説明

平板状物品の焼入れ熱処理方法

【課題】ベルトコンベアー等の搬送装置で平板状の被熱処理材を加熱・冷却するような連続的な焼入れ熱処理を行う際に、冷媒液への被熱処理材の浸漬方向を調整することによって熱処理変形量を抑制する。
【解決手段】被熱処理材へ作用する曲げモーメントへの抵抗力が最も低い断面内の冷却速度差が小さくなるような方向で、例えば三辺の寸法が異なる矩形平板状の被熱処理材を冷媒液に浸漬する場合には短辺と長辺からなる断面から冷媒液に浸かるように、被熱処理材を冷媒液に浸漬する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚が比較的薄い平板状の鋼材を、熱変形を抑えつつ焼入れ熱処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの駆動系部品として用いられるギアやプレートは、プレス加工で成形した後に焼入れ熱処理を行って強度や耐磨耗性を向上させて使用されている。
これらの部品は焼入れ熱処理のままで使用される場合が多く、焼入れ熱処理によって発生する熱処理変形は小さい範囲に抑制する必要がある。特にギア部品は、変形が大きいと噛み合い時に騒音が発生したり、耐久性が低下するといった不具合が生じるため、熱処理変形の抑制は非常に重要である。
【0003】
被熱処理材の焼入れ熱処理方法は、加熱炉によって所定条件で加熱された後に、一定温度に保たれた冷媒液によって冷却されて行われている。このような方法において熱処理変形を抑制する方法として、例えば特許文献1では冷媒液の冷却能変化が熱処理変形に影響していることに着目して、その冷却能を一定範囲内に抑えるために、使用する冷媒液として冷却剤を含む冷却水を用い、前記冷却剤の経時変化によって当該冷却水の冷却能の変化を一定範囲内にする熱処理変形制御方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−234233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、実際の焼入れ熱処理は、図1に見られるように、プレス加工した被熱処理材をベルトコンベアー等の搬送装置に載置して加熱炉に搬送して所定条件で被熱処理材を加熱し、そのまま搬送装置で冷媒槽直上まで運んだ後に冷媒槽に落下させて冷却している。
このため、被熱処理材は冷媒槽に一定方向で浸漬されず、様々な方向から冷却されることになる。このような状態になると、被熱処理材の各位置における冷却速度は被熱処理材によって異なってくるため、変形状態にもバラツキが生じ、これによって熱処理変形量を抑制することも困難となる。
【0006】
また、このような焼入れ熱処理方法であれば、冷媒液の冷却能を一定に保っても熱処理変形量を一定範囲内に抑制することは困難である。
本発明は、このような問題点を解消するために案出されたものであり、ベルトコンベアー等の搬送装置で平板状の被熱処理材を加熱・冷却するような連続的な焼入れ熱処理方法において、冷媒液への被熱処理材の浸漬方向を調整することによって熱処理変形量を抑制した平板状物品の焼入れ熱処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の平板状物品の焼入れ熱処理方法は、その目的を達成するため、搬送装置を用いて平板状の被熱処理材を連続的に搬送しながら加熱と冷却を行って焼入れ熱処理する際に、被熱処理材へ作用する曲げモーメントへの抵抗力が最も低い断面内の冷却速度差が小さくなるような方向で被熱処理材を冷媒液に浸漬することを特徴とする。
具体的には、三辺の寸法が異なる矩形平板状の被熱処理材を冷媒液に浸漬する際、短辺と長辺からなる断面から冷媒液に浸かるように被熱処理材を冷媒液に浸漬することが重要である。
好ましくは、被熱処理材を搬送装置に一定方向で載置するとともに、被熱処理材が搬送途中で回転しないように搬送装置に被熱処理材を両側で挟み込むガイドを設け、一定方向に載置された状態で搬送された被熱処理材を前記ガイドで両側から挟み込んだ状態で冷媒液に浸漬する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の平板状物品の焼入れ熱処理方法では、焼入れ時に平板状被熱処理材に作用する曲げモーメントへの抵抗力が低い断面内での冷却速度差が小さくなるように冷媒液へ浸漬するようにしている。このために、熱処理時の変形を抑制することができている。
このため、例えば短辺、中辺、長辺と三辺の寸法が異なる矩形平板状物品を焼入れ熱処理する際に、被熱処理材を搬送装置に一定方向で載置するとともに、被熱処理材が搬送途中で回転しないように搬送装置に被熱処理材を両側で挟み込むガイドを設け、一定方向に載置された状態で搬送された被熱処理材を前記ガイドで両側から挟み込んだ状態で、短辺と長辺からなる断面から冷媒液に浸かるように被熱処理材を冷媒液に浸漬すれば、被熱処理材の変形を抑制した焼入れ熱処理が効率的、かつ安定的に行われることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】焼入れ熱処理の一般的方法を説明する概念図
【図2】平板焼入れ時の各部位の冷却曲線の一例を示す図
【図3】平板焼入れ時の変形機構を説明する概念図
【図4】説明に用いた矩形平板の外形を示す図
【図5】矩形平板を焼入れる際の、三つの焼入れ態様を示す図
【図6】矩形平板を三つの焼入れ態様で焼入れた際の、変形量を示す図
【図7】本発明を実施する好ましい態様を説明する概念図
【図8】本発明を好ましい態様で焼入れ時のガイドの効果を説明する図
【図9】実施例における反り量の計測方法を説明する概念図
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、ベルトコンベアー等の搬送装置で平板状の被熱処理材を加熱・冷却するような連続的な焼入れ熱処理を行う際に、平板状の被熱処理材に発生する熱処理変形の原因とその対策について鋭意検討を重ねた。
一般的に、被熱処理材の焼入れ熱処理時における変形は、被熱処理材の各位置での冷却速度の差によって発生する。例えば、図2に示すように、平板状の被熱処理材を水平状態で冷媒液に浸漬した場合には、被熱処理材の表面と裏面とで冷却速度が異なってくるために図3に示すように熱応力による変形状態と被熱処理材の相変態による変形状態とが表面と裏面とで異なってくる。これによって、冷却後に平板状の被熱処理材に塑性変形が残存すると考えられる。
このように、平板状の被熱処理材の各位置における冷却速度の差が変形に影響するために、被熱処理材が冷媒液に浸漬させる方向にバラツキがあると変形量にもバラツキが発生するのである。この冷媒液への被熱処理材の浸漬方向を一定にすることが熱処理変形を抑制するポイントの一つである。
【0011】
また、本発明者らが平板状被熱処理材の冷媒液への浸漬方向を変化させて熱処理変形量を比較したところ、浸漬される方向の被熱処理材の断面に関わる断面二次モーメントが変形量に寄与することが判明した。
すなわち、焼入れ熱処理における変形は平板状被熱処理材に作用する曲げモーメントによって発生するが、その曲げモーメントへの抵抗力が低い断面内での冷却速度差が小さくなるように冷媒液へ浸漬することで熱処理変形を小さくすることができることを見出し、本発明を完成させたのである。
【0012】
前述している通り、焼入れ熱処理にあっては、被熱処理材の各位置における冷却速度の差異によって熱処理変形が発生する。この冷却速度の差異は、加熱された被熱処理材を一様に冷却すれば発生しないが、現実的には冷媒液へ浸漬することによって冷却しているため、浸漬始めた位置と最後に浸漬された位置とでは、図3に示したように差異が発生するのである。
矩形平板においては、短辺と長辺からなる断面(図4の丸1で示す断面)において、長辺が曲げられる方向が曲げモーメントが最も低くなる断面となり、この断面内の温度差が大きいと曲げモーメントへの抵抗力が低い方向の反りを生じさせることになる。
【0013】
そこで、矩形平板を冷媒液へ浸漬する際には、短辺と長辺からなる断面が冷媒の表面に対して、平行に浸漬することにより、この断面内の温度差を小さくし変形を抑制できる。例えば図5において、(a)の浸漬方向では曲げモーメントが最も低くなる断面の短辺方向が冷媒表面に対して垂直方向で浸漬され、短辺方向での温度差が大きくなり図6に示すように変形が大きくなる。
(b)の浸漬方向では曲げモーメントが最も低くなる断面の長辺方向が冷媒表面に対して垂直方向で浸漬され、長辺方向での温度差が大きくなり図6に示すように変形が大きくなる。
(c)の浸漬方向では、曲げモーメントが最も低くなる断面が冷媒表面に対して平行な方向で浸漬され、短辺方向、長辺方向いずれの方向も温度差が小さく図6に示すように最も変形が小さい。
【0014】
このように、浸漬方向が異なることにより、被熱処理材への変形の影響が異なり、これによって熱処理変形量にもバラツキが発生するのである。このため、一定方向で冷媒液に浸漬するようにすれば冷却速度の差異が被熱処理材間で一定となり、変形する方向や変形量を一定とすることが可能である。
これを実現するためには、被熱処理材を冷媒液に浸漬する方向としては、焼入れ熱処理時に被熱処理材へ作用する曲げモーメントへの抵抗力が最も低い断面内での冷却速度差が小さくなるようにすることが重要である。
【0015】
具体的には、短辺、中辺、長辺と三辺の寸法が異なる矩形平板状の被熱処理材を冷媒液に浸漬する際、短辺と長辺からなる断面を下にしてこの面から冷媒液に浸かるように被熱処理材を冷媒液に浸漬することが重要である。
これにより、焼入れ熱処理で被熱処理材に曲げモーメントが作用しても熱処理変形量を抑制することができ、良好な熱処理品を製造することが可能となる。
【0016】
なお、平板状の被熱処理材を冷媒液に浸漬する際、何れの被熱処理材もが一定方向で冷媒液に浸漬するようには、図7に示すように、被熱処理材を搬送する搬送装置に同じ方向で被熱処理材を載置するとともに、搬送途中で被熱処理材が回転しないように棒状ガイドに沿って搬送し、しかもこの棒状ガイドに垂直になるように設置された落とし込みガイドに沿って被熱処理材を冷媒液中に落とし込むことが好ましい。
【実施例】
【0017】
以下に、本発明の実施例を図面に基づいて具体的に説明する。
S45C製のt3.0×w20×L200mmの短冊状の両側に、φ8mmの穴を付与した部品をベルトコンベアー方式で搬送して60℃の油に浸漬して焼入れを行った。
この時に、図7に示すように穴に棒状のガイドを挿入した状態にセットしてベルトコンベアーに積載し、棒に沿わして一定方向に移動させながら、加熱炉で900℃まで加熱し、その後、油冷槽の直上まで搬送する。なお、図7にはベルトコンベアーや加熱炉の部分については省略して図示している。
【0018】
油冷槽の上には、部品を両側から挟みこむガイドを設置し、そのガイドに部品を沿わして油冷槽に浸漬した。この時、部品の浸漬方向は曲げモーメントの抵抗力が最も低くなる断面が冷媒の表面に平行方向(図5の(c)方向)、すなわち三辺の寸法が異なる短冊状被熱処理材の短辺と長辺からなる断面が冷媒の表面に当たる方向になるようにセットした。
【0019】
比較として、ガイドを使用せずに、部品をベルトコンベアーで搬送し、加熱した後、油冷槽に自由落下で浸漬させた。図8に、ガイドを使用した場合とガイドを使用しなかった場合の部品の変形量を示す。
なお、変形量は図9に示すように板長の中央を挟んで前後70mmの間の反りを焼入れ熱処理前後で測定し、焼入れ後から焼入れ前の反り量を変形量と定義した。
【0020】
本発明のガイド有では、部品の浸漬方向が変形の小さい方向で一定となっていたが、比較例のガイドなしでは浸漬方向が一定ではなく、曲げモーメントの抵抗力が最も低くなる断面が冷媒表面に垂直方向で浸漬されることもあり、変形量のバラツキが大きく、また変形量も相対的に大きくなっていた。
本発明のように、ガイドを使用して、部品の浸漬方向は曲げモーメントの抵抗力が最も高くなる方向に制御することで焼入れ熱処理時の変形量の大きさやバラツキを低減できた。
なお、本実施例ではガイドを使用しているが、ガイドを使用しなくても、曲げモーメントの抵抗力が最も低くなる断面が冷媒の表面に平行な方向、すなわち三辺の寸法が異なる短冊状被熱処理材の短辺と長辺からなる断面が冷媒の表面に当たる方向に浸漬すれば十分である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
搬送装置を用いて平板状の被熱処理材を連続的に搬送しながら加熱と冷却を行って焼入れ熱処理する際に、被熱処理材へ作用する曲げモーメントへの抵抗力が最も低い断面内の冷却速度差が小さくなるような方向で被熱処理材を冷媒液に浸漬することを特徴とする平板状物品の焼入れ熱処理方法。
【請求項2】
搬送装置を用いて三辺の寸法が異なる矩形平板状の被熱処理材を連続的に搬送しながら加熱と冷却を行って焼入れ熱処理する際に、短辺と長辺からなる断面から冷媒液に浸かるように被熱処理材を冷媒液に浸漬することを特徴とする平板状物品の焼入れ熱処理方法。
【請求項3】
被熱処理材を搬送装置に一定方向で載置するとともに、被熱処理材が搬送途中で回転しないように搬送装置に被熱処理材を両側で挟み込むガイドを設け、一定方向に載置された状態で搬送された被熱処理材を前記ガイドで両側から挟み込んだ状態で冷媒液に浸漬する請求項1又は2に記載の平板状物品の焼入れ熱処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−158787(P2012−158787A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18006(P2011−18006)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】