説明

希土類−鉄−窒素系磁石粉末およびその製造方法、これを含むボンド磁石用樹脂組成物、並びにボンド磁石

【課題】粒子同士の凝集がなく、優れた耐候性を維持して高磁気特性を有する希土類−遷移金属−窒素系磁石粉末およびこれを含むボンド磁石用樹脂組成物、並びにボンド磁石を提供する。
【解決手段】希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末を有機溶媒中で粉砕して磁石粉末を製造する方法において、磁石合金粉末を粉砕した後、粉砕され凝集しあった磁石合金粉末を含むスラリを微粒化装置に供給し、この微粒化装置でスラリを高速攪拌し、磁石合金粉末に高速せん断力をかけることにより解凝することを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法;この製造方法によって得られることを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末;この希土類−鉄−窒素系磁石粉末を主成分とし、樹脂バインダーが配合されてなるボンド磁石用樹脂組成物;このボンド磁石用樹脂組成物を成形して得られるボンド磁石などにより提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐候性希土類−遷移金属−窒素系磁石粉末およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、粒子同士の凝集がなく、優れた耐候性を維持して高磁気特性を有する希土類−遷移金属−窒素系磁石粉末およびこれを含むボンド磁石用樹脂組成物、並びにボンド磁石に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、フェライト磁石、アルニコ磁石、希土類磁石等が、モーターをはじめとする種々の用途に用いられている。しかし、これらの磁石は、主に焼結法により製造されるため、一般に脆く、薄肉の物や複雑な形状のものを得るのが難しいという欠点を有している。それに加え、焼結時の収縮が15〜20%と大きいために、寸法精度の高いのもが得られず、精度を上げるには研磨等の後加工が必要であるという欠点もある。
【0003】
これに対し、磁石粉末と熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂などのバインダーとからなる樹脂結合型磁石(ボンド磁石)は、射出成形法等で製造され、形状自由度に優れている。 また、ボンド磁石に用いられる磁石粉末は、SrフェライトやBaフェライトがまだ主流ではあるものの、磁石成形品に対しさらなる小型化や高性能化が益々要求されるに伴って、近年は磁気特性に優れた希土類磁石粉末が用いられる事例が増えている。
【0004】
しかし、こうしたボンド磁石の中でも、特に、希土類元素を含む鉄系磁石粉末を用いたボンド磁石は、高温多湿雰囲気下において錆の発生や磁気特性の低下を起こしやすい。そこで、例えば、成形体表面に熱硬化性樹脂等のコーティング膜を形成して錆を抑制したり、燐酸塩被膜を粉末の表面に形成してからボンド磁石化することで高温多湿下雰囲気における耐候性を向上させている。
【0005】
また、Sm−Fe−N磁石で代表される希土類−鉄−窒素系磁石は、高性能かつ安価な磁石として知られているが、このSm−Fe−N系磁石粉末は、SmFe17であればx=3の組成で最大の飽和磁化を示すとされており(非特許文献1参照)、従来より、FeとSm金属を用いて高周波炉、アーク炉などで希土類−鉄合金を作製する溶解法や、FeあるいはFe,Sm等とCaを混合加熱処理する還元拡散法によって母合金を得たあと、これを窒化している。このようにして得られた粉末状の希土類−鉄−窒素系磁石は、保磁力の発生機構がニュークリエーション型であることから、次の工程において平均粒径が数μmから5μm程度になるまで微粉砕処理されている。
【0006】
また、特許文献1には、磁石粉末を媒体撹拌ミルによりアルコール中で粉砕し、乾燥させた後、バインダーであるポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等の熱可塑性樹脂に充填してボンド磁石を製造することが提案されている。さらに、この特許文献1では、粉砕中に燐酸塩被膜を粉末表面に生成させ、磁石粉末を数ミクロン〜サブミクロンの粉末とするが、この磁石粉末は、その表面に燐酸塩被膜が生成されているために粉末同士で凝集体を作ってしまう。
【0007】
また、Sm−Fe−N系磁石は、異方性磁石であるので、ボンド磁石の磁気特性を高めるために成形を磁場中で行い、磁石粉末を配向させる必要があるが、この磁石粉末を乾燥させ、バインダーと混練して成形したボンド磁石は、耐候性は優れているものの配向性がまだ充分ではなく、高飽和磁化、高残留磁化を備えることは達成されていなかった。
【0008】
そこで、本出願人は、特許文献2において、ビーズミルのような媒体攪拌ミルを用い、特定の条件の下で磁石粉末を粉砕することで、凝集度を抑制する方法を提案した。これにより、従来よりも大幅に磁石粉末同士の凝集を低減することができた。
【0009】
なお、高圧で圧送される磁石粉末を2流路に分岐し、左右対称に配置された加圧ノズルの左右入り口から中央部に加速しながら導入し、中央部において対向衝突させるジェットミルを用いても磁石粉末の凝集を解くことができるが、ジェットミルは乾式処理であることから、耐候性を向上させるために折角粉末表面に形成させた燐酸塩被膜が破壊されてしまい、磁石粉末の耐候性が低下するので実用的ではない。
【0010】
さらに、特許文献3には、粉砕したスラリを磨砕することにより、粒子の角を取り、粒子を丸くすることで配高度を高め、耐候性を損なわずに磁化を向上させる方法が提案されている。この方法によれば、確かに磁石特性は安定化すると思われるが、生産性が非常に悪く現実的な方法とは言えない。
このような状況下において、高い保磁力と優れた耐候性を有しつつ、さらに高飽和磁化、高残留磁化を有する希土類−鉄−窒素系磁石粉末を効率的に生産できる方法の出現が望まれていた。
【特許文献1】特開2002−124406号公報
【特許文献2】特開2004−60023号公報
【特許文献3】特開2005−240094号公報
【非特許文献1】T.Iriyama IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL.28, NO.5(1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、このような従来の状況に鑑み、希土類−鉄−窒素系合金粉末同士で凝集が起こらず、優れた耐候性を維持して高磁気特性を有する希土類−鉄−窒素系合金粉末が容易に得られる製造方法、それを用いたボンド磁石組成物、およびボンド磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、希土類−鉄−窒素系合金粉末を粉砕後、粉砕によって凝集し合った磁石粉末を含むスラリを微粒化装置に供給して高速攪拌することで、該磁石粉末同士の凝集が実質的になくなり、得られた凝集が抑制された磁石粉末を用いて、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等の熱可塑性樹脂をバインダーに配合し成形すれば、優れた耐候性を維持し、飽和磁化、残留磁化等の磁気特性が高められた希土類ボンド磁石を製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末を有機溶媒中で粉砕して磁石粉末を製造する方法において、粉砕され凝集し合った磁石合金粉末を含むスラリを微粒化装置に供給し、この微粒化装置内で該スラリを高速攪拌し、高速せん断力により磁石合金粉末を解凝することを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末が、還元拡散法によって得られたものであることを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法が提供される。
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末が、燐酸を含む有機溶媒中で粉砕されることを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第4の発明によれば、第1の発明において、上記微粒化装置の本体が、凝集しあった磁石合金粉末を含むスラリを受け入れて高速回転する攪拌子と、スラリに渦流を生じさせるスクリーンを有することを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法が提供される。
また、本発明の第5の発明によれば、第1の発明において、攪拌子の周速が20m/s以上であることを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法が提供される。
【0016】
また、本発明の第6の発明によれば、第1〜5のいずれかの発明に係り、前記製造方法によって得られる希土類−鉄−窒素系磁石粉末が提供される。
【0017】
一方、本発明の第7の発明によれば、第6の発明に係り、前記希土類−鉄−窒素系磁石粉末を主成分とし、樹脂バインダーが配合されてなるボンド磁石用樹脂組成物が提供される。
【0018】
また、本発明の第8の発明によれば、第7の発明において、ボンド磁石用樹脂組成物の流れ性の数値(JIS K−7210の流れ性試験に準拠)が、0.3cm/sec以上であることを特徴とするボンド磁石用樹脂組成物が提供される。
【0019】
さらに、本発明の第9の発明によれば、第7又は8の発明に係るボンド磁石用樹脂組成物を成形して得られることを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末を含むボンド磁石が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の希土類−鉄−窒素系合金粉末の製造方法によれば、微粉砕された希土類−鉄−窒素系合金粉末スラリを微粒化装置で高速攪拌処理するため、凝集が抑制された、高い飽和磁化、残留磁化を有する希土類−鉄−窒素系磁石粉末を得ることができると共に、粉砕時に粉末表面に燐酸塩皮膜を形成するため、優れた耐候性を備える希土類−鉄−窒素系磁石粉末を得ることができる。
また、得られた磁石粉末をポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等の熱可塑性樹脂バインダーと配合したボンド磁石用樹脂組成物は、高い流れ性を有し、成形性に優れるため、長期間安定して貯蔵でき、ボンド磁石を製造する際の取扱いが容易である。
さらに、この組成物を用いて成形したボンド磁石は、前記製造方法で得られた磁石粉末が備えていた、優れた耐候性を維持したまま、なおかつ飽和磁化、残留磁化等といった磁気特性についても優れているため、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の希土類−鉄−窒素系磁石粉末およびその製造方法、この磁石粉末を含むボンド磁石用樹脂組成物、希土類−鉄−窒素系磁石粉末ボンド磁石についてさらに詳しく説明する。
【0022】
1.希土類−鉄−窒素系合金粉末
本発明に用いる希土類−鉄−窒素系合金粉末は、その製造方法によって制限されず、溶解鋳造法や還元拡散法など公知の方法によって製造できる。特に好ましいのは、比較的容易に粉砕でき、低コストで生産性がよい還元拡散法により製造された合金粉末である。
【0023】
還元拡散法では、まず、希土類酸化物粉末、鉄粉末、およびその他の原料粉末を所定量混合し、さらに希土類酸化物粉末を還元するのに十分な還元剤を添加混合した後、この混合物を反応容器に投入し、非酸化性雰囲気(酸素が実質的に存在しない雰囲気)中において、還元剤が溶融する温度800℃以上、かつ、希土類−鉄系合金が溶融しない温度まで昇温、保持して加熱処理することにより、希土類酸化物を希土類元素に還元するとともに、この希土類酸化物を鉄粉末中に拡散させて、希土類−鉄系合金を合成する。
【0024】
希土類酸化物粉末としては、特に制限はないが、Sm、Gd、TbおよびCeから選択される少なくとも1種の希土類元素からなり、あるいは、さらにPr、Nd、Dy、Ho、Er、TmおよびYbから選択される少なくとも1種の希土類元素を含むものが好ましい。特に、Smが含まれるものが好ましい。なお、Smを含む場合、高い保磁力を得るためには、Smを希土類元素全体の60質量%以上、好ましくは、90質量%以上とする。
また、希土類酸化物粉末には、保磁力の向上、生産性の向上、さらに低コスト化のため、所定量のMn、Ca、Cr、Nb、Mo、Sb、Ge、Zr、V、Si、Al、Ta、またはCuなどの1種以上が添加されていてもよい。なお、希土類酸化物粉末の粒径は、特に制限はないが、反応性および作業性などの面から10μm以下であることが好ましい。
鉄粉末としては、特に制限はなく、還元鉄粉、ガスアトマイズ粉、水アトマイズ粉、カルボニル鉄粉および電解鉄粉などを用いることができる。また、鉄の20質量%以下をコバルトで置換した鉄粉末を用いてもよい。
なお、鉄粉末の粒径としては、平均粒径が35〜45μmの粉末を用いる(粒径が5〜60μmの粉末が80体積%以上占める粉末を用いる)ことが好ましい。用いる鉄粉末が大き過ぎると、希土類−Feを合成させるにあたって、希土類元素がFe中に拡散するのに非常に時間がかかり、一方、小さな鉄粉末は値段が高価であるため、製造コストの面で負担が大きくなり用いるのに適当とは言えないからである。
【0025】
また、還元剤としては、特に制限されないが、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および、これらの水素化物などを用いることができる。取り扱いの安全性とコストの面で、5メッシュ(タイラーメッシュ)以下に篩い分級した粒状金属カルシウムが好ましい。
【0026】
上記希土類酸化物粉末、鉄粉末、および還元剤は、所定量秤量され、次いで互いに充分に混合される。混合には、例えば、V字ブレンダ、S字ブレンダなど、公知の混合装置を用いることができる。
【0027】
次に、還元拡散処理により得られた反応生成物を密封容器に装入し、真空引き後、該反応生成物に対して所定条件で水素処理することにより、反応生成物に水素を吸蔵させる。これにより、反応生成物の粉砕性、および水中での崩壊性が改善され、破砕処理を施すことなく、反応生成物を、後の水中崩壊処理および水洗処理により細かく粉砕できるため、合金表面の酸化を抑制できる。
【0028】
また、水素処理は還元物の崩壊性を向上させ、焼結した粒子をばらばらにする効果があるため、余分な希土類元素リッチ相を酸洗で容易に除去できる。ここで、このような効果を奏する水素処理のメカニズムを以下に具体的に示すと、例えば、還元拡散で合成されたSm−Fe合金は、主相(SmFe17)の周りにSmリッチ相(SmFe、SmFe)が存在しており、そのSm−Fe合金を反応容器に入れ、水素中に放置すると主相、Smリッチ相はそれぞれSmFe17Hx、SmFeHx、SmFeHxと変化する。この時、主相の周りにあるSmリッチ相は、主相よりも格子の膨張率が大きいので、Smリッチ相が割れ、その結果、還元物が崩壊する。
【0029】
次に、得られた希土類−鉄系合金塊を、空冷、炉冷により、室温まで冷却した後、純水中に投入して、崩壊処理を施すとともに、酸化カルシウムや金属カルシウムなどとして残留する還元剤を溶解、除去する。水洗処理として、攪拌とデカンテーションを所定回数行うことにより、合金粉末を主体としたスラリが得られる。
【0030】
さらに、得られたスラリに対して酸洗処理を行う。酸洗処理では、残った水酸化カルシウムなどの除去と、磁石粉末の表面状態を活性に保つために過剰に添加した希土類元素によって生成した希土類元素リッチ相の除去を行う。この際、酸洗処理に用いる酸として、酢酸、塩酸、硝酸、硫酸等が使用される。
【0031】
得られた合金粉末から、酸を除去するための水洗処理を行い、合金粉末を乾燥することにより、希土類−鉄−窒素系合金粉末を得ることができる。
【0032】
本発明では、上記水素処理、湿式処理後、反応生成物に対して、所定の処理条件により、窒素ガス、あるいはアンモニアなどの雰囲気中で加熱し、合金の内部に窒素を導入することにより、窒化物とすることができる。窒化は300〜500℃の温度で3時間以上、例えば5〜10時間加熱して行うことが好ましい。
【0033】
2.微粉砕処理
さらに、得られた希土類−鉄−窒素系合金粉末を微粉砕する。微粉砕処理の手段は特に制限されないが、粉砕媒体としてセラミック製ボールやビーズを用いて有機溶媒中で攪拌するボールミルやビーズミルなどの撹拌媒体ミルを採用することが望ましい。
希土類−鉄−窒素系合金粉末を撹拌媒体ミルに入れ、所定の粒径まで微粉砕することにより、希土類−鉄−窒素系磁石粉末をスラリ化することができる。撹拌媒体ミルの回転速度は、他の条件にもよるが、1〜5m/s、好ましくは、1.5〜3m/sである。本発明においては、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末を有機溶剤中で粉砕して磁石粉末を製造するに際し、所定量の燐酸を添加することが好ましい。
【0034】
本発明に用いられる燐酸としては、特に制限はなく、市販されている通常の燐酸、例えば、85%濃度の燐酸水溶液を使用することができる。また、燐酸の添加方法は、最終的に所望の燐酸濃度となり、加えて粉砕で生じた新生破面が直ちに表面処理されるように、常に溶液中に燐酸が存在するようにしさえすれば、特に限定されず、例えば、媒体撹拌ミル等で粉砕するに際し、溶媒として用いる有機溶剤に粉砕開始前に一度に必要量全てを添加しても良いし、粉砕中に徐々に添加しても良い。なお、有機溶剤としては、特に制限はなく、通常はエタノールまたはイソプロピルアルコール等のアルコール類、ケトン類、低級炭化水素類、芳香族類、またはこれらの混合物が用いられる。
【0035】
燐酸の添加量は、粉砕後の磁石粉末の粒径、表面積等に関係するので一概には言えないが、通常は、粉砕する磁石合金粉末に対して0.1mol/kg以上2mol/kg未満であり、より好ましくは0.15〜1.5mol/kgであり、さらに好ましくは0.2〜0.4mol/kgである。添加量が0.1mol/kg未満であると磁石粉末の表面処理が十分に行なわれないため耐候性が改善されず、また大気中で乾燥させると酸化・発熱して磁気特性が極端に低下する。また、2mol/kg以上であると磁石粉末との反応が激しく起こって磁石粉末が溶解する。
【0036】
このように、磁石合金粉末の粉砕処理において、有機溶剤中に燐酸を適量添加することで、磁石粉末表面にメカノケミカル的な作用で均一な皮膜が形成される。ここで、均一な皮膜とは、磁石粉末表面を実質的に覆い、平均膜厚が5〜200nmの燐酸塩皮膜を指す。
また、磁石粉末を被覆する燐酸塩皮膜が均一となるために必要な水溶性燐酸基の付着量は、粉砕後の磁石粉末の粒径、表面積、皮膜厚等の条件によって変わってくるので一概には言えないが、乾燥処理された磁石粉末を純水に入れて密閉容器中100℃で10分の加熱を行い、水中に溶出してきた燐酸イオンをイオンクロマトグラフによって分析して付着量を求め、その結果に基づいて燐酸添加量の調整等を行いながら均一な皮膜の形成を図る。
【0037】
なお、媒体撹拌ミル中において、希土類−鉄−窒素系磁石粉末は、ボールの衝撃を受け凝集体を形成して、溶媒に分散したスラリ状態にある。燐酸塩皮膜に覆われたこの凝集体は、粒子の凝集力が強いため、このような状態では粒子が分散せず配向度が小さくなり、残留磁化が低くなるので、その後に樹脂組成物とし、さらにボンド磁石を製造する工程で最大エネルギー積が低下する。
【0038】
3.磁石粉末スラリの高速攪拌処理
上記問題について改善を図るべく、本発明では、微粉砕処理がなされた磁石粉末を含むスラリを微粒化装置に供給し、スラリの磁石粉末に高速剪断をかける高速攪拌処理を行う。
【0039】
本発明において、微粒化装置(以下、高速攪拌装置ともいう)は、スラリの磁石粉末に高速剪断をかけることができるものであれば、その構造や方式によって制限されるものではない。例えば、微粒化装置が、密閉構造の攪拌容器(以下、単に容器ともいう)であり、その内部に凝集しあった磁石合金粉末を含むスラリを受け入れて高速回転する攪拌子と、攪拌子の駆動装置と、スラリ供給管と、抜出管とを有する。スラリ供給管と抜出管は、相対的な位置関係にあり、容器底部と頂部に設置される。円筒状の撹拌容器内で撹拌子を高速回転させ、スラリを薄肉円筒状に回転させながら撹拌するものが一般的であるが、円筒状の撹拌容器の代わりに球形の容器を用いるものを用いても良い。また、容器内には幅10〜20mmのドーナツ状の堰板が設けられているもの、スラリに渦流を生じさせるスクリーンを有するものが好ましい。なお、攪拌子とスクリーンとは、別の部材として構成されたものでもよいし、攪拌子とスクリーンとを一体化させたものを用いても良い。
【0040】
また、攪拌子は、容器の内径に近い外径をもち、例えば、直径25〜180mm、厚さ0.5〜3mmの円板状ロータで、その材質は、ステンレス、窒化ケイ素、アルミナ、ジルコニアなどの超硬質材料である。この円板状攪拌子の外側に同心状に設置されるか、円板状攪拌子と一体化したスクリーンは、直径25〜200mm、高さ50〜500mmの円筒状で、その円筒側面部分に小さな孔が略等間隔に多数開けられている。攪拌子の円板状部分にも0.5〜3mmの直径の孔を設けることができる。攪拌子又はスクリーンと攪拌容器との間隙は、特に制限されるわけではないが、1〜10mmが好ましい。
【0041】
上記微粒化装置には、上記微粉砕された磁石粉末を含むスラリがポンプによって加圧・供給される。スラリは、容器の底部から供給してもよいし、頂部から供給してもよい。容器内に供給されたスラリは、駆動装置によって回転する攪拌子で運動エネルギーを与えられ、この際磁石粉末には高速せん断力が加わり、磁石粉末はスクリーンを通過する際に、互いに衝突、合流、分流、拡張作用を受けるので、微粉砕後に凝集していた粉末は解凝され凝集前の微粒子に戻され、有機溶媒中において均一に分散した単分散に近い状態となる。
【0042】
ここで、磁石粉末を含むスラリは、20m/s以上の周速で攪拌処理を施される必要がある。スラリを攪拌する周速が、20m/s未満では、磁石粉末へ加わるせん断力が弱く、互いに衝突、合流、分流、拡張作用が不十分となるため、凝集していた粉末を解凝させ凝集前の微粒子に戻すことができない。好ましい周速は、20〜200m/s、より好ましい周速は、20〜150m/sである。凝集していた磁石粉末が解凝されると、容器側面の孔を通り、出口側から出される。
本発明においては、スラリを容器内で連続的に撹拌できるが、少量のスラリを回分的に撹拌するバッチ処理で行ってもよい。スラリの供給量は、容器のサイズなどによって異なるので一概に規定できないが、攪拌子によって攪拌されたスラリが遠心力で容器側壁又はスクリーン側壁に厚さ1〜20mmほどのスラリの膜を形成する程度が好ましい。
【0043】
本発明においては、上記のようにして得られた磁石粉末に、表面処理剤を添加した後、不活性ガス中または真空中、100〜400℃の温度範囲で加熱処理を施すことが好ましい。100℃未満で加熱処理を施すと、磁石粉末の乾燥が十分進まずに安定な表面皮膜の形成が阻害され、また、400℃を超える温度で加熱処理を施すと、磁石粉末が過熱によるダメージを受けるためか、保磁力がかなり低くなるという問題がある。なお、表面処理剤としては、上記加熱温度で容易に表面を被覆でき、しかも高温でも分解しにくいシリコーンオイルなどが使用できる。また、乾燥時間は、加熱温度や処理剤の種類などによって異なるので一概に規定できないが、例えば、シリコーンオイルを用いて、100〜150℃で加熱する場合は、2〜5時間とすることができる。
【0044】
このようにして得られた希土類−鉄−窒素系磁石粉末は、その平均粒径が3〜30μmであり、より好ましいのは3〜20μmである。平均粒径が3μm未満だと、充分な磁気特性は得られる反面、製造コストが高くなり、30μmを超えると、優れた磁気特性が得られない場合がある。
本発明において得られた磁石粉末は、互いに凝集しておらず、表面が安定な皮膜で覆われているため、80℃相対湿度90%の環境下に24時間曝しても保磁力は殆ど変化せず、大幅な耐候性の改善が達成されていると共に、前述の通り、残留磁化、保磁力、最大エネルギー積、減磁曲線の角形性等の磁気特性は、いずれも高い値を示す。
【0045】
4.ボンド磁石用樹脂組成物
本発明の磁石粉末を用いてボンド磁石用樹脂組成物を製造する方法は、特に限定されず、例えば、以下に示すような公知の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂や添加剤を用いて製造することができる。
希土類−鉄−窒素系磁石粉末は、前記高速攪拌処理で解凝され、その後に乾燥処理を受けて再凝集するが、凝集力が弱いので樹脂組成物とする際に再び解凝され、得られたボンド磁石用樹脂組成物を磁場中で容易に配向させることができる。従って、得られた成形体は残留磁化の高いものになる。また、分散性が向上していることから、この磁石粉末を用いたボンド磁石用樹脂組成物の流れ性も向上するため、優れた成形性を持つようになる。
【0046】
なお、ボンド磁石用樹脂組成物の流れ性は、JIS K−7210の流れ性試験に準拠して測定した際の数値が0.3cm/sec以上であることが好ましく、より好ましい流れ性値は、0.4cm/sec以上である。流れ性が0.3cm/sec未満では、流動性が悪くて成形できない場合がある。
【0047】
(樹脂バインダー)
本発明で用いられる樹脂バインダーとしては、特に限定されず、通常の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂が使用できる。
熱可塑性樹脂としては、特に限定されないが、例えば、6ナイロン、6,6ナイロン、11ナイロン、12ナイロン、6,12ナイロン、芳香族系ナイロン、これらの分子を一部変性した変性ナイロン等のポリアミド樹脂、直鎖型ポリフェニレンサルファイド樹脂、架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、セミ架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、低密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレン樹脂、高密度ポリエチレン樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン−エチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマー樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル−スチレン共重合樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、メタクリル樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂、ポリ三フッ化塩化エチレン樹脂、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、エチレン−四フッ化エチレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリアリルエーテルアリルスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、酢酸セルロース樹脂、各種エラストマーや、イソプレンゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、ニトリルゴム等のゴム類等の単重合体や他種モノマーとのランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、他の物質での末端基変性品等が挙げられる。尚、これらの熱可塑性樹脂は、単独または二種類以上を組合せて用いることができる。
また、上記の熱可塑性樹脂の溶融粘度や分子量は、特に限定されないが、所望の機械的強度が得られる範囲で低い方が望ましく、また形状としてはパウダー、ビーズ、ペレット等を任意に選択し得るが、磁性粉組成物との均一混合性の観点からはパウダーが好ましい。
【0048】
一方、熱硬化性樹脂としては、特に限定されないが、例えば、エポキシ樹脂、ビニルエステル系エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、ビスマレイミド・トリアジン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フラン樹脂、熱硬化性ポリブタジエン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン系樹脂、シリコーン樹脂、キシレン樹脂等が挙げられる。なお、これらの熱硬化性樹脂は、単独または二種類以上を組合せて用いることもできるし、他種モノマーと組合せて用いても良い。
また、上記の熱硬化性樹脂の粘度、分子量、性状等は、特に限定されず、所望の機械的強度や成形性が得られる範囲であれば良く、磁性粉組成物との均一混合性や成形性の観点からはパウダーまたは液状が望ましい。
【0049】
バインダー樹脂の配合量は、磁石合金粉末100重量部に対して、通常5〜100重量部、好ましくは5〜50重量部である。バインダー樹脂の配合量が5重量部未満であると、組成物の混練抵抗(トルク)が大きくなって、流動性が低下して磁石の成形が困難となり、一方、100重量部を超えると、所望の磁気特性が得られない。
【0050】
(他の添加剤)
本発明のボンド磁石用樹脂組成物には、本発明の目的を損なわない範囲で、滑剤や安定剤等の添加剤を配合することができる。これらの添加剤の配合により、組成物の加熱流動性が一層向上し、成形性や磁気特性の向上が図れる。
滑剤としては、特に限定されないが、例えば、パラフィンワックス、流動パラフィン、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、エステルワックス、カルナウバ、マイクロワックス等のワックス類、ステアリン酸、1,2−オキシステアリン酸、ラウリン酸、パルミチン酸、オレイン酸等の脂肪酸類、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウム、ラウリン酸カルシウム、リノール酸亜鉛、リシノール酸カルシウム、2−エチルヘキソイン酸亜鉛等の脂肪酸塩(金属石鹸類)ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、エルカ酸アミド、ベヘン酸アミド、パルミチン酸アミド、ラウリン酸アミド、ヒドロキシステアリン酸アミド、メチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスラウリン酸アミド、ジステアリルアジピン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、ジオレイルアジピン酸アミド、N−ステアリルステアリン酸アミド等脂肪酸アミド類、ステアリン酸ブチル等の脂肪酸エステル、エチレングリコール、ステアリルアルコール等のアルコール類、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、およびこれら変性物からなるポリエーテル類、ジメチルポリシロキサン、シリコングリース等のポリシロキサン類、弗素系オイル、弗素系グリース、含弗素樹脂粉末といった弗素化合物、窒化珪素、炭化珪素、酸化マグネシウム、アルミナ、二酸化珪素、二硫化モリブデン等の無機化合物粉体等が挙げられ、これらの一種または二種以上を組合せて使用することができる。なお、滑剤の配合量は、磁石合金粉末100重量部に対して、通常は0.01〜20重量部、好ましくは0.1〜10重量部である。
【0051】
また、安定剤としては、特に限定されないが、例えば、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)セバケート、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)セバケート、1−[2−{3−(3,5−ジ−第三ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ}エチル]−4−{3−(3,5−ジ−第三ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ}−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、8−ベンジル−7,7,9,9−テトラメチル−3−オクチル−1,2,3−トリアザスピロ[4,5]ウンデカン−2,4−ジオン、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、こはく酸ジメチル−1−(2−ヒドロキシエチル)−4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン重縮合物、ポリ[[6−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)イミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル][(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ]ヘキサメチレン[[2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル]イミノ]]、2−(3,5−ジ・第三ブチル−4−ヒドロキシベンジル)−2−n−ブチルマロン酸ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)等のヒンダード・アミン系安定剤、または、フェノール系、ホスファイト系、チオエーテル系等の抗酸化剤等が挙げられ、これらの一種または二種以上を組合せて使用することができる。なお、安定剤の配合量は、磁石合金粉末100重量部に対して、通常は0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜3重量部である。
【0052】
上記の各成分の混合方法は、特に限定されず、例えば、リボンブレンダー、タンブラー、ナウターミキサー、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー等の混合機、あるいは、バンバリーミキサー、ニーダー、ロール、ニーダールーダー、単軸押出機、二軸押出機等の混練機を用いて実施される。得られるボンド磁石用樹脂組成物の形状は、パウダー状、ビーズ状、ペレット状、あるいはこれらの混合物の形であるが、取扱い易さの点で、ペレット状が望ましい。
【0053】
5.ボンド磁石
本発明のボンド磁石は、上記ボンド磁石用樹脂組成物を用いて所望の形状を有するように成形して得ることができる。
ボンド磁石を成形する成形法としては、従来からプラスチック成形加工等に利用されている射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、トランスファー成形法等の各種成形法を用いることができるが、これらの中でも、特に射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、および射出プレス成形法が好ましい。また、成形時に磁場を印加することで異方性のボンド磁石を製造することができる。
【0054】
上記のボンド磁石用樹脂組成物が熱可塑性樹脂を樹脂バインダーとする場合、組成物を樹脂の溶融温度で加熱溶融した後、所望の形状を有する磁石に成形する。射出成形法では、熱可塑性樹脂と磁石合金粉末を含む組成物を250℃以上の温度で溶融し、金型のキャビティー内に供給し、その後、冷却して成形体を取り出す。この場合、樹脂バインダーとしては、前記のとおり、例えば、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、液晶樹脂、ポリフェニレンサルファイド等の熱可塑性樹脂が使用可能である。
また、熱硬化性樹脂と磁石合金粉末を含む組成物を用いる場合は、流れ性のある状態で組成物を金型のキャビティー内に供給し、その後、樹脂の熱硬化温度以上に加熱し、得られた成形体を常温で取り出す。
【0055】
射出成形法においては、一般に、表面被膜を付与しない希土類−鉄−窒素系磁石粉末を使用した場合、磁石合金粉末と特定の樹脂バインダーとを混練して射出成形する際に混練トルクが高くなり、成形が困難となることがあるが、本発明の希土類−鉄−窒素系磁石粉末を使用した場合は、問題なく成形することができる。さらに、本発明において優れた磁気特性を引き出すために、微粒化された磁石粉末自体が燐酸塩皮膜で均一に被覆され、安定化されていることが好ましい。
【0056】
樹脂バインダーは、各構成成分を含めた状態で、磁石合金粉末100重量部に対して、2〜50重量部の割合で添加されるが、3〜20重量部、さらには10〜15重量部添加することが好ましい。樹脂バインダーの添加量が磁石合金粉末100重量部に対して2重量部未満の場合は、著しい成形体強度の低下や成形時の流れ性の低下を招く。また、50重量部を超えると、所望の磁気特性が得られない。
【0057】
また、圧縮成形法により成形を行う場合には、溶剤等で液状化した熱硬化性樹脂を本発明の磁石合金粉末と攪拌しながら混合して得られるボンド磁石用組成物を用いる。樹脂バインダーとしては、例えば、エポキシ樹脂、ポリビニルブチラール、フェノール樹脂等ほか、不飽和ポリエステルやビニルエステルなども使用可能である。樹脂バインダーの使用量は、本発明の希土類−鉄−窒素系磁石粉末に対して、通常、0.5〜15重量%であり、好ましくは、0.7〜10重量%である。樹脂バインダーが多過ぎると、得られるボンド磁石の磁気特性が不満足なものとなり、また、少な過ぎるとボンド磁石の強度が不満足なものとなる。
【0058】
以上のようにして得られた本発明に係るボンド磁石は、下記表1に示すように、希土類−鉄−窒素系磁石粉末ボンド磁石として、優れた耐候性と高磁気特性を備える産業上の利用性の高いものである。
【実施例】
【0059】
以下に、本発明の実施例および比較例を示すが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。なお、得られたボンド磁石用樹脂組成物、ボンド磁石の特性は次の方法で測定した。
【0060】
〔ボンド磁石用樹脂組成物の流れ性の測定〕
得られたボンド磁石用樹脂組成物に対し、(株)東洋精機製作所製メルトインデクサーを用い、測定温度:250℃、加熱時間:90sec、荷重:21.6kg、ダイ穴径φ:2.095mm、高さ:8mm、試料重量17.5gの条件でJIS K−7210に準拠した流れ性試験を行い、流れ性を測定した。測定値が、0.3cm/sec以上であれば合格と評価した。
【0061】
〔ボンド磁石の磁気特性〕
得られたボンド磁石をチオフィー型自記磁束計にて常温で磁気特性の測定を行った。また、80℃相対湿度90%で36時間保持した後のボンド磁石の磁気特性(保磁力)を測定し、従来品のそれと比較して同等以上であれば耐候性は十分であると評価した。
【0062】
(実施例1)
元拡散法を用いて作製した実質的にSmFe17の磁石粉末を用いて実験を行った。容器内部を窒素で置換した媒体撹拌ミルを用い、還元粉末1kgを1.5kgのイソプロパノール中で1時間粉砕して平均粒径3μmの磁石粉末を作製した。媒体撹拌ミルの回転数は2m/sとした。また、磁石粉末には、粉砕途中に85%オルトリン酸水溶液を粉末1kg当たり0.2モル添加して均一な燐酸塩皮膜を形成した。
次に、得られたスラリ(1000g)は、攪拌子を備えた高速攪拌装置(容器の直径150mm、高さ200mm、攪拌子の直径140mm)によって、回転子の周速40m/sで30秒間処理した。なお、高速攪拌装置として、攪拌子の外周に円筒状スクリーンが一体化し、容器内にドーナツ状堰板を1枚有するものを用いた。高速攪拌処理が終了後、イソプロパノールを濾過して得たケーキに、表面処理剤であるシリコーンオイルを0.1g添加、混合し、真空中、150℃で4時間の乾燥を行った。
【0063】
次いで、これらの磁石粉末を用い、磁石粉末の体積率が54%となるように、12ナイロンを磁石粉組成物100重量部に対して10重量部添加し、ラボプラストミルで混練してボンド磁石用樹脂組成物を作製した。
【0064】
得られたボンド磁石用樹脂組成物に対して、(株)東洋精機製作所製メルトインデクサーを用いて、JIS K−7210に準拠した流れ性試験を行い、流れ性を測定した。
【0065】
続いて、得られたボンド磁石用樹脂組成物を、インラインスクリュー式またはプランジャー式磁場発生装置付射出成形機を使用して、金型温度30〜180℃、成形温度100〜220℃で横Φ10×15mmの円筒試験用樹脂結合型磁石を成形した。なおSm−Co系とSm−Fe−N系磁石粉末を使用した時のみ、15〜20kOeの磁場中金型内にて成形を行った。
【0066】
得られた結果を表1に示す。磁化(Br)が高まり、最大エネルギー積((BH)max)も向上し、流れ性も従来品に比べて1.8倍程度高くなった。また、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性も従来例より向上した。
【0067】
(実施例2)
実施例1と同様に微粉砕を行った。次に得られたスラリ300gを高速攪拌装置によって、回転子の周速50m/sで30秒間処理した。
その後このスラリに実施例1と同様の処理を施し、ボンド磁石の磁気特性の測定を行った。
【0068】
得られた結果を表1に示す。磁化(Br)が高まり、最大エネルギー積((BH)max)も向上し、流れ性も従来品に比べて1.8倍程度高くなった。また、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性も従来例より向上した。
【0069】
(実施例3)
実施例1と同様に微粉砕を行った。次に得られたスラリ300gを高速攪拌装置によって、回転子の周速20m/sで30秒間処理した。
その後このスラリに実施例1と同様の処理を施し、実施例1と同様にボンド磁石の磁気特性の測定を行った。
【0070】
得られた結果を表1に示す。磁化(Br)が高まり、最大エネルギー積((BH)max)も向上し、流れ性も従来品に比べて1.8倍程度高くなった。また、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性も従来例より向上した。
【0071】
(従来例)
還元拡散法を用いて作製した実質的にSmFe17の磁石粉末を用いて実験を行った。容器内部を窒素で置換した媒体撹拌ミルを用い、還元粉末1kgを1.5kgのイソプロパノール中で1時間粉砕して平均粒径3μmの磁石粉末を作製した。媒体撹拌ミルの回転数は2m/sとした。また、磁石粉末には、粉砕途中に85%オルトリン酸水溶液を粉末1kg当たり0.2モル添加して均一な燐酸塩皮膜を形成した。
その後実施例1と異なり、スラリには攪拌処理を行わず、粉砕終了後に、イソプロパノールを濾過して得たケーキに、シリコーンオイルを0.1g添加、混合し、真空中、150℃で4時間の乾燥を行った。実施例1と同様にボンド磁石を作製し、その磁気特性を測定した。得られた結果を表1に示す。
【0072】
(比較例1)
実施例1と同様に微粉砕を行った。次に得られたスラリ300gを高速攪拌装置によって、回転子の周速を実施例1よりも低い15m/sで30秒間処理した。
その後このスラリに実施例1と同様の処理を施し、実施例1と同様にボンド磁石の磁気特性の測定を行った。
【0073】
得られた結果を表1に示す。従来品に対して流れ性、磁気特性は向上しなかったが、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性は多少向上した。
【0074】
(比較例2)
実施例1と同様に微粉砕を行った。次に得られたスラリ300gを超音波洗浄機(SHARP製、UYT−204)によって振動を与えて、出力最強で30分間処理した。
その後このスラリには撹拌処理を行わず、それ以外は実施例1と同様の処理を施し、実施例1と同様にボンド磁石の磁気特性の測定を行った。
【0075】
得られた結果を表1に示す。従来品に対して流れ性、磁気特性は向上しなかった。一方、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性は従来品と同等だった。
【0076】
(比較例3)
実施例1と同様に微粉砕を行った。次に得られたスラリ300gを撹拌機(スレーワンモータ TYPE HEIDOn1200G、撹拌羽根の直径:50mm)によって、周速5m/sで30分間処理した。
その後このスラリに実施例1と同様の処理を施し、実施例1と同様にボンド磁石の磁気特性の測定を行った。
【0077】
得られた結果を表1に示す。従来品に対して流れ性、磁気特性は向上しなかったが、80℃相対湿度90%で36時間保持した後の耐候性は多少向上した。
【0078】
【表1】

【0079】
表1の結果から、実施例1〜4で製造された本発明の磁石粉末は、微粉砕後20m/s以上の周速でスラリを高速攪拌処理後に、樹脂バインダーを混合してボンド磁石を作製しているので、粉末の凝集体が解凝され、樹脂組成物における流れ性が高まるため、配向度が向上して磁化が高まり、ボンド磁石の磁気特性が向上していることが分かる。また、粉砕時に燐酸皮膜を形成しているので、ボンド磁石は、80℃相対湿度90%で36時間保持した場合にも従来品以上の保磁力が得られている。これにより、実用上重要な要素である湿度環境下での耐候性についても良好であるといえる。
【0080】
これに対して、従来例では、磁石粉末が微粉砕後、スラリを攪拌処理せずに樹脂バインダーを混合してボンド磁石を作製しているので、粉末の凝集体が解凝されず、樹脂組成物における流れ性が悪く、ボンド磁石の磁気特性が不十分である。
また、比較例1では、磁石粉末スラリを攪拌処理しているが、周速が小さすぎたので、粉末の凝集体が解凝されず、樹脂組成物における流れ性が悪く、ボンド磁石の磁気特性が不十分である。比較例2,3も、同様に粉末の凝集体が解凝されないので、樹脂組成物における流れ性が悪く、ボンド磁石の磁気特性が不十分であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末を有機溶媒中で粉砕して磁石粉末を製造する方法において、磁石合金粉末を粉砕した後、粉砕され凝集し合った磁石合金粉末を含むスラリを微粒化装置に供給し、この微粒化装置内で該スラリを高速攪拌し、高速せん断力により磁石合金粉末を解凝することを特徴とする希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法。
【請求項2】
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末が、還元拡散法によって得られたものであることを特徴とする請求項1記載の希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法。
【請求項3】
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末が、燐酸を含む有機溶媒中で粉砕されることを特徴とする請求項1記載の希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法。
【請求項4】
上記微粒化装置が、凝集しあった磁石合金粉末を含むスラリを受け入れて高速回転する攪拌子と、スラリに渦流を生じさせるスクリーンを有することを特徴とする請求項1記載の希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法。
【請求項5】
媒体を撹拌するための攪拌子の周速が、20m/s以上であることを特徴とする請求項1記載の希土類−鉄−窒素系磁石粉末の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法によって得られる希土類−鉄−窒素系磁石粉末。
【請求項7】
請求項6記載の希土類−鉄−窒素系磁石粉末を主成分とし、樹脂バインダーが配合されてなるボンド磁石用樹脂組成物。
【請求項8】
ボンド磁石用樹脂組成物の流れ性の数値(JIS K−7210の流れ性試験に準拠)が、0.3cm/sec以上であることを特徴とする請求項7記載のボンド磁石用樹脂組成物。
【請求項9】
請求項8記載のボンド磁石用樹脂組成物を成形して得られるボンド磁石。

【公開番号】特開2010−1545(P2010−1545A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162959(P2008−162959)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】