成形品の熱履歴評価方法
【課題】熱履歴を受けた成形品の負荷温度や負荷時間等を正確に推定して、熱劣化度を適切に評価することが可能である成形品の熱履歴評価方法を提供する。
【解決手段】予め、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成し、熱履歴が未知の成形品の指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行い、前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求め、前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求め、最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求め、最高負荷温度Tthと最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求め、Tth×tthの数値が大きい場合は熱劣化度が大きく、Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価した。
【解決手段】予め、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成し、熱履歴が未知の成形品の指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行い、前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求め、前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求め、最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求め、最高負荷温度Tthと最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求め、Tth×tthの数値が大きい場合は熱劣化度が大きく、Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱履歴を受けた成形品の負荷温度、負荷時間等の熱履歴を推定して熱劣化度を評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、成形品として例えばポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと略記する)等の熱可塑性樹脂成形品からなる電線接続用コネクタハウジングが公知である。PBTは機械的特性と電気的特性のバランスに優れ、かつ高温使用にも耐えうる。そのため、PBTは小型軽量化がすすむ自動車部品のコネクタの材料等に用いられている。
【0003】
自動車部品に用いられる成形品は、高温環境や屋外等の過酷な使用環境で使用される。このような使用環境では、成形品は、材料自身の劣化が進行して機械的強度が低下する。そこで、成形品の使用環境を把握して劣化の過程を評価する方法が必要である。
【0004】
例えば、PBT成形品の劣化度の評価方法として、下記(1)〜(3)の方法が公知である。
【0005】
(1)機械的強度による評価方法
引張試験機により、ロック強度、端子保持力等の機械的強度を測定する方法である。
【0006】
(2)分析による定量的な評価方法
SEC(Size Exclusion Chromatograph:サイズ排除クロマトグラフ)による平均分子量の測定、滴定法による末端カルボキシル基量の測定等がある。
【0007】
(3)負荷温度を評価する方法(例えば特許文献1参照)
DSC(Differential Scanning Calorimeter:示差走査熱量計)を用いて熱履歴を推定する手法がある。熱負荷を受けた成形品から試料を切り出して、この試料をDSCを用いて熱分析を行う方法である。熱負荷を受けた試料は、常温から昇温すると融解ピークとは異なる吸熱ピークを示す。この吸熱ピークのピークトップ温度から負荷温度を測定する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−10900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記(1)の評価方法は、試験片としてコネクタ全体が必要であり、更に所定の形状、寸法の相手側コネクタや端子が必要である。更に、成形品が大きく劣化していない限り、試料間で差が現れにくく精度が劣るという問題があった。
【0010】
上記(2)の評価方法は、試料の制約を受けず、精度のよい測定が可能であるが、測定にはレジンの精製等の前処理が必要であるという問題があった。更に、この方法による評価は、あくまでも成形品がどの程度劣化しているかを知ることができるだけであって、どのような熱履歴を受けて劣化したのかを推定することはできなかった。
【0011】
上記(3)の評価方法は、DSC曲線より得られた吸熱ピークのピークトップ温度は、実際の負荷温度よりも高く出てしまうという問題があった。例えばポリエチレン樹脂の場合は3〜4℃、ポリプロピレン樹脂の場合は9〜13℃程度高くなる。また、成形品の負荷時間が長くなると、ピークトップ温度が高温側にシフトするため、精度が低く、実用的ではないという問題があった。
【0012】
本発明は上記従来技術の欠点を解消するためになされたものであり、熱履歴を受けた成形品の実際に曝された負荷温度や負荷時間等を推定して、熱劣化度を適切に評価することが可能であるとともに、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取し複雑な前処理を必要とせず、試験を容易に行うことが可能である、成形品の熱履歴評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の成形品の熱履歴評価方法は、
熱履歴を受けた成形品を分析して熱劣化度を評価する熱履歴評価方法において、
予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、
熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程と、
前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、
前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することを要旨とするものである。
【0014】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程が、前記指標成分量と前記マスター曲線を用いて、前記所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求めるものであり、
前記マスター曲線を作成する工程が、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から前記最高負荷温度Tthにおける移動因子aT1を決定し、下記式より所定の温度Tsの負荷時間tsを前記最高負荷温度Tthでの負荷時間tthに換算するものであることが好ましい。
最高負荷温度の負荷時間tth=所定の温度の負荷時間ts/移動因子aT1
【0015】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求める工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度Tthを推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度Tthを求めることが好ましい。
【0016】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記成形品がポリブチレンテレフタレート樹脂の成形品であり、前記指標成分が試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の成形品の熱履歴評価方法は、予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度TSに換算した負荷時間tsを求める工程と、前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価する方法を採用したことにより、熱履歴を受けた成形品の実際に曝された負荷温度や負荷時間等を推定して、熱劣化度を適切に評価することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】PBTの熱劣化反応の反応式である。
【図2】熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解させた場合の反応式である。
【図3】ベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。
【図4】MMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。
【図5】アレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。
【図6】ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。
【図7】実施例1〜27の結果を示す表である。
【図8】実施例1〜27の走行距離とMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図9】実施例1〜27のt100とMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図10】実施例1〜27のTthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図11】実施例1〜27のtthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図12】実施例1〜27のTth×tthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を用いて本発明の実施例を詳細に説明する。本発明の熱履歴評価方法は、成形品が実際に使用されて熱履歴を受けた後に、熱履歴を受けた成形品がどの程度熱劣化しているのかを、使用した成形品から試料を採取して分析を行い、その分析結果から熱劣化度を正確に評価する方法である。本実施例では、成形品としてポリブチレンテレフタレート樹脂(以下、PBTと略記することもある)を用いた熱履歴評価方法について説明する。このPBT成形品は、自動車の電気配線(ワイヤーハーネス)の電気接続用コネクタハウジングとして用いられるものである。
【0020】
本実施例の熱履歴評価方法は、大別して下記の(I)〜(IV)の工程からなる。
(I)マスター曲線を作成する工程
この工程は、予め対象となる成形品について、未使用の試料のような熱履歴が既知の成形品を用いてベンチ試験を行うものである。
(a)ベンチ試験は、熱処理時間に応じて生成量が増加する指標成分を決めて、複数の処理温度で処理を行い、指標成分の含有量と処理温度−時間の関係を測定する。所定の温度を基準温度に定めて、熱処理時間と指標成分量との関係を表すマスター曲線を作成する。
【0021】
(II)熱履歴が未知の成形品を分析する工程
この工程は、
(b)熱履歴が未知の評価対象となる成形品から採取した試料を用いて、指標成分を定量分析し指標成分量を測定する工程と、
(c)示唆走査熱量計によるDSC分析を行う工程が含まれる。
【0022】
(III)未知の成形品の熱履歴を評価するための各種の指標を求める工程
具体的には下記の数値を求める工程が含まれる。
(d)上記成形品の指標成分量と上記マスター曲線を用いて、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程。
(e)上記DSC分析の結果から成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程。
(f)所定の温度Tsの負荷時間tsを、最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する工程。
(g)最高負荷温度Tthと、最高負荷温度Tthの負荷時間tthを用いて、Tth×tthを計算して求める工程。
【0023】
(IV)Tth×tthの数値を用いて、未知の成形品の熱劣化度の大小を判断して、成形品の熱履歴を評価する工程
【0024】
以下、上記各工程を詳細に説明する。
(a)マスター曲線作成工程
図1はPBTの熱劣化反応の反応式である。図1に示すように熱劣化によりPBTが酸化すると、酸無水物を形成する。図2は熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を加え熱分解させた場合の反応式である。図2に示すように、熱劣化したPBTにTMAHを加え加熱すると、酸無水物化した部分が加水分解して、メチル4−メトキシブチレート(MMB)が生成する。PBTの熱劣化に比例して酸無水物化する部分が増えるので、このMMB量を測定することで、熱劣化の進行度合いを示す指標とすることができる。すなわち成形品がPBTの場合、指標成分として、PBTにTMAHを加えて加熱した際に生成するMMBが用いられる。
【0025】
尚、本発明において用いられる指標成分は、熱処理時間の長さ(熱劣化の度合い)に応じて成形品中の含有量が変化する成分であればよい。指標成分は、成形品中で含有量が増加する成分でもよいし、含有量が減少する成分でもいずれでもよい。また指標成分は、上記実施例のように、成形品に反応性の試薬等を加えて化学反応させて誘導体として、定量分析可能とした成分を用いても良いし、成形品から直接定量できる成分を用いてもよい。
【0026】
このMMBの測定は、PBTにTMAHを加えた試料の熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法により行う。試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法で測定し、熱分解の際の反応生成物の中のMMBを検出し、その検出ピークの面積を測定することで、MMBの量を定量することができる。MMBの定量値から劣化度の評価が可能である。このMMBの定量方法は、具体的には特開2001−356116号公報等に記載されている公知の方法を用いることができる。
【0027】
ベンチ試験として、未使用のPBT成形品を80℃、100℃、120℃の各温度で所定の時間熱処理(熱エージング)した後、試料を採取してMMB量を定量した。試料は、PBT成形品の最表面を15μmの厚さで薄切したもの0.1mg用いた。
【0028】
図3はベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。図3に示すように、PBT成形品の各処理温度におけるMMB量と熱処理時間の関係は、3本の時間変化曲線として示す通りである。図3に示すように、MMB量はいずれの処理温度でも時間の経過と共に指数関数的に増加している。またMMB量は処理温度が高い程、短い処理時間で大きく増加している。これらの結果は、MMBがPBTの熱酸化劣化度の指標成分として適切であることを示している。
【0029】
この図3のグラフの中で、熱処理温度100℃を所定の温度Tsとして。この温度のグラフを基準として、時間−温度換算則を用いて、マスター曲線を作成する。以下、所定の温度Tsは、基準温度Tsということもある。熱処理温度80℃の特性値の曲線と熱処理温度120℃の特性値の曲線を熱処理温度100℃の時間軸に平行移動して重ねると、一つの曲線とすることができる。この曲線をマスター曲線といい、平行移動の移動量を移動因子という。マスター曲線を用いることで、種々の温度で熱処理された試料であっても、マスター曲線の基準温度で測定した値に換算することができる。
【0030】
具体的にマスター曲線を作成するには、熱処理温度80℃、120℃の曲線を100℃のグラフに重なるようにシフトさせる。熱処理温度120℃の曲線は時間軸をプラス0.14平行移動させる。熱処理温度80℃の曲線は時間軸をマイナス0.1平行移動させる。図4はMMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。このようにして図4に示す相関係数が0.893のマスター曲線が得られた。図4に示すマスター曲線のMMB量(y)と熱処理時間(t)の関係は下記の(1)式の関係式で表すことができる。(1)式のマスター曲線の関係式を用いて、熱履歴を受けた成形品の試料のMMB量を測定した値から100℃の熱処理温度(T100=基準処理温度Ts)に換算した負荷時間(t100)を求めることができる。この基準処理温度(Ts)に換算した負荷時間を基準負荷時間(ts)という。
y=3.07×10−8×(logt)9.76・・・(1)
【0031】
次いで、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求める。アレニウス式では、各温度の移動因子(aT)と任意の温度(T)と基準温度(Ts)との関係は下記の(2)式で表わすことができる。
log(aT)=(ΔH/2.303R)〔(1/T)−(1/Ts)〕×103・・・(2)
上記(2)式中、ΔHは活性化エネルギー(kJ/mol)、Rはガス定数
8.31 (J/K・mol)である。
【0032】
上記のアレニウス式において、基準温度(Ts)を100℃(373K)とした場合、各温度の移動因子を求める。移動因子(aT)を各温度の移動量〔log(aT)〕として表わすと、各温度の移動量は、温度80℃の場合、log(a80)が−0.10、温度120℃の場合、log(a120)が0.14であった。図5はアレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。図5のグラフに示すように、移動量と温度の逆数との関係は、直線で表わされる。図5のグラフの直線は、傾き−0.83、相関係数0.984であり、下記の(3)式に示す直線式として表わすことができる。
log(aT)=−0.83(1/T)×103 +2.24・・・(3)
【0033】
上記(3)式に任意の温度Tを代入すると、任意の温度Tにおける移動因子(aT)を求めることができる。この移動因子(aT)と下記(4)式により、上記(1)式から得られる基準荷時間(ts)を、所定の温度の負荷時間に換算することができる。この負荷時間は、成形品が所定の温度Tsで何時間相当の熱負荷を受けたかということを示すものである。
所定の温度(Ts)の負荷時間=基準負荷時間(ts)/移動因子(aT)・・・(4)
【0034】
上記の(4)式は、成形品が熱履歴を受けた際の最高負荷温度Tthを推定することができれば、最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthに換算することができることを示している。(4)式の基準負荷時間tsは(1)式から求めることができる。また基準温度Tsの移動因子aT1は、(3)式から求めることができる。してみれば、下記(5)式に基準負荷時間tsと、移動因子aT1を代入すれば、最高負荷温度の負荷時間tthが得られる。尚、最高負荷温度Tthは、後述する(d)負荷温度推定工程の示差走査熱量計を用いたDSC分析により求めることができる。
最高負荷温度での負荷時間tth=基準負荷時間ts/移動因子aT1・・・(5)
【0035】
(b)指標成分量を測定する工程
この工程は、熱履歴を受けた成形品から試料を採取してMMB量を定量する。具体的な工程は、ベンチ試験で行った場合と全く同一の手順で行う。具体的な測定方法は、成形品から試料を採取し、試料にTMAHを加え、熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法を行い、MMBの検出ピークの面積からMMB量を定量する。
【0036】
(c)DSC分析を行う工程
熱履歴を受けたPBT成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いて昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6は、ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。ベンチ試験は、未使用のPBT成形品を、所定の温度に設定した恒温槽で所定の時間熱処理(アニーリング)した後、分析用の試料を採取しDSC測定を行う。DSC測定は、示差走査熱量計を用いて試料を昇温し、融点以上の温度まで加熱して昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6のグラフは、PBT成形品の熱処理条件として(a)60℃24時間、(b)100℃24時間、(c)140℃4時間、(d)180℃24時間とした4種類の試料についてDSC分析を行い、得られたDSC曲線と微分DSC曲線を示したものである。DSC分析は、例えば試料を3〜10mg程度採取し、市販のDSC装置を用い、昇温速度20℃/min、窒素雰囲気下で行うことが好ましい。
(d)負荷時間tsを求める工程(負荷時間推定工程)
上記(a)工程で得られた図4に示すマスター曲線[下記(1a)式]に、上記(b)工程で得られた成形品のMMB量を代入し、成形品の負荷温度を基準温度(Ts=100℃)に換算した基準負荷時間tsを求める。
y=3.07×10−8×(logts)9.76・・・(1a)
【0037】
(e)最高負荷温度Tthを求める工程(最高負荷温度推定工程)
DSC曲線と微分DSC曲線から、成形品が使用中に曝された最高の温度を最高負荷温度Tthとして求める。図6に示すように、熱履歴を受けたPBT成形品の昇温DSC曲線には、230℃付近の融解による吸熱ピークと、それよりも低温側の吸熱ピークが見られる。低温側の吸熱ピークは、DSC曲線では微小でわかりにくいが、微分DSC曲線にすると明瞭なピークを観察できる。そこで微分DSC曲線の低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を読み取る。この温度が成形品が実際に受けた負荷温度であり、最高負荷温度Tthという。この最高負荷温度Tthは、PBTが過去に受けた熱履歴の中で、曝された温度の中の最高の温度を意味する。
【0038】
図6に示すように、DSC曲線の低温側の吸熱ピークは、熱処理温度が高くなるにつれて高温側に現れる。PBTの熱処理温度と低温側吸熱ピークの温度との間には相関関係がある。PBTの低温側吸熱ピークの微分DSC曲線の立ち上がり温度は、熱処理温度が60℃の場合は60℃、熱処理温度が100℃の場合は101℃、熱処理温度が140℃の場合は139℃、熱処理温度が180℃の場合は、180℃であった。このように、微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度は、PBT成形品の実際の熱処理温度と良く一致している。このように試料の昇温DSC分析を行うことにより、試料の量も10mg程度と微量で良く、更に分析操作も容易であり、PBT成形品の最高負荷温度を正確且つ簡易に求めることができる。
【0039】
(f)負荷時間tthを求める工程(基準負荷時間tsを最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する工程)
上記(c)負荷時間推定工程で求めた基準負荷時間tsを、下記(5)式を用いて、上記(d)負荷温度推定工程で求めた最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する。この負荷時間tthを実負荷時間ということもある。
実負荷時間tth=基準負荷時間ts/移動因子aT1・・・(5)
上記移動因子aT1は、最高負荷温度T1における移動因子であり、上記(a)マスター曲線作成工程で予めアレニウス式を用いて決定した(3)式の温度(T)を最高負荷温度Tthとして下記の(6)式から得る。
log(aT1)=−0.83(1/Tth)×103 +2.24・・・(6)
【0040】
このようにして、実際に熱履歴を受けたPBT成形品の試料を分析して、基準負荷時間ts、最高負荷温度Tth、最高負荷温度の負荷時間tthが得られる。
【0041】
(g)Tth×tthを求める工程(Tth×tthを計算する工程)
上記の最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tth(単位:h・℃)を求める。
【0042】
このTth×tthの数値は、MMB量と極めて高い相関がある。また、このTth×tthの数値は、基準温度として表現されていないので、この数値自体の大小を比較することで、熱劣化度を評価することができる。すなわち、Tth×tthの数値が大きい場合は、熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、Tth×tthの数値が小さい場合は、熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することができる。
【0043】
また、例えばPBT成形品が実際に自動車に装着されて熱履歴を受けた場合、自動車の車種、走行距離等のPBT成形品の使用履歴、上記基準負荷時間ts、最高負荷温度Tth、実負荷時間tth等のデータに基づいて、PBT成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断することも可能である。
【0044】
基準負荷時間tsからは、PBT成形品が、基準温度Tsに換算した負荷時間で何時間相当の負荷を受けたかの評価が可能である。最高負荷温度Tthからは、実際にPBT成形品が最高で何℃に加熱されたのかを推定することが可能である。更に基準負荷時間tsと最高負荷温度Tthからは、実負荷時間tthを推定することができる。
【0045】
基準負荷時間ts及び最高負荷温度Tsの推定を、指標物質の分析及びDSC測定により行う場合、これらの測定方法は、PBT成形品から極めて少量の試料を採取するだけ良く、更に複雑な前処理なしで測定することが可能である。
【実施例】
【0046】
以下、実際に車両に搭載された成形品について、熱履歴を評価した例を示す。図7は実施例1〜27の結果を示す表である。市場において実際に熱負荷を受けたPBT成形品として、図7の表に示すように、車種、登録期間、走行距離等が異なる既知の27種類の実車から回収したエンジンルーム内のPBTコネクタを実施例1〜27の試料とした。これらの試料を用いて、上記したDSC分析による最高負荷温度Tthの測定と、上記した試料にTMAHを加え熱分解ガスクロマトグラフ/質量分法を行いMMB量の測定を行った。その測定値から上記の方法により、基準温度を100℃(T100)とした場合の負荷時間(基準負荷時間ts)と、最高負荷温度Tth、最高負荷温度Tthでの負荷時間tthを求めた。その結果を図7の表に示した。表中、車種Aはエンジンの排気量が3000cc程度の一般大衆車、車種Bは排気量が1500cc程度の小型大衆車、車種Cは排気量が4000cc以上の高級車である。
【0047】
図8は、実施例1〜27の表のデータの中から、走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図8のグラフに示すように、大まかには走行距離が長い試料ほどMMB量が多く、劣化が進行している傾向が見られる。しかし直線から外れるデータがいくつも見られ、直線性の高い相関は見られなかった(相関係数:0.857)。
【0048】
図9は、100℃の場合の負荷時間t100とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図9のグラフに示すように、100℃の負荷時間t100とMMB量との間には、非常に直線性の高い相関が見られた。図8の直線の相関係数が0.857であるのに対し、図9の直線の相関係数は0.9999である。このように、図8及び図9に示す結果は、実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品について、MMB量を定量することで、100℃の場合の負荷時間t100を正確に推定することが可能であることを裏付けるものである。但し、実際にコネクタが受けた最高負荷温度Tthは100℃ではなく、各車でバラバラである。100℃の場合の負荷時間t100は、コネクタが受けた熱履歴と劣化度の関係を直接的に表わしているとは言えなかった。
【0049】
図10は実施例1〜27のTthとMMB量の関係をプロットしたグラフであり、図11は実施例1〜27のtthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。図10及び図11に示すように、実際にコネクタが受けたTthとtthに対してMMB量をプロットしたところ、どちらも直線的な相関は見られなかった。尚、図11の相関係数は、0.270であり、図12の相関係数は0.890であった。
【0050】
図12は実施例1〜27のTth×tthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。図12のグラフに示すように、最高負荷温度Tthに最高負荷温度の負荷時間tthを掛け合わせた数値(Tth×tth)とMMB量との間には非常に高い直線性が見られた(相関係数0.991)。すなわち、このTth×tthの数値を用いて、その数値が大きい場合には熱劣化度が大きく、その数値が小さい場合には熱劣化度が小さいというように、コネクタの熱劣化度を評価することができる。この評価方法によれば、基準温度を設定しても、しなくても、コネクタが実際に車に搭載された際に受けた最高負荷温度と負荷時間を考慮して、精度よくコネクタ間の熱劣化度の比較評価を行うことが可能である。
【0051】
上記の熱劣化度の評価方法によれば、低温で長時間の負荷を受けた場合でも、高温で短時間の負荷を受けた場合でも、負荷温度(Tth)と負荷時間(tth)により劣化度(Tth×tth)を表現することができる。
【0052】
また上記の評価方法において、少量の試料で熱履歴を測定して、劣化度を定量的に判断できるので、予め成形品に劣化判定部を形成しておいてもよい。成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部は、成形品本体と一体に形成しておく。更に劣化判定部は成形品本体から分離可能に形成されていることが好ましい。このような成形品本体から分離可能な形状に形成するには、成形品本体から切り離して回収しやすいように切り欠きを設ける方法や、劣化判定部を成形品本体から切断しやすいピン状突起として形成すること等が挙げられる。これらの劣化判定部は、部品組立時に干渉しないところに形成しておく。成形品に、このような劣化判定部を設けておけば、製品の性能を損なうことなく、劣化度を評価することが可能である。これにより、配索部品(ワイヤーハーネス)全体の劣化状態を判定して、安全状態の確認及び以後の安全確保に役立てたり、他の部材を含めた再利用の可否判定を容易に行うことができる。
【0053】
上記実施例に示すように、本発明は自動車用部品として用いられるPBT成形品の熱履歴評価方法として好適に用いることができる。本発明評価方法は、成形品が自動車のエンジンルーム等の高温に曝される環境で使用される材料の耐熱性を基準として選定する場合や、或いは実車に搭載・使用されたコネクタの熱履歴を推定するのに、特に有効である。
【0054】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、各種の変更が可能である。例えば、上記実施例では成形品としてPBTを用いたものであるが、他の樹脂成形品にも適用可能である。本発明の熱履歴評価方法を適用可能な樹脂としては、予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分を定め、定量分析法を適宜選択して、ベンチ試験を行い各種の熱劣化させた成形品について熱劣化と指標成分量との関係を測定し、マスター曲線を作成すること、及びDSC分析により最高負荷温度を求めることが可能である樹脂であればよい。
【0055】
具体的な成形品として、例えばポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の結晶性高分子は、DSC曲線に融解の吸熱ピークよりも低温の吸熱ピークが現れるので、最高負荷温度Tthを推定することができる。
【符号の説明】
【0056】
T:負荷温度、Ts:所定の負荷温度(基準負荷温度)、Tth:最高負荷温度、t:負荷時間、ts:所定の温度の負荷時間、tth:最高負荷温度の負荷時間(実負荷時間)、aT1:最高負荷温度Tthにおける移動因子
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱履歴を受けた成形品の負荷温度、負荷時間等の熱履歴を推定して熱劣化度を評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、成形品として例えばポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと略記する)等の熱可塑性樹脂成形品からなる電線接続用コネクタハウジングが公知である。PBTは機械的特性と電気的特性のバランスに優れ、かつ高温使用にも耐えうる。そのため、PBTは小型軽量化がすすむ自動車部品のコネクタの材料等に用いられている。
【0003】
自動車部品に用いられる成形品は、高温環境や屋外等の過酷な使用環境で使用される。このような使用環境では、成形品は、材料自身の劣化が進行して機械的強度が低下する。そこで、成形品の使用環境を把握して劣化の過程を評価する方法が必要である。
【0004】
例えば、PBT成形品の劣化度の評価方法として、下記(1)〜(3)の方法が公知である。
【0005】
(1)機械的強度による評価方法
引張試験機により、ロック強度、端子保持力等の機械的強度を測定する方法である。
【0006】
(2)分析による定量的な評価方法
SEC(Size Exclusion Chromatograph:サイズ排除クロマトグラフ)による平均分子量の測定、滴定法による末端カルボキシル基量の測定等がある。
【0007】
(3)負荷温度を評価する方法(例えば特許文献1参照)
DSC(Differential Scanning Calorimeter:示差走査熱量計)を用いて熱履歴を推定する手法がある。熱負荷を受けた成形品から試料を切り出して、この試料をDSCを用いて熱分析を行う方法である。熱負荷を受けた試料は、常温から昇温すると融解ピークとは異なる吸熱ピークを示す。この吸熱ピークのピークトップ温度から負荷温度を測定する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−10900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記(1)の評価方法は、試験片としてコネクタ全体が必要であり、更に所定の形状、寸法の相手側コネクタや端子が必要である。更に、成形品が大きく劣化していない限り、試料間で差が現れにくく精度が劣るという問題があった。
【0010】
上記(2)の評価方法は、試料の制約を受けず、精度のよい測定が可能であるが、測定にはレジンの精製等の前処理が必要であるという問題があった。更に、この方法による評価は、あくまでも成形品がどの程度劣化しているかを知ることができるだけであって、どのような熱履歴を受けて劣化したのかを推定することはできなかった。
【0011】
上記(3)の評価方法は、DSC曲線より得られた吸熱ピークのピークトップ温度は、実際の負荷温度よりも高く出てしまうという問題があった。例えばポリエチレン樹脂の場合は3〜4℃、ポリプロピレン樹脂の場合は9〜13℃程度高くなる。また、成形品の負荷時間が長くなると、ピークトップ温度が高温側にシフトするため、精度が低く、実用的ではないという問題があった。
【0012】
本発明は上記従来技術の欠点を解消するためになされたものであり、熱履歴を受けた成形品の実際に曝された負荷温度や負荷時間等を推定して、熱劣化度を適切に評価することが可能であるとともに、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取し複雑な前処理を必要とせず、試験を容易に行うことが可能である、成形品の熱履歴評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の成形品の熱履歴評価方法は、
熱履歴を受けた成形品を分析して熱劣化度を評価する熱履歴評価方法において、
予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、
熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程と、
前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、
前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することを要旨とするものである。
【0014】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程が、前記指標成分量と前記マスター曲線を用いて、前記所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求めるものであり、
前記マスター曲線を作成する工程が、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から前記最高負荷温度Tthにおける移動因子aT1を決定し、下記式より所定の温度Tsの負荷時間tsを前記最高負荷温度Tthでの負荷時間tthに換算するものであることが好ましい。
最高負荷温度の負荷時間tth=所定の温度の負荷時間ts/移動因子aT1
【0015】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求める工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度Tthを推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度Tthを求めることが好ましい。
【0016】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記成形品がポリブチレンテレフタレート樹脂の成形品であり、前記指標成分が試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の成形品の熱履歴評価方法は、予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度TSに換算した負荷時間tsを求める工程と、前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価する方法を採用したことにより、熱履歴を受けた成形品の実際に曝された負荷温度や負荷時間等を推定して、熱劣化度を適切に評価することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】PBTの熱劣化反応の反応式である。
【図2】熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解させた場合の反応式である。
【図3】ベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。
【図4】MMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。
【図5】アレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。
【図6】ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。
【図7】実施例1〜27の結果を示す表である。
【図8】実施例1〜27の走行距離とMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図9】実施例1〜27のt100とMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図10】実施例1〜27のTthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図11】実施例1〜27のtthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【図12】実施例1〜27のTth×tthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を用いて本発明の実施例を詳細に説明する。本発明の熱履歴評価方法は、成形品が実際に使用されて熱履歴を受けた後に、熱履歴を受けた成形品がどの程度熱劣化しているのかを、使用した成形品から試料を採取して分析を行い、その分析結果から熱劣化度を正確に評価する方法である。本実施例では、成形品としてポリブチレンテレフタレート樹脂(以下、PBTと略記することもある)を用いた熱履歴評価方法について説明する。このPBT成形品は、自動車の電気配線(ワイヤーハーネス)の電気接続用コネクタハウジングとして用いられるものである。
【0020】
本実施例の熱履歴評価方法は、大別して下記の(I)〜(IV)の工程からなる。
(I)マスター曲線を作成する工程
この工程は、予め対象となる成形品について、未使用の試料のような熱履歴が既知の成形品を用いてベンチ試験を行うものである。
(a)ベンチ試験は、熱処理時間に応じて生成量が増加する指標成分を決めて、複数の処理温度で処理を行い、指標成分の含有量と処理温度−時間の関係を測定する。所定の温度を基準温度に定めて、熱処理時間と指標成分量との関係を表すマスター曲線を作成する。
【0021】
(II)熱履歴が未知の成形品を分析する工程
この工程は、
(b)熱履歴が未知の評価対象となる成形品から採取した試料を用いて、指標成分を定量分析し指標成分量を測定する工程と、
(c)示唆走査熱量計によるDSC分析を行う工程が含まれる。
【0022】
(III)未知の成形品の熱履歴を評価するための各種の指標を求める工程
具体的には下記の数値を求める工程が含まれる。
(d)上記成形品の指標成分量と上記マスター曲線を用いて、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程。
(e)上記DSC分析の結果から成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程。
(f)所定の温度Tsの負荷時間tsを、最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する工程。
(g)最高負荷温度Tthと、最高負荷温度Tthの負荷時間tthを用いて、Tth×tthを計算して求める工程。
【0023】
(IV)Tth×tthの数値を用いて、未知の成形品の熱劣化度の大小を判断して、成形品の熱履歴を評価する工程
【0024】
以下、上記各工程を詳細に説明する。
(a)マスター曲線作成工程
図1はPBTの熱劣化反応の反応式である。図1に示すように熱劣化によりPBTが酸化すると、酸無水物を形成する。図2は熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を加え熱分解させた場合の反応式である。図2に示すように、熱劣化したPBTにTMAHを加え加熱すると、酸無水物化した部分が加水分解して、メチル4−メトキシブチレート(MMB)が生成する。PBTの熱劣化に比例して酸無水物化する部分が増えるので、このMMB量を測定することで、熱劣化の進行度合いを示す指標とすることができる。すなわち成形品がPBTの場合、指標成分として、PBTにTMAHを加えて加熱した際に生成するMMBが用いられる。
【0025】
尚、本発明において用いられる指標成分は、熱処理時間の長さ(熱劣化の度合い)に応じて成形品中の含有量が変化する成分であればよい。指標成分は、成形品中で含有量が増加する成分でもよいし、含有量が減少する成分でもいずれでもよい。また指標成分は、上記実施例のように、成形品に反応性の試薬等を加えて化学反応させて誘導体として、定量分析可能とした成分を用いても良いし、成形品から直接定量できる成分を用いてもよい。
【0026】
このMMBの測定は、PBTにTMAHを加えた試料の熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法により行う。試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法で測定し、熱分解の際の反応生成物の中のMMBを検出し、その検出ピークの面積を測定することで、MMBの量を定量することができる。MMBの定量値から劣化度の評価が可能である。このMMBの定量方法は、具体的には特開2001−356116号公報等に記載されている公知の方法を用いることができる。
【0027】
ベンチ試験として、未使用のPBT成形品を80℃、100℃、120℃の各温度で所定の時間熱処理(熱エージング)した後、試料を採取してMMB量を定量した。試料は、PBT成形品の最表面を15μmの厚さで薄切したもの0.1mg用いた。
【0028】
図3はベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。図3に示すように、PBT成形品の各処理温度におけるMMB量と熱処理時間の関係は、3本の時間変化曲線として示す通りである。図3に示すように、MMB量はいずれの処理温度でも時間の経過と共に指数関数的に増加している。またMMB量は処理温度が高い程、短い処理時間で大きく増加している。これらの結果は、MMBがPBTの熱酸化劣化度の指標成分として適切であることを示している。
【0029】
この図3のグラフの中で、熱処理温度100℃を所定の温度Tsとして。この温度のグラフを基準として、時間−温度換算則を用いて、マスター曲線を作成する。以下、所定の温度Tsは、基準温度Tsということもある。熱処理温度80℃の特性値の曲線と熱処理温度120℃の特性値の曲線を熱処理温度100℃の時間軸に平行移動して重ねると、一つの曲線とすることができる。この曲線をマスター曲線といい、平行移動の移動量を移動因子という。マスター曲線を用いることで、種々の温度で熱処理された試料であっても、マスター曲線の基準温度で測定した値に換算することができる。
【0030】
具体的にマスター曲線を作成するには、熱処理温度80℃、120℃の曲線を100℃のグラフに重なるようにシフトさせる。熱処理温度120℃の曲線は時間軸をプラス0.14平行移動させる。熱処理温度80℃の曲線は時間軸をマイナス0.1平行移動させる。図4はMMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。このようにして図4に示す相関係数が0.893のマスター曲線が得られた。図4に示すマスター曲線のMMB量(y)と熱処理時間(t)の関係は下記の(1)式の関係式で表すことができる。(1)式のマスター曲線の関係式を用いて、熱履歴を受けた成形品の試料のMMB量を測定した値から100℃の熱処理温度(T100=基準処理温度Ts)に換算した負荷時間(t100)を求めることができる。この基準処理温度(Ts)に換算した負荷時間を基準負荷時間(ts)という。
y=3.07×10−8×(logt)9.76・・・(1)
【0031】
次いで、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求める。アレニウス式では、各温度の移動因子(aT)と任意の温度(T)と基準温度(Ts)との関係は下記の(2)式で表わすことができる。
log(aT)=(ΔH/2.303R)〔(1/T)−(1/Ts)〕×103・・・(2)
上記(2)式中、ΔHは活性化エネルギー(kJ/mol)、Rはガス定数
8.31 (J/K・mol)である。
【0032】
上記のアレニウス式において、基準温度(Ts)を100℃(373K)とした場合、各温度の移動因子を求める。移動因子(aT)を各温度の移動量〔log(aT)〕として表わすと、各温度の移動量は、温度80℃の場合、log(a80)が−0.10、温度120℃の場合、log(a120)が0.14であった。図5はアレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。図5のグラフに示すように、移動量と温度の逆数との関係は、直線で表わされる。図5のグラフの直線は、傾き−0.83、相関係数0.984であり、下記の(3)式に示す直線式として表わすことができる。
log(aT)=−0.83(1/T)×103 +2.24・・・(3)
【0033】
上記(3)式に任意の温度Tを代入すると、任意の温度Tにおける移動因子(aT)を求めることができる。この移動因子(aT)と下記(4)式により、上記(1)式から得られる基準荷時間(ts)を、所定の温度の負荷時間に換算することができる。この負荷時間は、成形品が所定の温度Tsで何時間相当の熱負荷を受けたかということを示すものである。
所定の温度(Ts)の負荷時間=基準負荷時間(ts)/移動因子(aT)・・・(4)
【0034】
上記の(4)式は、成形品が熱履歴を受けた際の最高負荷温度Tthを推定することができれば、最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthに換算することができることを示している。(4)式の基準負荷時間tsは(1)式から求めることができる。また基準温度Tsの移動因子aT1は、(3)式から求めることができる。してみれば、下記(5)式に基準負荷時間tsと、移動因子aT1を代入すれば、最高負荷温度の負荷時間tthが得られる。尚、最高負荷温度Tthは、後述する(d)負荷温度推定工程の示差走査熱量計を用いたDSC分析により求めることができる。
最高負荷温度での負荷時間tth=基準負荷時間ts/移動因子aT1・・・(5)
【0035】
(b)指標成分量を測定する工程
この工程は、熱履歴を受けた成形品から試料を採取してMMB量を定量する。具体的な工程は、ベンチ試験で行った場合と全く同一の手順で行う。具体的な測定方法は、成形品から試料を採取し、試料にTMAHを加え、熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法を行い、MMBの検出ピークの面積からMMB量を定量する。
【0036】
(c)DSC分析を行う工程
熱履歴を受けたPBT成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いて昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6は、ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。ベンチ試験は、未使用のPBT成形品を、所定の温度に設定した恒温槽で所定の時間熱処理(アニーリング)した後、分析用の試料を採取しDSC測定を行う。DSC測定は、示差走査熱量計を用いて試料を昇温し、融点以上の温度まで加熱して昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6のグラフは、PBT成形品の熱処理条件として(a)60℃24時間、(b)100℃24時間、(c)140℃4時間、(d)180℃24時間とした4種類の試料についてDSC分析を行い、得られたDSC曲線と微分DSC曲線を示したものである。DSC分析は、例えば試料を3〜10mg程度採取し、市販のDSC装置を用い、昇温速度20℃/min、窒素雰囲気下で行うことが好ましい。
(d)負荷時間tsを求める工程(負荷時間推定工程)
上記(a)工程で得られた図4に示すマスター曲線[下記(1a)式]に、上記(b)工程で得られた成形品のMMB量を代入し、成形品の負荷温度を基準温度(Ts=100℃)に換算した基準負荷時間tsを求める。
y=3.07×10−8×(logts)9.76・・・(1a)
【0037】
(e)最高負荷温度Tthを求める工程(最高負荷温度推定工程)
DSC曲線と微分DSC曲線から、成形品が使用中に曝された最高の温度を最高負荷温度Tthとして求める。図6に示すように、熱履歴を受けたPBT成形品の昇温DSC曲線には、230℃付近の融解による吸熱ピークと、それよりも低温側の吸熱ピークが見られる。低温側の吸熱ピークは、DSC曲線では微小でわかりにくいが、微分DSC曲線にすると明瞭なピークを観察できる。そこで微分DSC曲線の低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を読み取る。この温度が成形品が実際に受けた負荷温度であり、最高負荷温度Tthという。この最高負荷温度Tthは、PBTが過去に受けた熱履歴の中で、曝された温度の中の最高の温度を意味する。
【0038】
図6に示すように、DSC曲線の低温側の吸熱ピークは、熱処理温度が高くなるにつれて高温側に現れる。PBTの熱処理温度と低温側吸熱ピークの温度との間には相関関係がある。PBTの低温側吸熱ピークの微分DSC曲線の立ち上がり温度は、熱処理温度が60℃の場合は60℃、熱処理温度が100℃の場合は101℃、熱処理温度が140℃の場合は139℃、熱処理温度が180℃の場合は、180℃であった。このように、微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度は、PBT成形品の実際の熱処理温度と良く一致している。このように試料の昇温DSC分析を行うことにより、試料の量も10mg程度と微量で良く、更に分析操作も容易であり、PBT成形品の最高負荷温度を正確且つ簡易に求めることができる。
【0039】
(f)負荷時間tthを求める工程(基準負荷時間tsを最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する工程)
上記(c)負荷時間推定工程で求めた基準負荷時間tsを、下記(5)式を用いて、上記(d)負荷温度推定工程で求めた最高負荷温度Tthの負荷時間tthに換算する。この負荷時間tthを実負荷時間ということもある。
実負荷時間tth=基準負荷時間ts/移動因子aT1・・・(5)
上記移動因子aT1は、最高負荷温度T1における移動因子であり、上記(a)マスター曲線作成工程で予めアレニウス式を用いて決定した(3)式の温度(T)を最高負荷温度Tthとして下記の(6)式から得る。
log(aT1)=−0.83(1/Tth)×103 +2.24・・・(6)
【0040】
このようにして、実際に熱履歴を受けたPBT成形品の試料を分析して、基準負荷時間ts、最高負荷温度Tth、最高負荷温度の負荷時間tthが得られる。
【0041】
(g)Tth×tthを求める工程(Tth×tthを計算する工程)
上記の最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tth(単位:h・℃)を求める。
【0042】
このTth×tthの数値は、MMB量と極めて高い相関がある。また、このTth×tthの数値は、基準温度として表現されていないので、この数値自体の大小を比較することで、熱劣化度を評価することができる。すなわち、Tth×tthの数値が大きい場合は、熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、Tth×tthの数値が小さい場合は、熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することができる。
【0043】
また、例えばPBT成形品が実際に自動車に装着されて熱履歴を受けた場合、自動車の車種、走行距離等のPBT成形品の使用履歴、上記基準負荷時間ts、最高負荷温度Tth、実負荷時間tth等のデータに基づいて、PBT成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断することも可能である。
【0044】
基準負荷時間tsからは、PBT成形品が、基準温度Tsに換算した負荷時間で何時間相当の負荷を受けたかの評価が可能である。最高負荷温度Tthからは、実際にPBT成形品が最高で何℃に加熱されたのかを推定することが可能である。更に基準負荷時間tsと最高負荷温度Tthからは、実負荷時間tthを推定することができる。
【0045】
基準負荷時間ts及び最高負荷温度Tsの推定を、指標物質の分析及びDSC測定により行う場合、これらの測定方法は、PBT成形品から極めて少量の試料を採取するだけ良く、更に複雑な前処理なしで測定することが可能である。
【実施例】
【0046】
以下、実際に車両に搭載された成形品について、熱履歴を評価した例を示す。図7は実施例1〜27の結果を示す表である。市場において実際に熱負荷を受けたPBT成形品として、図7の表に示すように、車種、登録期間、走行距離等が異なる既知の27種類の実車から回収したエンジンルーム内のPBTコネクタを実施例1〜27の試料とした。これらの試料を用いて、上記したDSC分析による最高負荷温度Tthの測定と、上記した試料にTMAHを加え熱分解ガスクロマトグラフ/質量分法を行いMMB量の測定を行った。その測定値から上記の方法により、基準温度を100℃(T100)とした場合の負荷時間(基準負荷時間ts)と、最高負荷温度Tth、最高負荷温度Tthでの負荷時間tthを求めた。その結果を図7の表に示した。表中、車種Aはエンジンの排気量が3000cc程度の一般大衆車、車種Bは排気量が1500cc程度の小型大衆車、車種Cは排気量が4000cc以上の高級車である。
【0047】
図8は、実施例1〜27の表のデータの中から、走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図8のグラフに示すように、大まかには走行距離が長い試料ほどMMB量が多く、劣化が進行している傾向が見られる。しかし直線から外れるデータがいくつも見られ、直線性の高い相関は見られなかった(相関係数:0.857)。
【0048】
図9は、100℃の場合の負荷時間t100とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図9のグラフに示すように、100℃の負荷時間t100とMMB量との間には、非常に直線性の高い相関が見られた。図8の直線の相関係数が0.857であるのに対し、図9の直線の相関係数は0.9999である。このように、図8及び図9に示す結果は、実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品について、MMB量を定量することで、100℃の場合の負荷時間t100を正確に推定することが可能であることを裏付けるものである。但し、実際にコネクタが受けた最高負荷温度Tthは100℃ではなく、各車でバラバラである。100℃の場合の負荷時間t100は、コネクタが受けた熱履歴と劣化度の関係を直接的に表わしているとは言えなかった。
【0049】
図10は実施例1〜27のTthとMMB量の関係をプロットしたグラフであり、図11は実施例1〜27のtthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。図10及び図11に示すように、実際にコネクタが受けたTthとtthに対してMMB量をプロットしたところ、どちらも直線的な相関は見られなかった。尚、図11の相関係数は、0.270であり、図12の相関係数は0.890であった。
【0050】
図12は実施例1〜27のTth×tthとMMB量の関係をプロットしたグラフである。図12のグラフに示すように、最高負荷温度Tthに最高負荷温度の負荷時間tthを掛け合わせた数値(Tth×tth)とMMB量との間には非常に高い直線性が見られた(相関係数0.991)。すなわち、このTth×tthの数値を用いて、その数値が大きい場合には熱劣化度が大きく、その数値が小さい場合には熱劣化度が小さいというように、コネクタの熱劣化度を評価することができる。この評価方法によれば、基準温度を設定しても、しなくても、コネクタが実際に車に搭載された際に受けた最高負荷温度と負荷時間を考慮して、精度よくコネクタ間の熱劣化度の比較評価を行うことが可能である。
【0051】
上記の熱劣化度の評価方法によれば、低温で長時間の負荷を受けた場合でも、高温で短時間の負荷を受けた場合でも、負荷温度(Tth)と負荷時間(tth)により劣化度(Tth×tth)を表現することができる。
【0052】
また上記の評価方法において、少量の試料で熱履歴を測定して、劣化度を定量的に判断できるので、予め成形品に劣化判定部を形成しておいてもよい。成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部は、成形品本体と一体に形成しておく。更に劣化判定部は成形品本体から分離可能に形成されていることが好ましい。このような成形品本体から分離可能な形状に形成するには、成形品本体から切り離して回収しやすいように切り欠きを設ける方法や、劣化判定部を成形品本体から切断しやすいピン状突起として形成すること等が挙げられる。これらの劣化判定部は、部品組立時に干渉しないところに形成しておく。成形品に、このような劣化判定部を設けておけば、製品の性能を損なうことなく、劣化度を評価することが可能である。これにより、配索部品(ワイヤーハーネス)全体の劣化状態を判定して、安全状態の確認及び以後の安全確保に役立てたり、他の部材を含めた再利用の可否判定を容易に行うことができる。
【0053】
上記実施例に示すように、本発明は自動車用部品として用いられるPBT成形品の熱履歴評価方法として好適に用いることができる。本発明評価方法は、成形品が自動車のエンジンルーム等の高温に曝される環境で使用される材料の耐熱性を基準として選定する場合や、或いは実車に搭載・使用されたコネクタの熱履歴を推定するのに、特に有効である。
【0054】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、各種の変更が可能である。例えば、上記実施例では成形品としてPBTを用いたものであるが、他の樹脂成形品にも適用可能である。本発明の熱履歴評価方法を適用可能な樹脂としては、予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分を定め、定量分析法を適宜選択して、ベンチ試験を行い各種の熱劣化させた成形品について熱劣化と指標成分量との関係を測定し、マスター曲線を作成すること、及びDSC分析により最高負荷温度を求めることが可能である樹脂であればよい。
【0055】
具体的な成形品として、例えばポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の結晶性高分子は、DSC曲線に融解の吸熱ピークよりも低温の吸熱ピークが現れるので、最高負荷温度Tthを推定することができる。
【符号の説明】
【0056】
T:負荷温度、Ts:所定の負荷温度(基準負荷温度)、Tth:最高負荷温度、t:負荷時間、ts:所定の温度の負荷時間、tth:最高負荷温度の負荷時間(実負荷時間)、aT1:最高負荷温度Tthにおける移動因子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱履歴を受けた成形品を分析して熱劣化度を評価する熱履歴評価方法において、
予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、
熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程と、
前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、
前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することを特徴とする成形品の熱履歴評価方法。
【請求項2】
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程が、前記指標成分量と前記マスター曲線を用いて、前記所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求めるものであり、
前記マスター曲線を作成する工程が、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から前記最高負荷温度Tthにおける移動因子aT1を決定し、下記式より所定の温度Tsの負荷時間tsを前記最高負荷温度Tthでの負荷時間tthに換算するものであることを特徴とする請求項1記載の成形品の熱履歴評価方法。
最高負荷温度の負荷時間tth=所定の温度の負荷時間ts/移動因子aT1
【請求項3】
前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求める工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度Tthを推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度Tthを求めることを特徴とする請求項1又は2記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項4】
前記成形品がポリブチレンテレフタレート樹脂の成形品であり、前記指標成分が試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項1】
熱履歴を受けた成形品を分析して熱劣化度を評価する熱履歴評価方法において、
予め、熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、熱履歴が既知の成形品を用いて前記指標成分の定量分析を行い、所定の温度Tsにおける熱処理時間と指標成分量との関係を示すマスター曲線を作成する工程と、
熱履歴が未知の成形品から採取した試料を用いて、前記指標成分量の測定と示差走査熱量計によるDSC分析を行う工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線から、所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求める工程と、
前記DSC分析の結果から前記成形品が使用中に曝された最高温度である最高負荷温度Tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程と、
前記最高負荷温度Tthと前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを乗算してTth×tthを求める工程を有し、
前記Tth×tthの数値が大きい場合は前記熱履歴が未知の成形品の熱劣化度が大きく、前記Tth×tthの数値が小さい場合は前記熱履歴の未知の成形品の熱劣化度が小さいと評価することを特徴とする成形品の熱履歴評価方法。
【請求項2】
前記最高負荷温度Tthにおける負荷時間tthを求める工程が、前記指標成分量と前記マスター曲線を用いて、前記所定の温度Tsに換算した負荷時間tsを求めるものであり、
前記マスター曲線を作成する工程が、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から前記最高負荷温度Tthにおける移動因子aT1を決定し、下記式より所定の温度Tsの負荷時間tsを前記最高負荷温度Tthでの負荷時間tthに換算するものであることを特徴とする請求項1記載の成形品の熱履歴評価方法。
最高負荷温度の負荷時間tth=所定の温度の負荷時間ts/移動因子aT1
【請求項3】
前記DSC分析の結果から最高負荷温度Tthを求める工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度Tthを推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度Tthを求めることを特徴とする請求項1又は2記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項4】
前記成形品がポリブチレンテレフタレート樹脂の成形品であり、前記指標成分が試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図3】
【図4】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2013−29371(P2013−29371A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164524(P2011−164524)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「分析化学」第60巻第3号 平成23年3月5日日本分析化学会発行
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「分析化学」第60巻第3号 平成23年3月5日日本分析化学会発行
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】
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