説明

成膜装置

【課題】成膜時の成膜対象へのパーティクル付着を抑制する。
【解決手段】発生部2で発生したプラズマを成膜部5に配置した成膜対象4へ誘導するフィルタ部3に、プラズマと共に発生するパーティクルを衝突させる衝突部6を設ける。衝突部6は、発生部2で発生したパーティクルの進路をシミュレーションし、衝突部6を設けなかった場合に成膜対象4に到達すると予測されるパーティクルの進路上に、プラズマ流を大きく遮らないようにして、配置する。衝突部6に衝突したパーティクルが、そこで進路を変えられ、或いはそこに捕捉されることで、成膜対象4へのパーティクルの到達及び付着が抑制されるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜装置に関し、特に、プラズマを用いて成膜を行う成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気ディスク等の磁気記録媒体に対する磁気ヘッドの浮上を伴う磁気記録装置、いわゆるハードディスクドライブ(HDD)は、コンピュータや各種情報処理端末の外部記憶装置として広く利用されている。
【0003】
一般に、磁気記録媒体は、硬質非磁性基板上にコバルト(Co)系合金等で磁気記録層を設けている。しかし、この磁気記録層は、耐久性、耐蝕性が弱く、磁気ヘッドとの接触、摺動、湿気による腐食等により、磁気特性の劣化、機械的又は化学的損傷が生じ易い。そこで、磁気記録層表面に保護膜を成膜し、さらにそれを潤滑層で被覆することで、耐久性、耐蝕性の向上が図られている。保護膜には、酸化シリコン、窒化シリコン、酸化アルミニウム等が用いられてきた。近年では、耐熱性、耐蝕性及び耐摩耗性の点でより優れた、炭素系の保護膜も用いられるようになっている。このような炭素系の保護膜は、例えばスパッタリング法やCVD(Chemical Vapor Deposition)法を用いて形成することができる。
【0004】
磁気記録媒体の一層の高記録密度化を実現するためには、磁気ヘッドの性能向上に加え、磁気ヘッドの書き込み/読み出し部と磁気記録媒体の磁気記録層との間隔、いわゆる磁気スペーシングを短縮することが不可欠である。そのため、磁気記録層上に成膜する保護膜の薄膜化が必要になり、3nm以下といった極薄膜でも十分な耐久性、耐蝕性を確保できる炭素系の保護膜のニーズが高まっている。近年では、そのような保護膜の成膜方法として、アーク放電により発生させたプラズマを利用するFCA(Filtered Cathodic Arc)法が注目されてきている(例えば、特許文献1,2及び非特許文献1参照。)。
【0005】
FCA法では、アーク放電によりターゲット(カソードターゲット)からその構成材料のイオンや電子等の荷電粒子を含むプラズマを発生させ、そのプラズマを管状の部材(フィルタ)によって成膜対象へと誘導し、成膜対象に成膜を行う。しかし、アーク放電によりプラズマを発生させる際には、イオン等の荷電粒子のほか、中性のパーティクル(ドロップレット)が発生する。発生したパーティクルの一部はプラズマ誘導の間にフィルタの壁面等に付着して捕捉される一方、一部は成膜対象まで到達し、成膜対象にパーティクルが付着してしまう。FCA法を磁気記録媒体の保護膜の成膜に用いたときには、成膜対象である磁気記録層上にパーティクルが付着し、それが原因で、磁気記録媒体表面に凸部が形成されたり、所定の磁気スペーシングが確保できなかったりする等の問題が発生していた。
【0006】
成膜対象に対するこのようなパーティクル付着は、磁気記録媒体の保護膜の成膜に限らず、種々の成膜において、その膜の高品質化を図る上で問題となってくる。
成膜時のパーティクル付着に対しては、例えば、湾曲させたフィルタを用い、成膜対象まで誘導する間に磁場を利用してプラズマ流を湾曲させ、プラズマ流路からパーティクルを逸れさせ、成膜対象に到達するパーティクルを低減させる方法が提案されている。また、フィルタ長を延ばすことで、成膜対象に到達するパーティクルを低減させる方法も提案されている。
【特許文献1】特開2004−256837号公報
【特許文献2】特開2006−274280号公報
【非特許文献1】Surface and Coatings Technology, 163-164 (2003), p.368-373
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、フィルタを湾曲させる方法によれば、湾曲させない場合に比べて成膜対象に到達するパーティクルの減少を図ることが可能であるものの、成膜する膜の高品質化のためには、更なるパーティクルの減少が要望されている。
【0008】
また、フィルタ長を延ばす方法によれば、成膜対象に到達するパーティクルを減少させることができる一方、プラズマの発生源から成膜対象までの距離が長くなり、フィルタ長が短いものに比べて成膜速度が著しく低下してしまう。従って、量産性を考慮せざるを得ない成膜装置においては、現実的なスループットを確保することが極めて困難になる。フィルタ長を短縮すれば成膜速度は向上するが、より多くのパーティクルが成膜対象に付着するために、品質面で課題が残ってしまう。
【0009】
このような点に鑑み、フィルタ長を長大化することなく、一定以上の成膜速度を確保しつつ、成膜対象に対するパーティクル付着を抑制して成膜を行うことのできる成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、次のような構成を有する成膜装置が提供される。この成膜装置は、プラズマ及びパーティクルを発生する発生部と、前記発生部で発生した前記プラズマを成膜対象へ誘導すると共に、前記発生部で発生した前記パーティクルを捕捉するフィルタ部と、前記フィルタ部に配置され、前記発生部で発生した前記パーティクルを衝突させる少なくとも1つの衝突部と、を有する。前記衝突部は、前記発生部で発生した前記パーティクルのうち、前記衝突部を設けない場合に前記成膜対象に到達すると予測される特定パーティクルの進路上に設ける。
【0011】
このような成膜装置によれば、発生部でプラズマと共に発生したパーティクルのうち、成膜対象へ到達する可能性のあるパーティクルが衝突部に衝突するようになる。
【発明の効果】
【0012】
開示の成膜装置により、フィルタ長を長大化することなく、一定以上の成膜速度を確保しつつ、成膜対象へのパーティクル付着量を低減することが可能になり、高品質膜を効率的に成膜することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して詳細に説明する。
まず、第1の実施の形態について説明する。
図1は第1の実施の形態の成膜装置の概略断面図である。
【0014】
図1に示す成膜装置1は、プラズマを発生させる発生部2、発生させたプラズマを誘導するフィルタ部3、及びそのプラズマが用いられて成膜対象4に成膜が行われる成膜部5を有している。
【0015】
発生部2は、カソードターゲット2a、カソードターゲット2aから一定距離離して配置されたアノード2b、カソードターゲット2aに接離可能なストライカ2c、及びカソードターゲット2aを囲繞して配置されたカソードコイル2dを備えている。
【0016】
カソードターゲット2aには、発生させるプラズマのソースとなる材料が用いられる。例えば、炭素膜を形成する場合、カソードターゲット2aにはグラファイトを用いることができる。カソードターゲット2aに直流電圧を印加し、その表面にストライカ2cを接離させると、それらの間にスパークが発生し、その結果、カソードターゲット2aとアノード2bとの間にアーク放電が発生する。
【0017】
アーク放電により、カソードターゲット2aからは、その構成材料のイオンや電子といった荷電粒子のほか、その構成材料の原子や原子が塊状になった中性のパーティクルが蒸発・生成される。カソードコイル2dは、磁界を印加し、カソードターゲット2aから蒸発した原子のイオン化率を高める。このようにして発生する荷電粒子を含んだプラズマ及び中性のパーティクルがフィルタ部3へと供給される。
【0018】
フィルタ部3は、例えばその適所の外周にコイル3a,3b,3cが配置され、図中点線Pで示すように、発生部2からのプラズマ流を屈曲及び湾曲させながら成膜部5の成膜対象4へと誘導するようになっている。また、フィルタ部3には、発生部2の対向位置に、捕集領域3dが設けられている。発生部2からのプラズマ流は、コイル3aの磁場によって曲げられる一方、磁場の影響を受けない中性のパーティクルの一部は、そのプラズマ流から逸れ、捕集領域3dの方へと流れる。
【0019】
このような捕集領域3dを備えたフィルタ部3の内壁には、発生部2からのパーティクルを捕捉可能なフィン3e、及びプラズマ流の流路を規定する、プラズマ流の通過孔が形成されたアパーチャ3fが設けられている。コイル3aで曲げられたプラズマ流は、2つのアパーチャ3fの通過孔をコイル3b,3cの磁場でその進行方向を調整されて通過していき、成膜部5の方へと誘導される。
【0020】
発生部2でプラズマと共に発生したパーティクルは、このようにしてプラズマ流が曲げられながら成膜部5の方へ誘導されていく間に、プラズマ流から空間的に分離される。プラズマ流から分離されたパーティクルは、捕集領域3dを含むフィルタ部3の内壁、フィン3e及びアパーチャ3fへの衝突・反射を繰り返し、反射に要するエネルギーを失うと(失活すると)それらの表面に捕捉される。
【0021】
さらに、このフィルタ部3には、発生部2で発生したパーティクルのうち、フィルタ部3の内壁、フィン3e及びアパーチャ3fで捕捉されないパーティクルを衝突させる衝突部6が設けられている。衝突部6に衝突したパーティクルは、その進路を変更され、或いはそこに捕捉される。衝突部6は、例えば、それを設けなかった場合にフィルタ部3の内壁、フィン3e及びアパーチャ3fで捕捉されずに成膜対象4に到達してしまうようなパーティクルの進路を、予めシミュレーション等で予測しておき、その進路上に配置することができる。なお、衝突部6の配置の詳細については後述する。
【0022】
ここで、衝突部6の構成例について述べる。
図2は衝突部の説明図であって、(A)は衝突部を設けたフィルタ部の断面模式図、(B)は(A)のX−X断面模式図である。
【0023】
図2(A),(B)に例示する衝突部6は、フィルタ部3の内壁に設けられ、プラズマの誘導方向と交差する方向に起立した板状になっている。この衝突部6は、フィルタ部3の内壁から所定の高さで、内壁に沿って設けられている。ここでは、フィルタ部3の内壁全周にわたって設けずに、非環状に設けている。衝突部6の材質は、例えば、フィルタ部3の材質と同じにすることができる。
【0024】
フィルタ部3を誘導されるプラズマの流路が途中で部分的にでも遮断されると、成膜速度が低下してしまう。そのため、衝突部6は、特定進路のパーティクルを衝突させることができ、かつ、プラズマの流路をできるだけ遮断しないようなサイズで形成することが望ましい。より具体的には、プラズマ流のフィルタ部3直径方向の広がりがガウス分布的であるとすれば、衝突部6のフィルタ部3の内壁からの高さは、フィルタ部3の断面直径の1/2以下にすることが好ましい。さらに、その衝突部6の形状は、プラズマの遮断を抑制するため、フィルタ部3の断面中心部を遮らず、非環状にすることが好ましい。
【0025】
なお、このようなサイズ・形状の衝突部6の表面に、ブラスト加工を施し、凹凸を形成しておくようにしてもよい。このような凹凸を形成しておくことにより、衝突部6に衝突したパーティクルの失活を誘因したり、一旦衝突部6に捕捉されたパーティクルの衝突部6からの剥離を抑制したりすることが可能になる。
【0026】
図3は別形態の衝突部の説明図であって、(A)は衝突部を設けたフィルタ部の断面模式図、(B)は(A)のY−Y断面模式図である。
図3(A),(B)に例示する衝突部6は、その表面にリブ6aが形成されている点で、上記図2に示したものと相違している。このようなリブ6aを形成しておくことにより、衝突したパーティクルの失活を誘因したり、捕捉されたパーティクルの剥離を抑制したりすることが可能になる。
【0027】
なお、リブ6aは、プラズマの流路を大きく遮るものでなければ、そのサイズ・形状を適宜に設定することができる。ここでは衝突部6に略平行な2本のリブ6aを形成した例を示したが、リブ6aの配置及び本数はこれに限定されるものではない。また、リブ6aは、衝突部6の両面に形成することもできる。
【0028】
また、このようなリブ6aを形成し、リブ6aを含む衝突部6の表面に、上記のようなブラスト加工による凹凸形成を行うようにしてもよい。
続いて、上記のような構成を有する衝突部6の配置について述べる。衝突部6の配置は、以下のようにして設定することができる。
【0029】
ここでは、所定の構成を有する成膜装置の発生部のカソードターゲットから発生したパーティクルの軌跡をシミュレーションする。シミュレーションには、衝突部6を設けていない成膜装置A、衝突部6を設けずかつ発生部2で発生したプラズマが成膜対象4に達するまでの流路を長くした成膜装置B、及び衝突部6を設けた成膜装置C(成膜装置1)を用いている。
【0030】
まず、成膜装置Aのシミュレーションについて述べる。
図4は成膜装置Aのシミュレーションに用いる構成図である。
図4は、成膜装置Aのフィルタ部3及び成膜部5を示したものであり、フィルタ部3の一端側にカソードターゲット2aを配置し、他端側の成膜部5に成膜対象(成膜基板)4を配置している。成膜装置Aは、上記のような衝突部6を設けていない点を除き、成膜装置1と同じ構成を有しており、図示しない発生部2やコイル3a,3b,3c等により、カソードターゲット2aから成膜対象4へとプラズマが流れていくようになっている。今、プラズマ流路の中心位置で考えた場合のカソードターゲット2aから成膜対象4までの距離をプラズマ輸送距離と定義すると、この成膜装置Aのプラズマ輸送距離は、957mmである。
【0031】
この図4に示したような、成膜装置Aの構造を2次元的に表したデータを用い、カソードターゲット2aからパーティクルを発生させ、それらの軌跡をシミュレーションする。ここでは、カソードターゲット2aから総数20000個のパーティクルを発生させる。シミュレーションの制約条件として、壁面で反射するパーティクルの入射角と反射角は同一であり、反射回数が9回に達するとパーティクルは失活して壁面に付着するものとする。
【0032】
図5は成膜装置Aのシミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
シミュレーションの結果、成膜装置Aでは、図5(A),(B)に示したように、発生させた20000個のパーティクルのうち、19個のパーティクルが成膜対象4に到達すると予測された。
【0033】
このような成膜装置Aを用い、磁気記録媒体を形成した。
図6は磁気記録媒体の概略断面図である。
図6に例示する磁気記録媒体10は、基板11上に、下地層12を介して、非磁性層13、安定化層14、非磁性層15及び磁気記録層16が積層され、さらに磁気記録層16上に炭素保護膜17が積層された構成を有する。この炭素保護膜17上には、図示しない潤滑層が設けられる。
【0034】
基板11には、ガラス基板、半導体基板、セラミックス基板等を用いることができる。下地層12には、クロム(Cr)層のほか、クロムタングステン(CrW)合金層、クロムモリブデン(CrMo)合金層、クロムチタン(CrTi)合金層等を用いることができる。非磁性層13には、コバルトクロム(CoCr)合金、コバルトクロムタンタル(CoCrTa)合金等を用いることができる。安定化層14及び磁気記録層16には、コバルトクロム白金(CoCrPt)合金層や、CoCrPtを主成分とするホウ素(B)、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)等を添加した合金層等を用いることができる。また、安定化層14と磁気記録層16との間に形成する非磁性層15には、ルテニウム(Ru)層、ロジウム(Rh)層、イリジウム(Ir)層、それら各元素の合金層等を用いることができる。そして、磁気記録層16上に炭素保護膜17及び潤滑層が形成される。
【0035】
このような構成を有する磁気記録媒体10の炭素保護膜17を、成膜装置Aを用いたFCA法により成膜した。その際は、まず基板11上に、スパッタリング法を用いて、下地層12、非磁性層13、安定化層14、非磁性層15及び磁気記録層16を順次積層して成膜した。そして、磁気記録層16の成膜に続いて、成膜装置Aを用い、炭素保護膜17を成膜した。
【0036】
成膜装置Aによる炭素保護膜17の成膜は、カソードターゲット2aにグラファイトを用い、アーク電流120A、アーク電圧30Vの条件で行い、膜厚3nmの炭素保護膜17を成膜した。炭素保護膜17の膜厚と成膜時間の関係から、成膜速度は26.5Å/秒と算出された。
【0037】
続いて、成膜装置Bのシミュレーションについて述べる。
図7は成膜装置Bのシミュレーションに用いる構成図である。
図7は、成膜装置Bのフィルタ部3B及び成膜部5を示したものであり、フィルタ部3Bの一端側にカソードターゲット2aを配置し、他端側の成膜部5に成膜対象4を配置している。成膜装置Bは、衝突部6を設けていない点、及びフィルタ部3Bが長い点を除き、成膜装置1と同じ構成を有しており、図示しない発生部2やコイル3a,3b,3c等により、カソードターゲット2aから成膜対象4へとプラズマが流れていくようになっている。この成膜装置Bのプラズマ輸送距離は、1443mmである。
【0038】
この図7に示したような、成膜装置Bの構造を2次元的に表したデータを用い、カソードターゲット2aから総数20000個のパーティクルを発生させ、それらの軌跡をシミュレーションする。シミュレーションの制約条件は、上記成膜装置Aの場合と同じである。
【0039】
図8は成膜装置Bのシミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
シミュレーションの結果、成膜装置Bでは、図8(A),(B)に示したように、発生させた20000個のパーティクルのうち、4個のパーティクルが成膜対象4に到達すると予測された。この成膜装置Bのように、プラズマ輸送距離を長くすることで、上記成膜装置Aに比べ、成膜対象4に付着するパーティクル数を低減することが可能になる。
【0040】
このような成膜装置Bを用い、図6に示したような磁気記録媒体10の炭素保護膜17を成膜した。上記同様、カソードターゲット2aにグラファイトを用い、アーク電流120A、アーク電圧30Vの条件で、膜厚3nmの炭素保護膜17を成膜した。この成膜装置Bによる炭素保護膜17の成膜速度は、2.5Å/秒と算出された。成膜装置Bでは、プラズマ輸送距離を長くしたことで、上記成膜装置Aに比べ、炭素保護膜17の成膜速度が大幅に低下するようになる。
【0041】
このように、成膜対象に付着するパーティクルの低減効果と成膜速度とは、トレードオフの関係にあると言うことができる。
即ち、上記成膜装置Bのように、フィルタ部3Bを長くしてプラズマ輸送距離を伸ばせば、成膜対象4に付着するパーティクル数を低減可能であるが、炭素保護膜17の成膜速度は大幅に低下してしまう。そのため、製品の量産性を考慮した場合、現実的なスループットを確保することが難しくなる。これに対し、上記成膜装置Aのように、短いフィルタ部3でプラズマ輸送距離を短縮すれば、炭素保護膜17の成膜速度は向上するものの、より多くのパーティクルが成膜対象4に付着してしまい、品質面で課題が残る。
【0042】
続いて、成膜装置Cのシミュレーションについて述べる。
図9は成膜装置Cのシミュレーションに用いる構成図である。
図9は、成膜装置C(成膜装置1)のフィルタ部3、成膜部5及び衝突部6を示したものであり、フィルタ部3の一端側にカソードターゲット2aを配置し、他端側の成膜部5に成膜対象4を配置している。図示しない発生部2やコイル3a,3b,3c等により、カソードターゲット2aから成膜対象4へとプラズマが流れていく。成膜装置Cのプラズマ輸送距離は、上記成膜装置Aと同じく957mmである。
【0043】
衝突部6は、上記成膜装置Aのシミュレーション結果に基づき、図5(B)に示したような成膜対象4に到達すると予測された特定パーティクルの進路上に設けている。ここでは、成膜対象4に入射するパーティクルが直前にフィルタ部3の内壁で反射する箇所付近に、衝突部6を配置している。
【0044】
この図9に示したような、成膜装置Cの構造を2次元的に表したデータを用い、カソードターゲット2aから総数20000個のパーティクルを発生させ、それらの軌跡をシミュレーションする。シミュレーションの制約条件は、上記成膜装置A,Bの場合と同じである。
【0045】
図10は成膜装置Cのシミュレーション結果を示す図である。
シミュレーションの結果、成膜装置Cでは、図10に示したように、発生させた20000個のパーティクルのいずれも成膜対象4に到達しなかった。衝突部6を設けていない上記成膜装置Aのシミュレーションで、成膜対象4に到達すると予測されたパーティクルの進路は、成膜装置Cでは、その衝突部6の存在により、成膜対象4への到達前に、効果的に遮られている。
【0046】
このような成膜装置Cを用い、図6に示したような磁気記録媒体10の炭素保護膜17を成膜した。上記同様、カソードターゲット2aにグラファイトを用い、アーク電流120A、アーク電圧30Vの条件で、膜厚3nmの炭素保護膜17を成膜した。この成膜装置Cによる炭素保護膜17の成膜速度は、26.5Å/秒と算出された。
【0047】
以上述べた成膜装置A,B,Cのプラズマ輸送距離と成膜速度との関係は、次の図11のようになる。
図11はプラズマ輸送距離と成膜速度との関係を示す図である。
【0048】
図11に示すように、衝突部6を設けていない成膜装置A,Bでは、フィルタ部3が短い成膜装置Aで高い成膜速度が得られ、フィルタ部3Bが長い成膜装置Bで成膜速度が低下する。但し、それらのシミュレーションでは、上記のように、成膜装置Aに比べて成膜装置Bの方が、成膜対象4に到達するパーティクル数は少なくなる。
【0049】
これに対し、衝突部6を設けた成膜装置Cでは、設けていない成膜装置Aと同等の成膜速度を得ることができ、さらに、成膜対象4に到達するパーティクル数を大幅に低減することができる(上記シミュレーションでは19個が0個になる。)。
【0050】
このように、シミュレーションを行い、衝突部6を設けなかった場合に成膜対象4に到達すると予測されるパーティクルの進路上に衝突部6を設ける。これにより、プラズマ輸送距離(フィルタ部3)を長大化することなく、成膜対象4へのパーティクル付着を効果的に抑制することが可能になる。
【0051】
なお、量産性を考慮した場合、一定以上の成膜速度を確保することが重要になってくる。成膜装置1は、図11に示したような関係から、必要な成膜速度を基に、プラズマ輸送距離、即ちフィルタ部3の長さを設定すればよい。例えば、図11の関係から、量産稼動に必要な成膜速度が10Å/秒以上とすれば、プラズマ輸送距離が1300mm以下になるようにフィルタ部3の長さを設定すればよい。フィルタ部3を短くしても、適所に衝突部6を配置することにより、成膜対象4へのパーティクル付着を抑制しつつ、一定以上の成膜速度を確保することができる。
【0052】
以上、板状の衝突部6を設けた成膜装置1について説明した。以上の説明では、衝突部6を1つ設けた場合を例示したが、フィルタ部3内に2つ以上設けるようにすることもできる。例えば、フィルタ部3の異なる断面位置にそれぞれ設けることができ、また、同じ断面位置の複数箇所にプラズマ流路を大きく遮らないようにして設けることもできる。2つ以上の衝突部6を設ける場合にも、上記のようなシミュレーションを行い、その結果に基づいた位置(設けなかった場合に成膜対象4に到達すると予測されるパーティクルの進路上)に設けるようにすればよい。
【0053】
次に、第2の実施の形態について説明する。
図12は第2の実施の形態の成膜装置の概略図である。なお、この図12において、図1に示した要素と同一の要素については同一の符号を付し、その説明の詳細は省略する。
【0054】
図12に示す成膜装置20は、フィルタ部3に、その内側から外側に向かって凹ませた凹部を衝突部21として設けている点で、上記第1の実施の形態の成膜装置1と相違している。
【0055】
この成膜装置20の衝突部21も、上記衝突部6同様、発生部2で発生したパーティクルのうち、捕集領域3dを含むフィルタ部3の内壁、フィン3e及びアパーチャ3fで捕捉されずに成膜対象4に到達してしまうようなパーティクルの進路上に設けることができる。また、この衝突部21についても、上記衝突部6同様、その表面にリブを形成したり、ブラスト加工を施して凹凸を形成したりしてもよい。
【0056】
衝突部21の配置は、上記同様、シミュレーションを行って設定することができる。
図13はシミュレーションに用いる構成図である。
図13は、成膜装置20のフィルタ部3、成膜部5及び衝突部21を示したものであり、フィルタ部3の一端側にカソードターゲット2aを配置し、他端側の成膜部5に成膜対象4を配置している。図示しない発生部2やコイル3a,3b,3c等により、カソードターゲット2aから成膜対象4へとプラズマが流れていく。成膜装置20のプラズマ輸送距離は、上記成膜装置1と同じく957mmである。衝突部21は、上記図5に示した成膜装置Aのシミュレーション結果に基づき、成膜対象4に到達すると予測されたパーティクルの進路上に設けている。
【0057】
この図13に示したような、成膜装置20の構造を2次元的に表したデータを用い、カソードターゲット2aから総数20000個のパーティクルを発生させ、それらの軌跡をシミュレーションする。シミュレーションの制約条件は、上記成膜装置Aの場合と同じである。
【0058】
図14はシミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
シミュレーションの結果、成膜装置20では、図14(A),(B)に示したように、発生させた20000個のパーティクルのうち、2個のパーティクルが成膜対象4に到達すると予測された。衝突部21を設けていない上記図5に示した成膜装置Aのシミュレーション結果と比較すると、成膜装置20では、凹部状の衝突部21を設けたことにより、成膜対象4に到達するパーティクル数を大幅に低減することが可能になっている。
【0059】
このように、シミュレーションを行い、衝突部21を設けなかった場合に成膜対象4に到達すると予測される特定パーティクルの進路上に衝突部21を設けることにより、そのパーティクルの進行を成膜対象4への到達前に効果的に遮ることが可能になる。その結果、プラズマ輸送距離を長大化することなく、成膜対象4へのパーティクル付着を効果的に抑制することが可能になる。
【0060】
このような凹部状の衝突部21の配置は、図13に示した位置に限定されるものではなく、板状の衝突部6を設けた位置と同様の位置等、シミュレーション結果に基づいて設定すればよい。また、設ける衝突部21の数についても同様に、シミュレーション結果に基づき、1つ又は2つ以上の衝突部21を設けることができる。
【0061】
また、この第2の実施の形態で述べた凹部状の衝突部21を1つ又は2つ以上設けると共に、シミュレーション結果に基づき、衝突部21と異なる箇所に、上記第1の実施の形態で述べたような板状の衝突部6を1つ又は2つ以上設けることも可能である。
【0062】
なお、以上の説明では、成膜装置1,20等の構造を2次元的に表したデータを用いて、比較的簡易なシミュレーションを行ったが、勿論、装置構造を3次元的に表したデータを用い、より実機に近いシミュレーションを行うようにしてもよい。
【0063】
また、以上の説明では、シミュレーション上発生させるパーティクルを20000個としたが、より多数のパーティクルを発生させたり、実際の成膜時に発生する個数に基づいた個数のパーティクルを発生させたりしてもよい。それにより、より高精度のシミュレーションを行うことが可能になる。
【0064】
また、上記のシミュレーションに用いた制約条件(反射挙動及び失活条件)は、一例であって、成膜装置の構成や要求特性、成膜する膜の要求特性等に応じ、適宜に設定することができる。
【0065】
ところで、FCA法による炭素膜の形成においては、放電点温度が1万℃以上にものぼるアーク放電を利用するため、耐熱性の高い炭素でも容易に溶融・昇華させることができる。FCA法では、CVD法とは異なり、炭素のみを材料とした成膜が可能である上、膜中の炭素間の結合もsp3性に富み、その高硬度化が比較的容易である。FCA法で成膜した炭素膜によれば、膜厚1nmでも、CVD法で成膜した膜厚3nmの炭素系の膜と同等以上の耐久性を確保することができる。
【0066】
このようなFCA法による炭素膜の成膜に、上記のような所定形状の衝突部をフィルタ部の所定位置に配置した構成を有する成膜装置を用いることにより、耐蝕性の高い炭素膜を、パーティクル付着を抑えつつ、極薄でかつ耐久性を確保して成膜可能になる。このような炭素膜を磁気ディスク等の磁気記録媒体における磁気記録層の保護膜として成膜することにより、耐蝕性、耐久性に優れ、最適な磁気スペーシングを得ることのできる磁気記録媒体が実現可能になる。さらに、そのような磁気記録媒体と磁気ヘッドとを備えたHDD等の磁気記録装置が実現可能になる。
【0067】
上記構成を有する成膜装置は、勿論、このような磁気記録媒体の炭素保護膜の成膜に限らず、種々の成膜に適用可能であり、このような成膜装置により、パーティクルの付着が抑えられた、種々の高品質膜を成膜することが可能になる。
【0068】
以上説明した実施の形態に関し、さらに以下の付記を開示する。
(付記1) プラズマ及びパーティクルを発生する発生部と、
前記発生部で発生した前記プラズマを成膜対象へ誘導すると共に、前記発生部で発生した前記パーティクルを捕捉するフィルタ部と、
前記フィルタ部に配置され、前記発生部で発生した前記パーティクルを衝突させる少なくとも1つの衝突部と、
を有し、
前記衝突部は、前記発生部で発生した前記パーティクルのうち、前記衝突部を設けない場合に前記成膜対象に到達すると予測される特定パーティクルの進路上に設けられていることを特徴とする成膜装置。
【0069】
(付記2) 前記フィルタ部は、アーク電流が120A時に前記成膜対象に対する成膜速度が10Å/秒以上になり、かつ、前記発生部で発生した前記プラズマの流路の中心位置から求められる前記発生部と前記成膜対象との距離が1300mm以下になるように形成されていることを特徴とする付記1記載の成膜装置。
【0070】
(付記3) 前記フィルタ部は、前記プラズマを湾曲又は屈曲させて前記成膜対象へ誘導する形状を有することを特徴とする付記1又は2に記載の成膜装置。
(付記4) 前記フィルタ部は、誘導する前記プラズマの流路から逸れた前記パーティクルを捕集する捕集領域と、誘導する前記プラズマの流路を規定するアパーチャと、前記プラズマを誘導する間に前記パーティクルを捕捉するフィンと、を備えることを特徴とする付記1から3のいずれか一項に記載の成膜装置。
【0071】
(付記5) 前記衝突部は、前記フィルタ部の内壁から前記プラズマの誘導方向と交差する方向に起立した板状であることを特徴とする付記1から4のいずれか一項に記載の成膜装置。
【0072】
(付記6) 前記衝突部は、前記フィルタ部の内壁に非環状に配置されていることを特徴とする付記5記載の成膜装置。
(付記7) 前記衝突部は、前記フィルタ部の内壁からの高さが、前記フィルタ部の断面径の1/2以下であることを特徴とする付記5又は6に記載成膜装置。
【0073】
(付記8) 前記衝突部は、前記フィルタ部の内側から外側に向かって凹んだ凹部であることを特徴とする付記1から4のいずれか一項に記載の成膜装置。
(付記9) 前記衝突部は、表面にリブが形成されていることを特徴とする付記1から8のいずれか一項に記載の成膜装置。
【0074】
(付記10) 前記衝突部は、表面にブラスト加工が施されていることを特徴とする付記1から9のいずれか一項に記載の成膜装置。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】第1の実施の形態の成膜装置の概略断面図である。
【図2】衝突部の説明図であって、(A)は衝突部を設けたフィルタ部の断面模式図、(B)は(A)のX−X断面模式図である。
【図3】別形態の衝突部の説明図であって、(A)は衝突部を設けたフィルタ部の断面模式図、(B)は(A)のY−Y断面模式図である。
【図4】成膜装置Aのシミュレーションに用いる構成図である。
【図5】成膜装置Aのシミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
【図6】磁気記録媒体の概略断面図である。
【図7】成膜装置Bのシミュレーションに用いる構成図である。
【図8】成膜装置Bのシミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
【図9】成膜装置Cのシミュレーションに用いる構成図である。
【図10】成膜装置Cのシミュレーション結果を示す図である。
【図11】プラズマ輸送距離と成膜速度との関係を示す図である。
【図12】第2の実施の形態の成膜装置の概略図である。
【図13】シミュレーションに用いる構成図である。
【図14】シミュレーション結果を示す図であって、(A)は全パーティクルの軌跡、(B)は全パーティクルのうち成膜対象に到達したパーティクルの軌跡である。
【符号の説明】
【0076】
1,20 成膜装置
2 発生部
2a カソードターゲット
2b アノード
2c ストライカ
2d カソードコイル
3,3B フィルタ部
3a,3b,3c コイル
3d 捕集領域
3e フィン
3f アパーチャ
4 成膜対象
5 成膜部
6,21 衝突部
6a リブ
10 磁気記録媒体
11 基板
12 下地層
13,15 非磁性層
14 安定化層
16 磁気記録層
17 炭素保護膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ及びパーティクルを発生する発生部と、
前記発生部で発生した前記プラズマを成膜対象へ誘導すると共に、前記発生部で発生した前記パーティクルを捕捉するフィルタ部と、
前記フィルタ部に配置され、前記発生部で発生した前記パーティクルを衝突させる少なくとも1つの衝突部と、
を有し、
前記衝突部は、前記発生部で発生した前記パーティクルのうち、前記衝突部を設けない場合に前記成膜対象に到達すると予測される特定パーティクルの進路上に設けられていることを特徴とする成膜装置。
【請求項2】
前記フィルタ部は、アーク電流が120A時に前記成膜対象に対する成膜速度が10Å/秒以上になり、かつ、前記発生部で発生した前記プラズマの流路の中心位置から求められる前記発生部と前記成膜対象との距離が1300mm以下になるように形成されていることを特徴とする請求項1記載の成膜装置。
【請求項3】
前記フィルタ部は、前記プラズマを湾曲又は屈曲させて前記成膜対象へ誘導する形状を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記衝突部は、前記フィルタ部の内壁から前記プラズマの誘導方向と交差する方向に起立した板状であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の成膜装置。
【請求項5】
前記衝突部は、前記フィルタ部の内側から外側に向かって凹んだ凹部であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−1501(P2010−1501A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−158648(P2008−158648)
【出願日】平成20年6月18日(2008.6.18)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】