説明

微生物によるグルコシルグリセレートの製造方法

【課題】微生物によるグルコシルグリセレートの製造方法を提供する。
【解決手段】ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属するグルコシルグリセレート生産菌を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中にグルコシルグリセレートを生成させるグルコシルグリセレートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物によるグルコシルグリセレートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に代わる燃料として、バイオディーゼル(BDF)の生産が欧州などにおいて盛んに行われてきている。バイオ燃料であるBDFは油脂から製造される燃料であるが、製造過程においてグリセリン等が付随して生産されてくる。また、グリセリンは天然油脂から高級アルコールや脂肪酸を合成する過程においても副産物として生産されてくる。環境問題等の観点から、副産物であるグリセリンを廃棄物として出すことなく有効利用することが望まれている。
【0003】
このような観点から、グリセリンを種々の化学合成品の原材料として利用することが検討されており、現在のところ、グリセリンは主にエピクロロヒドリンやプロピレングリコールなどの合成原料として用いられている。また、微生物を用いてグリセリンを有効物質に変換する検討も種々行われており、例えば酢酸菌を用いたグリセリン酸への変換が報告されている(非特許文献1)。しかしながら、このような用途だけでは上記副産物であるグリセリン廃棄物を十分に有効利用することはできず、環境問題、エネルギー問題の解決には課題が残る。
【0004】
グルコシルグリセレートは、エルウィニア(Erwinia)属、マイコバクテリウム(Mycobacterium)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、シネココッカス(Synechococcus)属、パーセフォネラ(Persephonella)属、メタノハロフィルス(Methanohalophilus)属などの菌株において菌体内成分として見出された化合物で(非特許文献2及び非特許文献3)、酵素や基材等の安定化剤としての用途が期待される物質である。
微生物を用いたグリコシルグリセレートの製造方法として、例えば、グリセリンを含む培地で培養した放線菌がグリコシルグリセレートを生産したとの報告がある(非特許文献2)。また、菌体内におけるグルコシルグリセレート生合成に関し、遺伝子レベルでの解析もなされており、グルコシルグリセレートの合成に関与する遺伝子が示唆されている(非特許文献3、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2009/028973号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Appl. Microbiol. Biotechnol., 2009, 81, 1003-1039
【非特許文献2】Folia Microbiol., 2007, 52, 451-456
【非特許文献3】Systematic and Applied Microbiology, 2008, 31, 159-168
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、微生物を用いたグルコシルグリセレートの製造方法の提供を課題とする。また、本発明は、前記方法に用いる微生物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は上記課題に鑑み、グリセリンを有効利用し、かつ酵素等の安定化剤として有用性の高いグリコシルグリセレートを生産しうる微生物について鋭意検討を行った。その結果、ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属する微生物がグルコシルグリセレート生産能を有することを見出した。本発明はこの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0009】
本発明は、ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属するグルコシルグリセレート生産菌を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中にグルコシルグリセレートを生成させることを特徴とするグルコシルグリセレートの製造方法を提供する。
【0010】
また、本発明は、ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属し、資化可能な炭素源からのグルコシルグリセレート生産能を有する微生物を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、グルコシルグリセレートを効率的に製造することができる。また、本発明によれば、前記方法に好適に用いる微生物を提供することができる。グルコシルグリセレートは高温や高塩条件下で、菌体内成分の保護剤として作用していることから、本発明の製造方法により得られたグルコシルグリセレートにより、酵素や基材等の安定化剤、具体的には、化粧品基材の安定化剤や、菌体外酵素反応の安定化剤等の提供が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】KSM−TB441株の16S rRNAを用いた系統樹である。図中左下の線はスケールバーを、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を示す。菌名の末尾のTはその種の基準株を示す。
【図2】実施例における培養液の上清の特徴的ピークのMS分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について、その好ましい実施態様に基づき詳細に説明する。
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法は、ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属するグルコシルグリセレート生産菌を、資化可能な炭素源を含む培地に培養し、培地中にグルコシルグリセレートを生成させることを特徴とする。ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属する微生物がグルコシルグリセレート生産能を有することは、本発明者らによって初めて見い出された知見である。
【0014】
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法に用いられる微生物は、グルコシルグリセレートを生成することができるロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属するものであれば特に制限はない。
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法において、配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16S rRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示すグルコシルグリセレートの生産能を有するロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属する微生物を用いることが好ましい。
(菌学的性質)
(1)グラム染色性 陰性
(2)細胞形態 桿状又は卵円状又は球状又は短桿菌状
(3)芽胞形成の有無 無し
【0015】
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法に用いられる微生物は、グルコシルグリセレート生産能を有するロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属する微生物の中でもグルコシルグリセレート生成能が高いロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株であることが、更に好ましい。なお、ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株は、2009年9月17日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に、受託番号 FERM P−21849として寄託された。
【0016】
本発明に用いることができる微生物は、例えば、グリセリン資化性菌の中から取得することが出来るが、取得方法はこれに制限するものではない。これら資化性菌を、例えば、グリセリンを含有するDifcoTM Marine Agar 2216培地 (Becton, Dickinson and Company社製:以下BD社製と略記)で培養し、以下に記載の菌学的性質(培養的性質、形態的性質、生理学的性質化学分類学的性質)を適宜組み合わせた指標によりコロニーをスクリーニングすることで、本発明に用いることができる微生物を見出すことができる。
【0017】
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法に特に好ましく用いることができるロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株(受託番号 FERM P−21849)の菌学的性質は、以下の通りである。
【0018】
(a)培養的性質
1.DifcoTM Marine Agar 2216培地 (BD社製):25℃、3日間で良好に生育
2.グリセリンを10%含有するLB−人工海水寒天培地(1.25% LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、10% グリセリン、3.6% 人工海水、1.5% 寒天、pH9)における生育:25℃、6日間で良好に生育
3.10%グリセリンを含むMA寒天培地(10% グリセリン、3.5% DifcoTM Marine Broth 2216培地 (BD社製)、1.5% 寒天、pH9)における生育:25℃、6日間で良好に生育
【0019】
(b)形態的性質
DifcoTM Marine Agar 2216培地 (BD社製)における、25℃、72時間培養後のコロニー形態を示す。
1.直径:1.0mm
2.色調:淡黄色
3.形状:円形
4.隆起状態:レンズ状
5.周縁:全縁
6.表面形状:スムーズ
7.透明度:不透明
8.粘稠度:バター様
【0020】
(c)生理学的性質
1.細胞形態:桿菌(0.7−0.8×1.0−1.5μm)
2.グラム染色:陰性
3.胞子の有無:陰性
4.運動性:陰性
5.生育温度試験
30℃ 生育する
37℃ 生育せず
6.カタラーゼ反応:陽性
7.オキシダーゼ反応:陽性
8.グルコースからの酸/ガス産生
酸産生:陰性
ガス産生:陰性
9.O/Fテスト(酸化/醗酵)
酸化:陰性
醗酵:陰性
10.嫌気状態での生育:陽性
11.明所条件下で生育した時の色素産生:陰性
12.生化学試験(反応/酵素)
硝酸塩還元反応 :陰性
インドール産生反応 :陰性
ブドウ糖 酸性化反応 :陰性
アルギニンジヒドロラーゼ :陰性
ウレアーゼ :陽性
エスクリン加水分解反応 :陽性
ゼラチン加水分解 :陰性
β−ガラクトシダーゼ :陰性
チトクロームオキシダーゼ :陽性
13.資化性試験
ブドウ糖 :陰性
L−アラビノース :陰性
D−マンノース :陰性
D−マンニトール :陰性
N−アセチル−D−グルコサミン:陰性
マルトース :陰性
グルコン酸カリウム :陰性
n−カプリン酸 :陰性
アジピン酸 :陰性
dl−リンゴ酸 :陰性
クエン酸ナトリウム :陰性
酢酸フェニル :陰性
14.最適生育温度範囲:20〜30℃
15.最適生育pH範囲:7.0〜9.0
【0021】
(d)化学分類学的性質
ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株の16S rRNAをコードする塩基配列は、ロドバクター(Rhodobacter)属、パラコッカス(Paracoccus)属、ヘマトバクター(Haematobacter)属、などのロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に由来する16S rRNAをコードする塩基配列との間で高い同一性(identity)を示し、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)ATCC17023株の16S rRNAをコードする塩基配列に対し、94.2%の最も高い同一性を示す。また、GenBank/DDBJ/EMBL登録のPseudorhodobacter incheonensisの16S rRNAをコードする塩基配列とは、1419bpの領域に渡って100%の同一性を有する。尚、Pseudorhodobacter incheonensisは現時点で国際細菌命名規約に基づく有効な学名ではない。
さらに、塩基配列の同一性検索で検出された標準株の16S rRNAをコードする塩基配列を用いて簡易分子系統解析(GENETYX−WINプログラム ver.6; (SDC Software Development, Japan)のマルチプルアライメントの近隣接合法を用いて作製)を行ったところ、KSM−TB441株が科レベルではRhodobacteraceae科に帰属する可能性が高いことがわかった(図1)。
【0022】
(e)その他の特徴
上記に示した性質は、ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株が、ロドバクテラセアエ科であることを支持するが、これらの16S rRNA及び生理・生化学的性質と類似する既知の属種が見当たらないことから、ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)であると同定される。
【0023】
本発明のグルコシルグリセレートの製造方法において、ロドバクテラセアエ科に属し、16S rRNA遺伝子が、ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株の16S rRNAをコードする配列番号1に示す塩基配列と16S rRNAの塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列を含むと共に前記の菌学的性質を示し、資化可能な炭素源からのグルコシルグリセレート生産能を有する微生物を用いることができる。
【0024】
分子系統樹に基づいて生物や遺伝子の進化を研究する手法は、分子系統学として確立されている(例えば、木村資生編分子進化学入門(培風館)第164〜184頁、「7分子系統樹の作り方とその評価」参照)。16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統樹は、対象の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列を、菌学的性質から同微生物と同種又は類縁と推定される公知の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列とともに、多重アラインメント及び進化距離の計算を行い、得られた値に基づいて系統樹を作成することにより、得ることができる。分子系統樹の作成に用いる公知の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、既存のデータベースの同一性検索によっても、取得することができる。ここで、進化距離とは、ある遺伝子間の座位(配列の長さ)あたりの変異の総数をいう。
【0025】
本発明において、分子系統学上同等とは、前記分子系統樹において同属と認められる微生物を指すが、その中でも、16S rRNA遺伝子の塩基配列の同一性(identity)が97%以上であればより類縁であり、99%以上であれば同一種である可能性が高いと認められる。ここで、塩基配列の同一性とは、比較する2つの塩基配列を必要に応じて間隙を導入して整列(アラインメント)させ、得られる最大の塩基配列の同一性(%)をいう。塩基配列の同一性を決定する目的のためのアラインメントは、当業者の周知の種々の方法を用いて行うことができ、例えばBLASTのような公に入手可能なコンピュータソフトウエアや、DNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング(株))並びにGENETYX((株)ゼネティックス)等の市販のソフトウェアを使用することもできる。
【0026】
上記のようなロドバクテラセアエ科に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地で培養することにより、同培地中にグルコシルグリセレートを生成させることができる。培養条件としては、ロドバクテラセアエ科に属する微生物が生育するものであれば特に制限されないが、好気的条件下が望ましい。ロドバクテラセアエ科に属する微生物は単独で使用することができるが、任意の1種又は2種以上の微生物を同時に使用してもよい。
【0027】
本発明において、培地は、通常液体培地が用いられる。このような培地の具体例としてLB培地などが挙げられる。資化可能な炭素源としては、ロドバクテラセアエ科に属する微生物を培養したときにグルコシルグリセレートに変換されるものであれば特に制限されないが、グリセリンなどであることが好ましい。資化可能な炭素源は、市販品を購入することや、当業者に周知の方法で合成することで入手することができる。
【0028】
また、資化可能な炭素源としてグリセリンを用いる場合においては、バイオ燃料の製造時に生じる副産物であるグリセリンを用いることもできる。副産物であるグリセリンを資化可能な炭素源とするときは、余剰物質処理にかかるエネルギー低減、廃棄による環境汚染の低減といった副次的な効果もあり、本発明の製造方法の実施が環境負荷の低減につながる。更に、これらの副産物は安価に購入できるので、コストの面でも大きなメリットがある。副産物は、資化可能な炭素源としてそのまま用いてもよく、当業者に周知の方法により資化可能な炭素源を分離、精製して用いてもよい。
【0029】
培地中に含まれる資化可能な炭素源の濃度は、グルコシルグリセレートを産生することができれば特に制限はないが、2.5〜10g/dlの濃度であることが望ましい。資化可能な炭素源は段階的に培地中に追添することもできる。
【0030】
さらに、必要に応じて微生物の生育に必要な炭素源、窒素源、無機塩類、各種の有機物、無機物、界面活性剤あるいは通常用いられる消泡剤などを培地中に添加することができる。これらの培地成分は、必要に応じて培地中に追添することもできる。
【0031】
ロドバクテラセアエ科に属するグルコシルグリセレート生産菌の培地へ接種は、例えば、生理食塩水に懸濁したロドバクテラセアエ科に属するグルコシルグリセレート生産菌を生産培地に直接摂取する方法や、生産培地にロドバクテラセアエ科に属するグルコシルグリセレート生産菌を1白金耳直接接種することにより行うことができる。
【0032】
本培養の培養温度は、ロドバクテラセアエ科に属するグルコシルグリセレート生産菌が生育しうる範囲内、即ち通常4〜43.5℃で行われるが、好ましくは25〜30℃の範囲である。また、培地のpHは通常3〜9、好ましくは7〜9の範囲で調節される。培養期間は使用する培地の種類及び炭素源の濃度により異なり、通常24時間から14日間程度である。本発明における培養は、培地の栄養源が最大限に利用され、かつ培地中に生成するグルコシルグリセレートの蓄積量が最大に達した時点で培養を終了させることが好ましい。
【0033】
なお、培養液中のグルコシルグリセレートの生成量は高速液体クロマトグラフィー、LC−MSなどの通常の方法を用いて速やかに測定することができる。本発明により得られたグルコシルグリセレートは、当該分野において通常使用されている周知の手段、例えばろ過、遠心分離、真空濃縮、イオン交換又は吸着クロマトグラフィー、溶媒抽出、蒸留、結晶化などの操作を必要に応じて適宜組み合わせて用いることにより、培養液中から採取できるが、これらの方法に特に制限されることはない。なお、炭素源の量、微生物の培養条件等を適宜調整することで、製造するグルコシルグリセレートの量を調整することができる。
【0034】
本発明の製造方法により、これまでグルコシルグリセレートの産生能が知られていなかった微生物を用いて、グリセリン等を炭素源としてグルコシルグリセレート製造することができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0036】
試験例
(1)菌株の取得
0.85%(w/v)食塩水5mLに土壌(東京湾の土壌)を適量加え、撹拌し、静置後、pH9に調整した10%(w/v) グリセリン(和光純薬工業)、3.5%(w/v) DifcoTM Marine Broth 2216培地 (商品名、BD社製)、1.5%(w/v) 寒天(和光純薬工業)からなる寒天培地に適量塗抹し、25℃にて6〜10日間培養した。生育してきた菌株をモノコロニー化し、KSM−TB441株を取得した。
【0037】
(2)菌株の同定
形態観察並びにBARROWらの方法(G.I.BARROW and R.K.A.FELTHAM: Cowan and Steel’s Manual for the Identification of Medical Bacteria,3rd edition,1993,Cambridge University Press参照)に基づきカタラーゼ反応、オキシダーゼ反応試験を行った。その結果、KSM−TB441株が運動性を有さないグラム陰性菌で、胞子を形成しない桿菌(0.7〜0.8×1.0〜1.5μm)で、嫌気条件下で生育し、明所条件下で生育したときに色素産生が無いこと、30℃で生育するが37℃では生育しないこと、カタラーゼ反応に対し陽性を示し、オキシダーゼ反応に対し陽性を示すことがわかった。
API20NE(商品名、bioMerieux社製)を用いて、酸産生、資化性などの各試験を行ったところ、硝酸塩を還元せず、ウレアーゼ活性を示し、エスクリンを加水分解し、L−アラビノース、D−マンノース、D−マンニトール、N−アセチル−D−グルコサミン、マルトース、グルコン酸カリウム、n−カプリン酸、アジピン酸、dl−リンゴ酸、クエン酸ナトリウム、酢酸フェニルを資化しない性質を示した。
生理・生化学試験の結果からは、ロドバクテラセアエ科であることを支持するが、一致した属種は認められなかった。
【0038】
KSM−TB441株の染色体DNAを鋳型とし、配列番号2の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド及び配列番号3の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、常法に従いPCRを行い(中川恭好、川崎浩子:遺伝子解析法 16S rRNA遺伝子の塩基配列決定法、日本放線菌学会編 放線菌の分類と同定 88−117pp、日本化学会事務センター、2001)、16S rRNAをコードする領域を増幅させた。得られた増幅断片の塩基配列を解読し、16S rRNAの部分配列(配列番号1:1440塩基)を決定した。
【0039】
解読した配列と同一性のある配列をBLAST検索したところ、Rhodobacter属、Paracoccus属、Haematobacter属、などのRhodobacteraceae科に由来の16S rRNAとの間で高い配列同一性を示し、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)ATCC17023株の16S rRNAに対し、94.2%の最も高い同一性を示した。一般に16S rRNAを用いた解析では、98.7%以上の同一性を示す場合、その検体は当該菌株と同種である可能性が考慮されるが、本株は94.2%の同一性しか無く、同一性で検索された菌種が何れもRhodobacteraceae科に帰属することから、Rhodobacteraceae科に帰属する可能性が高いと考えられた。
【0040】
以上の結果から、KSM−TB441株がロドバクテラセアエ科に属するロドバクテラセアエ・エスピーであると同定した。
【0041】
実施例 グリコシルグリセレートの製造
LB培地(2.5%グリセリン、1.8%ダイゴ人工海水(日本製薬)、1.25%LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、pH9)にロドバクテラセアエ・エスピーKSM−TB441株を1白金耳植菌し、6日間振盪培養(30℃、250rpm)した。培養液を遠心分離(12000rpm、20分)し、上清画分を分画した。
【0042】
培養液上清中に含まれる化合物の分析は、有機酸分析用イオン排除型ポリマーカラムICSep ION−300(商品名、Transgenomic社製)を用い、日立LaChrom Elite装置(商品名、HITACHI社)にて行った。サンプルを溶離液(0.1%(v/v)ギ酸溶液)で適宜希釈し、流速0.4mL/min、溶離液0.1%(v/v)ギ酸、カラム温度50℃、サンプル注入量10μL、分析時間40minの条件にてHPLCを行い、CoronaTM CADTM荷電化粒子検出器(SEA社)及びUV検出器(HITACHI社)にて分析した。分析サンプルはいずれもDISMIC−13CP Cellulose Acetate 0.2μm(ADVANTEC社製)にてフィルター濾過処理して用いた。
【0043】
その結果、LB培地には存在しない物質の特徴的なピーク(溶離時間14.15分)が認められた。対照化合物であるアラビトール及びセロビオースのピーク面積から換算(千田 正昭ら「新汎用型HPLC用検出器、コロナ荷電化粒子検出器の紹介」エム・シー・メデイカル株式会社 Technical Review)して特徴的なピークの構成する物質の生産性は2.6g/Lであった。
【0044】
構造決定のため溶離時間14.45分前後の画分をSephadex LH−20(Pharmacia Biotech社)を用いて分画した。LH−20を10%メタノールで膨潤させた後、20mmΦ×1000mmカラム(山善社)に充填(950mm)した。DISMIC−13CP Cellulose Acetate(商品名、ADVANTEC社)0.2μmにてフィルター濾過した培養上清1.5mLをカラムに供し、10%メタノール溶液で室温にて1mL/minの流速で溶出した。溶出液を5mL/試験管(16mmΦ×100mm)に分画した後、目的の化合物が含まれる画分を濃縮乾固してMS及びNMR解析のサンプルとした。
【0045】
前記特徴的なピークについてMS分析を行った。MSによる解析は、サンプル注入量5μL、ESIイオン化条件下(検出器:esquire 3000 plus、BRUKER社製)で行った。その結果を図2に示す。図2に示すようにMS分析において、該ピークを構成する物質の推定分子量が268であることが判明した。
【0046】
NMRによる解析は、乾固したサンプル(約2mg)を500μLの溶媒(混合比率、D2O : CD3OD = 49:1)に溶解し、1H NMR(600MHz)及び13C NMR(150MHz)をAV−600(商品名、BRUKER社)にて測定することで行った。その結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
測定結果を解析することで、本化合物が下記式(1)で表されるグルコシルグリセレートであることが判った。
【化1】

【0049】
以上の結果より、本発明の製造方法により、グルコシルグリセレートを効率的に製造できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属するグルコシルグリセレート生産菌を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中にグルコシルグリセレートを生成させることを特徴とするグルコシルグリセレートの製造方法。
【請求項2】
前記資化可能な炭素源がグリセリンであることを特徴とする請求項1記載のグルコシルグリセレートの製造方法。
【請求項3】
前記グルコシルグリセレート生産菌が、配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16S rRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示し、資化可能な炭素源からのグルコシルグリセレート生産能を有する微生物である請求項1又は2記載のグルコシルグリセレートの製造方法。
(1)グラム染色性 陰性
(2)細胞形態 桿状又は卵円状又は球状又は短桿菌状
(3)芽胞形成の有無 無し
【請求項4】
前記グルコシルグリセレート生産菌がロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株(FERM P−21849)である請求項1〜3のいずれか記載のグルコシルグリセレートの製造方法。
【請求項5】
ロドバクテラセアエ(Rhodobacteraceae)科に属し、資化可能な炭素源からのグルコシルグリセレート生産能を有する微生物。
【請求項6】
前記資化可能な炭素源がグリセリンであることを特徴とする請求項5記載の微生物。
【請求項7】
配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16S rRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示すことを特徴とする請求項5又は6記載の微生物。
(1)グラム染色性 陰性
(2)細胞形態 桿状又は卵円状又は球状又は短桿菌状
(3)芽胞形成の有無 無し
【請求項8】
ロドバクテラセアエ・エスピー(Rhodobacteraceae sp.)KSM−TB441株(FERM P−21849)である請求項5〜7のいずれか記載の微生物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−254779(P2011−254779A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133957(P2010−133957)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】