説明

情報取得方法

【課題】生体の組織や細胞中に存在する微量な生体分子の分布状態を、質量分析法によって同定することによって、診断デバイスや創薬デバイスの開発に寄与できる方法を提供することを目的とする。質量分析法において、検出が困難とされていた生体分子の分布状態に関しての情報を得るための方法を提供することを目的とする。
【解決手段】(1)反応基とイオン修飾構造とを含むイオン標識化剤を準備する工程と、(2)反応基を介して生体分子にイオン標識化剤を結合させる工程と、(3)質量分析により、生体分子に結合したイオン標識化剤中に含まれるイオン修飾構造を測定することにより生体分子の分布情報を得る工程と、を有することを特徴とする情報取得方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物の組織又は細胞中に微量に存在する生体分子の分布情報を、質量分析法を用いて情報取得する方法に関する。具体的には、対象生体分子に結合可能な反応基及びイオン修飾構造を有するイオン標識化剤で標識し、イオン修飾構造を質量分析することにより取得した情報に基づいて生体分子の分布状態、三次元分布状態を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるタンパク質の解析、特に薬剤機能と遺伝子の対応などに代表される生体組織内での重要な活動を司るタンパク質の分布状態の可視化技術が重要となっている。従来から、タンパク質の発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。これらの手法は基本的に、下記(1)と(2)との組み合わせにより行われてきた。
(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製。
(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出系。
【0003】
タンパク質解析技術の展開としては、以下の2つに大別される。
(1)プロテオーム解析(細胞内タンパク質の網羅的解析)によるデータベース構築。
(2)プロテオーム解析で得られたデータベースに基づく診断デバイスや創薬(薬剤候補スクリーニング)デバイス。
【0004】
しかし、上記の何れの応用形態に対しても、分析時間、スループット、感度、分解能及び柔軟性に問題のある従来方法とは異なった、小型化、高速化、自動化に適したデバイスが求められてきている。これらの要求を満たす手法としてタンパク質を高密度に集積したいわゆるタンパク質チップの開発が注目されている。
【0005】
タンパク質チップに捕捉されたターゲット分子は様々な検出手段により検出されている。中でも、微量の試料で高精度な分析が可能な質量分析法は有用な方法として使用されている。
【0006】
また、このタンパク質の質量分析(MS)法の中でも近年、高感度な質量分析手段あるいは表面分析手段として近年、飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry、以下、TOF−SIMSと記載する)が使用されるようになってきた。TOF−SIMSとは、固体試料の最表面にどのような原子又は分子が存在するかを調べるための分析方法であり、以下のような特徴を持つ。
・109atoms/cm2(最表面1原子層の1/105に相当する量)の極微量成分の検出能があること。
・有機物、無機物のどちらにも適用できること。
・表面に存在するすべての元素や化合物を測定できること。
・試料表面に存在する物質からの二次イオンのイメージングが可能なこと。
【0007】
以下、この方法の原理を簡単に説明する。
高真空中で、高速のパルスイオンビーム(一次イオン)を固体試料表面に照射すると、スパッタリング現象によって表面の構成成分が真空中に放出される。このとき発生する正又は負の電荷を帯びたイオン(二次イオン)を電場によって一方向に収束し、一定距離だけ離れた位置で検出する。一次イオンをパルス状に固体表面に照射すると、試料表面の組成に応じて様々な質量をもった二次イオンが発生するが、軽いイオンほど速く、反対に重いイオンほど遅い速度で飛行する。このため、二次イオンが発生してから検出されるまでの時間(飛行時間)を測定することで、発生した二次イオンの質量を分析することができる。この方法では、一次イオンが照射されると固体試料表面の最も外側で発生した二次イオンのみが真空中へ放出されるので、試料の最表面(深さ数Å程度)の情報を得ることができる。TOF−SIMSでは一次イオン照射量が著しく少ないため、有機化合物は化学構造を保った状態でイオン化され、質量スペクトルから有機化合物の構造を知ることができる、という特徴を有する。
【0008】
しかしながら、TOF−SIMSなどの質量分析法を用いて、ポリエチレンやポリエステルなどの人工高分子、タンパク質などの生体高分子などを通常の条件で分析した場合は、小さな分解フラグメントイオンとなっていた。このため、これらの分析法を用いた場合、元の生体高分子の構造を知ることが一般的には難しかった。
【0009】
また、酸素分子イオン又はセシウムイオンをスパッタリング用イオンビームとして、TOF−SIMS分析と併用することにより、三次元的な分布情報を得る方法が提案されている。具体的には、高電流でのスパッタリングイオン照射による試料表面をスパッタする工程と、前記パルス1次イオンで質量情報を二次元分布で得る工程とを交互に繰り返す。これにより、総合的に目的物の三次元での分布情報を得ることが可能となる。
【0010】
しかしながら、この方法では、生体分子などの有機分子は、スパッタリングの工程で上記以上に強くイオン照射のダメージを受けることとなる。このため、タンパク質などの生体高分子は、原子数個程度で構成される小さなフラグメントイオンに分解されてしまい、元のタンパク質の分布状態を知ることは非常に困難となっていた。
【0011】
そこで、従来から、TOF−SIMS分析等の質量分析法による小さな分解フラグメントイオン化の問題を解決する手法が検討されている。
非特許文献1には、特定のタンパク質の一部分を15Nなどでアイソトープラベル化し、当該タンパク質をC15-のような二次イオンを用いてイメージング検出する方法が開示されている。
非特許文献2には、アミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からタンパク質の種類を推定する手法が開示されている。
【非特許文献1】エー エム マンタスら、アナリティカル ケミストリー、2001年、73巻、143ページ(A. M. Belu et al., Anal. Chem., 73, 143 (2001))
【非特許文献2】ディー エス マンタスら、アナリティカル ケミストリー、1993年、65巻、1431ページ(D. S. Mantus et al., Anal. Chem., 65, 1431 (1993))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように、分布状態を持つ複数のタンパク質が存在する対象物について、該タンパク質の分布状態を分析する方法として質量分析法及びこれを応用したものが種々提案されている。
【0013】
しかしながら、従来の質量分析法では対象物そのものを分析するものではなく、溶出したタンパク質などを対象としているため得られる情報には制限があった。また、チップ表面への非特異吸着を直接評価できなかった。
【0014】
更に、MALDI法や、その改良型であるSELDI法は、現在知られている中で試料に対して最もソフトなイオン化法である。これらの方法では、分子量が大きく壊れ易いタンパク質をそのままイオン化し、親イオン又はそれに準じるイオンを検出できるという優れた特長を有する。このため、現在ではタンパク質の質量を分析する際の標準的なイオン化法の一つとなっている。
【0015】
この一方で、これらの方法をタンパク質チップの質量分析に応用する場合にはマトリクス物質の存在により、高い空間分解能を持ったタンパク質の二次元分布像(質量情報を用いたイメージング)は得られ難かった。すなわち、励起源であるレーザー光自体は1〜2μm径程度に容易に集光できるが、分析対象のタンパク質の周辺に存在するマトリクス物質が蒸発、イオン化する。このため、上記の方法でタンパク質の二次元分布像を計測する場合の空間分解能は一般的には100μm程度となっていた。また、集光させたレーザーを走査するには、レンズやミラーを複雑に動作させる必要があった。つまり、上記の方法でタンパク質の二次元分布像を計測する場合、レーザー光を走査させることは一般的には難しく、被分析試料を載せた試料ステージを動かす方式に限られていた。しかし、試料ステージを動かす方式はステージの移動精度に限界があり、空間分解能の高いタンパク質の二次元分布像を得ようとする場合に適用するのは一般的に好ましくなかった。また、レーザー光の浸透により、深さ方向数μmに渡って試料がダメージを受けるため、サブμm以下での深さ方向の分布情報を得ることはできないといった問題があった。さらに、従来の方法は、対象物の二次元分布像を得ることは難しく、また、金属電極上に対象物を固定する必要があるなど、対象試料の形態に制限があった。
【0016】
上記の方法に比べ、TOF−SIMS法は一次イオンを使用するため容易に収束かつ走査させることができるため、高空間分解能の二次イオン像(二次元分布像)を得ることができ、1μm程度の空間分解能を得ることが可能である。しかしながら、基板上の対象物に対し、通常の条件でTOF−SIMS測定を行うと、先に述べたように、生成する二次イオンは小さな分解フラグメントイオンがほとんどで、元の生体分子の構造を知ることは一般的には難しかった。
【0017】
さらには、スパッタリングイオンとの併用による三次元での情報を得る方法では、フラグメントイオンの分解が激しく、より困難を要していた。このため、生体組織中に含まれる複数のタンパク質の三次元的な分布を行う場合、当該タンパク質の種類を判別できる高空間分解能の分布像を得るには何らかの工夫が必要となっていた。
【0018】
非特許文献1に記載の方法は特定のタンパク質の一部分をアイソトープラベル化するもので、スパッタリングイオンを併用した分析においてもTOF−SIMSの持つ高空間分解能を十分生かせる方法である。しかしながら、この反面、特定のタンパク質を、毎回、アイソトープラベル化するのは一般的ではなかった。
【0019】
また、非特許文献2に記載の、アミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からタンパク質の種類を推定する方法では、スパッタリングによる過度のフラグメントイオン化により、アミノ酸分子も分解されてしまっていた。このため、元のタンパク質の判別が非常に困難となっていた。
【0020】
本発明者は、上記の課題について鋭意検討した結果、本発明に至った。すなわち、本発明は対象物からの情報取得方法に関し、質量分析により対象物の種類ごとに空間分解能の高い三次元分布像を得る方法を提供することを目的とする。また、本発明は、前記対象物の組成分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を有することを特徴とする。
1.(1)生体分子に結合可能な反応基と、複数の原子により構成されたイオン修飾構造と、を含むイオン標識化剤を準備する工程と、
(2)前記反応基を介して前記生体分子にイオン標識化剤を結合させる工程と、
(3)質量分析により、前記生体分子に結合したイオン標識化剤中に含まれるイオン修飾構造を測定することにより前記生体分子の分布情報を得る工程と、
を有することを特徴とする情報取得方法。
【0022】
2.前記イオン修飾構造が、フラーレン、フラーレンの多量体、及び金属内包フラーレンからなる群から選択される少なくとも一種の物質を含むことを特徴とする上記1に記載の情報取得方法。
3.前記生体分子がタンパク質であり、
前記イオン標識化剤を構成する反応基が前記タンパク質に特異的に結合する抗体又はリガンドである、ことを特徴とする上記1又は2に記載の情報取得方法。
【0023】
4.前記工程(3)におけるイオン修飾構造は、一つのイオン修飾構造当たり、水素、炭素、酸素、窒素、硫黄及びリンからなる群から選択された少なくとも一種の原子を1以上、10以下の数の範囲で含むことを特徴とする上記1から3の何れか1項に記載の情報取得方法。
【0024】
5.前記工程(3)において、
前記質量分析として、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法を行うことを特徴とする上記1から4の何れか1項に記載の情報取得方法。
6.前記工程(3)において、
前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法と共に、更にイオンビームを用いたスパッタリング法を併用することにより、前記生体分子の分布情報の一部として前記生体分子の深さ方向の分布情報を得ることを特徴とする上記5に記載の情報取得方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明では、生体分子に結合する能力のある反応基及びイオン修飾構造を有するイオン標識化剤で標識する。次に、これに質量分析を行い、反応基を介した生体分子とイオン標識化剤の結合を切断し、イオン修飾構造を遊離、イオン化させる。そして、この遊離したイオン修飾構造を検出することによってイオン修飾構造の分布情報を得ることができる。このようにして検出されたイオン修飾構造は反応基を介して元々、生体分子に結合していたものであるため、このイオン修飾構造の分布情報を得ることによって生体分子の分布情報を得ることができる。
【0026】
また、このようにイオン化の際に安定したイオン修飾構造を有するイオン標識化剤を用いることによって、スパッタリングの作用により生じる小さなフラグメントイオン化の問題を避けることができる。この結果、高精度で試料中の生体分子の分布情報を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下に、本発明をより詳細に説明する。
本発明の情報取得方法は、以下の工程を有する。
(1)生体分子に結合可能な反応基と、複数の原子により構成されたイオン修飾構造と、を含むイオン標識化剤を準備する工程。
(2)反応基を介して生体分子にイオン標識化剤を結合させる工程。
(3)質量分析により、生体分子に結合したイオン標識化剤中に含まれるイオン修飾構造を測定することにより生体分子の分布情報を得る工程。
【0028】
図1は本発明の情報取得方法の一例を示したものである。まず、図1(a)に示されるように、生体分子に結合可能な反応基10と、複数の原子により構成されたイオン修飾構造12と、を有するイオン標識化剤を準備する(工程(1))。なお、本例では反応基10はイオン標識化抗体、生体分子はタンパク質11、イオン修飾構造12はフラーレン分子の場合を表している。
【0029】
次に、図1(b)に示されるように、反応基を介して生体分子にイオン標識化剤を結合させる(工程(2))。本例では、イオン標識化抗体10とタンパク質11とが抗原抗体反応によって結合することによって、タンパク質にイオン標識化剤が結合する。
【0030】
次に、図1(c)に示されるように、質量分析を行い試料のイオン化を行う。この際、イオン修飾構造は、イオン標識化剤内でも高い結合エネルギーを有する部分を構成している。このため、この一次イオンの照射によって、イオン標識化剤内のイオン修飾構造以外の部分の結合が切断され、イオン修飾構造14のみを遊離、イオン化させることができる。なお、この工程(3)で遊離するイオン修飾構造はイオン標識化剤中に元々、含まれていたイオン修飾構造(以下、このイオン修飾構造を「原イオン修飾構造」と記載する場合がある)であっても良い。また、遊離中に原イオン修飾構造に更に水素、炭素、酸素、窒素、硫黄及びリン等の原子が付加したものであっても良い。この際、イオン標識化剤内の結合が切断される部位はイオン修飾構造以外の部分であれば特に限定されず、反応基、リンカー分子、又は基幹構造の一部であっても良い。そして、この結合の切断によって遊離、イオン化したイオン修飾構造14を検出する。この際、イオン修飾構造14には反応基、リンカー分子、基幹構造等の分子断片が結合したままであっても良い。このようにイオン標識化剤内の他の構造がイオン修飾構造14に結合した場合であっても、予めイオン修飾構造14のみのスペクトルを得ておくことで容易にイオン修飾構造14の分布情報を得ることができる。
【0031】
このようにして検出されたイオン修飾構造は反応基を介して元々、生体分子に結合(標識)していたものであるため、このイオン修飾構造の分布情報を得ることによって生体分子の分布情報を得ることができる(工程(3))。
【0032】
また、このようにイオン化時に安定したイオン修飾構造を有するイオン標識化剤を用いることによって、小さなフラグメントイオン化の問題を避けることができ、高精度で分布情報を得ることができる。
【0033】
なお、本発明では、質量分析法では何れの方法を用いた場合であっても、本発明の効果を奏することができる。例えば、一般的な質量分析装置では、試料のイオン化を行う試料導入部と、イオン化した試料を分析する分析部とを有し、この分析部の方式によって様々な質量分析法に分類できる。
【0034】
ここで、試料導入部でのイオン化の方法としては、一次イオンを用いる方法や、FAB(Fast Atom Bombardment、高速原子衝突)法やMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)法などを挙げることができる。
【0035】
ここで、FAB法とは、試料をマトリックスに混ぜ、ここに高速で中性原子を衝突させることでイオン化する方法である。また、MALDI法とは、試料をマトリックス中に混ぜて結晶を作り、これにレーザーを照射することでイオン化する方法である。上記のような何れの方法を用いた場合であっても、本発明では上記のようにイオン修飾構造を安定して遊離、イオン化させることができる。
【0036】
また、分析部の方式としては、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)型、タンデム型などを挙げることができる。
ここで、磁場偏向型とは、イオンを磁場中に通し、その際に受けるローレンツ力による飛行経路の変化を利用する分析法である。
四重極型とは、イオンを4本の電極内に通し、電極に高周波電圧を印加することで試料に摂動をかけ、目的とするイオンのみを通過させる分析法である。
イオントラップ型は、イオンを電極からなるトラップ室に保持し、この電位を変化させることで選択的にイオンを放出することで分離を行う分析法である。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型は、イオンを静電場と静磁場のかかったセルに導入し、イオン運動を励起するための高周波電圧を印加してイオンの周回周期を検出し、サイクロトロン条件から質量を算出する分析法である。
タンデム型は、上記の分析法を複数組み合わせる方法である。
【0037】
上記の何れの方法を用いた場合であっても、本発明では、質量分析時にイオン修飾構造が安定して遊離、イオン化するため、高精度でこれを検出可能である。また、このイオン修飾構造の分布情報を介して生体分子の分布情報を高精度で得ることができる。
【0038】
好ましくは、イオン化に一次イオンを用いるTOF−SIMS法を使用するのが良い。TOF−SIMS法は、質量分析法の中でも微量な試料を高精度で測定できる方法である。また、一次イオンをパルス状に試料表面に照射することによって、試料のイオン化を行うため、試料へのダメージを少なくすることができ、目的の生体分子の分布情報を高精度で正確に得ることができる。
以下に、本発明の情報取得方法で使用する材料について説明する。
(1)イオン標識化剤
本発明の方法に使用するイオン標識化剤は、(a)生体分子と結合する能力のある反応基、(b)質量分析時にも安定して存在可能なイオン修飾構造を含有し、必要に応じて(c)リンカー分子、基幹構造を含有するものである。
【0039】
また、工程(3)におけるイオン修飾構造は、イオン標識化剤を構成する一つの分子中に、水素、炭素、酸素、窒素、硫黄及びリンからなる群から選択された少なくとも一種の原子を1以上、10以下の数で含むことが好ましい。
【0040】
イオン修飾構造の具体的な物質例としては、フラーレン、金属クラスター(構成原子数3〜100個程度のもの)、フッ素高分子などが挙げられる。また、これら構成原子の安定同位体を混合させることにより、多種多様の標識生成も可能である。これらの分子は、生体中に存在せず、また、イオン測定時に安定に存在又は分解しても特異な構造を保つことにより、質量分析での識別子として用いることが可能である。
以下に、各構造について説明する。
【0041】
(a)反応基
本明細書において「生体分子に結合可能な反応基」とは、イオン標識化剤を所望の生体分子、好ましくは所望のタンパク質分子に対して抗原抗体反応、リガンド結合又は化学結合によって結合するものである。好ましくは、抗原抗体反応、又はリガンド結合によって生体分子に特異的に結合するものであるのが良い。
【0042】
また、反応基としては好ましくは、生体分子の構造及び機能に影響を与えない範囲において、1個又はそれ以上、1種類又はいくつかの組み合わせによってリンカー分子を介して基幹構造又はイオン修飾構造に結合していても良い。また、反応基はリンカー分子を介さずに基幹構造又はイオン修飾構造に結合していても良い。
【0043】
(b)イオン修飾構造
イオン修飾構造はイオン標識化剤の一部を構成し、質量分析時の一次イオンの照射によっても分解しないものである。また、イオン修飾構造は複数の原子から構成されている。このイオン修飾構造を構成する原子は同種の元素から構成されていても、異種の元素から構成されていても良い。従って、照射された一次イオンのエネルギーよりも大きな結合エネルギーを持つ結合が安定なものを用いる。本発明のイオン標識化剤は、イオン修飾構造がリンカー分子を介して、又は介さずに、反応基に結合している。好ましくは一つのフラーレンが、一つの反応基に結合している。
【0044】
このイオン修飾構造としては例えば、フラーレン、金属クラスター(構成原子数3〜100程度のもの)、フッ素高分子等を挙げることができる。また、これら構成原子の安定同位体を混合させることにより、多種多様の標識の生成も可能である。
【0045】
このイオン修飾構造としてはフラーレンを用いることが好ましい。ここで、フラーレンとは、60個以上の炭素原子が結合した所定形状を有する炭素分子のことである。
フラーレンは安定な形状構造により二次イオンとして分子質量の検出が容易で、質量スペクトルにおいても生体分子中に多く含まれる炭水化物との区別を容易に行うことができる。
【0046】
このフラーレンとしては具体的には、カーボン60(C60),カーボン70(C70),カーボン74(C74),カーボン76(C76),カーボン78(C78),カーボン80(C80),又はカーボン82(C82)以上のフラーレン類を挙げることができる。ここで、C82以上のフラーレンとしては例えば、C82、C84、C90、C94、C96等を挙げることができる。
【0047】
更に、フラーレンとしては、二量体等のフラーレンの多量体、スカンジウム、ランタン、セシウム、チタンなどの1以上、3以下の数の金属原子を内包した金属内包フラーレン分子を挙げることができる。これらのフラーレンは単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。
【0048】
このようなフラーレンをイオン修飾構造に結合させたイオン標識化剤の作製手法としては例えば、A. Hirosch et al., Topics in Current Chemistry 217, 51 (2001)に記載の一般的な方法を挙げることができる。また、特開2004−262867号公報及び特開2005−60383号公報に記載の特別な方法を用いることができる。
【0049】
このようなフラーレンは安定な構造形状を持つため質量分析におけるスパッタリングの作用を受けにくく、更にはイオン化されやすい性質を持つ。このため、フラーレンの分布情報を高精度で検出することができる。
【0050】
さらに、フラーレン分子はその内部にほとんど水素元素(質量数1.008)を含まず、炭素元素(質量数12.000)によって構成されている。このため、イオン検出によって得られる質量スペクトルにおいては、高質量分解能を持つTOF−SIMS法等の適用により、他の生体分子から生じる雑多な分子イオンピークとの判別が非常に容易である。また、この手法を、TOF−SIMS分析とスパッタリングイオンとの併用による三次元分析の手法に適用することにより、これまで困難とされていた該生体分子の三次元分布をも有効に検出することが可能となる。
【0051】
また、TOF−SIMS法と共に、更にイオンビームを用いたスパッタリング法を併用することにより、生体分子の分布情報の一部として生体分子の深さ方向の分布情報を得ることが好ましい。このスパッタリングイオンを併用した三次元分析手法は、通常のTOF−SIMSでの表面分析と交互する形で、酸素、セシウム又はアルゴンイオン等の照射により、試料を表面より深さ方向へ掘削を行い、順次、深さ位置ごとの表面を測定していく方法である。各深さ位置での表面分析で得られた二次元分布を足し合わせることにより、三次元分布の表現が可能となる。
【0052】
なお、フラーレン分子等のイオン修飾構造又は反応基が基幹構造に直接結合する場合は、基幹構造上の反応基の結合位置は限定されない。好ましくは、基幹構造を構成する炭素、窒素、酸素、硫黄、リン原子が存在する位置であるのが良い。
【0053】
フラーレン分子及び/又は反応基がリンカー分子に結合する場合は、フラーレン分子及び/又は反応基の結合位置は限定されない。好ましくは、フラーレン分子及び/又は反応基が基幹構造と結合する位置は、リンカー分子のそれぞれの末端に結合する。
【0054】
(c)リンカー分子
リンカー分子は、基幹構造と、フラーレン分子等のイオン修飾構造及び/又は反応基とを連結するための分子をいう。リンカー分子は、炭素、窒素、酸素、硫黄、及びリンからなる群から選択される元素を含有することが好ましく、リンカー分子中にこれらの原子を1から60個の範囲で含むことが好ましい。このリンカー分子としては例えば、下記のものを挙げることができる。
(A) −(CH2x−;
(B) −((CH2p−CO−)y−;
(C) −((CH2p−O−(CH2qy−;
(D) −((CH2p−CONH−(CH2qy−;又は
(E) −((CH2p−Ar−(CH2qy−。
[式中、xは1−30が好ましく、1−10がより好ましい。;
pは1−10が好ましく、1−5がより好ましい。;
qは0−10が好ましく、0−5がより好ましい。;
yは1−10が好ましく、1−5がより好ましい。;
Arは、アリールである。]。
【0055】
なお、本発明では工程(3)においてイオン標識化剤中の何れの構造部分(イオン修飾構造を除く)でイオン標識化剤の結合が切断されても良い。例えば、基幹構造及び反応基の少なくとも一方の構造の一部において結合が切断されても良い。
【0056】
(2)生体分子のイオン標識化と質量分析
(a)生体分子
本発明の方法によって測定可能である限り、生体分子の起源、製法等は特に限定されない。すなわち、本願明細書において「生体分子」というときは、天然産物、化学合成物の何れでもよい。具体的には、生体分子は、生物学的材料由来であり得て、器官、組織、細胞の構成物、例えば、タンパク質、ペプチド、リン酸化ペプチド、核酸、糖タンパク質、糖ペプチド、糖脂質、糖、糖鎖、核酸等である。好ましくは、生体組織の内部に存在するタンパク質である。タンパク質分子は、上述したイオン標識化剤の反応基と、抗原抗体反応又はリガンド結合により特異的に相互作用するものであることが好ましい。
【0057】
本発明の方法により標識されたフラーレン分子の質量分析によって分布を知ることができる生体分子は、好適にはスパッタリングにおけるフラグメントイオン化の問題によって直接の分布分析を行うことが困難な生体分子である。このような生体分子は例えば、タンパク質、ペプチド、リン酸化ペプチド、核酸、糖ペプチドであり、好ましくは、タンパク質である。
【0058】
(b)イオン標識化
本発明のイオン標識化剤を用いれば生体分子の種類ごとに特異的に標識することができる。具体的には、生体分子がタンパク質分子の場合は特異的に結合する抗体又はリガンドを適用し、核酸分子の場合は特異的にハイブリダイゼーション結合する核酸分子を適用する等を用いることができる。これらの慣用的な手法を用いて、様々な生体分子に特異的に結合するイオン標識化剤を適用させることができる。(図1(b))
(c)質量分析
本発明によれば、スパッタリングにおけるフラグメントイオン化の問題によって、直接の分布分析が困難であるとされる生体分子であるタンパク質、ペプチド、リン酸化ペプチド、核酸、糖ペプチド等の質量分析を行うことができる。
【0059】
本発明の方法によれば、生体分子を上述したイオン標識化剤で標識した後、可能な場合は未反応のイオン標識化剤を除去した後、質量分析計に試料を導入する。次に、試料をイオン化することによって、標識したイオン標識化剤中のイオン修飾構造を遊離させ、これを測定する(図1(c))。
【0060】
上記方法では、質量分析法を使用すれば、イオン化及び測定の方式は特に限定されない。例えば、試料導入部でのイオン化の方法としては、一次イオンを用いる方法や、FAB法やMALDI法などを挙げることができる。また、測定方式としては、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型、タンデム型、TOF−SIMS型などを挙げることができる。
【0061】
測定方式としては好ましくは、TOF−SIMS型を用いるのが良い。TOF−SIMS法は、一次イオンをパルス状に試料表面に照射することによって試料のイオン化を行うため、試料へのダメージを少なくすることができ、目的の生体分子の分布情報を高精度で正確に得ることができる。
【0062】
なお、例えば、質量分析法として飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法を用いる場合、下記条件で分析を行うことが好ましい。
試料のイオン化は一次イオンを照射することによって行うことが好ましい。一次イオン種としては、イオン化効率、質量分解能等の観点からガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン、ビスマス(Bi)イオン等が、好適に用いられる。なお、Biイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Biイオンのみならず、ビスマスの多原子イオンである、Bi2イオン、Bi3イオンを用いることができ、この順で感度が上昇する場合が多く、金の多原子イオンの利用はさらに好ましい形態となる。
【0063】
TOF−SIMSを用いてイメージングを行う場合には、質量分解能、分析面積、測定条件の一次イオンパルス周波数、一次イオンビームエネルギー、一次イオンパルス幅等の条件が、イメージング能力と密接に関係している。このため、好ましい分析条件は一義的には簡単に決まらない。しかしながら、分析可能であるという観点から、前記測定条件の各設定値はある範囲であることが必要となる。
【0064】
これらの観点から、本発明では、一次イオンビームパルス周波数は1kHz〜50kHzの範囲であることが好ましい。また、一次イオンビームエネルギーは、12keV〜25keVの範囲であること、さらには、一次イオンビームパルス幅は0.5ns〜10nsの範囲であることが好ましい。
【0065】
また、本発明は、高い分解能を有する質量スペクトルによるイメージング、あるいは、後述のように、イメージングから高い質量分解能を有する組成分析を目標とする。その際、定量精度を向上させるために、高い質量分解能を保持し、比較的短時間で測定を完了させる必要がある。このため、(一測定に要する時間を、数10秒〜数10分のオーダーとする)二次元イメージングに必要な位置分解能を満足する範囲で、得られる二次イオン量を多くする条件で測定することが好ましい。
【0066】
具体的には、一次イオンビーム径をサブミクロンオーダーまで絞り込まず、寧ろ、分析対象バイオチップの各マトリクス(ドット、あるいは、スポットともいう)のサイズが、通常、直径10μm〜100μmが好ましい。また、10μm×10μm〜100μm×100μmの範囲であることを勘案した上で、一次イオンビーム径(直径)を1μm〜10μmの範囲に設定することが好ましい。
【0067】
また、生体分子の分布情報を得るための一次イオンビームによるスキャンのエリアは他の要因と関係するので一義的には決まらないが、50μm×50μm〜500μm×500μmの範囲に選択することが好ましい。
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0068】
(実施例1)細胞切片表面のイオン標識化タンパク質分布の計測
(イオン標識化剤の作成:工程(1))
フラーレンを含むイオン標識化剤の作成は、市販の染色標識化抗体であるパーオキシダーゼ標識デキストラン結合抗ウサギイムノグロブリン・ヤギポリクロナール抗体(DAKO;ダコ(商品名)、ダコ・ジャパン社製;反応基と基幹構造)の標識部を、アントラセンデンドリマー誘導体カーボンフラーレン60(C60;カーボンフラーレン60(商品名)、三菱商事社製;イオン修飾構造)で置換することにより得られる。このアントラセンデンドリマー誘導体の作製方法は、特開2005−060383号公報に明記されている手法を用いるとよい。また誘導体カーボンフラーレンについては、市販されている一般的な修飾フラーレンを購入し適用することも可能である。さらに、抗体から直接標識化を行う際は、特開平10−104234号公報に明記されている修飾置換方法を応用するとよい。
【0069】
(細胞切片のイオン標識化:工程(2))
まず、手術によって摘出された組織を5mm×5mm×10mmほどの大きさに切断する。それをあらかじめ4℃に冷やした4質量%PFA(ポリテトラフルオロエチレン、和光純薬社製)/0.1質量%グルタールアルデヒド(関東化学社製)/0.1Mカコジル酸(シグマ社製)バッファー2mlに入れ、電子レンジを用いてマイクロウェーブ照射を14秒間、行い固定する。
【0070】
そして、30mlのPLP(2質量%PFA/0.075M Lysine/0.01M NaIO4/0.0375PBS(リン酸緩衝液))に移し、4℃にて1時間、再固定したのち、10質量%sucrose/PBSに置換して4℃にて一晩、浸積し、0TCコンパウンドにて包埋して急速凍結する。これを、クリオスタットにて5μmに薄切し、シランコートスライドガラスに貼り付け、冷風ドライヤーにて30分風乾した。このスライドガラスを1枚ずつキムワイプに包み、さらにその上からアルミ箔で包み、シリカゲルを入れた容器に入れ、−80℃にて保存する。
【0071】
上記により作成したイオン標識化剤によりヒトミオグロビンタンパク質の標識化を行う。
まず、スライドガラスに霜がつかないようにゆっくりと室温に戻し、PBSを5分間ずつ3回浸漬して親水化させる。次に50μlの0.3質量%H22/0.1質量%NaN3を滴下し、室温にて10分間反応させ、内因性ペルキオキシダーゼをブロッキングする。その後、PBSにて5分間ずつ3回洗浄し、2質量%BSA/PBS中で室温で10分間反応させ、非特異反応をブロッキングする。そして、硫酸アンモニウムを使用して5倍濃縮したサンプル抗体50μlを滴下し室温にて1時間反応させた後、2質量%BSA/PBSで5分間ずつ3回の洗浄を行う。
【0072】
次に、50μlの抗CP3ウサギ抗体5μg/mlを加え、室温にて45分間、二次抗体反応を行う。そして、2質量%BSA/PBSで5分間ずつ3回の洗浄後、これに50μlの上述のC60標識デキストラン結合抗ウサギイムノグロブリン・ヤギポリクロナール抗体(DAKO)を滴下して、室温にて30分間、三次抗体反応を行う。これを2質量%BSA/PBSにて5分間ずつ3回、洗浄して室温にて風乾させる。
【0073】
(TOF−SIMS分析による三次元分布の計測:工程(3))
続いて、TOF−SIMS分析を用いて、標識化された細胞切片の2次元計測をおこなう。TOF−SIMS装置は、ION TOF社製TOF−SIMS 5型装置を用いた。測定条件を以下に要約する。
【0074】
一次イオン:25kV Bi3+、0.2pA(パルス電流値)、sawtoothスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:3.3kHz(300μs/shot)
一次イオンパルス幅:約0.8ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
このような条件で正の二次イオン質量スペクトルを測定し、C60の2次元分布を計測する。ただし、この計測では、細胞切片の表面近傍のみの分布を知ることができる。
【0075】
この結果、図2に示すように、C60の分子質量数に相当する質量スペクトルが得られる(図2(a)全体スペクトル、(b)拡大スペクトル)。 このC60のスペクトルは理論計算によるスペクトル(図2(c))とも一致する。このとき、C60に関連するピークとして、(C60−2C)、(C60)に相当するピークが検出される。これらのピークをそれぞれイオンイメージに変換すると、図3に示すように、C60分子の分布を計測することができる。ここで、イオンイメージ(図3)に表れる丸い粒状の形状は、試料中の細胞の形状をあらわしている。このイメージより、C60分子は、細胞切片中に存在する細胞箇所に局在していている様子が判り、このC60分子分布の情報により、細胞切片中のヒトミオグロビンタンパク質の分布が、細胞箇所に局在していることがわかる。
【0076】
(実施例2)培養細胞内部におけるイオン標識化タンパク質分布の計測
(1)イオン標識化剤の作成
市販の修飾カーボンフラーレン(C60、C70、C80;何れも三菱商事社製)を購入し、上記の実施例(1)と同様の方法で、C60、C70、C80のそれぞれに、市販のヒトビンキュリンタンパク質抗体、ゴルジ領域抗体、ミトコンドリア抗体(それぞれ、コスモバイオ株式会社)と結合させてイオン標識化剤を作成する。
【0077】
(2)培養細胞のイオン標識化
培養細胞を固定剤(4%パラホルムアルデヒド/PBS)を用いてスライドウェル上に固定する。洗浄バッファーで2回洗浄したのち、0.1%Triton X−100(PerkinElmer社)を用いて、室温で10分間、細胞の透過処理をおこなう。再び、洗浄バッファーで2回洗浄する。室温で30分間ブロッキング溶液を使用し、PBSを用いて適当な濃度に希釈した上述のC60、70、80修飾の抗体と共に、室温で1時間インキュベートする(希釈濃度はヒトビンキュリン抗体が1:100、ゴルジ領域抗体とミトコンドリア抗体が1:20程度が望ましい)。洗浄バッファーで3回洗浄したのち、室温にて風乾して保管する。
【0078】
(3)TOF−SIMS分析による細胞内部の3次元分布の計測
続いて、TOF−SIMS分析を用いて標識化された細胞内部の3次元計測をおこなう。この時、TOF−SIMS装置に付属のスパッタリング銃を用いてのスパッタリングによる深さ方向への試料の掘削と、上述の実施例1(3)に記載の2次元分析の測定を併用する形で3次元的な計測をおこなう。スパッタリングの条件を以下に記載する。
【0079】
スパッタリングイオン:2kV O2+、300nA
スパッタリング領域:500μm×500μm
スパッタリング繰り返し時間:10秒(分析4スキャンと交互に行う)
このような条件でスパッタリングと正の二次イオン質量スペクトルの測定を繰り返し、C60、C70、C80の3次元分布を計測する。
【0080】
この結果、C60、C70、C80それぞれの質量位置に相当する質量スペクトルピークが検出される。これらのピークをそれぞれイオンイメージに変換すると、図4に示すように、おのおのの分子の分布を、表面イメージ(a)と深さ方向断面イメージ(b)の形で計測することができる。ここで、表面イメージ(a)に表れる丸い粒状の形状は、試料中の細胞の形状をあらわしている。また、図4(b)中に記載の横線で切り出した断面において表れる柱状のイメージは、スパッタリングの掘削により試料中のひとつひとつの細胞が深さ方向に削られ、それを断面方向より観察している状態を表している。この表面イメージと深さ方向断面イメージにより、C60分子は細胞周囲に存在し、C70とC80分子は細胞内部にそれぞれ局所的に存在することが判る。このC60、C70、C80分子の3次元的な分布情報により、ヒトビンキュリンタンパク質は主に細胞周囲に存在し、ゴルジ体領域、ミトコンドリアが細胞内部に存在する様子を観察することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】図1(a)〜(c)は、本発明のタンパク質をC60標識して質量検出する様子を模式的に示すフロチャートである。
【図2】図2(a)は、TOF−SIMS分析より得られた、C60標識化細胞切片のイオンスペクトルである。図2(b)は、C60イオンの質量に相当する領域の拡大スペクトルである。図2(c)C60イオンスペクトルの理論値を表す図である。
【図3】TOF−SIMS分析により得られた、C60標識化細胞切片の表面イオンイメージである。
【図4】図4は、TOF−SIMS分析とスパッタリングを併用した場合に得られた、C60,70,80標識化培養細胞内部におけるイオンイメージを表している。図4(a)は表面イオンイメージ、図4(b)は深さ方向断面イオンイメージ(表面イメージにおける白線箇所での断面)を表す図である。
【符号の説明】
【0082】
10・・・イオン標識化抗体
11・・・タンパク質
12・・・フラーレン分子
13・・・タンパク質に結合したフラーレンイオン標識化抗体
14・・・イオンとして検出されるフラーレン分子
15・・・TOF−SIMS分析の一次イオン
16・・・一次イオンのスパッタリングで分解されたフラグメントイオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)生体分子に結合可能な反応基と、複数の原子により構成されたイオン修飾構造と、を含むイオン標識化剤を準備する工程と、
(2)前記反応基を介して前記生体分子にイオン標識化剤を結合させる工程と、
(3)質量分析により、前記生体分子に結合したイオン標識化剤中に含まれるイオン修飾構造を測定することにより前記生体分子の分布情報を得る工程と、
を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項2】
前記イオン修飾構造が、フラーレン、フラーレンの多量体、及び金属内包フラーレンからなる群から選択される少なくとも一種の物質を含むことを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記生体分子がタンパク質であり、
前記イオン標識化剤を構成する反応基が前記タンパク質に特異的に結合する抗体又はリガンドである、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記工程(3)におけるイオン修飾構造は、一つのイオン修飾構造当たり、水素、炭素、酸素、窒素、硫黄及びリンからなる群から選択された少なくとも一種の原子を1以上、10以下の数の範囲で含むことを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の情報取得方法。
【請求項5】
前記工程(3)において、
前記質量分析として、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法を行うことを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載の情報取得方法。
【請求項6】
前記工程(3)において、
前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法と共に、更にイオンビームを用いたスパッタリング法を併用することにより、前記生体分子の分布情報の一部として前記生体分子の深さ方向の分布情報を得ることを特徴とする請求項5に記載の情報取得方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−170270(P2008−170270A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−3596(P2007−3596)
【出願日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】