、前記第1の透過波面の計測結果と、前記被検物と同一形状および特定の屈折率分布を有する基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第1の波長による透過波面との差分である第1の波面収差を前記複数の配置について算出し、前記第2の透過波面の計測結果と、前記基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第2の波長による透過波面との差分である第2の波面収差を前記複数の配置について算出し、前記第1の波面収差と前記第2の波面収差に基づいて、前記被検物の形状成分を除去しつつ、前記複数の配置のそれぞれにおける前記被検物の屈折率分布投影値を取得し、前記複数の配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて前記被検物の3次元屈折率分布を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、被検物の屈折率分布を高精度に計測することができる屈折率分布計測方法および屈折率分布計測装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】屈折率分布計測装置を示すブロック図である。(実施例1)
【図2】屈折率分布計測方法を示すフローチャートである。(実施例1)
【図3】基準被検物に定義された座標系と計測装置内での光線の光路を示す図である。(実施例1)
【図4】被検物の傾きを示す図である。(実施例1)
【図5】屈折率分布計測装置を示すブロック図である。(実施例2)
【図6】屈折率分布計測方法を示すフローチャートである。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0011】
図1は、後述する本発明の実施例(実施例2)に対する参考技術例としての実施例1の屈折率分布計測装置のブロック図である。屈折率分布計測装置は、被検物の屈折率とは異なる屈折率を有する2種類の媒質(例えば空気と水)の各々に被検物を浸漬配置した状態で光源からの参照光を被検物に入射させ、被検物の透過波面を計測する。そして、屈折率分布計測装置は、透過波面の計測結果を用いてコンピュータである演算部を使用して被検物の屈折率分布を算出する。本実施例においては、光源からの光を用いて媒質中に配置された被検物の透過波面を計測する計測手段としてトールボット(Talbot)干渉計を使用している。
【0012】
被検物140は、レンズ等の光学素子である。液槽130は、媒質1(例えば空気)または媒質2(例えば水)を収納している。空気もしくは水の屈折率は、被検物140の屈折率よりも0.01以上小さいものとする。
【0013】
レーザ光源(例えば、He−Neレーザ)100から光軸に沿って射出されたレーザ光101は、ピンホール板(光学部材)110のピンホール(PH)112を通過する際に回折する。ピンホール112で回折した回折光(参照光)102は、コリメータレンズ(CL)120により収束光103に変わる。
【0014】
収束光103は、液槽130内の媒質1または媒質2と被検物140とを透過する。本実施例は被検物140が軸周りに回転対称なレンズを想定する。ピンホール112の直径φは、回折光102を理想球面波と見なせる程度に小さく、物体側の開口数NAOとレーザ光源100の波長λとを用いて、以下の式を満たすように設計されている。
【0015】
【数1】

【0016】
λが600nmであり、NAOが0.3程度である場合は、ピンホール板110の直径φは2μm程度でよい。
【0017】
被検物140及び液槽130内の空気もしくは水を透過したレーザ光は、2次元回折格子である直交回折格子170を通り、検出器である撮像素子(CCDセンサ又はCMOSセンサ)180により撮像(計測)される。直交回折格子170と撮像素子180を、以下、「センサ」と呼ぶ場合がある。
【0018】
被検物140の像側の開口数(NA)が小さい場合、回折格子170と撮像素子180間の距離(トールボット距離)Zが、数式2で示されるトールボット条件を満たすと、撮像素子180上に回折格子170の偽解像が干渉縞として得られる。mは0を除く整数、dは回折格子170の格子ピッチ、Zは回折格子170から被検物140の像面までの距離であり、格子ピッチdは、被検物140の収差の大きさに応じて決められる。
【0019】
【数2】

【0020】
被検物140は、回転機構150により光軸に垂直な軸周りに回転可能に構成されていると共に、平行偏心機構160で光軸方向に相対移動可能である。回転機構150は、媒質中における被検物の配置を調整する調整手段として機能する。またコリメータレンズ120、回折格子170、撮像素子180も光軸に平行に設置された不図示のレール上を相対移動可能である。
【0021】
図2は、本実施例の屈折率分布計測方法を示すフローチャートであり、「S」はStep(ステップ)の略である。屈折率分布計測方法は、図1に示すマイクロコンピュータ等の演算部(演算手段)200によって、コンピュータプログラムに従って行われる。
【0022】
まず、図1に示すように、液槽130内に第1の屈折率を有する第1の媒質である媒質1(空気)を満たす(S10)。
【0023】
次に、ステップAに従って、液槽130内の媒質1に浸漬された被検物140の波面収差(第1の波面収差)W1を計測する(S20)。
【0024】
透過波面の計測結果には、被検物の屈折率分布と被検物形状の影響と被検物形状誤差の影響と計測システムによるオフセットが含まれる。ここから、被検物形状の影響と計測システムによるオフセットをシミュレーションによって計算し、透過波面の計測結果から差し引く。ステップAは波面収差W1を求めて残渣である被検物の屈折率分布と被検物形状誤差の影響の情報を取得する。
【0025】
ステップAでは、まず、各構成要素の光学配置、即ち、ピンホール板110、コリメータレンズ120、液槽130、回折格子170、撮像素子180の光軸方向の間隔、を決定する(S201)。かかる光学配置は、トールボット干渉計において撮像素子180の全面で回折格子170の偽解像を得るためにはNAを0.3程度以下に抑え、また、撮像素子180上の光束サイズが適切になるようにするためのものである。また、かかる光学配置は、後工程で撮像素子180上の位置と被検物140の位置とを関連付けるために、被検物140上の異なる位置を通った光が撮像素子180上で重ならないようにするためのものである。
【0026】
次に、決定された光学配置に従って各構成要素を配置すると共に被検物140とセンサの位置合わせを行う(S202)。位置合わせは、図1中の平行偏心機構160や不図示のレール上を相対移動することで行う。図1に示す被検物140は凹レンズであるが、凸レンズであれば液槽130の位置をコリメータレンズ120の集光位置よりも後方(回折格子170側)に設置することで、撮像素子180上の光束を適切なサイズにすることもできる。
【0027】
次に、屈折率分布が無い状態の理想的な屈折率分布(特定の屈折率分布)を想定して透過波面のシミュレーション波面Wsimを計算する(S203)。このように既知である形状(本実施例では被検物と同一形状)と既知である特定の屈折率分布を持つ被検物を本実施例では基準被検物と呼び、その透過波面を基準透過波面と呼ぶ。S203は、基準被検物が第1の媒質と第2の媒質のそれぞれにおいて被検物の配置と同じ位置に配置されているときの各透過波面を取得する。
【0028】
既知の屈折率分布は設計値でもよいし、計測値でもよい。シミュレーション波面Wsimは、基準被検物の各座標(x,y)における、数式3の関係に基づいて求められる。
【0029】
【数3】

【0030】
L1〜L5は、図3(b)に示される光線103に沿った各構成要素間の幾何学的距離である。光線103は、図3(a)に示す基準被検物141内のある点(x,y)を通る光線を模式的に示したものである。また、Nは空気の屈折率であり、Ngは、被検物141の理想的な屈折率(基準被検物の屈折率)を示す。即ち、基準被検物141は、被検物140の屈折率分布を既知の値に置き換えたものである。なお、ここでは式を簡略化するため、液槽130の壁の厚さは無視している。
【0031】
次に、被検物140を空気に浸漬した状態で第1の媒質中における被検物140の透過波面(第1の透過波面)Wを計測する(計測ステップ)(S204)。S204は、撮像素子180による干渉縞の画像の取得と、演算部200による透過波面の画像回復を含む。透過波面の画像回復(以下、波面回復ともいう)は、FFT(高速フーリエ変換)法によって行う。
【0032】
FFT法による波面回復は、収差が干渉縞のキャリア縞を乱す性質を利用して、キャリア縞と収差とを分離する方法である。具体的には、干渉縞に2次元FFTを行い、周波数マップに変換する。次に、周波数マップにおけるキャリア周波数の近傍部分のみを切り出してキャリア周波数が原点になるように座標変換をした上でiFFT(逆高速フーリエ変換)を行う。これにより、複素振幅マップの位相項が求められる。その結果得られた位相マップが透過波面となる。
【0033】
は、L1〜L5を用いて、以下の式のように表される。
【0034】
【数4】

【0035】
ここで、Nバーは、座標(x,y)における被検物140の光路方向に平均化された屈折率分布投影値、dLは、座標(x,y)における被検物140の厚み誤差である。
【0036】
次に、シミュレーション波面Wsimと透過波面Wの差分に相当する波面収差(第1の波面収差)W1を以下の式により求める(S205)。なお、ここでは式を簡略化するため、屈折率Ngは被検物140の光軸上の屈折率N(0,0)と等しいものと仮定している。
【0037】
【数5】

【0038】
S203は、S202、S204と独立しているため、S201〜S205の間であれば、どのタイミングで実施してもよい。
【0039】
次に、液槽130内に第2の屈折率を有する第2の媒質である媒質2(水)を満たした状態で、液槽130内に被検物140を設置する(S30)。次に、前述したステップAに従って、被検物140の波面収差(第2の波面収差)W2を計測する(計測ステップ)(S40)。ただし、Nは水の屈折率を示す。このとき、S204の計測ステップでは、被検物140を水に浸漬した状態で第2の媒質中における被検物140の透過波面(第2の透過波面)Wを計測する(S204)。
【0040】
【数6】

【0041】
次に、以下の式により、波面収差W1と波面収差W2とから被検物140の形状成分dLを除去することによって、被検物140の屈折率分布投影値を算出する(S50)。S50は、同じ位置に配置されている被検物の2つの波面収差W1とW2を使用して被検物の形状誤差の影響を除去することによって被検物140の屈折率分布の情報を含む屈折率分布投影値を取得する算出ステップである。但し、ここでは数式8の近似を用いた。
【0042】
【数7】

【0043】
【数8】

【0044】
これにより、被検物140に対して、光軸と被検物140の回転対称軸が一致している場合の傾きである第1の被検物傾きにおける屈折率分布投影値が求められる。屈折率分布投影値は、被検物140に入射した光の光路方向に平均化された屈折率であるため、3次元の屈折率分布情報を得るためには、第1の被検物傾きとは異なる傾きで被検物140に光を入射させて屈折率分布投影値を求める必要がある。以下、これについて説明する。 被検物140の屈折率分布投影値を複数方位から求めるために、被検物140の回転・偏心を行う(S61)。なお、S60の計測回数は求めたい屈折率分布により異なる。被検物140が軸周りに回転対称な形状であり、かつ屈折率分布も同じ軸周りに回転対称な分布を仮定できる場合には、計測回数は2回でもよい。例えば、光軸と被検物140の回転対称軸を一致させた配置(第1の被検物傾き)と、光軸と被検物140の回転対称軸を一致させない配置(第2の被検物傾き)である。
【0045】
図4は本実施例における第1の被検物傾き(図4(a))と第2の被検物傾き(図4(b))を示す図である。第1の被検物傾きにおいては、被検物140に対する入射光線103と射出光線104は図4(a)に示すようになり、第2の被検物傾きにおいては、入射光線103と射出光線105は図4(b)に示すようになる。
【0046】
少ない計測回数で精度良く3次元の屈折率分布情報を得るためには、複数の屈折率分布投影値の計測方位を大きく異ならせる方がよい。即ち、第1の被検物傾きと第2の被検物傾きを大きく異ならせる方がよい。このとき第2の被検物傾きは、図4(b)で示すように入射光線103が被検物140の第1面の端部と第2面の端部を通るように調整するとよい。ここで、第1面の端部とは被検物の光入射側の光学面である第1面のR面とコバとの境界を意味し、第2面の端部とは被検物の光出射側の光学面である第2面のR面とコバとの境界を意味する。
【0047】
本実施例では、S61において、被検物140を光軸方向に平行偏心させると共に光軸に垂直な軸周りに回転させ、図4(b)の位置および角度に被検物140を配置する。
【0048】
S61の後に、再度S10〜S50を行う。この繰り返しは、S60において屈折率分布投影値を算出するまでの計測回数が指定回数(本実施例では2回)になるまで行われる。
【0049】
計測回数が指定回数に到達した場合、得られた複数の屈折率分布投影値から3次元の屈折率分布を算出する(S70)。S70は、媒質中における被検物140の複数の異なる配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて被検物の3次元の屈折率分布の情報を取得する算出ステップである。3次元屈折率分布の算出は、3次元の屈折率分布を表現する多項式の係数を、これまでに求めた複数の屈折率分布投影値を再現するように決定してもよい。
【0050】
入射光線103を100本の光線で表記した場合、屈折率分布投影値は以下の式で表現される。
【0051】
【数9】

【0052】
バーとNバーはそれぞれ第1、第2の傾きにおける屈折率分布投影値である。また、求めたい3次元の屈折率分布Pを下記に示す12の多項式の係数で表現する。
【0053】
【数10】

【0054】
数式10の多項式の係数がそれぞれ単位量のときの屈折率分布投影値をUとすると、Uは以下の式で表現できる。
【0055】
【数11】

【0056】
このとき以下の等式を満たすようにPを求めるとPの各係数は、求めた複数の屈折率分布投影値を再現する係数となる。
【0057】
【数12】

【0058】
最小2乗法を用いる場合は、数式13のようにφを定義し、φ2が最も小さくなるようにPの各係数を決める。
【0059】
【数13】

【0060】
固有値分解法を用いる場合はU-1を求めることで、数式14のようにPを直接求めることができる。
【0061】
【数14】

【0062】
また、数式14の左辺から右辺を引いたものをφと定義してφ2が最も小さくなるようにPの各係数を決める等、両者の組合せを用いてもよいし、Pを求めるために他の既知の方法を用いてもよい。このようにして、3次元の屈折率分布Pを求めることで、本実施例における屈折率分布計測方法は終了する。
【0063】
以上説明したように、本実施例では、光源が発光した参照光を利用して2種類の媒質で被検物の2種類の波面収差を計測し、これから被検物の形状成分を除去した屈折率分布投影値を得、次に、光軸に対する被検物の角度を変えて同様に別の屈折率分布投影値を得る。そして、複数の屈折率分布投影値から被検物の3次元の屈折率分布を表現する多項式の係数を求める。これにより、被検物の屈折率が高い場合でも、その屈折率よりも低い屈折率を有する媒質を用いて、該被検物の内部屈折率分布を高精度に計測することができる。
【0064】
本実施例では、説明を簡略化するため、入射光線103を表現する光線本数や、3次元の屈折率分布を表現する多項式を適当に与えた。より一般的には、入射光をl本の光線で表記し、屈折率分布投影値の計測指定回数がm回、屈折率分布を表現する多項式がn項ある場合である。この場合も屈折率分布投影値Nバー、屈折率分布P、Pの各係数が単位量の場合の屈折率分布投影値Uを数式15のように設定すれば、数式12と同様の方法でPを求めることができる。
【0065】
【数15】

【0066】
本実施例のように、計測装置にトールボット干渉計を用いることで、被検物と媒質との屈折率差によって生じる大きな収差を計測することができる。トールボット干渉計は、ラテラルシアリング干渉計の一種であり、透過波面が横ずらし(シア)された自身の透過波面との差分を干渉縞として計測する。
【0067】
シアリング干渉計は、透過波面の波面形状の勾配に相当する量を求める計測手段である。透過波面の横ずらし量は、シア量と呼び、光束の直径に対するシア量の割合を、シア比と呼ぶ。シア比を小さくすることで、大きな透過波面収差に対しても、干渉縞が密にならない程度の小さい収差(シア波面)として計測が可能になる。
【0068】
シアリング干渉計では、一般に、シア比が小さすぎると、シア波面がノイズに埋もれて精度が落ちるため、シア比は瞳の直径に対して3〜5%程度が良いとされる。しかし、本実施例では、大きな収差の透過波面を小さいシア波面で計測するために、シア比を1.5%以下、好ましくは0.4〜0.9%程度まで小さく設定している。
【0069】
シア比は、トールボット距離Zと、撮像素子180上の干渉縞データの直径Dとを用いて(λZ)/(dD)により定義され、数式2と回折格子170上の光束の直径Dとを用いて(md)/Dとして定義される。このため、シア比と回折格子170の格子ピッチとは比例する。数式2から回折格子170のピッチはトールボット距離Zにも影響を与えるため、計測装置の構成要素間の干渉を考えて決定する必要がある。例えば、m=1のとき、Dが10〜20mm程度であるとすると、格子ピッチは40〜180μm程度が望ましい。
【0070】
本実施例では、2種類の媒質を空気と水としているが、屈折率が0.01程度以上異なる2種類の媒質であれば、媒質は限定されない。また、2種類の媒質は、同じ材料の温度を変えて屈折率を変えたものでもよい。
【0071】
また、本実施例では、トールボット干渉計を用いた場合について説明したが、これと異なるラテラルシアリング干渉計、ラジアルシアリング干渉計及びその他のシアリング干渉計を用いることもできる。
【実施例2】
【0072】
図5は、本発明の実施例である屈折率分布計測装置のブロック図である。本実施例の屈折率分布計測装置は、1種類の媒質Mと2種類の光源を用いて2回の透過波面計測を行って屈折率分布を求める。2種類の光源は、例えば、光源1としてHe−Neレーザ(第1の波長としての633nm)、光源2としてYAGレーザの2倍高調波(第1の波長とは異なる第2の波長としての532nm)を使用する。
【0073】
媒質Mは被検物140の屈折率とは異なる屈折率を有し、例えば、被検物より屈折率が小さく空気よりも屈折率が大きい。かかる媒質Mの例としては、水、屈折率が1.5〜1.8程度の低屈折率オイルがある。
【0074】
ピンホール板110は、光源1もしくは2から射出されたレーザ光を用いて、理想球面波を有する光(参照光)を生成する。この光は図1と同様に被検物140を通過し、その透過波面が波面計測センサであるシャックハルトマンセンサ500により計測される。シャックハルトマンセンサ500は光路に沿って光源側から順にレンズアレイ510と撮像素子520を有する。
【0075】
実施例1と同様にコリメータレンズ120、液槽130、センサ500は光軸に平行に配置された不図示のレール上に配置されている。これらの素子をレール上に動かすことで、被検物140に入射する光束を発散光束、平行光束及び収束光束のいずれにも変更することができる。これにより、シャックハルトマンセンサ500に入射する光束のNAを調節することができる。
【0076】
シャックハルトマンセンサは、トールボット干渉計に比べて、センサに入射する光束のNAを厳しく管理する必要があるが、回折格子170とCCD160をトールボット距離に合わせる作業が不要になるため、センサ500の位置合わせは容易になる。
【0077】
シャックハルトマンセンサ500は、レンズアレイ510に入射した光を、CCDに集光させる。レンズアレイ510に傾いた透過波面が入射すると、集光点の位置がずれる。シャックハルトマンセンサ500は、透過波面の傾きを集光点の位置ずれに換算して計測できるため、大きな収差を持つ波面の計測が可能である。
【0078】
図6は、本実施例の屈折率分布計測方法を示すフローチャートであり、「S」はStep(ステップ)の略である。屈折率分布計測方法は、図5に示すマイクロコンピュータ等の演算部(演算手段)200によって、コンピュータプログラムに従って行われる。図6の大半は図2の計測フローと同じであるため両者の違いのみを説明する。
【0079】
まず光源1の光をピンホール板110に入射し(S11)、第1の波長による波面収差W1の計測を行う(S20)。続いて光源1とは波長の異なる光源2をピンホール板110に入射し(S31)、波面収差W2の計測を行う(S40)。それぞれのステップで得られる波面収差は以下の数式で表現できる。
【0080】
【数16】

【0081】
ここで、NHeNeバー、NYAGバーは、それぞれ第1の光源(He−Neレーザ)、第2の光源(YAG2倍高調波)における被検物内(x,y)の位置における屈折率投影値である。NgHeNe、NgYAGはそれぞれの光源における被検物の理想的な屈折率(基準被検物の屈折率)である。NoilHeNe、NoilYAGはそれぞれの光源における媒質の屈折率である。
【0082】
また、第1の光源における屈折率と第2の光源における屈折率は下記の近似の関係があるものとする。
【0083】
【数17】

【0084】
数式16、17を用いて、波面収差W1と波面収差W2とから被検物140の形状成分dLを除去することによって、屈折率分布投影値を求めることができる(S51)。
【0085】
【数18】

【0086】
その後、S60、S61、S70を行い計測は終了となる。
【0087】
ここで数式18に着目すると数式20のΨが大きいと計測値W1,W2の誤差を低減できることがわかる。
【0088】
【数19】

【0089】
例えば、媒質が空気の場合Noil≒1であるため、Ψ≒0となり計測できない。また、例えば、被検物の屈折率が波長によってあまり変化しないと見なせる場合は、NgYAG≒NgHeNeであるため、数式19は数式20で表される。
【0090】
【数20】

【0091】
この場合は、第1の光源と第2の光源の間で、屈折率差が大きい媒質を選べばよい。このようにΨを大きくするためには、被検物の屈折率も考慮して媒質を決定する必要がある。
【0092】
本実施例の計測装置は、透過波面の波面形状の勾配又は光線の傾きに相当する量を計測可能であり、大きな収差を持つ透過波面においても、該勾配又は傾きを計測可能な物理量として検出することができるものであればよい。このため、シャックハルトマン法に限らず、ハルトマン法やロンキーテストを用いた計測装置を用いてもよい。
【0093】
実施例1及び実施例2で説明した屈折率分布計測装置(屈折率分布計測方法)によって計測された結果は光学素子の製造方法に適用することができる。光学素子の製造方法は、設計された光学素子に基づいて光学素子をモールド成形するステップと、成形された光学素子の形状を計測し、形状精度を評価するステップと、形状精度を満足する光学素子の光学性能を評価するステップと、を有する。そして、光学性能を評価するステップに、本実施例の屈折率分布計測方法を適用することができる。評価された光学性能が、要求する仕様を満足しなかった場合には、光学素子の光学面の補正量が算出され、その結果を用いて再度、光学素子を設計し、満足する場合には光学素子を量産する。
【0094】
本実施例の光学素子の製造方法により、光学素子の内部屈折率分布を高精度に計測することができるので、高屈折率硝材を用いた光学素子であっても、モールド成形で精度良く量産することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
屈折率分布計測装置は光学素子を製造する用途に適用することができる。
【符号の説明】
【0096】
1、2、M 媒質
140 被検物
200 演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物の屈折率とは異なる屈折率を有する媒質中に前記被検物を配置し、前記被検物に参照光を入射させて該被検物の透過波面を計測する計測ステップと、前記透過波面の計測結果を用いて前記被検物の屈折率分布を算出する算出ステップとを含む屈折率分布計測方法であって、
前記計測ステップにおいて、前記媒質中における前記被検物の配置が互いに異なる複数の配置について、第1の波長による第1の透過波面と、前記第1の波長とは異なる第2の波長による第2の透過波面とを計測し、
前記算出ステップにおいて、
前記第1の透過波面の計測結果と、前記被検物と同一形状および特定の屈折率分布を有する基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第1の波長による透過波面との差分である第1の波面収差を前記複数の配置について算出し、
前記第2の透過波面の計測結果と、前記基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第2の波長による透過波面との差分である第2の波面収差を前記複数の配置について算出し、
前記第1の波面収差と前記第2の波面収差に基づいて、前記被検物の形状成分を除去しつつ、前記複数の配置のそれぞれにおける前記被検物の屈折率分布投影値を取得し、前記複数の配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて前記被検物の3次元屈折率分布を算出することを特徴とする屈折率分布計測方法。
【請求項2】
前記複数の配置は、前記被検物への入射光線が前記被検物の光入射側の光学面とコバとの境界を通ると共に光出射側の光学面とコバとの境界を通る配置を含むことを特徴とする請求項1に記載の屈折率分布計測方法。
【請求項3】
光学素子をモールド成形するステップと、請求項1又は2に記載の屈折率分布計測方法を用いて前記光学素子の屈折率分布を計測することによって、成形された光学素子の光学性能を評価するステップと、を含むことを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項4】
第1および第2の波長で発光する光源と、被検物の屈折率とは異なる屈折率を有する媒質中における被検物の配置を調整する調整手段と、前記光源からの光を用いて前記媒質中に配置された前記被検物の透過波面を計測する計測手段と、前記第1および第2の波長においてそれぞれ計測された第1の透過波面と第2の透過波面に基づいて前記被検物の屈折率分布を求める演算手段とを有する屈折率分布計測装置であって、
前記計測手段によって、前記第1の透過波面と前記第2の透過波面を、前記媒質中における前記被検物の配置が互いに異なる複数の配置についてそれぞれ計測し、
前記演算手段は、
前記第1の透過波面の計測結果と、前記被検物と同一形状および特定の屈折率分布を有する基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第1の波長による透過波面との差分である第1の波面収差を前記複数の配置について算出し、
前記第2の透過波面の計測結果と、前記基準被検物が前記媒質中において前記被検物の配置と同じ配置とされているときの前記第2の波長による透過波面との差分である第2の波面収差を前記複数の配置について算出し、
前記第1の波面収差と前記第2の波面収差に基づいて、前記被検物の形状成分を除去しつつ、前記複数の配置のそれぞれにおける前記被検物の屈折率分布投影値を取得し、前記複数の配置に対応する複数の屈折率分布投影値に基づいて前記被検物の3次元屈折率分布を算出することを特徴とする屈折率分布計測装置。
【請求項5】
前記計測手段はシアリング干渉計を有することを特徴とする請求項4に記載の計測装置。
【請求項6】
前記計測手段はシャックハルトマンセンサを有することを特徴とする請求項4に記載の計測装置。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−88342(P2012−88342A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−27123(P2012−27123)
【出願日】平成24年2月10日(2012.2.10)
【分割の表示】特願2010−119636(P2010−119636)の分割
【原出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】