説明

成形品の製造方法

【課題】異なる強度、すなわち強度の高い部位と強度の低い部位とを備えるプレス成形品を高精度で製造することが可能な成形品の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、Cが0.08%以上0.45%以下、MnおよびCrの合計が0.5%以上3.0%以下、残部がC、Mn、Cr以外の任意の添加物、Fe、および不可避的不純物である化学組成からなり、Ac3点以上に加熱した鋼板をAr3点以上のプレス開始温度から金型にて成形品にプレス成形する方法であって、プレス成形の下死点における鋼板の第1の部分と第2の部分の下死点保持温度をそれぞれ異なる温度に制御することにより、フェライト又はベイナイト組織の少なくとも一方を主体とする低強度部と、マルテンサイト組織からなる高強度部と、を有する成形品を得ることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間プレス成形品における各部の焼入れ硬さを作り分けることが可能な成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板から成形されてなる自動車部材では、安全性向上と環境保護とを両立する観点から、一層の高強度化と軽量化が要請されており、高強度鋼板の適用が拡大している。しかしながら、高強度鋼板の冷間プレス成形では、鋼板の割れやしわなど、成形性の低下およびスプリングバックなどの形状不良による寸法精度の低下という問題がある。
【0003】
このような問題に対処するため、プレス成形と同時に焼入れを行う熱間プレス方法を、従来では冷間プレスで成形していた成形品にも適用することが進められている。熱間プレス方法によれば、鋼板が高温の軟質な状態でプレス成形を行うため寸法精度の変化の問題が少ない。また、高温、高延性の状態での成形を行うことから成形性にも優れている。さらには高温状態から成形と同時に急冷して焼入を行うために1200MPa以上の超高強度が得られるという特徴を有する。
【0004】
ところで、近年、局部的に高強度が要求される自動車部材を製造する際に、材質が異なる鋼板を溶接にて一体化したテーラードブランクを用いて熱間プレスをする方法が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、焼き入れ性の高い金属素板と焼き入れ性の低い金属素板とを溶接して一体化したテーラードブランクを用いて熱間プレスをする方法が開示されている。
特許文献2には、加熱後の搬送中における搬送装置との局部的な接触抜熱により金属板材の各部位の温度を制御し、金属板材の部位により焼入れ開始温度を異ならせることで成形品の部位ごとに焼入れ硬さを異ならせる熱間プレス方法が開示されている。
特許文献3には、金型にくぼみ部を設け、プレス成形の際にくぼみ部で保持された部分の硬度を冷却速度が速い他の部分の硬度に比べ低くする熱間プレス方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−58082号公報
【特許文献2】特開2006−212690号公報
【特許文献3】特開2007−237204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法のようにテーラードブランクを用いた熱間プレス方法では、焼き入れ性の低い金属素板の焼き入れにより得られる強度が安定しないという問題がある。また、特許文献2に記載のように、搬送中に抜熱部位を制御して部位ごとに硬度を調整する方法では、焼き入れ領域が制約される虞がある。また、搬送装置との非接触の領域が大きい場合などには搬送が不安定になるといった問題がある。また、特許文献3のように、金型にくぼみ部を形成して局所的に硬度を調整する方法では、くぼみ部に対応する部分の冷却は基本的に空冷であり、得られる強度は限定されてしまう。
【0008】
そこで本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、異なる強度、すなわち強度の高い部位と強度の低い部位とを備えるプレス成形品を高精度で製造することが可能な成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
熱間プレスによる高強度部材の製造は、オーステナイト域からマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下まで急速冷却することにより行われる。これは通常、マルテンサイト変態に伴う形状変化を抑制しながら十分な強度を確保するために、プレス成形の下死点にて鋼板を15〜30秒間保持し、金型内にて200℃程度以下まで冷却した後、取り出される。
本発明者らは、熱間プレス成形において、上記課題を解決するために、プレス成形の下死点で成形品を保持する際の保持終了温度(下死点保持温度)と焼入れにより得られる硬度との関係を調査した。
【0010】
具体的には、900℃に加熱した板厚1.2mmの鋼板を常温の金型に装入して、ハット形状断面部材(成形品)に成形する試験において、成形下死点で所定時間保持した後、金型外に取り出し、その後は常温まで空冷し、成形品の縦壁部分のビッカース硬度(HV)を測定した。また、鋼板の端部に熱電対を取り付け、下死点保持終了時の鋼板温度(下死点保持温度)T0を測定した。
【0011】
この金型の縦壁部における上型と下型のクリアランスは鋼板板厚+0.1mmに調整した。プレス成形開始時の鋼板温度は750℃程度であり、プレス成形開始から下死点保持終了までの平均冷却速度は50℃/秒以上であった。実験には下死点でクラッチ切断によりモーションを停止させる機能を有するクランクプレスを用いた。下死点保持を行わない場合に1回の成形に要する時間(クランクモーションが1回転する時間)は1秒である。なお、ここで用いた鋼板は、質量%でCが0.21%、Siが0.25%、Mnが1.20%の化学成分を含有し、Ac3点は823℃で、臨界冷却速度は30℃/秒程度である。
【0012】
図8には、下死点保持終了温度T0とビッカース硬度(HV)の測定結果を示す。図8に示すように、下死点保持温度300℃以下では硬度HV450が得られ、下死点保持温度420℃以上では硬度HV300以下となることが判った。すなわち、0.2〜0.3質量%程度のCを含有する鋼板をオーステナイト単相域まで加熱し300℃以下まで臨界冷却速度以上で急冷するとマルテンサイト変態が生じ非常に硬質な組織が得られる。一方、上記急冷をMs点以上の温度で中断し、その後は臨界冷速未満で緩冷却するとベイナイトまたはフェライトへの変態が生じる。従って、成形品の各部分における下死点保持温度すなわち急冷停止温度を制御することにより、強度が高い部分(高強度部)と強度が低い部分(低強度部)とを作り分けることができる。
【0013】
なお、この鋼板のMs点は冷却速度30℃/秒以上で420℃程度であった。また、下死点保持温度がMs点近傍ではマルテンサイト変態が十分でなく、T0≦(Ms−120)℃とすることでオーステナイトからマルテンサイトへの変態が十分行われることが判った。
【0014】
本発明は、上記知見に基づき、完成されたもので、質量%で、Cが0.08%以上0.45%以下、MnおよびCrの合計が0.5%以上3.0%以下、残部がC、Mn、Cr以外の任意の添加物、Fe、および不可避的不純物である化学組成からなり、Ac3点以上に加熱した鋼板をAr3点以上のプレス開始温度から金型にてプレス成形して成形品を得る成形品の製造方法であって、プレス成形の下死点における鋼板の第1の部分と第2の部分の下死点保持温度をそれぞれ異なる温度に制御することにより、フェライト又はベイナイト組織の少なくとも一方を主体とする低強度部と、マルテンサイト組織からなる高強度部と、を有する成形品を得る工程を含むことを特徴とする成形品の製造方法である。
【0015】
ここで、第1の部分は、下死点保持温度がMs点以上で、下死点保持終了後の冷却速度が臨界冷却速度未満であり、第2の部分は、下死点保持温度が(Ms−120℃)以下で、プレス成形開始から下死点保持終了までの冷却速度が前記鋼板の臨界冷却速度以上であることが望ましい。
【0016】
また、これらの発明では、金型を構成する上型又は下型の少なくともいずれか一方は、複数に分割され、かつそれぞれが独立に昇降可能であることが望ましい。
【0017】
さらに、これらの発明では、高強度部の硬度がHV420以上、低強度部の硬度がHV300以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、同一部品内で高強度部と低強度部を作り分け、さらに形状精度にも優れた成形品の製造方法を提供することができる。これにより例えば衝突時の乗員保護性能に優れた自動車部品を軽量かつ精度よく製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】1つの実施形態における成形品の製造方法に用いられる金型の例である。
【図2】1つの実施形態における成形品の製造方法の差異の温度推移を表わす図である。
【図3】下死点の状態を説明する図である。
【図4】低強度部上型が上昇した状態を説明する図である。
【図5】鋼板を成形品として取り出した状態を説明する図である。
【図6】プレス後の拘束状態を説明する図である。
【図7】実施例の金型を説明する図である。
【図8】下死点保持終了温度と到達硬度との関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の上記した作用および利得は、次に説明する発明を実施するための形態から明らかにされる。ただし本発明はこれら実施形態に限定されるものではない。
【0021】
<鋼板>
鋼板の化学組成は、以下のように規定する。なお、鋼板の組成を規定する%は質量%を意味する。
Cの含有量は0.08%以上0.45%以下である。Cは、鋼板の焼き入れ性を高め、かつ成形品の強度を決定する重要な元素である。Cの含有量が0.08%未満ではその効果が十分でなく、Cの含有量が0.45%を超えると靭性や溶接性が劣化する虞がある。望ましいCの含有量の上限は0.3%である。なお、Cの含有量が0.2%以上では、焼入れによりHV450以上の硬度を得られる。
MnおよびCrの合計含有量は0.5%以上3.0%以下である。ここで、当該範囲はMn、Crのいずれか一方が0%であってもよいことを含む概念ある。MnおよびCrは鋼板の焼き入れ性を高め、かつ成形品の強度を安定して確保するために有効な元素である。しかし、MnおよびCrの合計含有量が0.5%未満では、その効果は十分でなく、3.0%を超えるとその効果は飽和し、安定した強度確保が困難となる。
焼き入れ性を確保する観点からは上記したC、Mn、およびCrの含有量を確保すればよい。
【0022】
さらに強度を高めるため、または強度を一層安定して確保するために、Siを0.5%以下、Pを0.05%以下、Sを0.05%以下、Alを1%以下、およびNを0.01%以下の1種以上を任意の添加物として含有させることもできる。
また、焼き入れ性を高め、靭性を向上させる観点から、Bを0.0002%以上0.01%以下、Niを2%以下、Cuを1%以下、Moを1%以下、Vを1%以下、Tiを1%以下、Nbを1%以下、の一種以上を任意の添加物として含有させることもできる。
上記任意の添加物以外の残部は、Fe、上記C、Mn、Crおよび不可避的不純物である。
上記化学成分を含有する鋼板の表面に亜鉛やアルミニウムのめっき層を形成した亜鉛めっき鋼板やアルミニウムめっき鋼板を用いることもできる。これらのめっき鋼板は、プレス時にスケールが発生せず、事後のスケール除去も不要となる。
【0023】
鋼板の板厚は、厚すぎると金型による冷却で十分な焼き入れを行うことが困難になることから、2.6mm以下とするのが望ましい。板厚の下限値は、特に限定しないが、1.0mmとすることができる。
【0024】
次に1つの実施形態にかかる成形品の製造方法について説明する。
【0025】
<金型>
はじめに、本実施形態で用いられるプレス金型をハット断面成形用金型10(以下、「金型10」と記載することがある。)を例に説明する。図1は、金型10を模式的に示す斜視図である。図1からわかるように、金型10は上型11と下型12を備える。
上型11は、成形品の高強度部に対応する部分を成形する高強度部上型11a、および低強度部に対応する部分を成形する低強度部上型11bを備えている。ここで、高強度部上型11aおよび低強度部上型11bは個別に昇降可能とされている。具体的には、高強度部上型11aは、ダブルアクションプレス(複動プレス)1のアウタスライド2に取り付けられ、低強度部上型11bはインナースライド3に取り付けられる。
同様に、下型12も成形品の高強度部に対応する部分を成形する高強度部下型12a、および低強度部に対応する部分を成形する低強度部下型12bを備え、これらはそれぞれ分割され、ベースに固定して取り付けられる。
【0026】
金型10の材質は必要とされる強度、熱伝導率等を具備すれば特に限定されるものではないが、高強度部上型11a、高強度部下型12aにはSKD等の熱間工具鋼を用いることができる。これによれば、金型10の温度が常温程度に保たれていれば抜熱効果が高く、鋼板の臨界冷却速度を得ることが比較的容易である。
一方、低強度部上型11b及び低強度部下型12bにも上記熱間工具鋼を用いることもできるが、低強度部下型は、高強度部下型に比べ熱伝導率が低い材質、例えばセラミックスを用いるのが望ましい。なお、低強度部下型の表面に低熱伝導率材を取り付けてもよい。
【0027】
このように分割した金型10を用いてプレス成形を行うことにより、高強度部と低強度部とを有する成形品を製造することができる。具体的な成形については後で説明する。なお、図1は、上型11、および下型12をともに2分割した例であるが、要求される成形品の強度分布に応じ、3以上の複数に分割した金型とすることができる。また、図1では、高強度部上型11aと低強度部上型11bとが独立に昇降可能な構造を有するが、この例に限定されず、上型と下型の少なくともいずれか一方の複数の金型が独立に昇降可能であればよい。
また、金型10は下型を2分割した例であるが、必ずしも分割する必要はない。また、上記金型10では、低強度部下型12bとして、低熱伝導率材を用いたが、金型表層に加熱ヒータを取り付けた構造の金型を用いることもできる。
さらに、上記例はダブルアクションプレス1に金型10を取り付けた場合であるが、プレス機とは別体の圧縮空気や油圧などの動力源を用いて金型を昇降させても良い。
【0028】
図2は、当該実施形態における鋼板の温度推移を表わす模式図で、横軸が経過時間、縦軸が鋼板の温度(℃)を表わしている。図2および適宜示す図を参照しつつ説明する。
<加熱>
鋼板はAc3点以上の温度に加熱される。Ac3点以上の温度に加熱された鋼板はオーステナイト単相となる。オーステナイト化をより確実なものとするために加熱温度は(Ac3+20)℃以上にすることが望ましい。一方、加熱温度が高温すぎると省エネルギーの面で問題がある他、結晶粒径が過大となり焼入れ後の特性が悪化するという問題、および裸材の場合には過剰なスケールの発生も懸念される。従って、(Ac3+120)℃以下とすることが望ましい。加熱時間については十分なオーステナイト化を行うためにAc3以上の温度で60秒間以上保持するのが望ましい。ただし、生産性の観点から、Ac3以上の保持時間は10分以下とすることが望ましい。
上記温度域に加熱することができれば加熱方法は特に限定しない。ただし鋼板にめっき鋼板を用いる場合にはめっきが消失する懸念があるため、通電加熱のような急速加熱は適さない。裸材を用いる場合にはスケール防止のために酸素濃度の低い状態に雰囲気制御された炉を用いることが望ましい。
【0029】
<搬送・プレス成形(プレス下降)・下死点保持>
オーステナイト単相域まで加熱された鋼板は速やかに金型に搬送され、フェライトまたはベイナイトへの変態が開始するAr3点以上の温度(図2のTp)から金型10にてプレスが開始され、所定の形状に成形される(プレス成形、プレス下降)。そして、下死点で保持されるとともに金型で急速に冷却されて焼入れされる。図3には、下死点におけるプレスの状態を模式的に示した。プレス成形では、図3に示すように、下型12に対して高強度部上型11aと低強度部上型11bとが一体として下降し、鋼板8はストローク下死点にて上下金型により挟まれるように保持される。
【0030】
次いで、低強度部上型11bと低強度部下型12bとで挾持された鋼板8の第1の部分の温度がマルテンサイト変態開始温度Ms点より高い所定の温度T1に到達した時点で、図4に示すようにインナースライド3により低強度部上型11bを上昇させる。その後、高強度部上型11aと高強度部下型12aとで挾持された鋼板8の第2の部分の温度が(Ms−120℃)以下の温度T2に到達した時点で、図5に示すようにアウタスライド2により高強度部上型11aは上昇し、プレス成形された成形品が取り出される。
【0031】
すなわち、図2に示すように第1の部分(図5の8b部分)はプレス成形開始から下死点保持温度がT1に到達するまで金型との接触抜熱により冷却される。一方、第2の部分(図5の8aの部分)は、プレス成形開始から下死点保持温度がT2に到達するまで金型との接触抜熱により臨界冷却速度以上の冷却速度で強冷却され、その後、第1の部分8bと第2の部分8aは、臨界冷却速度未満の冷却速度で常温まで緩冷却される。なお、第1の部分8bにおけるプレス開始から下死点保持終了までの冷却速度は特に限定しない。
【0032】
これにより、成形品の第1の部分8bは、フェライトやベイナイト組織を主体とし、HV300以下の低硬度を有する低強度部となり、成形品の第2の部分8aは、マルテンサイト組織でHV420以上の高硬度を有する高強度部とすることができる。その結果、高強度部と低強度部を有する成形品を得ることができる。
ここで、第1の部分8bの下死点保持温度T1はMs点より高いことが好ましい。これがMs点以下となると、マルテンサイト変態が開始し、硬質相が生じるので、低い硬度を安定して得ることが困難となる。下死点保持温度T1の上限値は特に限定されないが、実用上は750℃程度である。
また、第2の部分8aの下死点保持温度T2が(Ms−120)℃を超えると、オーステナイトからマルテンサイトへの変態が不完全となり、十分に高い硬度が安定して得られない。下死点保持温度T2の下限値は特に規定しないが、生産性の低下抑制の観点から200℃とするのが望ましい。
【0033】
なお、第1の部分8bは、下死点保持温度T1に到達した時点で、低強度部上型11bと低強度部下型12bによる拘束が開放されるため、その後の冷却の際に冷却に伴う変形が発生しやすい。従って、低強度部上型11bを上昇する際には、第1の部分8bである低強度部のフランジや側壁などの主要部分を例えばクランパのような拘束治具で第2の部分8aである高強度部の下死点保持が終了するまで形状拘束することが望ましい。また、拘束治具の成形品と接触する部位は熱伝導率の低い素材を用い、拘束治具への抜熱による急冷が生じないようにすることが望ましい。
【0034】
<金型取り出し>
第2の部分8aの下死点保持温度T2が(Ms−120℃)以下の温度に到達後、金型10から成形品を取り出し、速やかに図6に示すように、成形品のフランジや側壁などの主要部位をクランプのような拘束治具20、20、…で200℃未満になるまで拘束することが望ましい。これにより冷却に伴う変形が抑制されるため高い寸法精度を確保することができる。なお、形状拘束の手段としては搬送用パレットにクランプ機構が設けられたものなどとすることができ、冷却に伴う形状変化を抑制できれば特にその形態は問わない。また、低強度部8bについてはクランプ機構との接触抜熱により局部的に硬度上昇することがないよう、成形品と接触する部位には熱伝導率の低い素材を用いることが望ましい。
【0035】
以上のような製造方法により得られる成形品としては、マルテンサイト組織からなる高強度部とフェライトやベイナイト組織を主とする低強度部とを有する構造部材、例えば、センターピラー、フロントサイドメンバー、リアサイドメンバーなど自動車用構造部品を挙げることができる。
【0036】
上記した実施形態では、下死点保持温度が異なる部分を形成するために複数の独立に昇降可能な分割した金型を用いた。ただしこれに限定されるものではなく、金型の一部に加熱手段を配置することにより、部分的に下死点保持温度を変更すれば、単数の金型であっても下死点保持温度の異なる部分とし、低強度部と高強度部とを備える成形品を製造することができる。
【実施例】
【0037】
実施例では、長手方向に低強度部と高強度部とを有するハット断面の成形品をプレス成形により製造する試験をおこなった。以下に詳しく説明する。
鋼板は、質量%でCを0.21%、Siを0.25%、Mnを1.20%、およびBを0.0014%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、板厚1.2mm、長さ300mm、幅80mmのものを用いた。
【0038】
便宜上、金型は図7に示したように、上下一対の常温の金型(SKD61)を用い、プレス成形により低強度部を得る第1のプレス成形、およびプレス成形により高強度部を得る第2のプレス成形を個別におこなった。
【0039】
第1のプレス成形では、鋼板を900℃に設定した大気雰囲気の電気炉で4分間加熱し、炉から取り出した後速やか金型に装入して高さ70mmのハット断面形状にプレス成形し、ストローク下死点にて保持することにより急冷した。温度T1で下死点保持を停止し、速やかに金型から取り出し、以後常温までセラミック板上で空冷した。このときの下死点保持後の冷却速度は、下死点保持温度(終了温度)から300℃低下するまでの平均冷却速度とした。なお、上記鋼板の臨界冷却速度は30℃/秒程度で、Ms点は420℃程度である。
【0040】
第2のプレス成形では、鋼板を900℃に設定した大気雰囲気の電気炉で4分間加熱し、炉から取りだした後速やかに金型に装入して高さ70mmのハット断面形状にプレス成形し、ストローク下死点にて保持することにより急冷した。温度T2で下死点保持を停止して速やかに金型から取り出し、以後常温まで空冷した。
【0041】
各プレス成形では、鋼板に熱電対を取付け、加熱から冷却完了までの鋼板の温度を測定した。金型接触による冷却速度は、プレス開始から下死点保持終了までの温度差をその間の時間で除して算出した。表1に、試験条件とともに、冷却完了後の成形品の縦壁部分の硬度の測定結果を示す。表1では、第1のプレス成形で硬度がHV300未満で、かつ第2のプレス成形で硬度がHV420以上となるものを良(○印)とした。なお、表1において、急冷時間とはプレス成形開始から下死点保持完了までの所要時間を指し、急冷停止温度とは下死点保持温度(完了温度)を指し、急冷停止後の冷速とは下死点保持完了後常温までの冷却速度を意味する。
【0042】
表1のNo.1〜No.4において、第1のプレス成形ではオーステナイト単相域にまで加熱し、Ar3点以上の750℃からプレス成形を開始し、Ms点以上の温度となる450℃以上の温度まで上下金型にて保持した後、上型を上昇し、常温まで空冷した。一方、No.1〜No.4の第2のプレス成形では、オーステナイト単相域にまで加熱し、Ar3点以上の750℃からプレス成形を開始し、(Ms−120)℃以下の温度となる280℃以下の温度まで上下金型にて保持した後、上型を上昇し、常温まで空冷した。
【0043】
【表1】

【0044】
表1のNo.1〜No.4からわかるように、第1のプレス成形と第2のプレス成形におけるプレス成形開始から下死点保持完了までの冷却速度は、それぞれ100℃/秒以上、50℃/秒以上である。また、下死点保持完了後から常温までの第1のプレス成形の冷却速度は10℃/秒未満となる。このプレス成形により、第1のプレス成形ではフェライト組織又はフェライト+ベイナイト組織を主体とし、HV300以下の硬度を有する低強度部が得られ、第2のプレス成形では、マルテンサイト組織からなり、HV420以上の硬度を有する高強度部が得られた。すなわち、このプレス成形では、便宜上、第1のプレス成形と第2のプレス成形とに分けて実施したが、本発明の製造方法により、フェライト組織又はフェライト+ベイナイト組織を主体とし、HV300以下の硬度を有する低強度部と、マルテンサイト組織からなり、HV420以上の硬度を有する高強度部とを有する成形品を得ることが可能であることが判った。
【0045】
一方、比較例となるNo.5〜No.7では第1のプレス成形における下死点保持終了温度(急冷停止温度)がMs点を下回っているため、いずれも第1のプレス成形で得られる硬度がHV300を超える結果となった。また、No.8では第2のプレス成形における急冷停止温度が(Ms−120)℃を上回っているため、第2のプレス成形で得られた硬度がHV420未満となった。なお、No.5〜No.7の第2のプレス成形とNo.7の第1のプレス成形で得られた組織は、マルテンサイト組織からなり、No.5、No.6の第1のプレス成形およびNo.8の第2のプレス成形で得られた組織は、マルテンサイト組織とフェライト組織からなり、また、No.8の第1のプレス成形で得られた組織はフェライト組織からなるものであった。
【符号の説明】
【0046】
8 鋼板
10 金型
11 上型
11a 高強度部上型
11b 低強度部上型
12 下型
12a 高強度部下型
12b 低強度部下型
20 拘束治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cが0.08%以上0.45%以下、MnおよびCrの合計が0.5%以上3.0%以下、残部が前記C、Mn、Cr以外の任意の添加物、Fe、および不可避的不純物である化学組成からなり、Ac3点以上に加熱した鋼板をAr3点以上のプレス開始温度から金型にてプレス成形して成形品を得る成形品の製造方法であって、
前記プレス成形の下死点における前記鋼板の第1の部分と第2の部分の下死点保持温度をそれぞれ異なる温度に制御することにより、フェライト又はベイナイト組織の少なくとも一方を主体とする低強度部と、マルテンサイト組織からなる高強度部と、を有する成形品を得る工程を含むことを特徴とする成形品の製造方法。
【請求項2】
前記第1の部分は、下死点保持温度がMs点以上で、下死点保持終了後の冷却速度が臨界冷却速度未満であり、前記第2の部分は、下死点保持温度が(Ms−120℃)以下で、プレス成形開始から下死点保持終了までの冷却速度が前記鋼板の臨界冷却速度以上である請求項1に記載の成形品の製造方法。
【請求項3】
前記金型を構成する上型又は下型の少なくともいずれか一方は、複数に分割され、かつそれぞれが独立に昇降可能である請求項1または2に記載の成形品の製造方法。
【請求項4】
前記高強度部の硬度がHV420以上、前記低強度部の硬度がHV300以下である請求項1から3のいずれか1項に記載の成形品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−179028(P2011−179028A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41548(P2010−41548)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】