説明

弾性表面波素子及びその製造方法

【課題】優れた耐電力性を有し、製造容易でかつ、再現性良く成長させることができる擬似単結晶Al電極膜を備えた弾性表面波素子を提供する。
【解決手段】タンタル酸リチウムあるいはニオブ酸リチウムである圧電基板2上にTi下地膜4とAlあるいはAl系合金膜よりなる電極膜5とを積層する。電極膜5は、2つの(111)ドメインより成る擬似単結晶膜より構成され、2つの(111)ドメインの<111>方向が、それぞれ、基板表面に対し0〜10度の範囲内で傾き、かつ、それぞれの(111)ドメイン面内の<11−2>方向が互いに1〜15度離れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波フィルタをはじめとする弾性表面波素子及びその製造方法に関するもので、特に弾性表面波素子の電極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、移動体通信用の共振器やフィルタには、低挿入損失、小型の利点をもつ弾性表面波素子が多用されるようになってきた。弾性表面波素子は、一般に、単結晶の圧電基板(圧電単結晶基板)と、この圧電基板上に形成された櫛形電極(インターデジタルトランスデューサ、以下、IDTと略す。)より構成される。圧電単結晶材料としては、水晶、タンタル酸リチウム(LiTaO3)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などが用いられ、特に、RF帯域フィルタには、大きな電気機械結合係数を有する64度回転YカットのLiNbO3や、電気機械結合係数が大きくかつ周波数温度係数が比較的小さい、32度〜44度回転YカットのLiTaO3がよく用いられている。
【0003】
弾性表面波素子における櫛形電極材料としては、微細加工性に優れていること、電極負荷質量効果を小さくするために比重が小さいこと、かつ挿入損を小さくするために電気抵抗が小さいことが要求されるために、一般にアルミニウムあるいはアルミニウム系合金が使用されている。
【0004】
弾性表面波素子動作時には、周波数に比例した繰り返し応力がIDT電極に負荷される。この繰返し応力による、いわゆるストレスマイグレーションによってIDTにはヒロックやボイドができ、フィルタ特性が劣化することが知られている。IDT電極の耐ストレスマイグレーション性、すなわち耐電力性は、一般に、印加される電力が大きいほど、また動作周波数が高いほど小さくなり、特に、800MHz〜2GHzのRF帯域で大きな電力が印加される携帯電話分波器(デュプレクサ)用の弾性表面波フィルタには、耐電力性に優れた電極材料が必要とされている。
【0005】
これまでに耐ストレスマイグレーション性を備えた弾性表面波素子用電極材料の開発にあたって、(1)不純物添加、(2)微細結晶粒化、(3)多層化、(4)偏析(析出)化、(5)高配向化、(6)単結晶化、等の手法が提案されている。以下それぞれの開発手法について説明する。
【0006】
第1の「不純物添加」は、アルミニウム(Al)に銅(Cu)やシリコン(Si)、チタン(Ti)、パラジウム(Pd)等を微量添加することによって電極の剛性を高め、耐電力性を向上させる手法である。一般的には、添加元素濃度が高くなるにつれ電極の耐電力性は向上するが、比抵抗が増大することによる挿入損失の増大、電極加工時におけるエッチング残査などの問題が生じるため、高濃度の添加は望ましくなく、その結果、不純物添加Al合金のみで、デュプレクサ用の弾性表面波フィルタに求められる十分な耐電力性を実現することは困難である。
【0007】
第2の「微細結晶粒化」は、例えば、特許文献1に開示されている技術であり、電極膜の平均結晶粒径を小さく(特許文献1では平均結晶粒径を電極指の1/50〜1/5に)して、(不純物添加と同様)電極の剛性を高め、耐電力性を向上させる手法である。結晶粒径を小さくするために、Ti、Pd、Cu、Nb、Ni、Mg、Ge、Si、Co、Zn、Li、Ta、Au、Ag、Pt、Cr、Hf、Zr、Cd、W、Vから選ばれた少なくともひとつの金属を、20重量%以下で添加すればよいことが記載されている。しかしながら、不純物添加によって結晶粒径を小さくするために、電極抵抗が大きくなることが避けられず、挿入損失が大きくなってしまうので好ましくない。
【0008】
第3の「多層化」は、Alと異なる金属層上にAlまたはAl合金を積層したり、Al層と、Alと異なる金属層を交互に積層することによって、電極膜の剛性を高め、耐電力性を向上させる手法である。前者の代表例として特許文献2には、「100〜200nmのTi下地膜上に積層されたAl合金膜で、Ti膜厚が電極厚の25〜60%を占める」電極構造が提案されている。厚いTi下地膜上ではAl合金の配向性が低下し結晶粒径が小さくなるために、応力分散が図れ、このため耐電圧性が向上すると記載されている。しかしながら、電気抵抗の大きなTi下地膜が電極の大半を占めるため、電極の抵抗が大きくなり、挿入損失の観点から好ましくない。
【0009】
一方、後者の代表例として特許文献3には、「AlとAlより弾性定数が大きな導電体層Xを交互に、かつ各2層以上積層した構造で、膜厚方向の応力負荷に応じてAl層とX層の膜厚を調整した」積層構造電極が開示されている。特許文献3の実施の形態にも記載されているように、多層化すると抵抗が急激に増加するため、やはり挿入損失の観点から問題がある。また、櫛形電極のパターニングの際、Al層とX層のエッチング性が異なるために、電極断面形状の制御が難しいという問題もある。
【0010】
第4の「偏析(析出)化」は、Al合金膜中にAl以外の金属を偏析あるいは析出させることによって、電極膜の剛性を高め、耐電力性を向上させる手法である。特許文献4には、「TiNやTiの下地(バッファー)層上に形成されたA1電極であって、膜中にCu、Ta、W、Tiのうち少なくとも1種類の金属が、100〜1000nmの粒径を持って偏析した」電極が開示されている。この電極膜を櫛形電極形状に加工すると、偏析した粒子はエッチングできないないため、櫛形電極間の短絡が生じるという問題がある。
【0011】
また、特許文献5には、「圧電基板上に下地電極膜、Al合金電極膜、拡散成分系電極膜より成る多層構造電極」が開示されている。ここで最上層の拡散成分系電極は、Al合金膜の結晶粒界に拡散しやすいCu、Ag、Au、Ni、Mgから選ばれた少なくとも1つを主成分とする材料であって、この層からAl合金層の結晶粒界に、これらの金属を拡散、析出させるものである。この電極は、主たる電気伝導層であるAl合金の粒界が、電気抵抗の高い金属で網目状に分断された形態を有するために、電極の電気抵抗が高くなり、挿入損失の観点から好ましくない。
【0012】
第5の「高配向化」は、例えば特許文献6に開示されているように、AlあるいはAl合金の(111)配向性を高めた電極である。(111)配向性が高い薄膜では、各結晶粒の<111>軸が基板法線方向にほぼ揃っているものの、面内方向はバラバラの状態になっている。このように特定の結晶軸のみが基板法線方向に揃った膜は一軸配向膜とも呼ばれている。ストレスマイグレーションによって移動するAl原子あるいは空孔の拡散経路は、主として結晶粒界であるが、(111)配向膜においては面内が(111)面を持った結晶粒で覆われているので蜂の巣状の粒界組織を呈し、結晶粒界はおおむね3重点から構成される網目状組織になる。このような場合、粒界に沿って拡散するAl原子あるいは空孔の流束バランスが保たれやすく、このために、結晶粒の主方位方向が全くランダムな多結晶体膜や配向度の低い膜に比べ、耐電力性が著しく向上するものと考えられている。
【0013】
特許文献6では、V、Fe、Co、Ni、Cu、Y、Crから選ばれた1〜50nmの金属下地膜を用いることによって、(111)に強く配向したAlあるいはAl合金膜ができることが開示されている。また、特許文献7には、B、C、Si、Ge、SiC、BN、SiNから選ばれた下地膜上に、やはり(111)に強く配向したAlあるいはAl合金膜ができることが開示されている。さらに、特許文献8には、Ta、Nb、Ti、W、Mo、Ni、Hf、Scから選ばれた50nm以下の金属下地膜上で、(111)に強く配向したAlあるいはAl合金膜ができることが開示されている。ここでは、下地層が非晶質状態であることが重要であることが記載されている。
【0014】
さらにまた特許文献9には、下地膜層としてAlとAl以外の金属の多層構造を用いることによって、(111)高配向Al膜が形成できることが開示されている。一軸高配向電極膜は、上述した他の手法に比べると、(下地膜としてAlに拡散しやすい金属を使わない限り)電極抵抗が大きくなることが少ないため、挿入損失の増大の可能性は小さいものの、デュプレクサ用の弾性表面波フィルタの小型化が要求されている昨今の状況を考えると、一軸高配向電極を上回る耐電力性を示す電極材料の開発が求められる。
【0015】
第6の「単結晶化」は、圧電基板の特定結晶面内の特定結晶方位と、Al電極の特定結晶面の特定結晶方位が整合するように成長(これをエピキタキシャル成長という)させる手法であり、AlあるいはAl合金の各晶粒の結晶方位が基板法線方向のみならず面内においても、一定方向にほぼ揃った膜であるために、結晶粒界がなくなった状態、すなわち、粒界拡散が抑制された状態になるため、Al原子あるいは空孔は、いわゆる格子拡散モードで拡散することになる。格子拡散モードは粒界拡散モードに比べると、極端に拡散速度が小さくなるために、単結晶膜では一軸高配向膜より更に耐電力性が向上すると言われている。
【0016】
圧電基板として水晶を用いる場合は、単結晶Al(あるいはAl合金)膜の成長技術が多数開示されている。例えば、特許文献10、11には、25度回転Yカット水晶上のAl(311)エピタキシャル膜が、特許文献12〜14には、4〜30度回転Zカット水晶上のAl(111)エピタキシャル膜が開示されている。
【0017】
特許文献10〜14に記載されている従来技術によってエピタキシャルAl膜が得られるのは、実質的に水晶基板上のみに限定される。優れた耐電力性が要求されるRF帯域の弾性表面波フィルタに用いられる圧電基板は、LiNbO3やLiTaO3であって、これらの圧電基板上への単結晶あるいはエピタキシャルAl膜の成長技術としては、以下の公知例がある。
【0018】
LiNbO3やLiTaO3圧電基板上に、直接、単結晶Alを成長させた従来技術としては、特許文献15や特許文献16がある。前者においては、36度回転YカットのLiTaO3上にエピタキシャル成長したAl(111)膜が、後者においては、32度〜68度回転YカットのLiTaO3ならびにLiNbO3基板上にエピタキシャル成長したAl(111)膜が開示されている。一方、前述した特許文献10には、水晶基板のみならず、LiTaO3、LiNbO3、四ホウ酸リチウム(Li2B4O7)基板上にエピタキシャルAl膜が成長する旨の記述はあるものの、どのような面上にどのような面方位を持ったAl膜がエピタキシャル成長するのかについては言及されていない。
【0019】
特許文献17には、エピタキシャルAl膜を製造するために、「200〜1000Vのイオンエネルギーで、0.01〜10mA/cm2のイオン電流密度を持ったイオンビームを照射しながら成膜する」という製造方法が開示されているものの、基板上に直接、単結晶Alを形成するのは難しく、製造歩留まりが極めて低いという問題がある。これは、基板表面上には、研磨工程などに伴う結晶構造の乱れた表面加工層が存在するために、圧電基板本来の結晶格子面が覆われた状態になっていることに原因がある。このような基板表面の結晶構造が乱れた表面層の影響を取り除くために、特許文献18では、ウェットエッチングやフッ素系ガスを用いたドライエッチングにより、「基板表面に微小な半球状の島状構造を均一に作り込む」ことによって、(その成長方位等の記述はないものの)単結晶Alを成長できることが開示されている。一方、特許文献19には、「LiTaO3、LiNbO3基板表面に最も近い低指数面を持つ結晶面に垂直な軸方向に対し、イオンビームの照射方向が平行または垂直となる位置から±20度範囲内になるようにイオン源を配置して、イオンビームエッチングにより基板表面加工層を除去した後、単結晶Alを成長する」方法が開示されている。
【0020】
これらの基板前処理は製造工程が増えるという問題のみならず、前処理のバラツキ等に起因して単結晶Al膜を安定して成長させることが難しいことから、単結晶Al膜をLiTaO3やLiNbO3基板上に直接成長させるのは、容易とはいいがたい。そこで、LiTaO3やLiNbO3基板上に直接、成長させるのではなく何らかの下地(バッファー)層を介して単結晶Alを成長させるという手法が提案されてきた。バッファー層を挿入するのは、基板結晶面とエピタキシャル成長するAl面の格子ミスマッチを緩和することによって、基板上に直接成長させる場合に比べ、より安定に単結晶Al膜を成長させることができるという利点がある。このため、製造歩留まりの点からもバッファー層を用いた方が好ましいといえる。
【0021】
特許文献20には、64度回転YカットLiNbO3基板上にTiバッファー層を介してAlを成長せるとAl(110)単結晶膜が成長できることが開示されている。この場合、Ti(001)面ならびにAl(110)面の法線方向が基板垂直方向と一致するようなエピタキシャル関係を持っていて、Ti、Alいずれもが制限視野電子回析においてスポットのみが現れる単結晶膜であることが記載されている。また、特許文献21では、38から44度回転YカットLiTaO3基板上では、やはりTiバッファー層を用いると、Al(112)単結晶膜が、Al(112)面の法線方向が基板表面の垂直方向と一致するようなエピタキシャル関係を持って成長することが記載されている。
【0022】
一方、特許文献22には、33±9度回転YカットのLiTaO3ならびにLiNbO3基板上に、バッファー層としてTiNを用いた場合は、基板表面に対して9±9度傾斜してAl(311)単結晶膜が成長できることが開示され、またバッファー層として(基板/)TiN/Tiの2層構成とした場合は、基板表面に対して9±9度傾斜してAl(111)単結晶膜が成長できることが開示されている。
【0023】
これらの単結晶ないしエピタキシャルAl膜は、(110)(特許文献20)、(112)(特許文献21)、(311)あるいは(111)(特許文献22)のように、Alの特定結晶面が、LiTaO3やLiNbO3基板表面に平行、あるいは9±9度傾斜して成長した単結晶である。
【0024】
一方、非特許文献1には、63〜70度YカットLiNbO3基板上で、Tiバッファー層を介してAl(111)が双晶成長することが記載されている。極点図を使った解析から、Yカット角によらず、Al(111)面はLiNbO3の(001)面(Z面ともいう)に平行に双晶成長すると報告されている。Al(111)面とLiNbO3(001)面が平行ということは、つまり、Al<111>方向はニオブ酸リチウム基板表面に対し、(90−Yカット角度)°傾いていることを意味する。また双晶とは、積層欠陥であり、ある結晶面に関して2つの結晶が鏡面対称の関係にあるものをいう。つまり、Al(111)双晶膜とは、完全な(単一の)単結晶膜ではなく、ひとつのAl(111)単結晶粒(ドメイン)に対し、面内で180度回転させできるもうひとつのAl(111)単結晶粒(ドメイン)の2種類が混在した擬似単結晶膜ということになる。(111)の双晶成長では、非特許文献1の図1や図3にあるように、(100)極をプロットした極点図は6回対称のパターンとなるのが特徴である。
【0025】
また、特許文献23には「極点図で観察される回折パターンが複数の(111)対称中心を有する双晶構造を有する電極」が開示されている。このような複数の対称中心を持つ双晶構造を実現するために、36〜42度回転YカットのLiTaO3あるいはLiNbO3基板をウェットエッチングする工程と、TiまたはCrバッファー層を設けることが、不可欠であることが記載されている。ところで、この特許文献23の発明者らは、非特許文献2において、38.5度回転YカットのLiTaO3基板上に、基板温度180℃で10nmのTiバッファーを蒸着した後、基板温度を室温まで下げて蒸着した150nmのAl膜の成長方位を極点図測定によって解析している。これによると、上述した(非特許文献1の)LiNbO3基板上のAl(111)双晶成長と全く同様で、LiTaO3の(001)面と平行にAl(111)が双晶成長していると記載されているので、特許文献23の「複数の対称中心を有するAl(111)双晶」も、LiTaO3の(001)面に平行に成長していると考えるのが妥当である。
【0026】
つまり特許文献23で得られるAl膜は、図14に示すようにドメイン(111)aが圧電基板bの法線Z1に対して(90−38.5)°、すなわち51.5°ずれた方向に成長するが、図において縦に成長したドメイン(111)群の中に、鏡面対称となる2つのドメイン(111)が混在しているといえる。
【0027】
この複数の対称中心を有する(111)双晶構造を有するAl電極を形成するためには、特許文献23にも記載されているように、下地電極層を形成する前に、圧電基板の表面に結晶面を露出させるために、リン酸、ピロリン酸、安息香酸、オクタン酸、塩酸、硝酸、硫酸、フッ酸、緩衝フッ酸および硫酸水素カリウムから選ばれた少なくとも1種類のエッチャントによるエッチング処理が必要である。ウェットエッチングによる前処理は、基板表面の状態を再現性良く制御するのは難しく、そのために歩留まりが悪いという問題がある。また、製造工程が増えるという観点からも好ましくない。
【0028】
【特許文献1】特開平6−6173号公報
【特許文献2】特開2002−368568号公報
【特許文献3】特開平9−135143号公報
【特許文献4】特開2005−39676号公報
【特許文献5】特開2002−135075号公報
【特許文献6】特開平5−90268号公報
【特許文献7】特開平7−135443号公報
【特許文献8】特開2001−94382号公報
【特許文献9】特開2003−188672号公報
【特許文献10】特開平3−14308号公報
【特許文献11】特開平3−48511号公報
【特許文献12】特開平6−132777号公報
【特許文献13】特開平7−170145号公報
【特許文献14】特開平8−28272号公報
【特許文献15】特開平5−183373号公報
【特許文献16】特開平8−154030号公報
【特許文献17】特開平7−162255号公報
【特許文献18】特開平5−199062号公報
【特許文献19】特開平8−204483号公報
【特許文献20】再公表WO99/16168
【特許文献21】再公表WO00/74235
【特許文献22】特開2003−101372
【特許文献23】特開2003−258594
【非特許文献1】O.Nakagawara et al.,Crystal Growth 249(2003),pp497−501
【非特許文献2】O.Nakagawara et al.,Proc.2003 IEEE Ultrasonics Symposium,pp1734−1737
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
800MHz〜2GHzのRF帯域の分波器(デュプレクサ)用の弾性表面波フィルタには低抵抗かつ耐電力性を有する電極材料が必要とされている。このためには、ストレスマイグレーション耐性に優れた単結晶Al膜が最も有望視されているが、64度回転YカットのLiNbO3基板上や、32度〜44度回転YカットのLiTaO3基板は、エピタキシャル成長に不可欠である低指数結晶面が基板表面と一致しないため、これらの圧電基板上への単結晶Al膜のエピタキシャル成長は、容易ではない。[背景技術]で詳述したように、基板の前処理やバッファー層を導入する等の工夫を施しても、同一基板上であっても得られる単結晶Al膜のエピタキシャル成長方位が様々であることからも、LiTaO3やLiNbO3基板上への単結晶Al膜を再現性良く成長させることが難しいことが分かる。
【0030】
すなわち、本発明の目的は、優れた耐電力性を有し、製造容易でかつ、再現性良く成長させることができる擬似単結晶Al電極膜を備えた表面弾性波素子及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0031】
上記の目的を達成するために、本発明者らは、LiTaO3やLiNbO3基板上へ、単結晶Alを再現性良くエピタキシャル成長させるための条件について詳細な検討を行った。特に、圧電基板の基板前処理についての処理条件や、圧電基板のYカット角、Ti下地膜膜厚に対して、得られるAl膜の成長モードがどう変化するのかを調べた。その結果、意外なことに、これまでAl単結晶膜のエピタキシャル成長に必須と考えられてきたウェットエッチング等による基板の前処理が、再現性の観点からは必ずしも好ましくないということが分かった。本来であれば、ウェットエッチング等による基板の前処理は、研磨等によって圧電基板表面上に存在する結晶構造の乱れた表面変質層を除去し、圧電基板表面に結晶面を露出させ、エピタキシャル成長のテンプレートを作り出す工程であるが、RF帯域の弾性表面波素子に使用されるタンタル酸リチウムやニオブ酸リチウム基板においては、こうして露出した結晶面は、低指数で表される低指数面ばかりでなく、より高次の指数で表される高指数面が共存するために、低指数面上に成長するAl単結晶膜ばかりでなく、高指数面上に成長するAl単結晶膜が共存するような状態となってしまう。高指数面は用いる圧電基板のカット角はもちろんのこと、ウェットエッチング条件によって様々に変化するために、再現性良く、単結晶Al膜を成長させることが難しくなってしまうものと考えられる。
【0032】
そこで、本発明者らは、圧電基板のウェットエッチング等による基板前処理工程を省略し、基板表面の汚れを落とすための洗浄処理例えば超音波洗浄のみを施した圧電基板を使い、Ti下地膜厚を変えて、Ti下地膜上に成長するAl膜の成長過程を調べたところ、これまでに報告のない形態の成長モードが存在し、これが再現性良くできることをつきとめ、本発明をなすに至った。この新しい成長モードによるAl膜は、単一の成長方位を持つ単結晶膜でも、複数の対称中心を有する双晶構造膜のいずれでもなく、2つの(111)ドメインからなるいわば擬似単結晶Al膜であって、以下に示すような特徴を有する。
【0033】
すなわち、本発明は、タンタル酸リチウム(LiTaO)あるいはニオブ酸リチウム(LiNbO)である単結晶の圧電基板と、該圧電基板上に形成された電極と、を備えた弾性表面波素子において、
前記電極は、チタン(Ti)からなる第1の膜と、該第1の膜上に形成されたアルミニウム(Al)あるいはAlに金属原子を微量添加したAl系合金からなる第2の膜と、からなり、
前記第2の膜は、各々互いに異なる方位に成長した2つの(111)ドメインよりなる結晶膜により構成され、
2つの(111)ドメインの〈111〉方向がいずれも圧電基板の表面に対し0〜10度の範囲内で傾き、
各(111)ドメイン面内においては〈11−2〉方向が揃っておりかつ一方の(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向と他方の(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向とは、互いに1〜15度離れていることを特徴とする。
本発明の具体的態様としては、前記2つの(111)ドメインのうち、少なくとも一方の(111)ドメインの<11−2>方向が、前記圧電基板面内のX軸方向におおむね平行である構造、あるいは前記2つの(111)ドメインが、前記圧電基板面内のX軸に対して、おおむね鏡面対称である構造が挙げられる。また前記圧電基板は例えば36〜50度回転Yカットのタンタル酸リチウム基板である。前記Ti下地膜の膜厚は、5nm〜100nmであることが好ましく、5nm〜20nmであることがより好ましい。
【0034】
他の発明は、タンタル酸リチウム(LiTaO)あるいはニオブ酸リチウム(LiNbO)である単結晶の圧電基板と、該圧電基板上に形成された電極と、を備え、前記電極は、チタン(Ti)からなる第1の膜と、該第1の膜上に形成されたアルミニウム(Al)あるいはAlに金属原子を微量添加したAl系合金からなる第2の膜と、からなり、 前記第2の膜は、各々互いに異なる方位に成長した2つの(111)ドメインよりなる結晶膜により構成され、2つの(111)ドメインの〈111〉方向がいずれも圧電基板の表面に対し0〜10度の範囲内で傾き、かつ2つの(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向が互いに1〜15度離れている弾性表面波素子を製造する方法であって、
前記圧電基板の表面を洗浄する洗浄工程と、
圧電基板上に前記第1の膜を形成する工程と、
前記第1の膜の上に前記第2の膜を形成する工程と、を含み、
前記洗浄工程は、ウエットエッチングを行わずに、圧電基板の表面に有機溶媒を接触させた状態で有機溶媒に超音波を印加して洗浄する工程であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、圧電基板上に形成されるAlあるいはAl系合金電極層が、方位角のずれが15°以内である2つの(111)ドメインよりなる擬似単結晶であるので、優れた耐電力性を示す。また、本発明の電極は、基板表面の結晶構造の乱れた加工変質層を除去するためのウェットエッチング等の基板前処理が不要であるため製造容易であるとともに、2つの(111)単結晶ドメインが別々に成長した擬似単結晶Al電極膜を再現性良く成長させることができるために、耐電力性に優れた表面弾性波素子を安価に、高い製造歩留まりで製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明の上記の目的、特徴および利点を明確にすべく、本発明の実施の形態について図を用いて説明する。
【0037】
図1は本発明の実施形態による弾性表面波素子1の一部を示す断面図である。圧電基板2上に電極3が形成されている。圧電基板2は、LiTaO3あるいはLiNbO3のいずれかであるが、より好ましくは、36〜50度回転YカットのLiTaO3あるいはLiNbO3基板である。ただし、RF帯域の弾性表面波素子として用いられる場合は、36〜50度回転YカットのLiTaO3がより好ましい。電極3は、圧電基板2上に形成されたTi下地膜(第1の膜)4とのこの上に形成されたAl膜またはAlにCuやMgなどの金属原子を微量添加したAl系合金膜からなる電極膜(第2の電極膜)5とを備えている。ここでいう「CuやMgなどの金属原子を微量添加」するとは、電気抵抗が高くなって実用上使えなくなる添加量よりも少ない添加量であり、例えば重量百分率でAlに対し、0.1〜5%程度である。なお、図1には、図示していないが、電極3の上面および側面を覆うように、電気絶縁性の薄膜が形成されていてもよい。
【0038】
このような弾性表面波素子1は、スパッタ装置等により、圧電基板2上へのTi下地膜4とAlあるいはAl合金膜5を順次堆積して積層膜を形成する成膜工程と、レジスト塗布、露光、現像により、この積層膜上に櫛形電極形状のレジストパターンを焼きつけるフォトリソグラフィ工程と、ドライエッチング装置等により、レジストパターンをマスクにして、積層膜を櫛形電極形状に加工するエッチング工程を経て製造される。
【0039】
AlあるいはAl合金からなる電極膜5は、2つの(111)ドメインよりなる擬似単結晶膜より構成され、2つの(111)ドメインの<111>方向は、いずれも圧電基板3の基板表面に対し、0〜10度の範囲内にあり、かつ(111)ドメイン面内の<11−2>方向が互いに1〜15度離れている。
【0040】
図2は2つのドメイン(111)D1、D2の配向関係を模式的に示した図であり、図2(a)の側面図に示すようにこれらドメイン(111)D1、D2の成長方向と圧電基板2との夫々のなす角度α1、α2がいずれも0〜10度である。また図2(b)の平面図において61、62は、夫々2つのドメイン(111)D1、D2の面内の〈11−2〉の方向に対応する結晶軸を示しており、各(111)ドメイン面内においては〈11−2〉方向が揃っている。つまり一方のドメイン(111)D1は、いずれの高さ部位においても結晶軸61の方向が揃っており、また他方のドメイン(111)D2は、いずれの高さ部位においても結晶軸62の方向が揃っている。そしてこれら結晶軸61、62(方向)のなす角βが1〜15度の範囲にある。
【0041】
本発明の一実施の形態では、電極膜5は、上述の2つの(111)ドメインのうち、少なくとも一方の(111)ドメインの<−1−12>方向が、該圧電基板面内のX軸方向におおむね平行になっている。
また、他の実施の形態では、電極膜5は、前記2つの(111)ドメインが、該圧電基板面内のX軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列している。
【0042】
すなわち、本発明のAlあるいはAl合金膜は、2つの(111)ドメインから成るものの、(111)面に垂直な方向である<111>結晶軸の傾斜角が、基板法線方向から0〜10度の範囲内に収まっていること、さらに、各(111)ドメイン面内の<11−2>方向が基板面内に対してほぼ平行であって、互いに1〜15度の角度を持っており、
A.2つの(111)ドメインのうち、少なくとも一方の(111)ドメインの<−1−12>方向が、該圧電基板面内のX軸方向におおむね平行になっているか、
B.あるいはまた、2つの(111)ドメインが、該圧電基板面内のX軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列した、擬似単結晶膜である。つまりこの場合には、2つの(111)ドメインが、該圧電基板面内のX軸に対して対称であるということである。
【0043】
このような2つの形態A、Bのいずれかになる理由の詳細は不明であるが、基板の研磨工程等で生ずる表面状態の違いに起因して、A、B2つの形態が現われるものと考えられる。ただし本発明は、このような態様に限られるものではない。
【0044】
擬似単結晶膜であると称している理由は、単一のドメインではないものの、2つのドメインの成長面である(111)面が、圧電基板表面に対してほぼ平行で、かつ、圧電基板面内のX軸方向におおむね平行になっていて、圧電基板とAl膜との間に、一定の方位関係、つまりエピタキシャル関係が認められるからである。言い換えれば2つの単結晶ドメインが別々に成長していることが認められるからである。
【0045】
Ti下地膜の膜厚は5nm以上であれば、上述の2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶膜が再現良く得られる。5nmより小さいと、一軸配向膜となってしまう。Ti下地膜が極端に薄かったり、設けられていない場合は、単結晶膜はおろか配向膜さえもえられない。一方、Ti下地膜厚を大きくすることによって、2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶構造が崩れることはないが、必要以上に厚くすることは、電極抵抗の増大を招くことになるので好ましくない。したがって、弾性表面波素子の電極として用いる場合、Ti膜厚は5〜10nmにすれば十分である。
【0046】
ストレスマイグレーションが生じるとき、Al原子あるいは空孔の拡散経路としては、結晶粒と結晶粒の境目である粒界と、結晶粒内の2つがある。前者を経路とする拡散は後者を経路とする場合に比べ数桁大きな拡散速度を有するため、結晶粒界をなくすあるいは減らすことが耐電力性を改善するためには有効であることは、(背景技術)で述べたとおりである。本発明の擬似単結晶膜は2つの(111)ドメインより構成されるが、上述したように、2つのドメインの面内の結晶軸間のずれ角はせいぜい15度であるから、結晶粒界を挟んで2つの結晶粒の傾斜角はせいぜい15度ということになって、本発明の擬似単結晶Al膜は、いわゆる小傾角粒界からなる粒界構造を持つことになる。一方、特許文献23や非特許文献1あるいは2に開示されている複数の(111)対称中心を有する双晶構造を有するAl膜は、一対の双晶構造に対する結晶粒の傾斜角が180度あり、さらに複数対の双晶が何らの相関もなく存在すると、いわゆる(111)の一軸高配向膜の粒界構造に近いものになる。したがって、弾性表面波素子電極のストレスマイグレーション耐性あるいは耐電力性については、(単一ドメインからなる)単結晶構造と本発明の2つの(111)ドメインよりなる擬似単結晶とは、同程度であり、また複数の(111)対象中心を有する双晶構造と一軸高配向とは、互いに同程度であるが、前記単結晶構造よりは小さい。
【実施例】
【0047】
本発明の具体的実施例の説明に先立ち、まず、圧電基板上に成長したAlあるいはAl合金膜の配向構造を解析、理解するために不可欠なX線極点図について説明する。
【0048】
前述したとおり、RF帯域のフィルタ等に用いられる弾性表面波素子の圧電基板は、64度回転YカットのLiNbO3や、32度〜44度回転YカットのLiTaO3というように、基板表面が圧電結晶の低指数面と一致することはまれで、一般的に圧電結晶の低指数面は基板表面に対して大きく傾斜している。このような傾斜面上にエピタキシャル成長したAlの状態を、通常のX線回折計で測定(2θ/θスキャン)しようとすると、Alの成長面が基板表面から傾いているために、ピークが全く現れないことになる。特許文献12、13、14、18では、まさにこのX線回折でピークが見られなかったという結果を持って、単結晶Alが成長していると判断している。しかしながら、この議論では不正確であり、基板表面と傾いた面上で一軸配向したとしても、ピークは観察できない可能性はある。したがって、基板表面に対して傾いた結晶面上にエピタキシャル成長しているかどうかを評価するためには、以下に説明する極点図測定を行わなければならない。
【0049】
極点図とは、ある結晶面がサンプルの中でどのような配向を持っているかを表した図であり、極ステレオ投影図に、注目すべき方位(これを極と呼ぶ)がどのような強度で分布しているかをプロットしたものである。つまり極点図を見れば、サンプル表面に対して、注目する結晶面がどう配向しているかの情報が得ることができる。極点図測定では、図3に示すように特定の結晶面に対応する2θを固定したまま、ω軸に直交する2つの軸、そのひとつは基板面内にあってω軸に直交するPsi軸、もうひとつは、基板中心をとおり表面法線に平行なPhi軸、をそれぞれ煽り・回転させながら、X線強度を測定することになる。極ステレオ投影図では、径方向がPsi、周方向がPhiである。
【0050】
例えば、基板表面と平行に(111)面が成長した単結晶Alを考える。CuKαのX線源を用いるとすれば、Al(111)面の回折角38.5°に2θを固定し、Psi、Phi軸をスキャンし、強度を極ステレオ投影図上にプロットすると図4に示したような極点図がえられる。すなわち、{111}面同士のなす角は70.5°であるため、中心にひとつと、Psi=70.5°の円周上で、120°おきに3つの(111)極が出現する。もし、(111)双晶であるとすると、図4のパターンと図4を180°回転させたパターンが重畳した図5のパターンとなる。つまり、Al(111)単結晶の場合は3回対称のパターンであるのに対し、Al(111)双晶構造の場合は、6回対称のパターンとなる。なお、基板の特定方向をPhi=0°としておけば、基板とAl膜の方位関係を抑えることができる。
【0051】
さらに、(111)面が基板表面から傾いた双晶構造の(111)極点図は、図5の中心にあった(111)極が基板表面の傾斜角だけPsiを移動した図6のようになる。図6はPsi=10°傾斜した場合の極点図である。非特許文献1で記載されているとおり、64度YカットLiNbO3基板上のAl膜は、基板表面から26°傾いたLiNbO3面上にA1(111)面が双晶成長するので、この場合の(111)極点図はまさに、中心がPsi=26°にある図6のようなパターンとなる。
【0052】
以上の例では、(111)極点図がどうなるかを説明したが、(100)極点図も同様に考えることができる。基板表面と平行に(111)面が成長した単結晶Alでは、{111}面と{100}面とのなす角は、54.7°なので、Al(200)面の回折角44.8°に2θを固定し、Psi,Phi軸をスキャンし、強度を極ステレオ投影図上にプロットすると、図7のようにPsi=54.7°の円周上に、120°おきに3つの(100)極が出現したパターンとなる。図4と図7を比較すると明らかなように、中心を除く3つのスポットの出現の仕方は、60°位相ずれがあるのが特徴である。(111)双晶さらに、傾斜成長した双晶の(100)極点図もこれにならって作図できる。
【0053】
配向構造解析にあたっては、複数の極に関する極点図測定を行い、お互いの極点図間に矛盾がないことを確認することが望ましい。また、(111)配向構造を議論するのであれば、(111)極点図を用いる方が解釈が容易である。特許文献23のような「複数の対称中心を有する(111)双晶構造」を表すにあたり、(100)極点図を用いると、対称中心である(111)極がどこにあるか分からないので、解釈を誤ることがある。
(実施例1)
まず40度YカットLiTaO3基板を有機溶媒例えばイソプロピルアルコール(IPA)中に浸漬し、この溶液に超音波を印加する超音波洗浄を行った後、DCマグネトロンスパッタ装置に導入した。5×10-8Torrまで真空排気後、マスフローコントローラを通して高純度Arガスを導入し、Tiを10nm、Alを200nm、順次積層した。いずれのターゲットに対しても、アルゴン圧7mTorr、DC0.5Aの条件で成膜した。なお、基板温度は室温とした。
【0054】
このAl膜についてCuKαをX線源とした4軸のX線回折装置を用い、(111)ならびに(200)の2つの極点図測定を行った。111反射および200反射の回折角(2θ)はそれぞれ、38.5°、44.8°である。この際、40度YカットLiTaO3基板のX軸とPhi=0°が一致するようにサンプルをX線回折計(ゴニオメータステージ)にセットした。
【0055】
図8ならびに図9にそれぞれ(111)極点図、(100)極点図を示す。まず(111)極点図をみると、中心部に2つの強いスポット(これをそれぞれA、Bとする)があって、それぞれを中心として、図中に点線で示した2つの三角形で示したパターンに注目する。なお、図8のこれ以外のシャープなスポットは、タンタル酸リチウム基板のピークであるので無視する。Aを中心とする三角形パターン、ならびにBを中心とする三角形パターンを、AとBが極ステレオ投影図の中心に来るように座標移動を行うと、図10に示すように、6つのスポットがPsi=70°の円周上にならび、Aを属するスポット同士、あるいはBに属するスポット同士は120°隔たってならんだパターンに変換され、Aを中心とする(111)単結晶ドメインとBを中心とする(111)単結晶ドメインの2つが存在することが分かる。つまり、2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶膜ができていることになる。なお。図10のように2つの(111)ドメインの中心を一致させると、両者の面内でのずれ角は10°であることが分かる。
【0056】
図8の極点図からさらに、各(111)ドメインとLiTaO3基板との整合関係について分析する。A、B、2つのスポットは、Psi=3°の円周上にあることから、2つの(111)単結晶ドメインは、その(111)結晶面がLiTaO3基板面におおむね平行、あるいは数度傾斜していることが分かる。さらに、40度YカットLiTaO3基板のX軸とPhi=0°が一致するので、各(111)ドメインの<−1−12>方向が、LiTaO3のX軸方向におおむね平行となっている。あるいは、2つの(111)ドメインが、X軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列しているということができる。上述したように、この場合は、2つの(111)ドメインは面内で約10°離れている。
【0057】
図8の(111)極点図で解析した構造は、図9の(100)極点図においても全く矛盾なく説明できる。しかし図9の(100)極点図においては、図8のような中心となる極がないので、(100)極点図のみからドメイン構造、特に、ドメインの<111>軸の基板表面からの傾き角やドメイン間の面内でのずれ角の値を正確に見積もるのは、面倒かつ困難である。したがって、以下の実施例では、すべて(111)極点図を用いることにする。
(実施例2)
第2の実施例として、40度YカットLiTaO3基板上での成長について説明する。本実施例ではイオンビームスパッタ装置を用いてTi/Al−0.5wt%Cu積層膜を成膜した。実施例1と同様、36度Yカットタンタル酸リチウム基板は、イソプロピルアルコール(IPA)による超音波洗浄後、イオンビームスパッタ装置に導入した。カウフマン型のイオンソースから引き出されたArイオンをターゲットに照射し、そこからスパッタされたターゲット材料を基板上に堆積させる。Tiターゲットは、ビーム電圧1000V、ビーム電流30mAの条件で、A1−0.5wt%Cuターゲットは、ビーム電圧1200V、ビーム電流50mAの条件で成膜した。それぞれの膜厚を5nm、200nmとした。アルゴン圧は2×10-4Torrであった。また、基板温度は室温とした。
【0058】
Al(111)極点図を図11に示す。2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶膜であることは実施例1と基本的には同じであるが、2つのドメイン間の面内でのずれ角が約5°とかなり接近していることを除けば、基本的な構造は実施例2と同じである。
【0059】
なお、2つの(111)ドメイン間の面内でのずれ角は、36度YカットLiTaO3基板上では、さらに小さくなった。Ti(5nm)/A1−0.5wt%Cu(200nm)における2つの(111)ドメイン間の面内でのずれ角は、1〜3°であった。
(実施例3)
第3の実施例として、50度YカットLiTaO3基板上での成長について説明する。イオンビームスパッタ装置を用いてTi/Al−0.5wt%Cu−3.5wt%Mg積層膜を実施例2と同じ条件で成膜した。Ti、Al−0.5wt%Cu−3.5wt%Mgの膜厚を10nm、200nmとした。
【0060】
Al(111)極点図を図12に示す。2つの(111)ドメインの中心となるスポットをA、Bとすると、それぞれの座標は(Phi、Psi)=(157°,6°)、(239°,9°)であるので、面垂直方向の整合関係は、(111)面に垂直な<111>軸は、タンタル酸リチウム基板表面に対し、それぞれ6°あるいは9°傾いていることになる。一方、面内の整合関係は、タンタル酸リチウム基板のX軸とPhi=0°が一致するので、各(111)ドメインの<−1−12>方向が、タンタル酸リチウムのX軸方向におおむね平行となっている。あるいは、2つの(111)ドメインがX軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列しているということができる。この場合は、2つの(111)ドメインは面内で約15°離れている。
(比較例)
比較例として、36度YカットLiTaO3基板上でのTi(lnm)/Al(200nm)積層膜のAl(111)極点図を図13に示す。サンプルは、実施例1と同じスパッタ装置ならびに成膜条件で成膜した。図13のように測定された極点図は、中心にスポットとPsi=70°の円周上にほぼ一様な強度をもったリングパターンとからなり、この膜が、一軸高配向膜であることを示している。なお、中心のスポットとリング以外のスポットは、LiTaO3基板からの回折点である。
【0061】
Ti下地膜厚が5nmより薄くなると、2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶は安定に成長できなくなる。Ti膜厚が極端に薄かったり、存在しない場合は高配向膜にもならず、いわゆる多結晶体構造の膜になった。基板のカットアングルを変えてTi膜厚の効果を調べたが、Ti下地膜厚が5nm以上あれば、カットアングルに大きく影響されずに、実施例1〜3に示したように、2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶膜は安定に成長できる。
(実施例4)
実施例1〜3、ならびに比較例で成膜した電極膜を、フォトリソグラフィならびにドライエッチングし、800MHz帯用に設計したラダー型弾性表面波フィルタを作製した。作製した弾性表面波フィルタについて耐電力性評価試験を行った。評価試験は、特許文献20あるいは21に記載されている評価系、試験条件に準拠して行った。その結果、比較例の一軸高配向電極の寿命に対し、本発明による実施例1〜3の2つの(111)ドメインからなる擬似単結晶Al電極のそれは、5000倍以上にもなり、本発明の電極膜の耐電力性が著しく向上することが分かった。
【0062】
以上説明した実施例では、圧電基板として、36〜50度YカットLiTaO3基板を用いたが、格子定数がほぼ同じLiNbO3基板上であっても、2つの(111)単結晶ドメインからなる擬似単結晶Al膜を安定に成長させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の一実施形態における弾性表面波素子の基本構造を示す図。
【図2】本発明に用いられる電極を構成する2つの(111)ドメインのイメージを示す説明図。
【図3】X線強度の測定における結晶面とX線の入射との関係を示す説明図。
【図4】基板面に平行に(111)面が成長した単結晶膜の(111)極点図。
【図5】基板面に平行に(111)面が成長した双晶膜の(111)極点図。
【図6】基板面に対し傾斜成長した(111)双晶膜の(111)極点図。
【図7】基板面に平行に(111)面が成長した単結晶膜の(100)極点図。
【図8】40度YカットLiTaO3基板/Ti(10nm)/Al(200nm)のAl(111)の極点図(実測図)
【図9】40度YカットLiTaO3基板/Ti(10nm)/Al(200nm)のAl(200)の極点図(実測図)
【図10】図7のAl(111)の極点図で、2つの(111)ドメイン中心スポットを極ステレオ投影図の中心に移動させ、2つのドメインの(111)面内の相対関係を表した図。
【図11】40度YカットLiTaO3基板/Ti(5nm)/Al(200nm)のAl(111)の極点図(実測図)
【図12】50度YカットLiTaO3基板/Ti(10nm)/Al(200nm)のAl(111)の極点図(実測図)
【図13】36度YカットLiTaO3基板/Ti(1nm)/Al(200nm)のAl(111)の極点図(実測図)。
【図14】双晶膜のイメージを示す説明図。
【符号の説明】
【0064】
1 弾性表面波素子
2 圧電基板
3 電極
4 Ti下地膜
5 AlまたはAl系合金膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンタル酸リチウム(LiTaO)あるいはニオブ酸リチウム(LiNbO)である単結晶の圧電基板と、該圧電基板上に形成された電極と、を備えた弾性表面波素子において、
前記電極は、チタン(Ti)からなる第1の膜と、該第1の膜上に形成されたアルミニウム(Al)あるいはAlに金属原子を微量添加したAl系合金からなる第2の膜と、からなり、
前記第2の膜は、各々互いに異なる方位に成長した2つの(111)ドメインよりなる結晶膜により構成され、
2つの(111)ドメインの〈111〉方向がいずれも圧電基板の表面に対し0〜10度の範囲内で傾き、
各(111)ドメイン面内においては〈11−2〉方向が揃っておりかつ一方の(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向と他方の(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向とは、互いに1〜15度離れていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
前記2つの(111)ドメインのうち、少なくとも一方の(111)ドメインの<11−2>方向が、前記圧電基板面内のX軸方向におおむね平行であることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波素子。
【請求項3】
前記2つの(111)ドメインが、前記圧電基板面内のX軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列されたことを特徴とする請求項1記載の弾性表面波素子。
【請求項4】
前記圧電基板が、36〜50度回転Yカットのタンタル酸リチウム基板であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項5】
前記Ti下地膜の膜厚が5nm〜20nmであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項6】
タンタル酸リチウム(LiTaO)あるいはニオブ酸リチウム(LiNbO)である単結晶の圧電基板と、該圧電基板上に形成された電極と、を備え、前記電極は、チタン(Ti)からなる第1の膜と、該第1の膜上に形成されたアルミニウム(Al)あるいはAlに金属原子を微量添加したAl系合金からなる第2の膜と、からなり、 前記第2の膜は、各々互いに異なる方位に成長した2つの(111)ドメインよりなる結晶膜により構成され、2つの(111)ドメインの〈111〉方向がいずれも圧電基板の表面に対し0〜10度の範囲内で傾き、かつ2つの(111)ドメイン面内の〈11−2〉方向が互いに1〜15度離れている弾性表面波素子を製造する方法であって、
前記圧電基板の表面を洗浄する洗浄工程と、
圧電基板上に前記第1の膜を形成する工程と、
前記第1の膜の上に前記第2の膜を形成する工程と、を含み、
前記洗浄工程は、ウエットエッチングを行わずに、圧電基板の表面に有機溶媒を接触させた状態で有機溶媒に超音波を印加して洗浄する工程であることを特徴とする弾性表面波素子の製造方法。
【請求項7】
前記2つの(111)ドメインのうち、少なくとも一方の(111)ドメインの<11−2>方向が、前記圧電基板面内のX軸方向におおむね平行であることを特徴とする請求項6記載の弾性表面波素子の製造方法。
【請求項8】
前記2つの(111)ドメインが、前記圧電基板面内のX軸に対して、おおむね鏡面対称になるように配列されたことを特徴とする請求項6記載の弾性表面波素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2007−134932(P2007−134932A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−325663(P2005−325663)
【出願日】平成17年11月10日(2005.11.10)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】