説明

微小試料採取プローブ

【課題】デバイス等の不良原因となる数μmの微小異物を採取し、コンタミレスで質量分析を行うことを課題とする。
【解決手段】数μmの微小異物の採取用プローブ先端部に局所加熱機構を持たせることにより、微小異物の採取と異物の加熱が同一のプローブで行うことが可能となる。該プローブは直接質量分析装置に装着することができるためコンタミレスで分析を行うことができる。またプローブ先端部の異物のみを加熱することにより、仮にプローブの先端部以外にコンタミ物質が付着したとしても先端部以外は加熱されずS/Nの良好なマススペクトルが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微小な分析試料に対しコンタミ(汚染)を抑制し、高感度な分析を可能とするための質量分析技術に関する。更に詳しくは、電子デバイス等の試料中に存在する1〜数十μm程度の微小異物を採取、分析、同定するための分析技術に関する。
【背景技術】
【0002】
精密な電子デバイスの製造工程で発生する数μm程度の微小異物は製品不良の原因となり大きな問題となる。特に有機材料を多用する液晶ディスプレイの製造工程では高分子有機物の微小異物が歩留り低下の原因となることがある。有機微小異物の分析/同定には、通常、顕微ラマンや顕微FT−IRといった分光手法が用いられる。これら分光法を用いると有機物の分子構造に関する多くの情報が得られ、未知の有機物の同定には非常に有用なツールとなる。しかしFT−IRは赤外光を用いるため空間分解能が10μm程度と大きく、数μmの微小異物には適用できない場合が多い。また、製造工程で200℃以上の熱履歴を経た高分子有機異物はレーザ照射により蛍光を発することが多く顕微ラマン分光法でも同定できない場合が多い。このような場合、質量分析法が未知の有機化合物の同定に有効である。質量分析法では試料を気化させてイオン化する必要があるが、高分子有機物のような難揮発性の試料は、通常、急速加熱により熱分解させる必要がある。こうして元の分子のフラグメントイオンのマススペクトルが得られ、未知試料の同定が可能となる。
【0003】
上記の顕微FT−IRや顕微ラマン法では、微小異物の付着した基板をそのまま分析装置にセットして分析が可能である。しかし、通常市販されている質量分析装置では、微小異物試料を採取、単離する必要がある。質量分析では、採取した試料全てが分析対象となるため、異物採取の際に目的以外の周辺部分が混入してしまうと周辺部からの情報のために目的異物のS/N(信号/ノイズ比)が低下してしまう。また、採取時または採取してから分析するまでに外部からのハイドロカーボン等のコンタミ(汚染)がS/N低下の原因となる場合がある。
【0004】
従来の質量分析におけるサンプリング(質量分析装置への分析試料のセット)は、通常、針状のプローブ等を用いて固体微小異物を一旦針先に採取した後、分析用のサンプルホルダへ装着セットする。例えば、市販のガスクロマトグラフ質量分析装置に通常オプションとして用意されている直接導入プローブを用いる場合、φ1mm×深さ数mm程度の石英ガラスの容器内に微小サンプルを挿入することになる。微小異物の入った石英ガラス容器をヒータで加熱し、試料を熱分解・気化させて分析を行う。またガスクロマトグラフのキャピラリカラムの前段階に装着された熱分解装置に微小異物試料を導入する際にも専用の試料容器等へのセットが必要となる。例えば熱分解装置としてキューリポイントパイロライザを使用する際には数mm角程度の強磁性体の薄片(パイロホイル)に試料を包み、これに高周波を印加してパイロホイルのキューリ点まで瞬時のうちに加熱して試料の熱分解・気化を行う。また、試料をPt容器にセットして、加熱されている炉内に落下させ急速加熱を行う機構の装置もある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高分子有機物などの難揮発性物質の質量分析法として、特開2003−107061号公報に熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法が開示されている。この中で、熱分解質量分析法として、Ptカップ中に試料をセットし加熱室に導入することにより、難揮発性有機化合物試料を質量分析する方法を開示している。しかし前記開示例では難揮発性材料を分析する方法についての記載はあるが、数μmといった微小物の分析法に関しての言及はない。
【0006】
また特開平8−148116号公報には微小異物の質量分析法として顕微レーザ飛行時間型質量分析の方法が開示されている。ここでは微小異物の分析法として、集光されたレーザ光を数μmの対象物に照射しながら質量分析を行う方法が開示されている。しかしながら集光された大きなエネルギ密度を持つレーザ光によるイオン化で、有機高分子化合物は結合がバラバラに切断されたフラグメントイオンとなる。このフラグメントイオン化は、レーザの安定性や照射条件等に大きく依存するため、毎回安定したスペクトルを得ることが非常に難しく、測定するたびに異なるマススペクトルが得られる場合がある。このため未知試料を同定する手段として上記方法はふさわしくない。このように従来の質量分析では、未知の難揮発性高分子有機微小異物の同定手段としての工夫がなされていなかった。
【0007】
かかる課題を考慮してなされた本発明の第一の目的は、数μmの未知難揮発性高分子有機微小異物の同定を行うことにある。前記目的を達成するために本発明では、先端の鋭いプローブで採取した微小試料をコンタミレスで質量分析装置に導入し、なおかつ試料部分のみを加熱し気化・熱分解させることにより、難揮発性高分子有機微小異物に対して良好なS/Nを持つマススペクトルデータを与える質量分析装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明の微小異物採取用プローブは先端が鋭く、かつ先端部のみを加熱できる構成となっている。
【0009】
すなわち本発明に備えられる微小異物採取用プローブは数μmの微小異物の採取と、採取した異物のみを加熱する局所加熱機構の両方の機能を備えている。プローブ先端部は微小異物の採取が容易なように先端が鋭い針状、ヘラ状、または極細のワイヤをループ状にした形に形成され、また局所加熱機構は有機高分子試料の気化・熱分解が可能なように500℃以上に加熱できる構造となっている。この局所加熱機構を有するプローブは、分析の用途に応じて、瞬間的に目的温度まで昇温したり、ある昇温速度で目的温度まで昇温できることが望ましい。また本発明の局所加熱機構を有する微小異物採取用プローブは、異物採取後に目的試料以外のコンタミを極力抑制するために、再度分析用の試料ホルダ等への転写を必要としないよう直接質量分析装置に取付けられる構造となっている。
【0010】
また本発明の質量分析用直接導入ロッドは、ロッド先端に上記の微小異物採取プローブを容易に装着可能であり、かつプローブ先端を加熱することにより気化・熱分解された試料を、質量分析装置のイオン源へと速やかに導入させることが可能である。
【0011】
また本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置は、キャピラリカラムに試料気体を導入する前段に微小異物採取プローブを容易に装着可能であり、かつプローブ先端を加熱することにより気化・熱分解された試料を、ヘリウム等のキャリアガスとともにキャピラリカラムへ導入できる構造となっている。
【発明の効果】
【0012】
本発明はデバイスの不良原因となる数μmの異物の質量分析を用いた分析法において、微小異物の採取を行うためのプローブに局所加熱機構を持たせることにより、異物の採取と異物の気化・熱分解とを同一のプローブを用いて行うことを可能とした。これにより、微小(微量)のサンプルに対し、コンタミレスでS/Nの良いマススペクトルデータを与えることが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の実施形態を図にしたがって説明する。
(実施例1)
図1aに本発明の局所加熱機構を有する、微小異物採取用プローブを示す。プローブ1の先端は太さ約5μmのPt線2で構成されている。プローブ全体を絶縁体3で覆い剛性を持たせている。プローブのPt線2とは逆側に電気的接続のためのリード線4を取付けた構造となっている。プローブ先端部のPt線2の抵抗値は室温で約2.5Ωである。プローブ先端部Pt線2のみを加熱するため絶縁体3中を通る配線も含めリード線4はPt線2よりも低抵抗であることが望ましい。プローブ先端のPt線2部で直径約3μmのポリスチレンビーズの採取を試みた。強度的に何の問題も無くポリスチレンビーズは採取できた。次にそのままポリスチレンビーズをプローブ先端に付着させたまま、大気中で顕微鏡観察しながらPt線に電圧を印加した。その結果電圧を0.3V印加し、電流0.08A程度のときに徐々にビーズは変形し、それ以上電圧を上げると急速に小さくなり、ついに消失した。室温のときよりも抵抗値が増大しており高温になっていることが分かる。同様に、0Vから一気に0.35Vの電圧を印加するとポリスチレンビーズは瞬間的に消失した。このことより、本発明のプローブは数μmの有機微小異物を採取し、それを加熱し気化・熱分解するのに好適であることが確認された。
【0014】
本実施例では、Pt線を用いたプローブを示したが、Pt−Rh線、ニクロム線等、汎用的なヒータ線材料を用いても良い。また上記実施例では図1aに示す先端部を鋭く加工したが、図1bのようにPt線2をループ状に加工するだけでも良い。5μmのワイヤをループ状に加工した場合でも3μmのポリスチレンは容易に採取できる。
(実施例2)
次に強磁性体材料で作製したプローブの例を示す。図2に強磁性体材料で作製したプローブ5を示す。本実施例では、先端から約0.5mmのところに溝6を形成し、後で折ることが容易な構造としている。この強磁性体プローブ5を用いて直径約3μmのポリスチレンビーズ数個を採取し、通常の質量分析装置のオプションとして広く用いられている直接導入プローブ用石英ガラスカップにプローブ先端を差し込み、溝6からプローブを折りポリスチレンビーズ数個を付着させたプローブ先端部5aのみを石英ガラスカップに入れた。この後、通常のキューリポイント直接導入プローブで分析するときと同様に質量分析装置に挿入した。質量分析を行いながら、高周波(1MHz)を3秒間印加すると、ポリスチレンのマススペクトルが得られ、強磁性体プローブで採取したポリスチレンの分析が可能であることを確認した。なお、プローブ先端部に溝6を形成し、プローブを折ってから分析したのは、高周波によりプローブ5全体が加熱され、異物の付着していない部分5bからの脱ガス等の影響を避けるためである。
【0015】
本実施例では、プローブ全体が強磁性体材料である例を示したが、全体が強磁性体である必要は無く、先端のみが強磁性体であれば良い。高周波の印加により加熱されるのは異物が付着している強磁性体の先端のみが加熱されるため、この場合は先端を折らなくてもコンタミ等による悪影響は少ない。
【0016】
また、全体が強磁性体であるプローブを用いる場合、高周波印加用のコイルがプローブ先端のみを加熱するような構成となっていれば先端を折らなくてもコンタミ等による悪影響は少ない。
(実施例3)
次に図3を用いて局所加熱機構を有する微小異物採取用のプローブを装着可能な質量分析用直接導入ロッドについて説明する。図3に示すように電流を導入するために内部に配線12を施したロッド11の先端部には、微小異物採取用のプローブ1を装着できるような構造となっている。この際プローブ1の着脱が容易なようにロッド11の先端部の電極13は板バネを用いプローブ1の2本の電極14を挟みこめるような構造とした。この構造により異物採取用プローブ1は質量分析用直接導入ロッド11にワンタッチで装着できるようになりコンタミを極力抑制することが可能となった。直接導入ロッド11の後ろ側には電流導入のための配線15が出されておりこれらは電源兼温度コントローラ16に接続される。電極13に電極14を挟み込んでロッド11の先端にプローブ1を取付けた状態を図3(b)に示す。本発明の試料直接導入ロッドはプローブ1とロッド11とを合わせた構成となっている。異物採取プローブ1でφ3μmのポリスチレンビーズ数個を採取し、直接導入ロッド11の先端部に装着して質量分析装置に挿入、分析した結果スチレンモノマーのマススペクトルを確認した。
【0017】
本実施例では、異物採取プローブの局所加熱用にφ5μmという非常に細いPt線2を用いた。このため加熱時に市販の熱電対での温度計測を試みたが、熱電対の熱容量に比べPt線2自体の熱容量が非常に小さいため、正確な温度測定ができなかった。このため、予め非接触の顕微放射温度計を用いて投入電力と到達温度との校正曲線を作成し、これを元に温度制御を行った。本実施例よりも熱容量が大きい加熱機構を用い、熱電対での正確な温度計測が可能な場合は、リアルタイムでのフィードバックによる電力制御を行っても良い。
【0018】
また本実施例では、直接導入ロッドの先端に極細Ptワイヤによる局所加熱機構をもつプローブを装着する例を示したが、図4に示すように高周波印加による強磁性体の加熱方式を用いても良い。ここでは異物が付着している強磁性体プローブの先端部5aを石英ガラス製の容器17中に挿入し、直接導入ロッド11の先端部に備えられている高周波印加用コイル18中に石英ガラス製容器17を設置した。高周波発生装置19により1MHzの高周波を印加し質量分析を行った結果スチレンモノマーのマススペクトルが得られた。
(実施例4)
次に図5を用いて、局所加熱機構を有する微小異物採取用のプローブを装着可能なガスクロマトグラフ質量分析計について説明する。ガスクロマトグラフ21に設けられた試料室22はセプタム23に突き刺したニードル24を介してスプリッタ25、キャピラリカラム26と接続されている。試料室22に試料採取用プローブ1を装着し電源兼温度コントローラ16に接続した構成となっている。プローブ1の先端にφ3μmのポリスチレンビーズ数個を付着させ、約600℃まで加熱してキャリアガス28としてHeを用いて分析を行いスチレンモノマーのマススペクトルを得た。
【0019】
なおガスクロマトグラフの測定条件は、以下の通りである。
【0020】
・使用カラム:微極性、内径0.25mm、長さ30m
・カラム入口圧力:100kPa
・スプリット比:20
・カラムの昇温条件:10℃/分(Max270℃)
本実施例ではPtワイヤによる加熱方式を示したが、高周波を用いた強磁性体の加熱方式を用いても良い。この場合には図6に示すように試料室に高周波印加用のコイルを設け、試料室に挿入した強磁性体プローブ5の先端部に高周波を印加できるような構造であればよい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の加熱機構を有する異物採取用プローブを説明した図。
【図2】本発明のキューリポイント高周波加熱用の異物採取プローブを説明した図。
【図3】本発明の質量分析用試料直接導入ロッドを説明した図。
【図4】本発明の質量分析用試料直接導入ロッドを説明した図。
【図5】本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置を説明した図。
【図6】本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置を説明した図。
【符号の説明】
【0022】
1…異物採取プローブ、2…Pt極細ワイヤ、3…絶縁体、4…リード線、5…強磁性体異物採取プローブ、5a…強磁性体異物採取プローブ先端部、5b…強磁性体異物採取プローブ軸部、6…溝部、11…試料直接導入ロッド、12…ロッド内内部配線、13…ロッド側電極、14…プローブ側電極、15…配線、16…電源兼温度コントローラ、17…石英ガラスカップ、18…高周波印加用コイル、19…高周波印加用電源兼温度コントローラ、21…ガスクロマトグラフ部、22…試料室、23…セプタム、24…ニードル、25…スプリッタ、26…キャピラリカラム、27…質量分析部、28…キャリアガスの流れ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小な分析試料を採取するためのプローブであって、プローブ先端のみを加熱することのできる局所加熱機構を備えることを特徴とする微小試料採取プローブ。
【請求項2】
前記局所加熱機構が金属ワイヤに電流を流すことにより加熱されることを特徴とする請求項1に記載の微小試料採取プローブ。
【請求項3】
前記局所加熱機構の金属ワイヤの太さが5〜20μmであることを特徴とする請求項2に記載の微小試料採取プローブ。
【請求項4】
請求項1に記載の微小試料採取プローブにおいて、先鋭化された針状の先端を有し、かつ少なくとも先端部の材質が強磁性体材料であり、針先に高周波を印加することにより強磁性体のキューリ点まで加熱可能であることを特徴とする微小試料採取プローブ。
【請求項5】
質量分析装置にサンプルをイオン源近傍まで直接導入できる直接導入ロッドにおいて、ロッド内部に電流を導入するための機構を備え、ロッド先端に請求項1〜3に記載の微小試料採取プローブが装着ならびに電気的に接続され、かつ質量分析装置に挿入した状態で前記プローブ先端に付着させた試料を加熱し、気化または熱分解させた試料の分析を可能とすることを特徴とする質量分析用の試料直接導入ロッド。
【請求項6】
質量分析装置にサンプルをイオン源近傍まで直接導入できる直接導入ロッドにおいて、ロッド先端部に高周波発生用のコイルを備え、コイル内部に請求項4に記載の微小試料採取プローブの少なくとも先端部分の装着が可能で、かつ質量分析装置に挿入した状態で前記コイルに高周波を発生させることにより、該微小異物採取プローブの先端に付着させた試料を加熱し、気化または熱分解させた試料の分析を可能とすることを特徴とする質量分析用の試料直接導入ロッド。
【請求項7】
気体試料の質量分析を行うためのガスクロマトグラフ質量分析装置において、キャピラリカラムの前段の試料導入部分に、前記請求項1〜3に記載の微小試料採取プローブを装着可能で、かつ該微小試料採取プローブを装着した状態で前記プローブ先端に付着させた試料を加熱し、気化、または熱分解させた試料の分析を可能とすることを特徴とするガスクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項8】
気体試料の質量分析を行うためのガスクロマトグラフ質量分析装置において、キャピラリカラムの前段の試料導入部分に、前記請求項4に記載の微小試料採取プローブを装着可能で、かつ該微小試料採取プローブを装着した状態で前記プローブ先端に高周波を印加することにより、前記プローブ先端に付着させた試料を加熱し、気化、または熱分解させた試料の分析を可能とすることを特徴とするガスクロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−3016(P2008−3016A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−174726(P2006−174726)
【出願日】平成18年6月26日(2006.6.26)
【出願人】(502356528)株式会社 日立ディスプレイズ (2,552)
【Fターム(参考)】