説明

強誘電体薄膜

【課題】基板上に形成された強誘電体薄膜の薄膜全体において残留分極量を向上させた強誘電体薄膜を提供する。
【解決手段】基板上に形成されたペロブスカイト型金属酸化物を含有する強誘電体薄膜であって、前記強誘電体薄膜はスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群を含有し、前記柱状構造体群が前記基板表面に対して垂直方向に立位している、または前記垂直方向を中心として−10°以上+10°以下の範囲で傾斜している強誘電体薄膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は強誘電体薄膜に関する。特にスピネル型金属酸化物からなる柱状構造体群を含有する、残留分極量を高めた強誘電体薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
強誘電体材料は、ペロブスカイト構造を有するチタン酸ジルコニウム酸鉛(以下「PZT」という)のような鉛系のセラミックスが一般的である。
しかしながら、PZTはペロブスカイト骨格のAサイトに鉛を含有する。そのために、鉛成分の環境に対する影響が問題視されている。この問題に対応するために、鉛を含有しないペロブスカイト型酸化物を用いた強誘電体材料の提案がなされている。
【0003】
代表的な非鉛強誘電体材料として、ペロブスカイト型金属酸化物であるBiFeO(以下「BFO」という)がある。例えば、特許文献1にはAサイトにランタンを含有するBFO系薄膜材料が開示されている。BFO薄膜は、良好な強誘電体であり、残留分極量も低温測定で高い値が報告されている。しかしBFOには、室温環境下における絶縁性が低いために、圧電歪みを生じさせるための印加電圧を大きくできないという問題がある。
【0004】
また、BFO薄膜を用いたメモリ素子の強誘電特性を大きくする試みとして、特許文献2にはBFOのBサイトにCoを1at.%から10at.%の割合で置換する手法の開示がある(以下「BFCO」という)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−287739号公報
【特許文献2】特開2005−011931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、一般的なBFOおよびBFCO薄膜の残留分極量は、20から60μC/cm程度であり、PZT材料を代替するのに充分な値に達していない。
【0007】
本発明者らは、この要因を以下のように理解している。BFCO薄膜の格子定数は、基板との格子マッチングによって良好な強誘電体特性が得られるように調整することができる。しかし、基板と離れた膜上部においては、応力の緩和により微細な格子構造が変化するため最適の格子定数となっていない。その結果、残留分極量が低下する。
【0008】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、基板上に形成された強誘電体薄膜の薄膜全体において残留分極量を向上させた強誘電体薄膜を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決する強誘電体薄膜は、基板上に形成されたペロブスカイト型金属酸化物を含有する強誘電体薄膜であって、前記強誘電体薄膜はスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群を含有し、前記柱状構造体群が前記基板表面に対して垂直方向に立位している、または前記垂直方向を中心として−10°以上+10°以下の範囲で傾斜していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、基板上に形成された強誘電体薄膜の薄膜全体において残留分極量を向上させた強誘電体薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】(a)本発明の強誘電体薄膜の実施形態の1例を示す縦断面模式図である。(b)本発明の強誘電体薄膜の実施形態の1例を示す上方から観察した模式図である。
【図2】本発明の強誘電体薄膜における柱状構造体群の配向方向を示す模式図である。
【図3】本発明の実施例1で作製した強誘電体薄膜の断面の透過型電子顕微鏡像(格子像)とFFT像である。
【図4】本発明の実施例1で作製した強誘電体薄膜の平面の透過型電子顕微鏡像(格子像)とFFT像である。
【図5】本発明の実施例1の強誘電体薄膜と、比較例1の柱状構造体群が大きく傾斜している強誘電体薄膜のP−Eヒステリシス曲線を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例1の強誘電体薄膜についての磁化対印加磁界の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係る強誘電体薄膜は、基板上に形成されたペロブスカイト型金属酸化物を含有する強誘電体薄膜であって、前記強誘電体薄膜はスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群を含有し、前記柱状構造体群が前記基板表面に対して垂直方向に立位している、または前記垂直方向を中心として−10°以上+10°以下の範囲で傾斜して配向していることを特徴とする。
【0013】
図1は、本発明の強誘電体薄膜の実施形態の1例を示す縦断面模式図である。図2は、本発明の強誘電体薄膜における柱状構造体群の配向方向を示す模式図である。図1において、本発明に係る強誘電体薄膜は、基板11上に形成されたペロブスカイト型金属酸化物を含有する強誘電体薄膜12から構成され、前記強誘電体薄膜12はスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群13を含有する。前記柱状構造体群13は配向して配列している。柱状構造体群の配向方向は、図2に示す様に、基板表面14に対して垂直方向15に立位している、または前記垂直方向を中心として−10°以上+10°以下で傾斜している傾斜方向16と傾斜方向17の範囲内からなる。図1において、前記柱状構造体群は強誘電体薄膜の(hk0)面10と接している。断面図である図1には、強誘電体薄膜の一部の(hk0)面のみを強調して表示しているが、実際には強調して表示されていない他の柱状構造体の外周部も(hk0)面で接している。
【0014】
上記の構成からなる本発明の強誘電体薄膜は、薄膜のいずれの箇所においても、例えば薄膜の上部においても基板付近と同等の結晶構造が維持され、強誘電体薄膜の残留分極量を向上させることができる。
【0015】
ペロブスカイト型金属酸化物は、一般にABOの化学式で表される。元素A、Bは各々イオンの形でAサイト、Bサイトと呼ばれる単位格子の特定の位置を占める。例えば、立方晶系の単位格子であれば、A元素は立方体の頂点、B元素は体心に位置する。O元素は酸素の陰イオンとして面心位置を占める。
【0016】
スピネル型金属酸化物は、一般にABの化学式で表される。O元素は酸素の陰イオンとして面心立方格子を組む。元素A、Bは各々イオンの形で、酸素が作る四面体の1/8(四面体サイト)および酸素が作る八面体の1/2(八面体サイト)を占有する。
【0017】
ペロブスカイト構造およびスピネル構造は、透過型電子顕微鏡(以下、TEMと表記する)を用いた観察によって識別することができる。例えば、着目する領域から電子線回折図形を取得し、これを結晶構造モデルから計算した回折図形と照合する。このようにして結晶構造を同定することができる。
【0018】
また、高分解能TEM像(以下、格子像と表記する)を用いても、ペロブスカイト構造およびスピネル構造を識別することができる。格子像は、結晶の周期構造と対応した周期的なコントラストを示す。格子像を高速フーリエ変換すると、電子線回折図形に対応したフーリエパワースペクトルが得られる(以下、FFT像と表記する)。前述した電子線回折図形と同様に、FFT像を解析することで結晶構造を同定することができる。
【0019】
本発明におけるペロブスカイト型金属酸化物は、それ自体で強誘電性を有する材料から選択されることが好ましい。例えば、BaTiO、Ba(Zr,Ti)O、SrTiO、BiFeO、Bi(Fe,Co)O、等が挙げられる。好ましくは、Bi(Fe,Co)O、BiFeOであり、より好ましくは、Bi(Fe,Co)Oである。
【0020】
ペロブスカイト型の強誘電体材料において、強誘電特性を向上させるためには、結晶構造や格子定数を制御することが重要である。そのため、強誘電体薄膜は、強誘電体材料と格子定数のマッチングが良い基板を選択して成膜する。しかし、強誘電体薄膜の膜厚が厚くなるとともに基板の効果が弱くなり、構造の緩和が生じやすい。そのため、薄膜の上部において基板付近の構造を保てず、強誘電特性が低下する。
【0021】
強誘電体薄膜中にスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群を存在させることで、群杭効果による膜内応力が発生する。その結果として、強誘電体薄膜の基板から膜面方向にかけての構造の緩和が抑制される。すなわち、膜面方向における格子定数が維持されるために、強誘電性が向上する効果が得られる。
【0022】
また、一般にペロブスカイト型の強誘電体材料は、c軸とa軸の格子定数の比(c/a)が1.00以上1.02以下の値をとる。スピネル構造の格子定数は、ペロブスカイト型の強誘電体材料のa軸に対しては大きすぎる場合があるが、c軸に対しては格子マッチングがよい。強誘電体薄膜中にスピネル型の柱状構造体群が存在することで、ペロブスカイトのc軸の格子定数が維持され良好な強誘電性が維持される効果が得られる。
【0023】
本発明の強誘電体薄膜と、その強誘電体薄膜中に含有されている柱状構造体群は主として(hk0)面で接し、前記柱状構造体群が前記強誘電体薄膜の(hk0)面で配向している。
【0024】
ここで主として(hk0)面で接している状態とは、柱状構造体群の接触面の80%以上が強誘電体薄膜の(hk0)面で接している状態を指す。接触面の指数を特定する手法は限定されないが、例えばTEMによる観察が挙げられる。接触面がエッジオン(接触面と電子線入射方位が平行)になるように試料傾斜し、このときの電子線回折図形を解析することで接触面を特定できる。同様に、格子像から得られるFFT像を解析することで接触面を特定できる。
【0025】
(hk0)以外の面、すなわちc軸と平行でない面で強誘電体薄膜と柱状構造体群が接すると、ペロブスカイトのa軸とc軸の両方に対して、スピネル構造が格子マッチングする必要がある。これは立方晶のスピネル構造では成立しない場合があるので望ましくない。
【0026】
以上のように、スピネル型の柱状構造体群が存在することで、強誘電体薄膜の最適なc/aが、基板付近のみならず膜全体で維持される。その結果、強誘電体薄膜が高い残留分極量を示す。
また、強誘電体薄膜と柱状構造体群が、結晶系を擬立方晶とみなした場合に(001)面、すなわち、擬立方の表示で(110)面に配向していることが好ましい。
【0027】
強誘電体薄膜および柱状構造体群の配向状態は、結晶薄膜について一般に用いられるX線回折測定(例えば2θ/θ法)における回折ピークの検出角度と強度から容易に確認できる。例えば、本発明における(001)面が膜厚方向に配向した強誘電体薄膜から得られる回折チャートでは、(001)面に相当する角度に検出された回折ピークの強度が、その他の面に相当する角度の検出されたピークの強度の合計よりも極めて大きい。
【0028】
柱状構造体群が基板に垂直な方向にそろって存在していると、柱状構造体群の効果は増大する。例えば、(111)面に配向している場合は、強誘電体薄膜と柱状構造体群が(hk0)面で接するためには、柱が基板に対して斜めになってしまうため好ましくない。また同時に、90°傾斜した結晶学的に等価な方向の柱(すなわち、向きがそろっていない柱)が存在してしまうため好ましくない。
【0029】
本発明においては、柱状構造体群が基板表面に対して垂直方向に立位している、または垂直方向を中心として−10°以上+10°以下の範囲で傾斜していることが好ましい。傾斜角は、TEMによる断面観察によって得られる。柱状構造体と基板が接する点と、柱状構造体が強誘電体薄膜の表面に出ている点を直線で結ぶ。この直線と基板に垂直な線のなす角を計測することで、傾斜角が得られる。
傾斜角は、−10°以上+10°以下、好ましくは−5°以上+5°以下である。傾斜角が0°の場合は、基板表面に対して垂直方向である。傾斜角が10°より大きく傾斜した場合は、(441)面で接するようになり好ましくない。
【0030】
また、柱状構造体群の円相当径の平均値は10nm以上30nm以下であることが好ましい。ここで円相当径とは、対象物と面積が等しい円の直径を表す。柱状構造体群の円相当径が30nmを超えると、スピネル構造のa軸はペロブスカイトのa軸と格子マッチングしない場合があるため、導入される歪が大きくなり好ましくない。一方、柱状構造体群の円相当径が10nm未満では膜の内部応力に抗せられず、柱状構造体群の柱が曲がるために好ましくない。
【0031】
また、前記強誘電体薄膜の膜厚が50nm以上10000nm以下、好ましくは100nm以上5000nm以下が望ましい。膜厚が50nm未満の場合は、膜の耐圧性が劣る場合がある。一方、膜厚が10000nmを超えると強誘電体薄膜の構造を維持することが困難になる。
【0032】
また、柱状構造体群の膜厚方向の長さが、強誘電体薄膜の膜厚以上であることが好ましい。柱状構造体群の長さが、強誘電体薄膜の膜厚より小さい場合は、柱状構造体が強誘電体薄膜に接することによる格子マッチングの効果が限定され、本発明の効果は部分的にしか発揮されない。
【0033】
強誘電体薄膜には、柱状構造体群の面密度が1×1014個/m以上1×1015個/m以下であるように前記柱状構造体群が含有されていることが好ましい。面密度が1×1014個/m未満では、柱状構造体群間の距離が離れて、各柱状構造体群から中間距離に位置する個所では、充分に柱の群杭効果が発揮されない。一方、面密度が1×1015個/mを超えて大きすぎると、強誘電体薄膜自体の分量が減るために膜全体としての強誘電体特性が低下する。
【0034】
面密度は、強誘電体薄膜および柱状構造体群を膜面方向に薄片化した試料を、TEMを用いて観察することで算出することができる。
また、薄片化せずとも、強誘電体薄膜から飛び出ている柱状構造体群の突起部を、表面観察することで面密度を算出することができる。すなわち、走査型電子顕微鏡(SEM)や原子間力顕微鏡(AFM)などの、表面観察装置を用いればよい。
【0035】
また、強誘電体薄膜中における柱状構造体群の径の、膜厚方向のばらつき分布が50%以下であることが好ましい。ここで「径」とは、基板と垂直方向に断面をとった際に、この断面において基板と平行な方向に測った柱状構造体の幅を意味する。
前述したように本発明の効果は、柱状構造体群の径に強く依存している。強誘電体薄膜の膜厚方向に均等な効果をもたらす(膜厚方向の分布をなくす)ためには、各々の柱状構造体群の径が膜厚方向にばらつきがない(ある一本の柱状構造体に着目したときに、柱の途中で太さが変化しない)ことが望ましい。
【0036】
ここで「ばらつき分布」とは、ある一本の柱状構造体に着目して、強誘電体薄膜の膜厚方向に沿って等間隔で測定点を決めて、柱状構造体の径を計測したヒストグラムを意味する。また「ばらつき分布が50%以下」とは、ヒストグラムの下限および上限が最頻値に対して±50%の範囲に含まれることを意味する。
【0037】
ヒストグラムは、TEMによる断面観察によって得られる。柱状構造体群の径の変化に対して充分細かい間隔(例えば5nm間隔)で、膜厚方向に沿って径を計測してヒストグラムを作成する。
【0038】
本発明の強誘電体薄膜に含有される柱状構造体群の含有量は、体積分率で5から30%、好ましくは7から15%程度である。これは、膜厚によって柱状構造体の径が大きくは変化していないと仮定して、円相当径と面密度から算出したものである。
また、本発明における柱状構造体群は、複数の柱状構造体から形成されるが、個々の柱状構造体は単結晶からなる。
【0039】
本発明の効果は、スピネル構造とペロブスカイト構造の格子マッチング、および強誘電体薄膜中に柱状構造体群が存在するというマクロ構造によるものである。したがって、本発明の効果は、柱状構造体群および強誘電体薄膜を構成する材料の組成によって制限されるものではないが、特に以下に示す組成の場合に有効である。
【0040】
柱状構造体群を形成する柱状構造体の組成が、下記一般式(1)で表される化合物からなることが好ましい。
【0041】
【化1】

【0042】
(式中、0≦x≦2を表す。)
Co・Fe系酸化物は広い組成域でスピネル構造をとる。例えば、Co(a=0.808nm)、CoFe(a=0.837nm)、Fe(a=0.840nm)はスピネル構造である。さらに、FeとCoの置換によって不定比性組成をとり、それに伴い格子定数が変化する。すなわち、強誘電体薄膜と格子マッチングするように、CoとFeの組成を変えて調整することができる。
【0043】
また、強誘電体薄膜の組成が、下記一般式(2)で表される化合物からなることが好ましい。
【0044】
【化2】

【0045】
(式中、0.95≦y≦1.25、0<z≦0.30を表す。)
yが0.95より小さいと、Bi不足が欠陥サイトの原因となって絶縁性に悪影響を及ぼす。逆にyが1.25より大きいと過剰な酸化ビスマスが結晶粒界に析出するために高電圧印加時の電流リークの原因となりうる。zの範囲は、0<z≦0.30であり、FeがCoで一部置換されているBFCO膜であることを意味する。ペロブスカイトのBサイトのFeに対するCoのサイズ効果のために、BFO薄膜より大きな圧電特性を期待できる。ただし、zが0.3を超えると、ペロブスカイトへのCoの固溶が困難となるため、圧電性および絶縁性を逸するおそれがある。
【0046】
また、強誘電体薄膜の組成が、下記一般式(3)で表される化合物からなることが好ましい。
【0047】
【化3】

【0048】
(式中、0.95≦y≦1.25を表す。)
なお、一般式(1)から(3)において、酸素組成を基準として組成を定義しているが、これは便宜上のものであり、酸素欠損を含む材料を排除するものではない。
【0049】
本発明の強誘電体薄膜の製造方法は、特に限定されない。基板上における柱状構造体群および強誘電体薄膜の形成順序も限定されないが、同時に形成されることが好ましい。
【0050】
基板上に柱状構造体群と強誘電体薄膜を同時に形成する方法の一例として、スパッタ法が挙げられる。スパッタ法によって柱状構造体の成長核を形成するためには、ターゲットの組成を相分離しやすい状態に調整することが好ましい。また、柱状構造体の核が安定に成長するためには、スパッタパワーおよび基板温度を制御する必要がある。基板に到達したスパッタ原子は膜表面を拡散して、やがて表面に固定化される。核が成長するかどうかは、拡散のドライビングフォースと、柱状構造体の核によるトラップ効力の大小関係に依存する。ここでの拡散現象は、基板衝突時の余剰の運動エネルギーと基板温度による寄与が大きい。
【0051】
柱状構造体の径は、成膜レートによって制御される。成膜レートが小さいと柱状構造体の核が成膜初期に膜面方向に大きく成長するため、径が大きくなる。逆に、成膜レートが大きいと柱状構造体の核が成膜初期に膜面方向に成長しきれないため、径が小さくなる。
【0052】
配向した強誘電体薄膜を得るためには、格子サイズの制御された基板を用いればよい。基板表面には電極としての導電層が設けられていても良い。使用可能な基板の例としては、酸化マグネシウムやチタン酸ストロンチウムなどからなる単結晶基板が挙げられる。これらの材料を積層して多層構成として用いても良い。
【実施例1】
【0053】
以下に実施例を挙げて本発明を図面や表を用いてより具体的に説明する。
図1に示す強誘電体薄膜を用いて説明する。
基板11上にスパッタ法を用いて、強誘電体薄膜12およびスピネル型金属酸化物からなる柱状構造体群13を成膜する。基板11には、(100)La−SrTiOを用いる。強誘電体薄膜12および柱状構造体群13は、成膜と相分離が同時に進行して形成される。ここで、成膜レートが小さいと、柱状構造体群の径が大きくなりすぎる。また、スピネル構造で安定な(111)面を表面として析出する。そこで成膜レートを大きくするため、酸素分圧を大きくして成膜する。
【0054】
スパッタターゲットは、圧粉体ターゲットを用いた。圧粉体ターゲットは、組成をBi、FeおよびCoが、モル比で(110〜140):70:30になるように混合して混合物を得た。その混合物を直径101.6mm(4インチ)、厚さ4mmになるようにプレス成型してターゲットとした。Biは揮発性が高いため、化学量論組成よりも過剰にした。
【0055】
加熱温度を600から700℃に設定し、30分間(100)La−SrTiO基板を加熱した。その後、ArガスとOガスを導入し、RF電源を入れ、プレスパッタを開始した。このときArとOの比は2:3から1:10の範囲とOの分圧を大きくした。上述のスパッタターゲットを用いて10分間のプレスパッタの後、本スパッタを開始した。ガス圧とスパッタ電力はそれぞれ、5Paから13.3Pa、0.5W/cmから4W/cmの範囲で成膜した。180分間、成膜を行なうことにより膜厚120nmから200nmのサンプルを作製した。
【0056】
図3は、本発明の実施例1で作製した強誘電体薄膜の断面の透過型電子顕微鏡像(格子像)とFFT像である。柱状構造体群が、強誘電体薄膜中に存在しており、強誘電体薄膜から飛び出ていることが確認できる。FFT像は、それぞれ柱状構造体および強誘電体薄膜から得られるものである(ただし白黒反転して表示している)。FFT像から、それぞれスピネル構造とペロブスカイト構造であり、配向していることが確認できる。
【0057】
また、柱状構造体群が強誘電体薄膜表面より突出しており、柱状構造体群の長さが、強誘電体薄膜の膜厚より長い事がわかる。
【0058】
図4は、本発明の実施例1で作製した強誘電体薄膜の平面の透過型電子顕微鏡像(格子像)とFFT像である。FFT像は、それぞれ柱状構造体および強誘電体薄膜から得られるものである(ただし白黒反転して表示している)。柱状構造体群と強誘電体薄膜が、互いに(110)面で接している。すなわち、(hk0)面で接していることが確認できる。また、強誘電体薄膜および柱状構造体群が、擬立方の表示で(001)配向していることが確認できる。
【0059】
また、本発明による強誘電体薄膜の平面TEM像から計測すると、柱状構造体群の円相当径の平均値は約22nmであり、面密度は3.0×1014個/mである。
【0060】
スピネル型金属酸化物からなる柱状構造体群は磁性体であり、磁化−温度特性を計測すると200K付近に転移点がある。この結果から、スピネル型金属酸化物からなる柱状構造体群の組成は、Fe:Co=20:80であると考えられる。また、スピネル型金属酸化物からなる柱状構造体群の組成をEELS(electron energy loss spectroscopy)により測定すると、Fe:Co=19:81となり、磁化測定と同様の結果が得られる。これにより、柱状構造体群は、Co3−xFeの組成式で、xが0.57以上0.60以下である。
【0061】
一方、強誘電体薄膜の組成をEELSにより測定すると、Co組成が9%という結果が得られた。すなわち、強誘電体薄膜部分の組成は、Bi(Fe0.91Co0.09)Oであった。
【0062】
(比較例1)
加熱温度を600から700℃に設定し、30分間(100)La−SrTiO基板を加熱した。その後、ArガスとOガスを導入し、RF電源を入れ、プレスパッタを開始した。このときArとOの比は20:1から10:9の範囲とArの分圧を大きくした。上述のスパッタターゲットを用いて10分間のプレスパッタの後、本スパッタを開始した。ガス圧とスパッタ電力はそれぞれ、5Paから13.3Pa、0.5W/cmから4W/cmの範囲で成膜した。180分間、成膜を行なうことにより膜厚120nmから200nmのサンプルを作製した。
【0063】
ここで、実施例1で得られたBFCO強誘電体薄膜における柱状構造体群の傾斜角を、TEM像によって評価したところ、0から3度であった。また、比較例1で得られたBFCO強誘電体薄膜における柱状構造体群の傾斜角を、同様にTEM像によって評価したところ、15から45度であった。図5は、本発明による実施例1のBFCO強誘電体薄膜のP−Eヒステリシス曲線である。測定は、−60℃、10−2Paの環境で行なった図5には比較例1のBFCO強誘電体薄膜のデータも記載している。
以上のように、本発明の柱状構造体群の傾斜角が−10°以上+10°以下の範囲にある強誘電体薄膜は、高い残留分極量を示すことがわかる。例えば強誘電体メモリのような用途において、残留分極値は大きいことが望まれている。
【実施例2】
【0064】
実施例2として、圧粉体ターゲットの組成をBi、FeおよびCoが、モル比で(110から140):80:20に変更した以外は、実施例1と同様にして、CoFe組成の柱状構造体群を含有する200nm〜300nm厚のBiFeO強誘電体膜を作製した。そして、実施例1と同様に断面TEM像(格子像)とFFT像から柱状構造体群の有無を評価した。その結果、柱状構造体群と強誘電体薄膜が、互いに(110)面で接している。すなわち、(hk0)面で接していることが確認できた。また、強誘電体薄膜および柱状構造体群が、擬立方の表示で(001)配向していることが確認できた。なお、柱状構造体群の円相当径の平均値は約14nmであり、面密度は5.0×1014個/mであった。
【0065】
(比較例2)
比較例2として、圧粉体ターゲットの組成をBiおよびFeが、モル比で(110から140):100に変更した以外は実施例1と同様にして、柱状構造体群が存在しない200nm厚のBiFeO強誘電体膜を成膜した。そして、実施例1と同様に断面TEM像(格子像)とFFT像から柱状構造体群の有無を評価した。
【0066】
表1に、実施例及び比較例で示す強誘電体薄膜の残留分極の値とスピネル柱状構造体群の傾斜角について記載した。残留分極の値は、P−Eヒステリシス測定により求めた。すなわち、本発明の強誘電体薄膜に電極を設けて、外部より印加する電場の大きさを正負に変化させることにより自発分極が反転するという強誘電体材料に特有の履歴曲線を観測した。この履歴曲線の電界ゼロにおける残留分極値(Pr)を表1に記載した。
【0067】
【表1】

【0068】
本発明の実施例の柱状構造体群を含有する強誘電体膜は、比較例と比べて残留分極値が5μC/cm以上高い、強誘電特性の良好な膜であった。
【0069】
以上の実施例および比較例により、強誘電体薄膜の(hk0)面で接しているスピネル柱状構造体群が、ペロブスカイト型金属酸化物の残留分極の値を有意に向上させることが明らかになった。
【0070】
実施例1の強誘電体薄膜について、磁化測定を行なった。測定温度は室温(300K)でSQUID(Superconducting quantum interference devices)式の高感度磁化測定分析装置を用いた。測定結果を図6に示す。
図6によると、実施例1の強誘電体薄膜に対して外部磁界が無くても残留磁化が観測されることがわかる。すなわち実施例1の強誘電体薄膜は前述の強誘電性に加えて強磁性も有するマルチフェロイック材料であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、残留分極量を向上させたBFCO膜およびBFO膜を提供することができる。本発明の強誘電体薄膜は、MEMS技術にも応用可能で、環境に対してもクリーンなので、強誘電体メモリ、薄膜ピエゾ式インクジェットヘッド、超音波モータ、等の強誘電体材料を多く用いる機器に問題なく利用することができる。
【符号の説明】
【0072】
11 基板
12 強誘電体薄膜
13 柱状構造体群

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成されたペロブスカイト型金属酸化物を含有する強誘電体薄膜であって、前記強誘電体薄膜はスピネル型金属酸化物からなる複数の柱状構造体から形成される柱状構造体群を含有し、前記柱状構造体群が前記基板表面に対して垂直方向に立位している、または前記垂直方向を中心として−10°以上+10°以下の範囲で傾斜していることを特徴とする強誘電体薄膜。
【請求項2】
前記複数の柱状構造体群が前記強誘電体薄膜の(hk0)面で接して配向していることを特徴とする請求項1に記載の強誘電体薄膜。
【請求項3】
前記強誘電体薄膜および前記柱状構造体群が擬立方(001)面に配向していることを特徴とする請求項1または2に記載の強誘電体薄膜。
【請求項4】
前記柱状構造体群の円相当径の平均値が10nm以上30nm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【請求項5】
前記強誘電体薄膜の膜厚が50nm以上10000nm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【請求項6】
前記柱状構造体群の膜厚方向の長さが、前記強誘電体薄膜の膜厚以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【請求項7】
前記柱状構造体群の面密度が1×1014個/m以上1×1015個/m以下であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【請求項8】
前記柱状構造体群の径の、膜厚方向のばらつき分布が50%以下であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【請求項9】
前記柱状構造体が下記一般式(1)で表される化合物からなることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【化1】

(式中、0≦x≦2を表す。)
【請求項10】
前記強誘電体薄膜が下記一般式(2)で表される化合物からなることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【化2】

(式中、0.95≦y≦1.25、0<z≦0.30を表す。)
【請求項11】
前記強誘電体薄膜が下記一般式(3)で表される化合物からなることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の強誘電体薄膜。
【化3】

(式中、0.95≦y≦1.25を表す。)

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−93788(P2011−93788A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−218892(P2010−218892)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度文部科学省科学技術研究委託事業元素戦略プロジェクトの委託研究で、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】