説明

微生物の培養方法及び光学活性カルボン酸の製造方法

【課題】 酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子の組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液を、活性型の酵素を安定的に発現させて調製する方法を提供する。
【解決手段】 酸素及び/又はスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を、酸素消費能及び/又はスーパーオキシド除去能を有する宿主微生物で発現させた組換え微生物が植菌された培養液に酸素を供給しながら培養し、該微生物の培養終了時の培養液の溶存酸素濃度が、0.5ppm以下になるように酸素供給量を調節し、菌体又は菌体を含む培養液を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を発現させた組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液の調製方法に関するものである。例えば、鉄−硫黄クラスターを有し、酸素存在下では急激に失活の進むエノエートレダクターゼは、医薬、農薬等の中間体原料として産業上有用な光学活性カルボン酸の製造に利用することが可能な酵素である。
【背景技術】
【0002】
従来、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素を活性のある状態で微生物に生産させるには、ガス置換やガス組成調整装置を備えた嫌気ジャーや、「ガスパック」(BBL社製)、「アネロパック」(三菱ガス化学製)といった脱酸素剤と気密容器を用いて、酸素を除去した環境下で培養する方法などが知られている(非特許文献1、2)。しかし、こういった低酸素条件では組換え微生物の生育は非常に遅く、工業的に大量に使用するような酵素を生産する方法としては不適当である。
【非特許文献1】Rohdich, F. et. al.(2001) J. Biol. Chem., Vol.276, p.5779
【非特許文献2】Bader, J. et. al. (1980) Arch. Microbiol., Vol.127, p.279
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素を、活性のある形で発現した組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液を、より簡便に、より大量に調製する新規な培養方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を、酸素消費能やスーパーオキシド除去能を有する宿主微生物で発現させ、当該微生物の好気的生育に使用される最大酸素量を下回る範囲で酸素を供給して培養することにより、培養液中の溶存酸素濃度はゼロ近くから上昇することはなく、そのため酸素による目的の酵素の失活が抑制されることを見出した。また、溶存酸素濃度が低く保たれるためスーパーオキシドの生成も抑制され、スーパーオキシドが微量生成したとしても、宿主微生物のスーパーオキシドジスムターゼ等による除去が効果的に行われていると考えられるので、スーパーオキシドによる酵素の失活が抑制されていることを見いだした。その一方、酸素供給があるため従来の嫌気培養とは異なり、微生物の生育は十分に早いものであった。その結果、活性型の酵素を有する微生物菌体の培地量あたり、培養時間あたりの収量を大幅に上昇させることが可能となることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0005】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
(1) 酸素及び/又はスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を、酸素消費能及び/又はスーパーオキシド除去能を有する宿主微生物で発現させた組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液の調製方法であって、該微生物が植菌された培養液に酸素を供給しながら培養し、該微生物の培養終了時の培養液の溶存酸素濃度が、0.5ppm以下になるように酸素供給量を調節し、菌体又は菌体を含む培養液を回収することを特徴とする組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液の調製方法。
【0006】
(2) 組換え微生物が、大腸菌である(1)に記載の調製方法。
(3) 酵素が、鉄−硫黄クラスターを有する酵素である(1)又は(2)に記載の調
製方法。
(4) 酵素が、エノエートレダクターゼである(1)〜(3)のいずれかに記載の調製方法。
(5) 酵素が、下記一般式(I)
【0007】
【化1】

で表されるα,β-不飽和カルボン酸のα,β炭素−炭素二重結合を立体選択的に還元し、
下記一般式(II)
【0008】
【化2】

で表されるで表される光学活性カルボン酸を生成する活性を有するエノエートレダクターゼであることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の調製方法(一般式(I)、及び(II)中、R1は、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、置換され
ていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示し、R2及びR3は、それぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示す)。
【0009】
(6) 一般式(I)で表されるα,β-不飽和カルボン酸に、(5)に記載の調製方法により得られた培養液、該培養液から回収した組換え微生物の菌体、及び/又は、該菌体処理物を作用させ、一般式(II)で表される光学活性カルボン酸を生成させることを特徴とする光学活性カルボン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の調製方法によって、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素を、活性のある形で発現した組換え微生物を、より簡便に、より大量に調製する新規な培養方法を提供することが可能となった。また、本発明の調製方法により得られたエノエートレダクターゼを発現する微生物の培養液、該培養液から回収した組換え微生物の菌体、及び/又は、該菌体処理物を、α,β-不飽和カルボン酸に作用させることによって、医薬、農薬等の中間体原料として産業上有用な化合物である光学活性カルボン酸を効率よく生産することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明においては、酸素及び/又はスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素
をコードする遺伝子が、酸素消費能及び/又はスーパーオキシド除去能を有する宿主微生物で発現された組換え微生物を、酸素を供給しながら培養し、該微生物の培養終了時の培養液の溶存酸素濃度が、0.5ppm以下になるように酸素供給量を調節し、菌体又は菌体を含む培養液を回収する。
【0012】
<1.酸素等により失活しやすい酵素をコードする遺伝子について>
酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素とは、酸素及び/又はスーパーオキシドとの接触により直接的又は間接的に活性が低下する酵素であり、例えば、鉄−硫黄クラスターを含む酵素、-SH基を含む酵素、反応中間体がスーパーオキシド等との接触により非酵素的に酸化され副産物が生じやすい酵素等が挙げられる。
【0013】
鉄−硫黄クラスターとは非ヘム鉄と無機硫黄及びタンパク質のシステイン残基の硫黄とで構成された電子伝達機能を持つ活性中心のことである。酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい、鉄−硫黄クラスターを有する酵素としてはエノエートレダクターゼ、アコニターゼ、フマラーゼ、セリンデヒドラターゼ等が挙げられる。
【0014】
エノエートレダクターゼは、一般には、エノエート(enoate)の炭素・炭素二重結合の還元反応を触媒する酵素をいう(Studies in Natural Products Chemistry, vol. 20, p.817 (1998))。クロストリジウム・クルイベリ(Clostridium kluyveri)由来のエノエ
ートレダクターゼはサブユニットあたり1つのFAD(flavin adenine dinucleotide)
と1つの[4Fe−4S]クラスターを有し、還元状態で酸素と接触すると急激に失活することが知られている(Eur. J. Biochem., vol. 97, p.103-112 (1979))。このような
鉄−硫黄クラスターを有する酵素は、鉄−硫黄クラスターがスーパーオキシドにより酸化されて崩壊することで活性を失うと考えられている(Adv. Microb. Physiol., vol.46, p.111-153 (2002))。また、エノエートレダクターゼのように鉄−硫黄クラスターに加え
てFADを有する酵素は、還元状態で酸素と接触すると電子伝達により自身でスーパーオキシドを発生してしまうため、酸素存在下で失活しやすいと考えられる(J. Biol. Chem., vol.277, p.42563-42571 (2002))。
エノエートレダクターゼとしては、下記一般式(I)
【0015】
【化3】

で表されるα,β-不飽和カルボン酸のα,β炭素−炭素二重結合を立体選択的に還元し、
下記一般式(II)
【0016】
【化4】

で表されるで表される光学活性カルボン酸を生成する活性を有するエノエートレダクター
ゼ(一般式(I)、及び(II)中、R1は、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒド
ロキシ基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示し、R2及びR3は、それぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示す)を好ましく用いることができる。
【0017】
ここで、アルキル基としては例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、ターシャリーブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ターシャリーペンチル基、イソアミル基、n−へキシル基等の炭素数1〜8の直鎖状、分岐状、又は環状アルキル基が挙げられる。アルキル基の中で、炭素数1〜4のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基が特に好ましい。アリール基としては、例えば、フェニル基、メシチル基、ナフチル基等が挙げられる。アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、イソブトキシ基、ターシャリーブトキシ基等の炭素数1〜4のアルコキシ基が好ましい。
上記アルキル基、アリール基及びアルコキシ基は置換されていてもよい。置換基としては、反応に悪影響を与えない基であれば特に限定はないが、具体的には、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、ハロゲン基、シアノ基、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基及びヒドロキシル基等が挙げられる。
【0018】
したがって、一般式(I)及び(II)において、置換されたアルキル基として具体的には、ベンジル基、フェネチル基、シアノメチル基、アミノメチル基、ヒドロキシメチル基、ニトロメチル基、メトキシメチル基等が挙げられる。置換されたアリール基として具体的には、クロロフェニル基、アミノフェニル基、ヒドロキシフェニル基、ニトロフェニル基、メトキシフェニル基等が挙げられる。置換されたアルコキシ基として具体的には、ベンジロキシ基、フェノキシ基、トリフルオロメトキシ基等が挙げられる。
前記一般式(I)及び(II)において、R1、R2及びR3はハロゲン原子であって
もよいが、ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子等が挙げられる。
【0019】
上記一般式(I)及び(II)中のR1は、好ましくは炭素数1〜4のアルキル基、ベ
ンジル基又はフェニル基であり、より好ましくは炭素数1〜4の置換されていてもよいアルキル基であり、特に好ましくはメチル基、エチル基、ヒドロキシメチル基である。
また、R2及びR3として、好ましくは水素原子、ハロゲン原子、置換されていてもよいアミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、炭素数1〜4の置換されていてもよいアルキル基、炭素数1〜4の置換されていてもよいアルコキシ基、ベンジル基又はフェニル基であり、より好ましくは水素原子、炭素数1〜4の置換されていてもよいアルキル基である。
【0020】
上記一般式(I)で表される化合物としては、分子量が1000以下、好ましくは750以下、より好ましくは500以下のものであり、具体的には、例えば2−ヒドロキシメチル−2−ブテン酸、2−ヒドロキシメチル−2−ペンテン酸、2−ヒドロキシメチル−2−ヘキセン酸、2−ヒドロキシメチル−2−ヘプテン酸、2−ヒドロキシメチル−2−オクテン酸、2−ヒドロキシメチル桂皮酸、チグリン酸、2−メチル−2−ペンテン酸、2−メチル−2−ヘキセン酸、2−メチル−2−ヘプテン酸、2−メチル−2−オクテン酸等が挙げられる。
上記一般式(I)で表される化合物は、欧州特許第906901号明細書、欧州特許第937710号明細書、仏国特許発明第2772027号明細書、第4版実験化学講座(19巻、p62、1992年)等に記載されているような公知の方法に準じて又はそれらの組み合わせにより、容易に合成することができる。
【0021】
本発明の製造方法において、上記一般式(I)で表される化合物に、後述する微生物の菌体、該菌体処理物及び/又は培養液を作用させ、該化合物の炭素−炭素二重結合を立体選択的に還元し、上記一般式(II)で表される化合物を生成させる。
上記一般式(II)で表される化合物としては、具体的には、(S)−2−ヒドロキシメチル酪酸、(S)−2−ヒドロキシメチル吉草酸、(S)−2−ヒドロキシメチルヘキサン酸、(S)−2−ヒドロキシメチルヘプタン酸、(S)−2−ヒドロキシメチルオクタン酸、(S)−2−ヒドロキシメチル−3−フェニルプロピオン酸、(R)−2−メチル酪酸、(R)−2−メチル吉草酸、(R)−2−メチルヘキサン酸、(R)−2−メチルヘプタン酸、(R)−2−メチルオクタン酸等が挙げられる。
【0022】
本発明で発現可能なエノエートレダクターゼとしては、例えば配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。これはムーレラ サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica)由来のエノエートレダクターゼである。
また、本発明においては、これらのホモログであって、前記の酵素活性を有するものを用いてもよい。ホモログとは、例えば、前記活性を害さない範囲内において配列番号2に記載のアミノ酸配列に一個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列を有するものを挙げることができる。ここで数個とは、具体的には20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは5個以下である。
【0023】
また、前記ホモログは、配列番号2に示されるアミノ酸配列と35%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上のホモロジーを有するタンパク質であってもよい。ちなみに上記タンパク質のホモロジー検索は、例えば、GenBankやDNA Databank of JAPAN(DDBJ)を対象に、FASTAやBLASTなどのプログラムを用いて行うことができる。配列番号2に記載のアミノ酸配列を用いて、GenBankを対象にBLAST programによりホモロジー検索を行った結果、Clostridium tyrobutyricum由来2-enoate reductase(Accession No. CAA71086)と59%の相同性を示した。
【0024】
本発明に用いるエノエートレダクターゼは、エノエートレダクターゼの一部又は全部をコードする遺伝子の塩基配列を元にして作製したプローブを用いて、エノエートレダクターゼ活性を有する任意の微生物からエノエートレダクターゼをコードするDNAを単離した後、該DNAを大腸菌などの宿主に発現させることによって得ることができる。また、エノエートレダクターゼ活性を有する微生物、例えば、クロストリジウム(Clostridium)属細菌やムーレラ(Moorella)属細菌の菌体から精製することによって得ることもできる。細菌の菌体からエノエートレダクターゼを取得する方法としては、例えば、Eur. J. Biochem. Vol. 97, p103(1979)に記載の方法を参考に行うことができる。
【0025】
ムーレラ(Moorella)属細菌としては、例えばムーレラ サーモオートトロフィカDSM1974株が、本発明に好適に利用できるエノエートレダクターゼを有している。本株はDSMZ(Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH (German Collection of Microorganisms and Cell Cultures))のオンラインカタログ(http://www.dsmz.de/)に記載されており、該DSMZから入手可能である。
【0026】
この場合、エノエートレダクターゼをコードするDNAとしては、配列番号2のアミノ酸配列を有するエノエートレダクターゼをコードするDNAが挙げられる。また、配列番号2のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、一般式(I)で表されるα,β-不飽和カルボン酸を一般式(II)で表される光学活性カルボン酸に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。具体的には、配列番号1の塩基配列を有するDNAを挙げることができる。また、本発明製造法においては、配列番号1に記載の塩基配列を有するDNAのホモログであって、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを用いてもよい。
【0027】
ここで、ホモログとは、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードする限り、配列番号1に記載の塩基配列に1個もしくは数個の塩基が欠失、置換、若しくは付加された塩基配列及びその相補鎖からなるDNAを含む。ここで数個とは、具体的には60個以下、好ましくは30個以下、より好ましくは10個以下である。
また、ホモログは、配列番号1の塩基配列を有するDNA又はその相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、プローブDNAを用いて、ストリンジェントな条件下で、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を行うことにより得られるDNAを意味し、「ストリンジェントな条件」としては、例えば、コロニーハイブリダイゼーション法及びプラークハイブリダイゼーション法においては、コロニーあるいはプラーク由来のDNA又は該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0Mの塩化ナトリウム存在下65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSCの組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。
【0028】
エノエートレダクターゼをコードするDNAは、例えば、以下のような方法によって単離することができる。まず、エノエートレダクターゼを上記の方法等により微生物菌体等から精製した後、N末端アミノ酸配列を解析する。N末端アミノ酸配列解析は、リジルエンドペプチダーゼ、V8プロテアーゼなどの酵素により精製タンパク質を切断し、逆相液体クロマトグラフィーなどによりペプチド断片を精製した後、プロテインシーケンサーによりアミノ酸配列を解析して複数のアミノ酸配列を決めることにより行う。決定したアミノ酸配列を元に設計したプライマーを用い、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAもしくはcDNAライブラリーを鋳型としてPCR(polymerase chain reaction)を行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAの一部(DNA断片)を得ることができる。さらに、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAの制限酵素消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーやcDNAライブラリーから、前記のDNA断片をプローブに用いてコロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーションなどを行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることができる。
【0029】
また、前記のPCRにより得られたDNA断片の塩基配列を解析し、得られた配列から、配列が決定された領域の外側に伸長させるためのPCRプライマーを設計し、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAを適当な制限酵素で消化後、自己環化反応により環化させたDNAを鋳型としてinverse PCR(Genetics vol. 120,p621-623(1988))を行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることも可能である。
【0030】
なおエノエートレダクターゼをコードするDNAは、配列番号1の塩基配列を有するDNAを化学合成することによって得ることもできる。
当業者であれば、配列番号1に記載のDNAに部位特異的変異導入法(Nucleic Acid Res. vol. 10, p6487 (1982), Methods in Enzymol., vol. 100, p.448(1983), Molecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)、PCR: A Practical Approach, IRL Press, p.200(1991))等を用いて適宜置換、欠失、挿入及び/又は付加変異を導入することにより、本発明の製造法に用いることのできるエノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることが可能である。
【0031】
また、配列番号2のアミノ酸配列の全部又はその一部や、配列番号1の塩基配列の全部又は一部を元に、例えばGenBankやDDBJ等のデータベースに対してホモロジー検索を行って、エノエートレダクターゼをコードするDNAホモログの塩基配列情報を手に入れることも可能である。当業者であれば、この塩基配列情報を元に寄託菌株(ATCC、DSMZ等から入手可能)からのPCR等によりエノエートレダクターゼをコードするDNAを手に入れることが可能である。
【0032】
さらに、エノエートレダクターゼをコードするDNAは、配列番号1の塩基配列の全部又は一部を有するDNAをプローブに用いて、エノエートレダクターゼ活性を有する任意の微生物から調製したDNAに対し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等によりストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションを行い、ハイブリダイズするDNAを得ることによっても取得できる。ここで、「一部」とは、プローブとして用いるのに十分な長さのDNAのことであり、具体的には15bp以上、好ましくは50bp以上、より好ましくは100bp以上のものである。
各ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0033】
<2.遺伝子組み換えの宿主微生物について>
本発明の酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を発現させるための形質転換の対象となる宿主微生物としては、宿主自体が好気条件で生育可能であり、酸素消費能及びスーパーオキシド除去能があり、該酵素に悪影響を与えないものであれば限定されることはない。
ここで、酸素消費能とは、微生物の有する好気的呼吸などの機能により酸素分子を消費する能力であり、スーパーオキシド除去能とは、スーパーオキシドジスムターゼなどによりスーパーオキシドをより無害な化合物に変換する能力である。これにより、酸素やスーパーオキシドと本発明の酵素との接触を阻害することができる。
宿主自体が好気条件で生育可能であり、酸素消費能及びスーパーオキシド除去能があり、該酵素に悪影響を与えない宿主微生物として、具体的には以下に示すような微生物を挙げることができる。
【0034】
エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、セラチア(Serratia)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属などに属する宿主ベクター系の確立されている細菌。
ロドコッカス(Rhodococcus)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属などに属す
る宿主ベクター系の確立されている放線菌。
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、クライベロマイセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、ヤロウイア(Yarrowia)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、ピキア(Pichia)属、キャ
ンディダ(Candida)属などに属する宿主ベクター系の確立されている酵母。
ノイロスポラ(Neurospora)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、セファロスポリ
ウム(Cephalosporium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属などに属する宿主ベクター
系の確立されているカビ。
【0035】
上記微生物の中で宿主として好ましくは、エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス
(Bacillus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属であり、特に好ましくは、エシェリヒア(Escherichia)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属である。
形質転換細胞作製のための手順、宿主に適合した組換えベクターの構築及び宿主の培養方法は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、「モレキュラークローニング第2版」、Cold Spring Harbor
Laboratory Press(1989年)、参照)。
【0036】
以下、具体的に、好ましい宿主微生物、各微生物における好ましい形質転換の手法、ベクター、プロモーター、ターミネーターなどの例を挙げるが、本発明はこれらの例に限定されない。
エシェリヒア属、特にエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)においては、プラスミドベクターとしては、pBR、pUC系プラスミドなどが挙げられ、プロモーターとしては、lac(β−ガラクトシダーゼ)、trp(トリプトファンオペロン)、tac、trc(lac、trpの融合)、λファージPL、PRなどに由来するプロモーターなどが挙げられる。また、ターミネーターとしては、trpA由来、ファージ由来、又はrrnBリボソーマルRNA由来のターミネーターなどが挙げられる。
【0037】
バチルス属においては、ベクターとしては、pUB110系プラスミド、pC194系プラスミドなどを挙げることができ、また、染色体にインテグレートすることもできる。プロモーター及びターミネーターとしては、アルカリプロテアーゼ、中性プロテアーゼ、α−アミラーゼ等の酵素遺伝子のプロモーターやターミネーターなどが利用できる。
シュードモナス属においては、ベクターとしては、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、シュードモナス・セパシア(Pseudomonas cepacia)などで確立されている一般的な宿主ベクター系や、トルエン化合物の分解に関与するプラスミド、TOLプラスミドを基本にした広宿主域ベクター(RSF1010などに由来する自律的複製に必要な遺伝子を含む)pKT240(Gene,vol. 26,p273-82(1983))を挙げることができる。
【0038】
ブレビバクテリウム属、特にブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)においては、ベクターとしては、pAJ43(Gene vol. 39,p281(1985))などのプラスミドベクターを挙げることができる。プロモーター及びターミネーターとしては、大腸菌で使用されている各種プロモーター及びターミネーターが利用可能である。
コリネバクテリウム属、特にコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)においては、ベクターとしては、pCS11(特開昭57−183799号公報)、pCB101(Mol.Gen.Genet.vol. 196,p175(1984))などのプラスミドベクターが挙げられる。
【0039】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、特にサッカロマイセス・セレビジアエ(Saccharomyces cerevisiae)においては、ベクターとしては、YRp系、YEp系、YCp系、YIp系プラスミドが挙げられる。また、アルコール脱水素酵素、グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素、酸性フォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、ホスホグリセレートキナーゼ、エノラーゼといった各種酵素遺伝子のプロモーター、ターミネーターが利用可能である。
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属においては、ベクターとしては、Mol.Cell.Biol.vol. 6,p80(1986)に記載のシゾサッカロマイセス・ポンベ由来のプラスミドベクターを挙げることができる。特に、pAUR224は、宝酒造から市販されており容易に利用できる。
【0040】
アスペルギルス(Aspergillus)属においては、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus
niger)、アスペルギルス・オリジー(Aspergillus oryzae)などがカビの中で最もよく研究されており、プラスミドや染色体へのインテグレーションが利用可能であり、菌体外
プロテアーゼやアミラーゼ由来のプロモーターが利用可能である(Trends in Biotechnology vol. 7,p283-287(1989))。
また、上記以外でも、各種微生物に応じた宿主ベクター系が確立されており、それらを適宜使用することができる。また、微生物以外でも、植物、動物において様々な宿主・ベクター系が確立されており、特に蚕を用いた昆虫などの動物中(Nature vol. 315, p592-594 (1985))や菜種、トウモロコシ、ジャガイモなどの植物中に大量に異種タンパク質を発現させる系、及び大腸菌無細胞抽出液や小麦胚芽などの無細胞タンパク質合成系を用いた系が確立されており、好適に利用できる。
【0041】
上記のようにして単離された、エノエートレダクターゼをコードするDNAを公知の発現ベクターに発現可能に挿入することにより、エノエートレダクターゼ発現ベクターが提供される。この発現ベクターで形質転換された細胞を培養することにより、エノエートレダクターゼを該細胞から得ることができる。形質転換細胞は、公知の宿主細胞の染色体DNAにエノエートレダクターゼをコードするDNAを発現可能に組み込むことによっても得ることができる。
形質転換細胞の作製方法としては、具体的には、微生物中において安定に存在するプラスミドベクターやファージベクター中に、エノエートレダクターゼをコードするDNAを組み込み、構築された発現ベクターを該微生物中に導入するか、もしくは、直接宿主ゲノム中にエノエートレダクターゼをコードするDNAを導入し、その遺伝情報を転写・翻訳させる必要がある。
【0042】
このとき、エノエートレダクターゼをコードするDNAが宿主微生物中で発現可能なプロモーターを含んでいない場合には、適当なプロモーターをエノエートレダクターゼをコードするDNA鎖の5’側上流に組み込む必要がある。さらに、ターミネーターを3’側下流に組み込むことが好ましい。このプロモーター及びターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られているプロモーター及びターミネーターであれば特に限定されず、これら各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター及びターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8・遺伝子工学・共立出版」、特に酵母に関しては、Adv.Biochem.Eng. vol. 43,p75-102(1990)、Yeast vol. 8,p423-488(1992)などに詳細に記述されている。
【0043】
<3.培養法について>
本発明に使用される培地の炭素源は特に限定されるものではないが、グルコースやグリセロールが好適である。培地の窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、尿素等を単独又は混合して用いることができる。
無機塩としては、リン酸一水素カリウム、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム等が用いられる。その他、鉄、亜鉛、コバルト、銅などの各種金属塩を微量加えることも効果的である。この他に、菌の生育に必要であれば、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸、各種ビタミン等の栄養素を培地に添加してもよい。
また、ベクターの保持等に必要であればアンピシリン、カナマイシン等の抗生物質や特定のアミノ酸等を加える場合もある。
【0044】
培養は通気攪拌、振盪等の好気的条件下で行い、培養温度は10〜60℃、好ましくは24〜40℃である。培養中のpHは発現させる酵素の性質にも依存するが、通常pH5〜10、好ましくはpH6〜8付近である。pHの調整は酸又はアルカリを添加して行われる。
培養液中の炭素源の濃度は、0.05〜20%w/vが用いられ、培養開始時から全量添加しても培養中分割してもよい。培養期間は培養条件にもよるが通常8時間〜10日間、好ましくは1〜3日間であるが、酵素活性量をモニターしながら十分量の活性が発現されているタイミングで培養を終了するのが最も好ましい。
【0045】
培養液への酸素供給量は、溶存酸素濃度をモニターしながら、酸素を含む気体の通気量及び攪拌数を手動又は自動で制御することにより調節可能である。また、炭素源等の培地成分を逐次追加して菌体増殖を促進させることによっても、溶存酸素濃度を低下させることが出来る。
例えば、エイブル社製、型式BMJの1Lジャーファーメンターでエノエートレダクターゼを発現させたE.coli JM109株を培養する場合は、培養温度28〜40℃、空気の場合、通気量0.5〜2vvm(酸素として0.1〜0.5vvm相当量が通気されていればよい)、攪拌数200〜800rpmで培養を行い、培養開始後15〜40時間で菌体を回収するのが好ましいが、使用する発酵槽、菌体の種類によってはこの限りではない。
また、菌体増殖過程における遅滞期から対数増殖期初期にかけては酸素の消費が少なく、溶存酸素濃度が高くなることがあるが、対数増殖期に溶存酸素濃度を0.5ppm以下に保持すれば酵素活性量には大きな影響が無い場合が多い。
【0046】
本発明方法において重要なことは、酸素やスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を発現させた組換え微生物を培養する際に培地中の溶存酸素濃度が0.5ppmを越えないように、好ましくは0.3ppmを越えないように、さらに好ましくは0.1ppmを越えないように調節することである。すなわち、培養中は通気攪拌を調整して、対数増殖期に入ることによって酸素消費能が増加した結果、溶存酸素濃度が0.5ppm以下、好ましくは0.3ppm以下、さらに好ましくは0.1ppm以下となるようにし、以後該濃度を0〜0.5ppmの範囲に、好ましくは0〜0.3ppmの範囲に、さらに好ましくは0〜0.1ppmの範囲に維持することである。菌体の増殖が対数増殖期に入るまでの期間は溶存酸素濃度が高くても構わない。また、対数増殖期以降も菌体の増殖に必要な酸素量は供給するが、培養液の溶存酸素濃度が可能な限り0に近づくのが好ましい。
【0047】
<4.光学活性カルボン酸の製造方法>
本発明の製造方法においては、前記一般式(I)で表されるα,β-不飽和カルボン酸に、上記に記載の培養方法により得られた培養液、該培養液から回収した組換え微生物の菌体、及び/又は、該菌体処理物を作用させ、前記一般式(II)で表される光学活性カルボン酸を生成させる。
【0048】
本発明の製造方法においては、反応基質である上記一般式(I)で表される化合物にエノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞を作用させてもよい。形質転換細胞は、反応液中でそのまま作用させてもよいが、該細胞の調製物、例えば、該細胞をアセトン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、トルエン等の有機溶媒や界面活性剤により処理したもの、凍結乾燥処理したもの、物理的又は酵素的に破砕したもの等の菌体細胞調製物、該形質転換細胞中の本発明の酵素画分を粗製物あるいは精製物として取り出したもの、さらには、これらをポリアクリルアミドゲル、カラギーナンゲル等に代表される担体に固定化したものを作用させてもよい。
【0049】
本発明の製造方法においては、反応液に補酵素NAD+もしくはNADHを添加するの
が好ましい。添加濃度は、0.001mM〜100mM、好ましくは0.01〜10mMである。これらの補酵素を添加する場合には、NADHから生成するNAD+をNADH
への再生させることが生産効率向上のため好ましく、再生方法としては、(i)宿主微生
物自体のNAD+還元能を利用する方法、(ii)NAD+からNADHを生成する能力を有する微生物やその調製物、あるいは、グルコース脱水素酵素、ギ酸脱水素酵素、アルコール脱水素酵素、アミノ酸脱水素酵素、有機酸脱水素酵素(リンゴ酸脱水素酵素など)などのNADHの再生に利用可能な酵素(再生酵素)を反応系内に添加する方法、又は(iii
)形質転換細胞を作製するに当たり、NADHの再生に利用可能な酵素である上記再生酵素類の遺伝子をエノエートレダクターゼをコードするDNAと同時に宿主に導入する方法、が挙げられる。
【0050】
このうち、上記(i)の方法においては、反応系にグルコースやエタノール、2−プロ
パノール、ギ酸などを添加することが好ましい。
また、上記(ii)の方法においては、上記再生酵素類を含む微生物、該微生物菌体をアセトン処理したもの、凍結乾燥処理したもの、物理的又は酵素的に破砕したもの等の菌体調製物、該酵素画分を粗製物あるいは精製物として取り出したもの、さらには、これらをポリアクリルアミドゲル、カラギーナンゲル等に代表される担体に固定化したもの等を用いてもよく、また市販の再生酵素を用いても良い。この場合、上記再生酵素の使用量としては、具体的には、本発明のエノエートレダクターゼに比較して、酵素活性で0.01〜100倍、好ましくは0.5〜20倍程度となるよう添加する。また、上記再生酵素の基質となる化合物、例えば、グルコース脱水素酵素を利用する場合のグルコース、ギ酸脱水素酵素を利用する場合のギ酸、アルコール脱水素酵素を利用する場合のエタノールもしくはイソプロパノールなどの添加も必要となるが、その添加量としては、反応原料である2−ヒドロキシメチル桂皮酸誘導体に対して、0.1〜20倍モル当量、好ましくは1〜5倍モル当量添加する。
【0051】
また、上記(iii)の方法においては、エノエートレダクターゼをコードするDNAと
上記再生酵素類のDNAを染色体に組み込む方法、単一のベクター中に両DNAを導入し、宿主を形質転換する方法、及び両DNAをそれぞれ別個にベクターに導入した後に宿主を形質転換する方法を用いることができるが、両DNAをそれぞれ別個にベクターに導入した後に宿主を形質転換する方法の場合、両ベクター同士の不和合性を考慮してベクターを選択する必要がある。単一のベクター中に複数の遺伝子を導入する場合には、プロモーター及びターミネーターなど発現制御に関わる領域をそれぞれの遺伝子に連結する方法やラクトースオペロンのような複数のシストロンを含むオペロンとして発現させることも可能である。
【0052】
本発明の製造方法は、例えば、反応基質、本発明の形質転換細胞及び/又は該形質転換細胞調製物、並びに、必要に応じて添加された各種補酵素及びその再生システムを含有する、水性媒体中又は該水性媒体と有機溶媒との混合物中で行うことができる。
本発明製造法において反応基質となる上記一般式(I)で表される化合物は、通常、基質濃度が0.01〜90%w/v、好ましくは0.1〜30%w/vの範囲で用いることができる。反応基質は、反応開始時に一括して添加しても良いが、酵素の基質阻害があった場合の影響を減らすという点や生成物の蓄積濃度を向上させるという観点からすると、連続的もしくは間欠的に添加することが望ましい。
【0053】
上記、水性媒体としては、水又は緩衝液が挙げられ、また、有機溶媒としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、トルエン、クロロホルム、n−ヘキサン、ジメチルスルホキシド等、反応基質の溶解度が高いものを使用することができる。
本発明の方法は例えば、4〜60℃、好ましくは10〜45℃の反応温度で、pH3〜11、好ましくはpH5〜8で行うことができる。また、膜リアクターなどを利用して行うことも可能である。また、エノエートレダクターゼの酸素による失活を防ぐため、反応液中に亜硫酸ナトリウムを添加したり、反応液を窒素やアルゴンガス等でシールすることにより、酸素の除去を行うことも効果的である。しかし、反応時には宿主微生物の酸素消費能やスーパーオキシド除去能により、特に嫌気的雰囲気を必要としない場合もある。
【0054】
本発明の方法により生成する一般式(II)で表される化合物は、反応終了後、反応液中の菌体やタンパク質を遠心分離、膜処理などにより分離した後に、酢酸エチル、トルエ
ンなどの有機溶媒による抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、晶析等のなどを適宜組み合わせることにより精製を行うことができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0056】
(1)ムーレラ サーモオートトロフィカ由来のエノエートレダクターゼ遺伝子で形質転換された形質転換細胞の作製
ムーレラ サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica)由来のエノエー
トレダクターゼ(Accession No. CAA76082、配列番号2)をコードするDNA配列(Accession No. Y16136 REGION:47..2050、配列番号1)を元に配列番号3及び4に記載のプライマーを合成した。これらのプライマーを各15pmol、dNTP各10nmol、ムーレラ サーモオートトロフィカDSM1974のゲノムDNA 25ng 、KOD−plus−用10×緩衝液(東洋紡績社製)5μL、KOD −plus− 1ユニット(東洋紡績社製)を含む50μLの反応液を用い、変性(94℃、15秒)、アニール(57℃、30秒)、伸長(68℃、2分)を30サイクルで、PTC−200(MJ Research社製)を用いてPCR反応を行った。PCR反応液の一部をアガロースゲル電気泳動により解析した結果、DNA鎖長約2kbの位置に、ムーレラ サーモオートトロフィカ由来のエノエートレダクターゼ遺伝子と思われるバンドが検出できた。
【0057】
上記反応液をMinElute PCR Purification kit(Qiagen社製)にて精製した。精製したDNA断片を制限酵素EcoRIとHindIIIで消化し、アガロースゲル電気泳動を行い、目的とするバンドの部分を切り出し、Qiagen Gel Extraction kit(Qiagen社製)により精製後回収した。得られたDNA断片を、EcoRI、及びHindIIIで消化したpKK223−3に、Ligation high(東洋紡績社製)を用いてライゲーションし、大腸菌JM109株を熱ショック法により形質転換した。形質転換細胞をアンピシリン(50μg/mL)を含むLB寒天培地上で生育させ、コロニーダイレクトPCRを行い、挿入断片のサイズを確認した。目的とするDNA断片が挿入されていると考えられる形質転換細胞を50μg/mLのアンピシリンを含むLB培地で培養し、QIAPrepSpin Mini Prep kit(Qiagen社製)を用いてプラスミドを精製し、pKKMtER1とした。プラスミドに挿入したDNAの塩基配列をダイターミネーター法により解析したところ、挿入されたDNA断片は、配列番号1の塩基配列と一致した。
【0058】
(2)グルコース脱水素酵素遺伝子の共発現
バチルス サチルス(Bacillus subtilis)由来のグルコース脱水素酵素(Accession No. AAA22463、配列番号6)をコードするDNA配列(Accession No. M12276、配列番号
5)を元に配列番号7及び8に記載のプライマーを合成した。これらのプライマーを各15pmol、dNTP各10nmol、バチルス サチルス W168のゲノムDNA 25ng 、KOD −plus−用10×緩衝液(東洋紡績社製)5μL、KOD −plus− 1ユニット(東洋紡績社製)を含む50μLの反応液を用い、変性(94℃、15秒)、アニール(57℃、30秒)、伸長(68℃、2分)を30サイクルで、PTC−200(MJ Research社製)を用いてPCR反応を行った。PCR反応液の一部をアガロースゲル電気泳動により解析した結果、DNA鎖長約0.8kbの位置に、バチルス サチルス由来のグルコース脱水素酵素遺伝子と思われるバンドが検出できた。
【0059】
上記反応液をMinElute PCR Purification kit(Qiagen社製)にて精製した。精
製したDNA断片を制限酵素EcoRIとXbaIで消化し、アガロースゲル電気泳動を行い、目的とするバンドの部分を切り出し、Qiagen Gel Extraction kit(Qiagen社製)により精製後回収した。得られたDNA断片を、EcoRI、及びXbaIで消化したpMW218(ニッポンジーン社製)に、Ligation high(東洋紡績社製)を用いてライゲーションし、大腸菌JM109株を熱ショック法により形質転換した。形質転換細胞をカナマイシン(20μg/mL)を含むLB寒天培地上で生育させ、コロニーダイレクトPCRを行い、挿入断片のサイズを確認した。目的とするDNA断片が挿入されていると考えられる形質転換細胞を20μg/mLのカナマイシンを含むLB培地で培養し、QIAPrepSpin Mini Prep kit(Qiagen社製)を用いてプラスミドを精製し、pMWBsGDHとした。プラスミドに挿入したDNAの塩基配列をダイターミネーター法により解析したところ、挿入されたDNA断片は、配列番号5の塩基配列と一致した。
得られたpMWBsGDHにより実施例(1)のエノエートレダクターゼ発現大腸菌JM109株を熱ショック法により形質転換した。本形質転換細胞をE.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHと呼ぶ。
【0060】
(3)E.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHの培養
E.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHをアンピシリン 50μg/mL及びカナマイシン 20μg/mLを含むLB培地30ml(50mlのPP製チューブに入れる)で30℃、20時間振盪培養した。リン酸水素二カリウム 5g/L、リン酸二水素カリウム 4g/L、硫酸アンモニウム 1g/L、硫酸マグネシウム・7水和物 0.1g/L、酵母エキス 5g/L、粉末コーンスティープリカー 5g/L、グリセロール 100g/L、アンピシリン 50mg/L、カナマイシン 20mg/L、微量元素ミックス(硫酸鉄(II)・7水和物 28g/L、硫酸亜鉛・7水和物 2.8g/L、硝酸コバルト(II)・6水和物 2.4g/L、モリブデン酸ナトリウム・2水和物 2g/L、塩化カルシウム 0.76g/L、硫酸銅(II)・5水和物 2g/L、ホウ酸 0.5g/L) 3ml/L、アデカノール 0.1ml/Lからなる培地500mlを1Lのジャーファーメンタ−(エイブル社製、型式BMJ)に作製し、前述の培養液を全量添加した。培養中は通気1vvm、攪拌600pm、温度30℃に調整し、pH及びDOをモニターした。pHは28%アンモニア水にてpH7に調整した。培養中、適時培養液をサンプリングしてOD610と活性を測定した。
【0061】
活性測定はサンプリングした培養液200μLより遠心により集菌し、培養上清を廃棄し、200μLの反応液(50mM チグリン酸、100mM グルコース、50mM リン酸カリウムバッファー pH7.0)を添加する。37℃で30分間振盪後、6N HCl 10μLを添加し、500μL 酢酸エチルにて抽出後、酢酸エチル層をGCで分析した。GC条件は以下の通りである。
【0062】
カラム:β−DEX120
(SUPELCO社製、30m×0.25mmID(内径)、キャピラリー内側塗布物の膜厚:0.25μm film)
キャリア:He 1.5ml/min、 split 1/50
カラム温度:120℃
注入温度:250℃
検出:FID 250℃
GC:島津GC−14A(島津製作所社製)
【0063】
その結果、培養データは図1及び図2に示すとおり、溶存酸素濃度(DO)が0.5ppm以下の時に菌体が高いエノエートレダクターゼ活性を発現した。
【0064】
(4)E.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHを用いた(R)−2−メチル酪酸の合成
上記(3)と同様の条件にてE.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHを培養し、培養開始22時間後に培養を終了し、遠心により集菌を行った。得られた菌体は湿菌体重 31g/Lであった。
上記菌体50g/L、50mM リン酸カリウムバッファー(pH7.0)、200mM グルコース、10g/L チグリン酸からなる反応液50mlを調製し、100mlのガラス容器中、エイブル社製、型式BMJの培養装置にて37℃に温調、300rpmで攪拌を行いながら還元反応を行った。反応中、適時反応液をサンプリングした。サンプリングした反応液200μLに6N HCl 10μLを添加し、500μL 酢酸エチルにて抽出後、酢酸エチル層をGCで分析した。GC条件は実施例(3)と同様である。結果を図3に示す。30時間の反応終了後、得られた(R)−2−メチル酪酸は9.43g/Lで、転換率99%以上、光学純度99%以上であった。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1は、E.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHを培養した時のpH(実線)と菌体濃度(OD610)(破線)の経時変化を示した図である。
【図2】図2は、E.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHを培養した時の培養菌体のエノエートレダクターゼ活性値(mM)(実線)と培養液中の溶存酸素濃度(DO)(破線)の経時変化を示した図である。
【図3】図3は、本発明の培養方法によって得られたE.coli JM109 pKKMtER1,pMWBsGDHの菌体を用いて(R)−2−メチル酪酸の合成反応を行ったときの、基質であるチグリン酸の残存濃度(g/L)(破線)と、(R)−2−メチル酪酸の生成濃度(g/L)(実線)の経時変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素及び/又はスーパーオキシドとの接触により失活しやすい酵素をコードする遺伝子を、酸素消費能及び/又はスーパーオキシド除去能を有する宿主微生物で発現させた組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液の調製方法であって、該微生物が植菌された培養液に酸素を供給しながら培養し、該微生物の培養終了時の培養液の溶存酸素濃度が0.5ppm以下になるように酸素供給量を調節し、菌体又は菌体を含む培養液を回収することを特徴とする組換え微生物の菌体又は菌体を含む培養液の調製方法。
【請求項2】
組換え微生物が、大腸菌である請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
酵素が、鉄−硫黄クラスターを有する酵素である請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項4】
酵素が、エノエートレダクターゼである請求項1〜3のいずれかに記載の調製方法。
【請求項5】
酵素が、下記一般式(I)
【化1】

で表されるα,β-不飽和カルボン酸のα,β炭素−炭素二重結合を立体選択的に還元し、
下記一般式(II)
【化2】

で表される光学活性カルボン酸を生成する活性を有するエノエートレダクターゼであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の調製方法(一般式(I)、及び(II)中、R1は、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、置換されていてもよい
アルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示し、R2及びR3は、それぞれ独立して水素原子、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、ヒドロキシ基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアルコキシ基又は置換されていてもよいアミノ基を示す)。
【請求項6】
一般式(I)で表されるα,β-不飽和カルボン酸に、請求項5に記載の調製方法により得られた培養液、該培養液から回収した組換え微生物の菌体、及び/又は、該菌体処理物を作用させ、一般式(II)で表される光学活性カルボン酸を生成させることを特徴とする光学活性カルボン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−174726(P2006−174726A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−369069(P2004−369069)
【出願日】平成16年12月21日(2004.12.21)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】