説明

巻取式電子ビーム蒸着装置

【課題】電子ビームの幾何学的制約によって加熱が不均一になる問題を回避し、蒸発安定化及び蒸着膜の均一化を図ることで、蒸着フィルムの収率及び生産性が向上する巻取式電子ビーム蒸着装置を提供する。
【解決手段】蒸発原料移動台18の上に設置された昇華性蒸発原料17の電子ビームによる加熱が不十分な部分と成膜ロール15との間に電極22を設置する。加熱が不十分な部分と電極22との間に正電位の直流のバイアス電圧を印加することで、昇華性蒸発原料17の幅方向の蒸発速度が均一化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空成膜のなかでも蒸着に特化した装置に関する。特に蒸着フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品や日用品、医薬品の包装分野では、内容物の変質を防止することが求められてきた。これら内容物の変質は、酸素や水蒸気などのガスが包装材料を透過して内容物と反応することに起因する。よって、酸素や水蒸気などのガスを透過させない性質(ガスバリア性)を備えていることが求められており、温度、湿度などに影響されないアルミニウムなどの金属箔やアルミニウム蒸着フィルムが用いられてきた。ところが、アルミニウムなどの金属箔やアルミニウム蒸着フィルムを用いた包装材料は、ガスバリア性に優れるが、包装材料を透視して内容物を確認することができないだけではなく、使用後の廃棄の際は不燃物として処理しなければならない点や、包装後の内容物などの検査の際に金属探知器が使用できない点などの欠点を有していた。また、包装用途では、少なくとも酸素や水蒸気の進入で耐久性が劣化するようなエレクトロニクス部材等にもガスバリア性が必要とされる。同時に可視光線の透過が求められるときは、金属箔やアルミニウム蒸着フィルムでは対応しきれない問題があった。
【0003】
そこで、これらの欠点を克服した包装用材料として、最近では酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化アルミニウム、酸化珪素などの無機酸化物を透明な基材フィルム上に蒸着した蒸着フィルムが上市されている。これらの蒸着フィルムは透明性及び酸素、水蒸気等のガス遮断性を有していることが知られ、金属箔などでは得る事が出来ない透明性、ガスバリア性の両方を有する包装材料として好適とされている。特に酸化珪素膜は酸素と水蒸気の遮断性が優れている。この酸化珪素膜を得る蒸発原料として一般的に用いられる一酸化珪素(SiO)は、昇華で蒸発するため不安定である問題に関して安定化への加熱方法の試みが成されている(特許文献1)。また、イオンプレーティング法では発生させたプラズマの均一性を工夫することで膜厚の安定性を得る試みがなされている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3453190号公報
【特許文献2】特開平6−264225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記文献には原料への安定的な加熱方法やプラズマの均一性についての記載はあるものの、昇華性の蒸発原料を均一に蒸発させる試みには触れられていない。
【0006】
本発明では、昇華性の蒸発原料を用いた場合に電子ビームの幾何学的制約によって加熱が不均一になる問題を回避し、蒸発安定化及び蒸着膜の均一化を目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1の発明は、真空チャンバー内に樹脂フィルム基材を連続的に供給する巻取機構と、電子ビームにより昇華性蒸発原料を加熱することで、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に真空蒸着させる成膜機構を備えた巻取式電子ビーム蒸着装置において、前記昇華性蒸発原料が前記樹脂フィルム基材の搬送方向に対して平行に移動することで、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に連続して蒸着させる機構を備え、前記電子ビームを照射する電子銃から前記昇華性蒸発原料の加熱部分までの最短距離より長い距離にある加熱部分の一部又は全部と、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に蒸着させるための成膜ロールとの間に電極が設置され、前記加熱部分と前記電極との間に正電位の直流のバイアス電圧を印加することを特徴とする巻取式電子ビーム蒸着装置である。
【0008】
請求項2の発明は、前記バイアス電圧が50〜400Vであることを特徴とする、請求項1記載の巻取式電子ビーム蒸着装置である。
【0009】
請求項3の発明は、前記昇華性蒸発原料が酸化珪素化合物であることを特徴とする、請求項1から2記載の巻取式電子ビーム蒸着装置である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、昇華性の蒸発原料を用いた場合に、電子ビームの幾何学的制約によって加熱が不均一になる問題を回避し、蒸発安定化及び蒸着膜の均一化を図ることで、蒸着フィルムの収率及び生産性が向上する巻取式電子ビーム蒸着装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の巻取式電子ビーム蒸着装置の最も簡単な構成を示す説明図である。
【図2】本発明の巻取式電子ビーム蒸着装置の電極の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。図1を用いて説明をすると、昇華性蒸発原料17は、耐熱性を有する蒸発原料移動台18の上に設置され、昇華性蒸発材料17に電子銃16から照射される高エネルギーの電子が衝突することで加熱蒸発する。巻出ロール13から巻出された樹脂フィルム基材12は、昇華性蒸発原料17を樹脂フィルム基材12表面に蒸着させるための成膜ロール15へ送られる。樹脂フィルム基材12に、成膜室20内で昇華性蒸発材料17を蒸着させた後、樹脂フィルム基材12は、成膜ロール15から離れ巻取られて巻取ロール14となる。蒸発原料移動台18は、一定速度で樹脂フィルム基材の搬送方向に対して平行移動をする。速度は材料の消費量によって変更することができ,昇華材料の特性に沿って随時調整をすることができる。平行移動の方向は樹脂フィルム基材の搬送方向と同方向もしくは逆方向の往復移動をすることもできる。成膜ロール15は冷却を行い、成膜過程で生じた熱による樹脂フィルム基材12の浮きを少なくしている。
【0013】
樹脂フィルム基材は、特に限定されるものではなく公知のものを使用することができる。例えばポリオレフィン系(ポリエチレン、ポリプロピレン等)、ポリエステル系(ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等)、ポリアミド系(ナイロン−6、ナイロン−66等)、ポリスチレン、エチレンビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリイミド、ポリビニルアルコール、ポリカーボネイト、ポリエーテルスルホン、アクリル、セルロース系(トリアセチルセルロース、ジアセチルセルロース等)などが挙げられるが特に限定されない。実際的には、用途や要求物性により適宜選定をすることが望ましく、限定をする例ではないが医療用品、薬品、食品等の包装には、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ナイロンなどがコスト的に用いやすく、電子部材、光学部材等の極端に水分を嫌う内容物を保護する包装には、ポリエチレンナフタレート、ポリイミド類、ポリエーテルスルホンなどのそれ自体も高いガスバリア性を有する基材を用いることが望ましい。また、基材フィルム厚みは限定するものではないが、用途に応じて、6μmから200μm程度が使用しやすい。
【0014】
昇華性蒸発原料は、例えば、酸化マグネシウム(MgO)、インジウム−スズ酸化物(ITO)や酸化珪素化合物である一酸化珪素(SiO)や二酸化珪素(SiO)が挙げられるが、これに限ったものではない。原材料が加熱した部分のみ蒸発する材料であればかまわないが、本発明の昇華性蒸発原料は、透明性と酸素と水蒸気の遮断性が特に優れている酸化珪素化合物であることが好ましい。
【0015】
本発明の昇華性蒸発原料は、冷却された原料台やルツボ内に置くことになるが、一定速度で樹脂フィルム基材の搬送方向に対して平行に移動させることが好ましい。電子ビームによる加熱部分を順次移動させることにより、昇華して消滅した原料部分に電子ビームが照射されることを防止し、長時間に渡り安定的かつ効率的に蒸発を行うことができる。昇華性蒸発原料の原料台もしくはルツボを移動のためにはさまざまな方法があるが公知の方法を用いることができる。一例としてはモーターを大気側に設置して回転駆動を真空側に導入しシャフトやチェーンによって方法がある。昇華性蒸発原料が電子ビームの照射範囲の中に一定量供給できる方法であれば構わない。また、原料台もしくはルツボの移動速度は昇華性蒸発原料の高さや加熱状態によって変えることができ、昇華性蒸発原料の蒸発速度にあわせて移動台もしくはルツボの移動速度を調整する。
【0016】
包装材料などに用いる透明バリア性薄膜は、真空成膜によって作成することがバリア性能や膜均一性の観点から好ましい。成膜手段は、真空蒸着法、スパッタリング法、化学的気相成長法(CVD法)などの公知の方法で作成することができるが、成膜速度が速く生産性が高いことから真空蒸着法が好ましい。その真空蒸着法の中でも特に電子ビーム加熱方式は成膜速度が照射面積や電子ビーム電流などで制御し易いことや材料への昇温降温が短時間で行える点で有効である。
【0017】
薄膜の膜厚は用途によって選ぶことができるが、10nm以下では薄膜の連続性に問題があり、また300nm越えるとカールやクラックが発生しやすくバリア性能に悪影響を与えかつ可撓性が低下するため、好ましくは20〜200nmである。
【0018】
図2に本発明の巻取式電子ビーム蒸着装置の電極22の簡単な一例を示す。電極22にて電圧を印加すると、昇華性蒸発原料17の電子ビーム照射面23、すなわち、昇華性蒸発原料17の加熱部分のうち、電圧が印加された部分の蒸発速度が早くなるため、電子ビームの幾何学的制約によって蒸発速度に差が発生するところを補充して、その差を少なくすることができ、膜厚均一性が向上する。
【0019】
このバイアス電圧による効果は次のように考えられる。電子ビームにて照射される箇所はマイナスの電位で帯電しており、それに対して電極はプラスに電圧を印加することで電極には蒸発原料からの二次電子が流れ、反対に蒸発原料にはイオン電流が流れ込む。これによって、電子ビームの照射面と電極からイオン電流の2つが合い重なり加熱が促進されて、バイアス電圧のかかる部分の蒸発速度が上昇する。
【0020】
電子ビームは、電子銃と昇華性蒸発原料との距離、および成膜ロールと昇華性蒸発原料が互いに水平に置かれるなどの制約から、電子銃から距離が遠いところが電子ビームの入射角度が低く、電子銃から距離の近いところが電子ビームの入射角度が高い。このことから、電子銃−蒸発原料の距離が近いほうが効率よく加熱でき蒸発速度が高くなるが、距離が遠いと蒸発速度が低くなる。この蒸発速度の差をバイアス電圧による蒸発速度上昇によって補充し、幅方向における膜厚均一性を向上できる。
【0021】
このバイアス電圧は50V以下であるとイオン電流が流れる効果が少なく、400V以上であるとアーク放電が発生しやすく電圧が数V程度まで降下することから、バイアス電圧は50Vから400Vが好ましい。
【0022】
バイアス電圧を加えるための電極は、蒸発粒子からの熱による変形を防ぐために水冷することが好ましい。また、材質は特に制限がないが減圧下で脱ガスの影響が少ない無酸素銅やステンレスなどの材質がより好ましい。
【実施例】
【0023】
[実施例1]
真空蒸着装置内に材料移動方向に対しての幅方向に蒸発材料として酸化珪素材料(SiO、大阪チタニウムテクノロジー社製)を500mm幅に並べた。移動方向と同じ方向には200mmに渡り材料を並べ、その高さは凡そ50mmになるように配置した。電極は、材料の左右端部の100mm幅を覆うように設置し、プラスの電圧が加わるように直流電源(Advanced Energy社製 MDX−10K)を接続した。樹脂フィルム基材はPET(ポリエチレンテレフタレート、東レ社製P60)の12μm厚のフィルムを用い、成膜する面の幅は400mmとなるように成膜ロールの開口マスク(図示せず)を調整した。電子銃の加速電圧を40kV、ビーム電流を0.25Aとして酸化珪素材料を電子ビームにより加熱した。成膜室圧力は8.3×10−3Paとして酸化珪素薄膜の膜厚が40nmとなるように巻取速度を調整して、電子ビーム加熱蒸着を行った。蒸発原料移動台は5mm/minの速度で電子ビーム加熱を開始し、電極にバイアス電圧を250V印加したところ電流が0.22A流れた。
【0024】
蒸着膜の実際の厚さは、蛍光X線(リガク社製 Supermini)でSi強度を測定し、前もって電子顕微鏡の断面観察から得られた検量線によって膜厚測定をした。幅方向の膜厚均一性は中心と中心から±100mmと中心から±180mmの5点を測定して比較した。また、膜厚均一性は、
(最大値−最小値)/平均値×100
より算出した。
【0025】
[比較例1]
電極にバイアス電圧を印加せずに実施例1と同様の条件で蒸着し、幅方向の膜厚均一性を確認した。
【0026】
[比較例2]
電極を1つとして材料500mm幅を覆うように設置しバイアス電圧を250V印加することで電流が0.24A流れた以外は実施例1と同様の条件で蒸着し、幅方向の膜厚均一性を確認した。
【0027】
[比較例3]
実施例1でのバイアス電圧を30Vとしたとき、電流が0.06A流れた以外は同様の条件で蒸着し、幅方向の膜厚均一性を確認した。
【0028】
表1に測定した膜厚とその膜厚均一性についての結果を示す。
【0029】
【表1】

【0030】
実施例1では、膜厚均一性が7.8%であるが比較例1〜3に対してはいずれも25%以上幅方向で膜厚の差が生じている。必要とされている薄膜の性能と膜厚にはそれぞれ個別の許容範囲があるが、幅方向広くしての大量生産する上での制約につながる。実施例1では、±180mmの箇所をバイアス電圧で補充することができて膜厚均一性が確保できた。比較例1や3では±180mmの箇所の成膜速度が遅いため中心との膜厚の差が生じてしまい、比較例2では全体的に成膜速度が上がったが実施例1のように中心との差を小さくすることはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
幅方向の均一安定性が確保できることで、蒸着フィルムの収率向上、生産性向上を提供する装置が得られる。また、蒸発原料の加熱源である電子ビームの位置的な制約を緩和することができるため、材料の使用効率が良くなりコストダウンの効果がある。
【符号の説明】
【0032】
10・・・真空ポンプ
11・・・巻取真空成膜装置
12・・・樹脂フィルム基材
13・・・巻出ロール
14・・・巻取ロール
15・・・成膜ロール
16・・・電子銃
17・・・昇華性蒸発原料
18・・・蒸発原料移動台
19・・・電子ビーム
20・・・成膜室
21・・・巻取室
22・・・電極
23・・・電子ビーム照射面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバー内に樹脂フィルム基材を連続的に供給する巻取機構と、
電子ビームにより昇華性蒸発原料を加熱することで、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に真空蒸着させる成膜機構を備えた巻取式電子ビーム蒸着装置において、
前記昇華性蒸発原料が前記樹脂フィルム基材の搬送方向に対して平行に移動することで、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に連続して蒸着させる機構を備え、
前記電子ビームを照射する電子銃から前記昇華性蒸発原料の加熱部分までの最短距離より長い距離にある加熱部分の一部又は全部と、前記昇華性蒸発原料を前記樹脂フィルム基材表面に蒸着させるための成膜ロールとの間に電極が設置され、
前記加熱部分と前記電極との間に正電位の直流のバイアス電圧を印加することを特徴とする、巻取式電子ビーム蒸着装置。
【請求項2】
前記バイアス電圧が50〜400Vであることを特徴とする、請求項1記載の巻取式電子ビーム蒸着装置。
【請求項3】
前記昇華性蒸発原料が酸化珪素化合物であることを特徴とする、請求項1から2記載の巻取式電子ビーム蒸着装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−174329(P2010−174329A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18089(P2009−18089)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】